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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第三章 封印迷宮
40/74

6 幼き蝶

 遠征組の出発に前後して開始されていた非魔法力所持者捜索保護の実務指揮に、経験者であるニーサも参加することになっていた。

皇帝直属の臨時組織として設立された非魔法力者保護局はニーサの実務能力の高さに目を見張っていた。

既に帝都の都市状況と構造を把握し、住民の生活水準や貧困具合なども加味した計画書を提出してきたのである。

「部外者の私がこのような勝手なことをしてすいません、ですがあの子たちと関わってきた経験から一刻も早い保護が必要だと感じたのです」

保護局の責任者になった局長のグリームはむしろニーサのような人材を歓迎していた。

帝都の役人は前例や慣習に縛られ一つの事態を進めることにやたら時間をかけるきらいがある。

「いや、ニーサさんあなたが参加してくれて本当に助かっている、この魔法力測定装置はあなたが所持しているのですね?」

「ええ、検証の結果、求められる人材はこの針が動いてはいけません、微量な魔法力でもあったらだめなのです」

「そこまで厳密にやらなくてはいけないのでしょうか?まずは住民調査を行い住民からの自己申告を促すような政策を協議するほうが・・・・」

平時であればこの役人の取る対策でもいいのかもしれない、だが・・・・・

「一刻も早い保護が必要と私が考える理由をご説明したほうがいいでしょうか?」

ニーサの提案に役人はことさら嫌な顔をして結構ですと突っぱねる。

「私はあなたたちと馴れ合うために来たのではないのです、非魔法力所持者がこの帝国にとってどのような意味を持つかあなたたちは分かっていない」

「分かってますよ、皇帝陛下の命令だからでしょ?他国の人間に言われたくわないわ」

保護局の職員たちはニーサへの反発と敵愾心がむき出しになってきている。

皇帝陛下に選抜されたという優越感が彼らの歪んだ矜持として振りかざされる様は不快でしかない。

「死界人・・・・・・」

ニーサの言葉に黙り込む職員たち。

「奴らを傷つける手段が発見されたのは知っているわね?」

「でもそれはガセ情報だって噂が・・・・ねえ?見つかるはずないじゃないのよ」

「そうだそうだ」

ああ、帝国の役人でさえこうなのだ・・・・・・傷つけることができないという固定観念に縛られてしまっている。

この凝り固まった思い込みが帝国を・・・・・人間を滅ぼしかねない・・・・・・

「局長から保護局の各員に説明があったと聞いておりましたが違ったのですか?」

局長は罰が悪そうな顔をしながら弁解する。

「いや説明はしたのだがな・・・・・伝わらなくて」

「では私が局長がご説明した内容の補足をさせていただきます」

有無を言わさぬ流れでニーサは現状把握している事実と、それに伴う今後急務となる課題について根拠を交えつつ説明した。

保護局職員たちの顔が真っ青になっている。

「そんな・・・・奴らが・・・・また・・・・・」

恐怖で泣き出す職員まで出始めた。

だがニーサはそれを笑うことなどしない・・・・この地に住むものならば奴らの存在は死そのものなのだ。

「先ほどはきつい物言いをしましたが、私が言いたいのは帝国を、この地に住まう人々の希望になりうる非魔法力所持者を一秒でも早く保護したいのです・・・・・・それは道具としてではなく一緒に戦う同士として」

同士・・・・・・

この言葉が持つ響きに、うつむいていた職員たちの顔に次々と力が宿っていくのを感じる。

「ニーサさん、誤解があったようだ申し訳ない」

最初につっかかった職員がニーサに謝罪をしたことで他の職員たちも謝罪と協力を申し出る。

ほっと一息つく局長はここでようやくニーサに実務を全て任せると宣言することができ、そのことに異論を挟むものはいなかった。


ニーサの提案したのは特殊な精密作業に必要な非魔法力所持者という名目での求人であった。

そのあまりにもシンプルな募集に職員たちもこれだけで大丈夫かと心配にもなったが、同時に帝国の各都市にもその求人を出すことにする。

そして重要なのは、一般市民の間でこの職につくことができれば人生の成功と言われる帝国行政府の役人の給与より若干低い程度の賃金にしたことであった。

あまり高すぎても混乱を呼ぶだけであり、低すぎても集まらない。

そこで現実的な給与を提示することで本当に必要な人材なのだという説得力を持たせることに成功した。

またこの求人は帝国の公募として大々的に募集され、その噂は一日で帝都に広まる勢いである。


ニーサのあまりの手際の良さに最初は反感と敵愾心を持って迎えた保護局員たちも、わずか数日ですっかり頼れる上司、指揮官として定着してしまい局長は局長室でお茶を飲むだけのお仕事になりそうな安定ぶりであった。

