14 竜杖祭(2)
Aブロックの予選一日目はナデシコとヨシツネともに難なく勝ちあがりその日を終える。
既に会場ではナデシコのファンになった女性たちが熱い声援を送っていた。
女性では不利と言われている操杖術において、美人で可憐ながら凛として美しい所作のナデシコに多くの女性たちが熱い視線を送っている。
一部ではナデシコの髪型を真似る女性もちらほら見かけるようだ。
「2人ともお疲れ様、本当によくがんばったわ」
「うーん・・・・・・」
「ヨシツネ君?なんだかうれしそうじゃないわね?」
「えっと、うれしいんだけど、なんか不満というか」
「ああ、なんだか分かるわ、手ごたえがないんでしょ?」
「そうそれ、毎日散々師匠にこてんぱんにされてるから、あっけないというか」
「あなたたちは十分強いわよ、でもその強さに酔ってしまう人はたくさんいるわ、ちょっとのことで他人を馬鹿にする人間が多いようにね」
「ニーサさん、ありがとう。みんながいてくれるからあたしたちは立ち位置を見失わないですんでるのね」
「なんだか・・・・・・あのときのあなたたちを思うとこう・・・・・」
思わずニーサが込み上げる涙を抑えることができずに、顔を手で覆っていた。
ナデシコが優しく姉に甘えるように抱きつく・
「あのとき、見つけてくれてありがとう・・・・ニーサさん」
「もう・・・・・あんまり泣かせないで」
「感謝してもしきれないって俺たちいつも話し合ったりしてるんだ、だから俺たち絶対決勝まで行って師匠と戦うから!」
「この組み合わせだと、準決勝でヨシツネと戦うことになるわね」
「今のとこ練習じゃ俺の勝ち越しだからな、でも本気で行くぜ!」
「叩き潰すわ」
「はいはい、明日は師匠のBブロックの予選よ、明日のうちに十分体を休めておいてね」
「「はーい」」
なんてかわいいんだろう・・・・この2人の無邪気で光さす笑顔を見てニーサを思わず2人を抱きしめていた。
各国の調査員たちは本日収集した情報の分析に追われていたが、彼らの胸中ではもう答えが出ているも同然であった。
操杖術とは根本から存在理由が違う。
現状での統一見解である。
だがある者は卑劣な邪法と力説し、ある者は魔法阻害陣を無効化する呪文を使っていると、またある者は太古に存在したという身体強化呪文を利用していると。
同じく明日のBブロックに出場予定の帝国軍アルグゲリオス師団所属ザインは、あの戦闘方法に腰を抜かすまでに驚いた。
そしてすぐにその挙動を目に焼きつけ、自身でその対策を練るために即席の特訓を開始する。
だが、分かったことが一つだけあった、あれは操杖術なんかじゃない・・・・・
あれは・・・・・・??? あれはなんだ・・・・???
俺は明日、あのわけの分からないモノと戦わねばならんのか・・・・
シルヴァリオンに予算を取られすぎているために何かと苦労の多い帝国軍の実働部隊であるアルグゲリオス師団は、かなり前からシルヴァリオンとの仲が険悪である。
それもあり、奴らが保護しているあの妙な連中への敵愾心も膨らむ一方であった。
当初、シルヴァリオンが死界人へ対抗できると連れて来た人物の実力を見極めることが目的だった竜杖祭も、各国の意地と権威を張り合う場へと移行しつつある。
その醜い穢れが吹き溜まりに集まる塵のごとく引き寄せられ、悪意は形になっていく。
バナイルの手配によって呼び出されたのは特殊な呪文を使ういわゆる闇家業の人間であった。
東連から入り込んだその男は、背が低くねずみのようなみすぼらしい容貌をしている。
「会場の下見をしてきたが、隙間はあってもあれじゃあ仕留めきれないぞ」
「どの程度に威力が落ちる?」
「不可視の禁呪は維持しなきゃならんからな、小針術かつぶて程度に落ちてしまうだろう」
「ふむ、どうにも予定外だな・・・・・小針術の派生であったろう、痺れるやつ」
「ああ、ダドゥン・ガースか、あれは触媒に金がかかるんだよ、余計な出費したくないぜ」
「その触媒代こちらでもとうじゃないか、追加で200出すそれでなんとかしろ、ただし失敗は許さんし捕縛されても面倒はみない」
「ダドゥン・ガースは発動に手間がかかる、遮蔽用の観客として人員を用意してくれ」
「その金でお前が手配しろ、こちらはそこまで面倒は見切れんぞ、何より高い前金まで既に払ってるんだ」
「へいへい分かりましたよ・・・・・・・成功した際は追加報酬の約束もお願いしますぜ」
