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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第二章 盟主会議 アルマナ・ラフィール
20/74

2 地下行路

 出発の日、早朝にも関わらず北門にはレグソール伯や街道班、お世話になった人たちが見送りに来てくれていた。

真九郎は寂しさにじっと耐えていたレインドに一冊の本を手渡した。

「稽古は俺がいなくても続けるんだぞ、次に学ぶことを書いておいた。参考にするといい」

「師匠ありがとう!・・・・・オルフィリスで絶対再開しましょうね!」

「もちろんだ、何かあればヨシツネに頼っておけ」

「はい!」

「ヨシツネ、お前の分はこれだ。レインド王子を頼んだぞ」

「はい」

一礼して受け取るヨシツネの眼には出会った時のような卑屈さや惨めさの陰はない。

すると真九郎の足元をうろついていたマユはぴょいっとヨシツネの体を駆け上がると頭に乗って尻尾を振っていた。

なるほどレインドたちと行くということなのだな。

「マユ、レインドとヨシツネを頼むぞ」

「キューン」

と尻尾を振りいってらっしゃいをしているようだ。

すると何やらもぞもぞとした足取りで現れる人物がいた。


新調したと思われる紺と白銀のローブで現れたのはシルメリアだった。

腰から下にスリットが入っておりそれが太ももを晒すのがさすがに恥ずかしいようだった。

太ももには何やらベルトのような物がついておりそれを取り出すためのスリットらしい。

「真九郎もシルメリアも新しい服だね、かっこいい」

「シルメリア、あなたちょっと攻めすぎじゃないの??」

レシュティア姫がやや引いている。

「しょ、しょうがないでしょ!このローブもセットじゃないと効果がないって言うんだから、あのスケベじじいめ!」

サクラも姫様のお古の服を直したものを着ており、赤系の髪が栄えてかわいらしい。

ナデシコはいつまでもヨシツネとの別れを惜しんでいるようだった。

「ねえ、刀もらったからって調子にのっちゃだめだからね」

「そっちこそ迷惑かけるんじゃないぞ」

「大丈夫、ナデシコの面倒は私がみるからね~」

「サクラ、頼んだぞ」

「まかされるにゃー」

「サクラまでまったく」


皆、別れが辛いようだ。それを察したレグソール伯が声をあげる。

「では北上班は出発してくれ、わしも時期を見てオルフィリスに向かう予定だ。またあちらで会おうぞ、では出立せよ!」

「「「はい」」」

馬車に乗り込む直前にサリサさんから馬車で食べてくださいとお弁当を渡される。

「サクラちゃん、ナデシコちゃん、無理しちゃだめだからね!!!」

「「サリサさーん!!!ありがとう!!!」」

馬車がゆっくりと動き出した。

皆の別れの声が少しずつ遠くなる。

ナデシコとサクラは泣いていた。

彼女たちにとってかけがえのない、初めて築かれた絆であったのならば仕方のないことだろう。

でもそれは覚悟を決めるような涙だったのはみんなの心にも響いていた。

もぞもぞ・・・・・

もぞもぞ・・・・

スリットが落ち着かないシルメリアが馬車の中で裾をいじいじしている。

真九郎も視線のやり場に困っていたとき御者台のほうから声が聞こえた。

「そんなに裾が気になりますか?半日も着ていたらどうせ慣れますよ。着心地も視線にも」

「あ、ニーサさん??どうして???」

ナデシコが驚いている。

「あれ?言ってませんでした?私も同行するのですよ オルフィリスまで」

「「なんだってーーー」」

サクラとナデシコはニーサにあれこれと説明を受けている。

ナデシコは出発にあたって、長かった髪を真九郎の真似をしていわゆるポニーテールにしていた。

整った顔立ちと褐色の肌がその凛々しさを引き立てている。

「真九郎様、その・・・こんなローブではしたない女って思わないでくださいね・・・・・」

「え、ああ、たしか効果が必要とかなんとかなのであろう???」

「はい、以前まで使っていた杖がだめになってしまったので新調したのです。そのときの職人さんが色々発案してくれまして私の戦闘力も向上したのですがローブも一式セットだとさらに効果があると言われ・・・・」

