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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第二章 盟主会議 アルマナ・ラフィール
30/74

12 帝都 オルフィリス

 ナスメルを出発し小さな村を中継しつつ、穏やかな旅が続いていた。

野営ではシズクが料理の腕をふるい、同行したノルディンたちまでもその腕を褒め称えていた。

旅の間も稽古を欠かさぬことにノルディンたちもいたく感心し、ちょっとした提案で模擬戦を行うことになったが、シルヴァリオンだけあってかなりの手練である。

だが、レインドに叩き込まれた呪文詠唱のタイミングや挙動を見る癖が幸いしノルディンは一勝することも叶わなかった。

「いやあ、僕もシルヴァリオンの中ではそこそこ強いほうだと思ってたけど、上には上がいるんだなぁと思い知りましたよ」

「いやノルディン殿が強くなるのはこれからだと思う」

「え?そうですか?」

「ああ、己の弱さを把握したとき、それは強くなる兆し、また試合ならいつでも付き合いますよ」

「なるほど、そういう考えもありますね・・・・」


真九郎はこのノルディンという男を気に入っていた。

まずシルヴァリオンはこの帝国や諸外国と比べてもエリート中のエリートである。

だが、彼らに共通しているのは驕らず威張りちらすことがない。

ノルディンは中でも穏やかでまだ幼いシズクやレインドの話もしっかり聞く姿勢が素晴らしいと感じていた。

彼らの根底にあるのは死界人の打倒。

この一点が彼らを高潔に保つ役割を果たしているのかもしれない。



次の目的地こそ、帝都オルフィリスである。

その歴史は数千年に及ぶとされ、この地で最も歴史のある都市である。

リシュメアと違い緩やかな平地と森、キルディス山脈から流れる豊かな川と湖。

帝都の北にはラナメア海が広がり、大陸との貿易も盛んになりつつある。

東には山岳地帯と今でもときおり噴火を繰り返すベネスラディ山がそびえる。


帝都防衛線の要でもあるローム峡谷を抜けた先に広がる光景を真九郎は生涯忘れることはないであろうと思う。

月藍湖レシルの壮大で澄んだ青に抱かれるように佇むのは、真白に天へ伸びる聖城と環状に広がる浮遊する城壁郡。

これを人が作ったなど到底信じられるものではない。

真九郎がここに来て初めて飲んだ、牛やヤギの乳に雫が落ちるときに見られたあの形に似ていると感じた。

いわば、ミルククラウンである。


ミルククラウンの中央に聖城がそびえ、水滴に該当する部分は浮遊城壁とも迎撃砲陣として機能しているらしい。


シルヴァリオン以外はもちろん帝都オルフィリスを見たことがなかったことから、みな呆然とその聖城の美しさに息を呑んでいた。

「こうやって初めてお連れするお客様が、我が帝都に見ほれる姿はやはりいいものです」

ノルディンは誇らしげに手綱を握る。

「これは、神代の世に神々が作ったものではなく、人の手によるものなのですか?」

「はい、と言いたいところなのですが正直なところ・・・・不明なのです」

「不明・・・・とは」

「かの・・・・・・忌まわしき奴らに滅ぼされかけた時に多くの街が焼け落ちましたが、帝都でも多くの古代遺物や貴重な資料が焼け落ちました」

その資料の価値を考えると思わず真九郎は唸った。

「かの先達たちは復興と今日を生き延びることを最優先課題にするしかなくなったため、資料の再編纂はほぼ放棄されました」

皆、帝都が抱くのは荘厳で輝く美しさだけではなく、その壮絶で悲惨な歴史という一面もあるのだと改めて認識することになった。

「ただ美しいと、思うだけではいけませんね、この帝都に生きる人々の血に刻まれた臥薪嘗胆の過去と誇りに敬意を払おう」

「緋刈さん・・・・・シルヴァリオンはあなたを歓迎します」




帝都に近づきさらに驚いたことは、澄み切った水が帝都の外観を、宙を循環していることだった。

一種の結界でもあり、帝都の民が使う水の呪文による水元素が帝都領域で枯渇することと、レシル湖への影響を防ぐためであるらしい。

皆、口をぽかんと開けたままノルディンに案内される。

帝都の外観も壮絶だが、中に入るとその建物は統一された白亜の建造物で区画が分かれている。

中央の聖城から放射状に道路が延び、それを埋めるように様々な建物がひしめいている。

だが・・・・・・・・・・

一点だけ、異質な建造物があるのが遠目からでも分かった。

白亜が埋め尽くす帝都において、一点だけに滲む漆黒の建造物。

「あれは・・・・・・」

馬車の車上から真っ直ぐに皆の目に飛び込んできた漆黒の異様な建造物。

それ広い敷地といくつも漆黒の建造物で構成されていた。

「さて着きました、みなさんお疲れ様でした」

ノルディンが馬車をその敷地内に進入させる。

「え?ここは??」

ナデシコの問いにノルディンは鼻を膨らませながら得意げに答えるのだった。

「ここが 対死界人調査機関 シルヴァリオンの本部になります」


帝都に滲む染みのような漆黒の建造物・・・・・それこそがシルヴァリオンの本部であったのだ。


ここからの流れはまさに流されるまま、言われるまま、訳の分からぬまま、ノルディンや合流したネリスたちによって仕切られ気付くとシルヴァリオン本部の来客用宿舎の部屋で旅装を解いていた。


