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依頼主、橘――私が事件を解決してやろう!!


「じゃあ、昨夜はここで新井さんの事を待ってたの?」


 僕は橘にそんな質問を投げかけた。


「うん。慎ちゃんの研究が終わるまでいつもここで待っているから、昨日も……ね」


 魔鏡棟の一階に設置された唯一の休憩所。僕達は今、そこに置かれたガラス製の四角いテーブルを挟み、橘の話を聞いていた。橘がレポートを提出した後、まだ次の授業まで時間があるというので、こうして詳しい話を聞く事になったのだった。


 橘がガラス越しに見える扉へと目を向ける。


「ここなら出入り口の扉が開けばすぐ分かるし、待つのにも色々と便利だから……」


 彼女が言うように、ここには僕達が今座っているような黒いソファもあるし、空調がきいているので外で待つよりも数段暖かいだろう。しかし、僕は根本的な理由でつまずき、首を傾げる。


「あれ? でも、なんでいつもそんなに遅くまで新井さんを待っていたの? 幼馴染みってそういうものなの? それとも、実は付き合ってたとか?」


「私も慎ちゃんも実家通いだから、慎ちゃんが卒業するまでは出来る限り慎ちゃんの車で送り迎えをしてもらおうって話になってたの。まあ、お母さん達が私の意志に関係なく、勝手に決めたんだけどね……」


 橘が最後にポツリと呟いた、お母さん達にはいつも敵わないのよね……という一言に、いつも自分勝手なアル達に振り回されっぱなしの苦労人としての僕と通じるものを感じ、共感を覚えたのは言うまでもない。


「あと、慎ちゃんとは確かにすごく仲が良いけど、恋人とかそんな感じじゃなく、兄妹みたいな感じだよ」


 僕が同情の念を向けていると、橘はそんな事を付け足した。ちなみに、互いの都合で一緒に帰れない時は、橘が電車で帰るらしい。


「じゃあ、いろいろ分かった所で、本題に入ろっか!」


 奈央が明るく言い、ピンクのメモ帳を広げる。


「昨日の夜、優衣ちゃんが新井さんを待っていると、凛子さんから電話がきて、新井さんと連絡が取れない事を知る。心配になった優衣ちゃんは、新井さんの研究室に行くが、もう新井さんはいなかった」


 奈央のまとめに橘が頷く。


 ちなみに、新井の研究室は、魔鏡棟に隣接する研究棟の一階にあるそうだ。また、ここ一週間ほど研究室の教授が出張中らしく、現在は全ての管理を田辺が担当しているらしい。


「うん。研究室には田辺先生しかいなくって、慎ちゃんは結構前に帰ったって言われたの。それで、凛子さんに連絡を入れたら、探すのを手伝ってくれて……」


 橘の言葉に、奈央が確認するように問う。


「じゃあ、優衣ちゃんはその時に屋上に行ったんだね」


「え? う、うん。凛子さんが自分は花壇の方を見に行くから、屋上の方をお願いって……」


 ぎこちなく頷く橘に、何かを感じ取ったらしい奈央が優しく質問する。


「他に何か変わったことはあった?」


「あ、あのね、見間違えかもしれないんだけど、屋上に行った時……見ちゃったの」


 青白い顔で話す橘が、ギュッと自身の服を握りしめながら言葉を続けた。


「女の人の幽霊を……」


 もちろん、この後、アルの叫び声が響いたのだった。






 ◇ ◆ ◇






「それじゃあ、その女の霊は、白いドレスみたいな服装で、長い金髪だった……と?」


 僕は橘が見たと言う女の霊の特徴をまとめてみる。その言葉に、橘が弱々しく頷く。


「た、多分そんな感じ。後姿だったし、気付かれたらと思うと怖くて……悲鳴も上げずにすぐに引き返しちゃったから、それぐらいしか見てないんだけどね」


 怯える橘の頭をよしよしと奈央が撫でる。


「そっか。それは怖い思いをしたね」


「うん。それでもう怖くなっちゃって、慎ちゃん探しを放置して家に帰っちゃったの……」


 今にも泣きだしそうな顔で橘が話を続ける。


「どうしよう……私がもっとちゃんと探してれば……やっぱりこんな状況になったのは私のせいで……」


「もう、優衣ちゃんってば! ネガティブ禁止!」


 橘の考えを払いのけるように奈央が明るい声を出す。


「でも、慎ちゃんが車も置いていなくなっちゃうなんて……」


(やっぱり、心配……だよね)


 橘の心境を察し、思わず同調してしまう。


「それに、慎ちゃんの財布……三百円ないと思うし」


 橘の言葉に僕は頷く。


「そりゃ、かなり切羽詰まった状況だね。……じゃなくて! なんで財布状況まで知ってるの!」


 思わず変なノリツッコミをしてしまった……。


「あ、実は慎ちゃんのお小遣いは全部私に渡されてるの。それで、毎月支給する形にしてたんだけど、慎ちゃん、お金遣いが荒くて……毎回、月終わり頃に前借りを頼みこまれるの」


「ああ、今回は支給する前だったって訳か」


「うん……。本当にどこに行っちゃったんだろう……まさか、本当に幽霊に……」


 青ざめながらも、橘はその考えを払うように首を横に振る。


「それに、警察沙汰には出来ないしな……」


「え? そうなの?」


 橘が最後に呟いた深刻そうな言葉に反応し、僕は聞き返した。


「えっと、実は慎ちゃん、大学一、二年次の頃、よく家に連絡もせずに友達と2、3日遊び歩いて、そのたびにご両親が心配して警察に届けて捜索してもらっちゃったりなんかしてて――」


「わ、わあ、それは大変だね……」


「はい……慎ちゃんの遅い反抗期だったみたいで……まあ、今でも普通に『なんか連絡入れた気になってた』とか、『話してなかったっけ?』とか、たまーにあるので、多少帰ってこない時はまた友達と遊んでるんだろうってことで、3日待っても連絡もなく、帰っても来なかったら警察に届けようってことにしてて――それに、慎ちゃん、今四年次で、卒業後は地元の企業に就職する事が決まってるの。もし、これ以上警察沙汰になって慎ちゃんのダメっぷりが露見して、内定が取り消されたりなんかしたら……」


 再びズーンとし出した橘の重苦しい空気を吹き飛ばすかのように、奈央が元気に言い放つ。


「大丈夫だって! 新井さんのことは任せておいて!」


 その後、まだ授業があるらしい橘は、僕達に丸投げしてしまう事を詫びつつ、申し訳なさそうにその場を去っていったのだった。


(…………てか、新井さん、めっちゃ問題児過ぎない?)



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