1 刻証
天覧会議の翌日、シルヴァリオンの会議室を借りて集められたのは退院してきたばかりのナデシコを含めた鬼凛組3名、レインド王子とレシュティア姫、シルメリアとレグソール伯、そしてニーサとシズクであった。
・・・・・・後は雪とマユがちゃっかりシズクとナデシコの膝の上で丸くなっている。
真九郎の説明が終わり鬼凛組への権限委譲がレグソール伯より行われたことが伝えられる。
「勘違いしないでくれ、君ら鬼凛組を見放すわけではないのだ・・・・より大きな大儀のため皇帝陛下にお預けするほうが良いと・・・・そしてそのほうが君らの出世にもつながると思ったのだ」
「伯爵様、このヨシツネ、今まで受けたご恩は決して忘れません!」
「あたしもです領主様!」
「サクラたちを拾ってくれて本当にありがとう」
「ああよかった・・・・君らに嫌われるのは辛い」
3人の様子を見て真九郎が問うた。
「では、封印迷宮への参加、お前たちの意思を確認したい、希望者は前に出てくれ」
すっと前に出たのはシルメリアと鬼凛組の3人・・・・そして何故かマユまで尻尾を振りながら行くよと言わんばかりに真九郎の足に寄り添っている。
「うーむ、マユのことは置いておくとして・・・・」
「3人とも参加の意思があるということでいいのか?」
「「「はい!!」」」
「分かっているのか・・・?未だ生還者がいない魔窟だというぞ」
「「「はい!!!」」」
真九郎の考えは異なっていた、ここは残留組を作るべきだと。
「ナデシコ・・・・・ヨシツネ・・・・・お前たちは残れ」
「なんでだよ師匠!!!!」
「そうよあんまりよ!!!」
「あんたたち、ちょっと落ち着きなさい」
後ろで様子を見ていたレシュティア姫が間に入る。
「真九郎にはちゃんと考えがあってのことでしょ?まずは話を聞いてあげなさい」
「はい・・・」
真九郎はナデシコとヨシツネの手を握ると思いを語り出した。
「誰がいいとか誰が使えるとかいう話ではないのだ・・・・もし俺たちが戻らない場合、2人が最後の希望になる」
「師匠・・・・」
「もし全員が倒れたらこの世界は再び滅びに直面するだろう・・・・なれば分けねばならぬ・・・・・希望を残さねばならぬ」
「私も真九郎の考えに賛成よ、二人とも大会で大活躍だったみたいじゃない、そういう表舞台に顔が知られた人間が残るほうが残された人々は安心するものよ」
「でも姫、あたしたちは一緒に行きたいです」
「ナデシコ、あんたはもうちょっと自覚を持ちなさい。大会で多くの人たちに希望を与えたあなたはもう自分ひとりの意思だけでどうこうできる存在ではなくなったのよ」
「え!???」
「私を見て御覧なさい、自分の意思で好き勝手動き回れると思う?」
「割と好き勝手動いているような」
「ちょっとシルメリア!」
「はーいごめんなさーい」
「まったくもう、だからねナデシコとヨシツネが残ることには意味があるの、それにね・・・その・・・・もしものときは2人で子を作って・・・・未来を繋ぐことも・・・」
「こ、こども!!!???」
思わず真っ赤になる2人はかわいかった。
「そういうことまで考えての決断ってことでいいのよね!?真九郎?」
「姫、恐れ入ります」
そこにサクラがそっと手を合わせてきた。
「ねえ、ナデシコ・・・・・ヨシツネ・・・・・2人には幸せになってほしい・・・・」
「サクラ・・・・」
「サクラはね、師匠を助けてがんばるから二人は地上でがんばってよ、あれでしょ魔法力のない子たちの救済もがんばらないといけないんでしょ?そうなったら活躍した二人がいればみんな安心するよ!」
真九郎が願い出た魔法力のない子供たちの救済、という希望は鬼凛組にとっても衝撃であった。
彼らもいつかは同じ境遇の人たちを助けたいという思いがあったからだ。
サクラのその言葉が決め手となり、ヨシツネとナデシコは残留を受け入れた。
「シルメリアはいいのか?」
「はい、元々シルヴァリオンから推薦が来ていたのです、拒む理由もありません」
「あの、僕は行ってはだめでしょうか・・・・・」
レインドがおずおずと手を上げるものの全員一致で
「「「「「だめ!」」」」
「う~」
「レインド、地上で待機している間も稽古は怠るんじゃないぞ?」
「はい、師匠」
「では子細はノルディンに聞いてくれ、これで一旦解散とする」
宿舎に戻り一息ついていると不破がドアから現れる。
「不破さん、話は聞いてますか?」
『うむ』
「留守の間、2人をお願いします」
