13 竜杖祭(1)
突如発表された竜杖祭の開催告知にも関わらず、一般の参加も含めかなり大規模な大会になりそうであった。
様々な目論見のベクトルが交差する中、大会が大規模化、話題性が高まる、優勝結果の注目度の高さはそれぞれの思惑通りである。
だがここに不満な男が1人。
「むしろ、俺が出る理由はないのだが?」
真九郎にとってヨシツネたちがその存在感を高め生きる術を見出し始めた現在、よくよく考えれば余計なリスクを背負い込むことはないのだ。
「ネリス、あまり一方的に何もかも決めてもらっても困るぞ」
「いや、その、まじですんません・・・・・」
「真九郎さん、気持ちは分かるけどネリスさんにも立場があってしたことでしょうから、許してあげてください」
「許す、許さぬではないのだ、こう自分の意思でこうするといった決意もなしに戦えというのは、ある種の侮辱だと思っているだけだ」
「ああ、そうです、たしかに緋刈さんのおっしゃる通り・・・・・うちらシルヴァリオンも同じことされたらぶち切れるかも・・・・・・ああ、ごめんなさいまじで」
「ネリスを責めているのではない、なんかこうしっくりせんのだ、うまいこと乗せられているのが分かるだけにやり場のない怒りが」
ここでシルメリアが思いついたようにあることを提案した。
「真九郎様、大会優勝者には、アルマナ皇帝陛下に謁見が叶い、一つだけ優勝者の願いを聞いてくれるそうです、もちろん無茶や分不相応な願いであれば近衛に殺されてしまいますが」
「願いが叶うから出ろと?」
まずいまずい、かなりご機嫌が斜めのようだ。
「いいですか、皇帝陛下の命ならば、見つかるかもしれませんよ・・・・・ お・こ・め ・・・・」
「!!!!!!!それはまことであろうな!!!」
「まあ私たちが市場回るよりは可能性が高いと思いますよ」
「・・・・・・・・・・・・よし、ネリスよ 俺も大会に参加して見事優勝してみせよう」
「おこめすげ!!!どこまでおコメ好きなんだよ!!!!!まあそれって食材なんでしたっけ?そういうことなら謁見も問題ないでしょうから、分かりました手配はもう済んでますけどね」
「ふふふふふ、ネリス!シルメリア! もし米が叶ったらどれだけの美味であるかを思い知るがよい!!!!ははははははは!!!」
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
こうして米に乗せられた誇り高い侍は大会への参加を決意するのでした。
~~~~~~ 東方都市連合大使館 ~~~~~~~
ヨルマ大使たちの難癖により実現した竜杖祭は、外交部次官グラスの仕事量を何倍にも跳ね上げた。
一番の問題は誰を出場させるかであった、護衛連れて来た傭兵に操杖術を得意とする者がいるらしいが・・・・・・
各種手配や人探しで慌しい中、この会議に同行してきた通商部の補佐官バナイルが1人の男を連れてグラスの元を訪れていた。
「これはグラス次官、だいぶお忙しいようですね」
「補佐官・・・・・・このままだとまずいです、選手が見つかりません・・・・」
グラスは冷や汗をだらだらと流しながら手元の資料を眼で追うのに必死である。
「早めに来てよかった、私からこの人を紹介したいと思って連れて来たんですよ」
「本当ですか!?」
バナイルの後ろから現れた男は背が高く顔の左半分に火傷の痕があり、細い眼の下に潜むのは氷のような怜悧な瞳だった。
「元々は大使から紹介されたので、彼にお任せするのがいいでしょう、ズィーラさんって言うらしいですよ」
「・・・・・・・・・・」
「あの、ズィーラさん、あなたに東連の代表選手をお任せしてもいいでしょうか・・・・・?」
とは言いつつ、実力の確認もせずに大丈夫かと思ったが、グラスはそこまで仕事量を増やす気もなかった、上がいいならいい。
「前金はもらっている・・・・・了承した」
「は、はい、お願いします」
ダラスはこの男が発するオルナが苦手だった、こういうオルナとは相性が悪い・・・・後は任せて別の業務を片付けてしまおう。
「あの、大会当日の流れとかはこの案内書に書いてありますので、あとはお願いします。私はほかの連絡業務あるので失礼しますね」