部屋は個人に与えられ、しばらくは思考が追いつかずぼんやりと部屋の窓から帝都を眺めていた。

なんとなく、談話室のソファーに集まりシズクが入れてくれたお茶を飲み・・・・・・・・・・

「うーむ、何をすればいいか分からん・・・・・流されるままここに来てしまったが、当初の目的であるシルメリアの護衛も果たされたことになったのだな」

「真九郎様、色々ありましたが本当にありがとうございました」

「そうだな・・・・・お互い無事でよかった」

「ええ、あの何か悩みでも?」

「悩み・・・・・か、そうだなニーサは居ないが皆に話しておきたいことがある・・・」

『とうとう打ち明ける気になったのかな?』

「ええ」

『安心せい、それぐらいで態度が変わる奴らでもあるまい』

「そうですね・・・」

「不破師匠、何か大変そうな話なの?」

サクラが不安そうにシルメリアにくっつき始める。

「実はな・・・・前からずっと考えていたことなのだ、不破殿とも議論を重ね様々なことを検証しようやく己なりの結論を得るに至った」

「「「「・・・・・・・・・・」」」」

皆の顔が不安と緊張に包まれている。

シルメリアはもしやという思いがあった・・・・・もしかしたら・・・・・・・去ってしまうのではと

「拙者、緋刈真九郎は、この世の、いや、この世界の人間ではない」

「え????」

サクラがきょとんとした顔をしている。

「師匠、何をいまさらって感じなんだけど?」

ヨシツネがぽかんとした顔で雪を撫でながらあっさりととんでもないことを口走った。

「な!俺がどれだけ悩んだと思ってるんだ」

「でもさ、みんなで話あったことあったじゃん?あのときもやっぱり師匠って異なる世界から来たとしか思えないよなーって」

「うん、ちょっと考え方とか、着てるものとか、サクラたちと違いすぎるもん」

「あの・・・・真九郎様は・・・・この世界が・・・・お嫌いですか・・・・・」

今にも泣き出してしまいそうなシルメリアはつつけば壊れてしまいそうなほど狼狽している。

「嫌いであれば、ここまで肩入れすることはない・・・・むしろ、初めて会ったこの世界の人がそなたであったことが、俺にとって救いだった」

「!!!あ、そ、その・・・・何を言って」

「お姉さまかわいすぎる!!もう乙女なんだから!」

ナデシコに抱きつかれ慌てふためくシルメリアは真っ赤になってもがくマユを無理やり抱っこして落ち着こうとしていた。

「それでその・・・・・皆に改めて問いたいのだ、俺がこの世界の人間ではないとなれば、特に鬼凛組の師匠としてお前たちを導いて良いものだろうか」

『だから、お前は考えすぎの頭の良い馬鹿なのだ』

「そうだよ不破師匠の言うとおり!」

「ねえ、師匠、あたしはね師匠が師匠じゃなかったらここまで来れなかったし、教えを受けようなんて思わなかったよ・・・・」

「師匠が教えてくれたのは剣の道だけじゃない、俺たちの心をまっとうに導いてくれた、厳しく優しく・・・・・だから師匠はいつまでも俺たちの師匠でいてもらうからな!」

『うう・・・・うおおおおお!!!! ええ子たちじゃないかぁ!!!』

「不破さん、・・・・・・」

不破が号泣してしまったために、込み上げてきた思いの衝動で泣くことは回避できたが、ついあの人に眼がむいてしまう。

「あの、真九郎様がこの世界の人間でないと判断した理由を一応聞かせてください」

「そうだな・・・・・まずヒノモトとはあらゆる理が違いすぎる。魔法の存在・・・・・これが一番だなそして・・・・・・それは言葉と文字だ」

