8 決断
遠征組が地下大聖塔で経験した出来事と大地母神神殿で起きた事象をまとめる作業は一段落していた。
その間2ヶ月ほどの時間を要したが、判明した事実と歴史的な検証作業も随時行われている。
大地の瞳の回収には成功したが過去の記録がないことには不満が噴出した。
だが御使いにより過去の経緯が判明したことと、マユが課した要の儀の達成・・・・
さらには死界獣の存在に会議は一時騒然となった。
帝都の地下で死界人の亜種である死界獣が生きていたという・・・・・・その上で生活していたことへの恐怖は尋常ではないであろう。
だがあの緋刈真九郎とサクラにより死界獣は倒され益々彼らの存在が大きなのものになっていき、やはり禁忌の武器でなければ傷つけることができないことが確実となったのだ。
帝国の上層部はやはり過去の帝国が犯した大きな過ちに少なからずショックを受けていた。
あくまで被害者でありたかった帝国側の思惑は、自らが招きいれた災厄であることをどう受け入れるべきかはまだ時間がかかるであろう。
この二ヶ月の間に帝国やそれを取り巻く諸国の情勢は大きく変化しようとしていた。
まずリシュメア王国ではデイン公が王位を簒奪し、デイン王として即位することになった。
それに伴い先王の子である三王子と姫たちの処遇について、奴らは企んでいるらしい。
国民に絶大な人気を誇る兄弟たちを害して無用な揉め事を起こすよりもっと有効に利用してやろうと算段してるのだろうとニーサは分析していた。
それに付随してレインド王子とレシュティア姫の直衛についていた近衛には帰還命令が出され、リシュタールに家族のいる衛士たちはレインドと姫の説得もあり帰還を了承する。
だが納得せず残る者が数名おり、中でもシルメリアは近衛を辞めてでもレインド殿下をお守りすると言って聞かなかった。
シルメリアに関しては遠征中に負った怪我が悪化し療養という言い訳で延期し残りの者も適当な言い訳を送りつけている。
皇帝陛下からは近々レインドは廃嫡されるかもしれないから覚悟しておくようにと助言された。
レインドは既に廃嫡みたいなものだから関係ないとあっけらかんとしており、レシュティア姫も王位継承権などに興味はないらしい。
だがマルファース王子とジン王子の安否だけは気にかけていた。
さらに東連は帝国の反皇帝派と連絡を密にしているとの報告もあがっており、帝国の周辺をとりまく環境はきな臭さを漂わせ始めている。
ドゥベルグとベルパは独自に対死界人部隊を新設しているとされ、シルヴァリオン本部周辺にはその諜報員らしき人間が既にマークされている。
そして真九郎と鬼凛組は・・・・・・・・
サクラも骨折が完治、今まで以上に飛び回って稽古に励んでいる。
鬼凛組の候補生たちも基礎が身につき始めているが、やはり近接戦闘のセンスが著しく劣る者も目立つようになってきた。
そして真九郎が頼まれていた名付け親の依頼も、話し合いで望むもの、望む姿を聞き、本人の戦闘スタイルを加味した結果ようやく希望者全員の名前をつけることができた。
その命名に関する集まりが食堂でささやかながら開かれた。
名前に不満のない者たちも参加し、ヨシツネたちと一緒に見守っていた。
それは彼らが入隊して一ヶ月が過ぎた頃
「遅くなってしまったが、それぞれの望むこと、目指す姿、戦う姿勢などを考慮してがんばってつけてみた、むろん強制ではなく気に入ったらで構わんからな」
この一月の時間で候補生たちはすっかり真九郎を師匠として敬服してしまっている。
その信頼と尊敬の基盤となった出来事はやはり、竜杖祭の優勝者の望みとして非魔法力所持者の救済を希望したということが交流のあるシルヴァリオンの隊員たちから漏れたことが大きかった。
富を求めることが出来るにも関わらず、放っておいても利用するために集められていたかもしれないのに、あえて救済を申し出た真九郎という人物への評価が高まった。
まあ本人は過大評価しすぎだと悩みシルメリアに相談までしていたというのに。
真九郎が最初に呼んだのは双子の兄弟だった。
「では兄のお前の名は・・・・・ 十六夜 ではどうだ?」
