プロローグ
『なんという戦いでしょう! すでに試合はウラナ・リーリエとフェルト・オウガスタの一騎打ちとなっています!』
魔法によって拡大され場内に轟く実況の声と、周囲から湧き上がる大歓声が私の鼓膜を震わせる。
けれど、言葉の内容は一切頭に入ってこない。
それほどまでに、私は目の前の光景に目を奪われていた。
『制限時間は残り3分! 両チームともリーリエ選手とオウガスタ選手以外はすでにブルームアウトしているため、どちらかが地面へと落ちた時点で勝敗が喫することとなります!』
オウガスタの苛烈な攻撃を、お姉ちゃんは繊細なホウキ捌きでかわしていく。
時に隙を見計らっては攻勢に転じ、逆にオウガスタに雨のように魔法を浴びせていた。
二人が杖を持つ腕を振るたびに閃光が迸り、空気を震わせる。
どちらも一歩も譲らず、攻撃の手が緩むことはない。
そんな緊迫した空気に、私はおもわずごくりと唾を飲み込む。
制限時間はすでに残り2分を切っていて、二人ともその表情には色濃く疲労のが浮かんでいるように見えた。
と、お姉ちゃんがちらりと残り時間を確認すると、慎重に行動していた今までが嘘のように大胆な行動をとる。
ホウキごと防御魔法で身を固め、オウガスタの方へと全速力で突進する。
『おっと、リーリエ選手、残り時間が少ないのを見て決めに入ったか!? しかし、これは悪手の様子、再びリーリエ選手、オウガスタ選手に追われる形となります!』
オウガスタはお姉ちゃんの咄嗟の行動に驚いたような表情を浮かべるも、冷静に突進を避けてお姉ちゃんの後ろにぴったりとついた。
真後ろを取られたお姉ちゃんは、オウガスタの攻撃を背後から一斉に浴びる。
防壁を張っているから直撃こそしないものの、魔法が防壁に当たるたびに軋むような音が響いていた。
防壁が破られればその時点でお姉ちゃんの負けは確実。
知らずと私は腕が白くなるほど強く拳を握ってしまっていた。
だけど、お姉ちゃんは私のそんな心配をせせら笑うように、ふっとその端正な唇を歪めた。
それは私のよく知る、勝利を確信した時の笑み。
『こ、これはどういうことでしょう!? オウガスタ選手の前を飛ぶリーリエ選手、物凄い速度でオウガスタ選手を突き放していきます!』
実況席からは、驚愕の声が上がっていた。
オウガスタも、信じられないと言ったように目を見張っている。
お姉ちゃんは、いままで手加減していたとばかりに自身の持つ最大速度を持ってオウガスタから距離をとる。
オウガスタも必死で追いつこうとするが、すでにさっきまでの魔法の打ち合いでだいぶ魔力を消費しているらしく、少しずつ距離を離されてしまう。
と、お姉ちゃんは距離が開いたのをみて、反撃とばかりに手に持った杖を振るう。
同時に、眩い閃光が会場を包み込んだ。
それは攻撃力を持たない、目くらましのためだけの魔法。
オウガスタも目を瞑る以外防ぎようがなく、一瞬お姉ちゃんから視線を外してしまった。
『一瞬の隙をつかれ、オウガスタ選手、リーリエ選手の姿を見失ってしまった模様!』
オウガスタはキョロキョロと焦ったように辺りを見回すけれど、お姉ちゃんの姿を見つけることはできない。
はっと何かに気がついたように彼女が上を見上げた時、はるか上空で杖を構えるお姉ちゃんを、その瞳にとらえた。
反撃が間に合わないと悟ったオウガスタは、全力でその場所から距離をとる。
けれど、お姉ちゃんは会場の誰もが予想していなかった行動をとった。
『これは一体どういうことでしょう! リーリエ選手、なんとホウキを手放して地面へと墜落していく!』
一瞬、怪訝なものを見るようにオウガスタの表情が歪んだが、数瞬の後、お姉ちゃんの意図に気がついて、血の気が引いていく。
落下するお姉ちゃんの体からは赤く、燃え上がるような魔力がほとばしっている。
身体を纏う赤の光が、徐々に杖を持っていない方の腕へと集まっていき、巨大な魔法陣が紡ぎあげられていく。
やがてオウガスタより低い位置まで来た時、地面に背を向けたお姉ちゃんはオウガスタに向けてその魔法陣を構えた。
「イクスプロージョン!」
場内に響き渡るお姉ちゃんの叫びと共に、オウガスタを中心に炎の大輪が咲く。
爆音と振動が観客席にいる私まで吹き飛ばそうと襲いかかり、とっさに目の前の柵を握りしめた。
だけどしっかりと目は開けたまま、お姉ちゃんの勇姿を一片たりとも逃さないようにと見つめ続ける。
魔法の反動で加速し、地面にたたきつけられる寸前、お姉ちゃんは猛然と自分の方へ向かってきているホウキを地面すれすれで掴んだ。
対して、逃げることが叶わなかったオウガスタは、魔法の直撃をうけ抵抗もできずに地面へと落ちていく。
そして、制限時間残り10秒を切ったところで、オウガスタが地面へと墜落し、あらかじめかけられていた防護魔法が発動する。
『制限時間残り一桁! 一騎打ちを制したのはウラナ・リーリエ! 大接戦の決勝戦は、リレイシア魔法学院の勝利だ!!』
勝利を告げる実況の声と共に、観客席からは割れるような歓声が響き渡たった。
そんな中、私は声をあげることすらできず、熱のこもった視線で笑顔で勝利を喜ぶ姉の姿を見つめていた。