「がめつい男だ・・・・・・・話は通っている・・・・本国で受け取れ」
「ありがたいことで、では行ってきますよ」
宿舎に戻るとシズクが興奮した様子で2人の戦いをねぎらった。
「もうすごいです!!かっこいいです!!!」
「あは、シズクちゃんにほめられると素直にうれしいや」
「シズク、本番はあんなもんじゃないぞ次の準々決勝じゃもっとすごい戦いを見せてやるからな」
「わたし、がんばってお弁当用意しますね!」
「シズクの弁当が食べられれば勝ったも同然だな」
「何言ってんの、勝つのはあたし」
「2人ともがんばってくださいね!}
『ヨシツネ、ナデシコ、がんばれ!』
雪がシズクの頭の上で飛び跳ねている、ご機嫌のようだ。
すると、マユがとことこと現れナデシコの膝の上にぴょんと飛び乗って甘えてきた。
「あら、マユ~どうしたの?珍しいじゃない」
すーっと指が沈み込むような感覚さえ覚える極上の毛ざわりを堪能しつつ、マユを撫でてていたナデシコの右腕にマユが甘噛みをする。
「こらーくすぐった・・・・・ちょっとだけ痛いぞマユ?」
マユはちらちらとナデシコを見やるが、何か必死にナデシコの腕を噛み続けている。
不思議とマユに悪意や敵意がないことがみなに伝わっているため、どうしたのだろう?とナデシコがマユの体をやさしく撫ではじめる。
しばらくするとマユはそっと甘噛みをやめ、歯型がついてしまったナデシコの肌を優しくペロペロと舐め始める。
「マユちゃんどうしちゃったんだろう???」
シズクと一緒にいることが多いマユだったが、このような行動を見るのは初めてである。
言われてみればどこか不思議な小狐であったが、そのマユは今はナデシコの膝の上で撫でられ気持ち良さそうに目を閉じている。
「なんだろう、あいかわらず不思議な小狐ね」
「まあマユなりにナデシコを応援してるんだろう?よかったじゃないか」
「まあそう思うことにするわ、それにしても明日は師匠の試合見に行かないとね」
「ああ、師匠の戦い見たらみんなぶったまげるだろうな」
「そうね、あとサクラの様子はどう?私たちだけ竜杖祭に出ちゃってなんだか申し訳なくて」
「ああ、サクラちゃんなら見えないおじさんと何やらこそこそと相談したりしながら、色んな秘密道具を作るとはりきってましたよ」
「ああ、不破師匠か・・・・・あの人はナデシコには甘いけどサクラにはもっと甘いからなぁ」
「元気そうならよかった」
宿舎での夕食はシズクが真九郎好みにアレンジした、海の魚を使った料理で真九郎は涙を流して焼き魚を喜んだ。
「しょ・・・・・醤油さえあれば・・・・・完璧なのだ・・・・・しかし望むべくもない・・・・」
「ショウユって何ですか?」
「いやシズクの料理は本当にうまいのだ、ショウユとは故郷で一般的な調味料のことでな、大豆を使った大豆ソースとでもいうものだ」
「大豆ソースですか・・・・・もしかして・・・・心当たりがあるので調べてみますね、あっ期待しちゃだめですよ」
「いあいあ、シズクの料理が食べられるだけで幸せだ、レインドも王城の飯は味気なくてまずい、早くシズクの料理が食べたいと嘆いておったぞ」
「レインド様がそのようなことを・・・・・・」
ぽーっと頬が染まるシズクを見ていると心がほっこりしてくる。
夕食が済むとナデシコはすぐに不破と立ち回りの相談を始めていた。
不破が気にしているのは、ナデシコがすぐに片手突きで勝負を決めに行く癖である。
『よいか、一対一の勝負であれば焦る必要はない、時間をかけて相手を追い詰めればよい』
「分かってるんだけどね、なんか焦っちゃうの」
『まあ槍を学んでから僅か数ヶ月でここまで腕を伸ばしているのだ、焦ることはないぞ』
「でもなぁ、ヨシツネとかサクラと比べてもあたしには決め手がかけるっていうか」
『決め手ならお主は既に持っているではないか』
「え?」
『教えん』
「けちーー!」
『それこそ自分で気付かなければならんことじゃ』
「うー」
『焦りは何も生まぬぞ、焦れば焦るほど自ら死地に足を踏み入れるようなものじゃ』
「焦りか・・・・・この焦り癖をなんとかしなくちゃ」
『明鏡止水』
「めいきょー・・・・なに?」
『鏡のように美しく一点の波も波紋もない水面を見たことがあるか?』
「たぶん、見たことがあるような」
