3 料理万歳
遠征隊は簡素ではあるが、王座のような謁見室に通されていた。
族長が到着するまでの間、イングリッドの翼を突っつき始めたサクラ。
「ちょっとあんた何すんのよぶち殺すわよ!!」
「え~だってかっこいいんだもん」
「か、かっこいい???わたしの翼?」
「うん、出来る女って感じがあふれてるね!」
「いやぁこの猫耳娘、中々見所あるじゃないのよ・・・かっこいい・・・・」
あやうくイングリッドの機嫌を損なうかと冷や冷やしていたトリアムドであったが、翼を褒められたことがうれしいのかどこか締まらない顔をしている。
「しかしあんたらさ、いくらなんでもあの魔族のお尻見すぎでしょ!」
ぎくっと背筋を伸ばしごまかそうとしていたのはカルネス、ザイン、真九郎・・・・・
「真九郎・・・・ずいぶんイングリッドさんのお尻を見つめてましたね?」
「な、何を言う・・・シルメリア・・・・たまたまだ、たまたま・・・・なぁカルネス?」
「いやぁあの尻は素晴らしい・・・・・・げふっ!」
ネリスにゲンコツを喰らって悶えているカルネス。
ソラがなんとか恐怖と戦っているのになんて馬鹿やってるの!と怒鳴りたくなるのに耐えながら待っていると、魔族が集まり始める。
随分と人間離れした容姿が多い。
岩のような肌を持つ者やトカゲのような容姿の者、頭から3本も角を生やす者たちが遠征隊の両脇で警戒している。
こうしてみると、イングリッドがかなり人間に近い容姿をしているのだと気付いた。
そして後ろから竜のような容貌をした族長と名乗る魔族が族長の椅子に腰掛けた。
「族長、うろついていた人間共です」
ソルヴェドの報告に不機嫌そうな雰囲気を漂わせながら族長が口を開く。
「お前たちの目的はなんだ?」
トリアムドが一歩前に出て話始める。
「魔族の長、我々の目的は大地の瞳の回収であります」
「大地の瞳か、聞いたこともないな、お前たちはどうだ?」
他の魔族たちも知らないと言った様子でざわざわし始める。
「族長様!イングリッドでございます」
「おうイングリッドや、どうしたのだ?」
彼女に対する態度がやたら丁寧で穏やかだ。
「はい、大地の瞳とはもしやあれのことではないでしょうか?」
「あれとは何じゃ?」
「はい、最下層にいるあの化け物の額に収まっている・・・・・」
「ま、まさか・・・・・」
「はい、あれが大地の瞳なのではと、私の魔眼予知がその可能性を示しています」
「・・・・・であればお前たちが大地の瞳を回収するのは不可能であるな」
「族長殿、理由をお聞かせ願えないでしょうか」
「本当であれば人間共に教える義理などないのだ、一方的にここで皆殺しにしてもよいぐらいだ・・・・・・教えて欲しければ何か貢物でもよこしてもらおうか」
「み、貢物で、ございますか・・・・」
「族長殿」
進み出たのは真九郎であった。
「何だお前は?」
「緋刈真九郎と申す、我らは遠征中であるため貢げる物など持っておらぬ・・・・差し上げることができるとすれば、我らの持つ絶品の食料ぐらいのものであろうか」
「何?食料だと?」
「魔族がどういう食の好みかは分からぬが、人にとってはよだれが出てしまうほどおいしい食事だ、よかったら一緒にどうであろう?」
そこでサクラがバッグから保存容器を取り出しふたを開ける。
「ほらぁまだあったかいんだよぉ 一緒にどう?」
「何このおいしそうな匂い!!!どれどれ・・・・・」
「おいイングリッド!毒でも盛ってあったらどうする・・・って食いおった!!!」
「うんまあああああああああい!!!!!!やばいよこれめっちゃおいしいよ、ほらあんたたちも食ってみなさいよ」
イングリッドに促された魔族たちは、サクラから保存容器とフォークを受け取るとまだあたたかい料理を食べ始める。
「うおおおお!!!ぐおおおお!! ぅうううう、うおおお!!!」
魔族たちがいたるところでわめき始める、中には涙を流す者たちまで現れる始末。
