2 鬼凛組の義
デュランシルト領主 レインド辺境伯が誕生してから3年の月日が流れている。
鬼凛組の隊士たちは皆たくましく、そして美しく、凛々しく成長した。
各地で募集された非魔法力所持者は、シルフェの血を吐くような努力により救出された者たちを含め総勢50名になろうかとしている。
真九郎とニーサによって立案された武士団の構成と鬼凛組の編成は候補生が正式入隊をした時点で決定される。
約半年の訓練期間を経て、希望者は秘密を守ることを条件に故郷に帰ることが許されている。
だが、帰還する者はいまだ誰1人として現れていていない。
戦闘にどうしても不向きな者たちもいるため、彼らの才能を見出すのが得意なマユの助言で適切な部署への振り分けもすすんでいる。
候補生時代から一貫して叩き込まれるのは武芸と武士道の基本的教えである。
地味ではあるが武士道は基本的な生き方と礼節が中心だ。
義・勇・仁・礼・誠
この5つの項目についても真九郎が噛み砕きこの世界に馴染むような解釈を加える。
『義』
「義とは正しき理のことだ、人として正しい行為を行うこと、またそれを迷わず行える決断を伴う力のことだ」
候補生の少年に質問をする。
「目の前にゴブリンに襲われそうな小さな子供がいたとする・・・・だが今子供を囮にすれば自分はゴブリンの群れから逃げられる・・・・侍が取るべき行動とは?」
「こ、子供を・・・・助ける・・・・」
「だが自分は死んでしまうかもしれないぞ?」
「・・・・・・でも助けたい」
「良く勇気を持って正しいと思う発言をしたな、君は義を示した・・・・」
頭を撫でられた少年は驚きつつも照れながらその後の解釈を求めていた。
「人ならば・・・・侍ならば・・・・子供を見捨てるなどあってはならぬ、人にとって侍にとって大切なのは、この死ぬかもしれない決断ができる心の強さを育むことだ」
毎回、少年少女たちが稲妻に打たれたような表情しつつ段々と目を輝かせていく様を見るのは教える者としてやりがいを感じる瞬間だ。
その頃シルメリアは、奴隷として売られそうになった子供たちを保護し武士団まで連れて来ていたシルフェの来訪を受けていた。
ニーサも同席しての報告を聞く限り彼の任務は過酷であった。
「シルフェさん、あなた方が保護してくれた子供たちは責任を持ってお預かりいたします、それとあなたは休養を取るべきです」
「そんな訳にはいきません、まだ囚われている子供たちがいるのです」
「以前・・・・本部でお会いしたときにお話したこと、覚えていますか?」
シルメリアの問いにシルフェはあの夜のことを瞬時に思い出していた。
忘れることなど出来ようか・・・・・あの日の夜にあなたと出会ったことが・・・・
「はい・・・」
「自分を大切にするということは、あなたを大切に思う人の心を大切にすることなのだと・・・」
「ああそうか・・・・そういうことだったのか・・・・そうか・・・」
ニーサは時間を確認するとシルフェを講義室へ案内した。
ここには良く貴族や帝国から見学者が来るので真九郎や候補生たちも心得ている。
ちょうど義に関する講義をしていた時だ。
「あの子は・・・!」
「はい・・・・あなたが助け出した少年です」
「・・・・・・・・あれ??なんで・・・」
シルフェの目からは止め処なく涙がこぼれ続けていた。
恥ずかしい姿をシルメリアに見られたくないと、慌ててハンカチを取り出そうとするが涙は止まらない。
「どうぞ」
シルメリアが差し出したハンカチで涙を拭う・・・だが子供たちが元気良く質問する姿・・・・褒められて喜ぶ姿を見てまたあふれてきた。
「お、おかしいな・・・・目にゴミでも・・・・」
「シルフェさん・・・・どうか休養なさってください・・・・助け出された子たちは皆毎日のようにシルフェさんに感謝しています・・・・命の恩人に恩を返すんだと」
「くぅ・・・うぅ・・・・・」
ただ我武者羅に救い出さねばと、部下たちと自分の心を犠牲にしながら救出に全力を注いだシルフェはまさに英雄と呼ぶにふさわしい男だ。
だが立ち止まり己の為したことを見せられたシルフェは、ここまで見届けて救出を為したと言えるのだと理解した。
それにシルメリアの言葉の重みが今こそのしかかってくる。
