4 死界獣
ソラの回復を待ち、最終待機ポイントを目指す真九郎たちの臭いを嗅ぎ付け相変わらずゾンビや妖人種の襲撃は続く。
イングリッドとラスベル、それにダズこと・・・・ダスリン・ズールの活躍で真九郎たちは万全の状態で待機ポイントへ到達することができた。
小部屋は神殿参拝用の信者の休憩所であったらしく、石材でで作られたベンチが用意されている。
ここで最後の休憩と準備を行うことになる。
「ここから15分ほど行くと最下層の神殿があるわ」
各員が荷物を降ろし、真九郎はベンチに横になると一眠りすると言い残しあっという間に寝息を立てていた。
「呆れた・・・・・魔族でもここまで肝っ玉が据わった奴なんていないわよ・・・・・」
イングリッドが呆れるのも無理はない。
レイスに肉薄しながら斬りつけるような胆力なのだ、それを目撃したソラは我が目を疑ったものだ。
「あんたも休むの?」
「うん、そうだなぁ師匠にくっついて寝ておこう」
サクラはバッグから毛布を取り出すと真九郎にピタッとくっつき毛布をかぶり横になった。
カルネスとトリアムドが小部屋の周辺へ結界を敷いて監視に当たってくれている。
この間にイングリッドたちは秘蔵の呪道具を取り出し、これから起こる戦闘を屋敷内の仲間や残留組に見せるための準備を行っていた。
念を発信側と受信側でリンクし戦闘映像を中継するためである。
シルメリアも今まで通過してきた道から襲撃がこないようにかなり念入りな結界をを敷いて準備にあたる。
そうこうしているうちに3時間ほどで真九郎が目覚め、起こされるようにサクラも目を覚ました。
「うーむ、よく寝たな」
「緋刈さん、この状況でよく眠れますね」
ソラが呆れ気味に言う。
「まあ眠れる時に寝ておかねばな、よし少し身体をほぐしておくか」
真九郎とサクラは部屋の中央で身体をほぐしたり準備運動のようなものをし始めている。
「真九郎、食事はしていきますか?」
シルメリアが取り出した保存容器には真九郎の好物である魚料理のメモが貼れている。
「いや、終わってからもらうことにしよう」
「サクラちゃんは?」
「うん、サクラも終わってからにする」
真九郎は相変わらずの様子だが、サクラの緊張は伝わる。
無理も無い、あの死界人より凶悪かもしれない死界獣と戦うことになるのだ・・・・・
「ではサクラ、注意事項を改めて伝えるぞ」
「うん」
「あいつらの身体にある赤い線、あそこから口が開き一気に食いちぎろうとするから注意だ、身体に触れること事態が危険だと思え」
「うん・・・・・サクラの武器は短刀だから、注意しないとね」
「サクラは苦無でのけん制をメインに動いてくれ、無理に切りかかる必要は無い」
「でも・・・・・」
「後は俺がもし奴に敗れたときは何も考えずに逃げること、いいな?」
「師匠が負けるなんて・・・」
「負けるはずがない、と思うこと事態が過信だ、勝負は常に時の運ではあるが 人事を尽くして天命を待つ・・・・・」
「・・・・サクラは師匠の指示で苦無や近接戦闘に入ればいいんだね?」
「うむ、まずは苦無に効果があるかどうか分からぬからな、けん制で使って効果を見てからになる」
「倒してヨシツネとナデシコたちのところに帰らなくちゃね!」
「その意気だ」
よしよしと撫でてやるとやわらかな手触りの耳がひょこひょこしている。
「それと、前にも言ったと思うが奴らの咆哮は人の心を激しく動揺させ意識を奪うものだ、魔法力の強い者は特に用心してくれ」
真九郎は筒篭手の紐を締めなおし、シルメリアが結ってくれたたすき紐をかけ汗止めの鉢巻を巻く。
サクラもたすきをかけ、革ベルトに苦無を装填する。
途中で苦無が補充できるように背中に苦無を収納した魔法のバッグを背負っていた。
また、帝都にいたときに不破の提案で作成した頭部用の防具である頬当てをつける。
「サクラちゃん、すごく凛々しい」
「お姉さま、いってくるね」
「サクラちゃん、真九郎・・・・・御武運を」
こうして皆に見送られ戦支度の終わった真九郎とサクラは奴の待つ地下大神殿の広間に向かう。
呪道具の設置と案内を兼ねてイングリッドが最後まで着いてくことになった。
