表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第三章 封印迷宮
39/74

5 激闘の神殿

 イゾルデが帰った後もマユは真九郎とサクラの手当てを続けていた。

脛当てを脱がせると足は目を覆いたくなるほど紫色に腫れ上がっており、マユが薬草を塗布し添え木を当てて固定している。

サクラは先ほどの神花により呼吸が落ち着いてきているが、真九郎は背中に受けた傷の治療もしなければならない。

だが腹部内臓への損傷が激しいため、マユとシルメリアの相談により浮遊呪文で真九郎を浮かせている間に背中の治療を行っている。

一通りの治療が済み、やや穏やかな呼吸になった真九郎の手を握り続けているシルメリアの元に結界の異常が知らされた。

カルネスが確認に向かうと神殿前の広場にゴブリンとリザードマンが混ざった大群が集まりつつあった。

報告を聞き迎撃用意をするトリアムドと魔族たちにソラはマユにある要請をする。

「マユさん、この神殿の扉を閉めることはできないの?」

「厳しい、神殿の開閉はニル・リーサ様の御意志によるもの・・・・・」

「各員、迎撃準備! ここは阻害領域からもほど遠い!全力で妖人種共を血祭りにあげろ!」

「「「了解!」」」

「ソラ!シルメリア! 二人は待機し治癒術の行使を最優先しなさい、我らの治癒は無視で構わん」

「でも隊長!」

「最優先で守らなければならないのは緋刈とサクラだ、二人は魔法力の回復と温存に務めるのだ」

「私は?」

突如問いかけるマユにトリアムドは優しく頭を撫でる。

「人の愚かさ故に君には苦労をかけてすまない・・・・君が必要と思うことをしなさい」

「・・・・・・」

「魔族の3人にも力を貸してもらうぞ!」

「おう!あれを倒してくれた人を守らなければ魔族の名折れだ!」

「がんばる・・・・・」

ラスベルとダズも戦意がみなぎっている。

「傷つく二人を手伝うことすらできなかった・・・・・今度こそ守ってやるからな緋刈、サクラ・・・・・」

「カルネス! シルヴァリオンの底力今こそ示す時だ!」

「かっちょよく決めて、帝都に帰ったら女の子にもてもて人生だな」

「その意気だ」


神殿前の広場に集結しつつある軍勢は500を超えようとしている。

どうやら死界獣がいなくなったことで神殿を収奪しようと企んでいるかのようだ。

構成は ゴブリン、ホブゴブリン、オーク、リザードマン、など多種多様である・・・・・

カルネスとトリアムドは迎撃陣地に多連装化の攻撃陣を構築する。

戦端は突如開かれた。

両翼から迫るゴブリンの大群は迎撃部隊を挟み撃ちにするように連携を維持しつつ攻め込んできた。

これにダズが反応し、その進路を塞ぐように岩石呪文による岩石壁を構築。

中央へ迂回を余儀なくされたゴブリン軍は火力を集中されて前線が崩壊。


そこへイングリッドが上級火炎呪文である、煉獄焦熱破で後続のホブゴブリンとオークの軍勢の前衛を焼き払った。

だが、焼け焦げた死体を乗り越え妖人種の軍勢は後詰が次々と到着し、前線に投入される。


その統制された動きに違和感を感じたのはトリアムドだった。

数々の戦場を渡り妖人種の迎撃経験もある彼は、この統制された動きに疑問を持った。

これまでの統制は人間の軍隊でも難しい・・・・・


こいつらの後ろに何かがいる・・・・


既に300匹以上を倒している・・・・消耗率でいえば50%を超えているにも関わらず当初の軍勢から減ったようには見えない。

戦闘開始から半日。

皆の疲労と魔法力の消耗も相当なものになってきている。

奴らから撃ち込まれる魔法もかなり増え、対応する防御呪文の消耗と軽症を負う者も増えてきた。

ここで押し込まれたらまずいというところで、妖人種の軍は進軍を止め後退を開始した。

「皆ご苦労だった・・・・今のうちに食事を取ってくれ、イングリッド、俺と一緒に警戒を頼めるか?」

「ええ、任せて」