「シルメリアさん、ありがとう。あなたは私が迷った時にいつも道を示してくれます・・・・」
何か言いかけたたシルフェは憑き物が取れたような顔でニーサにもお辞儀をすると待機していた部下たちを連れて講義を見せ始める。
部下たちも救った子供たちの姿を発見し、笑顔を取り戻しやがて肩を震わせていた。
去り際にシルフェは言い忘れていたことをニーサとシルメリアに伝えた。
「これはドゥベルグで情報屋から仕入れた情報なんですが、どうやらドゥベルグとベルパは東連と共同で対死界人殲滅部隊を組織したのは事実のようです」
「そうでしたか」
「鬼凛組と共同戦線が貼れれば死界人の脅威からさらに多くの人を守れるというのに、彼らの同盟側は情報開示を頑なに拒否します・・・・こちらへの要求は際限がないというのに」
「人が争っている場合ではないのに・・・・」
「シルメリアさん、まったくです・・・・・気をつけてください、奴らの同行を注視するためシルヴァリオンも動き出しました、何か分かり次第報告させますので」
「ありがとうシルフェさん」
「・・・・ではまた」
この情報を聞いたニーサはさっそくラルゴ村へ赴き、警戒監視の強化を要請する。
族長とソルヴェドは快く了承し彼らが魔窟の中で張り巡らすことで生存を可能にしてきた、探知呪道具の設置と広域結界を強化する作業に移ってくれた。
また精鋭数名を村の入り口近くにある番所に待機させることにした。
翌月、新たにルシウスが仕上げた刀が鬼凛組に納められてくる。
あの髭切を作成した過程で知りえた手順を試したところ、今まで苦心していた工程が嘘のように自然な流れとなり出来上がった刀は髭切を除けば最高クラスの出来であった。
ほぼ全員に脇差が行き渡ってはいたが、今回仕上げた刀は現状の技術や施設・資材で仕上げられる一つの到達点として真九郎に評価された。
実際のところ、江戸期でも有数の刀匠が仕上げた上物クラスの刀であると真九郎は見ている。
これから工程や資材の厳選などを進めていけば業物クラスの刀を鬼凛組に配備させることが可能になるかもしれない。
今月納められた上物は4振りであり、腕前によりレインドによって与えられていく。
候補生や隊士たちにとって、刀の二本差しは憧れであり鍛錬に励む良い動機になっているようだ。
そんなルシウスに新たな注文をするのは気が引けたのだが、真九郎は馬上槍を頼むことにした。
気分転換に気が乗ったときで構わぬとの依頼であったが、局長から直接の頼みであるとなれば気合が入りジングと相談した結果今度は小剣を鋳潰して槍として打ち直そうという話になった。
今回は馬上槍と両刃の直槍という細かい注文を受けていたので造りやすかった。
問題となるのは柄のほうで、真九郎の武器を作ると聞き素材集めにラルゴ村のほうがはりきってしまい四方八方探し回りオルナサージェがしやすく固く粘り強いしなりを持った槍柄に最適の木材を探し当てることに成功した。
基本は刀の生産、息抜きに槍の生活が始まった。
またジングによって主力メンバーの帯刀者用の防具開発も進行している。
これに関して真九郎は毎回細かく注文を付ける事にした、妥協は死に直結してしまうからだ。
ジングもそのことを理解しており、素材に詳しいラルゴ村村長、族長のシルメも同席して会議が行われていた。
「なるほど、防御力も欲しいが軽さと動き易さ・・・・これらの両立だな・・・・」
「はい、撒き散らされた石の破片で俺とサクラはやられてしまった、防具は動きを鈍くするから最小限と考えていたがどうやら誤りだったようです」
「それも間違いではあるまい・・・・・そうなるとバランスだな・・・・」
防具は無理にオルナサージェをする必要がないため軽量化呪文をかけることができる。
そうなると素材選びが最も重要な要素となった。
「話を聞いていると・・・その条件に適合するのは竜の皮・・・では重すぎる・・・・・ならば竜の翼膜を使うのはどうだ?」
「翼膜か!?」
「我らの屋敷にまだ数枚あったはずだ、明日にでも回収班に持ってこさせようではないか」
「世話になりっぱなしだな・・・・・」
「いいや、ちゃんと対価はもらうぞ、あはははは!」
「俺からもニーサに伝えておくよ」
「今回はな、金銭ではなくな・・・・その・・・・」
「どうしたのだ?」
