9 ナスメルの闇
ヨシツネとレインドがナスメルに来た経緯は、2人から直接説明を受けることになった。
エルナバーグへ来た第二軍は指揮官のダーニルが難色を示したが、結局のところ歓待やら嗜好品の供出で王都への帰還に納得したのだと言う。
いくら荒くれ者の多い第二軍でも戦えば死人が出る、戦わずに給料と名誉がもらえるのであれば納得するところであったようだ。
王都への帰路で妖人種の一団が街道にまで進出しており、第二軍が迎撃に出ることになった。
あっさり撃退できたものの、より警戒を強めて次の目的地、ベレルディーヌに到着する。
なんというか共通の敵が出てくると妙な一体感というものが沸くもので、第二軍の兵士長たちとも打ち解けてきており、ヨシツネの境遇を聞いて同情する者たちまでいたという。
休息を兼ねて入ったベレルディーヌでは驚くべき報が入っていた。
妖人種が散発的な襲撃してきているという、さらに早朝、南方の監視所からの報で500~600程度の大集団がベレルディーヌへ迫っていた。
行政府では第二軍へ支援を要請するが、主任務があるため即答できないでいる。
そこへシルヴァリオンの飛竜部隊がレインド王子たちの向かえに現れた。
どうやらベルパ王国で捕らえられた工作員が暗殺計画にかかわっていると判明、早急にお迎えにあがることになったという。
それを聞いたレシュティア姫は第二軍の前に自ら戦装束で現れる。
「皆の者!今しがたレインド王子の護衛任務は別の者に引き継がれることになった、なれば汝らのすることは何か!!!?」
兵士たちの動揺をよそに姫は啖呵をきった。
「私、第一王女の護衛こそが汝らの任務である! これよりベレルディーヌを襲いにくる妖人種の迎撃に参る!任務を全うしたい者はついてまいれ!!!」
そのまま羽飾りをつけた美しき軍神は馬にまたがると先陣をきって迎撃に向かった。
姫に遅れるな!とばかりに第二軍も進軍を開始。
最後まで最前線で指揮し、自ら上級呪文を撃ちまくった王女はまさに軍神として妖人種を見事撃退。
軍神の御使い、美しき戦女神としてその名を轟かせた。
貴族院派の第二軍は指揮官のダーニルの影響力が影を潜めてしまったという。
その話を聞いたシルメリアは頭を抱えて喜ぶやら落ち込むやらだった。
レインドも姉さまならしょうがないねと。
ナスメル防衛戦から数日、騒ぎになるのを面倒に思った真九郎の要請でシルヴァリオンの用意した宿で療養と事実確認の聞き取りが続いていた。
翌日に合流したニーサたちと共に同じ宿屋で過ごすことになったが、シルヴァリオンの面々は非常に好意的に世話を焼いてくれたこともあり快適に過ごすことができていた。
彼らが注目したのは、真九郎たちの訓練もその一つだった。
新たに訓練用の十文字槍を作り不破の指導の下、ナデシコは着々と腕をあげているようだ。
何より実戦という大きな壁を乗り越えた3人は著しい成長を見せている。
ヨシツネとレインドも稽古をさぼっていなかったようでより切れのある動きを身につけている。
「ヨシツネ、しばらく二刀流は禁止な」
「え!?でも戦えていたように思うんだけど・・・・・」
「ああ、戦えていたいたな」
「え~なら使っても・・・・」
「ナデシコなら分かるな、禁止した理由」
「はい、ヨシツネには二刀流を常時使いこなすだけの持久力が圧倒的に!足りない」
「正解だ」
「技術はまあまあ、だが二刀流は想像以上に腕力と持久力を求められる」
「たしかに・・・・」
「お前は器用だから両方極めるつもりで持久力もつけてみろ」
「はい!師匠!!!」
「レインドは基本を忠実に確実に伸ばしている」
「はい!」
「なんだかんだで、それぞれの戦いに個性が出てくる形になったな」
「やっぱり不破のおっちゃんがくれた槍とか短刀がでかいよ」
「うん、この十文字槍は、体の一部みたいな感覚になってきた・・・・」
「よし、じゃあ朝の稽古は終わりだ」
「「「「ありがとうございました」」」」
