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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第二章 盟主会議 アルマナ・ラフィール
23/74

5 激突! 獣魔衆

 「俺が所属しているのは・・・・・イルミス教団だ・・・」

ニーサは杖を容赦なく喉に当てる。

「真九郎さんは無事ですか?正直に言わないと顎が吹き飛ぶことになりますよ?」

「ぶ、無事だ・・・・傷つけるつもりはないって聞いてる」

「今彼はどこにいるの?」

「こっから南東にある、廃墟だ・・・だが待ってくれ、あいつは本部に移送されるって聞いている」

ニーサは妙に口が軽くなったこの男に違和感を感じ始めていた。

「移送はいつ?知ってるんでしょ?」

「それが・・・今日の夜、北東の関所跡地で本部の連中に引き渡すことになってる・・・・・」

「どうして本部に渡すの?」

「大事な素材と・・・・・」

グォオン パチパチッ!

シルメリアの放つオルナが赤く弾け始める。

「お姉さま・・・落ち着いて・・・・」

ナデシコがぎゅっと手を握ると、やさしく肩を抱かれオルナのスパークが収まっていく。

「ふぅ・・・・だから、取り替えすつもりなら・・・今日の夜関所跡に行くしかないと思うが・・・・」

ニーサはしばらく考え込むと、ナデシコとサクラに見張りを頼みシルメリアを連れて部屋を出て行った。

村の中央広場まできたニーサは自身の予想をシルメリアに伝える。

「罠よ、間違いないわ」

「じゃあ真九郎様はどこに・・・・・」

「きっと彼はまだ教団支部とやらにいると思うわ、そして関所跡では秘密裏に私たちを消すつもり。ここで騒ぎを大きくしたことも関係していいるかもね」

「二手に分かれる・・・つもりね?」

「さすが近衛のエース、シルメリアあえて聞くわ。どっちに行きたい?」

ああ、この人は本当にいつでも冷静なんだから困る。腹立たしいほどにこちらの魂胆はお見通しか・・・・

でもそうやって冷静にさせてくれるこの人の考えの根底にあるものは、みんなの無事・・・・・

だからこそ尊敬できる女性だ。

「関所跡に行くわ、私1人で」

「いいのね」

「ええ、私の戦闘方法を考えれば1人のほうが戦いやすいわ」

「一つだけ約束よ、少しでも不利な状況になったら全力で逃げなさい。万が一の場合はナスメルで会いましょう」

「ええ、状況次第で臨機応変に動くつもりよ」

「あのソービュは誘導員よ、夜になったら向かうよう話しを進めるからシルメリアはこっそり出発してね」

「私の装備を取ったらすぐ向かうわ」

「・・・・・死なないでね、お願いよ」

「真九郎様に思いを伝えるまでは死ねないわ」

「恋する乙女は強いわね」

さすがのニーサも相思相愛じゃないの、とは口にすることはしなかった。



部屋に戻るとソービュがこちらの様子を探っていたが、シルメリアはこっそり短杖のセットとベルトを懐に入れるとナデシコに声をかける。

「ナデシコ、夕食を今のうちに買いにいくわ、手伝ってくれる?」

「はい、お姉さま」

ごく自然に部屋から出るとナデシコを連れて、路地裏に向かう。

「お、お姉さま・・・・?」

「いい?ソービュの裏をかくわ、今から私は単独行動になる。これからニーサの言うことを良く聞いて動いてね」

「は、はい・・・・でも」

「それと、ナデシコにしか頼めないお願いがあるの、私のことを嫌って軽蔑してくれていい・・・・あの・・・・」

「ああ、血ですね、どうぞ~」

あっさりとローブをはだけると、首筋をほいっと差し出した。

「え、あのいいの・・・・?」

「お、お姉さまに・・・・吸われるなら・・・ぐふふふはぁはぁ興奮してきたぁ」

「じゃ、じゃあ少しだけいただくわ・・・勝つために」

「どうぞ・・・・ひゃ!・・・うぅ・・・はぁぁはぁはぁうぅああん・・・」

やけになまめかしい声をあげるナデシコの血をもらったシルメリアは紅に染まる瞳でナデシコを抱きしめると目的地に向かって駆け出していった。

