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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第二章 盟主会議 アルマナ・ラフィール
33/74

15 竜杖祭(3)

 アルマナ帝国帝都オルフィリスの中央にそびえその偉容を示すのは王城エル・ヴァリス。

見事なシンメトリーで構成された白亜の城は幾つもの防護結界用尖塔が立ち並ぶ帝都の中枢である。

そのエル・ヴァリスにおいて今現在進行中である竜杖祭に関する議論が行われていた。

参加者はシルヴァリオンの局長と帝国軍の将軍たち、さらには枢密院や行政府の長がそろっている。


「やはりあの者たちの実力は飛びぬけている、遠征への同行を願うべきでしょう」

「ですが彼らが死界人を倒したというのは噂の域を出ないのでは?」

疑問の余地を挟んだのは元老院の副議長のマーカス。

「その証明が可能な人物が来ております、通してもよろしいか?」

シルヴァリオンのトップ、トリアムドが部下に合図を送っている。

もはや拒否するものがいようと関係ないという姿勢だ。

「私だって疑いたくはありませんが、誰かが口にしなければならないことでしょう・・・・」

「いやまったくその通りだマーカス卿」

枢密院議長がマーカスを擁護する。

「トリアムド卿も目撃情報があるというだけでこのような席を設けたりはしないでしょう」

「ええ議長、証明することができれば遠征の重要度も跳ね上がりましょう」

「お連れいたしました」

部下の報告に合図を送ると通されてきたのは車椅子にもたれかかる、かなり衰弱した男だった。

「ご紹介いたします、此度の貴重な報告を命がけで行った、大地母神神殿のタラニス司教であります」

「「「「おおおおお!」」」」

タラニスは長い金髪と長い顎が特徴のひょろ長い男であったが、死界人から受けた傷が悪化し自力で歩行できぬまでに衰弱してしまっていた。

「このような席で失礼いたします、私がタラニスと申します」

弱弱しくも強い意志が伝わる声は参列者の心に染み渡っていく。

「今回タラニス司教をお呼びしたのは、司教ご自身で死界人出現と撃退の証明をしたいという申し出を受けてのことでもあります」

「証明と言ってもどうやってするのだ?」

枢密院議長は未だに死界人出現情報に懐疑的である。

「すいません、少し手を貸して・・・・・ください・・・・」

タラニスの呼びかけにシルヴァリオンの隊員たちがタラニスが立ち上がるのを介助する。

「ごほっごほっ・・・・私が今からそれを証明します、少しお見苦しい姿でありますがご容赦ください」

するとタラニスは司教服を脱ぎにかかり、目で介助を頼んだ隊員たちもその行為を手伝った。

そして服がはだけられ、その胸の傷跡が晒されたとき、会議場に衝撃が走った。

「な、なんという・・・・・」

「信じられぬ・・・・・・」

「ご覧の通りタラニス司教の傷跡は、石化しております。これは伝承にあるように死界人の武器で傷つけられた者は傷口が石化して死に至るとの記述と一致いたします」

「私・・・・・は、一片たりとも後悔・・・・して・・おりません。あのとき彼を・・・・守れたこと・・・は私の・・・誇りです」

「むぅ・・・・・では真なのだな・・・・・奴らが現れたというのは」

参列者たちはこの事実に打ちのめされていた。

むしろ、噂であってくれればどれだけ救われたことであろう・・・・・

だが無常にも奴らは再び現れてしまった。

「今回のアルマナ・ラフィール参集を呼びかけたのもタラニス司教であります、彼の功績は人類史に残る偉業です」

「いえ・・・・私の・・・行いなど・・・・彼らに比べれば・・・・ぜひ緋刈真九郎様とレインド王子のお力に・・・・なってください」

搾り出すように懇願するタラニスは再び咳き込むと自力で座位姿勢を維持することすら困難になっていた。

「すぐにタラニス司教を寝所へ!医術師の手配も忘れるな!」

トリアムドの指示で隊員が駆け出していく。


タラニスが退席した後の会議場は重く陰鬱な空気に満たされていた。

