7 旅立ち・・・
突如、飛竜が失踪したという情報で混乱したシルヴァリオン本部であったが一時間後、なんとその飛竜が帰還する様子が観測できたと報告が入った。
なんて人騒がせだ、調教不足ではないかとの責任問題が持ち上がりかけたが飛竜が持ち帰ったある [ 物 ] を見て関係者は腰を抜かすほどに驚いた。
飛竜が首に下げた連絡用鞄に中身ありの印がついていることに気付いた世話係が慌てて本部に連絡を入れたのだ。
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遠征部隊 カルネス大尉より 本部長殿
ただいま遠征組は地上に帰還しました。
報告 目的達成、大地の瞳の回収に成功せり。
ただ負傷者多数により最低でも馬車4台以上による可及的速やかな回収と保護を求む。
ポイント:月藍湖 西北西 旧デュランシルト
: 遠征部隊隊長 トリアムド殿 死亡
緋刈真九郎殿 重傷
サクラ 殿 重傷
フーバー伯爵家 ジョグ 殿 重傷
他 軽症多数
※同行者あり 味方のため敬意を持って迎えられたし
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通信ビンに入った便箋を見たノルディンは歓喜と同時に卒倒しそうなほどのショックに襲われた。
なんとか机に捕まり転倒を避けた彼は、大きく深呼吸すると一つ一つ指示を出していく。
「シルビィ!皇帝陛下に遠征組帰還、目的達成と報告せよ、ただいまより旧デュランシルトに彼らの迎えに行くと」
「なっななななな!!!!帰ってきたんですか!!!」
「あああ!奴ら帰ってきたぞおおおおお!!」
「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」」
みな泣きながら喜びをかみ締めている。
「落ち着け、混乱のないように少しずつ指示を出していくからな、ジョシュ!鬼凛組に遠征部隊の迎えに行くから1人同行して欲しいと伝えてくれ」
「了解しました!」
「・・・・・・メイビル・・・・・棺の手配を一件頼む・・・・・隊葬用だ・・・・・・」
「!!!!!!」
遠征組帰還の報はすぐさま皇帝陛下に届けられた。
そして、真九郎が重傷であること・・・・・トリアムドの死亡の報も伝えられた。
ノルディンは回収班に同行し事態の把握に努めるため旧デュランシルトを目指すことにする。
すぐに馬車が4台と最低限の物資を積み込み帝都を出発する。
ギリギリで乗り込んできたのはナデシコだった。
ヨシツネもナデシコ同様に飛んで行きたい様子であったが、候補生たちは任せろとナデシコを送り出してくれた。
候補生たちも尋常でない騒ぎに稽古を一旦中止しニーサと相談の上ヨシツネが今までの経緯を簡単に説明することになる。
そしてニーサは今後大幅に事態が動くことが予想されたため、レインド王子とその直衛の衛士たちと連絡をつけるべく動き出した。
デュランシルト・・・・・・・
月藍湖の対岸に位置したかつては街であった名だ。
250年前は豊かな土壌に恵まれた農耕や月藍湖から取れる水産資源により帝都の台所を支えていた。
また美しい景観とオルナ雪、大オルナ川といった希少な自然現象が見られる観光都市としても発展していたのである。
だが大殺戮で街は破壊され死界人が暴れ回ったためか、精霊やオルナが大幅に乱れ大地からは瘴気があふれ出し、今では人が住むことができぬ土地になりはてていた。
かつて帝都に近いこともあり街の再建計画も持ち上がったが、汚染された大地を浄化する方法が見つからず放置されるままだ。
今では建造物の多くが朽ち果て魔物の目撃情報まであるというが・・・
シルヴァリオンからの連絡を受け急いで支度をしたナデシコは、出発寸前にシズクが超特急でこしらえたサンドイッチを手渡された。
まったく、どんだけ気が利く娘なのよと思いながらシズクに手を振る。
とりあえずの十文字槍も持っては来て見たが馬車内の雰囲気は非常に暗い・・・・
帰還に関する詳細についても聞けるような雰囲気ではないが、こうなるとあの二人がまさかという気になってきた・・・・
そしてその未来を暗示するかのように雨がぽつぽつと馬車の幌を濡らしていく。
約半日の距離をあの馬車の中で過ごすのは苦痛だった。
帝都までの旅路とは真逆の精神的に追い詰められていくような行程である。
西の空が赤く色づき始めた頃、目的地である旧デュランシルトが見えてきた。
月藍湖の対岸にあるこの土地にはまだいくつかの建物の残骸が残り、まだ外観が残っている建物の近くに目標となる救助要請の光源が確認できる。
長年風雨にさらされてきた道は激しく痛んでいるため、馬車を離れた場所に止めると。
ノルディンたちが光源に向かって飛び出して行った。
ナデシコの目に映ったのは、彼らが杖を構え戦闘態勢を取っている後姿であった。
まさか、罠!?
