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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第四章 武士団
43/74

1 刀鍛冶

 旧デュランシルト領を正式にレインドが治める手続きが済み、貴族たちはやれるものならやってみろ余所者めとあざ笑っているらしい。

レインドはデュランシルト辺境伯に任ぜられることになり、表向きはリシュメア王と同等の宗主国に仕える貴族となった。

表立った式典はなく、ニーサは帝国の保護局からも慰留を強く望まれたがあっさりレインドについていくことを決めた。

さらにシルメリアは何の迷いもなく近衛を辞しレインド辺境伯直属の護衛として雇いいれるよう、強引に迫った。

鬼凛組と候補生たちはデュランシルトを復興し、それを率いる若き辺境伯に付いていける事に興奮し全員一致で参加を決めた。

シズクはもちろん有無を言わさず厨房担当になった。

雪は相変わらずマスコットとして幼い子供たちとやさしい日々を過ごしている。



猶予期間として帝都とデュランシルトを往復する日々が続き、ニーサを中心にデュランシルトの復興計画の枠組みが完成した。

まずはマユと聖獣ガレルデルが荒廃し瘴気に覆われた土地の浄化を二ヶ月ほどかけて行い、その後住居と農地の開発にあたることになる。

魔法によって建設は大型の建築物でも一週間ほどで完成できるため、ある程度軌道にのるとみるみるうちに街ができあがっていく様は興奮を呼ぶ。

街道沿いからすぐに商業施設のベースが建設され、その奥に真九郎の発案で設置が決まった奉行所。

警察行為治安維持を目的とし、商人や旅行者が安心して立ち寄れる街を目指す。

さらにデュランシルトの目玉となるレインドが住むことになる屋敷と練兵場、そして真九郎がいずれ導入したいと言っていた馬術と馬上戦闘を習うための放牧施設と騎馬修練所。

問題となったのはその資金であったが・・・・・・

それを解決してくれたのはマユとガレルデルである。

マユがガレルデルから以前受け取った青白く光る石は、極々稀に地中から発見されるという極めて高純度のオルナ結晶であった。

その価値は帝国の年間予算の数%に相当するとまで言われ、高品質の呪道具の核などに利用されるため大貴族たちがこぞって買い求め帝国からの資金提供を必要とせずに潤沢な復興予算を得ることができたのだった。

だが一時的に得た資金はいずれ底をつく、そこでニーサは新たな産業を起こそうと投資を始めることにしていた。

魔法使用者、特にシルメリアをこき使い月藍湖からの灌漑用の水路を精密な農地計画い基づいて掘らせまくった。

シルメリアは職業が護衛から穴掘り師になったと漏らしていたが、意外と楽しそうである。

そこにできた農地に聖獣ガレルデルの糞をたんねんに撒く作業を交代で激臭に耐えながら行った。

数ヶ月であれだけ瘴気に覆われ生気のかけらもなかった土地が生命の息づく大地へと生まれ変わっていく。


今回の復興計画の肝とも言える計画も進行していた。

イングリッドとラスベルによって入植の希望を伝えられていた皇帝は大いに悩んだがニーサの立案によってその希望が実現へむけて動き出していた。

デュランシルト領の一角にラルゴ魔法氏族の村を建設し、そこへ入植してもらうという計画であった。

共存共栄の関係・・・・魔法を使えない者たちが住む地を魔法に長ける者が守護するという役割を持つ。

もちろんラルゴ氏族の村でも開墾はある程度認められているし、彼らしか作り出せない特殊な魔法触媒や呪道具で生計を十分に立てられるだろうとの見通しであり・・・・・・

ラルゴ魔法氏族の最大の要求は、シズクの料理がすぐに味わえる土地がいい! ということでニーサの提案はイングリッドによって地下のラルゴ氏族に伝えられあっさり即答で了承されたという。