「村にも大浴場が欲しいと村人がな・・・・特に女たちがうるさいので浴場建設を頼みたいのだ」
「そういうことならニーサほどの適任はいないだろう、村の主要設備の建設が一段落したと言っていたから今なら頼めるはずだ」
「おお、ありがたい!」
ニーサ一は一種のお風呂廃人といった嗜好を持った人物で朝と夕にはかならず風呂に入るものだから、風呂場にいけばニーサに会えるとまで言われている。
この話をニーサに振ったところ、案の定二つ返事で引き受けてくれしかも頭の中には図面まであると上機嫌だ。
日々鍛錬や領内の開発や産業振興策など様々な諸事に負われているが、真九郎には一つだけ待ちきれないことがあった。
デュランシルトに居を構えてから農地整備を行いどのような品種の穀物を栽培するかを検討していた時、マユが見慣れた植物を持って現れたのだ。
「あの、真九郎?これに見覚えある?」
「な!!!そ、それは・・・!!!!」
震える手でマユが持つそれを確認するが、嗅ぎなれた匂いと手触りに故郷を思い出しじわりと涙があふれて来た。
「こ・・・こめ・・・・」
「こめ?」
「それって真九郎が前からずっと探してたあれ?」
「そうだ・・・・・米の稲穂だ・・・・・いったいどうしたのだ?」
「昔、南方の地で栽培されていたことがあるってだから真九郎にって・・・・・ニル・リーサ様が」
「ありがたや大地の神よ!ではこれを栽培し、増やす作業を始めねばな・・・・」
こうして手探りながら稲の栽培が始められた。
春を待ち発芽させた種もみを増やすため、日当たりの良い水田を自作すると少ない稲で田植えを行い、何て奇妙なことをするのだと街の人からも変な目で見られもしたが、秋になり見事な稲穂をつけると麦に似た穀物への感心は高まった。
2年目は大変であった、まだ種籾を増やす段階であるが、田植えの量は前回とは比較にならないため今度は候補生たちに小遣いを払ってバイトとして田植えをさせることにした。
素足で泥水に足を突っ込む感覚が楽しいようで小さい子ほどはしゃいでいた。
「シルメリアもおいで」
「うひーー冷たいよおおおお」
「すぐに慣れるさ、まずこの列からこういう風にっと、これぐらいずつの束にして等間隔に植えていくんだ」
「「「はーい!」」」
蜜柑や花梨は泥が跳ねるのも楽しいらしく後輩たちとはしゃいでいるが、シルメリアは泥に足をとられもたついている。
「シルメリアは下手、私にもちょうだい」
するとマユが下着同然の格好で尻尾をゆらゆらさせながら田植えに挑戦するとはりきっていた。
「マユにもお願いするか、じゃあやり方わかるな?」
「大地の御使いをなめるな」
さすが大地の御使いは早いペースで田植えを進めていくが、足を取られて尻餅をついてしまう。
「うあああ、マユの尻尾がぁあああ」
「ちょっとマユ!尻尾振ったら泥がはねるっ・・!やったわね!」
「シルメリア、泥だらけ、あはははは!」
泥だらけの少女と狐を放置し聞き分けのよい子供たちに言い聞かせる。
「みんないいかい?ああやって勝手におふざけるするのはかっこいい?」
「「「「かっこわるーい!!」」」」
「そうだねえ、じゃあ田植えたが終わったらがんばったみんなにご褒美あげようかなぁ」
「「「わーい!!!」」」」
「真九郎!私もがんばる!!!」
「む!!!マユもだ!!!」
こうして疲れもしたが楽しい日々は過ぎていく。
まさか田植えができる日が来るとは思ってみず、不足していた知識は不破がこんなことも知らんのか!とお説教気味に教えてくれたので大体の流れをまとめることができた。
さて田植えの後は、なんとマユが呼んだ水の聖獣ピスケルが月藍湖から泥狐になっていたマユを洗い流してくれる。
「つめたーーーい!ぶるぶるぶる~」
ピスケルはその愛嬌のある顔で水を操ると優しい温水を子供たちに向けてシャワーのようにかけてあげていた。
「あったかい!ありがとうピスケルちゃーん」
「ぷおー」
「かわいいものだな、水の聖獣様は」
「マユ、聖獣様を便利に使っちゃだめよ」
「いいんだもん、ピスケルはお友達なんだから、そうだピスケルあの女に水鉄砲だ!」
「え!?」
空中でまとまった水がシルメリアのが顔に直撃する。
「ぶはっ!ちょっとマユ!」
「ふっ!最近、シルメリアから真九郎の匂いがすることが多いのばれてるのよ!まったく!」