イングリッドは魔族の中でもトップクラスの実力の持ち主であろう、圧倒的な実力と継続戦闘能力はシルヴァリオンでさえ敵わない。

ここでソラとシルメリアが休憩と食事の交代要員で迎撃に現れた。

「二人は待機を・・・・」

「いえ、ここが落ちたら全てが終わるのです」

「そうか・・・・・頼む」


交代で迎撃に出たシルメリアにマユが近寄っていた。

「シルメリア・・・・・」

「マユちゃん・・・本当にありがとう、ありがとう」

そんなシルメリアの腕にマユは銀と露草色で彩られる三日月の見事な意匠がされた腕輪をはめた。

「マユちゃん?」

「・・・・・・ニル・リーサ様の姉君であられる月の女神様が・・・・・あなたに祝福をと」

「月の女神様・・・・・ありがとうございます」

月の女神の腕輪から伝わる優しい月の魔力波動・・・・・・

守る力に使います・・・・女神様ありがとう

「あなたの得意な月光呪文の詠唱と威力を大幅に強化する力があるって・・・・・シルメリア、あなたは死んではだめ、真九郎のためにも」

ぎゅっとマユを力いっぱい抱きしめたシルメリアは、今までマユが見守ってくれた思いをかみ締める。

「死なないわ・・・・・まだ・・・・まだまだあの人に抱きしめてもらいたもの!」

「・・・・マユも真九郎にぎゅっとしてもらいたい」

「ふふふ、マユちゃんなら許しちゃうわ」

その時、トリアムドから敵が動いたとの報告が入る。

「隊長、ここは任せてもらうわ、イングリッドも下がって」


シルメリアはローブの裾をめくると修理の完了した6本の杖を宙に放った。

杖たちはシルメリアの周囲でダンスを踊るかのようにくるくると回った後、シルメリアの周囲の地面に波紋のように広がる攻撃陣を数秒で構築してしまう。

「それはまさか、錬法陣か!!!?」

シルメリアはリシュメアが誇る錬法陣を、訓練を受けた4,50人で構築される最大級のこの陣を僅か数秒で・・・たった一人で構築してしまった。

「な、なんて魔法力・・・・さすがニュクスの血族!」


シルメリアを標的に迫るゴブリン共の軍勢・・・・・総勢約800

床での陣構成が終わった杖は、彼女の前方へ扇状に展開し、接続された魔法力の強大さにゴブリン共が攻撃の手を止め足を止め恐怖に駆られていた。

「アーグ・メルアリス・シュメードル・クォルナ!」

扇状に放出されたシルメリアの最も得意とする必殺呪文 月牙 は以前よりも比較にならない威力でゴブリンの軍勢を焼き払った。

いや、焼き払ったという表現は正しくはない。

月牙によって蒸発したのだった。


800の軍勢の約半数が蒸発していた。

「なっあっ・・・・・・」

イングリッドとトリアムドは言葉を発することすらできずにいる。


総崩れになった妖人種の軍勢は後続部隊ごと引き上げに入っている。

「ふぅ、ようやく一息つけるかもね」

警戒をソラに引き継ぐとシルメリアは再び真九郎たちの様子を見に戻った。




それから丸一日警戒を続けるが増援の気配もなく、神殿前広場にはおびただしい妖人種の死体に埋め尽くされている。

最低でも4日はここを動くことのできない討伐組は当初の猛攻を凌ぎ、底を突きかけていた魔法力も回復することができていた。

だがソラには神聖な大地母神神殿の中にいてもまだ胸の奥につかえる不安が拭えずにいた。

まるで暗闇の中でもがき続けるかのような出口の見えない不安だ・・・・

その不安をかき消すように回復した魔法力で神殿の入り口付近に触媒といくつもの儀式が必要な重厚な神聖結界を張っていく。

トリアムドやカルネスにはあまり無駄な消耗はするべきではないとも忠告されたが、何かしてないと不安に押しつぶされそうであった。


ソラの不安の原因は、この大地母神神殿にあると睨んでいた。

なぜ妖人種がこの神殿を狙うのか・・・・・死怪獣はここを狙う奴らを効率よく捕らえるための餌場としていたのなら辻褄があう。

ならば、この神殿の秘密とは・・・・金品で神殿を狙うとは思えない・・・なぜ?