「い、いざよい!!! 十六夜!!!! これが、これが俺の名前か!!!師匠!!!ありがとうございます!!!」
「そうか、気に入ってくれたようでよかった・・・そして妹のほうは・・・・・・紫苑・・・・・・」
「し、しおん・・・・・しおん、しおん!紫苑!!!紫苑紫苑!!」
興奮する二人な泣きながら手を取り合って喜んでいる。
「意味はな、十六夜が月の満ち欠けに関する呼び名だ・・・そして紫苑、これは俺の故郷に咲く薄紫色で背の高い凛とした美しい花のことだ・・・・・別名十五夜草とも呼ばれる」
「十五夜???」
「ああ、十六夜と十五夜の別名を持つ紫苑・・・・・双子らしい繋がりがあればと思ってな・・・・・」
「「師匠ぉおおおおおおおお!!!」」
十六夜と紫苑は号泣している。
ヨシツネとナデシコも新たな名前を歓迎している。
「そして次は・・・・ノーム族の君だ」
「は、はい!」
10歳前後にしか見えない小柄で元気な少女はいるだけで周囲を明るくしてしまうような陽気さを持っている。
歌や踊りが好きで手先も器用な彼女のために考えた名は・・・・・
「 桃 ・・・・ これも俺の故郷に咲くかわいらしい薄いピンクの花をつけ、とても甘い実をつけ皆に愛される花だが・・・どうだ!?」
「うおおお!!モモ!!モモだ!!桃ぉ!!!」
はしゃぎぶりを見る限りかなり満足しているようだ。
「じゃ次いくか、じゃちびっこ二人な」
「「はい!」」
元気よく前に出てきたのは10歳と11歳になる二人だった。
小さい体ながらも、がんばって鍛錬についてくるがんばりやさんの二人で歳が近いこともありいつも一緒の仲良しだ。
「年上が かりん 年下が みかん どうだ?」
「かりん!!!かわいい!!」
「みかんだって、かわいい音だ!」
「これは帝都でたまに売っているシャペリの実に似た果実の名前だが、これでいいか?」
「師匠ありがとうございます!!!」
「もう、う○ちみたいな名前じゃなくて、みかん って名前になった!!!!うあああああああん!」
糞尿のごとき名前で呼ばれていたらしい蜜柑は感極まっている。
狐色の髪と品のある年上が花梨、やや濃い目の紺色の髪と翡翠色の瞳がチャーミングな年下が蜜柑だ。
「次は、犬人族の君」
「はい!」
「華やかだけど下品じゃなくてすごく綺麗なものがいいって注文だったな?」
「そう!華やか!」
「正直悩みまくったが・・・・紅葉でどうだ?」
「も、もみじぃ!!!!」
「その髪色と似た木々の紅葉で色づく葉のことだ、赤く染まって美しい」
「紅葉!!!!紅葉!!!」
みんな喜んでくれていて良かった・・・・悩んだかいがあったというものだ。
「そして最後は狼人族の二人だ」
「「はい!!」」
「まずは男のほうから・・・・お前は賢くてかっこいい男になりたいと言っていたな?」
「はい!強く賢く、かっこよくなりたい!」
「俺の故郷の武将にな、天才と呼ばれた軍師がいたのだ・・・・名を竹中半兵衛という、そこから名をもらい 半兵衛ではどうだ?」
「半兵衛!!!・・・・・半兵衛!!! 今日から俺は半兵衛だ!!!」
喜ぶ半兵衛の頭を撫でてやる。
「そして女の子な」
「お願いします」
「君は、神秘的なもの、美しいけど女性的な何かに憧れると言っていたね」
「はい」
「悩みに悩んだが・・・・・ 夕霧 という名はどうだろう」
「ゆうぎり・・・・す、すごく綺麗な語感・・・・・・うれしい・・・」
サクラも名付け組と一緒にはしゃぎまわっている、彼らにしても兄弟が出来たような感覚なのだろうか。
どちらにしても喜んでくれて何よりだ。
そして時は戻り二ヵ月後。
昨日、帝都に到着したジングとルシウスによる絶縁炉を使った刀作りの試作には帝国からも多額の援助金が出されている。
ルシウスに関しては完全に刀工として鬼凛組に参加することが決定し、本人も納得の決断で父親も今まで仕込んできた技術が奴らを倒すために使われるのであればこれ以上の喜びはないと応援してくれていた。
真九郎が今悩んでいるのは桃の扱いであった。