「ねえ、怖く・・・ないの?」
「そうだなぁ、どちらかと言えば怖いかもしれん」
「サクラは?」」
「う、うん・・・めっちゃこわいって」
「はぁ・・・無理と判断したらすぐに戻ってきなさい、いいのよ倒せなくたって・・・」
「イングリッド」
「な、なによ・・・・・」
「お主は優しいな、そう言ってもらえて心が楽になったぞ」
「うん、サクラも」
「まあ、少しでも気が楽になったならいいわ・・・・・そろそろ見えてくる・・・・・え?なにあれ?」
イングリッドが指し示す方向では想定外の事態が起こっていた。
ゴブリンやホブゴブリンらの妖人種の大集団・・・・300以上か、が例の死界獣と戦っているのだった。
「ちょうどいいわ、見ておきなさい、あれの攻撃手段を」
そしてイングリッドはちょうど良いと呪道具を発動し、奴らの上空で待機し映像を送ることに成功した。
その化け物は、死界獣と呼ばれるその存在の異様さが、ゴブリンたちの持ち込んだ光源によって浮かび上がっていた。
全長6mほど、体高3m前後・・・・
獅子に似た体ではあるが、前足はやたら太く伸びた爪は不自然なほどに長い。
尻尾は先端が鋭利な刃物のようになっているのか、数多のゴブリンを引き裂いている。
そして異様なほど大きな頭部はワニのような凶悪なアギトを持っているが・・・・口が上下ではなく、左右に割れていた・・・・
巨大な一つ目がその根元に盛り上がるようにギョロギョロと周囲を見回している。
「ねえ師匠、大地の瞳ってのはどこにあるの?」
「そうだな・・・・それらしいモノは見当たらないが・・・・」
「あいつの目の上にあるわ、以前より目玉が巨大化してるからここからじゃ見えにくいけどあそこにあるのがきっと大地の瞳よ」
「キャウ」
「ちょっとマユ!何してんの!」
大人しく待機ポイントで待っていたはずのマユがいつの間にかサクラと真九郎に甘えている。
「マユ・・・・たしか前に死界人と戦った時もお前に導かれたな」
「キャウ」
そうだねと言わんばかりに真九郎の頬をペロっと舐める。
「また見守っていてくれるのだな?」
「キャウ!」
「ありがとうマユ」
優しくマユを撫でる真九郎。
「イングリッド、マユのことは頼んだぞ」
「頼むって言われても・・・・・とりあえずマユは私から離れないでよ?て言葉分かるのかな?」
「アウ」
ポンとイングリッドの膝を叩くマユにだいぶ緊張もほぐれてきた。
だがそうこうしているうちにゴブリンの軍勢が壊滅寸前になっている。
死界獣が爪を振るうと、その間合いの外にいるゴブリンまでが体の大部分を失い絶命している。
「なんだあの現象は・・・以前は見られなかったぞ・・・・・」
「あれさ、魔法力を食ってるらしいんだ・・・・魔法力ごと相手を食らうんだって・・・・」
「なるほど・・・」
「だからさ、緋刈が魔法力がない身で倒したってことも信じられたんだ」
「そうであったか・・・・・しかしゴブリンたちも哀れだな一矢報いることすらできずに全滅か・・・・・」
「でも動きが少し分かったのは大きいね」
サクラも冷静に状況を判断できるまでに落ち着き始めている。
歯が立たないと悟ったゴブリンの生き残りたちは蜘蛛の子を散らすよう逃げ去って行くが、食い足りない死界獣はゴブリンたちをこれでもかと捕食していく。
数匹は逃げることに成功したようだが、ほぼ全滅に近いゴブリンたちは肉片すら残さず食い尽くされていた。
様子を見ていると死界獣はそのまま神殿の入り口付近で寝る姿勢に入っていく。
帝都の地下ではこのようなことが繰り返されてきたのであろうか・・・・・まさに魔窟・・・・
「ねえ、これ見ても行くのね」
「ああ、では行って来る」
まるで小用を足しにいくかのごとく軽い足取りで真九郎は死界獣へ向けて歩みを続ける。
やがてその気配と足音に死界獣が起き上がり、獲物を値踏みするかのように中央の不気味な目が捕らえる。
その速度を落とすことなく距離を詰める真九郎。
その様子を見守る魔族や遠征隊だが、あまりの豪気にソラやシルメリアたちのほうが緊張と恐怖で目を覆いそうになっている。
間合いの頃合を見ながら鯉口を切ると抜き打ちに死界獣の右顎を半ばから切り落とした!