「ちょ!!!!何言って!!!待ちなさいマユ!!!」
「逃げろぉ~ピスケル~」
「ぷお~」
穏やかなこの優しい時間がずっと続いて欲しい・・・・・
この稲が実り、この地が頭をたれるほどの黄金の稲穂で満ち溢れることが何よりの楽しみで仕方がない。
デュランシルトや帝都近郊は日本に近い季候ではあるが、夏はそれほど高温にはならず蒸し暑いこともない。
冬は時折雪がつもる程度の四季がある土地柄だ。
2年目には大きな嵐で稲の一部が流されてしまったが、今年は今のところ穏やかな日々が続き、今日も鍛錬に励む子供たちの指導に真九郎は精を出していた。
候補生としてまだ武士団に所属はしていないが、花梨や蜜柑など14歳~8歳ぐらいまでの子供たちだ。
江戸で道場に通っていた際、少年たちに指導をしていた経験が生きてきた。
少年少女たちの体の負担にならないようように無理な鍛錬は控え、構えや素振りなどを丹念に指導していった。
この男は子供相手に指導することが何よりも楽しいらしく、また性に合っているようで褒めるタイミングや改善点を指導するコツなどを心得ていた。
器用貧乏な彼が天性の才能として天から受け継いだものがあるのだとすれば、それは子供たちの心を引き付ける感性と教える才能であるかもしれない。
ここへ来た当初は不安で泣いて暮らす子もいたが、花梨や蜜柑がそうされたように後輩たちの面倒を良くみるようになっている。
「エヴァ、右手の力をもう少し抜いてみようか」
「はい!」
「そうそう、そうだ!今の素振りは良かったぞ、少しだけ右手の力を抜いてがんばってみような」
「はい!」
シルメリアは時間が空いたときなどは、真九郎が子供たちを指導する様子を飽きもせずずっと眺めていることが多い。
なぜ眺めているのか聞いてみたことがあった。
「真九郎は戦っている時よりも、子供たちに教えている時のほうが素敵です、かっこいい・・・・」
照れる真九郎をからかっているのかとも思ったが、優しく見守るシルメリアのやわらかい表情につい見蕩れてしまう真九郎でもあった。
教えたことを実践させていると、疲れて座り込んでしまった8歳ぐらいの少年に花梨たちの後輩にあたるアストリッドが元気な声で励ましていた。
少年もまた立ち上がると汗を拭いながらもやる気をみせて再度素振りを始めている。
今日はみんながんばっている・・・・
そして真九郎の悪い癖なのだが・・・がんばっている子供を見るとつい何か買ってあげたくなってしまうのだ。
鍛錬が終わり挨拶も済んだ後、真九郎は花梨と蜜柑に全員分の冷たい菓子でも買ってくるように小遣いを渡した。
「師匠いいの?」
「今日は花梨たちも後輩を気にかけがんばっていたからな、全員分だから12個買ってきなさい」
「師匠ありがとう!!行こう蜜柑!」
「私も運ぶの手伝います」
いつも花梨たちの後をついて回る後輩3人組みも一緒についていった。
花梨たちが戻る間、風邪を引かないように皆の汗を丁寧に拭いてあげる。
この時につい甘えてくる子供たちもいるが、真九郎はあえて甘えさせるようにしている。
武道の稽古と武士道の講義、またニーサが退官した帝都で働いていた教師を勧誘し一般教養や知識についての授業も開始されていた。
帝都の子供たちと違い、勉強できることを喜び真剣に授業を聞く様子に最初はどこか馬鹿にしていた教師も教育魂に火が付いてしまい、家族と共にデュランシルトに移り住み保護された子供たちに適した教育内容の立案に精力的に取り組んでくれていた。
汗拭きなど身の始末を終えた後、子供たちに自由時間を告げようとしたときである・・・・・
番所に詰めていたラルゴ氏族のトビルが真九郎の元へ飛び込んできた。
「はぁはぁ緋刈さん!!たった今商店の主人から注文した花梨ちゃんたちがまったく戻らないって報告を受けた!」
「何!?詳しく話してくれ」
「注文した後、急に誰かを追いかけるように路地裏に入っていったらしいんだが、10分経っても戻らないので心配になった主人が番所に通報してくれたんだ」
そこに丁度次の授業の準備で通りかかったあのクルーグ先生が現れた。
「クルーグ先生!!!」
駆け寄る真九郎に驚き目を丸くしたクルーグ先生は、何か良くないことが起こっていることを察した。