すると光源から見慣れた呪印が浮かぶ。
「あれはお姉さま!」
呼応するようにノルディンが呪印を打つと、別の離れた建物からカルネスとネリスがこちらに来るように手を振っていた。
カルネス、ネリス、ソラ、ザイン、そしてシルメリアには大きな怪我はなさそうだ。
だが真九郎は担架の中でまだ意識が戻っておらず、サクラも足に大きなギプスをつけている。
ジョグは・・・・・左腕は、二の腕の半ばから失われていた。
・・・・・・・・・
そしてトリアムドの姿はどこにもなかった。
どう言葉をかけるか一瞬迷った・・・・だがその一瞬に飛び込んできたナデシコがサクラを抱きしめた。
「サクラぁ!!!!」
「ナデシコォI!?」
「あんた、大丈夫なの!??その足は?し、師匠!!!!!師匠!!!!」
真九郎の姿にナデシコも取り乱し子供のように泣き出した。
なだめるシルメリアを見てまた大事な人が無事だとわかり、堰を切ったように泣き出し甘え出す。
その涙に刺激されたかのようにソラも堪えきれず泣き出し、ネリスはジョグの頭を撫でながら泣き出した。
「ノルディン殿、回収の手間をかけてすまない、我らはただいま帰還した、詳しいことは帝都に戻ってから報告したい・・・・・まずは彼らに休息を」
ザインは疲れ切った顔をしている。
「もちろんです、さあみんな馬車に乗り込んで緋刈さんは我らが運びます」
そんな彼らに付いていく見慣れぬ集団が3人・・・・・・・・
あのシルメリアにも引けを取らないほどの美人・・・・・だがその豊かな胸と体のラインが出ている露出度の高い服に目のやり場に困ってしまう。
そして・・・・・ノルディンが思わず息を呑むほどの存在。
白い狐人族の少女がそこにいた。
かわいさと妖艶さが同居しているようなアンバランスさがさらにこの娘の存在を別次元に押し上げているように感じる。
最後に現れたのは、ひどく血色の悪そうな金髪の少年である。
目つきが悪くしきりとノルディンを値踏みするように見つめていた。
「あの、彼らは・・・・?」
カルネスが三角巾で吊るされた右腕をかばいながら説明に入る。
「彼らが連絡ビンに記載した同行者です、我らの恩人であり協力者になりますので敬意を持ってもてなし願います」
「わ、わかった・・・・さ、こちらへどうぞ」
降りしきる雨の中、馬車に乗り込んでいく。
全員が乗り込んだところで、ノルディンは1人馬車の外で雨に打たれていた。
「ネリス・・・・・あえて聞いてもいいか?」
「はい・・・・」
「トリアムド隊長は・・・・・どうなされた?」
「はい、トリアムド隊長は、我らを守るため我が身を犠牲にし・・・・・・戦死されました」
「そうかっ・・・・・・・・っ!報告ご苦労!」
帰路の馬車の中では誰も口を開こうとはしなかった。
ナデシコはサクラとシルメリアにシズクの作ったサンドイッチを渡すと、二人の目にじわりと涙があふれ始め声を殺しながらそのサンドイッチの味を噛み締めていた。
雨脚はさらに強まる中・・・・・・彼らは静かに帝都へと帰還をはたした。
到着後、遠征組の全員が帝国屈指の治療院に運び込まれていた。
真九郎とサクラ、ジョグたち3人の重傷者の治療と、軽傷者の手当てと検査を行うためだ。
ナデシコはもっとみんなと話したいこともあったが、重大な怪我や疾患を見落としてはいけないということで彼らは丸二日ほど治療院に留まることになった。
二日後、ようやく解放された遠征組は待ち焦がれた人々との再会を果たす。
そして何が起きているかの聞き取り調査もなされている。
皇帝陛下は報告を受け迎えにまで同行しようとしたが罠の可能性を指摘され泣く泣く待機していた。