あの惨劇が・・・・再び起こってしまうというのか・・・・・・・

しかも、帝国も一枚岩ではない・・・


そこにトリアムドが毅然と一堂を一喝する。

「この日のために我らシルヴァリオンがあるのだ!しかも今回は前回とはまったく状況が異なる!我らは奴らを傷つけうる武器を使える人物を知っている!」

「そうだ・・・・そうなのだ・・・・まだ希望はあるのだ」

「タラニス殿の願いを実行せねば!」

ここでマーカスが疑問を呈した。

「度々申し訳ないが・・・・・帝国と反体制派と東連、並びにベルパが結託しているという情報も入っている、この状況で我らの切り札を晒すのは賢い選択と言えるのだろうか」

「だからこそ、遠征が必要なのです」

「遠征の意義は私も十分理解しているつもりだ、予算に関してもかなり無理を通していたのだ。だがそのような切り札を帰還者のいない魔窟に向かわせてよいものなのだろうか・・・・」

「たしかにマーカス卿の指摘は協議すべきだと思うがシルヴァリオンとしてはどうだ?」

「いえ、マーカス卿のご指摘は尤もなことです」

「なれば遠征に関してさらに議論を深めようではないか」




竜杖祭三日目・・・・・

各勢力の思惑がこの会場に深い淀みとなって集まり、渦を巻きつつある。

心なしか会場の空気が重い。


第一試合はヨシツネ対ザイン

帝国軍、アルグゲリオス師団のエースであるザインは、彼らの戦いぶりを短時間ながら分析し対応しようともがいていた。

その表情から見えるのは焦燥と疲労である。

付け焼刃でどうこう出来る相手ではない・・・がザインは諦めることなく勝負に出る。

『それでは注目の準々決勝! まずはおばさまたちの人気急上昇中のヨシツネくん!そのギラつきながらも寂しさが同居するのような瞳がたまらない、お姉さんも一押しの選手でーす!がんばってねー!』

会場の一部ではヨシツネ相手に黄色い声援が飛んでいる。

『え?肩入れするな?うっさいなーって次は、帝国軍のザインさんでーす 以上』

「「おい!!!」」

会場からの突っ込みもさらっとかわす司会のお姉さんはついに試合開始の合図をくだした。

「よろしくお願いします」

ヨシツネの一礼にザインは答えようとはせず、じっとヨシツネの挙動を待ち構えていた。

ザインは杖を真横に構えヨシツネの一撃を受け止めようとする姿勢が見える。

ヨシツネは青眼から下段に構えを変える。

それはザインには衝撃だった、青眼以外の構えがあるとは想定もしていなかった。

その動揺をヨシツネは見逃さず、下段からすくい上げるように切り上げた一撃は重く杖を跳ね上げその勢いのまま斜めに胴を斬りつけ走りぬける。

『一手先取!ヨシツネ!』

ばかな・・・・・こうまであっさりと・・・・・

その流れのままザインは何も出来ずにヨシツネに3手を先取されストレート負けを喫してしまう。

「くっ・・・・・・この屈辱・・・・忘れん・・・・・!」

「ありがとうございました」

ヨシツネの一礼にザインは完敗だと痛感する、ここで礼節でまで負けてしまっては帝国軍人としての矜持まで失うことになる。

意を決するとザインはヨシツネに近づくと手を差し出した。

「負けたのは屈辱だが、お前の勝利を称える誇りまで失いたくはない・・・・おめでとう、勝ちあがって優勝しろ」

「そのつもりだぜ、またあんたと手合わせしたいな」

握手をしながらはにかむこの少年に引き込まれるようにザインにも笑みが伝染していた。

会場からは暖かい拍手が巻き起こっている。

両者を称える歓声だ。

ザインは何回か操杖術の大会に出ているが、このような会場の雰囲気は初めてであった。

両者を称えるか・・・・悪くない・・・・



準々決勝の第二試合はナデシコ対ズィーラ


『さーて第二試合はなんと!あの!ナデシコちゃんの登場だ!!』

会場から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こっている。

『落ち着け~皆の衆!そしてその対戦相手は、今のところ全戦で一手も落としていないという強敵、北方の大陸から来たというズィーラさん!なんとも愛嬌にかける顔してますねぇ』