「先生すいません、子供たちを頼めますか?」
「はい、それは構いませんが・・・・何かあったのですか?」
「花梨と蜜柑が行方不明です・・・・」
「!!!!早くお行きなさい、後は私に任せて」
「先生ありがとう!」
真九郎はトビルに現場をもう一度丁寧に捜索するよう告げると、屋敷に残っていた人員の確認に向かった。
時期が悪すぎる・・・・・
レインドは部隊連携演習のためにオルフィリスにて帝国軍との軍事演習に向かっていた。
そのためヨシツネ、ナデシコ、サクラは帝都の東に広がる中央平原で演習の準備中であり、他の主力も演習に参加することになっている。
またシルメリアとイングリッドは探知結界にあった妙な反応を追うため留守にしており・・・・・
動ける人間が少なすぎる・・・・・
すぐに集まったのはナディア、夕霧、十六夜、リヨルド、ヴァンの5名で、探知魔法を扱える者がいない・・・・
とりあえず二日分の食料を急いで用意させ騎馬にて街の入り口まで向かうことにした。
するとトビルが見慣れた物を掲げて真九郎に必死にアピールしている。
「これは・・・蜜柑の脇差だ・・・・」
蜜柑と花梨用に短めに造られた脇差であった・・・・蜜柑用はジングがじきじきに柑橘系の彫刻を鞘に彫っていたので蜜柑のものだとすぐにわかった。
「局長、蜜柑は脇差を粗末に扱うような子じゃありません、恐らく・・・・攫われた可能性が・・・・」
よく花梨と蜜柑の面倒を見ていた夕霧が震える声で可能性を告げる。
「探知魔法を使える人間がいれば、外で追跡も可能になるのだが・・・・」
あいにくラルゴ氏族のトビルはその手の魔法が苦手である・・・・
思わず飛び出していきそうな真九郎をなんとか夕霧は抑えていたが、そんな彼らにかけられた声があった。
「なになに?探知魔法を使える人を探してるの?」
「レシュティア姫!!!?」
戦装束のまま馬上にいたその美しく可憐な姫はあいかわらず輝くばかりの美貌である。
「とりあえず事情を報告しなさい」
押し切られるようにナディアが花梨たちが攫われてしまった可能性を指摘する。
当の本人はレインドの軍事演習にくっついていったはいいが、リシュメアの人間がいるのはさすがに問題になると言われ、なるほどその通りだと納得し早々に引き返してきたのだという。
「なんですって!!!!私のお風呂友達なのよあの娘たちはあああ!待ってなさい今・・・・・ラダァーススウェール・・・ディムド」
レシュティア姫から広がった薄く白い波動は波紋のように周囲へ広がりを見せていく。
「真九郎!南から反応があるわ!!!今日はあの娘たち外には出ていないわよね!?」
「ああ出ていないはずだ」
「時間は30分ほど前・・・・・」
「よし、ナディア、夕霧、十六夜、リヨルド、ヴァン! 俺たちで後を追うぞ」
「ちょっと待ちなさいよ、誰が追跡して探知魔法で確認するのよ?」
「いや・・・・姫様にそのようなことを・・・・」
「私の友達が攫われたのよ!!!侍なんでしょ、捜索にあたる私1人守れないでどうすんよ」
「すまん・・・・・恩に着る・・・よし、皆出発だ!!!!トビル、族長へ使いを飛ばして街の防備を頼むと!後、帝都のレインドに伝令を大至急だ!」
「分かりました!!!」
デュランシルトを飛び出して行った7騎はレシュティアの探知魔法を頼りに根気のいる追跡を開始した。
探知魔法をかけ、またしばらく駆け、また探知魔法をかける行動を繰り返した。
真九郎たちも痕跡がないかを念入りに確認してみるが、狼人族の夕霧がまだ新しい轍を発見することに成功する。
「夕霧よくやった、それで方向はどっちだ?」
「はい、やはり南西方向に進んでいるようです」
「こちらからも南西と分かったわ・・・・それによりもうすぐ日が落ちるけどどうするの?」
「このまま追跡を続ける、幸いにもナディアと夕霧は夜目が利く、二人は先導してくれ」
「はい!!!」
真九郎から頼まれたことがうれしくて、つい不謹慎にも喜んでしまったことを恥じたナディアは感情を抑えつつ花梨たちに意識を向け闇夜の中でも轍を追い続けた。
探知魔法をレシュティアがかけている間、ヴァンが真九郎に進言してくる。
「局長、ここはもうシャイム侯爵領内だと思います、この方向だと森を迂回した先にシャイム侯爵の別荘があるはずです」