半年ほどで土地の改良と主要施設が完成し、シルヴァリオン宿舎を引き払う時がきた。

そんな日の夜、風呂上りにほてった体を冷まそうと風にあたっていたシルメリアが敷地内で呻く声を耳にした。

不審に思い近づくと大の男が何かに耐えるようにひっそりと泣いていた・・・

「どう・・・されたのですか?」

「え?あ!!!シ、シルメリアさん!!!」

突如驚き立ち上がったのは、シルヴァリオンの副隊長を務めるシルフェだった。

「シルフェさんでしたね」

「はい!!あの、恥ずかしいところをすいません」

「いいえ、余程大変なことがあったのでしょうか・・・・・非魔法力所持者の捜索にかなり尽力されていると聞きます」

シルフェが携わっている任務の苛烈さはシルメリアたちの元にも届いてた。

奴隷にされた子供たちのルートを追いやっと保護できるとたどり着いたときにはもう・・・・・・主に執拗に魔法による暴力を受け死亡しているケースに何度もめぐり合ったという。

だがこれはまだましなほうで、中には生きたまま筆舌に尽くしがたい扱いを受け、生きてはいるものの精神が崩壊してしまった子供たちにも出会った。

抵抗できない性奴隷として扱われた少女たちは、痕跡を辿れないほどに遠方に売られてしまったケースも多く実質シルフェが保護できたのは現状で十六夜、紫苑兄弟とナディアの3人に留まっている。

部下の中には精神に変調をきたし、シルフェの判断で記憶消去処置を取らざるを得ない者も増え始めている。

そのような経緯を知っていたため、シルメリアは余計に心配であった。

「はい・・・・・・ですが、後一歩のところで救えなかった命が多すぎました・・・・・我々は何を見ていたのでしょう・・・・・そしてあんな奴らを守るために苦しんでいるのか・・・・」

「私もそう思うことがあります」

「シルメリアさんもですか!?」

「ええ・・・・・私の師にあたる人に教えられたことがあります、自分を大切にするということは、自分を大切に思ってくれる人の心を大切にすることなのだと」

「・・・・・・・難しいなぁ・・・・・」

「しっかり休むことも任務のうちですよ、それに鬼凛組の候補生たちは皆あなたに感謝しています・・・・それだけは忘れないでください」

「ありがとうシルメリアさん・・・・」

「ううぅ寒い、お風呂上りでちょっと体が冷えちゃいました・・・・しっかり休んでくださいね、ではおやすみなさい」

「あっ!お、おやすみなさい!」

シルメリアが去り、石鹸の残り香がシルフェの胸の奥へと染み始めていた。



イングリッドの誘導で地上へ赴いたラルゴ氏族は一族ほぼ全てが地上の村に入植することが決まった。

一部が警戒監視で屋敷に残りその任を交代制で行うのだという。

ニーサが手配した建築呪文の達人たちにより計画にあった村の住居も多くが完成していく。

ラルゴ村と新たに名付けられたラルゴ氏族の村はほぼデュランシルトの内村的な扱いであり、地下から解放された喜びを満喫しようとしていた。

地上に出たことで、最初は懸念されていた人間化の変化はすぐに慣れほぼ人間と変わらぬか獣人族系の形態に安定した。

あの悪魔のような威容を見せ付けたソルヴェドは意外とかわいいたぬき系の外観になりよくサクラのおもちゃになっている。


候補生たちも練兵場や各施設への荷物の搬入など、最初は嫌がり拒否されてしまうとも思ったがいつしか十六夜と半兵衛が中心となり精力的に働いていた。

自分たちで作る・・・・・彼らがやろうとしても出来なかったことを皆で一致協力して行えるというのは幸せなことなのだと真九郎も痛感している。

それは真九郎にとってもかけがえのないものになろうとしていたからだ。

最初に優先して建設されるべき施設を会議した際、全会一致で了承されたのは当然、風呂である。

今以上に大きく改善点を多数盛り込んだ風呂を予定していたが、月藍湖に住む水の聖獣ピスケルがマユに伝えたとされる場所を掘るとなんと温泉が湧き出たのだ。

これを源泉としほぼ源泉かけ流しの状態で24時間風呂に入れることになった。

ピスケルは小型のカバに似た愛嬌のある聖獣でマユなどは背中に乗ってさっそく仲良くなっている。

聖獣は口を大きく開けると水色に淡く光る宝珠をレインドに授け、これは水を浄化し多くの実りをもたらす奇跡の宝珠であるという。


水と大地の加護を受けたデュランシルト領はまるで神々が総出で発展を祝福しているかのような恩寵にあふれる地となりつつあった。

既に噂を聞きつけた各地の商人たちが出入りを始め、街の入り口には何軒かの宿屋が建設されている。




鍛冶場の建設が完了したことに伴い、絶縁炉をデュランシルトへ移送する作業は滞りなく終わった。

移築後も工廠との連携が保たれ資材や資金の提供を受けており、ニーサの提示した移築する理由についても工廠は最もだと納得している。

使い手である鬼凛組たちの意見を取り入れすぐに手直しができる距離にあるのが理想だと。

何よりジングという逸材が工廠との関係を良好に保ったことが大きい。

また、ドワーフ工房長の息子であるルシウスが禁忌の武器作りにかかせない人材であると分かり、帝国とドワーフ工房という大きな勢力の支援を受けることに成功したのであった。