ムードメーカーで周囲を明るくさせる才能は捨てがたい・・・・だが戦闘センスが絶望的なまでにないことには閉口した。
もう少しだけ様子を見たいとは思っているがゆくゆくはその手先の器用さを活かし、苦無や関連装備の製作を担ってもらおうかとも考えていた。
むろん、本人の希望がなければ戦闘に出すことはしないと決めている。
自ら戦う意志がなければ無駄死にをし、仲間にまでいらぬ犠牲を出してしまう。
彼ら彼女たちが鍛錬をする理由、それは候補生期間が終了した後でも魔法力がない身で自らを守る力を見に付けて欲しいからだ。
およそ1年をめどに方向性をさらに明確にさせなくてはならないだろう。
帝都地上にある大地母神神殿ではなんとかしてマユを神殿の象徴としてお越し願えないかと、司祭たちは毎日にように宿舎に来ていたが、シズクや桃を下賎な輩と嘲笑して馬鹿にしている現場に遭遇し激怒したため立ち消えになった。
それでもソラだけはお友達としてマユは認めているようで、神殿はソラを通じてマユにご機嫌取りの品々を送ったりしている。
左腕を失ったジョグに関しては、かなり面倒な事態になっていた。
ジョグを支えようとしていつの間にか彼の優しく大きな懐にぞっこんになっていたネリスといい関係になったが、遠征組の任務達成の偉業は公表されないにしても貴族たちの間には瞬く間に知れ渡っていた。
それで問題になったのはフーバー伯爵家である。
元々遠征に出すと公言していた長男のエリクは、狡猾にも一ヶ月は潜伏して身を隠せと他の街で遊び暮らしていたのだが遠征成功の報を聞き帝都に戻ると父親と相談しある企みを持ちかけてきた。
シルヴァリオン本部にやってきたフーバー伯爵本人からの申し出にノルディンとたまたま所要で来ていたザインは開いた口が塞がらなくなってしまう。
「つまりだ、うちの使用人が任務達成に貢献したのだ、ならばエリクが参加したということにしてよかろう」
ノルディンは悩んだ・・・・答えは決まっているがその答え方をだ。
「結論から申しましょう、認められません」
「なぜだ!?あんな役立たずで腕まで無くしてきたゴミの代わりに見栄えの良いうちのエリクが活躍したことになるのだ!ごねるならば寄付金をさらに帝国白金貨1000枚出そうではないか!」
隊長ならどう対応するであろう・・・そんな絶望にも似た故人への哀愁がノルディンの心を重く水底へ沈めていく。
「フーバー伯、私は帝国軍アルグゲリオス師団所属ザインと申します」
「うむ、知っているぞ遠征に参加した一人だな、後押ししてくれるならば帝国軍への寄付も都合しようではないか」
「恐れながら、フーバー伯は遠征組のジョグがどのような活躍をしたかご存知ですか?」
「知らぬわそんなもの」
ノルディンはザインの目に殺意さえ宿っていることに気付いていた。
「ではせめて・・・・・彼が腕を失うに至った経緯を説明いたしましょう・・・」
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大地母神神殿で眠る真九郎がマユの言った4日を過ぎても目覚めず、移送するにしても状況を見ようと数日間、さらに神殿で逗留をしていた。
その間、大地母神から直接語りかけられたシルメリアが半日ほど光の珠に包まれてしまう事態もあったが、記憶も失っており本人はどこか寂しい気持ちを隠しているようであった。
そんな折、聖獣ガレルデルと話をしていたマユから、聖獣が移動に使っている縦穴を引っ張って地上に運んでもいいと言っているという話がもたらされた。
「ガレルデルは触手で抱えるからみんなが入れる大きい籠、入れ物みたいなものを作ってくれれば運べると言ってる」
「それはありがたい話だが、そうなると入れ物・・・・・ゴンドラのような箱が必要になるな」
トリアムドはさっそくラルゴ氏族たちと協議に入っている。
「マユちゃん、ありがとね」
気弱になりかけていたサクラが疲れた顔でマユの手を握っている。
「サクラは体を治すことを優先でいいのよ」
やさしくサクラの耳をつっつきながら白く優美な尻尾がゆさゆさと揺れている。