「なんですと、また強くなったのですか・・・・・」

「ふふふ、今度こそ全勝目指しますよぉ~」

「いかん、もっと精進せねば・・・・」

「お姉さま、新呪文とかすっごい呪文でも獲得しちゃったの!?」

「そうね~試す機会があるときまで秘密ね」

「えー見たいよ~」

「ここで試すと馬車吹き飛ぶからちょっと無理かな~」

「お、お姉さま・・・・・我慢しますんでやめてください」

レインドとマユがいなくなったため寂しい旅路にになるかもしれないと覚悟していたが、この子たちの明るさに救われる機会は多くなりそうだ。




夜になり轍が出来つつある道を北上し続けると前方からかがり火のような明かりが眼に映った。

どうやら工房の人たちが炊いて待っていてくれたようだ。

すると言伝を頼んだ弟子がかがり火の近くで手を振っている。

「お待ちしてました真九郎さん!」

「助かる、言伝の件どうであった?」

「はい、師匠はもう仕上がるって言ってました、とりあえず案内しますね」

「いい手並みだ、野営はみなどこでしているのだ?」

「はい、遺跡内に手ごろな部屋があったのでそこを使ってます、皆さんが野営しやすいように用意した空き部屋があるので一緒に案内しちゃいますね」

「気が利くなぁ・・・・サクラ、ナデシコ!野営は遺跡の中でするから荷物を運んでくれ」

「「はーい」」

元気の良い返事が返ってきたところでジングの元へ向かう。

「ジングさん、ご無沙汰しております」

「おおーーきたか真九郎!やっとできたぞ、具合を確認してくれ」

「さっそく・・・・・・」

真九郎の助言を参考に作られたのは一寸ほどの短刀、脇差であった。

それもあえて肉厚な刀身で依頼した通りの寸法であったのだから、ジングの腕前はやはり卓越していると言わざるを得ない。

今度は重心がしっかりしており、刃もなかなか見事な研ぎである。

「ジングさん、わずか二度目の試みでもうこの出来とは、ドワーフ族の技術はすさまじいですね」

「そうか!で?どうなんだ出来は!?」

「はい、十分実用に・・・・・戦闘に使える代物です」

「そ、そうか・・・・あれと戦うための武器なんだな・・・」

「はい、それ以外の人間と戦うことは出来ればしたくはないですが」

「うむ、ではこいつを使う鬼凛組の人は来てるって聞いたが」

「はい、今呼んできますね」

真九郎は研究室と言われる作業設備の整った部屋から入り口近くの野営ポイントに向かう。

遺跡の構造は大理石と水晶が混ざったような不思議な材質で作られており、真九郎が倒れていた場所にあった建物とも構造が似ているように感じる。

「サクラ、ナデシコちょっと来てくれるか?」

「はーい、お姉さまちょっと行って来ますね」

「こっちは任せておいて」

「いってきまーす」

とことことサクラとナデシコを連れて研究室に戻るとジングが二人を見て驚いている。

「その娘たちが鬼凛組なのか!!??」

「はい、私の弟子たちです」

「鬼凛組、ナデシコと申します」

「鬼凛組、サクラです」

「お、おう、そのナデシコってのは不思議な音の響きだなぁ」

「はい、師匠の故郷に咲く・・・かわいい花だそうです」

「そうだったのかい、じゃあサクラも?」

「はい!いいでしょう~」

「どんな花か見てみたいもんだな」

「これね、前に師匠が絵に描いてくれたのがあるんだ」

サクラが胸元が綺麗に折りたたまれた紙を取り出しジングに見せている。

「ほほう、お前さん絵心がありやがるな」

「二人があまりにせがむものだから、ささっと描いただけですよ」

「あたしもちゃんと持ってるよ」

照れながらジングに撫子の絵を見せる。

「・・・・・出発は早朝なんだろ?じゃあ細工師として火がついちまったよ・・・・・朝までに仕上げるから武器ちょっと待ってくれるか?」

「仕上げとは??」

「いやなに、この花がなとても心に響いちまってよ・・・・・朝まで待ってくれ、刀身はもう問題ないから大丈夫だ」

「ナデシコ、サクラ?」

真九郎に促されて二人はお願いします!と頭を下げている。

ジングも二人の前では優しいおじいちゃんになってしまうようだ。


野営予定の部屋では弟子が気を利かせて床に敷物を敷いてくれていたので、かなり楽に準備ができていた。

ニーサは運び込んだ荷物から食事の準備を始めている。