大地母神を疑うことなどはありえない、あるとすればこの神殿に隠された何かを狙っている?

その不安をかき消そうと必死で仕上げたソラ渾身の神聖結界。

疲労したソラは二人前の食事をたいらげると毛布を引っかぶってすやすやと寝てしまった。



半日後、真九郎とサクラ以外は復調し、隊長を中心に今後の対策を相談していた。

マユはずっと見事な尻尾がシュンと力なく垂れ下がっているばかりであったが、真九郎の血色がやや回復の兆しを見せサクラも熱が下がり始めたことが分かるとその尻尾をゆさゆさと少しずつ揺らすようになってきている。

そんなマユにソラはある質問をしようとしていた。

「マユちゃん・・・・・実は気になっていることがあるの」

「ええ、知っている・・・・・奴らがなぜこの神殿を狙うか?でしょ」

「そう、そのことよ。知っていたら教えて」

「・・・・・大地母神ニル・リーサ様は人や動物が住むこの大地を愛しておられる・・・・その大地を汚す存在が太古の昔に現れた」

「け、汚す・・・・存在!」

「大悪魔バルシェマルン・・・・・奴は己の欲望の赴くままに破壊と殺戮にあけくれた・・・・」

「そんな恐ろしい悪魔が・・・・・」

ソラの全身から冷や汗が止まらない・・・・・ソラの本能が真実の話だと痛感させているようだ。

「そこでニル・リーサ様は姉や妹たちの力を借りてこの神殿に大悪魔を封印した」

「こ、ここに!?」

「この神殿の遥か遥か地下深く・・・」

全身の震えが止まりそうもない、歯ががちがちと鳴ってしまっている・・・・

「だから・・・・奴の邪悪な念に呼ばれてあいつらが集まる」

「そ、その・・・封印はだ、大丈夫なの!???」

「封印を解く事は不可能・・・・」

「よ、よかった・・・・でも私たちがいなくなったら誰がここを守るの?」

「神殿の扉を閉めれば絶対に破られることはない、死界獣のおかげで近づけなかった守護獣が再召喚されるまで守りきれば問題ない」

「守護獣!?」

「そう・・・・なんとか希望が見えてきたわ・・・・その守護獣が再召喚されるのにかかる時間って・・・まさか何ヶ月とか・・・・?」

「早くて明日、遅くても一週間後にはなんとかなるはず」

「一週間となると食料がぎりぎりね・・・・・」

「食事は神殿内の果物を食べていい・・・・・」

「それなら節約もできそうね」

希望が見えてきたところで体の震えも止まりつつある。

さっそくこのことを隊長たちに伝えなければと考えていたときだった。

神殿広場の先にある崖に空いた洞窟・・・・・討伐隊が降りてきた通路とは違う近道とされていた入り口付近に撤退したはずゴブリンたちが集まりつつある。

距離にして4,500mほど・・・・だが様子がどうにもおかしい。


既にトリアムドとカルネスが警戒態勢に入っており何事かと様子を見ていた。

カルネスが遠見の術で洞窟入り口を観察していたが首をかしげている。

「隊長、どうにもおかしい・・・・・なんか洞窟の奥に敵意を向けているようだ」

神殿広間には各方面から繋がる小道や洞窟やらが無数にありそこからわき出てきたゴブリンたちは既に100を超えている。

奴らが向かうのは神殿・・・・ではなく洞窟。