以外な答えに皆が顔を見合わせどうしたことだと不思議がっている。

「ある程度近隣の文化圏であれば言語が似ることもあろう、だが住む場所、習慣、歴史によって言語は多種多様に発展していくはずだ、だが学ぶこともなくこの世界のお前たちと会話が成立するとはいったいどういうことなのだ、当たり前すぎてしばらく気付かずに過ごしてしまったよ」

「真九郎様???あの言語が違うとはどういうことなのでしょう?」

「さっき話したとおりなのだが・・・・」

「えっとこの世、この世界?では同じ言語、同じ文字 1つだけなんです。海の向こうの大陸でも同様の言葉と文字なんですよ」

「いや、まさかな・・・・・であるならば、俺はこの世界に入り込んだ際にこの地の言葉をヒノモトの言葉と思い込んでいたのか!?」

『何やらきなくさい話になってきたな』

真九郎は立ち上がり、窓の外を視界に入れながら思いを語り始める。

「いつからか感じていたことだった、何か人の身では考えも及ばぬ大いなる存在の意思に流されているような気がしてならなかった」

「それは、死界人に関わる事態のことですね」

「ああ、俺の剣が・・・・唯一やつらに効く手段だと?魔法が一切通じぬ? なんだこれは?出来すぎにも程がある」

「私にとって真九郎様はいつでも特別で、この人ならばきっと死界人ごとき倒してしまう存在なんだと信じていましたから、出来すぎなんて思いません。」

「ありがとうシルメリア・・・・・・」

『今はあまりくよくよ考えるな、神仏のお導きだと思い込んで酒でも飲んで寝てしまえ』

「俺はその、下戸でして・・・・」

『なんだ酒も飲めんくせにあんな弱音吐いておったのか、軟弱者め』

「面目ない」

しょんぼりとした真九郎の元にレインドがいつの間にかやってきていた。

「師匠、私の師匠はずっと緋刈真九郎殿 あなただけです。違う世界の人であることはどうでもいいのです、あなたが導き教えてくれたひとつひとつが私の血肉になり生きる希望をくれたのです」

「・・・・・・・・」

弟子たちに慰められる、なんとも情けない自分に恥ずかしさが込み上げてくる。

「緋刈様、異なる世界の出身だと料理の味とかも色々大変だったと思います、今度市場に一緒に行って好みの食材などを探しにいきませんか?」

シズクがレインドと微笑みながらの提案はうれしかった。

「そうだな、米、米を食いたいな!!!!」

『米・・・・ああ懐かしき米よ・・・・』

「真九郎様!!!シルヴァリオンと予定の調整など出来次第、みんなで市場に行ってみましょう!!・・・・・そうだ後はお風呂!!!」

「そうだ・・・・・俺にはまだ風呂があったではないか!!!」

「おふろ?」

シズクがきょとんとしている。

「任せてください!!!!私がこの宿舎ぶっこわしてでもお風呂作ってみせますから!シルヴァリオンなんか知ったことか!!!」

「お姉さま、落ち着いて・・・・・・でもお風呂がんばって用意しましょう」

「お風呂♪お風呂♪」

「シズクちゃん、後で僕が説明するね」

「うふふ、なんだか楽しそうでいいですね」



このコメと風呂を希望に耐えた数日であった、来客用宿舎の一室の改築許可を強引に取り付け石材加工業者を入れるとわずか半日で風呂場が完成してしまった。

なにやら妙なことをやっているとシルヴァリオンが何人も見学にきたが、ネリスが興味津々だったためこちらに引き入れようと事情を話すと温水作成と排水関連の魔道具なら当てがあるとと飛んでいった。

