七不思議……一度整理が必要?
「やはり、屋上は見晴らしが良くて気分が良いな!」
(屋上での実験、もう終わったみたいで良かった)
アルの言葉を無視し、僕は屋上を見回す。
最初に目に留まったのは、汚れた広い屋上の床をほとんど占領している大きなブルーシートだった。それには、『触るな危険!』という張り紙がされていた。
「これ……何?」
後ろからレイの呟きが聞こえ、そちらを振り返る。見ると、僕達が出てきた扉の横に、何やら大きな物があり、それにも厳重にブルーシートがかけられていたのだった。もちろん、こちらにも張り紙がされている。
「実験器具かな? 小瀬さん、そんな事言ってたよね?」
「ねぇ! この滑車、意外と大きいよ!!」
レイの疑問に答えていると、奈央が少し錆びた手すりに手をかけ、大きく身を乗り出していた。
「奈央! そんなに乗り出したら危ないって!」
僕は急いで奈央のそばに駆け寄り、引き戻す。
「まったく、鳴海は心配性だなあ」
「いや、その手すりは危険です。その狐さんの言う事は正しいですよ。実際、その手すりの腐食が危険視され、近々、滑車と共に改修工事が入る予定です」
奈央の呆れたような声に続き、淡々とした声が静かに響いた。
突然の声に驚き振り返ると、開けっ放しだった屋上のドアの所に、一人の女子大生が立っていた。風に舞う長い黒髪の間から、鋭い光を放つ黒い瞳がのぞく。その眼差しに、僕の全身の毛が一気に逆立った。
(こ、怖い! 今はハロウィンって事で狐耳もしっぽも出しちゃってるんだから、我慢しなくちゃ!)
「すみません。いきなり話に割って入ってしまって」
僕が必死にそんな葛藤をしていると、その子の方から視線を外してくれた。
(な、なんとか、かわせた……)
僕がバクバクする心臓を抑えていると、奈央が声を上げた。
「気にしないで! 瑠美奈ちゃん! むしろ、教えてくれてありがとう。ここの手すりには気を付けるね」
その言葉に、僕は奈央へと視線を向ける。
「え? 知り合い?」
「うん! 高杉瑠美奈ちゃんだよ! オカルト研究会の部長さんで、七不思議について教えてくれたんだ!」
(奈央に新しいおもちゃを与えたのはこの子か……)
げんなりとしながら高杉に目をやると、彼女はぺこりと頭を下げた。
「あと、そこの吸血鬼さん。そのブルーシートは剥がさない事をお勧めします」
顔を上げた彼女が静かに発した言葉の内容に、僕は頭を抱えたくなるのだった。
(アル……頼むから大人しくしてて)
◇ ◆ ◇
「じゃあ、七不思議を整理していこうか」
奈央の言葉に反応し、レイがコクリと頷く。
「魔鏡からの冷気は……ただの隙間風」
「しかし、その中に映る女の人の解明が出来ませんね」
高杉の言葉に、僕は驚いた。
「女の人? 鏡の中に?」
「はい。『魔鏡の残像』という怪談では、冷気を感じ、鏡の方を見ると、綺麗な女の人が鏡の中にいるんだそうです。そして、その女の人が微笑んだところを見た人は、鏡の中に引きずり込まれてしまうそうなんです」
(そういえば、奈央の話の途中でアルが悲鳴を上げたんだった……)
アルに非難の目を向けるが、当の本人はまったく気にした様子もなく、得意げに語り出す。
「フッ……そんなのはただの見間違いか何かだろう! 次に移るぞ! そうそう、窓の外に見えた白い影は、滑車に付いた運送用の箱に引っ掛かった白い布だったな!」
「それはそうかもしれませんね。しかし、屋上にいたという女の人や、笑い声は何だったんでしょうか。あと、花壇のすすり泣きの件も解明は出来ていません」
事務的に話す高杉の言葉に、思わずため息が漏れる。
「じゃあ、何も解明出来てないってことになるのか……」
「そうだね! それに、まだ有望な怪談が残ってるよ」
僕の呟きに、奈央が楽しそうに返す。
その時、何の脈絡もなく、高杉が話し出した。
「あ、あの、奈央さん。いきなりだけど、忘れないうちに……これ、昨日言ってた匂い袋です。良かったらどうぞ」
高杉がおずおずと可愛らしい小さな袋を差し出す。
「わあ! わざわざ作ってくれてありがとう! 昨日の今日で出来ちゃうなんて瑠美奈ちゃんは仕事が速いね」
嬉しそうに貰い受ける奈央の様子からして、昨日、何か話題に挙がったのだろうと推察する事が出来た。
「あの、多めに作ってきたので、良ければどうぞ」
ぼんやりと考えを巡らしていると、高杉がこちら側にも匂い袋を差し出してくる。
「え? それじゃあ、ありが――」
お礼を言いながら匂い袋を受け取ろうとすると、いきなり横から腕を掴まれた。
突然の事に驚きながらもそちらを見やると、レイがやんわりと首を横に振る。
(えっと……貰うなって事かな?)
「おお! それではありがたく貰おうか!」
僕がレイの行動に困惑していると、アルのそんな言葉が耳に届いた。
見ると、ちょうどアルが高杉から匂い袋を貰うところだった。
そして、アルが満更でもなさそうな顔で袋を受け取った瞬間――ジュッと言う何かが焼けこげるような音と共に、アルの悲痛な叫び声が響いたのだった。
「のわああああああああぁぁぁぁ!!!!」
「え! ちょ、ちょっと! 何事!?」
匂い袋を投げ捨てのたうち回るアルの姿に、僕は茫然としてしまう。
はっきり言って、状況がさっぱり分からない。
「アルは……アレルギー持ち。気にしないで」
レイがスッと前に出てきて、高杉に言う。
(アレルギー? そんなんあったっけ?)
ちらりとアルの方を見ると手から煙が上がっていた。
(いやいやいや! アレルギーで手から煙とかないでしょ! いろいろ無理あるよ!)
「ああ、そうなんですか。それはすみません」
僕が心の中で盛大なツッコミを入れている横で、高杉があっさりと納得し、落ちた匂い袋を拾った。
(え! 納得しちゃったよ!)
僕が驚いていると、奈央が高杉へと近づく。
「ごめんね! 匂い袋ダメにしちゃって……」
奈央の言葉に、僕は先ほどの匂い袋へと視線を向ける。
少し焦げてしまったそれを見つめながら、高杉がポツリと呟いた。
「気にしないで。それよりも――――から」
一陣の風が吹き、木々のざわめきが高杉の言葉を掻き消した。
異様に大きなざわめきのせいで、性能の良い僕の耳ですらその小さな声を捉えられなかった。
「え? 今、なんて言ったの?」
僕は聞き返してみたのだが、高杉は妖艶に微笑むだけで、それ以上は何も言わなかった。
(なんて言ったんだろう?)
僕の心と同じように、木々がまたせわしなくざわめく。
それに合わせ、ハーブのむせ返るような香りと、わずかな焦げ臭さが入り混じるのだった――