しかし帝都に帰還後は話を聞かず真九郎の元にまで押しかけ、目覚めぬ彼の胸の中で泣き疲れて眠ってしまったという。
サクラは骨折の経過を見るためにまだ入院が必要とされ、医局へ懇願し真九郎と同部屋にしてもらった。
ジョグもサクラたちの隣部屋にするようサクラが掛け合い、サクラが抜け出してよくジョグに果物を剥いてあげたりしようとするが、そういうときにはいつもネリスが世話女房のように控えていた。
左腕を失い相当に落ち込んでいると心配していたが、ネリスの看病もあって笑顔が増えているようだ。
ジョグの腕は呪道具の発達した帝都ではかなり良質の物が用意できるらしく、カルネスやザインがその費用はこちらで持つから遠慮なく高級な部品を選らべと見舞いに来ている。
そしてソラは・・・・・・
「失礼いたします」
やわらかな日差しが照らす室内に顔の右半分が灰色になっているひどく痩せた男がいた。
「タラニス様・・・・・ソラ、ただいま戻りました」
タラニスは左目からあふれる出る涙をぬぐおうとせず、かろうじて動く左腕でソラの頭を優しく撫でる。
「おかえ・・り・・・ソ・・・ソラ・・・・お願い・・・が・・・あり・・・・ます・・・・」
「タラニス様・・・?」
「わ、た・・しを・・・・彼・・のびょ・・・しつ・・へ」
もはや後数日と宣告された最後であろう願いを叶えるため、医師団とソラはベッドのままタラニスを真九郎の病室へ運ぶ。
ベッドの上で安らかな寝息を立てる真九郎を見てタラニスは体中の水分が全て抜け出てしまうのではないかという勢いで涙を流していた。
真九郎の隣に運ばれたタラニス。
「きみ・・・は・・・・時間を・・・・・みつけ・・ては・・・・よく・・・・見舞いに・・・・きてくれ・・・たね・・・・せめて・・・こんどは・・・わたしから・・・・・みま・いにきたよ」
命を燃やし尽くすかのような最後の言葉にサクラやソラ・・・・そして付き添うシルメリアが敬意を持って見つめていた。
タラニスはベッドの上で起き上がり、右半身にピキピキと亀裂が生じはじめる。
医師団が止めようとしたものの、すぐにソラが遮った。
既に砕けた右腕はなく残された左腕で真九郎の手を握った。
「だ、だいち・・・ぼしん・・よ・・・・どうか・・・我のさい・・・ごのい・・・のり・・・うけと・・りたまえ・・・」
タラニスの体から発せられた白く清浄な気は真九郎を部屋を包み、このタイミングで部屋を訪れていたマユの手には大地の瞳があった。
マユはベッドに上がりタラニスを抱きしめるようにして大地の瞳を左手に握らせた。
「お・おおう・・・・あ、あな・・たさま・・・・は」
「タラニスよ・・・・大地母神ニル・リーサ様より・・・・伝言がございます」
「うう・・ああ・・・」
タラニスは感動に打ち震えていた。
彼にはわかるのだろう・・・・マユが大地母神の御使いであるということが。
『タラニスよ、あなたの願い受け取りました・・・・・あなたの行いが数多の人々を救うことになりましょう・・・・さあ私の元へお帰り、愛しいわが子よ』
「あああ・・・・ニ・・・ニル・・リーサ・・・さま・・・・・ひがりどの・・・をすく・・・いた・・ま・え・・・・」
タラニスはマユの腕に抱かれながら静かに石へとなっていった。
そして音もなく崩れ・・・・・・・ベッドには白い・・・・灰のようなものが残るだけであった。
「うっ・・・・・タラニス・・・・・逝ったのか・・・・・」
すっと上半身を起こし空のベッドに眠る白い灰を見つめていたのは、真九郎だった。
「真九郎!!!!!」
シルメリアが人目を憚ることなく抱きついた。
