フッ、幽霊など怖くないぞ!?
「なんでこうなったんだろう……」
奈央から話を聞いた翌日、僕は奈央が通う大学に来ていた。
もちろん、他の三人も一緒に……だ。
「そりゃ、七不思議に関連して失踪した新井慎二の事件を解決する為に――でしょ?」
楽しそうに言う奈央に、僕は頭が痛くなってきた。
「うん。言い方を変えよう。どうして僕達はこんな恰好をしているのかな?」
「ん? いつもとあまり変わらんではないか。何をそんなに声を荒げているのだ?」
アルが黒いマントを翻しながら不思議そうに呟く。
日差しに弱いアルは、いつもならこのマントに加え、黒い日傘とサングラスを着用する。しかし、曇りであるという事と、ハロウィンの為に妖力が高くなっているという事で、この二つは使用していない。その分、かなり怪しさは減っているのだが……問題はそこではない。
「アルは別に良いかもしれないけど、レイは僕の気持ち分かってくれるよね!」
僕達の一歩後ろの方で怠そうに歩くレイの方を振り向く。彼は現在、顔や首、腕などに包帯を巻きつけた状態である。……一応、ミイラ男の仮装中とのことだ。
「ん? 暑くないなら……別に良い」
レイの一言に軽くショックを受けている僕に対し、奈央がトドメを刺す。
「もう、鳴海は往生際が悪いなあ。アルもレイも気にしてないじゃん!」
頬を膨れさせながら言う彼(?)は、現在、黒い猫耳としっぽを付け、ピンクと白を基調とした可愛らしい甚平を着ている。
「レイ……君までそんな事言っちゃうの……」
もう、ため息しか出てこない。――というのも、僕は今、人間の姿に狐耳としっぽだけ出した姿になって、黄色と黒を基調とした甚平を着ているからだ。正直、頭上にある僕の本当の耳とフッサフサの本当のしっぽがうっかり動いてしまわないか不安だし、普段はしっかり人間に化けているので、中途半端な化け方に違和感があって落ち着かない。
奈央いわく、『ハロウィンの仮装』という事らしい。ちなみに、奈央の今日の授業は、教授の都合により休みになったようだ。
(今日はせっかくカフェのバイトが休みなのに……)
疲れる一日になりそうだなあと思いながら、再度諦めの意を込めて深いため息をつく。
「あ、ここの棟だよ!」
奈央の元気な声に反応し、そちらを見やると、ちょっと重苦しい雰囲気を放った灰色の建物があった。
「何だか木が多くて陰気な感じだな!」
「まあ、陰気なのは本当だが、この木々にはいろんな想いが詰まっているんだ。そう言ってくれるな」
アルが端的な感想を述べると、突然明るい男の声が聞こえた。
声の先には、赤に近い髪色のお兄さんがいた。その手の中には茶色い紙袋があり、かすかに絵の具の匂いがした。その男の姿を認めた奈央が、声を上げる。
「あ、田辺先生! 今、話を聞きに行こうと思っていたところだったので、ここで会えて良かったです」
「ん? ああ。神宮寺か。 わりーが、七不思議の件は昼休みにしてくれ。今からちょっと仕事なんだ」
田辺と呼ばれた男は申し訳なさそうに笑った。どうも奈央は事前に手を回していたらしい。
(本当に抜け目がないな……)
僕がそんな事を考えていると、レイがポツリと呟く。
「想いが詰まってる……って、何?」
その言葉を受け、田辺が口を開く。
「ああ。この木々は卒業生達が植えていったものなんだ。木の根元に何期生って書いた立札があるだろ?」
「おう! 確かにあるな。だが、何本か倒れたり折れたりしているぞ? しかも、これは……」
アルが言った通り、根元にある草は何者かに踏み荒らされた後のようで、立札も無残な姿と化していた。しかも、アルが今見ている木の幹には、何やら奇怪な模様が描かれていた。
「げっ――こりゃ酷いな。これは一応ここの卒業生の伝統らしいのに……うん。見なかった事にするか!」