マユからは神殿内の木々は半分を残せば使って構わないとのことであったが、どう見ても資材が足りないためラルゴ氏族の屋敷に資材を取りに戻ることが検討された。
怪我人がいなければ直通で帰れるルートがあるらしいが、真九郎たちの安全を最優先に考える現状では魔物の襲撃も予想されるため却下された。
こうして移動用ゴンドラを組み立てる作業と、それを護衛する作業が何日か続いた。
無事に資材を持ち帰ったラルゴ氏族たちの協力でゴンドラが出来上がりかけていたときである。
静かに見守っていたガレルデルが急に穴に潜り込み隠れ初めてしまう。
「逃げて!ガレルデル!」
マユが今までにない焦りの滲む声で叫んでいる。
「マユ殿!!!」
「みんな!神殿に避難・・・・・いえだめよみんなは荷物を全て神殿から運び出して!」
「ど、どうしたというのだ?」
マユは震える手でトリアムドの手を取った。
「この地下の魔窟で最もおぞましいモノ・・・・・不死の怪物がくる・・・それは、神殿にまで悪影響を及ぼしてしまう存在!」
「なんですと!?」
「神殿の扉は閉ざされようとしています、このままでは瘴気によって神殿が汚されてしまう!!」
トリアムドの脳裏には電光のように思考が駆け巡っていた。
最優先すべきこと、そのための算段、払われるべき犠牲・・・・・・
「カルネス!!!ゴンドラに全員乗り込ませて今のうちに脱出の準備をしろ!」
「た、隊長!??」
「シルメリア!ゴンドラを丸一日浮遊魔法をかけ続けることは可能か?」
「・・・・・やります、やってみせます!」
「たのむ・・・・・」
「マユ殿、聖獣様に脱出を進めてくれませんか?」
「・・・・・・・わかった」
すぐにマユの意志に呼応するかのように穴から戻ったガレルデルはゴンドラを補強するための繊維を口から吐き出し、ゴンドラは白銀に輝く糸によって補強されていく。
遠征組の隊員とサクラを背負ったジョグ、そして氏族たちが真九郎をゴンドラに運び込んでくれた。
「私とラスベルが地上に同行するわ」
イングリッドが来てくれるのは心強い。
荷物と残りの人員が乗り込んだところで反対側の崖の中腹が崩れおぞましい咆哮が神殿広間にこだまする。
「ギャオオオオオオオオオオオ!」
耳を劈き精神を揺さぶる咆哮は死界獣のものとは異なるものの、人から理性を奪うには十分な威力を持っている。
中腹から這い出るように広間に着地したのは、体長15m朽ちた翼を広げれば40mにもなるであろう伝説の怪物・・・・・・
「 腐 竜!」
「出発だ!!!」
トリアムドの号令にガレルデルは恐怖に怯えながらも、地上へ向かって穴を登り始める。
だが・・・・・
「まずいこのままじゃ間に合わない・・・・・」
カルネスの見立ては正しい・・・・
「た、隊長何を!!!」
トリアムドは移動を始めたゴンドラから飛び降りると腐竜に向けて駆け出した。
「隊長おおおおおおおおおお!!」
サクラを降ろしていたジョグとカルネスもゴンドラを飛び出す。
シルメリアはゴンドラの浮遊術と防御結界を維持することに精一杯で迎撃にいけそうもない。
腐竜はすさまじい速度で潰れ腐った足をものともせずゴンドラを目掛けて襲い掛かってくる。
全身から漂う黒く肉眼でも確認できそうな瘴気はその恨みの強さを表しているのだろう。
トリアムドの呪文攻撃が始まった。
不死に効果的とされる火炎系呪文を連発し注意を引こうとしているが、着弾するものの効果がない・・・・
「なんだと!?」
ならばと氷系の呪文を駆使するがトリアムドに感心を寄せる気配もなく、ゴンドラに竜の巨大なアギトが襲いかかろうとしたときだった。
その迫る竜の頭にジョグが金砕棒の一撃をぶち当てたのだった。
「ギョアアアアアア!!!!」
したたかに頭部が吹き飛ばされ腐臭と骨や肉片が飛び散った。
「ぐあああああああ!」
ゴンドラを救ったジョグだが、腐竜への一撃と同時に左腕を牙で切り裂かれていた・・・・・
宙に舞った腕は暴れる腐竜に踏み潰されてしまっている。
トリアムドは呪文の効果が薄いと割り切りジョグが放り出した金砕棒を拾い上げるとその尻尾に金砕棒を何度も撃ちつけ肉を骨を砕く!