しばらく様子を観察していたが、事態は急速に動き出す。


監視に当たっていたイングリッドが洞窟の奥で使われたと思われる魔力波動を感知しその波動がソルヴェドのものであると伝えたのだ。

「ソルヴェドというと、最初に出会った彼か?」

「もしかしたら・・・・・私たちの救出に来たのかもしれない」

イングリッドは複雑な顔で洞窟を見つめている。

ここで戦力を割く愚考をおかしたくないが、仲間を見捨てたくはない・・・・そんな思いが透けてみえる。

そんなイングリッドの横を駆け抜けていく人物が1人・・・・・・

「シルメリア!!」

イングリッドが叫び、シルメリアを追って飛び出していく。

「あんた!何してんの!」

「何って!!仲間を助けるに決まってるじゃない!」

走りながら杖を展開し射程に入ると同時に無音声詠唱による月牙による6条の光芒が入り口付近のゴブリンに直撃する。

「私が増援の妖人種を引き付けるから、イングリッドは救助へ」

「・・・・・・ありがとうシルメリア」

そっとシルメリアの髪を撫でるとイングリッドは洞窟から放たれた石つぶてや強酸呪文を避けつつ岩石弾の呪文詠唱に入る。

広間に繋がる小道や通路から出てきたのはゴブリンだけではなかった、リザードマンやオークより一回り大きいオークソルジャー、それに・・・・

5mはあるかと思われる毛むくじゃらの醜悪な人食い巨人・・・・・トロールが5体、巨大な棍棒をかついで出現したのである。

敵の総数は400程度・・・・だが以前とは質が違う。

それに足元には今までの戦闘で倒した妖人種の死体が転がり足場が悪い・・・・

機動戦闘が不可能であるならば取るべき方針は一つ。

なら圧倒的広範囲火力で集団ごと焼き尽くせばいい。


シルメリアが取った戦術は非情なものであった。

火炎壁で増援の合流を断った。

それでも押し寄せる妖人種たちは邪悪な強酸呪文や岩石弾、毒針術などを大量に放った。

だが強固に展開されるシルメリアの防御結界を突き破るまでには至らず、火炎壁で移動先を制限されていく集団を飲み込むかのような煉獄焦熱呪文を放ち消し炭にしてしまった。

それでも生命力の強いトロールは全身に大火傷を負いながらも怒りの咆哮を上げ死体を踏み潰しながらシルメリアに襲い掛かる。

そこにトリアムドたちからの援護の呪文が入り、足を取られ水の刃で腕を切り落とされ様々な呪文に晒されてトロール一体、また一体と倒れていく。

「待たせたわシルメリア!」

イングリッドが洞窟からラルゴ氏族の魔族たちを引き連れこちらに駆けて来るのが見える。

負傷している者も多いようだ。

そしてそこに見知った顔がいることに驚いた。

ジョグがネリスを背負って必死の形相で走ってきた。

その横には負傷しながらも荷物を担いで苦しそうな表情で足を引き摺りながらも走るザインの姿が見える。

「みんなぁ!!!神殿まで急いで!」

シルメリアの叫びに魔族とザインたちは気合の声をあげる。

イングリッドは最後尾につけ得意とする火炎呪文を惜しげもなくぶっぱなしている。

6本の杖で防御結界を展開し彼らの保護を最優先にしながら後退を支援していく。