その様子を見ていたノルディンは対死界人戦闘へのヒントを得ようとしていたが、完全に呪文を排除した戦いに衝撃を受けていた。
呪文を使わない・・・・まさか
「あの!ちょっといいですか!!!」
汗を拭く彼らの姿を見ていたノルディンは疑念を払拭するため真九郎に疑問をぶつける。
「あの、もしかして皆さんは呪文を使わないのではなく、魔法を使えないのですか???」
その質問に答えたのはレインドだった。
「うん、そうだよ僕たちは魔法力がまったくないから、魔法が一切使えないんだ」
「まさか・・・・」
「サクラたちは魔法が使えないけど、・・・が使えるから」
「きっとノルディン殿には・・・・が聞こえないであろう?」
「え?あの??あれ??」
刀の柄を叩くと
「どうやら魔法が使える人間は、この武器が認識できないようなのだ」
「・・・・・・・・まさか・・・・・もしかしてこれが死界人を倒せない本質なのかもしれない・・・・・」
「私たちはそのような認識の下、彼ら鬼凛組を結成し育成しております」
後ろから現れたニーサが稽古終わりに合わせてやってきていた。
しゃがみこみ、ぶつぶつと言い出したノルディンの様子がおかしくなっていたが、すっと立ち上がると大声で叫んだ。
「素晴らしい!!!!!!!!!!!!!これで奴らに対抗できるぞぉ!!!!」
ノルディンは全力でどこかに走り去っていく。
ナスメルですることはまず、怪我の療養である。
真九郎の打撲はもうすっかり良くなり、あとはシルメリアの骨折の完治を待つだけになった。
いつも私は怪我ばかりして迷惑をかけてばかりと、悲観し落ち込んでいることを耳に挟みレインドと二人でお見舞いのお菓子でも買おうと街へ出かけることになった。
その案内についてきたのは宿舎で働く女将の娘らしい、レインドと同年代の元気で気の利くかわいらしい女の子だった。
「シズクと申します、今日は皆様をご案内するように申し付かりました」
「シズクちゃんかよろしくね」
レインドが微笑むと顔を真っ赤にしている。
「そうだサクラでも連れて行くか」
女性がいたほうがシズクも気が楽だろうと苦無の稽古をしていたサクラを呼び出した。
お菓子と聞いて案の定飛びついてくる。
シズクはアクアブルーの珍しい髪色を持つ人間の女の子で、みんなの希望を聞いてあれこれ一生懸命考えている姿は小動物のようでかわいらしい。
「シズクちゃーん、どんなお菓子なの?」
「はい、薄く焼いた生地に甘くておいしいクリームを挟んだとってもおいしいお菓子なんです!!」
「何それ!!!聞いただけでよだれがすごい!」
「うふふふ」
「シズクちゃんもよく食べるの?」
「いえ、私はお給金ほとんどもらえないので・・・・一回だけ余り物をもらったことが」
「お土産に買う分と、私たちもいっぱい買おうよ!街救ったんだからこれくらいの贅沢はいいよね?」
サクラがかわいげにこちらをちらちらと見るものだから真九郎も仕方ないと
「ちゃんとヨシツネとナデシコ、ニーサさんの分も買っておけよ」
『雪も たべたーい』
真九郎の懐から出てきた雪がおねだりをしてくる。
「わあ!!かわいい!!すっごくかわいい!!」
シズクが雪を見て目を輝かせている。
懐から雪をつまみ出すと、そっとシズクの肩の上に乗せてあげる。
『シズク!よろしくね』
「わああ!!!雪ちゃん!!!うれしい!」
先ほどまで緊張していたシズクだったが、サクラと雪のおかげで大分打ち解けたように思う。
その店は学生たちにも人気の店で、シズクとレインドが並び、ベンチでサクラと一緒に待つことにしていたのだが・・・・・
「おい!魔法力がゴミみたいな連中が並んでるぞ!!!」
「ほんとだ!!おいどけよ!ゴミ!!」
レインドとシズクに絡んだのはどうやら魔道学院の学生らしい、15,6の学生4人が二人を罵っていた。
「あ、あの・・・」
「シズクちゃん、気にしないで並ぼう」
「はい・・・」
シズクは学生たちに怯えながらも、それでも案内を任されたレインドを守ろうと学生たちとの間に入ろうとしていた。