それと同時に通報のあった案件で非魔法力所持者が奴隷として売買されているという報がもたらされた。

奴隷売買を固く禁じている皇帝陛下が激怒し自ら乗り込むとまで暴れていたというが、シルフェ率いるシルヴァリオンを中核とした救出部隊が編成され出発しようとしていた。

説得役として要請のあったヨシツネも彼らに同行するようだ。

ナデシコも非魔法所持者が集まった際には面倒を見るように言われており、真九郎から手渡された新人用の稽古指南書を見て指導計画の立案に頭を悩ましていた。




こうして5日後、シルヴァリオン本部に設けられた非魔法力所持者保護局には厳しい魔法力チェックを突破した候補者たちが勢ぞろいしていた。

下は10才、上は20歳・・・・・・

やはり当初の予測通り、非魔法力所持者が生まれ始めたのは20年前頃のようだ。


集まったの総勢15名であった。

これはニーサの想定よりも少なく、最低でも20名は集まって欲しいという希望もあったが奴隷売買やメルゲリック伯爵領で行われたおぞましい迫害によって失われた命が多すぎた。

年長者の20歳の青年・・・・・彼はなんとドワーフ族であった、しかもドワーフ工房長の息子でずっと修行をしてきた人材だという。

ニーサは彼をジングへ早急に引き合わせようと考えている。既にジングは職人道具を携えこちらに向かってくれているはずだ・・・・・彼とジングがいれば・・・・

ドワーフの青年ルシアスはまだ恵まれていた、父が職人として腕を磨けるように仕込んだことからも衣食住に困っているという印象は受けない。

帝都で見つかった非魔法力所持者は皆虐げられた者が持つ特有の目をしている。

男性8名女性7名

男性はルシウスの他には狼人族の18歳が1人、他は皆人間で、女性は種族ごとのバラつきが多い。

ノーム族という土の妖精族の血を引く小柄な少女が18歳で、見た目は10歳未満の女の子にしか見えないが藍色の髪とくりくりとした大きい菖蒲色の瞳がかわいらしい。

狼人族の17歳の少女、10歳と11歳になる人間の少女。

そしてあのソルティと同じ犬人族の少女であった。



以上が今回の公募で見つけることができた人員であるが、シルフェたち救出部隊によって助け出された者が3名いた。

その3名の救出は出荷の馬車が出発する直前であったという。

そしてその中にいたのはナデシコよりも濃い褐色の肌を持った双子の兄妹で歳は15歳頃、口べらしに奴隷商へ売り飛ばされたのだという。

幼少より役立たず、ゴミと呼ばれた彼らに名前らしい名前はなかった・・・・

彼らはいまだあの頃のヨシツネたちようなギラついた目をしている。


そしてこの発見には当局も驚いていた。

ハーフエルフの少女が非魔法力所持者として発見されたのであった。

年齢は聞くところによれば14歳でプラチナブロンドの輝くような髪と天色の瞳はさすがエルフの血を引くと唸らせるほどの美少女である。

名はナディアで多くを語ろうとしない少女だった。


以上15名の少年少女たちが一堂に会した。

皆それぞれ不安の色を目に抱えている。

そこにニーサが現れ彼らに対して説明を始めたのだった。

その様子を控え室の小窓から心配そうに見守るのはヨシツネとナデシコの二人。

かつての自分たちを見ているようで気が気ではない様子だ。



ニーサの説明に驚く少年少女たち、戦うことになるかもしれないこと、戦闘訓練を受けてもらうこと、だが手当ては高く待遇はシルヴァリオンと大差がないという言葉に騒然となっていた。