「どうしたのじゃ!!!さてははかったな人間共め!!!」
いきり立つ族長にシルメリアが容器を差し出した。
それはシズクの得意料理である牛に似たラディーという家畜の肉をひき肉にし、特性オリジナル香辛料で焼き上げたハンバーグのような料理である。
そこに三日間かけて煮込んだソースと溶けたチーズがのった至高の一品であった。
「う!!!な、なんだこの心を魅了するようなかぐわしい香りは!!!」
「族長様、とりあえず食べてみてください」
「うむ・・・・・・もはや毒見をする間もおしいわ・・・・・っが!!!!ぐあああああああああ!!!」
族長は胸を押さえ呻きはじめる。
一瞬、謁見室に緊張が走るが・・・・・・
「うううううううまああああああいいいいいいいいいぞおおおおおおおおお!!!!!!!」
族長は感激のあまり泣き出した。
イングリッドも泣きながら口の周りをソースでべたべたにしながらがっついている。
「族長さま、このパンがあうって」
シルメリアの手渡したパンをほおばりがっついていく。
そしておかわりを求める彼らにトリアムドは料理を渡していくが、まだ余裕があり情報が得られる可能性あがるのであれば食事の提供は惜しくはない。
そして彼らは満足そうな顔をして食後のお茶を楽しみ始めた。
サクラとソラが用意した紅茶に似たお茶である。
「ふぅ・・・・・・人間たちよ・・・・・美味であったわ・・・・・」
「それはよかった、やはりシズクの料理は魔族まで魅了してしまうのだなぁ」
「なぬ?それがあの料理を作った人間の名か!?」
「ああ、まだ12歳の少女なのだぞ」
「なんと!!その歳これほどの料理を作る腕とは!!!!」
族長や魔族たちはすっかり警戒を緩めている。
「して族長殿、大地の瞳に関する情報をもらえないだろうか」
「うむ、あれほどの料理を献上されて無碍に返してしまっては魔族の恥じゃ、イングリッドよ最初から説明してあげなさい」
「はい」
ソースまみれの顔を拭き拭きしていたイングリッドが説明を始めた。
ラルゴ氏族は1000年以上前、人間との争いに敗れ制約の呪文をかけられこの地に縛られた一族だ。
以来1000年の間この地で細々と生き抜いてきたが、250年前の大殺戮の余波は彼らにも及んだという。
その頃多数の人間が地下の最下層を目指していることに気付いた魔族たちは密かに後を追った。
だが呪文の使えぬ魔法阻害領域で襲われた彼らの多くが魔物たちに襲われ命を落としていく。
しかし彼らは進み続け、地下最下層にある神殿に辿り着いたという。
だが・・・・・
「そこで人間たちは全滅したわ、最悪の化け物に襲われてね」
「最悪の・・・・・化け物とは・・・・」
トリアムドの問いにイングリッドは黙ったままだ。
ザインがその正体について質問を続けていく。
「もしや伝説のドラゴンとかその類のものなのですか?」
「・・・・・ドラゴンならまだましよ、攻撃が一応通じるからね」
「攻撃が通じる・・・・・と・・・・まさか・・・・」
「ええ、私たちの放つ呪文は一切そいつには効かない、煙のように掻き消えてしまうの」
「それはもしや・・・・死界人・・・・・」
ザインの搾り出すような声にイングリッドはこたえる。
「死界人とあんたたちは呼んでるのね、あれは人の形を成してはいないわ・・・・そうね死界獣とでも呼んだほうが良いかしら」
「「「「死界獣!」」」」
「ええ、その死界獣の額に融合していたのが大地の瞳よ・・・・これで分かったでしょあれに手を出すのは不可能よ、帰りなさい・・・・・あの料理のお礼にせめて近道を教えてあげるから・・・・」
一堂が落胆する中、イングリッドの前に進み出る人間が1人・・・・
「なれば倒してしまえば済む話であろう」
「あんた話聞いてたの!?死界獣よ!傷つける手段がないのよ?」
「そいつの体長はどれくらいだ?山より大きいとかなら手のうちようがないが・・・・」