ヴァンは行商人をしていた父に連れられ各地を旅した経験があるため、地理に明るく貴重な人材でもある。
「そのシャイム侯爵という貴族について知っていること、噂などはあるか?」
「正直・・・・・悪い噂しかありません・・・・有名なところでは反皇帝派の重鎮で東連とも繋がってるっていうのは有名な話です・・・・」
「なら、奴隷商人と繋がっていてもおかしくないわね」
ナディアの声には怒気が含まれている・・・・・
「やはりそこのヴァンが言った通りかもね、これ以上は探知魔法を逆に発見される恐れがあるわ」
「よし、ナディア、夕霧、頼む・・・・・」
「はい」
焦る気持ちを抑え、轍を追う追跡は続く。
ヴァンの予想通り正面に見えた森を迂回するように道が続いており、轍はその道に入ったのは間違いないようだ。
時間にして真夜中に差し掛かったころ、例のシャイム侯爵の別荘の明かりが目に飛び込んでくる。
どうやら別荘には人がいるらしい・・・・漆黒の闇に浮かび上がるこうこうと明かりが灯るきらびやかな屋敷・・・・・
離れた場所に馬を繋ぐと、レシュティアは馬が落ち着いて待っていられるように平穏の呪文と認識阻害用の簡易結界を張ってくれた。
「むう、やはり魔法とはすごいものだなぁ」
「真九郎が使う武器もすごいのよ、いいじゃない助け合えば」
この姫の竹を割ったような性格は素晴らしいと思う、男らしいという部類に入る性格だが実に気持ちがよい。
「そうね、花梨たちの反応はあの別荘で間違いないわね・・・・」
「よし、ナディア、お前は戻ってここの場所を連絡し増援を呼び込んでくれないか?」
「局長!私も一緒にいきます、いかせてください!」
「俺もナディアが来てくれれば心強い・・・・だがこの夜道で気付かれないように明かりをつけずにデュランシルトへ戻れる人間はお前しかいない・・・」
夕霧も夜目は利くが、ハーフエルフが持つ能力には遠く及ばなかった。
「・・・はい・・・・急いで援軍を連れて来ます!・・・・・局長・・・・花梨たちをお願いしますね」
「ナディアも気をつけるのだぞ・・・・最優先はお前の命だ、次に増援だと思え」
「必ず援軍を連れてきます!」
ナディアは馬を連れて森の中に消えていった。
「優しいのね・・・・」
「優しくなどないさ・・・・彼女たちを戦闘に巻き込んでしまっているのだから・・・・」
「そういう自覚が出来る男を優しいって言うのよ」
レシュティアは闇の中で真九郎の頬を軽くなでると別荘に向かって歩き出す。
別荘の門を視認できる潅木の陰に潜み状況を観察していたが、どうにも警戒が厳重だ。
かなり頑丈そうな門の造りに番兵が2名、門から別荘までは200mほどの距離があり中央には噴水や切りそろえられた木々が植えられている。
「さてどうしたのものか・・・・・」
「真九郎、あの門はね魔法的な処理をしないと開かないようになっているわ」
別荘は3階建てで横に広く、いったい部屋がいくつあるのか検討もつかない。
焦りとの戦いだった、花梨や蜜柑は無事なのだろうか・・・・・
その頃、花梨と蜜柑は別荘の三階に捕らわれていた。
別荘に着くまでは睡眠魔法で眠らされ、気付いたときには殺風景な部屋に両手と両足にそれぞれロープが巻かれ身動きが取れなかった。
先に目覚めた蜜柑の話によれば途中で同じように捕まっていた女の子たちが地下に連れて行かれたらしい。
同じ部屋には花梨、蜜柑、エヴァにアストリッドとビルデが同じようにロープで拘束されている。
バラバラにされなかっただけまし・・・・・と思うしかない。
少しずつ思い出してきた・・・あのとき路地裏に駆け込むエヴァ、アストリッド、ビルデを見て追いかけたはいいがそこで急激な眠りに襲われ・・・・
そうか、きっと幻惑魔法と睡眠魔法で罠にかけられたんだ・・・・
睡眠魔法の余韻で意識に錘がついたようだが、気合を入れなおして自分の状況を確認した。
両手と両足の拘束・・・・・蜜柑は脇差を失くしてしまったことを悔いている、まるで捕まったことよりショックなようだ。
エヴァたちは帯刀はしてないが様子を見る限り混乱はしていないものの、長時間の拘束に及べばどうなるか分からなかった。
そして花梨は・・・・身をよじると腰に引っかかる感覚がある・・・・
脇差があった!!!