『dddddddddddddddhaaaaaaaaaaaa!』
死界獣のあげる魂を引き裂くような絶叫に魔法力を持つものたちはその映像越しでさえ意識を持っていかれてしまう。
怯み絶叫に耐えつつそのまま右後方に回り込むと右後ろ足を根元近くから断ち移動力を奪った。
バランスを崩し悶えのたうつ死界獣。
鋭利な刃物のような先端を持つ尻尾と背中から大量の触手を放出し激しい憎悪を真九郎に向け出した。
予想以上に長く伸びた触手が真九郎に襲い掛かる。
切り裂きつつなんとか避けていくものの、残った顎で噛み砕こうと飛び掛る死界獣の口に向かって飛び込む真九郎に各所から悲鳴が起こる。
「師匠!!!」
思わず叫んだサクラの心配を他所に、紙一重で顎を避け腹部側に潜り込むみつつ、脇差を引き抜き腹をかっさばきながら股座から駆け抜ける。
途中で手を離してしまいかねないと危ぶみ脇差を抜いたがかろうじてまだ手の中にあった。
すぐに脇差を鞘に納めると、臓物を床にぶちまけながらもこちらを食おうと顎をバクバクさせるおぞましき死界獣。
既に大地母神神殿の広大な入り口広間は、死界獣の撒き散らす蛍光ピンクのような気味の悪い血の芸術で彩られつつある。
『vvvvvvvvvvvvaaaaazzzzzzzaaaa!』
新たに奇怪な叫びをしつつ悶える死界獣に妙な意図を感じた真九郎は、一旦懐紙で不気味な血を拭うと念のため距離を取る。
サクラにも待つように身振りで合図をするが、死界獣はそのわき腹付近から人間のような手を生やし、それを使って蜘蛛のような動きを見せ真九郎に飛び掛る。
警戒していたとはいえ、当初よりも早い移動と攻撃に体勢を崩した真九郎に追い討ちをかけるように触手がその猛攻で体を貫こうと襲い掛かり、床に次々と突き刺さっていく。
そして死角から横薙ぎにされた尻尾の先端を刀で受けざるを得なくなりその凄まじい力で吹き飛ばされてしまう。
「くっ!」
なんとか起き上がろうとした真九郎の刀を、なんと尻尾が床に縫い付けるように挟みこんでしまった。
ここで間髪入れずに飛び込んだサクラにより投擲された苦無は死界獣に刺さりはしないものの、表面でかつんかつんと弾かれる。
そのまま投擲を続けながら距離を詰めるサクラ。
その一つ目を狙って投げられた苦無は目玉の近くをかすめ、注意をサクラに向けることに成功した。
「サクラ!」
サクラの無事を案じつつ思わず声が出てしまう真九郎。
尻尾を脇差で切り落とすと刀を引き抜き体勢を整えようとしたときであった。
サクラと真九郎を前方に捉える位置に移動した死界獣はその右前足を振りかぶり、ゴブリンの群れを葬ったようにその爪でなぎ払う。
思わず刀でなぎ払いを受けようとしたが、突風のような衝撃が来たのみで体に影響は無い。
瞬間的にサクラの無事を確認しようとしたが、既に動き回って苦無を目玉を狙って投げ続け、その攻撃を死界獣は嫌がっていた。
やはり奴らの弱点と見るべきか・・・・
「サクラ!左後ろ足へ苦無を集中させてくれ!」
「あい!!!」
サクラの元気な返事にこちらまで心が沸き立ってくる。
思えばこんな幼い子を戦に使っているのだ・・・・・どんな罵詈雑言や地獄の責め苦も覚悟せねばなるまい・・・・