「ふぅ・・・・・癖になりそう・・・・うふ」





シルメリアは目立たぬように認識阻害の術を使いつつ村を出ると関所跡に向かった。

距離的には1時間ほどで着く距離にある。

体力温存のためにも徒歩で歩いていけばちょうど良い時間になりそうである。

移動しつつ、シルメリアは太ももに折りたたみ式短杖が入ったホルスター様のベルトを装着する。

左右に3本ずつ、計6本。

このスリットの羞恥に耐えてきたのも、こういう事態を想定してのことだ。

広域探知で既に関所跡には6名の魔道師がいることが分かっていた。

6対1か・・・・・闇風以来の大立ち回りになりそうだ。

あの時とは違い、魔法力もみなぎり、血の力も活用する。真九郎様が尊い血と呼んでくれた力だ。



月明かりに照らされながら現れたのは6人の獣の仮面をかぶった男たちだった。

真九郎の姿は当然ない。

「なんだ1人か、ソービュだっけ?あいつ使えないなぁ」

「しかし、いい女じゃねえか!俺が頂いちまっていいだろ?な?」

「がっつきやがって・・・・・お前ら散々村で派手に聞き込みやってくれたらしいな、まだ正体ばらす訳にいかねえんだよ」

「おい、命令はあの連中全員の始末だぞ、こいつだけってどうすんだ?」

「またソービュ使って村からおびき出したところでやればいいさ、とりあえずこいつやっちまうぞ」

「おい、殺すにはもったいねえほどいい女だぞ、犯しまくってからナスメル辺りで売春宿に売り飛ばそうぜ」

「いや、命令はあの男の関係者全員の殺害だ。例の会議に出席させるわけにいかねえって支部長も言ってただろうが!」

彼らは勝手に会話を続けている。

それぞれが狼、熊、虎、猪、獅子、象 の仮面をつけていた。

「ねえ、結局あなたたちの目的は何?さらったあの人に何をするつもりなのかしら?」

「質問の多い姉ちゃんだなぁ、しょうがねえ答えてやるぜぇ俺たちは敵だぜぇ! いいかい今からたっぷり犯してやるから覚悟しときな」

熊仮面がやたら女に飢えているようだ。

狼が口を開く。

「敵っていうかよ、あの男を人体実験するのにさ、かぎ回れるのは困るんだってさぁだからぁ皆殺しぃ~これでよろし?」

「ええ質問に答えてくれて感謝するわ、それと会議って何のこと?」

獅子が始めて口を開いた。

「会議っていやぁ盟主会議しかねえだろぉが!! お前らあれ出るんだろぉ? 追っ手が出てるはずなのによぉいつ倒した??」

追っ手??気になるが今は後回しだ・・・・

徐々に高まっていく戦闘の空気・・・・

虎が杖を構え始める。

「おい、気抜くなよこいつそこそこやるとみた!」

「虎は少し臆病なんだよなぁ俺みたくどっしり構えておけよ」

象はでっぷりと太った体で座り込みながら杖をもてあそび始める。


「ありがとう、あなたたちが勝手におしゃべりしてくれたおかげで色々わかったわ。そして倒すべき敵ってこともね」

そう答えたシルメリアはローブのスリットをはだけると、熊がおおっと反応するが、折りたたみ式の短杖を3本ずつ手に取った。

『シュバイル!!』

瞬時に折りたたまれた短杖がシルメリアのオルナと同調し、美しく輝く紅の燐光を放ち始める。

彼女の意思で6本の杖が囲むように地に触れると、池に広がる波紋が連鎖していくように魔法陣が上書き連動されていく。

「お、おいなんだあれはぁl!!!!や、やべえぞなんだあの魔法力は!!!」

「落ち着け!! イルミス教団が誇る 獣魔衆がこんなことで取り乱すな!!!」

シルメリアの足元に広がる魔方陣を見て狼が絶句する。

かろうじて言葉を発することができた猪が絞り出すようにつぶやいた・・・・

「あれは・・・・・錬法陣・・まさか!!!???」

集団戦闘魔法においてリシュメアが誇る呪文を強化する必殺の方陣。

最低でも70人ほどの術師が必要とされる集団用の魔方陣であった。

だがシルメリアは短時間で、しかも1人で錬法陣を展開してしまった・・・・・

狼狽する獣魔衆はいつの間にかシルメリアが薄い霞の中に包まれ消えているのに気付く。

シュン!

