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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第四章 武士団
45/74

3 切り込み候

「抜刀!!!」


呪文は発動対象を視認していなければ発動しないことが多い、特に攻撃呪文の場合であれば特に。

防衛側が真九郎を注視せざるを得ないその一点で刀を抜き放つ。

雷神呪文の使い手であったレインドだからこそ発見できた戦術・・・・それを鬼凛組は集団戦闘方法として昇華したのだ。

一斉に虚脱状態になり、前のめりに手すりによりかかっていた盗賊などは手すりからずり落ちて頭から落下していた。

申し合わせたかのように真九郎が左階段、十六夜が右階段を駆け上り二階の手すりで待機する盗賊たちを切り倒していく。

続けとばかりに夕霧とティアが真九郎と、リヨルドとヴァンが十六夜と共に駆け上がる。

虚脱が途切れ、突然の意識消失と目の前から消えた真九郎たちに慌てふためく防衛側の盗賊たち。

既に二階の手すり廊下を制圧しかけていた真九郎は、東連の男たちに切りかかろうとしたが灰色ローブの東連工作員たちはすぐに廊下奥の部屋に逃げ込んでしまった。

「追うな!急ぐぞ!」

しんがりを十六夜とティアが引き受けつつ、本館を抜け東館へと向かうが東館側からの迎撃班が曲がり廊下付近で猛烈な呪文攻勢に出てくる。

後ろからも罵倒と怒声を響かせながら追っ手が近づいてこようとしていた。

「これから俺が切り込む、お前たちは隙を見て後に続いてくれ」

「局長!無謀すぎます!!」

泣きそうな表情でしがみつく夕霧の頭を撫でてやると、真九郎は優しくこたえた。

「いいか、俺たちが日々研鑽を積んできた鬼凛無法流はこういうときのためにあるのだ、よく見ておきなさい」

奥で迎撃している奴らは既に虚脱を経験している者も多い・・・・・

ティアは後続からの呪文攻撃を防ぐための重厚な結界を準備しており、攻勢に回る余裕はなさそうだ。

「ではいってくる」

あっさりと・・・まるで散歩にでも行くかのような気楽な物言いで飛び出した真九郎の動きは・・・・・


足元に突き刺さる土槍の束を見えていたかのように避けると、氷矢が飛び交う弾幕を一瞬半歩右にずれてかわし、さらに数メートル前方に飛び込みつつ苦無を放ち、氷矢の雨が降りそそぐ範囲からさらに右前方に驚異的な跳躍力で飛び込んでいた。

焦って呪文詠唱をしようとするも投げつけられた苦無に妨害され、前の呪文が干渉し阻害された防衛側は悲鳴を上げて逃げ出し始める。

さらに広範囲の氷散弾や毒霧呪文を行使する者までいたが、呪文防御が効いていることを信じそのまま飛び込む真九郎に驚愕したときにはそれらの術者の首は宙に舞っていた。

密集していた奴隷商人の護衛たちは数名が胴ごと両断され、袈裟懸けに切り倒され、横薙ぎされる度に腕や手足が床に転がっていく。

容赦のない血の竜巻のごとき猛攻に巻き込まれた10名ほどのくず共は血風が舞う中動かぬ肉塊に成り果て、真九郎はさらに奥へ駆け抜けていった。

「す、すごすぎる・・・・」

十六夜は後を追って駆け出していたが、局長が見せたあまりの戦技に手が震えていた。

血の池のごとくなった廊下を抜けると後方から迫っていた追っ手たちが悲鳴や怒声を上げていた。

「そこの階段を上がって!」

階段近くにいた真九郎にティアが叫ぶ。

すぐさま駆け上がった真九郎は階段の先にいた見張りが虚脱に陥ったのを確認するとすれ違い様に首をはね、最奥の花梨たちが捕らえられている部屋に向かっていそいだ。



階下の騒ぎに見張りの男たちがそわそわし始めた。

時折聞える声に真九郎の放つ聞きなれた気合の声が混ざっていることに気付いた5人は同じタイミングで頷くと、花梨の腰から脇差を抜いた蜜柑が素早く花梨のロープを切断する。