神殿側からもラスベルやダズの援護呪文が炸裂し、救出部隊の先頭は倒れこむように神殿内部へ駆け込む。

その後も続々と神殿へ到達することが出来たがネリスを背負って自らも負傷しているジョグが遅れ始めた。

追撃で呪文を放つリザードマンたちの土槍がジョグに向かって撃たれている。

カバーに入るシルメリアの杖だが全てを防ぎきれず隙間から抜けた土槍の一本がジョグの太ももに突き刺さる。

「うぐぅううう!!!」

激痛に耐えつつも土槍を引き抜き駆けつづけたジョグはとうとう神殿へと辿り着く。

彼はネリスを白い少女に案内された寝台に寝かせ終えると、どうっと尻餅を付き眠るように倒れこんだ。

「シルメリア!!ジョグが重傷だ!!」

ザインも傷を至るとこに負ってはいるが、ジョグの出血は多い。

「ジョグ!!しっかりして、今治癒呪文をかけるから!」

杖により治癒効果を高める補助陣を瞬時に構成すると治癒呪文が発動しはじめる。

ジョグの傷は太ももと背中や腹部、腕や足など多数に渡りこんな状況でよくネリスを背負って走りぬいたと呆れるばかりだ。

そのとき思いもよらない反応にシルメリアは目を丸くせざるを得なかった。

みるみると太もものえぐれた傷が塞がり出血も止まっていく。

治癒術とは本人の持つ治癒能力を高めることができる呪文だが、最高位呪文でもここまでの重傷では出血を止めるまでが限界でここまでの結果を及ぼすことなどありえないことだった。

そこにマユが現れジョグの傷を確認する。

「驚いた?ここは大地母神の息吹があふれる神殿・・・・通常の治癒呪文の効果も倍増されるわ」

「でも・・・真九郎は・・・・・」

「彼には魔法力がないから・・・・だからニル・リーサ様のお力をお借りしてもあれが限界なの、本来人の持っている治癒能力を高めることしかできない」

「そうだったのね・・・・・・それほどに深い傷であったのね」

「うん・・・」


神殿内部に避難できた救出部隊はソラの治癒呪文でめきめきと回復していく。

その中で最も重傷だったのはネリスだった。

彼女は突如穴から飛び出してきたダークマンティスのカマで顔を切り裂かれ顔面の右側・・・・特に右目をひどく損傷していた。

シルメリアとソラがその傷の深さに驚きつつも神殿との相乗効果に期待し治癒呪文を使う。

一部は肉が抉られ、かわいかった面影が正視することをためらうほどに傷ついていたが、みるみる肉が盛り上がり損傷した眼球も再生を始めているようだ。

血に塗れていた包帯を綺麗に除去し、ソラによって血が落とされ本来のかわいい愛嬌のあるネリスの面影が戻り二人は顔を見合わせほっと一息ついた。


状況が落ち着き、族長から事情を聞くことになる。

話によれば中継映像を見て救助が必要だと判断し、近道の直通通路を強行突破しようとしたそうだ。

だが想像以上に妖人種が多く、魔法阻害領域で多くの者が負傷、なんとか神殿前に辿り着いたものの入り口にはゴブリンの群れ、全滅を覚悟したそうだ。




負傷者の治療や休息が一段落した頃、サクラが目を覚ます。

神殿内にあふれかえった人に戸惑うも自分たちを救助しに駆けつけてくれたことを知ると、折れた足をかばいながら丁寧なお礼をするサクラに魔族たちはなんともいえない表情を浮かべている。