当然の反応だと思ったニーサは、二人に視線を送り皆が集まる会議室へ迎え入れる。

その二人を見て反応するのは帝都で公募した少年少女たちであった。

「皆さん、知っている人もいるかもしれませんが、この二人があなたたちの先輩であり上司になるヨシツネとナデシコです」

すっと凛々しい佇まいで一歩前にでたのはヨシツネ。

「みんな、俺がヨシツネだ、きっと色々不安だと思う。でもそれは俺たちも最初はそうだった、なぜなら俺たち二人も魔法力がないんだ」

あのヨシツネとナデシコに魔法力がないという告白は彼らにとって衝撃であり、自分たちの上司になるのだという思いは安心を生んだ。

「あたしはナデシコ、女の子も多いようで安心してる。みんな、これだけは伝えたいから言っておくね、もう私たちは虐げられるだけの存在じゃない、努力すれば身を立てることができるんだってこと!」

「そうだ、もう うつむいて隠れる日々は終わった、物音や怒鳴り声に怯えなくていい、空腹や寒さに苦しまなくていい、前を向いて歩いていいんだ」

ヨシツネの心の叫びが伝わったのか次々と泣き崩れ嗚咽を漏らす子が増えてきた。

「納得した人は書類の手続きがあるから次の部屋で待っててちょうだい、もう一度言っておくけど強制ではないわ無理強いはしません、自分の意志で決めてください」

ニーサの案内に次々と移動を始める、やはり竜杖祭で注目された二人の影響は大きいようだ。

しかし動かない影が3つ・・・・・

予想通りの3人が残っていた。



「よう、兄弟たちなんか引っかかることがあったか?」

「俺たちを戦わせるってことだよな、死ねってことか」

兄は殺気のこもった鋭い眼をしている・・・・だがヨシツネはこの眼が何を言いたいのか何を訴えているのかをすぐに察した。

「いい兄さんだな・・・・妹を守りたいんだな」

「なっ!お前に何がわかんだよ!!!」

「分かるさ、守りたい者が持ついい眼をしてるじゃないか」

「・・・・・・・」

鋭い眼でナデシコを睨みつける妹はやっと口を開く。

「お前は何のために戦う?」

「何のためかぁ難しいな・・・・・そうだなぁ生きるため、大事な人を守りたいから・・・・かな」

「お前にその力があると?」

「そうだね、まだまだ力不足だよ」

「ふん、他の奴らは納得しているようだけど、うちは納得なんかしないよ!」

「そっか、じゃあ試してみよう、ついておいで」

ナデシコに案内された3人はいつも使っている稽古場にやってきた。

そこでヨシツネは妹の体に試合用の防具を説明して装着させる。

対するナデシコは何もつけようとしない。

「好きな武器を選んでちょうだい」

そこには鍛錬用の十文字槍や木刀、短めの木刀など様々だ。

すると妹は木刀を手に取る。

「体に3回当てたほうの勝ち、怪我しても治療術が受けられるから全力で手加減なしでいいよ」

「全力・・・・・それって殺しちゃってもいいってことよね?」

「ええ、構わないわ」

二人は試合位置に立つとヨシツネの掛け声で試合が開始される。


ナデシコの礼をチャンスと見た妹が木刀を力任せに振り下ろした

だが頭をあげたナデシコはその流れのまま体を軽く右にずらし木刀は地面に叩きつけられ、手が痺れた妹はうっと木刀から手を離してしまう。

その妹の怯みに3発の突きを叩き込み、勝利の宣告がなされた。


「くそう!!さっきのは油断しただけだ!!」

試合開始も待たずに木刀を手に取り襲い掛かる妹に、ヨシツネは試合を止めようとしたがナデシコが手で制したためそのまま試合は続けられる。

妹は叫び泣き叫びながらナデシコを木刀で襲い続けた。

それはすぐに打ち払われ弾き飛ばされ、一手たりともナデシコの体には届かない。

肩で息をし、涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながらも妹は絶叫し木刀を振り続けた。

まるで過去の辛い思い出を切り捨てるかのごとく、子供のように泣きじゃくりながら木刀を振り続けやがて膝をついた。

そんな妹をナデシコは母のように抱きしめ頭を撫で続けた。

「いいのよ、泣きなさい・・・・私もあなたと同じ様な思いを経験したわ、だから全部受け止めてあげる」

母に甘える子供のように妹はナデシコの胸で泣き続けた。