闇夜を切り裂く一条の光線に象の頭が一瞬で消し飛んだ。

続いて襲い掛かる無数の光線は獣魔衆を一方的に追い詰めていく。

「ま、まてえ!!なんだこりゃあ!!」

象の次に獅子が片足を光線で消し飛ばされ、猪は胴体に大穴を開けられていた。

「ひ、ひるむな!! う、撃て!!!!」

各々がその場で迎撃用の火炎球や氷の矢を前方に広がる霞に向けて放ちまくった。

轟音と爆風が視界をさらに悪くするが、虎が大地割りの呪文詠唱に入る。

錬法陣を壊すつもりのようであるが、既にシルメリアはそこにはいなかった。

陣から飛び出していたシルメリアは短杖で防御結界を展開させながら敵の中央を突っ切る。

体制を立て直しつつある獣魔衆の猛攻を多重防御結界でいなしつつ、彼女の周囲を飛び回る短杖から放たれる光線に虎や熊は手足や下半身を焼ききられている。

恐怖で腰を抜かした無傷の狼の他、かろうじて意識があるのは 獅子と虎、熊だけである。

「ぐああああああ、いてえよおおお!!!!」

「俺のぉーーー!!!あれがああああああああ!!!!」

「うるさいな・・・・」

シュン!っと熊の頭が吹き飛ばされる。

紅に染まるシルメリアの瞳は闇夜に浮かぶ地獄の使者にしか見えなかった。

「獣魔衆なんて言うから期待したのに、期待外れもいいところね」

「あああ・・・ああああ!!」

「真九郎様はどこなの?」

「ッサイファルサ・・・・」

背後から聞こえた獅子の搾り出すような呪文を短杖の張った防御結界がいとも簡単に火炎連弾をガードする。

もはや振り向くこともなく獅子の前に繰り出された短杖は無慈悲な光線で獅子を焼き尽くす。

「もう一度聞くわ、真九郎様はどこ?いったい何をされているの?」

「い、今は・・・教団支部で・・・・・実験体と・・・・たた・・かわされて・・・・・」

「実験体とは????」

覗き込むように問いただす紅の瞳に狼は意識を失ってしまう。

「困ったわ・・・・あ~、虎さんがまだ生きていたわね」

右手と膝下を失った虎は、痛みに耐えつつもこの女の前で気絶できたらどんだけ楽だろうと、心はすでに折れていた。

「まさか・・・・薄闇の月光・・・・」

「あらご存知でしたのね、教団支部のどこに真九郎様はいるの???」

「館の裏手にある洞窟・・・・その牢の中・・・」

「あなたたち教団の目的は何?」

「死者との再会だ・・・・・・」

「言いなさい、どうやって再会するの?今隠そうとしたわね?」

「あ・・・・触媒に・・・・擬似死界人を使・・って」

「・・・・・・・・」

「あああ、あの男と擬似死界・・・人・・・・グルナが戦うと、腐命の大穴が刺激される・・・・俺はそこまでしか知らない!!!」

「つまり真九郎様を助けてグルナという化け物を倒せばいいわけね?」

「ああ、その・・・通りだ・・・ああもう・・・意識が・・・・」

シュン!