ダラスは資料を鞄に詰め込むと、逃げるように事務室を飛び出していった。
「あらあら、君は大分嫌われているらしいよ」
「興味がない」
「まあ大使の指示通りには動いてね」
「・・・・・・・・・・・了解している」
「まあ北方大陸でNo1のあなたなら優勝は間違いないでしょう」
ベルパ、ドゥベルグ各国も一応は慌しく選手の準備をしているようだが、一時間も経たずに選手は決定しているようだ。
シルヴァリオンからはあの変態飛竜乗りのカルネスと隊内で随一の腕前のシルフェという若い隊員の出場が決まった。
各勢力ともに維持とメンツと思惑と陰謀が絡み合い、異様な雰囲気の中で大会を迎えようとしていた。
リシュメアからはヨシツネとナデシコ、さらには会議招待枠として真九郎が出場することになる。
サクラは大会規定の短杖の長さが得物に合わないこともあり、緊急時の対応要員として待機してもらうことになった。
その真九郎と言えば大会前日にも関わらず、シズクとレインドを連れて市場や仕入れ関係者に米に関する情報を聞きまわっていた。
シズクたちは2人で帝都を歩けることがうれしいらしく、楽しげな会話を続けている。
あの一件以来、2人は旧知の間柄のような信頼が醸成されつつある。
微笑ましいことだ・・・・・
レインドも大会に出たいとは言ったが、シルメリアとニーサの必死の説得で取りやめになった。
ヨシツネといい勝負をするレインドは出場すればそこそこいけるのではないかと思っていたが、一国の王子となれば立場もあろう。
そして大会当日。
ヨシツネはアウェイでの参戦を楽しむかのような不敵な反骨心があるらしく、無名な俺がみんなをあっと言わせてやるとはりきっていた。
対してナデシコはがっちがちに緊張してしまい、サクラとマユまで動員し緊張をほぐそうと必死だ。
不破もナデシコが気になるのか、最後まで諸手と繰り手の復習をしていた。
大会会場となるのは、魔法技能戦闘の大会やシルヴァリオンの入隊試験が行われることで有名な演魔場。
観客も数万を収容し、広域音声呪文による解説実況も可能としている。
今回は事前の通知がないにも関わらず会場はほぼ満席であまりの人数に真九郎も圧倒されていた。
競技の舞台は、円形で周囲に魔法使用妨害の陣が描かれ、周囲からも魔法使用が行われないように厳重な監視がしかれている。
全出場者は一般参加を合わせて100名。
シードの各国出場選手は全6試合。
一般参加のノーシードは全7試合となっている。
操杖術といっても、基本は殴り合いである。
そこで選手を保護するための術が組み込まれた腕輪と脛当、あとは頭部保護用の髪留め・・・・・頭髪が無い者へは鉢巻、胸につける保護バッジ。
これらの装着が義務化されており、有効打突が入った際には赤く光るようになっていて、この赤2本先取で勝利となる。
剣道と違う点は、一度に2本取ってしまって構わない点にあり、胴は胸と同じ判定になるため有効。
会場は観客たちもリラックスした雰囲気で見物していた、観客のほぼ全てのお目当ては帝国貴族からの出場枠とシルヴァリオンの出場選手たちである。
あの変態カルネスはあれでも人気はそこそこあるらしい。
シルヴァリオンとは違い、帝国貴族は鼻持ちならない奴が多いから接触は避けた方がいいとノルディンからアドバイスをもらっている。
トーナメントの組み合わせで観客たちは歓声をあげ盛り上がってきている。
ブロックは2つに別れ、Aブロックはヨシツネとナデシコ、Bブロックは真九郎だった。
2人とも真九郎と同じブロックでないことに一安心だったが、2人はうまく勝ち進むと準決勝でぶつかることになる。
「あんた、準決勝まであがってこなかったら許さないからね」
「決勝で師匠と戦うのは俺だかんな」
「2人ともいい気合が入ってきたようだな、ナデシコも緊張が解けてきたかな?」
「なんかね師匠、ヨシツネと準決勝で戦うって決まってから妙に落ち着いてきちゃって」
「侍らしく誇りある戦いをしなさい」
「「はい!!」」
「いいなぁ、私も出たかったなぁ」
「サクラはな、切り札なんだよ」
「切り札?」