「師匠・・・私止めてくる・・・・」
だが真九郎はサクラを制止した。
「なんでさ!」
「少し様子を見る、今出てはレインドのためにならん・・・」
「うん・・・でもやばくなったら行くからね、骨折らない程度で済ますから」
「いや、大丈夫だと思うぞ」
「おい!ゴミが並ぶなって言ってんだろ!!!」
肥え太ったリーダ格の男がシズクに手を出そうとするが、レインドの手に止められた。
「この手は何かな?」
穏やかではあるが、気迫のこもったレインドから目をそらす学生たち。
「おい、放せって言ってるだろ!!!」
レインドの手を振り払おうとするが、がっつり握られた手は学生の手を締め上げる。
「いて、いてえええいてええよ!!!」
「もう一回聞くよ?この手は何かな?」
「お、お前らやれ!!! 氷つぶてをぶつけてやれ!!」
「で、でも街中で使ったら・・・・・」
「畜生!!!このゴミが!!!調子にのりやがって!!!!いってええ!!!!」
レインドはその手を離さずに締め上げる。
「シズクちゃんに謝れ」
「うああああああああ!!」
レインドを恐怖で突き飛ばした学生はついに腰から杖を抜いた。
「レインドさん、大丈夫ですか?」
「うん、シズクちゃんごめんね、嫌な思いをさせて」
「いえ、私はいいんです・・・・」
「ちょっと待っててね」
レインドはすっと前に出ると杖を構える太った学生に一歩一歩近づいていく。
「舐めやがって!!ぶっ殺してやる!!!!」
そしてとうとうデブ学生は詠唱を始めてしまった。こうなってはいかにデブが叫ぼうと非はデブにあることは明確だ。
「サーグ・・ゲルマ・・・・ダース」
やたら遅く鈍く、耳障りな詠唱が響いたが、レインドはその鳩尾に体ごとぶつけるお手本のような肘打ちを入れるとデブはもんどりうって倒れて意識を失った。
「皆さん、先に呪文の詠唱をしたのはこの太った学生で間違いありませんね?」
「ああ、たしかにそのおでぶが呪文を詠唱しやがったな、悪いのはこいつだ」
見物人たちが次々証言している。
おでぶの取り巻きたちに向かい、レインドは言い放った。
「さあ!シズクちゃんに謝れ!!!」
「ああ、そのすいませんでした・・・」
「よし、なら速やかにこの場から去れ!」
「あ、はい!!!いくぞ・・・・」
デブを引き摺りながら帰っていく様は滑稽であり見物人たちも失笑している。
そして少年が発した尋常ならざる気迫と威厳に、街行く人々も惹きつけられてしまっていた。
「嫌な思いさせちゃってごめんね、シズクちゃん」
「いえ・・・・レインドさん、強いんですね・・・・でもなんで私に謝れって・・・・」
「だって僕の大事な友達にゴミって言ったんだよ、許せるわけないじゃないか」
「と、友達・・・・・・」
『シズク、ともだち!レインド かっこいい!』
「ありがとう雪、さあ、遅くなっちゃったけどお菓子買おうね」
「は、はい・・・」
シズクは真っ赤な顔でレインドを横目で見ながら並びに戻る。
同じ列の人たちからも声をかけられている。
「師匠、ああなるの分かってたの?」
「いや、だが市井の中でのあのような経験はあいつの糧になるんじゃないかと思ってな」
「なるほど・・・でもさ師匠、この街って魔法力に対しての偏見というか差別・・・・エルナバーグとは比較にならないレベルだよ・・・・」
「サクラもそう思うか・・・少し用心したほうがいいな」
「うん・・・・」
店員たちの反応も魔法力の高さによって、接客の質が上下することが大体分かるようになってきた。
そう考えるとシルヴァリオンたちがいかに常識をわきまえた人物がそろっているからよく分かる。
治療院の病室を訪れるとシルメリアはベッドの上で杖の手入れをしていた。
「真九郎様!!!」
「元気そうでよかった、お見舞いに来たんだがいいかい?」
「ええもちろん!!」
「あら、その子は?」
「今日、街を案内してお菓子のおいしいお店を紹介してくれたシズクちゃんだ」
「あ、あのレインドさんたちのご案内をさせてもらってます、よろしくお願いします」