1時間も経たずに戻ってくるとすぐさま風呂場への取り付けと使い方の説明が終わる。

なるほど、押すだけでお湯と排水ができるらしい。

ちょうどその頃に石鹸と髪に良いと評判のシャンプーの代用品になりそうなものを女性たちが見繕ってきていた。



女性たちがお風呂に心を奪われいた時、真九郎は盟主会議の事務局から面談を受けていた。

シルヴァリオンに報告した内容の確認となるが、やはり刀を抜いたときの虚脱症状を身をもって経験し改めて衝撃を受けている。

そのため、会議場にその武器の持ち込みが出来るかどうかを検討するらしい。

会議とは言っても大会議場での議論が行われるわけではなく、大規模な情報交換会と理解したほうが良さそうだ。

しばらくは宿舎で待機してもらい呼び出しに応じて聞き取り調査や会議に参加することになる。


久々の風呂を満喫し、シルヴァリオンの女性隊員にも風呂は好評で大々的にのぞき対策としてかなり物騒な対策が取られ始めている。

敷地内での稽古や市場の物色をしながらたまに訪れる聞き取り調査に応じていた日々であったが、ネリスから伝えられた情報により真九郎たちはその対策を取らなければいけなくなってしまった。

「つまり、あなたたち鬼凛組の実力に難癖をつけている連中がいるわけよ」

「まあ、これといった実績ないもんな俺ら」

「納得しないでよ、会議は緋刈さんや鬼凛組を重要視し対死界人戦闘の切り札としてバックアップするべきだという意見が大勢を占めているわ、けどねそれを快く思わない連中が実力を確認する機会を作るべきだと主張しているの」

「ネリスさん、それで納得しない連中て誰なのにゃ?」

「主にベルパ王国と東方の東方都市連合ね」

「シルメリア、その連合とは?」

「はい真九郎様、東方都市連合とはかつて帝国の都市だった東方の小都市郡が独立し関税などをお互いに融通しあって生まれた商業連邦とも言うべき存在です」

「様々な国があるのだなぁ」

「いわゆる東連はね、あまり良い評判を聞かないけどね」

「リシュメアではあまり接する機会がないけど、帝国だと取り引きとか多そうだもんね」

「帝国の領土を切り取ろうって算段が見え見えで、シルヴァリオン予算を大幅減額して軍を倍増すべきだという意見も多いわ」

「いつの世も、どの世界も、人のやることは変わらないのだな」

「まあ話はそれたけど、主導権を取られたくない連中に納得させる材料を用意しろってのが帝国上層部のご意見、んで奴らの意見を取り入れて明日から開催されるのがじゃじゃーん」

懐から取り出したチラシのような紙を皆に見せ付ける。

「竜杖祭???」

「なにそれ?」

「えっとね、しばらく前に行ったことがあるお祭りで、ようはね、ぶっちゃけると・・・・・大操杖術大会~ぱちぱちぱち拍手~」

「なんなんのだそれは」

「あー緋刈さんにはぴんとこないか、トーナメント形式で各国や腕自慢の操杖術の使い手たちで戦わせて一番を決める戦い」

「つまりこうか、俺や鬼凛組に箔をつけたい・・・・と?」

「さすが緋刈さん、んで大会明日からだからよろしくー」

ささーっと逃げ出そうとするネリスの首根っこと捕まえたのはシルメリアだった。

「待って、真九郎様たちが使う武器は普通の操杖術用の杖じゃだめなのよ?特注しないと」

「ええええ!じゃあ今から急いで手配しないと・・・・・えっとどうすれば・・・・・」

話を聞いていたニーサがやれやれと話を引き継いだ。

「ネリス、あなたには大会で使用できる杖の規定を再確認してきてちょうだい、後は特別に杖加工してもらえる職人の手配を、私たちが作業場に直接行って細かく調整してもらうしかないわね」

「へ、へい、さすがニーサお姉さま・・・・」

「さっさと行ってきなさい、職人はノルディンに頼むわ」

「へい!いってきやーっす!!!」


こうして真九郎と鬼凛組は突発的に、竜杖祭 に参加するはめになってしまったのだった。

杖の工房に向かう途中、シルメリアと相談していたが規定次第ではサクラは参加を見合わせ、皆の支援と補助についてもらうことになるかもしれない。





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