その脇差を受け取りあえて見張りに声をかける花梨。

「覚悟しろ奴隷商人共」

「な、お前どうやって!!」

いきなり短杖で呪文をかけようとした瞬間に抜き放った脇差の影響で虚脱し膝をついた奴隷商の首を一刀のもとに跳ね飛ばした花梨は、2人目の心臓に脇差を突きたてる。

虚脱解除と同時に心臓を刺し貫かれた痛みに呻き倒れるのを確認した後、皆のロープを切りようやく5人は抱き合った。

するとドアの向こうで誰かの絶叫と倒れる音がしたと同時にドアが開け放たれる。

咄嗟に構えた花梨だったが、ドアから現れた人影に脇差を手放し思わず抱きついた。

「師匠ぉ!!!」

「「「局長ぉ!!!」」」

「無事か!!?怪我はないか???どこか打っていないか・・・・ひどいことはされなかったか!!!!??」

4人とも花梨に続けとばかりに抱きついてきた。

すぐ目に映ったのはきつくロープで結ばれていたところが痛々しい青紫色のアザになっている・・・・・

「こんなアザまで・・・かわいそうに!!!あいつらぁ!!!!」

アザを見て泣き出してしまったのは真九郎のほうであった。

今まで涙を流すことなく耐えていた花梨たちはここで初めて涙した。

「そうか・・・痛かったな・・・怖かったな・・・・ごめんなこんなひどいめに遭わせてしまって・・・」



違うよ、違うんだよ師匠・・・・うちらは痛くて怖くて泣いてるんじゃないんだよ・・・・

うれしくて、うれしすぎて泣いてるんだよ・・・こんなに心配してくれる人がいるんだってことがうれしくて・・・・

自分たちを助けに来てくれたことがうれしくすぎて・・・



全員の無事が分かり一安心した真九郎は部屋で倒されていた男二人を花梨が仕留めたのだと理解した。

「花梨、よくがんばってみんなを守ったな・・・・」

「蜜柑も手伝ってくれたから・・・」

照れながら抱きつく花梨はその明るくさらさらなツインテールを揺らしながら甘えてきた。

蜜柑は落ちた脇差を花梨に渡し、駆けつけてくれた夕霧に抱きしめられている。

「そうだ蜜柑、これを」

「わぁ!!!私の脇差だ!!!!」

喜び落ち着きを取り戻した5人は走ることも問題ないようであるが、問題はここからどう逃げ出すかだ。

ティアは部屋の前で呪文を放っていたが、猛攻が激しくなり部屋に逃げ込んでくる。

「ふう、さすがにきついわね」

「えええ!!!姫さま!!!」

「ふふふ、お風呂友達を助けるのは当然でしょ?」

泣き出す5人を優しく抱きしめるとティアはこれからどうするの?と真九郎に目で問いかけた。

「そうだな、俺が花梨を、十六夜は蜜柑、リヨルドはエヴァ、ヴァンはビルデ、ティアはアストリッドを抱っこかおんぶしてくれ」

「え?おんぶって?」

「そしてティア、ここの床に・・・・そうだなここなら死角になる・・・ここに人が通れる程度の穴を開けてくれないか?」

「なるほどそういうことね・・・・・」

「そうだ、律儀に廊下を通って帰る必要もないからな」

「「すごおおーい!」」

突拍子もない脱出法に子供たちは楽しみ始めている。

ズドーン、バリバリ!!