移築完了後もジングとルシウスの二人はドワーフとして生まれ持った才能をいかんなく発揮し、わずか2ヶ月ほどで脇差の品質を大幅に向上させることに成功した。

「ジング師匠、やはり局長からの助言にあった焼入れという作業が重要ですね」

「うむ、いくら思考錯誤しても・・・・・・あの領域にたどり着くことができん・・・・」

「でも局長は完成した・・・をすごく評価してくれましたよ?」

「ルシウスは緋刈が持ってるあの武器を見たことがあるか?」

「・・・・・はい、あれは人の手で造られたことがいまだに信じられません・・・いかなる技術の伝承がなされたのでしょう」

「ふむ、やはりお前さんは俺にはない実力を持ってるいるよ、魔法力がある身ではきっとここが限界なのかもしれんな・・・・」

「ジング師匠?」

「気にするな、それよりもグラルゲヘナの核を使った結果はどうだ?」

「魔法力の測定結果では針はまったく触れませんでしたが・・・・・」

「やはりだめだったか?」

「はい、刀身の一部に亀裂が生じています、同じ過程を踏んだ脇差全部に」

「よし、じゃあ材料の加工前に脱魔 オルナサージェを行うぞ」

「はい!!」


ジングとルシウスが目指すのは、刀らしきものではない。

死界人を打ち破る能力を備えた刀なのである。

盟主会議や封印迷宮での検証結果から、魔法力が内在する武器では効果がないと分かり、そこで探索過程で偶然入手できたグラルゲヘナの核の性質を利用する実験を始めていた。


グラルゲヘナ核は周囲の魔法力を吸い取る作用があり、これを完成した脇差に半日さらしたところ残存魔法力が抜けた際に歪みが生じそこから亀裂が走ってしまった。

そのため今度は逆に使用される素材から魔法力を抜く作業、オルナサージェが徹底して行われることになった。

核は3つだったが、ルシウスたちが必要としていると聞きつけた族長たちが地下から持ち出し売却用に取っておいた核を全て提供してくれたのだ。

その数は10を超え、おかげでオルナサージェが数十倍の速度で捗ることになった。

もちろんラルゴ氏族には十分な金銭的対価を払ったが、禁忌の武器の完成を彼らも望んでいることが伝わりルシウスは食事や睡眠も忘れ作業に没頭することが増えている。



新たな挑戦と検証で培われていく技術・・・・・

謎の異物によって奪われた剣という概念・・・・そしてその制作方法を零から作り上げる困難にも関わらず彼らは諦めなかった。

研ぎ作業の手伝いに呼ばれた桃はその手先の器用さと根気の強さを買われ今では鍛冶場にとってなくてはならない人材となりつつある。

3人による針をも通すような丁寧なオルナサージェにより素材の全てから魔法力を除去することができた。

オルナサージェだけに要した時間は大量のグラルゲヘナ核の投入があってさえ一ヶ月かかった。

その間、3人は遠征組が地下隠し扉で発見した長剣2本と小剣2本、この剣の解析と分析にあたっていた。

真九郎によると現在修行中の剣術ではこの剣は使いこなすことが困難で、両刃剣は真九郎にとって扱いが難しいらしい。