「ああ、サクラは存在を秘匿された奥の手の切り札だ」
「なんかよく分からないけどかっこいいからいっか!!!」
そこへシルメリアが真九郎たちのいる一角へやってきた。
「みんな、怪我しないようにがんばってくださいね、それから食べ物や水は私が用意する物以外は取っちゃだめですからね」
「お姉さま、そこまでしないとだめなの??」
「ええだめよ、それともお腹を壊す薬をもられて、大衆の面前で粗相をしてもいいの??」
「絶対いやああああ!!!」
「なんだそれこええええ」
「有力選手ほど潰されるらしいわ、ノルディンさんは有力選手だったために過去の大会で・・・・・・」
シルメリアの悲痛な顔に3人は察することになった。
「そうか・・・・・許せぬな・・・・うんこ漏らしたのか・・・・・・」
「かわいそう・・・・・」
「ノルディンさんの仇は俺がとってやる!」
そこへナデシコに第一試合の出場準備の声がかかる、防具の取り付けにシルメリアが付き添うらしいが、ちょうどいいタイミングでノルディンがみんなの様子を見に訪れていた。
「やあ、ナデシコちゃんがそろそろ第一試合なんだね、気楽にがんばってね」
「はい!!・・・・・ノルディンさん!!!仇はとりますから!!!」
「え?う、うん・・・・がんばってね!」
ナデシコは妙な気合に満ちながら準備室へ入っていった。
「あの、ぼくの仇ってどういうこと??」
「ノルディン殿、男子の恥とは生き様の恥じゃ、うんこごとき毛ほどの恥ではない・・・・」
「俺、絶対うんこ漏らさないようにがんばるから!!!」
「あのさっきから・・・・うんこって何のこと?」
「え?だって姉さんがノルディンさんが過去の大会で薬もられてみんなの前でうんこ漏らしたって」
「ああああああああああああああああ!!!それ違うから!誤解だから!お腹の調子悪くて大変だったけど、ちゃんとトイレまで我慢できたから!!」
「・・・・・隠さずとも良い、男ならうんこ漏らすことの一度や二度、皆経験するものだ」
「「え??」」
「え?みんなないの?」
「・・・・・・ねーよ・・・・・・・」
そしてナデシコの第一試合が始まる。
観客の大部分は妙な格好の若くてかわいい女の子が出場しているなぐらいにしか思っていない。
しかし、各国と東連関係者の注目度は尋常ではなかった。
記録用の映写水晶を持ち出し、調査官たちが最前列で凝視している。
対戦相手は一般市民で一回戦を勝ちあがった退役軍人のようだ。
「小娘がシード枠とは、どこぞの貴族の推薦でも受けたか?それになんだその異様な杖は」
大会規定を守りナデシコが用意した杖は、十文字槍の形状を模した杖である。
先端は怪我をしないように丸く布が巻かれており握りの太さも愛槍と同じ直径になるように苦心した。
『さーてそれでは出場選手の紹介です、まずは帝国軍を退役したロマンスグレーの似合う、コモノーさん』
「見てくれだけの粋がったガキなぞ、すぐに仕留めてくれるわ!」
『そして対戦相手になるのは!リシュメア王国からの出場者、なんと可憐でかわいらしい美少女でしょう! ナデシコちゃんです!』
試合会場の水晶モニターにアップにされたナデシコの容姿に観客たちの歓声が飛ぶ。
『それでは、試合開始!』
ナデシコは一礼をし槍を構えようとしたが、コモノーは礼もせず杖を左回転させながら距離を詰めてくる。
遅い・・・・・
もし礼を無視しての打ち込みでも対応できる自信がナデシコにはあった。
コモノーはナデシコの構える槍の型に戸惑い、杖の回転が著しく落ちている。
杖は回転させればさせるほど魅せるとして観客受けがいいが、観客たちからは不満のブーイングが沸き起こってきた。
「なんだその構えは!馬鹿にしているのか!」
「付き合う必要もないか・・・・・はぁっ!!!」
ナデシコの繰り出した電光のような繰り突きにより、コモノーの頭、胸、腕、脛 全ての防具が赤く光った。
構えたてからの一瞬で決まったようにしか観客には見えなかった。
ナデシコは突きが決まった後も確実に距離を意識し構えを崩さず、試合終了の掛け声を待つ。
『2手先取! ナデシコさんの勝利!』
会場の沸き立つ歓声と驚きの声が地鳴りのように響いている。