と床に穴を開け、真九郎が飛び込むと中には誰もいなかったのですぐに花梨を受け止めると全員が降りるまではそう時間はかからなかったが、ここでティアはある仕掛けをしていた。

遅延式の爆発呪文を床に設置すると浮遊呪文をかけアストリッドと共に飛び降りてきた。

「よし、脱出だ」

真九郎とヴァンが先頭で、間に花梨たち、後方を十六夜とティアが引き受ける中、上のほうで爆発と悲鳴が聞えてくる。

ちらりと後ろを見るとティアがぺろっと舌を出している。

まったくおてんばな姫様だ・・・・

その時だった、通り過ぎようとしたドアが突き破られ土槍がドア越しにヴァンの太ももに刺さり、わき腹を切り裂いた。

「ぐああああああ!!!」

痛みに倒れるヴァン。

部屋に苦無を投げ込み飛び込んだ真九郎だが、四方から打ち込まれた小針呪文が避けきれぬ腕や肩に突き刺さる。

恐るべきことに瞬時に刀で小針の大半を打ち払っており、最小限の被弾で済ませていた。

部屋の四方に伏せていた灰色ローブの男たちは東連の連中であろう・・・・

続けて詠唱に入る東連術師だったが、瞬足の飛び込みで最奥の男が頭から両断され動揺で集中が乱れたところに飛び込んだ花梨が入り口近くに伏せていた術師の腹を切り裂いた。

悲鳴とハラワタをぶちまけ悶える男を踏みつけてリヨルドも飛び込むが残った東連術師はまた奥のドアから逃げ出していく。

「追うな!ヴァンの手当てが先だ!」

既にティアが治癒術をかけてくれている・・・・本当にティアがいなければどうなっていたことだろう。

「ううぅ・・・少し・・・楽になりました・・・ありがとうひ、ティアさん」

「ヴァン、もう少しの辛抱だ、耐えてくれよ」

「局長、もしもの時は・・・・ぐっ!俺を置いて逃げてください」

「安心しろ、お前を置いていくことなど絶対にしない」

苦痛で歪むヴァンを励ますとリヨルドが肩を貸し先に進む。

ティアの探知によれば今なら正面玄関が手薄だそうだ。

先行して階段に駆けつけた真九郎、そこには死体が転がるばかりだと思われていたが・・・・・・

「随分と派手に遊んでくれたなぁ・・・・・」

怒りを隠そうともしない灰色ローブを着た集団が10名、正面扉の入り口を塞ぐように待ち構えていた。

「ちっ探知阻害呪文までかけていたのね・・・・念入りなこと」



 正面扉前に並ぶ10人の東連術師たちは真九郎から見てもかなり手錬だということは伝わった。

あの闇風よりは劣るかもしれん・・・・が

二階の階段上から進み出て彼らを見下ろしたのはティアだった。

「私が詠唱を開始したら一斉に苦無で援護してちょうだい」

「わかった・・・」

「私ってさぁ、誰かさんみたいに呪文の細かいコントロールが苦手なのよ・・・・だからさぁこういう開けた場所のほうが戦いやすいのよね~」

「調子に乗るなよ女!我々の情報ではあの薄闇の月光以外には碌な術師がおらんようではないか!」

「まあ、あいつに比べたらほぼ全ての魔法使いは碌な魔法使いじゃなくなるわよね・・・」

東連術師たちはこそこそと2,3打ち合わせをするとリーダー格の男が叫ぶ。

「投降するなら、2,3人ほどなら生かしてやってもよいぞ、相談する時間ぐ・・・おい!!!」

話を聞くまでもなくティアは呪文詠唱を開始していた。

すぐに真九郎の指示で対抗詠唱しようとした術師たちに苦無が投げられた。

腕や足、中には目に突き刺さって悲鳴をあげて床でばたついている者もいる。

「レネル・サージュ・オーマラーズイゾル・・・・・バルゥーネ!」

再詠唱に時間を要した東連術師たちよりも早くティアの呪文が完成した。

杖から放出された水の束は扉前で直撃を避けようとした術師たちの頭上を通り過ぎてしまった。