『むぅそこまで状況が悪いのか・・・・・』
「何しろ生還者がいない魔窟だそうで」
『だが、お主は必ず戻らねばならぬぞ』
「ええ、できればそうしたいところですが」
『そうではない、ワシもいつまでこの世に留まれるかわからぬのだ』
「どうされたのですか?」
『最近な、眠くなることが増えたのだ』
「・・・・・・」
『お主らと充実した日々を送っているからかのう、もうすぐ成仏が近いのかもしれぬ』
「そうでありましたか・・・・・」
『なあに、成仏までにはあいつらをきっちり鍛え上げてみせるわ』
「・・・・・・・不破さんがいなければここまで来られませんでした」
『どうした、今日は随分弱気ではないか』
「ええ、皇帝陛下に言われてしまったのですよ、自分の世界ではないから本気になれぬのかと」
『ほほう、なかなかに鋭いこと言いよる』
「図星でしたよ、こう自分が情けなくなってしまいます」
『よいではないか、悩め悩め、悩むのは若者の特権じゃ』
「ははは、そうですね悩むことにします」
『おい、その悩みは早いところなんとかせい、でなければその迷宮でお主は死ぬぞ?』
「・・・・・肝に銘じます」
不破が帰りしばらくの間今後必要になるであろう、新人用の稽古指南書を書いていたところにまた来客があった。
ドアを開けてみるとシルメリアが飲み物を持って立っていた。
「飲み物をお持ちしました、ご一緒してもよいですか?」
「どうぞ」
部屋に通すと帝都で流行の冷えた炭酸ジュースを受け取る。
「このシュワっとする感じがたまらないな」
「ええ甘くておいしいです」
シルメリアは湯上りのようで、石鹸の良い香りが漂っている。
「真九郎様・・・・・陛下に謁見してから様子が少し気になるのですが何かあったのでしょうか」
この人には敵わない・・・・そう思わされる瞬間だ。
「ええ・・・・・正直に言うと、皇帝陛下にこう言われてしまった・・・・・自分の世界でないから本気にならないのか?と」
「なんてことを!」
「いえ、半分当たっているんだ・・・・どこか、自分の世界でないことを逃げ道にしていた自分がいる・・・・情けないことだ」
「真九郎様は・・・・この世界がお嫌いですか?」
「・・・・・・きっと好きなのだと思う・・・・それは大切な人たちがいて守りたい人たちがいるから、好きでいられるんだと」
「では証が必要なのですね、この世界の住人であるという証が」
「え?証か・・・・いまさらだがこの世界にこれ以上深く関わってよいのだろうか・・・・でも守りたい・・・・・失いたくない・・・なんて我がままなのだ俺は・・・」
見たこともないほどに落ち込む真九郎はまるで泣き出してしまいそうな子供のように見えてしまう。
だからこそこの人を愛しいと思った、私が守りたいと・・・・・
「なれば・・・・・証を刻みなさい 緋刈真九郎」
突然立ち上がったシルメリアは着ていたローブの紐を解き始める。
「ど、どうしたのだ!?いったい!」
するするとローブを脱ぎ終えたシルメリアは一糸まとわぬ姿で真九郎の前に立つ。
「あなたをこの世界の住人として刻み付けてください、私の体に」
天女のような美しさに心が波立ち、そして胸の奥からマグマのように湧き上がる衝動が真九郎の全身を駆け巡る。
そっと真九郎の頭に手をやると
「ずっとずっと・・・・出会ったときから、あなたが好きでした・・・・・・」
シルメリアは桃色に染まる頬を近づけそっと唇を重ねる。
それからはもう記憶が定かではなかった。
荒れ狂う欲情と込み上げる愛しさでシルメリアを抱いた。
自分の中にこれほど獰猛な獣が住んでいることに驚きつつも、彼女の肌のきめ細かさと心が溶けてしまいそうなぬくもりに時を忘れる。
一しきり事を終え、ベッドで抱き合う二人。
「これでもう、真九郎はこの世界の住人です、何より私の体にその証が刻まれているのだから」
「ああ、色々すまなかった・・・・・シルメリアのおかげで覚悟が決まったよ」
彼女は泣いていた。
「その・・・痛かったのか?」
「痛いことは痛かったけど、今はこの痛みが愛おしいのです・・・・・これはうれしくてこうしていることが幸せすぎて涙が溢れてくるの」
「遅れてしまったが・・・・・俺もそなたが好きだ、何よりも愛しくてたまらない」
その言葉とともに抱きしめる真九郎の胸に顔をうずめながらシルメリアの涙が止まることはなかった。
翌朝から遠征の準備が始まった。
シルメリアは何食わぬ顔で準備をしており、こういうときの肝の据わり方は女性のほうが遥かに適応力があるのだと改めて実感する。