ヨシツネは二人から離れると兄とナディアに試合をするか?と尋ねてみる。

兄はどれだけの差があるか試したいと木刀を取った。

だがヨシツネに掠ることすらできず、すぐに息を荒げて膝をついてしまう。

「たしかに・・・つ、つよい・・・」

「ありがとよ、でナディアはどうする?」

「・・・・・・・これで・・・・・」

ナディアが選んだのはナデシコ用の脇差型木刀だった。

「いいぜ、かかってきな」

ヨシツネの合図にあわせてナディアは強烈な打ち込みを仕掛けてきた。

思わず木刀で受け太刀し、弾くものの肝が冷える思いである。

すかさず猫のような身の軽さで後方宙返りを決めて距離を取ると左右に移動しつつヨシツネを翻弄し、胴を薙いだと思わせたがヨシツネのほうが何枚も上手だった。

その打ち込みを完全に見切り、流れる動作で後方に回り込むとすっとナディアの首に木刀を当てる。

「・・・・・・私の負けだ」

「ふう、お前強いなぁ、どっかでこういう鍛錬していたのか?」

「分からない・・・・記憶があやふやなんだ」

「記憶が・・・・そうか、後でニーサさんに相談してみよう」

「お前・・・・・ヨシツネより強い奴はいるのか?」

「ああ、いるよ」

ナディアの眼が大きく見開かれる。

「俺とナデシコの師匠な、強すぎて勝てる気がしないほどに強いよ」

「お、お前でも勝てないのか!?」

兄は上には上がいることにあきれ果てているようだ。

「まあ俺とナデシコが二人でかかっても、かすることすらできなかったなぁ」

「冗談・・・じゃないのか・・・・」

「・・・そいつの名は?」

「師匠の名は、緋刈真九郎って言うんだ」

「ひがり、しんくろう・・・・・・分かった・・・・お前たちの組織に入ろう」

ナディアは了承してくれた。

後はこの兄弟だ。

ヨシツネやナデシコそれにニーサも無理強いをすることはしないと決めていた。

そんな覚悟でこられても迷惑なだけだからだ。

「妹を・・・・守れる強さが欲しいから・・・・・俺は参加したいと思う」

「そっか、二人ともよろしくな、いやぁうれしいなぁ強い奴が二人も仲間になってくれて心強いよ」

ヨシツネのはにかむ笑顔にナディアと兄はようやく警戒を緩める。


そしてナデシコのほうはといえば・・・・・

「ナデシコ姉さん・・・・うちも参加します・・・・」

「そ、そう良かったわ」

甘えるように抱きつく妹はすっかりナデシコに従順になっていた。



こうして鬼凛組の次期隊士候補が決定した。

3人が書類処理を済ませると他の候補生が待つ控え室に通され、すぐに女子だけがニーサやナデシコと一緒に案内される。

案内された部屋はやたら蒸し蒸しとし、いくつもの籠が用意されている。

「さ、みんな服脱いで裸になって」

「ナ、ナデシコ姉さん!!?まさかうちらを売春宿に!?」

「違うって!」

さっさと服を脱いで全裸になったナデシコの鍛えられ均整の取れた美しい体に見惚れていく女子たち。

「ほら、ニーサさんだって裸になったでしょこれからみんなでお風呂に入るの、ほら早くなさい」

ナデシコにせっつかれ皆おっかなびっくりしながら服を脱いでいく。

「じゃいくわよ、えい!」

開け放たれた扉の奥には湯船にたっぷりと張られたお湯に女性たちが試行に試行を重ねた入浴剤が入れられ心が安らぐ匂いが立ち込めていた。

「さ、みんなで体を洗うわよ」

お湯をかけタオルに石鹸をつけて洗うように指示されると、最初は戸惑っていた女子たちはやがてその石鹸の匂いに魅了され体を洗い清め始める。

そしてナデシコはニーサの背中を洗い始め、皆にお互いの背中を洗うようにすすめる。

皆もそれにならいくすぐったいと言いつつも、少しずつ打ち解け始めている。

ナディアも仏頂面がぐにゃあと緩み背中を洗われる感覚にうっとりしていた。

狼人族の少女は尻尾を洗われることが気持ちよすぎて艶っぽい声を出し、犬人族の少女は泡だらけになりながらはしゃいでいた。

ノーム族の少女は背の高い妹の体をうんしょうんしょと必死に洗っており微笑ましい。

そして洗い流した後、ゆったり湯船につかった・・・・・・

「「「「「「ううううううう~」」」」」

この至極の空間に我を忘れて癒される一堂。

「どう?気持ちいいでしょ?」

「はい、こんな気持ちいいものがこの世にあったんですね!」