会場からは笑いも漏れているが、ナデシコはこのズィーラは一筋縄で行かないと直感で判断する。

『それでは試合 はじめ!』

「よろし・・くっ!!!」

挨拶と一礼をするタイミングにあわせてズィーラの強烈な打ち込みが襲う。

会場からはブーイングが飛び交い、いつの間にかちゃんと挨拶をしない奴は無礼という雰囲気まで出来上がっているようだ。

ナデシコは槍で打ち払いつつも、体勢を立て直すことに成功する。

こいつ、つよい・・・・・

雑魚のように威したり自分語りをすることもなく、ただ勝利のための行動に徹している。

そしてあの威圧感は・・・・・・こいつ人を殺している・・・・

それはナデシコも経験はしているが、このねっとり絡みつく悪寒を誘発するような殺気は初めて感じるものだ。

以前の彼女であればここで威圧されるまま負けてしまっていただろう・・・・だが今は違う!

「はっ!!」

気合を入れつつ得意の繰り突きでズィーラに攻めかかる。

想定していない攻撃にもかかわらず凌いでみせるズィーラの腕前に呆れつつ、カウンターに打ち込まれた杖を十字部分でいなすとそのまま体ごと回転し石突で胸に一撃を見舞った。

『ナデシコちゃん!一手先取!』

「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」

会場の盛り上がりもピークである。

ズィーラの表情は変わらず、むしろ下卑た笑みを見せ始めたときナデシコは違和感を感じた。

「!」

妙な痛みを感じ、左腕を見てみると一瞬だけ小さな針が見え・・・・すぐに消える。

そして左腕から力が抜け始めていく。

「あれ・・・・なにこれ・・・・」

気合を込めつつ体の変調に耐えながら構えを見せるナデシコにズィーラの笑みがさらに醜悪なものに変わり、あの痛みと脱力の正体をナデシコは悟った。

「妨害か・・・・・・汚い真似を・・・・」

「しばらく動けなくなるだろうが、両手と両足の骨を粉々にする程度で許してやろう」

「・・・・・・・・」

左腕の力が抜けて徐々に左半身と足腰にも力が入らなくなってきた・・・・・

まずい・・・このままじゃ・・・・



この時シルメリアとサクラはナデシコの異変に気付き既に動き出していた。

シルメリアの非常識なまでの広域探知呪文により観客たちにまぎれた妨害者の位置が判明。

その間、わずか数秒である。

位置を聞いたサクラが苦無を片手に妨害者に疾風のごとく近づくと、ねずみような小男が驚愕の表情で逃げ出すところであった。

「よくもナデシコを!」

容赦のない苦無がねずみ小男の膝裏に命中し、派手に転んで全身を強打しうめいている。

それでも諦めずにサクラへ呪文を放つ挙動が目に入った瞬間、腰に隠し持った短刀を抜き疾風のごとく近づくと小男の右腕を肘上から斬り飛ばした。

「ぎゃああああああ!!!!」

腕を押さえてうずくまる男と、突然の惨状に混乱し逃げ惑う観客を警備のシルヴァリオンが誘導し、サクラが駆けつけてきたノルディンに報告する。

「サクラちゃん、怪我はないかい!?」

「大丈夫、それよりナデシコが!」

「大会運営に妨害の報告をして中断をさせないと!」