『鏡のごとく澄み切った曇りのない水面がごとく、穏やかで動じぬ美しく強い心持ちのことじゃ』
「へぇ~さすがいい言葉知ってるね」
『達人の域を目指すために必要な境地であるがな、きついときこそ冷静になれ』
「きついときこそ・・・・冷静に・・・・か・・・・・むずかしいいいいいいいいいい!」
『なれば鍛錬じゃ、諸手突きを100本いってみい』
「はい、師匠」
翌日のBブロック予選において、真九郎の一回戦が開始されようとしていた。
対戦相手は初戦からベルパ王国の推薦で出場している優勝候補の一角として注目株のアルメイダ。
『さて次の対戦はなんと!優勝候補の1人でもあるベルパ王国から出場のアルメイダさんです!皆様知っての通り、かのベルパで最強と噂される人物でもありますよ』
「おいおい、一回戦からアルメイダが相手なんて対戦相手、かわいそすぎだろ」
「いいんじゃないか、相手がアルメイダなら負けても恥じゃないだろ、それにしてもうちのシルフェとやったらどっちが強いんだろうな」
「そりゃーシルフェ様に決まってるだろうさ」
「このまま勝ちあがれば準決勝でシルフェと当たることになるらしいな」
「こんな勝負、賭けの対象にもなりゃしねえ」
「まったくだ」
とこんな会話が会場の至るところで囁かれるなか、姿を現した男を見て会場は一瞬静まりかえりそしてどよめきたった。
男の持つ杖があのヨシツネと同じ物であったのだ。
その衝撃はアルメイダも同様だった。
決勝まであいつらに警戒しなくても良いとたかをくくっていたが、まさか一回戦で自分と当たることになるとは思いもしなかった。
ベルパの情報員は何をしているのだと怒鳴りつけたくなる。
泰然と歩を進め現れる真九郎にアルメイダは問いかけてみた。
「お主、先日のあの妙な杖を使う連中の関係者か?」
「試合に集中せい」
「ええい!あのヨシツネとかナデシコという奴らと関係あるのかと聞いているんだ!答えろ!」
「・・・・・・・・・・・」
真九郎は戦う前に相手へ会わせて会話をするような神経は持ち合わせていない。
あるのは生か死・・・・・・
試合であってもそれは変わらない、当たり所が悪ければいくら防護術がかかった防具を装着していても死ぬのだ。
『さあ、続いて対戦相手は・・・・・あの見覚えのある格好は・・・・・?あっとここで情報が来ましたえーっとひがり・・しんくろーさんという方だそうです・・・・出身はヒノモト?どこそれ?』
会場はなんだなんだという雰囲気になりつつある。
『はい、では試合開始しまーす はじめ』
やる気のない試合開始の合図に合わせ、真九郎は一礼する。
その所作に会場はまさかという気配に包まれる。
ヨシツネとほぼ同様の青眼の構え、スカートのような衣装・・・・・・
「やはり、あの連中の関係者だったか!!!!ならば決勝で叩くまでもない!今ここでっ ぎゃっ!」
アルメイダは杖を構えることもなく、地面に伸び、その後方で真九郎が残心の構えを見せていた。
防具は、腕と頭の二箇所が赤く光り、会場は一気に静寂に包まれた。
『あ、え?何が起こったの???あーーっと医術師からストップ入りました、昏倒しちゃったそうです、勝者!ひがりーしんくーろさん!』
あのアルメイダが負けたことに会場は騒然としている。
真九郎は一礼し、そそくさと戻ってしまった。
ニーサとシルヴァリオンの工作により、真九郎に関しての情報は厳重に管理されており今先ほどまでまったくの無警戒であったのだ。
当然各国の調査員も試合の記録などはいっさい取っておらず、会場では何が起こったのか分からぬまま試合が続けられていった。
「ねえ、ナデシコ・・・・さっき真九郎さんは何をしたのかわかった?」
「んとねニーサさん、師匠は篭手と面をほぼ同時に打ち抜いて相手の背後に回ったの、しかも防具越しで昏倒させるほどの打撃とすぐさま追撃に移れる体勢を維持したまま・・・・・」
「あのすごすぎて何がどうすごいのかが分からないですね」
シズクの頭に?が浮かんでいる。
「シズク・・・・・・正直俺もわからないぞ」
「そうね、ただ分かることは、私たち鬼凛組3人が本気で打ち込んでも師匠から篭手一つ取ったことがないという事実よ」
「え・・・・・?」
ニーサの顔から血の気が引いていく。
強いとは思っていたが、彼らだって魔法術師相手に十分に戦える強さなのだ、それを3人同時に相手して一手も取れないとは・・・・・・
次元が違う・・・・・・