虎と狼の頭が同時に消し飛んだ。

関所跡に結んであった獣魔衆のものと思われる馬を拝借すると村には戻らずシルメリアは教団支部に向けて馬を走らせた。







真九郎が牢から引っ張りだされたのは異臭が漂う地下の大広間であった。

支部長と名乗るナルシェ・モラークは長い金髪と長い耳が目立つエルフ族の男である。

「僕のことが気に入らないのかい?」

「・・・・・・・」

「へぇ~今までで君みたいなタイプは初めてだ」

「僕たちの目的が知りたいって顔してるねぇ?」

「・・・・・・・・」

「教えてあげてもいいんだよ?」

「・・・・・・・・」

「あんまり無口だとつまらないなぁまあいいや、今から君には僕たちが作った擬似死界人とも言うべき化け物と戦ってもらう」

「し・・・死界人だと・・・!?」

「お、やっと口を開いてくれた・・」

「あんなものを生み出したというのか!?」

「へぇ死界人はさすがに知ってるんだね、まあ本物じゃないけどね戦闘力は中々のものだと思うよ」

「・・・・・・・・」

「君さあ魔法力ないでしょ?だからぁ禁忌の武器 探し出して用意してあげたからそれで戦ってみてよ」

「禁忌だと・・?」

ナルシェたちは広間と監視所を鉄格子で塞ぐと、人の背丈ほどある大きな箱を投げてよこした。

「それに入ってるからまあうちのグルナと戦ってみてよぉ~」

箱を確認すると、中に入っていたのはかなりの重さがある両手剣であった。

「これは・・・・南蛮の剣か・・・・しかも両刃とは・・・」

この両手剣、錆びや刃こぼれくもりが激しい・・・・・さらには重心が刀と違いすぎた。

「まずいな・・・・」

鎖が解き放たれるものの、両手剣の扱いに苦慮している中、背後から突然殺気を感じた。

反対側の扉が開き、中から2mほどの巨躯が見え始める。

目は二つ、体に赤い線や牙はない、甲羅のような外骨格もない・・・・ただ腐った死体をつなぎ合わせたような姿だった。

「哀れな・・・・」

だがその手には真九郎の手にある両手剣と同じものが握られている。

グルナが近づくまでに素振りを一回してみるが、想像以上のなまくらだ・・・・剣と呼ぶのもおこがましい・・・

もう重さで頭を叩き割るしか方法はあるまい。

グルナが剣を引き摺りながらずるずると近づいてくる。

見れば見るほど醜悪な体だ、あのつなぎ合わせた体でよく動けるものだ・・・・・

真九郎はいわゆる上段の構えを取った、グルナが間合いに入る直前に。

「やあああああああああああ!」

気合を込め重さに任せて強引に振りおろす!