サクラがバッグから苦無を取り出すと死界獣は明らかにその動きに警戒し身をよじる。
大げさなサクラの動きがより警戒心を高まらせる、よくやったサクラ!と心中で褒めつつ真九郎は右顎の切断部分から更に斬り込み、目玉を斬りつけた。
だがしかし、高さのある目玉を両断することはできず半ばまでしか斬りつけることができなかった。
『jjjjjjjjjjjjjjjjggggggggg!!!』
あまりの苦しみなのだろうか、全身を床の大理石に打ち付けるように暴れ悶える死界獣、だがその暴れっぷりに飛び散る大理石の破片でサクラは胸や腕に打撲を負ってしまった。
「っく、はっ!」
一瞬呼吸ができずにうずくまるサクラだが、移動しなければと踏ん張ろうとした時に足に走った激痛で気付いた、右足が折れている。
真九郎も破片の直撃を受け頭部から出血、右腕は篭手で防がれたものの骨にヒビが入ったかもしれない。
腹部にもらった一撃も歩くたびにその痛みを増し、暴風のごとく鞭うつ触手によって弾き飛ばされた破片がサクラをかばう真九郎の背中に突き刺さっていく。
サクラをなんとか柱の後ろまで引っ張り破片から逃れることができたが、負傷のために移動速度を大幅に失っている。
「サクラ・・・・動けるか!?」
「ぐっ・・・師匠!足が・・・・足をやられちゃった!」
暴れ続ける死界獣は体の一部を石化させはじめており、目玉を斬りつけたことによる効果は出ているがまだとどめを刺すには至ってない。
「サクラはここにいろ、それとバッグにしまってあったあれを出してくれ」
あれで通じるサクラもすごいが、探索過程で拾った小剣2本を左手に持つと真九郎は駆け出した。
『xxxxxxkkkkkkk!!!』
真九郎は動けるうちにとどめを刺すという方針に変え、死界獣の後方から迫った。
程よい距離で小剣を一本投げつけると臀部に深く刺さり、さらに死界獣は悶え後方に頭を向ける。
血だらけの死界獣が真九郎を狙い前右足で叩きつけた攻撃をさすがの見切りで避けたところに小剣を突き刺し、前足と床に縫い付けることに成功するとその小剣の柄を踏み台に今度こそと体ごとぶつかる覚悟で目玉ごと頭部を両断した。
飛び散る体液と地に落ちてさえ口をパクパクさせる死界獣はようやくその動きを止め、やがて頭部と体ともに石化し始めたことで勝利したのだということを皆が理解した。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
ラルゴ氏族の屋敷は魔族と遠征組が抱き合って喜びを分かち合っていた。
魔族たちは今まで奴に奪われた命を思い涙し、ザインは人が死界人を倒せることを目の当たりにし打ち震えている。
ネリスとジョグはあらん限りの声を出して勝利の喜びをかみ締めている。
真九郎はサクラを助け起こすとその状態を確認するが、足の他にも肋骨が数本折れているようで息をするたびに苦しそうであった。
「サクラ・・・・無理をさせてすまなかった・・・・こんな怪我までさせてしまって・・・」
「師匠・・・・・サクラはね、役に立った??」
「ああ、お前がいなければ俺は死んでいたよ・・・・・ありがとうサクラ」