ぎゅっと彼女の手を握るとベッドの灰を手に取る。
「夢の中でな・・・・タラニスが言うのだ。いつまで寝ているのだ?見舞いに来たというのに見舞いに来たほうが先に死んでしまうぞと」
ソラは目の前で起きた奇跡に打ち震え祈りを捧げていた。
そして気付いたときにはサクラがシルメリアと一緒に真九郎へ抱きついてきている。
「師匠・・・・・・・」
よしよしと頭を撫でながら猫耳のピクピク動く感触を楽しんでいた。
「ずいぶんと・・・・随分とみなに迷惑をかけたようだ」
「真九郎・・・・・・あなたが目覚めてよかった」
マユが真九郎の頬に手をあてながらポロリと涙を落とした。
もしかしたらタラニスのために流された涙なのかもしれない。
「・・・・マユなのか?」
「はい」
あのぶっきらぼうのマユが満面の笑みで微笑んでいる。
「またタラニスに助けられてしまったよ・・・・・・くそう・・・・もう恩が・・・返せないじゃないか・・・!」
真九郎の胸で泣き続けるシルメリアを抱きしめながら、真九郎は泣いた・・・・・
引き摺られるようにソラも堰を切ったように泣き出している。
過ちをおかしながらも自ら悔い改め、己の信念の元に東奔西走し、ついには盟主会議にまでこぎつけたこの人を後世の歴史家はどう評価するのだろうか。
そんなタラニスから伝えられていた遺言は簡素なものであった。
『緋刈殿と、レインド殿下をお願いします』
シルヴァリオン隊長トリアムドの隊葬や事実関係の聞き取り調査などでバタバタとしている間に、真九郎は起き上がって稽古を始めるまでに回復していた。
治療師の見立てによれば損傷した内臓も十分に回復しており、しばらくは出血がひどかったため貧血に注意することと、激しい運動は控えるように言われているがどこ吹く風である。
サクラも後はギプスが取れるまでは退院でよいと判断が出たので真九郎と一緒にようやく宿舎へ帰ることができた。
毎日のように見舞いに来ていたニーサやレインド・シズク・レシュティア姫、ヨシツネやナデシコたちは総出で迎えに来てくれていた。
治療院を出ようとした時、なんとジョグまでが退院祝いにやってきてくれている。
「ジョグ、わざわざすまない」
「いえ、緋刈さんが退院できて本当によかった」
子供のように照れながら右腕で頭を掻いている。
その隣にはネリスが付き添っている。
「ジョグも退院祝いに宿舎のお食事会に誘ってるの」
ネリスが恥ずかしそうに言い出すとみんなも喜んでいるためほっとするネリスであった。
お食事会となったのはトリアムドの葬儀が終わって間もないためである。
シルヴァリオン自体は隊長の死を悼んではいるが、引き摺る様子はなくむしろ死界人殲滅のための一歩を大きく進めた英雄としてあがめる気風さえ漂っている。
ほぼ鬼凛組専用の宿舎となりつつあるシルヴァリオンの宿舎では、候補生たちが食事会の準備とお風呂の準備に追われていた。
帝国に住む人ならば、一度は耳にしたことのある王城地下探索の物語。
幾度となく精鋭たちが犠牲になったあの魔窟から生きて帰ったのが、自分たちの師匠になる人なのだと知り皆張り切って準備にあたっている。
何よりも・・・・・誰かの生還を祝うという場に参加したことすらない彼らにとってこの場にいること自体が誇りを刺激される状況なのだ。
当初、ノルディンに許可を申請することさえ遠慮しようとしたが話しを聞きつけたノルディンからぜひ食事会でもお祝いでもやってくれと申し出があった。
生きて帰ったことを誰よりも喜んでいるのは隊長だと。
そして食事会の資金にと気前良く金貨を数枚テーブルに置いていった。
そうなると気合が漲りレインドを馬車馬のごとくこき使って料理を作り続けたのがシズクであった。