田辺は最後にそれじゃあ、また後でと言う言葉を残し、そのまま面倒事から逃げるように向かって左側の工学部研究棟の中に入っていった。
(先生としてそれで良いのか……)
などと思いつつも、僕達は田辺が入った研究棟に隣接する棟に入っていったのだった……。
◆ ◇ ◆
「こっちの棟は生徒達の間で魔鏡棟って呼ばれてるの。先生の所には後で行くとして、最初はこっちの棟の情報収集をするよ!」
「魔鏡棟ねぇ……」
入口側から見て左手にある階段を上機嫌に上っていく奈央に、僕はげんなりしながら言葉を返す。その時、いつもなら奈央よりも煩いアルが静かだということに気付き、違和感を覚えた。ふと後ろを振り向くと、アルは何やら考え込んでいるようだった。
「アル。どうしたの?」
(いつも馬鹿みたいに元気なのに……)
「おい。失礼だぞ! 馬鹿みたいには余計だ! むしろ天才的にだろ!」
「あ、ごめん。声出てた? てか、天才的に元気なのも変な気が……」
「私が天才であるという事は確認せずとも分かっている! それよりも……」
僕の言葉をちっとも気にしてくれないアルに半ば呆れながらも、続きの言葉を待つ。
「さっきの木の幹に刻まれたモノが気になってな。数百年ほど前、本か何かで見た気がするのだが……」
歯切れ悪く言いながら首をひねられ、僕の頭にはクエスチョンマークが沢山並んだ。
(数百年前――そういえば、アルって今何歳なんだろう? 僕と会ったのはここ数十年ほど前だからわりと最近だし――まあ、僕よりはもっとずっと年上だろうけど……)
「はいはーい、注目! これがその魔鏡だよ」
二階と三階の間にある踊り場の所でくるりと一回転し、魔鏡と称された大きな鏡の前に立つ奈央。その動きに合わせ、先の方だけを緩く巻いた艶やかな黒髪がふんわりと動く。
「聞いた話によるとね。夜ここを通る時、魔鏡の方からスーッと冷たい風を感じるんだって……」
いきなりトーンを低くして語り出す奈央に、思わず体が強張る。
「それで、なんだろな? って、魔鏡の方を見ると――」
「ギャアアアアァァァァァ!!!!!」
「うわあ! ってアル!! もう、いつもの事だけど話の途中で叫び声をあげるのやめてよ!!!」
後ろから突然あげられた大きな叫び声に驚き、僕は非難の声をあげる。
そう、これはいつものこと。実に情けない話なのだが、アルはアヤカシのくせに幽霊が怖いのだ。だからこういう類の話の時、アルは非常に弱い。
「フッ……私はこの場を盛り上げようとしたのだ! ほら! 奈央も腹を抱えて笑っているだろう?」
いつものように長めのマントを翻し、ビシッと決めポーズをとるアル。そんな発言とは裏腹に、アルの足は小刻みに震えていた。
「ねぇ。ここ、本当に……きてる」
レイが魔鏡の方を見ながらぼそりと呟く。その言葉に、僕は驚きを隠せなかった。
「え、嘘! ここにはアヤカシの気配が一切ないけど……」
僕達アヤカシの類は、その場の気配や残った気の流れから、アヤカシが関係するものなのか、そうでないものかぐらいは識別する事が出来る。
「まさか……霊気! そ、それならば陰陽師を! と、とりあえず、ここから撤退だ!」
「いや、陰陽師って僕達まで害をこうむるから。そういう場合に呼ぶのは除霊師とかでしょ」
僕はパニックに陥って変なことを口走るアルに、冷静なツッコミを入れる。
「アル、そっちの霊気じゃない……。冷たい空気の方の……冷気。多分、この魔鏡の隙間から」
レイが魔鏡と壁の境目に手をかざす。その言葉に、先ほどのアルの発言に笑い続けていた奈央も興味を示し、皆で魔鏡の方を見つめる。
「あ、これは……」
そうレイが呟いた瞬間、魔鏡内の僕達の後ろに、スッと人影が映ったのだった……。