「よかった・・・・今はゆっくり休みたいね」
「ああ・・・・・」
イングリッドが涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら二人に抱きついた。
「あんたたち!!!がんばりすぎよ!!まったく!!!」
「イングリッド、良かったよ、お前の仲間の仇を討てたな」
「今は治療が必要よ、すぐに待機ポイントからみんなが駆けつけると思うわ」
3人は新たな侵入者が来ることを警戒し、待機ポイントがある通路の入り口に到着したところまでなんとか辿り着くと、トリアムドたちが息を切らせて駆けつけていた。
「真九郎!!!」
泣きながらも優しく抱きついたのはシルメリアだった。
「無茶な戦いをしすぎです、まったく・・・・よかった・・・生きていてよかった・・・・」
「君のぬくもりをまだ・・・・味わい足りないか・・・・あら・・・・あれ?? ごほっ」
ゆっくりと視界が斜めになって横になって、あれなんでみんなと違和感を感じた時にやっと自分が床に倒れているのだと、血を吐いて倒れていたのだということに真九郎は気付いた。
薄れる意識の中、シルメリアが泣きながら自分の名前を叫んでいることをどこか他人事のようにぼんやりと眺めながら・・・・やがて意識が途切れた。
イングリッドが操作していた呪道具の映像により勝利に酔っていたラルゴ氏族の屋敷では、真九郎が倒れたことに気付くき静寂が訪れていた。
すぐさま族長のシルメが保護と治療の準備を行うための人員を手配し、護衛部隊の選抜もわずか数分で整えた。
「お前たちも行くであろう!?」
「はい、同行します」
「危険な直行ルートを使う、覚悟しておけ」
「今は緋刈を救うことが何よりも優先されます、ジョグ、ネリス!荷物と装備は準備できているな!!」
「「はい!」」
魔族たちもあいつを死なせるな!と怒号が飛び人と魔族が一体となって救出部隊として屋敷を飛び出していった。
大地母神神殿の前ではシルメリアとソラによる治癒術が最大出力で行使されていた。
「真九郎!!お願い、生きて!!!」
シルメリアの悲痛な叫びと詠唱が続く。
ソラと交代で続けられる治癒術だが、真九郎の吐血は止まらず顔色は悪く土気色に近づいていく。
「し、師匠・・・・」
真九郎を心配するサクラであったが、胸に受けた傷の具合は想像以上に悪く数箇所の骨折による発熱もあり意識が朦朧とするまでに消耗していた。
「ソラ!サクラへの治療も頼む!」
「サクラちゃん!!!」
トリアムドやダズたちは何もできない自分に歯噛みしつつ、周囲の警戒にあたっているとマユが死界獣の死体の近くで吼えている。
「マユ!?」
マユに促されるようにトリアムドが駆け寄り、大地の瞳を石化した死体から剥ぎ取る。
琥珀色の澄んだ球体の中に微かな輝きを放つ真紅の宝石が明滅しており、マユは大地の瞳をトリアムドの手から咥えると、真九郎の元へ駆けつける。
シルメリアとソラは魔法力を全て使い尽くす勢いで治癒術の詠唱を続けていた。
マユは真九郎を見つめながら悲壮な目をしていた。
そして床に大地の瞳をそっと置くと願いを込めたかのような遠吠えをする。
クォーン!