ジングは古い鉄であろうとたかをくくっていたが、汚れを落とし手に取ってみてその考えが誤りであったことを恥じた。

「こいつぁ・・・・・神鉄だ・・・・・」

「へ!???神鉄ですか???」

「ジング師匠さん、神鉄ってなあに?」

「うむ・・・・・・神代の時代にあったとされる鉄より軽く鉄より丈夫な、鉄の長所を倍増させたような信じられない金属だ」

「ミ、ミスリルのことではないのですか?」

「違う、ミスリルは魔法金属で魔法力が凝縮したような代物だ、むしろ対死界人には使えない代物だ」

「なるほど・・・・」

「うんしょっと・・・・・」

桃が魔法力測定装置を4本の剣に向けてみると、一切針が触れない・・・・

「すごい!!!」

「ああ、こいつはこの状態で緋刈の奴が死界獣を刺し殺したって言うじゃねえか」

「師匠・・・・局長すごすぎる・・・・・」

「局長最強!」

ルシウスは刀を作る者が刀を知っている方が良いと考え朝夕の鍛錬は欠かさず参加するようにしているが、入隊から3年が経ち皆が見違えるほど腕を上げた現在においても。真九郎は5人がかりで一本も取らせないほどの腕前なのだ。

「話を戻すが、おれはこれを鋳潰して試しに刀を一本仕上げてみようと考えている」

「いいんですか?そんなことをして」

「良いも何も、あいつらがまともに扱えないような武器を残していても意味が無い」

「桃も賛成!」

「そうなると芯鉄は神鉄をベースにするんですか?」

「いや神鉄では硬度が出過ぎる、元々な神鉄は鉄との相性が抜群に良いのだ、いわば超極上の鉄と言ったほうがいいかもしれん、だからオルナサージェが済んでいるこの鉄をあえて芯鉄にする」

「ジング師匠は、神鉄を扱ったことがあるのですか?」

「ああ、一度だけある・・・・・あまりの素晴らしい金属に惚れ惚れしたのを思い出したよ」

「師匠すげえ!」

「神鉄だと火力が足りねえ、火炎宝珠を炉にぶちこめ」

「はい!」

火炎宝珠は神鉄の剣と共に見つかった火の精霊の力を高める秘法中の秘法だ。

真九郎は鍛冶場にこそ必要なものだろうと、あっさりジングに渡してしまっていた。

売れば街一つぐらい買えるとさえ言われる秘法である・・・・


こうして神鉄による刀製作が開始された。

神鉄を鋳潰してから、一度鍛錬し直すすとまるでルシウスのこうなって欲しいという思いに呼応するかのような変化を見せていく。

皮鉄として成形していく過程でも固く、強く、そしてほとばしる力がルシウスの魂と同化していくような感覚に包まれる。

渾身の思いで作り上げた芯鉄をあわせ造り込みの作業に流れるように移っていく。

まるで素材の神鉄に導かれるように無心で打ち続けるルシウス。

何かが乗り移ったかのような彼の鍛冶にジングと桃はただ見つめるしか出来なかった。

そのまま三日三晩・・・・・彼は休むこともなく作業を続け焼きいれを終えるとルシウスは満足したかのように倒れてしまった。



目覚めたのは一日半も過ぎた頃だった、死ぬほど腹が減っていたので常人の5倍の量をかっこむと自分が何でここにいるのか混乱していたが思い出したかのように鍛冶場に駆けた。