その様子を見ていたレシュティア姫が不機嫌そうにシルメリアに近づいた。
「ねえ、先越されたのかしら???」
「なんのことでしょう姫?」
「くそう、まあいいわまだチャンスあるものね・・・・・そうなったら仲良くしましょ」
「姫様だろうとそこは譲れませんよ」
「「あはははは!」」
「絶対帰ってくるのよ、またあんたと喧嘩したいもの」
「必ず戻ってきます、姫」
ノルディンたちは追加の人選も含め多種多様な準備に追われていた。
各種物資の手配や収納用の魔法のバックの確保が最重要問題になっていた。
今回は帝室に伝わる収納力が過去最高レベルの品が提供され、さらには真九郎たちが持っているバックも使われることになった。
食料と水だけで約二ヶ月分は確保できそうな見通しである。
過去の教訓から魔法力を使用した光源以外の油を使ったランタンも用意されている。
後は真九郎が提案した武器や装備の作成が鍵となるだろう。
真九郎が提案したのは操杖術を応用した、刃物ではない武器を用意することであった。
その武器とは、金砕棒である。
過去、戦国の世ではかなりメジャーな武器であり見た目を分かり易く説明するとすれば、鬼の金棒だ。
これをやや細身にして、長く作ることで操杖術を応用した鈍器として使用できるのだ。
出来上がった金砕棒を見てノルディンはなんと野蛮な武器であろうと思ったが、もはや野蛮や上品などと言っている場合でない状況であるのだ。
この金砕棒を人数分とサクラ用に大量の苦無を発注した、磨きと研ぎは鬼凛組とレインドを借り出し夜中までかかって必死に準備する。
さらに不破とサクラの提案により、各種忍術玉を用意した。
使えそうだと思ったのは、燃焼性の高い油がつまった玉で不死の怪物にぶつけることで燃やし易くすることができる。
また、神殿から提供された祝福された清めの聖水や塩なども物資に組み込まれていく。
そしてノルディンから追加の人選についての連絡があった。
大地母神神殿から、タラニスの推薦で参加が決まったのは、若き聖霊魔法の使い手であるソラという女性だ。
不浄な怪物たち相手では心強い味方になるだろう。
次に貴族たちからの推薦で半ば強引に参加が決まったのは、帝国軍ジャムレッド大隊の指揮官であるスレードとベティムの二人だ。
さらにシルヴァリオンの局長であるトリアムドの参加が決まった。
このトリアムドが全体を指揮することになるであろう。
身も心も充実したシルメリアが向かったのは帝国で一番腕が良いとされる杖職人の工房である。
あの大賢者ナルシェ・モラークとの激戦で破損した杖の修復を依頼していたのだった。
まずはその構造と仕組みに驚かれ、さらにはそれを使いこなした人間がいることに驚き、それが彼女自身だとしてさらに驚かれていた。
極めて高度な技術で杖同士がリンクしており、修復は難しいとの見通しと言われているが。
それでも修復に取り掛かってくれたのがこの工房である。
「どんな具合でしょう?」
「実はな修復事態は終わっているのだ」
「成功したのですね?」
「少し試してみなさい」
「はい・・・・・シュバイル!」
ヴォンという圧力とともに、リンクした6本の杖がシルメリアの意思で宙を舞う。
周囲を腕の周りを彼女の思いのままに杖たちが舞っていた。
「ほほうやはりな」
「さすが帝国で随一という評判ですね」
「それがなぁ・・・・俺は実際何もしておらんのだよ」
「????」
「それ作った人な・・・・化け物だ・・・・だって自己修復するように作ってあるんだよそれ」
「じ、自己修復!??」
「そうだ、もし今後も破損してしまった場合は、適度に魔法力を込め続けなさい、そうすれば自己修復を加速してくれるだろう」
「まさかそんな能力まであったなんて・・・」
「大事にしなさい・・・・・それ国宝級の一品じゃて」
「ありがとう!」
着々と準備が進んでいく中で、皇帝の命によりエル・ヴァリスの地下4階にある封印壁の解呪作業が開始されていた。
幾重にも貼られた厳重な封印処置を一つ一つ解呪する作業であり、一週間後の出発に向けて作業が進んでいる。
そんな折、出発まで後四日という状況で初の全員揃っての顔合わせが行われた。
総指揮官 :トリアムド (シルヴァリオン)
参謀 : ザイン (帝国軍アルグゲリオス師団)
近接戦闘班:緋刈真九郎
サクラ (鬼凛組)
ネリス (シルヴァリオン)
スレード (帝国軍ジャムレット大隊)
魔法戦闘班:カルネス (シルヴァリオン)