胸の傷は呼吸が楽になり動かせるようにはなったが、足の骨折はどうにもならなかった。

それよりもサクラは真九郎が重傷であることを知り狼狽し取り乱した。

泣き喚き真九郎にすがりつき、母親と突然引き離されそうになる幼女のごとき取り乱し方である。

そんなサクラを優しく抱きしめたのはマユだ。

「だれ???すごく優しい匂い・・・・・あれ?マユの匂いがする・・・・・」

ふわりとつつまれるかのような抱擁に落ち着きを取り戻したサクラ。

「サクラ・・・・・」

「マユちゃん、狐人族だったの?」

「う~ん・・・・・そういう感じ」

「そっか同じ獣人族だね・・・・・師匠は助かる?」

「うん、ニル・リーサ様のご加護が届いたから・・・・・でも後二日は動かせない」

「ということはそれまで私たちが師匠を守らないとだね!」

「そうよサクラちゃん、命に代えても真九郎を守るわ」

「さすがお姉さま!」



移動を見越しての動きが開始された。

真九郎を移送するために持寄った担架用の資材の余りを加工し、ジョグがサクラを背負って連れて行くと申し出たため、急遽背負い籠を製作する。

魔族たちは加工技術に優れ、翌日には少々バランスが崩れたぐらいでは落下しないような工夫のされた担架と背負い籠を見事にこさえてしまった。

お互いの気持ちが通じ合って一つの目的に向かい動いている・・・・順調な帰路になりそうだと・・・・・・

誰もが思っていた。


それはソラが最初に気付いた。

神殿前広間に放置された妖人種の死体に邪悪な気配が宿りつつあることに・・・・

恐れていた事態だった。

通常は不死の怪物と化すのには数ヶ月を要するというが、この大悪魔の封じられた地では瘴気の総量が異なるのか。

炭化した体が崩れ骨と腐りかけの肉の歩く死体がいたるところで起き上がりはじめた。

今までに倒された妖人種が全て不死化したら・・・

既に200は軽く超えようとしている。


トリアムドとザインによって迎撃班の班分けと分担が即座に示される。

第一班の消耗を確認後、第二班と迎撃を交代することになるが、随時出撃してもらうことなる。


ついに戦端が開かれる。

奥から湧き出したレイスの集団が憎悪に燃える瞳を光らせながらソラの貼った結界に衝突する。

最高位結界だけあって、レイスは進入することすらできない。


イングリッドの放つ火炎呪文に焼かれていく不死の怪物たち、だが奴らから反撃に放たれた呪文の数々は重く防御結界は数度の攻撃で破壊されてしまう。

奮戦むなしく、被弾し傷つく者が増えてくる。

すぐに交代要員がそのまま増援に入るが、奥ではあのトロールまでもが不死化をはじめていた。

負傷者を下がらせ急遽第三班まで投入しなんとか戦線を維持。

何度かシルメリアも月牙で敵をなぎ払うものの、次から次へと湧き上がる不死たちの勢いは止まらない。


「数千ってとこか・・・・・」

トリアムドの発言にザインが渋い顔をする。

「隊長、最悪の事態も想定すべきです」

ザインの言う最悪の事態とは・・・・・・多大な犠牲を払ってでも真九郎とサクラを地上に送り届けることだとはすぐに分かった。

だがその決断がどれだけ重いものなのか・・・・・それを知らない二人ではない。

「隊長とシルメリア、ジョグ、最低でもこの3人は必要です、我らはここで活路を開きましょう」

「待て、まだその判断は早い」

「ええ、現状ではまだ早いかもしれない・・・・だが、いずれ必要になる判断だ」

「しかし・・・・」

「今までのような、250年前のような何の希望もない戦いじゃない・・・・俺たちには希望がある」

ザインが優しい眼差しで見つめたのは真九郎と苦無を取り出して思いつめていたサクラの二人だ。

俺たちには死ぬ意味がある・・・・・それがザインの覚悟の理由。


トリアムドが神殿内に囮を使った脱出作戦を伝えようとしたときであった。

突如襲った凄まじい揺れに神殿内の木々や置物、壷などが倒れ割れる音が聞えてくる。

シルメリアは咄嗟に真九郎に覆いかぶさり落下物から身を挺して守ろうとしていた。

椅子に座り防具を身につけようとしていたサクラを抱きしめるようにジョグが落下物から守っている。

まさに立っていられないほどの揺れである。

かろうじて神殿の柱や壁に損傷は見られない。

「外の迎撃部隊は!?」

トリアムドが外に飛び出すとそこには腰を抜かさんばかりの光景が広がっている。



神殿広間で巨大な何かが蠢き、不死の怪物を押しつぶし・・・・・捕食していた。

「あれは・・・・・ジャイアントワームか!?」

ザインは過去に資料を読み漁った記憶を呼び覚ましたが、どうも違う・・・・・

あれはせいぜい10mがいいところ・・・・・

あの巨大ワームは、30mは軽く超えている!



円状の口に生えた大小の牙が不死の怪物たちを捕食し、まだ不死化していない死体もかまうことなく捕食する。

吸い込むかのような乱暴な咀嚼により不死の怪物たちは分断され、迎撃班は注意がこちらに向いた怪物だけを相手するだけになった。

しかし・・・・・

あれが襲ってきたらどうするのだ!!!?