すると桃がいつもとは真逆の形相でひたすらに繊細な研ぎ作業に全てを没頭していた。

二日研ぎ空腹で倒れ、また戻って二日研ぎで空腹で倒れるということを繰り返していた。

回りも止めようとするのだが、一度研ぎに入ると誰の声も耳に入らなくなってしまう。

せめて一日置きになるように、強引に引き上げさせて半月ほどで研ぎが完成した。

その研ぎにあわせて製作されていた柄や鞘、そして各種拵え。

二尺七寸・・・・・・やや細身で反りは浅く血溝が彫られ切っ先は中切っ先で、広直刃の刃紋は僅かに青みがかった地肌に映えて美しい。


ルシウスはこの刀は自分の力と実力で作り上げたとは思っていない。

まるで何かに導かれるように次にやるべきことへ向けて体が動いてた。

自分という人形の中から外を見ているような感覚・・・・・・だが作っているのはまぎれもなく自分であるという、不思議な体験であった。

桃も似た感覚を体験したようだ。


こうして作られた刀は、神鉄の刀・・・・ 名をどうするか相談したが真九郎は刀は刀匠が銘を刻むものだと教えてくれたがどうにも分からない。

銘が決まらないまま、レインドに納められた刀。

レインドは真九郎こそが使うべきだと言ったが真九郎はこれがあるさと、頑なに固辞しレインドが拝領することになった。

彼も元王子であるにも関わらず貧乏性な面があり、もったいなくて使えないよと自室に大事に飾っていたのだが・・・・



そんなある日

領内で準備が整った騎馬修練所から調練を兼ねて近隣の丘に向けて野駆けをしていた。

レインドと真九郎、それに十六夜とナディアが付き従っていた。

15歳になり背が伸びたレインドは貴公子という表現が見事にはまるまでに立派になっていた。

帝都からレインドを見ようと女性たちが詰め掛けるようになり、この日も調練に出かけるため騎乗したレインドを見た女性たちは黄色い悲鳴を上げている。

今回は新調した鞍と あぶみの具合を実用レベルでテストする意味もあった。

また最近書類仕事で苦しんでいるレインドの息抜きも兼ねている。

そのためシズクに好みの弁当を頼み、手透きの者を選んで貴重なスパイスになるという薬草が自生している丘までやってきたのだ。

「よしこれだ、コルメ草だ、ありましたよ師匠」

「お館様、拙者は臣下ですぞ」

「でもなぁずっと師匠でいてほしいなぁ」

かわいいなと思う、普段はのほほんと昼下がりのテラスで読書をしているほうが似合うのではないかと思うような貴公子だが、重要な決断をするときの顔つきは思わずほれぼれするほどの将器を見せる。

こいつのために俺は忠義を尽くそう・・・・そう決心させる。

「局長、馬は近くの木に繋ぎ水を与えております」

「助かる、ナディアはどうした?」

「ナディアは周辺警戒に出ましたがすぐ戻ると思います」

「うむ」


真九郎の打ち出した対死界人戦闘集団のあるべき姿・・・・・

悩んだ末・・・・・彼がたどり着いたのはやはり武士・・・・侍である。

デュランシルトの中核として設立されたのは 『 武士団 』 だった。

幕藩体制や戦国時代の国造りを参考に、己を律し誇りある生き方を貫くための武士道を本格的に取り入れることにした。

武士道の導入には多くの反対が出るであろうと真九郎は覚悟していたが、ニーサの全面的な後押しによって導入が決まる。

その武士道の生き方はシルヴァリオンや帝国軍にも衝撃を与え、苛烈なまでにストイックな生き方を笑う者たちも当然いたが、力を持つことへの覚悟と自制を持つ鮮烈な道は多くの共感を呼んだ。

貴族たちの腐敗は当然、力ある者は奪うだけの存在という不文律が当然ながらまかり通っていた世に武士団の登場は。汚臭吹き飛ばす清浄な風のごとく帝国臣民に受け入れられた。