シルメリアは周辺の探知や結界の設置、さらには大トンネル方面の位置確認を済ませていた。

夕食になり弟子やジングたちにも夕飯を届け、明日の予定について話し合う。

ニーサが地図を取り出し大トンネルの大まかなルート説明する。

予定では一週間以内にトンネルを抜けたいということだった。

「トンネル内だと明かりもないだろうから、手間取ると精神的にもきつそうではあるな」

「ええ、文献によれば大きい主線から外れなければ大丈夫とのことなので、皆さん決して横道に入ってはいけません」

「「はい」」

「もし財宝や何かがあっても横道に入ることだけは厳禁とします、やむを得ぬ理由で入る場合には全員で相談し遭難予防策を立ててから入ることにします」

「ニーサさんってかっこいいなぁ」

ナデシコが尊敬の眼差しでニーサを見つめる。

「やめてください・・・・かっこよくなんてないですよ」

ニーサと出会ってから初めて照れた表情を見たような気がした。

「それはそうと、お風呂に入れないのは辛いですね」

「「「あああー」」」

「思い出しちゃったよーーー」

サクラが泣き真似をしつつがっくりと肩を落としている。

「洗浄魔法で我慢してくださいっと」

シルメリアが全員にさくっと洗浄魔法をかける。

「しかし見るたびに思いますが、あなたの魔法行使はほんとに非常識なほどにすごいですね」

ニーサが呆れ気味につぶやく。

「そうですか???」

「そうですよ、話ながらの無言詠唱で即発動とか、人のいるところでは控えたほうがいいかもしれませんよ」

「たしかにそうかも・・・・」

「まあ助かってるのでしばらくは甘えさせてもらいますね」



こうして一行は最初の夜を迎えていた。

遠くの研究室からはカーンカーンと細工の音が消音魔法の隙間をぬってかすかに聞こえていた。









------王都リシュタール デイン公爵の館------

深夜にさしかかろうという時分、各方面に送る書状への署名に公爵は追われていた。

すべてあの忌々しいクソ王子のせいだと、苛立ちがつのるばかりだ。


ふと気配を察したデイン公が窓の辺りに眼をこらすと黒いローブをに身をまとい、蛇のような仮面をつけた不気味な男が立っていた。

あえてその気配を察知させ気付かせたというべきであろう。

「毎度毎度ごくろうなことだな!」

苛立ちをそのまま蛇仮面に投げつける。

「なかなか計画通りにはいかないものですな」

「あの忌々しいクソ王子めがっ!お前たちが仕込んだガラドという男、使いものにならなかったではないか!」

「・・・・我々の落ち度ではございません、今回の失態の原因はいくつかありますがタラニス司教の変節が最大の理由になりましょう」

「あの金髪顎か・・・・」

デインは机に飾ってあった1人の幼い少女の自画像を愛おしそうに手にとった。

「お前らの指示通りにわしはやったのだぞ、失敗の穴埋めをお前らがやるのが筋だろう?」

「なかなか手厳しい、ということで現状の報告にきました」

「ちっお前は好かん、次からもっと愛想のいいのをよこせ」

「伝えておきましょう、まずエルナバーグに入った連中のうち、薄闇の月光率いる連中はキルディス山脈を越えて帝国を目指すそうです」

「はっ!!!あいつらあほか!抜けられるわけがなかろう!!!」

「それがそうでもないようなのですよ」

「なに・・・・?」

「あの山脈の地下に古代から伝わる大トンネルが見つかったそうなのです」

「まさか・・・それで手をこまねいて見ているお前らではないのだろう!?」

「はい、既に討伐のための精鋭を送り込みました」

「その精鋭とやらは使えるのか?あの闇風を壊滅させた化け物だぞ!!?」

「なれば死体でも良いかと許可をいただきに来たのです」

「むぅ・・・この手で四肢を切り裂き拷問してやりたかったが・・・・・仕方あるまいっ」

「助かりました、ではそのように連絡しておきましょう」

「おい、あのクソ王子はどうするんだ!」

「はい、レグソール伯の入れ知恵で第二軍を伴って王都に帰還されるようですねぇまあアルマナから連絡きたんじゃ仕方ないです」

「このまま指を咥えて見ているだけかぁ!」

「第二軍にはこのまま王都まで連れて来てもらうことにしましょう、実行するとすればリシュタールからアルマナへの道中・・・・」