「大きさは・・・・・大型の馬3頭合わせたぐらいってとこかしら」
「でかいが、不可能な相手ではない」
「人間共!!!」
族長が怒鳴る。
「料理の礼に教えてやる!あれにどれほどの魔族の勇士たちが殺されたと思っているのだ!傷をつけることすらできずに食われたのだぞ!」
「そうだな・・・・・族長殿、少しこいつを見てくれないか、立っている連中は倒れないように座っておいてくれ」
真九郎の申し出にいぶかしみながらも、素直に座り始める魔族たち。
「なれば」
すらりと刀を抜く。
案の定魔族たちも人間と同じような虚脱状態になってしまった。
そのまま彼らの回復を待つ。
「いったい、何が起こったのだ!??」
「まずは族長殿、危害を加える意図がないことは理解してくれたな?」
「ああ、そうだなうむ」
「ではこの武器が分かるか?」
白銀に輝くその刀身は見る者を惹き付けて止まない。
「この武器の名前は・・・という。・・・とも言う」
「待て!聞こえない、いや・・・・違う・・・・なんだこれは・・・・・」
「認識できないのだ、魔法力を持つ者には」
「なんだと!?」
魔族たちの動揺が激しい。
「自慢をしているようで気が引けるが、俺はこの武器で死界人を3体 倒している」
「「「「「「「!!!!!!!!!!」」」」」
魔族たちの受けたショックはいかばかりであったのか。
皆言葉を失っている。
「馬鹿な!!!あの我々の英雄バキムでさえ手も足もでなかった相手だぞ!」
「それは多分、卓越した魔法の力を持つが故の結果だったのであろう」
「人間共め言わせておけば!!!」
「落ち着け皆の者!!!」
族長の制止に魔族たちが動きを止める。
「続けよ」
「俺は見ても分かるとは思うが、魔法力をこの身に持たぬ人間だ」
「た、たしかに魔法力がない・・・・そんな人間がいるのか!???」
「俺は魔法力がないからこそ、この武器が扱える、そしてこの武器でなければ死界人は倒せぬ、そういうことだ」
「緋刈とか言ったな、我らラルゴ氏族をたばかれば楽には死ねぬぞ」
「何を言うのだ族長殿よ、たばかるつもりならあんなうまい飯を分けたりはしないさ」
「たしかに・・・・・・・」
「俺からの要請は一つ、死界獣のいる場所までの案内を頼みたい、もちろん戦闘は俺が引き受ける、お主たちも邪魔な化け物が消えて助かる、良い落とし所だと思うのだが」
「・・・・・・・・・・・・」
「族長、悪い話ではないかと、失敗しても死ぬのは人間だけ」
魔族の参謀役の助言に族長が動いた。
「分かった、その話応じようではないか、だが・・・・・・・一つだけ条件がある・・・・」
「のめるか分からぬが言ってみろ」
真九郎の問いかけに族長は小声でぼそっと要求した。
「今日の夕食にもその料理ほしいなぁ・・・・」
「食いしん坊か!」
とんだ想定外の事態に巻き込まれはしたがなんとか大地の瞳と最下層への到達方法が判明した・・・・・最悪の敵と戦うことになるが。
最下層までの道のりは安全な道を通って二日から三日の距離、族長のシルメからの提案で案内人をつける代わりにそちらも人質とはいわないが滞在する者を選べと言われる。
どちらも危険な役割だ。
その提案の人選に悩んでいるとザインから申し出があった。
「隊長、本音を言えば帝国軍としてシルヴァリオンには言いたいことは山ほどある・・・・・だが君らがどれだけ本気かも分かっているのが我々だ。だからこそ隊長は死界獣との戦いをその目で見届ける義務がある、私が残留しよう」
「ザインお前・・・・」
「こちらは任せてください」
「頼む・・・」
族長は案内人を3名出すので、せめて3人は残れとの提案だ。
そこでザイン、ジョグ、ネリスの3名を待機させることにした。
ネリスは泣いて同行を希望したが魔族の魔道具で戦闘はリアルタイムで視聴出来ると聞くと渋々了承する。