自分はとんでもない人を相手にしていたのだということを改めて突きつけられた思いだった。
控え室に戻った真九郎はすぐさま読書に戻り何やら難しい顔で頭を掻いていたが、そこへ試合状況の確認に現れたシルメリアとにこやかに談笑し始める。
他の出場者たちは真九郎に近寄ろうともせず、遠巻きに様子をうかがっていた。
シルメリアは現在、レインド王子の直衛を担当しており何かと真九郎たちと離れ離れになることが多い。
寂しがったレインドに頼まれ様子を見に来たのだろう。
そして第二試合で舞台に上がってみると、相手は12,3歳の少年であったのだ。
レインドより若干上ほどの年齢で体はまだ小さく、あどけない表情と怯えながらも挑戦しようという意欲が目から滲み出ている。
『さて次の試合はあのアルメイダを破った、ひがりしんくーろさん!そして対戦相手は、帝国の幼年学校で優秀な成績だという、少年枠で出場のイースくんです!』
会場からはがんばれーなどと暖かい声援が立ち上っている。
「真九郎さんにとってはやりにくい相手かしらね」
「え?なんで??」
ヨシツネの以外な声にニーサは意表をつかれてしまった。
「だって相手が子供じゃ本気出しても大人気ないって言われるし、大変じゃない?」
「ニーサさん、師匠はね・・・・そんな甘っちょろくないよ・・・・あたしもサクラも稽古じゃもうこてんぱんにやられるよ」
「まさか・・・・ほんとに?」
「女の子なんだから手加減してって言ったらすごく怒られて、戦場では男も女もない一太刀に己の全てを込めて戦え、それが稽古であってもだって」
「サクラとナデシコはなんだかんだで師匠は気使ってると思うぜ、俺なんか手加減する余地すらないほどにぶちのめされてるぞ」
「まあ、あんたはねいくら打ち倒されても立ち上がってくるから師匠も楽しそうだったよ」
「じゃあ真九郎さんはあの子にも本気で・・・・?」
「当たり前じゃん、だって本気で立ち会わなければ相手に失礼だよ」
この子たちは私が想像している以上に成長しているのだと感じた・・・・・だがそれは果たしてこの世界にはない侍という価値観が試される時が近づいていることも覚悟しなくてはいけないのだろうと。
『それではー試合 はじめ!』
「よろしくおねがいします!」
少年は真九郎の一礼に合わせてお辞儀と共に元気な挨拶をしてよこす。
その挨拶に他意がないことはすぐに真九郎も察することができた。
恐怖と戦いながらも真っ直ぐ見つめようとする少年の真剣な眼差しに真九郎は素直に感心した。
「丁寧な挨拶いたみいります、こちらこそよろしくお願いいたす」
両者共に礼を尽くし始まった試合の流れに、観客たちからは一瞬さーっと静寂しそして火薬のごとく一気に燃え上がった。
「やあ!」
元気な掛け声と共に杖を回転し始めたイースの挙動を見た真九郎は、その回転が右体側から左体側に移る瞬間に雷鳴のような飛込み面を決めた。
苛烈な一撃ではあったが、イースは痛そうにしながらも心は折れることなく果敢にも杖を構える。
審判により一手先取が伝えられるが、イースは深呼吸をすると落ち着き目に怯えの色が見えなくなってきた。
イースは回転を止め、杖を両手できっちり握ると正面から受ける覚悟を見せた。
あの回転は操杖術の伝統としては評価できるが、実戦では役に立つものではないと瞬時に切り替えたイースの思考に真九郎はまた感心することになる。
ややにらみ合いが続いた刹那、真九郎の発した気合と共に打ち下ろされた一撃はイースの杖を真ん中から両断する。
へし折れたと思われたその杖は、真九郎の腕なのか刀で切り落とされたような切り口を見せていた。
そのまま杖を折られた際の仕来りとして、少年に渾身の胴を抜いて3手を先取。
『しょ、勝者!緋刈真九郎さん!すごい試合でしたねー少年相手にも容赦がありません!』
真九郎は立ち位置まで戻ると木刀を納め一礼する。
呆けていたイースも、すぐに一礼し
「ありがとうございました!」
と悔しそうな思いを滲ませながらもしっかりとした礼節を通していた。
「こちらこそありがとうございました、イース殿。良い試合であった、またお手合わせ願いたい」
「は、はい!ぜひお願いします」
照れる少年の肩に手をかけイースの健闘を称えるのだった。
その様子に当初は少年相手に手加減もしないのかという声があふれていた会場からは暖かい拍手が送られていた。