「おい!敵はこっちだ!!!振り向け化け物め!!!」
腐竜は自分の尻尾を攻撃している存在がいることを感じ取り、その敵意をトリアムドに向ける。
暗く穿った穴から憎悪に満ちた視線を感じる。
「よし、食いついた!!」
トリアムドはゴンドラと反対方向に逃げた。
それを追って腐竜はおびただしい悪意と恨みを吐き出しながら腐肉を撒き散らしながら這い回った。
ジョグがカルネスとネリスに救助されたのが確認できたところでトリアムドは叫ぶ。
「出発だ!!!早くしろ!!!!」
マユは静かにガレルデルに出発の意志を伝えた。
再び穴を登り始める聖獣とゴンドラ・・・・・・・
「「「「隊長!!!」」」」
カルネスの、ネリスの、ソラの、サクラの絶叫がトリアムドに届く。
腐竜の前足の攻撃に跳ね飛ばされたトリアムド。
それを救おうと屋敷へ帰還するラルゴ氏族からも援護の呪文が飛んではいるが、腐竜にはまるで効果がない。
「奴の属性はなんだ!!!」
「火や氷はまるで効かんぞ!!!」
「試してないのが一つだけ・・・・ある」
残留を決めたダズは岩石弾・・・・ではなく岩石巨弾を作り上げると腐竜の側部に命中させる。
「ギャアアアアオオオオオオオオオオオ!」
腐竜は明らかに苦しんでおり、その効果を見たラルゴ氏族たちから放たれた土系呪文により腐竜は翼をもがれ、足を吹き飛ばされその痛みにのたうちまわりやがて動かなくなった。
「トリアムド殿は!!!」
ダズや族長たちが駆けつけるが・・・・・・
トリアムドの腹部は大きく抉れ、おびただしい出血と瘴気による汚染が進んでいた。
「あ、あいつ・・・らは・・・・無事・・か・・・」
「ええ、無事よ!!!」
翼で飛行し戻ってきたイングリッドはトリアムドの状態に涙した。
「た、頼む・・・・・緋刈とサクラを・・・・希望を・・・・守って・・・・」
イングリッドの手を握る彼の手から力が抜けたとき、彼が逝ったことを知った。
「ちくしょおおおおお!!」
ラルゴ氏族たちもその見事な最後に涙し尊敬の念を込めた祈りを捧げている。
「イングリッド!彼の形見と遺言を守れ!」
族長から手渡されたトリアムドの杖とシルヴァリオンの記章を受け取ったイングリッドは再び飛び立ったのだった。
・
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「ジョグが・・・・隊長がいなければ・・・・我らはここにいないどころか、この世界は再び死界人に蹂躙されていたことでしょう・・・・」
「あんなウスノロでも役に立つこともあるのだな、まあ手が無くなってはもう役に立つこともあるまいがなぁ!ははははは!!!」
狂っている・・・・この話を聞いてもまだそんなことを言える人間がいるのか!!!ノルディンの心は怒りと絶望で張り裂けそうだった・・・・・
こんな奴を守るために隊長は死んだんじゃない!!!