何よりそれを率いるのは悲劇の美少年であり元王子のレインド。

まるで物語のようなその人生に乙女たちは夢中になった。



ナディアは鬼凛組の分隊でもある、『風牙』の副長を務めている。

情報収集や諜報、工作などを主任務とするいわゆる忍びだ。

命名については不破から北条家の風魔の名の一字でも使ってやってほしいと、こぼしたこともあり語感をサクラたちが取り入れたいと風牙となった。

レインドが外出する際は直属の近衛に相当する黒母衣衆か風牙のどちらかが供をすることになっている。

探知魔法を使えないナディアだが、ハーフエルフ特有の聴覚と自然環境の変化に敏感な感覚により気配を察することが可能だ。

この丘は近隣の村人や薬草採集の専門家が立ち寄るような穏やかな場所のはずだが、念のための警戒になるはずだった。


「おかしい、鳥がいない・・・・妙な気配を感じる・・・・」

気配の主を確認するべきか迷ったが、すぐに危険を伝えるほうが先と判断しナディアはレインドの元へ急いだ。

「師匠!鳥がいません、妙な気配を感じます」

さすがだと思ったのは既に真九郎は刀を手にかけ警戒にあたっていたのだ。

「どうにも丘に入った俺たちを付けてきたようだな・・・」

「はい」

「十六夜、レインドの直衛につけ」

「はっ!」


十六夜はその褐色の見事に鍛え上げられた体で警戒する。

彼はこの3年で大化けしたうちの1人だ。

実力は、ヨシツネ、ナデシコ、サクラが他に圧倒的差をつけているが、4番手以降の十六夜と夕霧、紫苑や半兵衛たちもかなりの使い手に成長している。

真九郎はこの気配の主の放つ殺気に不快な邪念が混ざっていることに気付いていた。

獣が獲物を狙うような純粋な生存本能によるものではない・・・・

ズサ・・・・

潅木から漏れた葉ずれの音に気付いたナディアが苦無を投擲する。

ザッ!と飛び出したのは想定以上の巨体で、真九郎たちの前に飛び出してくる。

「エルダーパンサー!」

ナディアの叫びがこだました。

エルダーパンサーは獰猛な肉食獣の中でも太古から恐れられている大型の人食いの化け物だ。

獰猛で頭も賢いと聞くが・・・・・

「どうにも邪気がまとわり付いているのが気になるな」

真九郎が刀を抜くと皆も呼吸を合わせるかのように刀を抜いた。

レインドの手にあるのは、ルシウスが神がかり的なトランス状態で作り上げた神鉄刀。

静かに構えられる神鉄刀はすっと動くだけで周囲の空気まで切り裂いているような錯覚に陥る。

「みんな、あいつらは絶対一匹では行動しないわ!どこかで様子を見ているはず」

ナディアの注意喚起により全員で死角を失くすようにお互いの背をあわせる。

徐々にやつらの殺気がこの空間を支配していく。

「ナディアの正面に苦無を投擲しろ、その後俺が正面のパンサーに斬りかかる」

「「はっ!」」

「いきます!」

ナディアの投擲した苦無が潅木に吸い込まれたが

「ギャルウウウウウ!」

肩や背中に苦無の刺さったエルダーパンサーが飛び出してくるのと同時に全員が同時に動き出した。

真九郎が正面のパンサーの頭を両断し、十六夜が飛び出したパンサーの左後ろ足を切り落とす。

さらに飛び出してくるパンサーの群れにナディアも短刀の二刀で切り込み深手を負わせているが、次々と飛び出してくるパンサーの群れに囲まれていく。

真九郎は既に3匹を始末していたが、落ち着いた表情で神鉄刀を構えるレインドの喉笛を噛み切ろうとエルダーパンサーが正面から飛び掛った。

すっと半歩右に避けると同時に踏み込んで横薙ぎに切り払った。

血煙が舞う、パンサーの鼻上から尻までを横薙ぎで切り裂かれ、上半身はそのまま崩れ落ちる下半身からずり落ち、虚空を見つめる目は状況を把握できずにギョロギョロしていた。

レインドに切り裂かれた仲間の惨状に怯えたパンサーたちは脱兎のごとく逃げ出していった。

十六夜とナディアが残敵の警戒にあたるが、馬も無事なようだ。

「ふぅ・・・・すごい切れ味だなぁ」

「お館様、その刀・・・・もはや人智を超えた一刀だと思います」

「師匠の刀のほうがすごいと思うけど・・・・」

「これは我が友の愛刀・・・・無銘の業物ですがあのような切れ味はございません、見たところ刃こぼれ一つない・・・・稀代の大業物・・・・いやそれ以上のものでしょう」

「そんなにすごいのかぁ、やっぱり師匠に使って欲しいな・・・・・」

思わず頭を撫でていた。

「レインド、そういう性格のお前が俺は大好きだ・・・・だからお前を守ってくれるこの刀の存在は心強い・・・・それにな俺にはこいつと相性がいいのだ」

「そうですか・・・・ならやっぱり名を付けて・・・・・ね?」

「う、うむ・・・・・仕方ないな・・・・」

「局長はお館様には甘いんだからぁ」

ナディアに冷やかされているが、事実だから反論しようもない。

改めて死体を検分するが、やはりエルダーパンサーだ。

鋭い牙と3mに及ぶ体躯は魔法が使えたとしても脅威であろう。

「む・・・・・」

レインドが横薙ぎに両断した頭部を見ていた真九郎は落ちているある物を見て我が目を疑った。

「髭・・・・・・?」

固い髭ならあるいわと思ったが・・・・・やわらかい・・・・良く見るとエルダーパンサーの髭は産毛のように細かい髭が風に靡いてるような繊細なもののようだ。

「まさかな・・・・・」

武士の家に生まれた者なら誰しも伝え聞いたことがある、源氏の守り刀・・・・髭切の伝承と同じか・・・!