ペコっとお辞儀する様がかわいらしい。
「シズクちゃん、かわいい・・・・」
「え、あの私なんてそんな・・・・」
「せっかくだしみんなそのクレープとやらを食べようじゃないか」
サクラがみんなに買ってきたクレープを配り始める。
「あの、私がもらってしまっては」
『シメリケと一緒、みんなで 食べる!』
「シズクちゃんも食べなきゃ僕も食べるのやめようかな~」
「え、そんな!じゃあいただきます・・・」
「じゃあ頂くとしよう、いただきます」
「「いただきます!」」
「???」
薄い生地の中に織り込まれたカスタードクリームと生クリーム、さらにはチョコがかかったソースは絶品で思わず声が出てしまう。
「うほ!これうますぎでしょ!!!!!」
「うむ・・・・・妹に食わせてやりたかった・・・・」
「ああおいしい・・・・・雪ちゃんもはい」
『シズク、ありがとう!あまいあまい!!!』
皆でクレープを満喫し、街中で見つけた珍しいものなどについて談笑しているとシズクが不思議そうな顔で聞いてきた。
「あの、さきほど いただきます と言っていましたがあれって何かのおまじないなんですか?」
「ああ、あれね師匠の故郷で食事の前にする挨拶で、命をいただきます と食材に感謝をする挨拶なんだって」
「!!!いただきます・・・・すごくいいです!!!」
「そうか気に入ったか」
「ええ!」
「私は明日には退院できるので、戻ったら帝都に行く予定がやっと立てられそうです」
「では今日はこれぐらいで戻ることにしよう、明日また来るよ」
「真九郎さまぁ・・・・・ありがとうございます!」
夕飯にはシズクが作ってくれた料理とお土産のクレープが並んだ。
実はヨシツネたちも土産にと買ってきたことで全員分がそろってしまったのだ。
穏やかで賑やかな食事も良いものだと、真九郎はしみじみと感じていた。
シズクとレインドは会話が弾んでいるようで、体を張ってシズクを助けたことはレインドにとっても大きな糧になっているように思う。
食事が済み明日以降の予定についてニーサと打ち合わせをした後、部屋で不破と一緒に今後の鍛錬の計画を練ろうとしていた矢先であった。
マユがレインドの部屋をかりかりと爪で引っかいている。
「マユどうしたのだ?」
ドアと叩き、開けてと伝えたいようだが何やら様子がおかしい。
すると一階から女将さんが慌てた様子で真九郎の下へやってきた。
「あの、そちらにシズクはお邪魔してないですか?まったく戻らないので心配になって」
「シズクちゃんならかなり前に帰ったと思うが・・・」
ドアを開けてレインドの部屋に入ったマユはすぐにあるもの咥えて真九郎に見ろとジャンプして催促する。
「女将さん、ちょっと待って」
「マユ、これなのか」
「くーん」
[ 水色の髪の少女は預かった、助けたければお前1人で共同墓地までこい ]
そう書かれたメモであった。
「あああ!!シズク!!!なんてことだい!」
「女将さん、娘さんは俺たちが救い出そう、すまんが共同墓地とやらまで案内を頼めないだろうか」
「ああ、もちろんだよ・・・・」
「全員、戦闘準備! 完全武装で集合しろ!」
どたばたと音がしてすぐにヨシツネたちが何事かと集まる。
「いいか、シズクちゃんが拉致された、それを救いに・・・レインドが単身で乗り込んだ」
「えええええええ!」
「王子さま・・・」
「これから救出に向かう、ヨシツネとナデシコは完全武装で切り込みの準備だ、今回は人斬りになると覚悟しろ」
「は、はい!」
「・・・・分かった」
『良いか、人を斬りに行くのではないぞ、人を救いに行くのだ、あまり気負うでないぞ』
「ありがと不破師匠」
「サクラ!」
「はい!」
「すまんがシルヴァリオンとシルメリアに連絡を頼みたい、大至急だ」
「行って来る!」
サクラは猫のように窓から飛び出していく。
「では準備急げ!」
「はい!」
「真九郎さん、私も同行します」
「正直魔法が扱える人間がいると心強い、お願いします」
「もちろんです」