大地の瞳から広がった光はマユを包んでいく。
あまりに眩い光芒にソラとシルメリアも手を止めその光に魅せられてしまう。
やがてその光の中にいたマユは見る見ると大きくなりそして立ち上がり、やがて目を開けていられないほどの光量であたりが覆われ・・・・・・・
ようやく目を開けてみるとそこには・・・・・
腰よりも長い純白の髪を持つ14歳前後に見える少女が目を閉じたまま立っていた。
細く染み一つない肌とやや釣り目がちで牡丹色の瞳はその体躯と反比例するかのような妖艶さを醸し出している。
神々の造詣と言っても過言ではない美しさは男女問わず惹き付けて止まない。
皆が呆然とする中、少女は真九郎の頬に手を触れると表情を曇らせた。
そしてシルメリアに告げる。
「今から大地母神の神殿を開く、真九郎とサクラを連れてこい。このままでは二人は死ぬ」
にべも無く告げた少女は神殿の入り口に立つと両手を掲げる。
入り口らしきものが見えなかった神殿は大地母神の文様が中央から割れその入り口をついに開く。
シルメリアたちは真九郎とサクラを運ぶしかないと大急ぎで神殿へと向かい、白い少女の後に続いて神殿へと足を踏み入れたのだった。
大理石で覆われていた神殿の内部はオルナが煌き、天井から降り注ぐ光にあふれていた。
そこは多種多様な木々が生息し、色とりどりの実をつけている。
空中の流れる水の川から降り注ぐ水が虹を作り、生命に満ち溢れていた。
ここが最下層の神殿と信じられない。
マユに促されるまま、中央の祭壇に真九郎とサクラを寝かせるとどこからか取り出した巫女服を思い出させるような祭祀服を着たマユは大地の瞳を掲げ祈りの言葉を口にする。
「大地母神ニル・リーサよ、勇気ある者たちへ、多くの命を・・・我が身の危険をかえりみず、救った勇者たちに慈悲を示したまえ」
マユは大地の瞳を抱きつつ、あふれ出る涙を拭おうともせず祈り続ける。
真九郎は辛そうな呼吸を続け、サクラも肺が傷ついているのか異常な呼吸音が続く。
その時祭壇の天井付近に現れた白く百合に似た花がそっとサクラの胸の上に落ちた。
マユはその花を口に含むと、何回か噛み続けやわらかくなった花をサクラに口移しで飲みこませる。
ためらうことのないマユの行動にただ見守ることしかできないシルメリア・・・・・
しばらくすると天井から降り注ぐ光が真九郎を照らすと苦しそうにうめき声を上げ始める。
「ねえマユちゃん、真九郎苦しそうだけど・・・・」
マユはシルメリアを力強い目で見つめ返す。
「ニル・リーサ様のご加護が届いた・・・・・二人は大地母神に認められ愛されている・・・・・お前たちが必死に治癒術をかけなければ死んでいた・・・・感謝すると伝えてほしいそうだ」
「真九郎とサクラちゃんは助かるのね?」
「助かる・・・・・だがしばらくはここから動かせない・・・・・サクラなら2日、真九郎は4日の間はどこにも移動させられない、絶対安静だ」
「あ、ありがとうマユちゃん・・・・うぅよかった・・・・」
真九郎の手を握り安堵の涙を流すシルメリア。
そして安心したソラは緊張が一気に緩んだのか気を失ってしまっていた。
「ソラ!!しっかりしろ!!」
カルネスに支えられたソラは別の小部屋に寝かせられる。
「どうやら一過性の魔法力欠乏、治癒術を使いすぎたせい・・・・この神殿内のオルナを吸収すれば半日で目が覚めるはず」
マユの見立てで安心するトリアムドたち。
「マユなんだな、本当に」
「そう、マユ・・・・・マユ・リーナが私の名」
「そうか、君は、マユ・リーナは一体何者なのだ?」
「・・・・・・良いだろう・・・・真九郎が回復するまでの間、おしゃべりに付き合ってやる」
マユはぶっきらぼうではあるがトリアムドたちの問いに応じる姿勢を見せる。
シルメリアとイングリッドは真九郎とサクラに付き添っている。
トリアムドはソラが目覚めるの待ってから話を聞くことに決め、この神殿内に数日間逗留する許可をマユにもらうことができた。
