プロローグー変な少女ー
落ちていく、ゆっくりと。そんな感覚だけがあった。
ここはどこだろうか……。
目を開けてみる。何も見えないし何も聞こえない、真っ暗闇だ。
あぁ、なるほどそう言うことかと納得する。
ここにいるということはつまり……どういうことなのだろう。
何故、自分がここにいるのか。さっきまで理解していたはずの答えが分からなくなっていた。
考えれば考えるほど分からなくなる。
ここはそう言う場所なのだ。
だけど、それは不思議と不快ではなく、むしろ心地よい気分だった。
このままこうしていれば楽になれる、そんな気さえした。
そうして、次第に考えるのをやめ、そのまま意識を閉じた―――――。
退屈だ、毎日がつまらない。
朝起きて、学校に行き、授業を受け、友達とだべり、部活などのそれぞれの青春を謳歌し、家に帰り、寝る。
毎日、そんな変わり映えのしない日常を送っている。
同じようなことをしすぎて実はずっとループしていて、気づいているのは俺だけなんじゃないかとさえ思えてくる。
そんなありきたりな何の変哲もない日常はもうつまらない。
だけど、一方でそんなつまらない日常に満足している自分もいる。
俺は一体どうしたいのだろう。
こんなつまらない日常を抜け出したいのか、はたまたつまらなくも平穏な日常を守りたいのか。
今の俺には分からない。
秋。と言っても夏休みが終わってまだ一週間ほどしか経っていない、まだ夏の暑さが残る頃。
俺こと成瀬佳人は学校に行く道の途中でそんなことを考えていた。
小難しいことを考えていたからか足は止まり、道に立ち尽くしている。
俺は深く息を吐き、歩き始める。
周りに他の生徒は見当たらない。
と言うより、今この道にいるのは俺しかいない。
何故かと聞かれれば理由は簡単、俺が今遅刻をしているからだ。
加えて、この道の先には高校しかないので、登下校の時間帯以外、基本的に人は通らないから、俺が一人歩いていても不思議はない。
まぁ、遅刻してる時点で不思議はあるんだけど。
それにしても良かった、俺一人で。だって、ぼーっと立ってるのを他の奴に見られてたら恥ずかしいじゃん。
そんなことを思いながら、俺は急ぐことなく歩く。
遅刻しているんだから少しは急ぐべきなのかもしれないが、今さら急いだところで遅刻は遅刻だ。それは変わらないんだし、別に急がなくてもいいだろう。
それに、まだ暑いし汗をあまりかきたくない。朝から無駄なことで体力を使うのは嫌だ。
これらの理由により俺はあえて急がない。
そんな自分に都合のいいような言い訳を考えている内に、気が付けば緩やかな坂の上に建っている高校の校門のすぐ近くまで来ていた。
校門まであと数百メートル。
学校まであと少しというところで立ち止まる。
ここまで来て一瞬、面倒なので帰ろうかという考えが過ったからだ。
だが、後々さらに面倒なことになりそうなのでその考えを振り払う。
「はぁ……」
仕方がないと自分に言い聞かせ、溜め息を吐き、気が進まないまま歩き出す。
その時、体にとてつもない衝撃を受ける。
俺は何が起こったのか分からないまま、衝撃に耐えきれずにそのまま飛ばされるように背中から倒れた。
「痛っ……!!」
本当に一体何が起こったんだ。
てか、体が痛い、特に尻が痛い!
体の痛い部分をさすりながら体を起こす。
何が起こったのか、状況を把握するために辺りを見回す。
すると、俺のすぐ後ろでうつ伏せになって倒れている見知らぬ女子生徒がいた。
印象としては小柄で人形みたいに綺麗で清楚でやや儚げな雰囲気の子だ。
あと、肩まで伸びた黒髪がとても綺麗だと思います!
そんなことはさておき、この子は誰なのだろうか。
うちの高校の女子用の制服を着ているから同じ高校の生徒だってことは分かる。
けど、それ以外は分からなかった。
俺にはこの女子生徒に見覚えがなかった。
この学校で一年間過ごしてきたけど、こんな奴見たことがない。
これだけ見た感じが印象的なら、廊下とかですれ違っただけでもどこかで見覚えがあるはずなんだけど……。
どこかで見たことがあるかもしれないと頭を捻ってみたが思い当たる節がない。
なので、何がどうなったのかを考えてみることにした。
俺が倒れた時に受けた衝撃から察するに、俺はそこに倒れている彼女とぶつかったようだ。
しかも、あの衝撃。多分、こいつは走ってたんだろう。
で、俺の現在位置と彼女が倒れている位置を見るに、当たる寸前で俺に気付いたけどスピード出しすぎてたおかげで避けきれずに俺に当たって、それでも止まりきれずに後ろまで行ってこけた、って感じか。
実際、どうかは分かんないけど。
「うっ……んっ……」
そんなことを考えてる間に、倒れていた女子生徒は体をさすりながら起き上ってきた。
「おい、大丈夫か? ケガとか……」
俺がそう言いかけたところで、女子生徒はそのまま立ち上がり何も言わずに何事もなかったように走り出した。
その流れるような動作に、俺はただ固まることしかできなかった。
何か言わなければ、小さくなっていく彼女の背中を見て思う。
「……………おぃっ! 待てよ、お前!」
やっとのことで出た声がこれだった。
しかも変に裏返った声まで出たし。
何だこれ、恥ずかしすぎて死にそう……。
そんな俺の羞恥心と引き換えに叫んだ言葉も、案の定、無視して彼女は走り去っていってしまった。
一人取り残された(?)俺は、どうすることもできずにただ見送ることしかできなかった。
「何なんだよ、あいつ……」
そう呟いた。
人にぶつかっておいてあそこまで完全に無視できるとか、本当に何者だよあいつ。
何か、自分の存在感に自信がなくなってきちゃったよ俺……。
まぁ、ここで考えてても仕方ないので、気を取り直して学校に向かうか。
帰ろうかという思いがさっきの何倍も強くなってたけど。
溜め息を吐き、うなだれる。
その時、地面に何か落ちていることに気が付いた。
拾い上げてみると、それはペンダントのようだった。
鍵みたいなのが付いていて、その鍵には宝石みたいなのがいくつか散りばめられている。
あの女子生徒の落とし物だろうか。
拾っておく義理はないが、拾ってしまった手前そのままにしておくのもなんか嫌だしなぁ。
仕方がないので俺が持っておくことにした。
今日のことの文句を返す時に言ってやるためだ。
まぁ、同じ学校みたいだったし、またいつかどこかで会うだろう。
何の根拠もなくそう思い、そのペンダントを制服のズボンのポケットに入れ、学校に向かって歩き出した。