シルメリア (リシュメア王国近衛衛士)
ベティム (帝国軍ジャムレット大隊)
ソラ (大地母神神殿)
総勢10名の精鋭が勢ぞろいする。
各自の自己紹介が終わったところで、スレードが悪態をついた。
「なんでガキが一匹混ざってんだ?餌付けにでも失敗したのか???」
「そう言うなよ隊長、あれだよあれ性処理用のペットだろうよ」
「それならあっちの姉ちゃんたちのほうが好みなんだがなぁ」
いわゆる小物、さんした、かませ犬、真っ先に罠にかかって死ぬタイプといった人種である。
そんな彼らにとことこと近づいていったのはサクラのほうだった。
「ねえおじさんたち~」
「なんだ嬢ちゃん、もうサービスしてくれるってか?」
「サクラの実力が疑わしいんでしょ?なら試してみない?納得してもらうにはそれしかないっしょ」
「へぇ~言うじゃねえか、おい指揮官! いいよな!」
トリアムドの懸念はすぐに現実になった。
まあ中で揉めるよりは何倍もましかと思い許可をすることにする。
シルヴァリオンの模擬演習場でベティムとサクラが対峙することになる。
ルールは模擬弾を使用しての魔法あり戦闘。
どうみてもサクラが不利である。
「サクラちゃん、あんなのがついて来ても迷惑なだけだから殺さない程度に痛めつけていいわよ!」
ネリスがサクラに助言している。
「えへへ、じゃあやっちまうか」
ようは殺さなければいいというお墨付きだ。
サクラは短刀を模した木刀を2本構える。
「なんだそれ、かわいいねぇ早く俺の○○○をしゃぶってくれよぉ~」
そのやりとりを見ていたシルメリアがゴミを見るような目でベティムを見ていると、横にソラがやってきていた。
「ほんとゴミのような男ですね、誰なんでしょうあれを推薦してきたのは」
「ええまったくです」
試合開始の合図とともにベティムは拡散系の術の詠唱を始めるが、すぐにサクラの投げた先端がゴム状に加工された練習用苦無を投擲し詠唱を妨害。
「いてっ!き、きたねえぞクソガキ!」
悪態をつく暇などないはずなのに・・・・そう思いながらも苦無を再度投擲し詠唱妨害の時間を作ると一気に距離を詰め二刀で鳩尾と頚部に強烈な二撃を打ち込みベティムを昏倒させてしまった。
「勝者 サクラ!」
「ありがとうございました~」
駆け寄る真九郎たちに褒められながらサクラはうれしそうだ。
「おい、何汚い真似してんだおい」
スレードが実戦用の杖を構え術の詠唱を始めている。
これはまずいとサクラが苦無を投げようとした時にはもう、シルメリアの杖がスレードの周囲を浮遊し彼の周囲に封呪陣を構築してしまっていた。
「な、呪文が発動しねえ!!!なんでだ!!!」
「シルメリアさん、お見事です」
明るい茶形の長い髪をなびかせながらソラはその鋭い侮蔑の視線をスレードぶつける。
この状況を観察していたトリアムドは頭を抱えていた。
顔あわせからこの有様とは・・・・・
結局、この話が瞬時に皇帝陛下の耳に入りすぐさまベティムとスレードは解任。
貴族側はなんとしても手の者をこの遠征に参加させたくて仕方がないらしい。
何しろここ100年以上に渡り生還者がいない魔窟の攻略に成功の見通しが立ったのだ、その栄誉に預かりたい貴族たちの思惑が透けてみる。
そこで貴族たちは皇帝が魔法力のない者たちの救済に多額の援助金を出すことでなんとか枠を確保し2名の追加人員を送り込むことに成功していた。
前回とは違い性格を重視した人選であるらしいが・・・・・・
翌日になり再度顔合わせに現れたのは、貴族推薦枠のフーバー侯爵家の長男エリクだった。
今度はやたら丁寧な挨拶とサクラへのお詫びの品を持ってくるあたり貴族のしたたかさを感じる。
エリクは19歳で黄色の濃い金髪と小柄な体躯であるが、魔法の腕は中々のものであるという。
「前任者が変なこと言ったみたいね、まあ僕が来たから後は任せてよ」
「能力も大事だが協調性も重要だ、うまくコミュニケーションをとってくれよ」
トリアムドの指示に頷いているが、どこか引っかかる真九郎であった。
そしてもう1人、エリクの護衛役として同行するのはジョグという大男だ。
年は40代に見えるが頭部には毛髪はなく、表情が乏しい顔つきをしている。
この国の人間にしては珍しく、筋骨隆々な体格で見た目だけなら頼りになりそうな人材だ。
こう見えて呪文の繊細なコントロールの達人だという。
「ジョグという、エリク様共々よろしくお願いします」
「よろしく頼む、ジョグ殿」
トリアムドの気苦労はまだまだ続きそうである。