さっそく神殿の入り口付近へ厳重な結界を貼りなおす作業を開始し、トリアムドとカルネスは死界獣の死体検分を始めていた。
何が有効で何が無効であったのか・・・・・
苦無は刺さっているものもあるが、どれも弾かれ先端が欠けているものが多い。
致命傷にはなり得ぬが、魔法では果たすことさえできないけん制効果が確認できたことは貴重な情報である。
また真九郎が最後に使用した道中で拾った、不思議な金属の小剣・・・これが見事に死界獣の腕を貫き地面に縫い付けることに成功している。
これは禁忌の武器に違いないと確信し、カルネスと布をかぶせながら二本とも回収しておく。
やがて目を覚ましたソラは順調に回復しており、ここでようやくマユから話を聞くことになった。
「何から聞きたいのだ」
マユの醸し出すあまりに神秘的で幼さの中に漂う独特の妖艶さに飲まれそうになりながらトリアムドは頭を整理する。
「250年前、我々の先人たちがここへ大地の瞳とともに死界人に関する研究結果を持ち込んだという話があるが、もしその研究結果に関する資料などを持っているなら渡して欲しいのだ」
「・・・・・知らぬ・・・・・」
「そんな・・・・」
「正確に言えば、250年前は先代の御使い様の御代、我が知るはずもない」
「そうなのか・・・それを知る術はないのだろうか?」
「あのマユ?さん?あなたはいったい何者なのかしら?」
マユはソラの問いかけに感心を示す。
「我は大地母神ニル・リーサ様の御使い・・・・ニーサ様の命でずっとあなたたちを見守ってきた」
「それは緋刈やシルメリアたちのことなのですね?」
「そうだ・・・・・・彼らは・・・・・大切な人たち・・・・・」
「すまない、250年前の調査結果を知る術はないのだろうか?」
「我は知らぬ・・・・・だが、ここを解放した礼に水の御使いが知っていることなら伝えても良いと言っている」
「なんと、水の御使い!?」
宙を流れていた水の川から分かれた水が、マユの手の平の上でまとまり女性のような姿で顕現していく。
あまりに荘厳な光景に息を呑む一堂。
魔族たちでさえその光景に呆然としていた。
『人間たちよ、私は水神エリュンシルの御使いイゾルデ・・・・・・あなたたちが聞きたいのは大賢者と呼ばれる男のことでいいのかしら?』
「そうです!大賢者が残した死界人への対抗方法と調査結果・・・・これが我らの命運を握る鍵となるとずっと言い伝えられてきたのです」
『残念ながら・・・・・・この大神殿に辿り着いた人間はいません・・・・皆、追いかけてきた死界人なるモノに襲われ喰われました・・・・』
「ま、まさか・・・・・」
『ええ、その時に取り込んだのが大地の瞳です・・・・調査結果なるモノは捕食された時に引き裂かれ失われたと思います』
「なんということだろう・・・・・我らの長年に及ぶ調査は無駄であったのか・・・・・」
『・・・・何点か彼らの死を悼んだエリュンシル様が回収された遺品が残っております、拝見しますか?』
「ぜ、ぜひお願いします!せめて先人たちが抗った歴史を伝えたいのです」
イゾルデは宙を飛ぶように奥へ消えると5分ほどで菓子折り程度の木箱を持ってきた。
『これが神殿前で散った人間たちの遺物です・・・・・』
トリアムドはうやうやしく受け取ると、カルネスと共に中を改め始める。
それは・・・・・
血に塗れた家族が描かれた絵と所属していたであろう組織の記章が数点、そして・・・・・血が滲んだメモ帳のようなものが残っていた。
トリアムドは興奮しながらそのメモ帳を開く。
多くの内容は呪文開発の研究結果と帝国内派閥との抗争に関する走り書きであった・・・・・
落胆するトリアムドたちだったが、最後の数ページに核心的な記述がなされている。
[ 奴らを封じ込める機会はあったのに、我らは何をしていたのだろう・・・・・もしあの時あの異人を殺していなければ・・・・・]
[ 神殿の扉は開かず・・・・・・やはり神の示した儀式を無碍にした我らの罪は深い・・・・・]
結局、死界人に関わると思われる記述はこの数行だけであった。