「あはあははは!!!!!!なんというひどい呪文だ、コントロールさえできぬではないか!!!広い場所ならできるのではなかったのかぁ!!」

敵ではないと判断した灰色ローブの男たちは忌々しそうに苦無を腕や足から引き抜き捨て始めた。

「うふふふふふふふ」

「あはははははははは!!!!」

「うふふふふ・・・・・ああおかしい笑っちゃうわ、みんなは念のためそこの部屋で伏せていなさい」

「何を寝言を・・・」

ふと後方から迫る地響きに振り向くと噴水の水が天で集まり水の大蛇となって庭の木々を吹き飛ばしながら正面扉に突入しようとする寸前であった。

「に、逃げろおおおおおおおおおお!ぐあっ!!」

東連術師たちは圧倒的な水の大蛇の奔流に飲まれ天井に叩きつけられ、大蛇の牙に体を貫かれ息絶えていった。

ティアは水流をコントロールし、奴らのひしゃげた死体ごと屋敷の外へ押し流す。

どうやら地下の奴隷たちに影響が出ないように配慮したようだ。

「ふぅ・・・・だから言ったじゃないコントロールが苦手だって・・・・」

「さすが姫さまぁ!!かっこいい!!」

蜜柑たちの歓声に照れるティアは歳相応の少女らしくかわいらしい・・・

「今のうちに地下に捕らわれた人を救出するぞ、十六夜とリヨルドは地下入り口で待機しヴァンを頼む」

「分かりました、エヴァたちも待機、夕霧、ティア、手伝ってくれ・・・・」

「はい!」

ホールの奥にあった地下階段は若干濡れてはいるが浸水までには至っていない。

ティアが明かりを灯すが、地下にはもう盗賊たちはいないようだ。

薄暗い廊下を抜けると重い鉄製の扉があり、鍵は開いている。

きしむ扉を押しあけると、中にいた少女たちのすすり泣く声や悲鳴が耳に入ってきた。

「ティア頼む」

女性の声で安心させてやってほしい・・・そう受け取ったティアは奴隷たちが捕らわれていた石牢を照らし出した。

「!!!!!!!!」

中央の台には多くの男たちに陵辱の限りを尽くされただろう女性が息絶えているように見える・・・・・

さらには陵辱の途中で放置され、あられもない姿で縛り付けられている数名の少女たち・・・・

また牢の中にはまだ幼い子供たちが多く捕えられており、その数は20名ほどになる。

ティアは叫び出したいほどの恐怖を無理やり飲み込みながら、出来る限り冷静に声をかける。

「みんな!助けにきたわ!!ここから出られるわ、安心して・・・・もう大丈夫よ」

まだ理性が残っている者たちは口々に喜びを顕わにするが、既に理性が擦り切れてしまった者は恐怖で泣き叫んでいる。

転がっていた鍵で真九郎が牢から救出し、夕霧が必死に涙を抑えながら鉄扉の前にあったシーツで少女たちの体を包んでいく。

拘束されていた少女たちもティアによって戒めが解かれ、優しくティアに抱きしめられていた。

「この女性は・・・・まだ息がある!」

中央の台に縛り付けられていた女性は陵辱と暴行により消耗が激しい、しかしティアは思い切り台を殴りつけた。

「どうしたんだ?」

「これを見て・・・・頭蓋に直接打ち込まれた強制拘束呪道具よ・・・・外せば死ぬ・・・・」

「くっ!!!!奴らは・・・・人間じゃない、人間の皮をかぶった化け物なのだと理解した・・・・・」

「真九郎・・・・お願い・・・・安らぎを・・・・せめて・・・」

女性の手を握りながらティアは涙を流し続けた。

そのとき捕まっていた少女が戻ってその女性に抱きついた、同じように抱きつきお礼を言う少女たちが多い。

シーツで体を覆ってあげ、その女性のことを尋ねた。

「この人は・・・・私たちが盗賊たちに全員犯されると聞いて自分が全部相手をするからこの子たちを助けてって・・・・自分が・・・・・身代わりに・・なるってぇ・・・・・ううううううううああああああああ!!」

