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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第一章 ヴァルヌ・ヤースの儀
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序幕 遠く、いとしい異国の旅路より

 緋刈真九郎が江戸から帰参し巴波藩うずまはんまで後二日という旅路。

山の稜線が夕暮れの色に染まりかけてきたころ、宿場に急ぐべく足早に峠を抜けようとしていた。



朝まで降っていた雨のおかげで道が悪く思った以上に遅れが生じている。

先の宿場で話好きの商人から仕入れた話では、この辺りは最近になり追いはぎ・夜盗の類が出没し被害に会う旅人がちらほらと出てきているらしい。

夕暮れが近づき、夜の風が匂いはじめている。

風に刺激されふと郷愁を思い起こされた真九郎は、この宿場を訪れたのは3年も前であったのを思い出すのだった。


下級藩士 緋刈家の四男として生まれた真九郎。

優秀な長男が家督を継ぐことが順当に決まり、部屋住みにする訳にも余裕もないと困っていたところに伯父が真九郎の才覚に目をつけ援助を申し出たのだ。

いずれは伯父の養子にというありがたい話までもらうことになっていたが一族の中には藩校では三番手の成績。剣術道場でも三番手、器用貧乏はいらぬ、と揶揄されていた真九郎を評価しかわいがってくれる伯父に、感謝してもしきれなかった。


そんな伯父から江戸詰めの話を頂くことになり、どうせなら江戸の剣術も収めてくると良いと鏡神明智流の紹介状を書いてもらえることになった。


根が真面目な性格で器用貧乏な彼である、元々続けていた剣術の基礎もあり江戸の鏡神明智流道場で目録をいただくまでになったが、実戦剣術の経験はさほど多くはない。この時代の侍に比べれば抜きん出た戦歴ではあるものの大声で喧伝することもできぬ事情も存在した。


病魔に倒れた道場の兄弟子である有本数馬とは、妙に気が合い時間を見つけては剣の稽古をしたり江戸の遊びを教わったりと真九郎にとって友であり、兄弟仲があまり良くなかったこともあってか特に気を許せる兄のような存在であった。


数馬は浪人であるものの、優れた見識と教養、そして剣の腕を持つにも関わらず仕官は難航した。

真九郎も伝手を頼り紹介先を探すことに奔走したが、真九郎の身分では期待できるはずもないものの数馬は大いに喜んだ。

数馬は病魔に倒れてから、ひと月ほどで帰らぬ人となった。真九郎はむせび泣いたがそれを許さぬように藩からの帰参の命が届くことになる。

数馬の僅かながらの所持品は遺言に沿って処分され、数馬の差料であった大刀は二尺八寸、反りが浅い肉厚の刀身が輝く無名の業物である。

数馬は童子のような笑顔で真九郎に見せびらかし、何度もうらやましかろうとからかっていたこの太刀を形見として受け取ってくれと死に際に懇願された。

遠く、播州に遠縁の親類がいると聞いたことがあり、届けるべきであろうと真九郎は思うのであった。



 刀袋に収められ背中に結ばれた数馬の太刀の重さをかみ締めながら、峠道を急ぐ。柳行李には世話になった伯父へと悩みに悩んだ土産が詰まっていた。

真九郎の目に丘の影から宿場の明かりが映り始めほっと一息安堵した。

江戸では余計な面倒や苦労が舞い込み、てんやわんやの日々であったことからきっと夜盗に出くわすのではないかと冷や冷やしていたところである。


提灯を用意するにはまだ早いかな、と頭をめぐらせていると妙な音と振動が伝わってくるのを感じた。

さきほど通りすぎた小川の橋の先からゴーーっという音と振動が強くなってくる。


「山津波か!??」


真九郎は慌てて駆けた。もっと急ぐべきであった、しかし後悔先に立たず


死ねぬ!  まだ死ねぬ!!  まだ侍として俺は・・・!


心の叫び・絶叫とも言うべき感情の奔流が絶望に負けそうな意識をかろうじてつなぎとめていた・・・・・・




しかし圧倒的勢いで迫る土砂の暴流は

一人の侍を飲み込むと宿場の近くまで到達しその勢いをとめた。

木々と土砂と岩に飲み込まれた街道は苛烈な情景に包まれている、

旅の者が巻き込まれたことなど知る由もないであろう。


















































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