呆然とするトリアムドであったが、気力を奮い立たせる。
緋刈たちが命をかけて切り開いた状況を利用できなくてどうすると。
「御使い様!ここに書かれている、あの時あの異人を殺していなければ、という記述はいったいどういう意味なのでしょうか!?」
『人間よ・・・・あの異人・・・・思い当たることはないのですか?』
「異人・・・・異なる人・・・・」
ここでソラがイゾルデに答える。
「イゾルデ様、その異人とは・・・・緋刈真九郎様のような、異なる世界から迷いこまれたお方のことではないですか?」
『そうです。かの昔、この地の人々は傲慢でした・・・・・神や精霊を軽んじ啓示や警告、様々な手段で危機を知らせましたが相手にしようとしませんでした』
知らされる帝国の過去にトリアムドはひどく落胆している。
『大地母神ニル・リーサ様などの神々はこの地に異なる世の人を招き入れました・・・・・たしか名前は・・・・・ふ・わと言ったはずです』
「たしか緋刈さんたちが見えるという亡霊の名がフワと言っていたようだが」
カルネスの報告にイゾルデは悲しそうな顔になる。
『そうですか、フワはまだこの世を彷徨っているのですね・・・・・申し訳ないことをしました』
「ということは、過去、緋刈殿のような方を我ら帝国の人間が殺してしまったと・・・・いうことでしょうか?」
『はい、帝国は自ら啓示や神託、可能性をことごとく潰し、滅びを選んだのです』
告げられた事実の重さに沈み込む一堂・・・・
ソラは兼ねてより疑問に思っていたことを口にした。
「イゾルデ様、死界人とはいったい何なのでしょうか?そもそもあれはこの世の理の外にあるように思えてならないのです」
『ソラよ・・・・・あなたが250年前の世にいてくれたならどれだけ人は救われたことでしょう・・・・・そうですあの死界人なるモノの起源は異なる世界からのもの』
「それは・・・・緋刈殿と同じということなのですか?」
トリアムドの問いにマユが立ち上がった。
「何を言うか!あのような化け物と真九郎を一緒にするな!」
「いや、その・・・・申し訳ない・・・・」
『落ち着きなさいマユ、この人は異なる世界は一つだと考えているのでしょう』
「ひと、一つではないのですか!???」
『想像なさい人の子よ・・・・・果て無き大海に漂う一個の卵・・・・それがこの世界と考えてみなさい・・・・・世界の海に漂う数多の卵が出会うことなどまずあり得ません・・・・・しかしこの世界は何の偶然かぶつかってしまったのです、滅びかけた世界と』
想像を超える話に頭が追いついていかない・・・だが御使いの話を聞き逃すわけにはいかなかった。
『そこから渡ってきた異物が・・・・・死界人・・・・・・・・・ではないのですよ』
「「「え??」」」
『死界人とは、その異物が自身を増やそうと作り出した時に生まれた、老廃物のようなモノなのです』
「なんだと・・・・・・我らの先人たちはその老廃物に滅ぼされかけたのか・・・・」
『異なる理の中で特別な存在であろうとする異物が、自身を増やそうとしたときに生み出された余分なあまり物で構成された存在・・・・だからこそこの世の理である魔法が効かないのです』
「イゾルデ様、もしかしてその異物が恐れている存在、概念とでもういうモノが緋刈さんの扱う禁忌の武器なのでしょうか?」
『さすがですねソラ、私が知るのはここまでです、これ以上は分かりません・・・・・ただ一つ言えることは、我らから禁忌の武器を奪ったのはその異物であると・・・・この世界に干渉し奪ったのです』
「人間たちよ、お前たちは要の儀を最後まで成さねばならぬ、これだけは覚えておくがいい」
マユが言い放った言葉も含めカルネスは必死でメモを取った。
トリアムドたちが知り得たのは希望ではなかった。
帝国の黒い過去と人間の愚かさであった。
そして対抗手段は禁忌の武器以外には見出すことができなかった・・・・・
だがシルヴァリオンは諦めが悪い・・・だからこそ我らは進まねばならん。