見ればまだ20歳になるかならないかの女性だった・・・・年下の少女たちを救うためになんと勇敢な女性であろうか・・・・

「そ、その声は・・・め、女神さ・・・ま・・・・・」

意識が失われかけた女性が覚醒した。

それは声をかけ続けていたティアに向かっての言葉であろう・・・・

「ああ、女神様・・・・おねが・・いします・・・あの子たち・・・たす・・けてあげて・・くださ・・・・」

「!!!っ・・・ええ、天上の戦女神がその願い聞き届けました・・・・あなたの高潔な魂は天に召されます・・・さあお帰りなさいっ」

「あ、あり・・・が・・・・・」

名も知らぬ勇敢な女性は眠るように息を引き取り・・・・、震える手で拘束を外すとティアは自らのローブで彼女の身を包みその背に背負い、地上で待つ皆と合流した。



震える少女たちを花梨やエヴァたちが必死に落ち着かせようとしている。

「このまま正面を突破して馬まで戻るぞ」

ティアの探知魔法をかけつつ先を急ぐが靴の無い少女たちを伴う移動は神経をすり減らすものだった。

100m移動しては足を痛める子が現れ、また移動してはとの繰り返しになる。

さらに前方と後方の警戒を行いつつの移動は馬を待機させた場所まで一時間以上を要した。

その間、館の残存兵が追撃を出してこなかったことは幸いであるし、敵も脅威に感じたのだろう。

馬と一緒にしまっておいた食料をすべて少女たちに提供すると、久しぶりの暖かい食事にすすり泣くように味わっていた。

すると少女の1人が真九郎の元にやってくる。

茶褐色の長い髪をした少女で歳は14歳前後だろうか・・・・

「すまぬな、もう少しで帰還の見通しが立つと思う・・・不安にさせてすまない」

「いえ・・・あの・・・・私たちを守ってくれたあの女の人の名前・・・多分、ラヴィさんじゃないかって」

「ありがとう、これで勇敢な女性の墓に名を刻むことができる・・・・」

「みんな混乱してるけど、感謝してます・・・・ありがとう」

「気にしてはいかん、奴隷商の化け物どもが悪いのだ」

少女たちは食事を取ると疲れ切って夕霧たちによりかかるように眠ってしまった。

負傷したヴァンもよく痛みに耐えている。

「真九郎、馬があるとしても移動は無理よ」

「ああ・・・ティアには負担をかけるが探知魔法での索敵を続けてくれ」

「まかせて・・・・帰ったらさ、ちゃんとご褒美ちょうだいよね?」

頬を突っつかれながら要求されるが何がご褒美なのだろう・・・・

「お、俺に出せるものであれば・・・考えよう」

「やった♪武士に二言はなんたらなんだからちゃんと守りなさいよね」

「う、うむ・・・・・」





ラルゴ氏族のトビルが真九郎に指示された通りに伝言を伝えると、狩りから戻ったばかりのソルヴェドが中央平原まで自ら飛んで知らせに行くと志願したため族長の指示の元に援軍準備を街の住人たちも総出で準備することになった。