部屋の中で花梨たちを見張る汚らしい男に悟られぬよう必死で喜色を隠す。
「やっと目が覚めたのか、これだから魔法使えない連中は楽でいいぜ・・・・そう怖い目をするなって、ぐへへへへ」
花梨はエヴァたち後輩に寄り添うようにし、目で大丈夫だよと安心させるように務めた。
後輩たちは恐怖と戦いながらも挫けぬ瞳を花梨に向けてきた。
蜜柑もまだ花梨に脇差があったことに希望を見出しているようだ。
「ちっ生意気なガキ共だぜ・・・・お前らなんかはなまだましなんだぞ?高額商品だから手出すなって言われてんだよ、いいなあ地下の連中はやりまくりだぜ」
「!!!!!!」
蜜柑は地下に連れて行かれた少女たちを見ていたため、彼女たちがひどい目にあっているかもしれないと思うと胸が張り裂ける思いだった・・・・
チャンスはきっと来る・・・・・それまで私たちは恐怖で取り乱さないようにすることが一番重要・・・・・
これは真九郎から学んだ教えでもあった。
縛られた手で蜜柑の手を握ると、思いに応えてくれるかのように力強く握り返してくれた。
蜜柑の手が熱い・・・・・
大丈夫、まだみんなの目には光が満ちている。
「俺たちが番兵を虚脱状態にした後、拘束し居場所を聞き出す」
「居場所を吐かなかったらどうします?」
十六夜は切り殺してしまうことを主張していた。
「その時は始末すればいい・・・・デュランシルトの法を犯したのだ、どのみち奴らには死しか待っておらん」
真九郎から発せられた静かな殺気にレシュティアは思わず身震いをした・・・・・この男がここまでの殺気を放つことなど見たことがなかった。
レインドがデュランシルトに発した数少ない条例の一つ・・・・・
[ 奴隷商ならびに奴隷売買に関わる者の領内への立ち入りを固く禁ずる、また領内にて誘拐・拉致など奴隷の収集行為に加担した者は理由の如何なく斬首に処す ]
仲間を奴隷として攫われたならば、如何なる手段を持ってしても取り返す気概を持たねば今後被害が増やすことになる。
そして今回は今後の趨勢を決める重要な機会だ・・・・多くの犠牲を払ってでも花梨たちを救出しなければならない。
この事は鬼凛組たちにも伝えており、気弱だったリヨルドも良い気迫を見せている。
「姫、対虚脱姿勢を」
「あ、どうぞ・・・」
ふっと力が抜けて真九郎によりかかるようにもたれるレシュティア姫。
その鼻腔をくすぐる甘い匂いが脳髄を刺激する・・・・・
「あ、もう真九郎ったら」
「ごほん・・・・姫のことは正体がばれては大変なのでローブを目深にかぶって、ティアと呼びますからお許しください」
「ティア・・・・いいわね・・・・これからもそう呼んでね真九郎・・・・」
「か、考えておきます」
「いくぞ十六夜」
「はっ!」
真九郎の合図で飛び出した二人は慌てて杖を構える番兵二人を虚脱状態にすると、すぐさまロープで拘束、口を塞ぐと潅木まで運び込んだ。
「すごい手際ね・・・」
丁度、虚脱から目覚めた番兵が慌てふためいている。
ティアはすっと杖を喉にあてる。
「いい?質問に答えたら命は奪わないわ」
こくこくと頷く番兵たち。
「ここに5人組の女の子たちが連れてこられたはず・・・・詳しい居場所を言いなさい」
口を塞いでいた布を取り出すと、番兵は震えながらしゃべりだす。
「俺たちは、下っ端で全然知らされてないんだ、で、でも大きい馬車が今日は2台入ったのは確かだ・・・・昼に1台、2時間ほど前に1台だ・・・」
「後のほうだな・・・・」
「ええ・・・・」
「お前たちが行っているのは人攫い・・・・奴隷売買だな?」
「そ、そうだ・・・・」
もう1人もうなづいている。
「貴様らは誰の指示で動いている?」
「シャ、シャイム侯爵だ・・・・」
「奴隷売買は禁止されているはずだが?」
「しかたなかった・・・・・俺たちの村は領主であるシャイム侯爵の命令に背けば村の女たちが連れていかれるって・・・・」