皆の思いは一つだった。

そのとき神殿入り口に出てきたマユが迎撃班の杖をそっと抑える。

「あの子は大丈夫、私たちを助けに来てくれた味方よ」

「マユ殿!それは本当なのか!!!?」

興奮気味にマユへ事実確認を求めたトリアムドはあの巨大ワームに圧倒され手が震えている。

「ええ、心配しないで・・・・あの子は再び召喚された聖獣ガレルデル。ニル・リーサ様に仕えるとても優しい子」

聖獣・・・・・・・・聖虫ではないのだろうかと、思うことを不敬だと考えやめたザインは一堂に安全のため神殿内に避難するように伝える。



ガレルデルの壮大な捕食は続く。

体長5,6mもあるトロールは、さらに口を広げると丸のみにしてしまい、抵抗し攻撃呪文をその身に多数受けるもまるで効いておらず、まるで広場の掃除をするかのごとく丸一日をかけその地にいた全ての不死をたいらげてしまう。

最後に神殿内広場を巨大な口を掃除機のようにしながら散らばった骨片までも吸い込み、まるで建造当時のようなゴミひとつない広大で神聖な神殿前広場が目の前に現れていた。

すべて片付けた聖獣ガレルデルは神殿の前で待つマユの元へ振動を立てないようにそっと動きながら近づいていく。

マユを思わず吸い込んでしまうのではないかと思えるほどに近づくと、体から生えた無数の触手のうちの数本がマユに近づく。

その触手と握手を交わすかのように微笑んだマユ。

さらにもう一組現れた触手が青白く輝く拳大の石をマユに手渡した。

「これはあなたが見つけたの?」

返事代わりに頷く触手。

「そう・・・・優しい子・・・・いつもありがとう」

うれしかったのか、口から猛烈な風圧の呼気という名の照れ隠しが漏れガレルデルは神殿の端まで移動すると崖沿いに何やら尻尾の辺りから噴出しはじめる。

「ねえ、誰か?ガレルデルが出した糞をこの壷に取ってきてください」

マユが差し出した壷とスコップに誰もが一瞬ためらうが、トリアムドが率先して回収に行くと宣言し嫌々カルネスが引っ張られながらついてく。



「隊長、くせえよすっげえくせえよ!」

たしかに鼻が曲がりそうな臭いだ・・・・

「我慢せい、マユ殿が言うのだ何か重要な役割があるのだろう」

そう自分に言い聞かせ、ガレルデルの放出した糞を壷に回収していく。


そっと臭気を抑える空気膜で壷にフタをしマユに手渡した。

「ありがとう、すごく臭うけどガレルデルの糞はね、大地を清浄化し瘴気を取り除いて作物に多くの実りを与える至極の肥料」

その効能を聞き飛び上がったのは魔族たちであった。

「マユさま、我らラルゴ氏族にもその糞を分けてもらうことはできぬでしょうか・・・・・」

族長の頼みにマユは笑顔で答える。

「ええ、構いませんよ、ガレルデルも皆に使って欲しくて糞をしていってくれたのですから」

ガレルデルは清浄になった広間でゆったりと眠りに入っている。


ここで皆はマユが優しい子といったことを思い返していた。

たしかに見た目は怖い・・・・だがその行動はまさに聖獣である・・・・

大地母神に使える聖獣としての役目を尊さを併せ持っている。



マユはスコップで神殿内の木々の根元にガレルデルの糞を少しずつ撒いていく。

当初は臭気が気になったが、すぐに吸収されたのか一切気にならないレベルに落ち着いていく。

ネリスは隊長に進言している。

「隊長、我々も持ち帰るべきです、瘴気で荒れ果てた農地の復興に絶対に役立ちます!」

そういえばネリスは貧しい農村の生まれだったな・・・・・

「マユ殿、我らも持ち帰っても良いだろうか・・・・・」

「構わない、ただラルゴ氏族の方々と喧嘩のないように」

「助かります、もちろん協議しますので」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