「レインド!」

「は、はい師匠」

「その神鉄刀の名が決まったぞ・・・・・ひげきり・・・・『 髭切 』だ」

「ひ、ひげきり!なぜお髭なのです?」

「十六夜、ナディアも良く聞いておくのだ・・・・きっとこの出来事はレインドの家に歴代語り継がれる伝説となっていくだろう」

「で、伝説!!!」

ナディアと十六夜はかしこまって一言一句聞き逃すまいとしていた。

「し、師匠!??」

「刀・・・・これは武士の、侍の魂だ・・・・そして刀は達人が振るえば断てぬものはないとまで言われている、だが刀にとって非常に切り難い物がある、十六夜分かるか?」

「え・・・・えっとすごく固いもの」

「固い物はな、実は斬りやすいのだ」

真九郎は近くにあった大人が両腕で掴めるか掴めないほどの木を見つけると抜き打ちに斬りつけた。

ストンと斜めにずれ落ちる木を見て3人は驚愕の声をあげている。

「木など、実は斬りやすいのだ」

(((そりゃ師匠だけだよ!!!)))

「だがな・・・・真に斬りにくいのは、やわらかい物なのだ」

「やわらかい!??」

以外な答えに驚く3人に真九郎は切り落とされたエルダーパンサーの産毛のような髭を差し出した。

髭が綺麗に数束切り落とされていた。

このやわらかさでは刃が触れる以前に風圧で倒れてしまいそうだ。

「すごい・・・・」

「お館様、この髭切を守り刀として常に身に付けてください」

「分かりました・・・髭切・・・・!!最初は変な名前なんて思ってごめんなさい・・・・君は今日から僕の友達だ、髭切!」

3人は自然と地に膝を付き、髭切を天に掲げる若く美しい侍に忠義を改めて誓っていた。

十六夜は感動で震えていた・・・・・あのゴミのようだった俺が・・・・伝説の入り口に立っている・・・・・・

溢れ出る思いに涙し、優しく能天気で穏やかだが強く誇り高いこの人を支えようと思えたのだった。



髭切がすさまじいまでの切れ味を示したことにルシウスは素直に喜べずにいた、あの刀を打ったのは俺ではないのではないか?

何か大いなる力に打たされていたとしか思えなかった。

そのことを真九郎に相談したルシウス。

「ルシウスよ、俺はなお前のような自身の力を過信せず毎日毎日こつこつとがんばり続ける男が大好きだ」

「局長・・・・」

「だが、髭切はな、神鉄の存在があったとしてもだ、あれを作り上げたお前が誇らずにどうする?髭切が哀れだぞ?」

「髭切が哀れ・・・・・ですか?」

「ああ、髭切はレインドという主人に出会うことが運命であったと俺でさえ思う、だが生みの親であるお前が誇ってやらないでどうする」

「俺が産みの親・・・・・」

「鬼凛組にはまだまだ刀が足りぬ、せめて全員分の大小は揃えてやりたい・・・・だがルシウスが精魂込めて一振り一振りを仕上げる様を鬼凛組は知っている」

たしかにその通りだ、彼らは鍛錬で疲れていても帝都土産だとよく菓子などを持ってきてくれる。

そして催促されたことなど一回もなかったのだ・・・・

「皆、お前を信頼しているんだ、ルシウスがとうとうやってくれた!とみんな自分のことのように喜んでいたなぁ」

「・・・・・・・・」

「お前に鬼凛組の命運を握る重圧を押し付けてしまってすまないと思っている・・・・だが己の作品には誇りを持て・・・・・最高の業物も己の失敗作もまた次の名刀を生み出すための母になる」

「ありがとうございます師匠!」

再び目の光が強くなったルシウスは鍛冶場に駆け込んでいった。

「うふふふ、だから師匠大好きなのよ!」

後ろから抱き着いてきたのは桃だった。

「こら、はしたないぞ」

「見ていないようでうちらのこと見ていてくれる師匠大好き」

「ははは」

桃のさらさらの髪を撫でながらにんまりする笑顔を見ているとつい辛いことなど忘れてしまいそうだ。

「桃にも研ぎという大切な作業を任せきりにしてしまってすまんな」

「研ぎしてるとね、いつの間にか一日経ってるのよよ」

「ノーム族というのは皆そういうものなのか?」

「いんや、ノーム族は落ち着きなくていっつも踊ったり歌ったりしてるんよ」

「なら桃は集中力の天才だな」

「うふふ天才だなんてもう」




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