ナデシコは急激な脱力に耐えながらズィーラと対峙していた。

「まだ立てるとはずいぶんとがんばるものだ、どうれまずは左腕から粉々に砕いてやろうか・・・ひひひひ」


ああ・・・・あたしはつい忘れていたな、この世界は悪意にまみれているんだって・・・・・

今、あたしの周囲にいる人たちがあまりにも素敵で尊敬でき、優しい人たちばかりだから・・・・つい忘れていたよ


あたしはあの悪意にまみれた世界で生き抜いてきたんだってことを・・・・

槍先を地面に落とし、額に当てた石突にナデシコは何を思ったか激しい頭突きを決める。

その突拍子もない行動に観客たちは声を失う。

「とうとう気が狂ったのか??安心しろ丁寧に粉々にしてやるよ」

ズィーラが杖を猛烈に回転しはじめる。

額から血を流しながらナデシコは全身の力をかき集めるかのように槍を構えなおした。

「やっと気合が入ったかも・・・・・」

抜けていく力の中で右手だけがあたたかい・・・・抜ける力を堰きとめるように踏みとどまってくれている。

ああそうか、マユが噛んだ場所か・・・・・

ナデシコに浮かんだ微笑に反応したズィーラが回転力を上乗せした渾身の一撃をナデシコに放ち、観客たちからは悲鳴があがる。

だが、赤く光ったのは両者だった。

避けたナデシコの左腕にかすり一手、ナデシコがカウンターで入れた槍がズィーラの頭に当たり一手。

『両者 同時に一手! これでナデシコちゃん2 ズィーラが1 』

「はぁはぁ・・・・・」

くそう・・・・もう力が・・・・・・

試合再開後、すぐに打ち込まれたズィーラの足払いにナデシコは避けることもできずに転ばされてしまい一手を奪われてしまった。

これで試合は2対2の同点・・・・・次の一手で試合が決まってしまう。

だが、ズィーラは有効打にならない箇所を狙って執拗にナデシコを痛めつける。

肩や太もも、有効打突の適用圏外を正確に執拗に狙っていたぶり続けていく。

『なんて奴だ!!!それにしてもナデシコちゃんの動きがおかしい、何かあったの?ねえ運営しっかりしろよ!!』

会場からは悲鳴と怒号があふれ泣き出す女性たちも多くなっていた。

槍を杖代わりにしながら全身を使って立ち上がるナデシコにはもう、戦う力は残されてはいなかった。

『ちょっとナデシコちゃんどうなっちゃったの!!?  え?妨害行為が認められたが?試合終了まで結界が解けない??おい、ふざけんなよ運営!!』

会場では大会運営に対する観客の不満であふれかえっている。

ヨシツネと真九郎は融通の利かない職員に業を煮やし、結界を殴りつけて無理やり入ろうと試みており、ノルディンやシルメリアも運営本部に怒鳴り込んでいた。



だが、ナデシコは・・・・・

だめだもう・・・体がうごか・・・・

「ナデシコぉおおおおおおおおお!準決勝で待ってるぞおおおお!!!」

観衆の騒ぎをかき消すようなヨシツネの叫びが、消え入りそうなナデシコの心に響く。

「はっ!」

控え室から飛び出したヨシツネが顔を真っ赤にしながら叫んでいた。

くそう・・・こんな奴にいたぶられるよりも・・・・・あいつとの約束を守れないほうがずっと辛い!!!!