レインドの数倍動いているのも関わらず作業ペースは落ちることなく、稽古で鍛えているはずのレインドよりもスタミナがあり、同時に5種類の鍋やフライパンを巧みに調理するシズクの調理魔法の技術は帝都でも有数なものであろう
真九郎たちが宿舎に帰ってから真っ先に向かったのは風呂であった。
サクラが先に入りなさいという真九郎に一緒じゃなきゃ嫌だと駄々をこね、仕方なく了承したのだが・・・・
今度はシルメリアまでが背中を洗いに入ってきており、気付くとマユが湯船で浮かび、どこかで見たことのある黒髪の少女までが湯船でお風呂を満喫している。
「おいおい、どうなってるんだ」
「いいじゃん師匠~こんなかわいい子たちに囲まれて~」
サクラは防水呪文をかけてもらったギプスを湯船の外に出しながら、見られることを恥ずかしいと思わないのかその裸体を晒している。
しばらくして引きつった笑顔のシルメリアの発する殺気にやられ大人しくお風呂につかるのでした。
それから真九郎は着慣れた袴と袴下に着替えると世話になったジョグやカルネス・ネリスたちを訪れ礼を言って回る。
みな意識が戻ったことを喜び、トリアムドとタラニスの死を悼んだ。
トリアムドの墓にはシルヴァリオンの記章と杖が納められた、真九郎はとてもとても長い時間、墓に手を合わせていた・・・・・
その後で訪れたシルヴァリオン本部では、ノルディンは泣いて真九郎の復帰を喜んだ。
「俺の力が及ばなかったため、みんなへ多大な負担をかけてしまった・・・・トリアムド殿の件・・・・申し訳なかった」
思いもよらない真九郎の謝罪にノルディンは困惑する。
「何を言っているんですか?あなたは死界獣という死界人を超えるかもしれない化け物を倒したのでしょ!?」
「爪が甘かった・・・・過信していた部分があったのだと思う・・・・・彼はトリアムド殿は常に冷静で立派であった」
「そうでしたか・・・・あなたにそう評価されたのであれば隊長も満足でしょう・・・・ありがとう」
「それと・・・・ジョグについてだが・・・その、彼の義手について色々便宜をはかってあげてほしい・・・・」
「それはカルネスやネリスたちからも要請があがっております、随分と信頼されているのですね」
「ああ、トリアムド殿も彼を高く評価していたよ、戻ったらシルヴァリオンにスカウトすると張り切っていたな」
「スカウトですか・・・・・もし彼が了承してくれるならぜひ来て欲しいですね・・・・・・隊長の意思でもあるならば特に」
「ご配慮痛み入ります」
シルヴァリオン本部から出てきた真九郎を呼びに来たのはヨシツネだった。
「師匠!候補生との顔合わせと食事会始まりますよ」
「おうそうであったな・・・・・その表情を見る限り、色々がんばっているみたいだな」
「後輩が出来るってのは・・・・面倒なことも増えるけどいいもんだなぁ」
「そうかそうか」
頭を撫でられ年甲斐もなく照れるヨシツネは父親に褒められる子供のような顔をしていた。
いつもの稽古場に顔を出すとナデシコの命令で整列する候補生たちがいた。
既に椅子に座ったサクラとは顔合わせを済ませたみたいだ。
「師匠、挨拶御願いします」
ナデシコはすっかりリーダーとしての気質が育ってきているようだ。
「挨拶って言ってもなぁ俺みたいな初対面の人間が、はい師匠ですって言われてもお前らも困るだろ?」
「い、いえ!そんなことはありません!」
緊張しながら答えるのは兄だった。
「そうだなぁ・・・・・ヨシツネ!」
「はい!」
「ずっと入院してろくに鍛錬が出来ていなかったからな、自分の衰えを知りたいから試合だ、相手を頼む」