商人たちに馬車を提供してもらい、治療薬や包帯、また食料を積み込み狩りに出払っていたラルゴ村の使い手たちを呼び戻しにかかっている。

シズクは街の女性たちをまとめ奉行所前で炊き出しを行い始め、クーデル先生と共に子供たちも炊き出しの手伝いに回っていた。

ソルヴェドは飛竜も真っ青の速度で平原まで一直線に飛行し、見つからないように着地するとレインドたちの天幕まで走り抜けようとしたが帝国軍の兵士に見つかってしまう。

「こんなところに子供が何のようだ!!!怪しい奴め!!」

「ちっめんどうな!!!」

昏倒させてしまうかと脳裏をよぎったとき、後ろから声をかけられた。

「あれ?ソルヴェドちゃんじゃない?」

「サクラか!!!急いでレインド様のもとへ連れていけ!!」

尋常じゃないソルヴェドの様子に目つきが変わったサクラは帝国軍に一声かけるとソルヴェドを馬に乗せレインドの元に走った。

ちょうど演習のため軍議に参加していたレインドの元にサクラとソルヴェドが飛び込んできた。

「なんだお前たちは無礼であろう!!」

演習に参加していた貴族たちがサクラたちに罵声を浴びせる。

そんな貴族を無視したサクラたちは、取り押さえようとした貴族の部下をすり抜けるとレインドの耳元で事態を報告した。

控えるナデシコたちも何事だろうと貴族たちを制した。

話を聞くなり立ち上がったレインドは今までののんびりと穏やかな表情から一変し、その目から漂う気迫と殺気に気圧されるように貴族たちは座り込む。

「我らの仲間が奴隷商人たちによって攫われた、現在私の部下たちが救出に向かったが救援が必要なため我らはこれにて失礼する!」

「またれよ!演習よりも大事なことなのか!???」

「行くぞ、ヨシツネ!ナデシコ!」

電撃のようなレインドの指示に付き従うヨシツネとナデシコ・・・・・

仲間が攫われた・・・・・

奴隷商人どもめ!

レインドはすぐに駆けつけた鬼凛組に檄を飛ばす。

「これより攫われた仲間と救出に向かった局長たちの増援に向かうぞ!!」

「「「おおおおおお!!!!!!」」」

皆の目が怒りに燃えている。

僅か数分で騎馬で飛び出した武士団はそのまま演習場を飛び出すが、そのレインドを追う一団があった。

その中の一騎が手を上げながらレインドに近づくとなんとザインである。

「レインド伯!我らもアルグゲリオス師団の騎乗班も御供させてください!」

「ザイン殿!ありがたく支援を受けよう!」

20名数名の騎馬とザイン麾下の騎乗班35名は合流地点であるデュランシルトまで休まず駆けた。


既に夜になり辺りも暗くなりつつあったが、途中でアルグゲリオス師団が用意してくれた明かりによりそれほど速度を落とすことなくデュランシルトに到着することができた。

街で待っていたのはラルゴ氏族と武士団の待機組みで住民たちはレインドの帰還を喜んでいる。

レインドは馬から降りるとすぐさま状況確認に向かう。

既に帝都から所要で戻っていたニーサが情報をまとめておりレインドに報告しようとしていた。

「レインド様、攫われたのは、花梨、蜜柑、エヴァ、アストリッド、ビルデの5名になり、救出に向かったのは、局長、十六夜、夕霧、リヨルド、ヴァン、ナディア、そして・・・・レシュティア姫様になります・・・・」