すーーっと息を吐くと残された右腕の力に全てを込める。

あの男が次に痛めつけようと繰り出すのは左肩だろう、きっと骨ごと砕くつもりだ。

だったら砕いてみろ・・・・・!ナデシコの瞳に最後のともし火が宿る。

だからこそ大振りになった隙だらけの胸に倒れこみながらの片手突きを食らわせる。

「ぐっがぁ!!」

悶絶し倒れこむズィーラと、力を使い果たし倒れるナデシコ。

『しょ、勝者ナデシコちゃん!!!!!!おい早く救助しろよ!!!こんな妨害行為した奴誰だごらあああああ!』

ナデシコびいきでなくても、さきほどの試合の陰湿さに会場の怒りが爆発しそうであった。

結界が徐々に解けていく間、苦しそうに立ち上がったズィーラは憤怒の形相で落ちていた杖を握り締めるとナデシコをにらみつける。

「いやあああああ!!!やめてええええ!」

会場のあちこちから悲鳴が溢れ出す。

「はぁはぁ・・・・・この小娘が!せめて頭をかち割ってくれるわ!!!!」

迫る杖を弾き飛ばし割って入ったヨシツネのその目は殺意で満ちていたが、駆けつけた警備隊によって拘束されるズィーラ。

倒れこむナデシコをかばうように抱き上げ声をかけるヨシツネだったが、救助されたナデシコはもう声を発することさえできぬほどに脱力が進んでいた。

「ナデシコ!!!ナデシコ!!!!」

狼狽し泣き喚くヨシツネの様子に思わず飛びかけた意識が覚醒してしまう。

消え入りそうな声でナデシコは囁いた。

「ヨ・・ヨシ・ツネ・・・・あの男は・・・・妨害の・・・・ことを・・・・最初から・・・・知って・・・・・た」

「わかった・・・・・・・」

ヨシツネはナデシコの額に自分の額を合わせ、何か小さく囁くと安心したかのようにナデシコは眠りに入った。

『皆様ちょっとお待ちください、かなり異常な事態で協議が必要だそうです・・・・・まじで胸糞悪いったらないよ!!』



ナデシコの治療にあたる治療術師と妨害術の分析を行ったシルヴァリオンは、サクラが捕らえた男が放った術はダドゥン・ガースであるとの結論に至った。

またズィーラの弁護に訪れた東連のバナイルにより、あれはつい勝負に夢中になっただけで軽度の反則であるため処罰は不当だと抗議にきていた。

対応の指揮を任されていたノルディンはこの男も裏でつながっていると見ていたが何より証拠がない。

状況はさらに悪く、ダドゥン・ガースは古代より伝わる邪悪な術の一つで体から力を奪い死に至らしめる禁呪である。

現在では対抗治療が可能になり、ナデシコの完治も可能であるが解毒に一週間はかかってしまうという・・・・・・

「緋刈さん、ナデシコさんの準決勝進出はどうやら無理のようです」

「そうか・・・・色々とご配慮感謝いたします」

ノルディンは肝が冷える思いであった・・・・・愛弟子が受けた悪意ある妨害に真九郎の怒りが抑えようのないレベルまで昂ぶっていることを。


約1時間の間、協議と対策が行われていたが大会運営より発表された内容に観客たちの怒りが爆発した。

ナデシコが復帰不可能となり繰上げでズィーラが次の試合に進出することが案内されたのだ。

あのような汚い男を勝ちあがらせるなどあってはならないと会場では暴動寸前にまで発展しようとしていた。

『みんな!!!気持ちは分かるけど私の話を聞いて!』

妙にのりの軽いあの司会が会場に呼びかけた。

『ナデシコちゃんが受けた妨害はダドゥン・ガースっていう、邪悪な禁呪だったそうです・・・・普通なら食らった瞬間に動けなくなるほどひどい・・・ひどい術なんだって・・・』

「「「ふざけんな!!!そいつをころせええええ!」」」

『ナデシコちゃんはそんな状況でもあのズィーラに勝っちゃったんだよねすごいよね、みんなもう一回治療室でがんばってるナデシコちゃんに拍手を!!!とどけええええええ!』

その呼びかけに呼応し、会場は割れんばかりの拍手とナデシコがんばれー!という声で埋め尽くされる。


真九郎は試合が中断されたため控え室からヨシツネの元へ向かった。

ヨシツネは目だけで人を殺しそうな勢いで、もはや誰も近づくこともできずにいたが真九郎が来るのが分かるとすぐに出迎える。

「師匠・・・・・ナデシコが」

『次の試合はそのズィーラ対ヨシツネ君だよ、みんな見たくない?あいつをヨシツネ君がぶちのめすところを!』

「「「「「うおおおおおおおおおおお!見たいぞおおおおおおおおお!」」」」」

司会に乗せられるように沸き立つ観衆たちを他所に当の本人であるヨシツネは困惑していた。

ここまでのせられると怒りも冷め始め、恥ずかしさもこみあげてきていた。

『しかも!ヨシツネくんはあのナデシコちゃんと良い仲だったりしちゃったりして!!!??』

会場からは悲鳴や歓声が入り混じった声が聞こえてくる。

「おい、司会まじでふざけんな!」

顔を真っ赤にしてヨシツネがやり場の無い感情であたふたしているところに、真九郎は木刀をヨシツネの胸に押し当てた。

「し、師匠?」

「仇を討て、一手も落とすな」

「はい!あいつの分まで戦ってきます!」

師匠のあの目を見たら、恥ずかしいだの言ってられるか!