魔族側の同行者は、イングリッドと岩のような肌をした巨躯の魔族ダズ、それに少年のような姿の青白い肌と額の角が印象的なラスベルという少年魔族であった。
「道中は結構危険よ、妖人種やら不死やらがわんさか出るから覚悟しなさい」
「魔法阻害領域はどうなっているの?」
シルメリアを値踏みするように観察していたイングリッド。
「それがなければ一日で着く近道はあるのよ、阻害領域を避けるために三日ほどかけることになったの」
「なるほど、さすがイングリッドさん!」
サクラはすっかりイングリッドに懐いている。
「もう、サクラぁあんたここに残りなさいな」
「う~ん、うれしいけどシズクの料理食べられないじゃん」
「うっ!そうか・・・・・お前たちはあれを毎日食べていたとか、うらやましいにもほどがあるわ・・・・でも同行中はあの料理もらえるんでしょ??」
「ああ、こちらで用意しよう」
「やったぁああ!ねえ、ラスベル、あんたもうれしいでしょ?」
「ふん、みんな食い物ごとき篭絡されやがって」
「あら、生意気なタイプきた」
「猫人族ごときが調子にのりやがって」
「ラスベル君はシズクの料理食べてないの?」
シルメリアの問いに頬を染めて照れ始めるラスベル。
「ん?」
照れたラスベルは恥ずかしさのあまり立ち去ってしまう。
「どうしたのかしら?」
「ねえ、シルメリアって言ったわね、あんた魔族の血・・・・混じってるでしょ?」
周囲に人がいない場所へ引っ張ってきてから気遣って言葉をかけるあたり、イングリッドは優しい子なのだろうと思った。
「ええ、たしかニュクス族の血が少し混じってるって聞いてるわ」
「はぁ!!!!!!!??ニュクス族だぁあ!!??」
「え?何?ニュクス族って何かまずいの?」
「い、いやまずいってことは・・・・・あんたたち人間には馴染みがないだろうけど・・・・ニュクス族ってのは魔族の王統の一族なのよ・・・」
「へぇ~そうなんだ」
「そうなんだ、じゃないわよ、絶滅したとされるニュクスの血を引くってことは誰にも言っちゃだめよ、揉め事に巻き込まれるのがおちよ」
「そうなのか・・・・ありがとうイングリッド」
「ふん!そう、それとね、ニュクスの血は魔族を魅了するって言われてるからほどほどにしなさい」
「魅了?」
「さっきラスベルがあんたに見惚れていたでしょ?あれはきっとニュクス族の血のせいよ」
「あら、面倒そう・・・・・」
「幸い、あたしは女だし、ダズは・・・・まあ大丈夫でしょ、ラスベルの対応だけ間違いないようにしなさい」
「分かったわ、優しいのねイングリッド」
「優しいとかじゃないからもう・・・・」
そういうイングリッドも照れながらどっかに行ってしまった。
もたもたしている理由もないため、魔族の屋敷で一泊させてもらい次の日から出発することになる。
あいかわらず料理へのたかりがすごいが、これで協力を得られるなら安いものだ。
しかも、うまく行った際にはほぼ一日で地上まで到達可能な道を案内してくれるという。
これならばある程度の食料供出は問題ないと考えほどほどにふるまった。
討伐組
トリアムド
緋刈真九郎
サクラ
シルメリア
カルネス
ソラ
案内役
イングリッド
ダズ
ラスベル
以上の9名が討伐組として参加することになる。
真九郎とサクラ以外の7名は最下層までの護衛役といったところになり、実際の戦闘は真九郎とサクラに任せきりになってしまうだろう。
魔族とザインたちに見送られ最下層へ向かう討伐組。
イングリッドたちの案内で進んでいたが、この状況に案内なしでの最下層到達は無理だったのではないかと皆が思った。
イングリッドやラスベルは壁に隠された呪文を発動し隠し扉や幻影壁を解除し皆を案内していく。
「案内がなければ到達は不可能であったろうな・・・・」
「阻害領域を通ればそんなに難しくはないけど・・・・あそこはやばいのが潜んでるからねやめたほうがいいわ」
「ここには様々な魔物たちがいるのね」
「ええ、別のエリアにはちゃんとドラゴンまでいるわよ」