「な!!姉上がなぜ!!!」

「それが探知魔法を使える人がいないと困るだろうと、強引に押し切ってついていったそうです・・・・」

「くぅ姉上・・・・でもありがとう・・・・それにしてもわずか7名で救出とは、師匠がんばりすぎですよ・・・・」

ふと視線を感じその方向を注視したら、シズクが祈るように見つめていた。

その頭の上には雪が飛び跳ねて叫んでいる・・・・

シズクちゃん・・・・・行ってくるよ・・・・・・

「ニーサ、馬に水を与え休憩を取らせたら出発する」

「分かりました、現状で分かっているのは南西方向ということだけです」

「幸いにもアルグゲリオス師団のザイン殿の助勢を得られた、探知魔法があれば追える」

「ニーサ殿、ご無沙汰しております」

「ザイン様、本当にありがとうございます」

深く一礼する二人はさっそく必須情報をザインに伝えており、部下たちも馬に住民から渡された水桶を受け取り馬に休息を与えていた。

20分ほど馬を休ませた後、レインドは再び馬上の人となり見守る住人たちに応えた。

「デュランシルトの民たちよ!!我らの仲間を救うためにそなたたちが示してくれた心に必ず報いると約束しよう!!!」

「レインド様おきをつけて!!!!」

「花梨ちゃんたちを助けてあげてえ!!!」

歓声と願いの声の中、レインドは響き渡る澄んだ声で出陣を叫ぶ。


「武士団!!!出陣!!!」


「「「「「「おおおおおおおおおお!」」」」」

このとき鬼凛組の隊士たちは仲間を救うという重大な任務でありながら、この人の下で共に戦えることに喜びを感じていた。

もしかしたら、それは不謹慎だったのかもしれない、しかしあの輝く我らの将が導く先を共に駆けたい!そう思わせる将器に満ちているのだ。

住民たちもデュランシルトを出立していく武士団の勇姿にいつしか礼をして見送っていた。

残された住民たちもまた奴隷商人に誰かを攫われる訳にはいかないと、奉行所の周りに火を焚いて子供たちを奉行所に集めると夜を通して見張りについたのだった。


夜も更け、ザイン隊の中でも探知魔法の使い手である部下のデシルの先導で南西方向に駒を進めていく。

しかし、そのデシルが10回目の探知魔法でこちらに向かってすごい速度で迫る存在を察知する。

ザインはすぐに部隊を展開し、夜間戦闘における迎撃陣形を展開させた。

集団魔法戦闘においてザインの助力を得られたことは大きい。

だが、その明かりに向かって馬に乗った人物はなにやら手を大きく振って合図をしているようだ。

「あれは・・・・ナディアだ!!!!」

夜目の利く紅葉が仲間だと告げると迎撃体制を解除し、ヨシツネとサクラがナディアを出迎えた。

「ナディア!何があった!!!」

「花梨たちが捕らわれている場所を発見したわ、ここから南にあるシャイム侯爵の別荘よ!」

「なんだと!!」

思わず叫んだのはザインだった。

「それで緋刈さんたちは・・・・」

「局長は救出のため多分・・・・乗り込んだと思う」

「よりによってシャイム侯爵か・・・・良くない噂の塊のような男です」

「よし、ナディア、疲れているところすまないが先導してくれないか?」

「もちろんですレインド様!」

ナディアの先導による夜間行軍で移動を開始し、空が白みかけてきた頃ようやく侯爵の別荘近くまで到着することができた。

「隊長、既に別荘から離れ・・・ここから西に1kmほどのところで戦闘が起こってます!!」

「各隊戦闘準備!!!馬車隊は状況を見て移動するように!ザイン隊は対虚脱姿勢を!!」

「皆、馬から下りて地面に座れ!!!」

彼らを虚脱状態への一過性の耐性をつけると、武士団は一気に駆けた!

きっとその戦闘は師匠たちだ・・・・みんな無事でいてくれ!!