泣き出しそうな目をしていたな・・・・・・



そしてズィーラたち東連の控え室ではバナイルたちが混乱の極みにあった。

「ええいなんだあの馬鹿司会者は!これでは我らが悪人ではないか!これから注目されすぎてまともに工作なんぞできんぞ!!!」

持っていた杯を投げつけ当り散らしている。

黙り込むズィーラにも悪態をぶつけはじめた。

「貴様が勝機を逃してさっさと倒してしまわないからこうなるのだこの役立たずが!」

「そもそも余計な妨害を入れるからだろ」

「雇われた身で何言ってんだ貴様!」

そこへ飛び込んできたのは次官のグラスだった。

「ちょっとちょっと困りますよみなさん!!!いったい何したんですか!!」

「グラスか、あの馬鹿司会者のせいでとんだ悪者だ」

「そうではなくて、妨害に手出したんですか!?はっきりさせてくださいよ?」

「知らん!」

「・・・・・・・・・」

「まさか・・・・・そんなことをすればどうなるか・・・・・私はヨルマ大使に報告します、あなたたちは覚悟したほうがいいよ」

グラスは逃げ出すように控え室を立ち去る。

「くそう!!!こうなったらズィーラ、絶対に勝て!!!!」

「・・・・・・・・・・・」




『皆様お待たせしました!!!みんなでヨシツネ君を応援しよう!!!』

観客のボルテージは最高潮に達している。

『またぁ?うっさいなぁ尻拭いしてんの私でしょうよ、えっと肩入れしすぎは問題って怒られちゃいました~てへ~』

「「「「「「いいぞぉ!!司会者!!!」」」」」

『という訳で ヨシツネ君対ズィーラ!  試合はじめ!!!!』

様々な方向からのプレッシャーで追い詰められているズィーラは既に目が血走り、その動揺ぶり尋常ではない。

ヨシツネは一礼と共に木刀を構えた。

『え?ヨシツネくんが2本杖持ってる・・・・・何でしょうねあれ?』

両手に持った木刀を構えるヨシツネ。


大会規定によれば杖を2本使うことは禁止されてはいない・・・・使えるものなら使ってみろというルールである。

「またちょこざいな小細工ばかりしよってこのクソどもがあああああ!!! それにしてもあの女、いたぶりがいがあったなぁ・・・・・次は骨を砕き腕をもいでみっ」

ドスッっという重い音をたてズィーラが沈んだ。

一瞬の出来事である。

ズィーラは顎を砕かれ昏倒し頭、両腕、胸の4箇所が赤く光っていた。

『あーーーーっとヨシツネくんの勝利!!!!!!圧倒的強さで一瞬での勝利です!!!もうちょっと引っ張って欲しかったけど、あのズィーラを倒してくれたからよしとしよう!!!!』

「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」」」」」

大歓声と拍手がヨシツネに注がれた。

降り注ぐ喝采と共に、ヨシツネは後悔と罪悪感に押しつぶされかけていた。

意味の無い一撃を打ってしまった、私怨である・・・・

それは剣を生きる者として恥ずかしい行為であると・・・・師匠の教えを汚してしまった。

ナデシコにあわせる顔がない・・・・・



だが戻ったヨシツネに見せた師匠、真九郎は泣いて喜んでいた。

「よくぞ仇を討った!見事だヨシツネ・・・・浮かぬ顔をしているな?」

「はい、師匠・・・・・打つ必要の無い一撃で私怨で・・・・あいつの顎を砕きました・・・・・俺は・・・・・」

「私怨か、それもまたよし」

「え??」

「考えてもみろ、私情がない人間などおらんのだ・・・・・大事なことはお前がそれを恥だと感じたその心だ」

「師匠・・・・・・」

「安心せい、俺ならば顎どころでは済まさぬぞ、それよりもナデシコのところへ急げ」

「はい!!!師匠ありがとう!!!」



興奮冷めやらぬ会場の歓声が未だに鳴り止まぬ中、真九郎の元にBブロック試合準備の報が入る。






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