「ドラゴンすげえ!」
サクラははしゃいでいるが、ソラなどは魔窟の現状に疲れ始めている。
魔族たちの選んだルートだけあって、遠回りながらも魔法が使える領域のため探知魔法が使えることから神経をすり減らすことなく進めるのはありがたかった。
マユもあいかわらずご機嫌にお散歩しており、ラスベルのちょっかいに遊んでくれるものと勘違いしているのか妙に気があっているようである。
最初の休憩時に餌付けされた犬のようにシズクの料理をもらうイングリッドたち、ラスベルは警戒しながら保存容器を受け取っていたがフタを開けると鼻腔と脳髄を揺さぶる料理の香りに我を忘れてがっつきはじめた。
「あいかわらずすごい食欲ね」
ソラは呆れ気味にその様子を見つめている。
「いいではないか、シズクの料理がなければ荒事になっていたかもしれん・・・・・シズクの料理は100万の軍勢に勝るな」
魔法が使えれば結界の作動も可能であるため、休息も十分に取りつつ予定通りに目的地である最下層へ向かっていた。
イングリッドに最下層には何があるか聞いてみたが、あの死界獣があそこから動こうとしないために碌な調査もできずにいるという。
隊長の話によればもし死界獣を討伐できた際にはぜひ周辺の捜索をするように言われている。
先人たちが残した記録をぜひ発見したいという。
そうこうしている間にシルメリアの探知魔法の反応とマユの警戒から準備をしていた討伐隊の前方から動く死体・・・・ゾンビの群れが現れる。
「とりあえず緋刈、サクラ、あんたたちは待機よ、ここは私たちに任せなさい、いくよ、ラスベル、ダズ」
「見てろよ人間、魔族の実力をみせてやる」
3人は迫るゾンビたちに向け、呪文詠唱を杖を使わずに行い始める。
イングリッドの前に現れた紅蓮の炎は鞭のように変形しながらゾンビの群れに絡みつくように焼き尽くしていく。
狭い通路で効果的に殲滅する良い状況判断だとシルメリアは感心した。
数分で消し炭になったゾンビたち、念のために清めの塩で浄化していくソラの行動にラスベルは興味津々である。
「これ何で出来ているんだ?」
「これはお塩よ」
「なんだと!!!!貴重な塩をこんなことに使うのか?」
「魔族にとってお塩は貴重だったのね」
「そうだ、この地では塩は貴重なんだ・・・・」
「人間と魔族のあり方も、考えて行きたいわね・・・・」
「お前みたいな人間もいるんだな・・・・・」
「シズクちゃんのお料理で仲良くなれたのよ、可能性は捨てたくないわ」
「・・・・・・」
その後も、ゴブリンやリザードマンが現れるもののシルメリアたちが出るまでもなくイングリッドたちの圧倒的魔法力のの前に蹴散らされていく。
だが、シルメリアの探知魔法にかかった存在の異様さにイングリッドに意見を求める。
「この特殊な魔法力はなに!?」
「特殊な??? こう、捻じれるような波長と邪悪な念が棘になっているイメージか?」
「そう!うまいこと言うわねイングリッド!」
「あっちゃ~まずいわ、すごくまずいわ・・・・・」
「お嬢?どうしたんだ?」
「ダズ、ラスベル・・・あいつよ、グラルゲヘナ・・・・・」
「くっ・・・・」
屈強な体躯を持つダズが激しい動揺を見せている。
「まじかよ・・・・本当ならこっちの道にはいないはずじゃ?」
「ええ、だからこそ遠回りの道を来たのに・・・・住処を変えたのかしらね」
魔族の話を聞く限り、喜ばしい状況ではないようだ。
「すまんが、説明してもらえるだろうか」
トリアムドの要請に応じるイングリッドだが、その表情は険しい。
「グラルゲヘナっていうのは、このダズよりも大きい目玉の怪物よ・・・・非常に魔法が効きにくいの、高い魔法障壁があって・・・・しかも瞬間移動?っていうか呪文が当たる瞬間に私たちの後方に出現したりする奴なの・・・・」
「そんな魔物・・・・・記録でも見たことがないぞ」
「強引に突破することはできないのか?」