見えた!敵集団が呪文の波状攻撃をしている・・・・・

「皆の者!!!この戦いで武士団の力を示し!我らに手を出せばどうなるか死を持って償わせる!!!我に続けぇえええ!!」

「「「「おおおおお!!!」」」

後方から響く地響きを呪文の振動と勘違いし確認を怠っていたシャイム侯爵の私兵たちは、いとも簡単に後方を衝かれ騎馬突撃の餌食になった。

レインドの髭切が一刀ごとに敵の首を断ち、ナデシコの槍が振るわれ私兵たちを切り裂いていく。

分断するように駆け抜けた武士団はレインドを先頭に髭切を掲げたまま、見事な転進を見せる。

混乱する侯爵たちの私兵を指揮するのは腹心の部下であるエザルーマだった。

「おのれ何が起こっているかあ!!!」

「ぞ、増援です!!奴らの増援です!!!」

「そんな馬鹿な!!あいつらにはもう戦力など残っていないはずじゃ!!!」

混乱に乗じ、ザインが分断された敵の戦列を裂くように部隊に攻撃命令をくだす。

人数では勝るものの、突然の奇襲で混乱した私兵たちは逃げ惑った。

「くそう!!!野蛮な豚どもに負けてたまるか!!!なんとかしろおおお!!!がっはぁ!!!」

敵中深くに飛び込んでいた真九郎は、エザルーマに柄頭をかなりしたたかに鳩尾へ打ち込み、悶絶し気絶した。

呆気にとられた部下たちは恐怖を感じる間もなく切り倒され、逃走する兵は無視し、抵抗する私兵に向かって武士団の再度の突撃が行われる。

呪文を恐れることなく突撃してくる騎馬の恐怖は彼らが今まで感じたことのないものだ。

弱者を虐げることに日々を生きてきた彼らにとって、到底理解できるものではなかろう・・・・


突撃と共に湧き上がる悲鳴と血煙。

その突撃を持って体勢は決した。

私兵100数十名に対し、武士団は勝利を収め、その攻撃の苛烈さにザインたちも胴が震える思いだった。

さらに驚いたことがある・・・・・

怪我人や奴隷商から救われた少女たちを匿った洞窟を守るために、真九郎たちが必死の切り込みを駆けた矢先の突撃だったのだ。

ザイン隊によって怪我人の手当てや救助が行われたが、真九郎たち先行した鬼凛組は怪我だらけではあるがまだ健在で深手のヴァンも痛みに耐えて数人の私兵を切り倒している。

ティアことレシュティア姫は怪我もなくさっそく治癒術を駆け回っている。


ザイン隊の警護の元、状況整理と負傷者の救助作業が一段落し急遽立てられた天幕には何体かの遺体が安置されていた。

今回の突撃で犠牲となった3名の鬼凛組隊士だった・・・・

傷だらけの包帯だらけの真九郎は天幕で膝を付くレインドに駆け寄っていた。

「レインド・・・・・すまない」

「師匠・・・・・僕の判断で人が・・・大切な仲間を殺してしまった・・・・」

「それは間違いだ・・・・クルス・・・フォルディ・・・セギル・・・・この死は奴ら自身が自ら勝ち取った死だ・・・・戦場での誇りある死を褒めてやれ・・・・」

「くぅ・・・・覚悟していたのに・・・・いつかこういう日が来るかもしれないって・・・師匠・・・・こっんなに辛いのか!・・・」

優しすぎるんだ・・・・レインドは・・・だからこいつらも共に戦えて幸せだっただろう・・・・

「レイ・・・・きっと落ち込んでると思ったわ」

「姉上!・・・・ご無事でよかった・・・・」

「あなたのことだから、部下を死なせてしまった責任を感じているのね、でも逃げてはだめよ受け止めなさい」

「はい」

「あなたの生き様で彼らの死に応えなさい・・・・あなたは1人じゃないみんながついているのだから・・・」

「はい・・・・クルス、フォルディ、セギル・・・・・君たちと共に戦えたことはっ・・・・私の誇りだ・・・・天の神々よこの勇敢な魂をお導きください!」



遅れて到着した馬車隊によって救助され捕まっていた少女たちに暖かい食事や毛布が提供された。

ザインが現場を預かると申し出てくれたため、武士団は負傷者と死者を収容するとデュランシルトへ向けて帰還を急いだ。

花梨たちには犠牲者が出たことは伏せられたが、花梨たちは既に雰囲気で察しているようで落ち込んでいる。

到着後は切り込み部隊は全員が負傷しているため治療院に運び込まれた。

また奴隷として捕らわれていた少女たちはティアやナデシコにお風呂に案内され、ゆっくりとお湯につかってもらう。

あまりの気持ちよさに風呂で寝てしまう子まで現れ、彼女たちはようやくベッドでの安らかな眠りにありつことができた。



牢に捕らわれていただけの子たちは既に武士団の子供たちとも打ち解けているが、陵辱を受けていた少女たちの精神的な傷は深い。

しばらくはニーサやナデシコたち女性が付きっ切りで世話をし、ようやく落ち着きを取り戻しつつある。

また、今回の戦闘で死亡した3人と少女たちを守ったラヴィの葬儀も行われた、この葬儀には皇帝も僅かな供を連れて参加し、参列者を驚かせた。

鬼凛組の3人は身寄りがないためデュランシルトの高台に用意された墓地に葬られる、

ラヴィは皇帝参列の元、帝都からも多くの女性たちが詰めかけ大地母神神殿のソラが葬儀を取り仕切った。

式が進む中、予定外に葬儀場に現れたのは、マユと聖獣ピスケルだった。

ピスケルは聖なる水で祝福をすると悲しむように鳴いた。

マユはラヴィの額に手を当て祈りを捧げる。

「天上の神々、大地母神ニル・リーサ様・・・・人の身では為しがたい勇気を示した、清浄なる魂を持つ女性をお迎えください」

マユの目から流される涙に誘われるように天が鳴き、悲しみの雨が降る。





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