もう1人も同郷のようで悔しそうに涙していた。
「ならば仲間を助けに来た俺たちを見逃して門を開けろ、断れば命はないと思え」
「・・・・分かった、門をあける・・・・中にはかなり腕の立つ連中がいるはずだ、東連の使いで来ているらしいが気味が悪い・・・・」
「あいつらは本当に気味が悪い・・・・門番に回れてよかったと二人で話していたぐらいだ・・・・」
「よし、時間がない門を開けてもらうぞ」
「ああ・・・・・」
男たちはすぐに門を開け真九郎たちを中に通す。
「騒ぎが起きたら逃げろ、俺たちの増援に殺されないように気をつけるんだな」
「あ、ありがとう・・・・あんたらも気をつけてな・・・」
血を流すことなく中に潜入できた真九郎たちだったが、ここからは走りながら手はずを伝える。
「多分、中の連中は気付いているからティアの防御呪文と虚脱を利用し三階を目指す!」
「「「はい!!!」」」
「苦無を使って呪文詠唱の阻害をする際は詠唱途中の相手を狙うことだ、動き回っている相手を狙うのは無駄打ちになるぞ」
真九郎があえてここで話しているのは、稽古を思い出させているからだ。
何度も繰り返し行ってきた鍛錬が今こそ身を結ぶ時だから。
正面扉前に到着し、一呼吸後に扉を開け始める。
ティアは既に防御呪文を全員にかけ終わり、迎撃呪文の準備に入ろうとしていた。
「これはこれは遅いお付きで」
長方形状に広がる玄関ホール。
ホールの両脇から延びる階段が中央で合流するように交わり二階へ伸びている。
二階の手すりには配下の盗賊や奴隷商人の護衛たちが迎撃体制を整えていた。
包囲は一階にもおよび、文字通り囲まれてしまっている。
「デュランシルトの武士団だったかな?君たちのような魔法も使えぬ愚か共が何人こようと相手にすらならんというのに」
奴隷商人のリーダー格の男と部下たちの嘲笑がホールに響き渡るが、真九郎はここで笑いに参加しない集団がいることに気付く。
そっと十六夜たちに耳打ちする。
「二階右手すり奥の連中・・・・」
あいつらが門番の言っていた東連の人間であろうか・・・・たしかに異様さが目立つ、微動だにしていない。
この隙に探知魔法をかけていたティアは皆に聞える声で花梨たちの大よその位置を告げた。
「この本館の右奥、東館の三階奥の部屋・・・・・見張り2名が同室」
的確なティアの情報により方針が決まった。
「待って・・・・地下に別の奴隷たちが・・・・くそ!」
シルフェから聞いた奴隷保護の鉄則を思い出していた。
奴らは口封じに奴隷たちを処分する傾向がある、だからこちらが騒ぎを大きくして注意を集めることも時に必要になる。
ならば・・・・
「お前たちが奴隷商人か!?」
「はい、そうです僕たちが奴隷商人です、ぎゃははははははは!!!!」
ホールでの馬鹿笑いの嵐に騒ぎを聞きつけた連中が集まってきた。
「背後にいるのはシャイム侯爵か??」
真九郎の相手を挑発する言動に、夕霧たちの緊張も高まっていく。
「おおっとそれを知っちゃあもう生きては帰れないなぁ」
「帰すつもりもないだろう?」
まだ呪文詠唱をしている相手はいない・・・・・
敵意を刺激し、呪文詠唱を各自が開始したときこそがチャンス。
そう呪文詠唱は阻害されることにより、途中まで練られた念とオルナが次に詠唱される呪文を著しく阻害してしまうのだ。
つまり詠唱妨害に成功することでかなり有利な戦闘を進めることが可能になる。
だからこそ、呪文詠唱途中が最善の虚脱タイミングなのだ。
「帰すつもりならあるさ、ただし死体でのおかえりだけどねぇ」
すっとリーダー各の奴隷商人が肥え太った醜い体で声を張り上げる。
「では皆さん!屋敷をなるべく傷つけないようにこいつらを皆殺しにしちゃってください!」
30名以上の盗賊や護衛が呪文詠唱を開始した。