ナデシコは最後に一礼をし、試合会場を後にする。
会場では何が起こったのか理解することもできずにいるコモノーが呆然と立ち尽くしていた。
会場の中でも各国調査関係者が受けた衝撃はすさまじいものであった。
「な、なんだあれは!!!」
「おい!再生してみろ何が起こった!」
「はい、ただいま!!」
記録水晶を再生する調査員たちは、たった今起こったことにさらなる衝撃を受けていた。
ナデシコが的確に、4箇所全てに突きを叩き込んでいる、圧倒的スピードで。
各国の調査員が分析すらままならぬ間にヨシツネが試合が始まろうとしている。
『さあ続いてはさきほどすっごい試合を見せてくれたナデシコちゃんと同じ師匠の元で学ぶ、ヨシツネ君の登場です!』
ナデシコの関係者という発言で会場はどよめき立つ。
既にナデシコは観客の心を掴みかけている。
観客と調査員たちはヨシツネが持つ杖の形状に?????状態であった。
一般的に操杖術といえば長杖であり、短杖で出場する者などここ100年出たことすらない。
『おっと、ヨシツネ君は なんと短杖を使うようです!短杖よりは若干長いかもしれませんが、長杖にはまったく及びません!これでどう戦うというのでしょうか!?』
観客たちからはブーイングや馬鹿にするなという怒号が飛び交う。
「いいぜいいぜ、そうやって散々馬鹿にするだけしてくれよ・・・・・・そうしたほうが圧勝したときの衝撃もきっと大きいだろうぜ!」
ヨシツネはこの状況を楽しんですらいた。
反骨精神が豊かなこの少年は、口だけはなくそれを楽しむ度胸と度量を兼ね備えてきている。
『そして対戦相手はカルカルの村代表、カマセーさん!』
「短杖とか馬鹿にするなら帰ってくれないかな、こっちは本気で大会に出てるんだよ!」
「俺は本気だぜ」
「大人を馬鹿にしたらどういう目に会うか見せてやろう!わが村では操杖術は子供の頃から習い始めるんだ!30年以上に及ぶ鍛錬の術を貴様に見せてやろう!」
反骨の炎が燃え上がる・・・・・・だが、ナスメルで経験した実戦がヨシツネの心をクリアにしていく。
すーーっと心の波間が消え凪が訪れる。
落ち着いているものの、鋭い射殺すような殺気の目がカマセーを射抜く。
その気迫と感じたことのない殺気に完全にのまれたカマセー。
『それでは試合開始!!!』
「よろしくお願いします」
さきほどのナデシコに習い、ヨシツネは試合前に丁寧な一礼を行った。
そして・・・・・彼の構えが観客たちの常識からかけ離れた構えを見せる。
平晴眼。
正面に堂々と構えた木刀は威風堂々とヨシツネを何倍も大きく見せる。
カマセーは既に動くことさえできず、構えさえできずに歯をがちがちと鳴らしていた。
「どおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
がらんと空いた逆胴を神速の飛び込みで抜き撃つ。
すぐさま構えをし直しカマセーの反撃に備えるものの、防具が衝撃を吸収しきれずカマセーは吹き飛んでいた。
『ヨ、ヨシツネ君!1手先取!』
さきほどのナデシコの時のような歓声とどよめきが会場を支配していた。
鳴り響く歓声と拍手、この瞬間からヨシツネはみんながつばを吐きかけゴミのように扱われた人生を過去にした。
心を辛い日々の思いが通り過ぎた、あの日々があったのはこの時のためと言われれば、ああそうだったのかと納得できてしまいそうな気持ちだった。
『おっと、カマセーさんは動けないようですね、あっだめだそうです医術師より試合続行不能と連絡が入りました、これにより 勝者 ヨシツネくん!』
会場が衝撃と歓声ですさまじい振動を発している。
ヨシツネは倒れたカマセーに一礼すると、会場をそそくさと去った。
沸き立つ感情は、胸にしまいこもう。
まだまだこれからなんだ俺は。
そんなヨシツネを出迎えたのは真九郎だった。
「ヨシツネ、緊張しすぎだ。軸足への体重移動がまだ甘いぞ」
「はい!師匠!!!」
ああ、こうでなくっちゃ!!いつも俺に現実の正面を見ろと教えてくれるこの人が俺の師匠が!!!
ヨシツネは少年らしいキラキラした目で真九郎の指導をうれしそうに聞いていた。