尋常じゃないノルディンの気配を察したザインは彼の肩に手を置くと言葉を続けた。
「ジョグの勇気と才能を隊長はとても高く評価していた、ぜひシルヴァリオンにスカウトしたいと」
「は?あんなでかいだけのノロマがシルヴァリオンだ?笑わせるな」
「では彼はシルヴァリオンへ入隊することでよろしいな?」
「知ったことか!役立たずの使用人など既に解雇済みだ!あんな役立たずに給金など払っておれるか馬鹿どもめが」
「ノルディン、良かったな隊長の遺志を一つ果たせそうだ」
「は・・・・・・はい・・・・・」
「それで早く返事を聞かせろ!エリクを遠征組参加者として公認の件どうなのだ?まさか断ることはしないだろうな?」
フーバー伯爵は醜悪な引きつった笑いを見せながら返答を迫った。
まさか断るなんて馬鹿な真似はしないだろう・・・・という腹が見え見えだ・・・・・きっとこうやって弱者を虐げてきたのだろう。
「ノルディン、今はお前が局長なんだ、自信を持て・・・・・俺は遠征参加者としてその決定を支持しよう」
ザインの優しい眼差しの奥にトリアムドがいるかのような錯覚を覚えたノルディンは決定を下す。
「その申し出、断る」
「こ、断るだとぉ???」
「聞えなかったのか?エリクは遠征組に参加していない、訓練にも参加せず当日に逃げ出した臆病者だ」
「き、貴様ぁ!!!!!!どうなるか分かっているのか!フーバー伯爵家に逆らえばお前の家族親類にいたるまで簡単に皆殺しにしてやれるのだぞ!」
「へぇ、簡単に皆殺しに出来るんだぁ?」
いつの間にか局長室に入っていた黒い髪の少女はゴミを見るような目でフーバー伯爵を見つめていた。
「へ、へ、・・・陛下ぁ!!!??」
「ノルディン、アルマナ帝国皇帝としてあなたの決定を誇りに思います・・・・・よく重圧の中、誇りある決断をくだしました」
「陛下、ありがたき幸せ・・・・うぅ・・・・くっ」
「ザイン・・・・・帝国軍とシルヴァリオンには決して小さくない溝があると聞いています、ですがそれを乗り越え帝国軍としての矜持を示したあなたは帝国軍人の誇りです」
「ありがたき幸せ・・・・」
「そしてえっとなんだっけ『それ』の名前」
側に控えるソルティがそっとフーバー伯爵と名前をつげる。
「そう、ねえどんな気分?悪巧みしようとしたのに皇帝にばれちゃってどんな気分?」
「い、いえ陛下これには深い事情が・・・・」
「あら深い事情ね、どんな事情かしら?言ってごらんなさいな」
「そ、それは・・・・・使用人の功績は・・・その雇い主である伯爵家の功績でありまして・・・・」
「あら臣下は功績を主君に差し出すものなの?」
「え、ええそうなんですよ!陛下ともあろうお方がご存知ないとは・・・・あははははは!!」
「うふふふふふ!!!!!」
「あはははははは!!!!!」
「ではそのジョグの功績は私が頂くとするわ・・・・ということでフーバー伯爵、あなたが今まで気付いてきた伯爵領と資産はあなたの功績なのだから私が頂戴するわね」
「な、何・・・・・・何を何を・・・・おっしゃっているのですか!!」
「ええ?だって臣下は功績を主君に差し出すものって認めたじゃないのあなた」
皇帝陛下の目は笑ってはいない、遠征組を汚したこいつをただで済ませるつもりがないのは明確だった。
「たしかフーバー伯爵は言っていたなぁ」
「そうですねぇでは私も資産を全て陛下にお納めするとしましょう」
ザインとノルディンまで話にのってきた。
「貴様らぁ!!!はめやがったなぁ!!」
皇帝は扇を取り出すとフーバー伯の首に突きつける。
「引くなら最後のチャンス、引かないのであれば社交界の場でことあるごとにあなたの息子は遠征直前に逃げ出した臆病者の腰抜けだと丁寧に宣伝してあげるわよ」
「・・・く・・・・か、かしこまり・・・ました、少し悪ふざけが・・・・過ぎたようでございます!!!」
「分かってくれればいいのよ、フーバー伯爵・・・・・・・最後に一つだけ・・・・・・今後遠征組を辱めるような真似をしたら・・・・・」
突きつけられた扇がフーバーのだぶついた首肉に食い込んでいく。
「あ、あ・あああ・・・・・」
「そんな怯えないでよ~ちょっとダイエットしたほうがいいんじゃない?って言おうとしただけなのにぃ」
「はぁはぁ・・・・・へ、陛下も・・おたわむれ・・を・・・・肝に銘じましょう・・・ジョグの件は了承いたしました・・・・」
「はーい、ではこの話はこれでおしまいね、ノルディンもよろしくて?」