「正直、稽古はきっついけど今のところ毎日このお風呂に入れるからね~」

「ナデシコ姉さま!!!ほ、本当ですか!!!!」

妹はその豊かな胸を弾ませながら毎日という言葉に食いついている。

「ええ、帝都にいる間は入れるわよ、もちろん任務で他の場所に行くことになれば洗浄魔法をお願いすることになるけどね」

「こ、こんな・・・・・贅沢・・・・・・ゆ、許されるのでしょうか・・・・」

「いいのいいのみんな最初はそんな感じよ」

「ナデシコったら最初は裸になるのが恥ずかしくてね、大変だったのよ」

「もうニーサさんったら」

「ここはシルヴァリオンの人もよく使うから会ったらちゃんと挨拶するのよ」

「「「「「「はい!!!」」」」」」

どうやら女性陣はお風呂で心を一つにできたようだ。



そして男子。

妹が心配でならない兄はそわそわしているが、男はヨシツネに連れられて外にある馴染みの食堂に向かった。

そこで人数分の冷えた果汁入り炭酸水を買い皆に運ばせる。

いったい何が始まるのだと男子たちは不安なようだが、宿舎のリビングで待つように伝えしばらく経ったときやけに上機嫌の女子たちが風呂から上がってきた。

女子たちは至急された小さい蝶のマークの入ったローブを見につけている。

「ヨシツネ~あがったわよ~」

「おう、じゃあ俺らも入るか」

「え、ヨシツネさん、これから何するんですか?」

女子たちの上機嫌さを不気味に感じた彼らが同じような上機嫌になったのは言うまでもない。



風呂上りに男子が買ってきてくれた炭酸水を堪能しつつ、ニーサが髪の毛に乾燥呪文をかけ一人ひとりを櫛やブラシで手入れしてあげている。

そうこうしているうちに男女共、新たに用意された大食堂に案内されるとそこには見たこともない料理が並んでいた。

「今日はいつも以上にはりきっちゃいました!」

アクアブルーの髪の少女とまるで女の子と見間違うような美少年がエプロンをつけながら食事の準備をしている。

「みんな席について、食事にしましょう」

皆が席に着くのを待ちニーサはレインドの側に控えた。

「では候補生たちの上司ではありませんが、今後一緒に稽古をする間柄になるお方をご紹介します」

すると照れながら立ち上がったのが先ほどエプロンをつけ食事を運んでいた美少年だった。

「えっと、リシュメア王国第三王子レインドっていいます、みんなよろしくね」

「「「「「ええええええええええええ!!!!!」」」」

「みんな、そんな気にせずにほらシズクちゃんの料理冷めちゃうよね?」

「はい、ではみなさん、これが食事前の挨拶です いただきます!」

「「「「い、いただき、ます」」」」

慣れぬことばかりだが食事にありついた皆は口々においしいを連発している。

最近になりシズクはますます料理の腕をあげたようだ。

「シズクちゃん、このお肉料理すっごくおいしい!!!」

「ありがとうございますナデシコさん」

シズクは雪用に小さく切り分けると、雪に食べさせてあげている。

『シズク、おいしい!、ありがとう』

「雪ちゃんもいっぱい食べてね」

「えっと、そのかわいすぎる生き物・・・何なんですか!」

以外にも雪に食いついたのはナディアであった。

雪はナディアの肩にぴょんと飛び乗ると

『雪、よろしくね』

「あ!わ、私は、ナディア!」

『ナディア! きれい! よろしく!』

「か、かわいい・・・・・」

雪のかわいさ頬ずりするナディアもまた美しい。

男子たちも雪のかわいさにナディアの美しさに見惚れている者が多い。





鬼凛組候補生たちの朝は早い。

早朝からランニングと朝稽古が待っている。

候補生たちは魔法を使わない生活をしてきたためある程度の体力はあるものの、ランニングからもうナデシコたちのペースについていくことができずにいた。

「こんな軽いランニングでばててちゃ先が続かないぞ~」

候補生たちはヨシツネの指示でそれぞれが木刀を手にすると、真九郎から夢に見るほどにしつこく指導された構えを徹底して教え込んだ。

午前中は構えの指導だけで終わる。

昼食後も構え、構え、構え、そして最後にランニング。

皆、倒れるようにランニングを終えている。

「どうだ疲れたか?」

「こ、ここまで・・・辛いとは・・・・」

ナディアや兄弟たちも同じようにへばっている。

「みんなよくがんばったね、じゃあお風呂入ろう」