カルネスは強行突破を主張したが、ラスベルは怒気を隠さず反論する。
「あいつの犠牲になった魔族はあの死界獣より多いかもしれないんだぞ!族長命令であいつに会ったら全力で逃げろって言われているんだ!」
「魔族の力を持ってしてもか・・・」
前方にある反応は2体、引き返すことを検討し始めた矢先であった。
「おいおい、後方からも反応だ・・・・これはグラルゲヘナか・・・・・連携してやがるなあいつら!」
ラスベルの報告にソラが意見を述べる。
「ねえ、聖霊魔法を試したことはあるのかしら?」
「魔族にそんなもの使える奴はいないからね、ないはずよ」
「邪悪な気配・・・・・魔族が持つ特有の気配とはまた異なる本当の邪悪・・・・・これなら聖霊魔法の破邪呪文が有効だと思うわ」
「なんだって!?勝機があるの?」
「初めて戦う相手よ、でも生き延びることが何よりも最優先でしょ?なら試すしかないわ」
「いいわ」
「ならば後方の敵は俺が担当しよう」
「あんたを失う訳にはいかないのよ、大人しくしていなさい」
「しかし、被害が出てからでは遅い、魔法が通じぬのであればこいつで切り倒すまでだ」
「う~ん・・・・・・」
「イングリッド、考えてる時間はないわ、近づいてきてるよ」
「俺は後方、サクラはソラの支援だ」
「了解師匠!」
ソラは長杖と聖鈴を取り出し、静かに神への祈りを始めていく。
イングリッドたちは迫るグラルゲヘナの距離を確認しつつもやきもきしながら待機している。
サクラは時間稼ぎに苦無を投擲する準備をしながら、ソラの破邪呪文の完成を待っていた。
弓での攻撃も考えられたが、安易な攻撃で瞬間移動を誘発する恐れがあるため攻撃はぎりぎりまで引き付ける方針が採られることになる。
その間、真九郎は後方から迫るグラルゲヘナに向けて疾走していた。
距離を詰められたら身動きが出来なくなると考え、一気に肉薄するつもりだった。
そこに闇から浮き上がるようにその異様を示したのがグラルゲヘナだった。
醜悪の肉塊の中央に巨大な目玉が存在する・・・・もしくは目玉に肉塊がくっついているのか・・・・
さらにその肉塊からは無数の触手のようなものが蠢いており、グラルゲヘナは宙に浮きながら真九郎に狙いを定めようとしている。
その血走った目玉が奇怪な鳴き声を発した瞬間、斬りつけようとした真九郎の目の前から掻き消える。
グラルゲヘナは真九郎の真後ろにテレポートし、その触手で捉えようとしたもののそのまま前方に走り抜けた真九郎には届かない。
「本当に瞬間移動するのか・・・・恐ろしいものだ・・・・・だが瞬間移動すると分かったのであれば戦いようもある」
ソラの祈りと呪文詠唱が完成まで後少しというところにグラルゲヘナが突如突進を始めた。
2体のグラルゲヘナは触手を振り回し、ソラを目掛けて襲い掛かる。
そこにサクラが苦無をこれでもかと投げ、慌てて目玉を閉じ動きを止めたとことでソラの破邪呪文が完成する。
「ラーダ・エル・サーラ!」
ソラの身体から発せられた眩い光芒はグラルゲヘナを飲み込みその邪悪な肉塊ごと浄化していく。
奇怪な叫び声をあげつつ悶え逃れようととするものの、触手は焼け落ち、目玉も焼かれついには地に落ちて灰になってしまった。
「ふぅ・・・」と破邪呪文を行使したソラは力を出し切り自力で立っていられないほどに消耗している。
カルネスに支えられながらも、残り1体を気にしていた。
そして真九郎は目の前でテレポートしたグラルゲヘナが後方に来ると分かった上で切り返し、案の定後方にワープした目玉を下段から切り上げた。
白い体液を撒き散らしながら地でのたうつ大目玉はやがて動かなくなり、その生命活動を止めた。
「おい、お前ら・・・・」
ラスベルが真九郎とソラの強さに呆然としている。
ダズもただじっと見つめるだけである。
「とりあえずあんたが無事で助かったわ・・・・・それにしても・・・・強すぎる」