「ちっ後手後手ではないか」

「ベルパ王国で手はずは整えております、まずは大トンネルに、自ら墓穴に飛び込んだあの者たちを始末いたします」

「また口だけで終わったら、王都にある貴様らの拠点を焼き払うぞ!覚悟しておけ!!」

「これは、こわいこわい・・・・」

ふっと窓際のカーテンに隠れるような動きを見せたときには、もう蛇仮面は姿を消していた。

「馬鹿にしおって・・・・・・・」

デインは少女の描かれた肖像画を愛おしく撫でた。

「アリア・・・・・もう少しだからな・・・・」






大トンネルに突入して3日目、予想外の構造のため途方にくれるばかりであった。

入り口からしばらくは平凡な岩を切り通した通路であったが、半日と経たずに永遠に続くかと思うほど階段を降ることになる。

天井には光コケの一種が明かりを作り出しており、用意した照明魔道具を使う手間がはぶけていた。

やっと階段が広い空間に通じたと思われたとき、全員が全員ニーサを含めて驚愕の声をあげた。

そこは丸々エルナバーグが入ってしまうほどの大空間が広がり、その空間が果てしなく奥まで続いている。

エルナバーグの主塔3個分ほどの高さのアーチが連なり構成された階段は手すりもなく、空間の中央を突っ切るように伸びている主道に繋がっている。

メイン通路とも言うべきその通路は、幅はかなりあり下部は同じくアーチ状の足場で構成されている。

高さは言うまでもなく、その空間の巨大さ異常さは見る者を圧倒し続けた。

一行はこの果てしなく続くと思われるほど長い通路をひたすらに進んだ。




代わり映えしない風景というものは人間の心を蝕んでいくのかもしれない。

だが、彼女たちは違った。

ナデシコとサクラは偵察を兼ねて先行し体力トレーニングの走りこみをしていた。

シルメリアはニーサと相談しつつ、永続光の呪文を空間の端はしに打ち込み、この空間の全体像を掴むための調査にいそしんでいた。

永続光は魔法力の消費が非常に高い呪文であるが、シルメリアは苦もなくあちらこちらに打ち込みまくっている。

さて真九郎はといえば、彼だけがこの空間での移動に苦痛を感じ始めている。

「はやく、お天道様が見たいものだ・・・・・」

うつむき気味に歩いていた真九郎の元に二人の元気な声が聞こえてきた。

「師匠~お姉さま~ニーサさーん!」

「何か見つけたようですね」

変化があったことに少しだけ気力を取り戻した真九郎は二人が待つポイントで頭を抱えることになった。

通路が分岐していたのだった。

いわゆる Y字路である。

「これはくまったーーー!ね、私がひとっ走りして片方みてこようか?」

サクラはどんだけ元気ありあまってるんだと驚きつつもニーサが止める。

「いえ、もう少し観察してみましょう、全体の把握をしてから可能性の高いルートを選びましょう」

「さすがにくたくただよ~サクラあんた元気すぎ」

「そうかな??」

「ねえニーサさん、今日はここで野営しましょうか?」

「そうですね、私とシルメリアさんで調査と結界準備しますので皆さんで食事の準備などお願いします」

「「はーい」」

「なあ、ナデシコ、サクラ」

「なに師匠?」

「どうして二人はそんなに元気なのだ?」

「師匠がだらしないの」

「あ、はいすいません」

「だって、サクラもやーっと一人前だしね~」

うれしとうに短刀を手にするサクラ。

ジングはサクラとナデシコのために、それぞれの鍔を 桜と撫子を意匠したものへと細工したところ、いまだにうれしさが抜けないのか二人とも短刀を見て変な笑いをしていることが多い。

「そうだな」

バックから必要なものを取り出していたときだった。

「!何かいる!」

サクラが短刀に手をかける。

その声を聞いた全員があたりを警戒すると、通路の脇から黒いものがぞろぞろと大量に這い出してきた。

Y字分岐の先がほぼその黒いものに覆われてしまいそうなほどの数であった。

一つ一つは子供の頭より小さいぐらいであるが、群れとなったそれらはさすがに警戒せざるを得ない。


その黒い毛玉がじわじわと真九郎たちを包囲しようとしていた。



2018/7/25 誤字・誤植 一部表現訂正

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