剣はグルナの頭を断ち割り、上半身の胸のあたりで止まった。

抜くことはせずすぐに後方に飛び下がる。

しばらく動きを見せなかったグルナは左右に大きく揺れ始めるとドサっ重い音を立てて地に倒れる。

「すごいねえ、まさか一撃で倒しちゃうなんて!!!!いやあいい拾いものだぁ」

鉄格子が開き、部下の啄木鳥仮面たちが二人、真九郎を拘束しようとした刹那、肘を鳩尾にぶち込むともう1人の腕を取り一本背負いを決めさらに腹部に一発お見舞いする。

「うげぇ!」と倒れる啄木鳥から杖を奪うと木刀代わりに監視の仮面たちを突き、頭を打ち、退路を開こうと突破をはかるが・・・・

突然受けた衝撃に壁に跳ね飛ばされる。

「いやいや、元気だねえしかも魔法なしでここまで強いなんて、驚きだよ」

真九郎に打ち倒された部下たちに侮蔑の視線を送るとナルシェは自身で拘束し直し、無事だった部下に牢へ連れていくように命じた。


牢に戻ってからは先ほど打ちのめした仮面連中からの報復が待っていた。

大怪我をさせてはならぬと言われているためか、小さな石つぶての呪文を様々な箇所に放ち苦痛に歪む顔を見てにやけている。

「おい、擬似死界人と言ったが本物がいるのかここには?」

「あ?本物と大差ねえだろ、あんなのに滅ぼされかけた帝国ってどんだけゴミなんだよ」

「死界人が復活しようと関係ないっての、支部長の言うこと聞いてれば目的達成できんだよ」

こいつらでは話にならんな・・・・・

彼らの嫌がらせは数時間に及んだ。



『おい、そろそろ起きろ。外で動きがあったようだぞ』

「う、くうう・・・・」

全身に痛みが広がっていく。

腱や骨に異常はないようだが、全身に広がる打撲や打ち身のダメージはでかい。

『どこまで腐りきった奴らなのだ、ええい口惜しや!体があれば全員叩ききってくれように!!!』

「不破殿・・・・・お気持ちだけでもありがたく・・・・」

『いいか、こういうときは足だけも動けるようにしておくのだ、最悪武器は捨ててでも生き延びることだけ考えろ』

「生き延びる・・・・か」

『ここはそなたのような一角の侍の死に場所ではないであろう』

「そうか、死に場所じゃない・・・ですね・・・・・くぅ!」

全身に気合を入れ立ち上がると、痛む体を起こして全身に血を巡らせることを優先させた。

痛みと打撲により体力の消耗も激しい。

しかしこの体力を使い、動けるように逃げだせるだけの足腰を確保することも重要だ。

『せっかくヒノモトの侍と出会えたというのに、お主をわしと同じ亡霊にしてしまうのはなんとしても避けたいところだ』

そうこの半透明の亡霊は、不破源十郎重昌 という 小田原北条家の家臣であった人物である。

詳しい経緯は聞いていないが、どうやら真九郎と同じような目に遭い不運にもここで命を落としてしまったという。

「なんとか、小走りぐらいならできる程度には・・・」

『有無、それでよい今は生き延びることを考えよ。もがくのだ』

この不破亡霊の言にどれだけ助けられただろう・・・・

不破の報告通り、たしかに外が騒がしくなっている。

『この騒ぎ、好機やもしれぬ、気を抜くでないぞ』

「はい、生き延びてやるんだ!」

生き延びたら・・・・あの人に伝えたいな・・・・・伝えてどうするのだ・・・・だが・・・・

『おなごのことを考えておるな?』

「あ、そのいえ・・・・」

『よい、良いのだ、自分を生き延びさせるための活力になるものは全て利用せい!!!愛情、忠義、憎悪!!全て利用して生き延びよ!!』

「不破殿、どうしてそこまで」

『いやその・・・似ておるのだ、どことなく目元が息子に。わしの女房はのう、こんな見た目のわしと違ってそれは周りがうらやむほどの美人でな、息子は女房に似てなかなかのいい男であったわ』