「ありがたく賛辞として受け取っておこう」
「ねえ、こいつの核が残っていたら回収しておくといいわよ」
イングリッドによるとグラルゲヘナの核になっているのは特殊な宝石のようなもので、周囲の魔法力を吸収する性質があるという。
これを聞いたトリアムドはすぐにカルネスと二人で死体をあさり、核となっている宝石を発見する。
ソラが破邪呪文で焼き尽くした灰からも宝石が回収できた。
トリアムドはこれをグラルストーンと名づけ、重要物資として確保することに成功した。
ソラの消耗が想像以上に激しかったため、この先にあるという小部屋で休憩を取ることにした。
「ごめんなさい、私のせいで」
「ソラさん、気にしないでください、おんぶしている時背中に当たったおっぱいが最高でした!」
ネリスの代わりに突っ込んだシルメリアに足蹴にされうれしそうなカルネスは放っておいて、イングリッドはこの人間たちの戦闘能力に脅威を感じ始めている。
ソラの聖霊呪文といい、真九郎のあの武器を使った戦いといい、魔族にはないモノを持っている。
幸いにも彼らは好戦的ではなく大地の瞳を回収するためだという、それも死界人を殲滅するために。
ならば共闘できるのではないか、あのようにおいしい料理を提供し、サクラのようにすぐ仲良くなれる種族もいるのであれば、人間と暮らすことも出来るのかと思うようにもなっている。
イングリッドが悩んでいる間に用意された食事はじゃがいもやお肉の煮込み料理で鼻腔を刺激するスパイスの香りが食欲を猛烈に刺激していく。
「じゅるり・・・・」
「さ、イングリッドどうぞ」
「うん・・・・うっがぁ!!!くぅ・・・・こんな味がこの世にあったのかぁ!!!」
「魔族の料理っていうのもどんなものか食べてみたいわね」
シルメリアの呟きにイングリッドが静かに食器を置いて言った。
「もうね、この料理食べた後じゃ魔族の料理なんてカスよ!ゴミよ!もう食いたくないわ!!味もしない、パサパサしてる・・・・べちょべちょしてる・・・・・もうあれに戻るなんて・・・・」
「うん・・・・僕もあれはもう食いたくない・・・・」
「・・・・いやだ・・・・」
無口なダズまでが拒絶の意思を示している。
「ねえイングリッド~、それならみんなでオルフィリスに来ればいいじゃん」
サクラがぼそっと言った言葉にイングリッドはスプーンを取り落とした。
「な、なんで今までそのことに気付かなかったの!?簡単なことじゃないの!!!」
「イングリッド・・・・それは制約の影響・・・・・でも族長言っていた・・・・制約が破られこちらの拘束も解けかかっていると」
「そうだったのね・・・・なら決めたわ!私はあんたたちについて地上にいくわ」
「イングリッドよ、揉め事を起こさぬというのであれば我々も幾分かは援助が出来るであろうが・・・・・やはり・・・・その」
「何よ、はっきり言いなさいよ」
イングリッドの剣幕に気圧され気味のトリアムドは思い切って真実を告げる。
「その羽が目立ちすぎて、帝都で暮らすのは無理だと思うが・・・・」
「ああ、この羽ね、これなら・・・よっと」
シュンっと羽が引っ込んでしまう。
「え?そんなに簡単に引っ込めるの?」
「うん、それにラスベルやダズも今は戦闘モードになってるからあんな格好だけど、ダズ、普段の格好に戻ってみて」
「分かった・・・・・」
岩のような肌と巨躯のダズはするすると縮むと、ナデシコほどの背丈のやや灰色に近い肌のなんともかわいげな女の子になってしまった。
「・・・・・恥ずかしい・・・・」
もじもじとイングリッドの陰に隠れるようにちらちらと様子を見る姿は小動物のようでかわいらしい。
「魔族とはすごいものだな・・・・」
ダズの変貌はあまりのショックに言葉を失う者が多い。
てっきり頼りになる男性魔族と思いこんでいたからだ。
「えっとだな、とりあえずこの話は前向きに検討しよう、まずは今回の目的を達成しなくてはな」