いつの間にか隣にいたシルメリアが真九郎から羽織を受け取り竹刀や防具をつけ始めている。
「おい、誰だあのすっげえ綺麗な人は!」
「ナディアも綺麗だけど、あの人も相当にやばいね!」
候補生たちはシルメリアの容姿に驚きこそこそと会話を始めている。
すぐに試合準備が整うと、ナデシコが審判を務めることになる。
「師匠、意識戻ってそんなたってないんだろ?大丈夫ですか?」
「だめそうなら途中で中止するさ、だから遠慮せず一本でも二本でも狙ってこい」
「よし!サクラ!ナデシコ!師匠からの一本は俺が最初に狙うぜ!」
「ふん、やれるもんならやってみなさいな」
「あーあそういうこと言うとあっさり負けちゃうパターンだからねえ」
二人のからかいに候補生からも笑いが漏れていた。
「では師匠 よろしく御願いします」
「よろしく御願いします」
二人以上に緊張しているのは候補生たちであった。
あのヨシツネとナデシコの師匠・・・・
どれだけの腕なのだろうか。
「はじめ!」
真九郎とヨシツネは共に青眼。
ヨシツネがすっと間合いを詰めるが真九郎は微動だにしない。
その落ち着きぶりは以前の師匠とは異なる雰囲気を漂わせている。
一瞬、覇気が衰えたか?と脳裏をかすったときであった。
突然巨大化したかのように見えた一撃がヨシツネに打ち込まれる。
その刹那、ヨシツネを襲ったのはは斬られた!という認識だった。
だが・・・・・・・
「一本!緋刈師匠!」
「どうしたヨシツネ、稽古さぼったりしてないか?」
「!・・・・・」
なんだ、今のは・・・・・・手が、手が震えている。
「はじめ!」
ナデシコの掛け声に気を取り直そうとするが真九郎の構えから発せられる恐ろしく静寂に近い静かな闘気・・・・・
だ、だめだ呑まれるな!
「だああああああああ!!」
気合一閃、面を狙いにいくがまったく肉眼で捉えきれない動きで胴を抜かれ吹き飛ばされるヨシツネ。
「くぅ・・・・いてぇええ」
「一本! 勝者 緋刈師匠!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」
噂に聞いていた以上の動きを見せた真九郎に候補生は興奮状態にあった。
「わ、わからない・・・・どれだけの強さなのか・・・・」
ナディアは真九郎の見せた強さの天井さえ捕らえることができないことに、悔しさと羨望を持って真九郎を見つめていた。
当の本人はヨシツネが稽古をさぼっていたなぁとからかっている。
「いや、師匠・・・・前より強くなってるって!」
「だいぶ体が鈍っているぞ、一週間近く意識が戻らなかったんだからなぁ」
「やばい・・・・どこまで強くなる気ですか」
真九郎は整列する候補生の前に進み出ると緊張で空気が張り詰めるのが伝わる。
すっと丁寧なお辞儀をした真九郎に、慌てて礼をする候補生たち。
「拙者は緋刈真九郎と申します、今後みんなの剣術指南役として指導をしていくことになると思うがよろしく頼む」
「「「「よ、よろしくお願いします!!」」」」
「ははは、元気があっていいなぁ、ヨシツネの時よりずっと素直ないい子たちじゃないか」
「師匠、あんまからかうのやめてくれよぉ」
「はーいみなさーん!!!!食事会の準備できましたよ~!」
声の方を見るとシズクがエプロン姿でおいでおいでしている。
「よし、食事会だみんな行こうか」
「「「はい!」」」
宿舎の大食堂に用意されたのは多種多様な料理の数々で豪華料理と呼べるものはないものの、家庭的で食欲をそそるものばかりである。
酒がすすみそうな料理もたくさんあり、参加したシルヴァリオンの隊員たちもはしゃいでいる。