「はっ!」
フーバーは脂汗に塗れた豚のように局長室から這い出て行った。
「ふぅ・・・・・ノルディン、あなたよく耐えたわね、えらいわよ本当に」
「陛下がいらっしゃらなければ・・・・自分を抑えられた自信がありません」
「あんな貴族がいるなんてね・・・・・帝国の恥だわ!」
「陛下、ちょっとおてんばがすぎますよまったく」
ソルティに窘められている。
「だってーお風呂に入りに来たついでにジョグの件で相談あったのよ」
「お風呂のついで・・・・・ですか、なんでしょう」
「聞くところによると、ネリスといい感じらしいじゃない」
「そ、そのようですね」
「もし結婚式するなら私も出席するからって伝えようと思って♪」
「へ、陛下がですか!??」
「いいではないか、それだけのことをしたのだあいつは」
「ジョグとネリスに伝えておきます!」
「うんうん、いいことだわ・・・・歳の差婚ってのもいいじゃない・・・・ね?」
「歳の差ですか?」
「ええ、だってたしかネリスが22歳でジョグはもうすぐ50歳とかでしょ?」
「・・・・・・・・・」
ノルディンとザインは黙って目を見合わせている。
「ん????どうしたの?」
「あの、陛下大変申し上げにくいのですが・・・・・」
「なになに?」
「ジョグはその・・・・ネリスと同い年なんです・・・・・・」
「そうそう同い年同い年・・・・・・・・はぁああああああああ????」
「あのだから、ジョグも22歳なんです・・・・髪の毛ないからいっそう老けて見えますが・・・・・」
「あんな20代存在するはずないじゃない!!!!」
「それが・・・・・いるんです・・・・・はい」
「ほ、本当なの・・・ね!!!?」
「はい・・・・・・」
「人間って・・・・・不思議な生き物ね・・・・」
結局ジョグはフーバー伯爵家を解雇されておりあっさりとシルヴァリオンへの入隊が決まった。
カルネスやネリスの命の恩人ということもあり、ジョグの入隊を反対する者はおらずむしろ歓迎されている。
彼の実直さと勇敢さがまっとうに評価されないことを憂いていた隊長の遺志が一つ果たせたと、カルネスとザインは安堵のため息をつくことができた。
皇帝や元老院はイングリッドから要請のあったラルゴ魔法氏族の地上入植の要請について真剣に検討していたがその最中、リシュメア王国が正式にレインド第三王子の廃嫡を宣言した。
たかが第三王子の廃嫡で騒ぐことは無いと元老院は冷ややかな対応であったが、皇帝にとっては待ち焦がれた瞬間でもある。
さっそくレインドを呼んだ皇帝は、この事実を告げる。
「結構早かったですね、マル兄様やジン兄様が無事ならそれでいいです」
「意外と落ち込んでないのね」
「う~ん、魔法を失ったときから覚悟してましたから、あははは」
くったくのない笑顔を見せるレインドを皇帝は不憫だとは思わなかった。
苦難を乗り越えた成長したレインドはたくましく頼れる男になりつつある。
「そこでね、あなたに相談があるのよ」
「僕はもうただの魔法が使えない人ですよ?」
「いいえ違うわ、あなたは世界の希望となるべき人・・・・・対死界人戦闘集団のリーダーになりなさい」
「え??それは鬼凛組のリーダーってこと?」
「そうともいえるそうでないとも言えるわ・・・・・これから議会にかけるけど、帝都の近隣に所領を与えそこで鬼凛組を中核とした対死界人戦闘集団を組織し率いてほしいの」
「すごい話になってるなぁ」
「今、手ごろな土地を探しているけどちょっと難航していてね・・・・」
「2,3日中に返事を聞かせてちょうだい、これはあなたが要の儀を成し遂げるためにも必要になってくると思うわ」
「・・・・・・要の儀・・・・・うん・・・・・みんなに相談はするけど、自分でも考えてみるね、ありがとうキョウちゃん」
「ふふふ、私が本当に信頼できる人間はごく僅か・・・・レインド、そして真九郎・・・・あなたたちに期待しているわ」
レインドが持ち帰った話にシルメリアは悔し泣きをしていた。
「おのれデインめ!いずれ討ち果たしてやる!」
「落ち着いてシルメリア、僕はまったくこだわりないからね」
「殿下・・・・・」
「違うよ、もう殿下じゃないから、次殿下って言ったらシルメリアの恥ずかしい秘密を師匠にばらしちゃうからね」
「いやあああああああ!!!!き、気をつけます!気をつけますからぁ!」
彼女が取り乱すほどの秘密とは一体何なのだろう?