「そうでございましたか、不破殿のおかげで気合が戻ってまいりました」

『その意気じゃ、活路は必ずくる!』





そしてその活路は教団支部の正面玄関から堂々とやってきていた。

あまりに威風堂々と進むのその銀髪の美しい女性に、ほとんどの信徒たちはああきっと支部長の知り合いなのだろう、綺麗な人だぐらいにしか考えていなかった。

本館を通り抜け、中央広場に出たシルメリアは周囲に探知魔法を走らせる。

目的はただ一つ。

ここから500mほど北西の洞窟・・・・・・

逸る気持ちを押さえつけながら洞窟を目指していたシルメリアの前に、憲兵役の信徒たちが道を塞ぐ。

「失礼ですが、どちらの所属ですか?支部長の許可証を拝見します」

「ああ所属ですか、リシュメア王国近衛衛士隊 シルメリア・ウルナスと申します」

そう一礼し洞窟に足を向けた彼女を追える人間はいなかった。

皆あまりの衝撃に動くことができなくなった瞬間、金縛りの術をかけられていた。

金縛りは中々高度な呪文である。

最大効果を発揮するのは、心が動揺している瞬間であり、その瞬間を作り出し全員を金縛りにかけていたのだ。

関係者のごとく自然に洞窟内に入り込んだシルメリアは、内部に真九郎の波長が感じられることに安堵したものの警戒を緩めることはしなかった。

牢の中には壁に手をつき、全身アザだらけになり、顔も腫れ上がり、右目まぶたは大きく膨れ青くなった真九郎の姿だった。

「いやああああ!!!」

牢を難なく呪文で焼ききると悲鳴を上げながら抱きつき、押さえつけていた感情が噴出してくる。

「な、なんでこんな目に!!!??」

「シルメリア殿・・・・助かりました」

「い、今、治癒術をかけます、座ってください」

動揺し震える手を押さえながら、治癒術の詠唱を始める。

今の自分では動揺が激しく無音声詠唱は厳しかった・・・・

真九郎の全身のアザが若干引いていく。

「うう・・・・痛いが気持ちいいですな。だいぶ楽になりました」

『なんと美しいおなごじゃ!天女様か弁才天様か?!??』

「この方は、私の仲間である、シルメリア殿です」

『そうであったか、いやあ美しく頼もしいお方でござるなぁ』

「真九郎様??頭を強く打たれたのですか?独り言を・・・・」

「そうかあなたには見えぬのか、後ほど説明するが亡霊になった祖国の先達がここにおられるのだ」

「ぼ、亡霊!!??」

「害はないというか、ご助力いただいておるので気にしないでくれ」

「そ、そうですか・・・・でもご無事で本当によかった・・・・・」

打撲と打ち身の痛みが残る体を強く抱きしめるシルメリア。

痛みが生きていることを実感させてくれる・・・・・・

「真九郎様、では脱出いたします。走れますか?」

「ああさきほどの治癒術でかなり楽になった、いけるぞ」

「では私についてきてください」

『おい、そこの机の中にお主の脇差があるはずじゃ』

「かたじけない!」

机の引き出しを開けると、食いかけのパンと一緒に脇差が放り込まれていた。

「武器があったのですね、よかった」

「不破殿が探ってくれたのだ、ありがたい」

『わしの十文字槍はどこに行ったのであろう・・・・』

「では行きますよ」

洞窟を出ると先ほどの男たちがまだ金縛りから解けていない状態であった。

小走りに広場を駆け抜けようとした時、二人の目の前に火炎球が炸裂する。

「気付かれてしまいましたね」

「そのようだな・・・・・」


「困るなぁ~君にはまだやってもらいたい実験が山ほどあるんだよ~ってあれ?その怪我は部下がやったの?あらら」

「支部長っていうのはあなたかしら?」

「そうだよ僕が支部長のナルシェ・モラークだ」

シルメリアはナルシェ・モラークがエルフ族だとは思いもしなかったが、この男とはここで戦わざるを得ないであろうと覚悟を決める。

すっと杖を空に向けるとシルメリアの呪印である三日月のシンボルが空に打ちあがる。

ニーサ!あなたなら気付く、気付いてくれる!!!

「何のつもり知らないけれど、おかしいな。お前、薄闇の月光だろ?なんで生きてる?」

「あなたこそ、ドゥベルグの至宝とまで呼ばれた大賢者がいったい何の因果でこんな辺境に?」

「ずいぶん昔な話を知ってるねぇ・・・・簡単な話さ!!!!世継ぎ争いに巻き込まれてね殺されたんだよ!!妻子をおおおおおおお!!!」

「だから??」

ナルシェの顔が引きつった。

「だからだと・・・?」

「ええ、だから何?」

「ふはははははあ!!!! だからさ、死者に再会するための実験がもう少しで完成するんだ!!! おいお前ら、擬似死界人を全部解放しろ!!」

「し、支部長!!!!全部ですか!!????」

「全部つったら全部なんだよ!!!!」

「ですが、そんなことをしたら、コニス村まで被害が・・・・・」

「村だぁ?知ったことかぁ!!!!どうせ皆殺しにする予定だろうが!!! ・・ペスザ・エルー!」

反抗した信徒の体が燃え上がった。

悲鳴を上げることもなく焼き尽くされる信徒。すさまじい熱量である。

ナルシェが視線を向けた次の信徒は解放してきますと叫び地下への階段を駆け下りていく。

「ははは、終わりだ終わり。擬似死界人グルナが解放されたら終わりだぞ、ほぼ呪文効かないからなぁ!!!」

ナルシェの整った容貌が醜く歪んでいく。

「真九郎様、ニーサが近くまで来ているはずです。合流して武器を受け取ってください」

「シルメリアはどうするつもりだ」

「私はこの男を倒します、真九郎様はあなたにしかできぬことなさってください、グルナを倒せるのは真九郎様と鬼凛組だけなのですよ」

この凛とした表情が覚悟の深さを真九郎に刻み付ける。

「わかった、全部片付いたらそなたに伝えたいことがある・・・・絶対生きて帰ろう」

真九郎はシルメリアの頬に手をあてその手触りを名残惜しそうに撫でると全力で駆け出していった。

「私にだって伝えたいことがあるのよ、まったく」




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