そしてニーサが軽い進行をした後、真九郎に挨拶を求めた。
「こたびはこのような食事会を開いて頂いて真に感謝しております、拙者がここにいられるのも尊い犠牲があってのこと・・・・・まずはその者たちに哀悼を捧げたい・・・では黙祷」
一瞬で静寂が支配する空間となり皆が故人の思いを噛み締めた。
そして食事会が始まり、少しずつ活気と会話も弾んできている。
シズクはさらにこれでもかと料理を続けており、付き合うレインドもへとへとな様子だがいつになく生き生きとした姿を見てシルメリアは安心していた。
ナデシコはサクラと一緒に無事を喜びむせびなく不破を宥めながら料理を堪能している。
マユの回りには人だかりが出来ているが、一切興味がないらしく雪と一緒にあれこれ料理を食べまくっていた。
ネリスはジョグに救われたことで完全にのぼせあがってしまい、ジョグのために料理を取り分け食べさせようとまでしているが、照れるジョグは大きい体を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
ザインやカルネスも多くのシルヴァリオン隊員に囲まれて楽しんでいるようだ。
そして・・・・・イングリッドとラスベルはシズクの作りたて手料理の数々に歓喜し泣きながら食べている。
もしやトリアムド隊長の血縁者なのかもしれないと、遠巻きに気の毒がられていたりした。
皆が時を忘れ楽しんでいたとき、ヨシツネから相談があると持ちかけられていた。
「師匠・・・・・実はさあいつらの中に名前が番号だったり、ゴミや汚物、排泄物みたいな名前つけられてる連中がさ・・・・・俺たちみたいな名前が欲しいって言い出してさ・・・・」
「名付け親になって欲しいということか?」
「だ、だめなかな???」
「構わんが・・・・・・本人が望まない場合はだめだぞ」
「もちろん」
「そうか・・・・本人の気質や好み、戦い方なども参考にしたいからな・・・・少し時間をくれ、やはりいい名前をつけてやりたいからな」
「ありがとう師匠!!!」
自分の損得ではなく、候補生たちのためを思っての行動・・・・・子供が大人になるのは早いと聞くが・・・・
「随分と良い顔をするようになったでないか」
突然背後からかけられた声の主を思い出そうとし、その検索に引っかかった人物に驚愕する。
「へ、へい・・・・・・・た、たのしんでるぅ?」
つい陛下と叫びそうになってしまった。
誰かの娘が紛れ込んだのだろうぐらいの街娘の格好をしている陛下は歳相応の美少女として真九郎に甘えていた。
「まったく、おてんばですね」
「今日ぐらいいいのだ、何よりそなたが無事でよかった・・・・・トリアムドの思いは我らが引き継ごう・・・・・」
「ええ・・・・・俺もまだまだ修行が足りません・・・・・・また鍛えなおさないと」
「それもあるが、実は折り入って相談したい案件が出てきてな、真九郎の意見を聞きたいので明日城に来てくれぬか?」
「かしこまりました」
「ここではそういう口を聞くな・・・・・・真九郎おにいちゃん大好き~」
年下の少女が甘える姿に大人の対応でスルーしようとしていたシルメリアだったが、ついっと手を伸ばして抱きつくのを遮ったりしている様にこの人も子供だなと思う真九郎だった。
名前に関しては希望者が8名。
褐色の兄弟、ノーム族の娘、狼人族の少年と少女、犬人族の少女、10歳と11歳の少女たち。
いずれ時間を作って本人の望む、似合う名前を付けてやりたいものだ。
食事中に話をしにいくと皆緊張してうまく話せないようであるが、いつの間にか緊張される立場に回っているとは因果なものだ。