そんなシルメリアをスルーしニーサはレインドに進言した。
「では・・・・レインド様、この話は受けるべきです」
「一応、理由も聞いていいかな?」
「理由は複数あります、まず現在のシルヴァリオン宿舎での鍛錬は多くの各国諜報員のスパイ工作を妨害するためにかなりの人員が割かれているのご存知ですか?」
「知らなかった・・・・そんなに?」
「ええ常時シルヴァリオンが6名体勢で昼夜諜報から守ってくれているのです、ですがこれが所領となれば諜報員が入り込むのはこの街中よりも難しくなります」
「なるほど・・・・・では次の理由を」
この飲み込みと切り返しの早さがレインドの持ち味でもある。
「はい、我々が独立した戦闘集団になることで鬼凛組の非戦闘員の職も確保できます、主要産業についてはいくつか候補がありますのでこれで財政基盤を作ることが可能になると思います」
「・・・・・・ところで・・・・・もしこの話を受けたら・・・・・ニーサはどうするの?」
「はい?レインド様についていくに決まっているではないですか」
「ありがとう・・・ニーサ・・・・・僕はねただ受けるだけじゃだめだと思う、こちからも提案し要求を通すぐらいの気概を見せるべきだよ」
「さすがレインド様!」
今から言おうとしていたことをさらっと言ってのけるこの少年に、ニーサは身も心も捧げているのだ。
「師匠・・・・もし良かったら助言をもらえませんか?」
ずっと聞き入っていた真九郎はこの提案について、肝となるのはどの領地になるかが鍵だと睨んでいた。
話自体は悪くはない・・・・・新たな藩を作るようなものかもしれない。
「どの土地になるかだな・・・・問題は」
「私も真九郎さんの意見に同意します、荒廃しきった土地をもらっても生計を立てられません、もし旧デュランシルトのような瘴気に汚染された土地であったなら希望は潰えます」
結局、もらえる土地がどこかによって受けるかどうかを判断するということになった。
そして皇帝陛下が提案した対死界人戦闘集団の所領提供とその土地候補について、レインドとニーサを交えての話し合いがもたれた。
「帝都の近隣でとなると・・・・やはりどこかの貴族の領地から割譲なり別の領地を与えて納得してもらうなりしませんと・・・・」
適切な土地がない・・・というのが帝国上層部の見解であった。
そこには余計な面倒をしょいこみたくない・・・・という裏が見え見えであったが、レインドには非難する資格もない。
皇帝も想像以上の難航に苦い顔をしている。
だが、その時レインドの隣に突然現れた人影があった。
衛兵たちが慌てて拘束しようとしたが、すぐに皇帝によって止められた。
「マユちゃん??どうしたの??」
突如現れたマユはレインドに耳打ちをし、すぐにニーサに視線を移すとマユはニーサにも耳打ちをする。
はっ!となったニーサはレインドに目で許可を求めると思わず抱きしめたくなるほどの笑顔で答え、参加者たちに向かってある提案を始める。
「このたびの皇帝陛下の温情に感謝しております、皆様の知恵を絞っての協議に改めて御礼申し上げます」
丁寧で凛とした声に参加していた貴族たちも聞きほれていた。
「僭越ながら、レインド様とも協議しましたがこたびの領地候補として、我々は旧デュランシルトを希望いたします」
「デュランシルトだと??」
上層部や貴族たちは騒然となって話し合いを始める。
しばらく休憩となり、再開されたときに議長は満面の笑みでレインドと皇帝に告げるのだった。
「皇帝陛下、それにレインド様、デュランシルトであれば現在も空白地・・・・・誰も咎める者おらぬだろうということで我々はその提案を了承いたしましょう」
休憩時間にはぷんすかしていた皇帝だったが、ニーサやマユから耳打ちされてすっかりご機嫌になっている。
「では後日正式に、対死界人戦闘組織の所領としてデュランシルトを任せることを通達いたします」
第三章 封印迷宮 完