「「「やったーー!」」」

すっかりお風呂の虜になった女子はお風呂の言葉に疲れた体を引き摺って脱衣所に入っていく。

そして男子たちはまた食堂に赴き、今度は冷えたラディミルクを買いに戻った。

「これは体を作るのにすごくいいらしいんだ、これから毎日飲むといいぞ」

夕食後、候補生たちはすぐさま泥のように眠ってしまう。

ヨシツネとナデシコはその後も指導方法について相談し師匠が戻るまでの間に基礎をできるだけ固めておこうと話し合った。


次の日はみんな体の動きがぎこちない、筋肉痛に襲われてみんなが悲鳴をあげている。

「痛いだろう、多分今が一番辛いときだからここでがんばらないとだめだぞ」

こうして基礎を徹底して教え込んで行くが不思議と10歳の少女でさえ脱落する者はいなかった。

ここを出ればもう生きていく術がないことを肌身で分かっていることもあるが、ここにいれば礼節を指導され人間らしい扱いと尊厳を持っていられるということが彼らにも伝わっているようだ。

ギラついた眼をしていた候補生の眼が徐々に落ち着いてくるのをナデシコは感じていた。

女子たちは歳がばらばらなこともありお互いに仲良くなっているようで、ナデシコはお姉さまとして母のような尊敬の眼で見られるまでになっている。

男子たちはヨシツネが以外に面倒見が良いこともあり、あの兄がヨシツネを崇拝するかのような態度になっていったのはニーサにも以外であった。


そうして遠征組が出発してから二週間ほどが過ぎようとしていた・・・・・・・




シズクは今日もエル・ヴァリスの厨房でお手伝いをしながら料理について勉強している。

その帰りにいつも真九郎たちが帰還してこないかと、封印扉の近くで警備する兵士たちに話しかけてみたりもするようになった。

「早く帰ってきて欲しいな・・・・」

シズクは前よりもレパートリーの増えた魚料理を真九郎にどう振舞おうかと考えていたし、サクラの大好きなラディ肉の新レシピも食べさせてあげたかった。

シルメリアが好きなお芋のシチューも、厨房で分けてもらった香辛料を使ってさらにおいしく作れるようになっている。

レインドと会うといつも師匠たち早く戻らないかなと心配そうで、レシュティア姫も口喧嘩できるシルメリアさんがいないと寂しそう。

よしっ!と気合を入れなおし、いつもおいしく食べてくれる候補生たちの疲れを癒せるようなレシピを考えつつ帰路についていた。

シズクがシルヴァリオン本部に入ろうとしたとき、何やら内部が騒然としていることに気付く。

シルヴァリオンの隊員たちがすごい勢いで走って何かを叫んでいた。



想定外の事態に本部は対応に苦慮していた。

シルフェは奴隷売買のルートを辿り残された非魔法力所持者の捜索の指揮にあたっており、手薄なシルヴァリオン本部ではノルディンが臨時の指揮を取ることになった。

まずは状況を整理し様々な可能性を考慮していたが、あがって来た報告の中に重要な情報が抜けていることに気付いたノルディン。

「・・・・・・それでいったい誰が騎乗権を持っている飛竜がいなくなったんだ?」

「え?あ!はい、その・・・・・カルネス大尉であります」

「カルネスだって!!!?なぜそれを先に言わないの!」

あの男はスケベでのぞきもする変態だが、いわゆる陰湿さをまったく持たない男だった。

そのため明るい変態として隊のムードメーカーとして男女から慕われていたし、彼が遠征組として出発した後の本部は火が消えたように静かになっている。

「まさか、虫の知らせじゃ・・・・・・」

「おい、あまりそういうこと言うもんじゃない・・・・・・」

隊員たちはもしかしたら・・・・・という思いが頭をよぎっているようだ。

「たしかに過去、主人を失くした飛竜がその死を察して飛び去った事例はあると聞いているが・・・・」

重苦しい空気が漂いつつある。

「それで・・・・・その飛竜は月藍湖方面へ飛び去ったのだな?」

「はい、突然のことなので追跡することもできませんでした」



二週間を経ても戻らぬ遠征組と、突然飛び去った飛竜の謎・・・・・

シルヴァリオン本部の喧騒に胸が締め付けられそうな痛みを感じるシズクであった。




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