渇望
夢か現か
私は漠然と出口を探している。
理由は分からない。
ただ、私の心が、体が、私を突き動かしていた。
薄暗い廊下をどれくらい歩き続けただろう。
とうに時間の感覚などない。
わずかに変化を感じさせるのは、ところどころに作られた階段と重い扉のみ。
その配置の違いが確かに私が歩んでいる事を教えてくれていた。
『これで何度目の扉だろう?』
半ば惰性で手にかけた扉を、私は幾度落胆しても捨てきれない少しばかりの期待でもって押し開く。
ぶわっと風が顔面に広がって、汗を含んだ重たい前髪がふわりと舞った。
初めて見せた変化に私の胸は高鳴った。
眼前に広がる光景は相も変わらずに薄暗かったが、そこには箱庭のような静謐とした空間があった。
こんこんと湧きあがる泉に苔むした地面。
導かれるように箱庭へと足を踏み入れれば、微かに緑の匂いがする。
私は自然に目を閉じて、泉に向かってゆっくりと歩を進めた。
柔らかな土の感触が心地よい。
十歩程歩いたろうか、足元でぱしゃりと水が跳ねた。
私はそっと目を開けた。
そうしてつとしゃがんで、汗ばんだ両手をその泉へと沈めた。
ひんやりとした冷たさが全身のほてりと疲労感を拭い去るように深く私に染み渡る。
労わるような優しい感覚に、思わずふぅーっと長い長い息を吐いた。
ようやくたどり着いた、と思った。
その時、背後から複数のばたばたとした足音が聞こえてきた。
『そうだった。私はここから出て行きたかったのだ』
我に返った私の目に、こんこんと湧き上がる泉のあぶくが映る。
背後では扉を押し開ける鈍い音と共に人がなだれ込む気配がした。
振り返ると、そこにいたのは全身を揃いの黒い長衣で覆った人々。
微動だにせず扉の前で佇む姿は何の感情の起伏も感じさせない人形を彷彿とさせ、それゆえに形容しがたい程の不快感を私に与えた。
あんな風になりたくない。
世界がゆらりと揺れた。
『咲きたい』
太陽の光を全身に浴びて、風に吹かれ、水を受けて。
気が付いたら、いつの間にか泉にその身を沈め、そこから景色を眺めていた。
黒い影が一つ、二つ、三つと覗き込むようにしているのが揺らぎの間から見て取れる。
ぎこちなく慌てふためく彼らの姿におかしくなってふっと笑みがこぼれた。
笑みはあぶくとなってぽつぽつと舞い上がっていく。
私は彼らに一瞥をくれるとゆっくりと身体を回転させ、湧き上がるあぶくの元へと向かって泳ぎ出した。
出口かどうかなど分からない。
それでも心が望むのだ。体が私を導くのだ。
あぶくは包み込むように私の視界を白く覆い、そしてその心地良さにあやされるように私は目を閉じた。