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七不思議――何それ面白そう!!

 廃屋のような寂れ具合の建物の扉を勢いよく開け、中に入る。外観とは異なり掃除が行き届いている建物内は、赤と茶を基調とするイギリス風の内装となっている。


 同じような扉の前をいくつも通り、さらに奥へと進む。入居当初は何かと困ったが、今ではもうどこが何の部屋なのかは間違えなくなった。リビングへと続く扉を開けながら、目的の人物の名を大声で呼びつける。


「なーっるみー!!!」


「帰ってきてそうそうどうしたの、奈央?」


 リビングにたたずむ小柄な少年――鳴海なるみが、キョトンとした感じで金色の目を丸くさせている。ちょうどバイトから帰ってきたところだったらしく、彼の手には茶色いショルダーバックが握られていた。


「あ、今日は疲れてるから妖狐姿にはならないよ!」


 ボクが満面の笑みで言葉を発しようとすると、何を勘違いしたのか、突然首をぶんぶんと横に振りながら慌てて付け足された。よっぽど妖狐姿になってボクに触られるのが嫌だったらしく、鳴海はふわふわの茶髪が乱れているのも気にせずに後退っていく。


「チッ――」


「舌打ちしないでよ! やっぱり触るつもりだったんだね。まったく、奈央は……」


「ええ、ダメ?」


「か、可愛く言っても、もう騙されないぞ!」


 顔を真っ赤にしながら言う鳴海の姿にイタズラ心が刺激されながらも、なんとなく愛おしさを感じる。


 もうボク達の会話から分かっているかもしれないが、ここの住人である鳴海は人ではない。妖狐という種族の『アヤカシ』である。普通の人間であるボクが彼と生活を共にするようになったのは、ある事件がきっかけ。まあ色々あって、ボクは今、ここの住人達の生活費や趣味費を提供する代わりに、鳴海の狐耳やしっぽを心行くまでモフモフさせてもらっている。


(神宮寺家の汚いお金を使いたくなくて――あの腐りきった身内共と一緒にいたくなくて――家から出て、一人で生きていけるようにっていろんなお店を経営するようになったけど、それのおかげでお金も必要以上に稼げるようになった……ただ、逃げたい一心で今まで頑張ってきたけど、ようやく、ようやく、ボクはボクの居場所を見つけられた……)


 少し感傷的な気持ちを振り払うように、ボクは元気よく言葉を発する。


「いやいや、今日はそんなつもりじゃなかったって。面白い情報が手に入ったから鳴海に早く話したかったの!」


「面白い情報?」


 警戒をあらわにする小動物……ではなく、鳴海に、今度こそ今日入手したばかりの情報を伝えるべく、にこやかに微笑む。


「そう! 最近、うちの大学に七不思議が出来たんだ――」






 ☆ ☆ ☆






 帰ってきてそうそう、猫のような瞳を爛々と輝かせながらそんな事を言う奈央に、僕は軽くめまいを覚えた。妖狐である僕をここまで辟易させる事が出来る彼(?)は、ある意味大物かもしれない。ため息をつきながらも、奈央へと視線を向ける。


「七不思議って、そんなにいきなり出来るものなの?」


「まったく、鳴海の考えは古くて柔軟性がないね。こういうのはね、新しい世代が作ってくもんなんだよ」


 腰に手を当て、上機嫌に言う目の前の人物、神宮寺じんぐうじ奈央なおは、見た目は美少女にしか見えないが、れっきとした男である。初めて会った時、女性の格好をしていた為、女だと勘違いして痛い目を見た事はまだ記憶に新しい。


 ちなみに、女装は趣味でもあるらしく、今もゴスロリとかいうフルリがたくさん付いた可愛い服を着ている。そして、それが似合っているのだから更にたちが悪い。


 僕は再びため息が出そうになるのを抑え、話を先に進める。


「まあ、そこはもう良いや。それで? すごく嫌な予感がするけど、その七不思議がどうかしたの?」


「もちろん、その七不思議を調べに行くの」


 元気一杯に答える奈央とは対照的に、顔が引きつっていくのを感じながらも、そろそろ来るだろう嵐に、もう諦めしか感じない。


「フッフッフ……話は聞かせてもらったぞ!」


 音を立てて扉が開き、上機嫌な声が聞こえた。


(ああ、もう嫌……)


 あらゆる物事を引っ掻き回す天才。僕が彼に抱いている印象はそんな感じである。


「はぁ……アル、首を突っ込むのは止め――」


 アルバート=D=マーカス。通称アルの方を振り返りながら、軽く勢いを削ごうとしたのだが、不自然に言葉が止まる。


「えっと、アル――その格好……」


 アルはいつも、今時執事喫茶なんかでしか見ないようなイギリス調のタキシードを着ている。細身で長身、顔立ちも嫌味なくらい整っているアルには、正直、かなり似合っている格好だと思う。


 そのアルが、今はどうだろう?


 黒く長い寝間着姿に、彼の自慢の長い銀髪の上には、これまた黒いナイトキャップ……。


「格好? ……ハッ!」


 紅い瞳を目一杯見開いた後、慌ててもう一度自室に戻るアルを見送った後、僕はおもむろに夕食の準備を始めたのだった。


 彼、アルバート=D=マーカスは、誇り高き純血のヴァンパイア……らしい。

 アルは……なんというか、いろいろと残念な奴である。






 ◇ ◆ ◇






「フッフッフ……話は聞かせてもらったぞ!」


 数分後、大きな音を立てて扉が開き、上機嫌なアルの声がリビングに響き渡った。もちろん、服装はいつも通りタキシードである。僕がアルの再登場に心の中でため息をついていると、リビングに涼やかな声が響いた。


「やり直しても…………失敗は消せない」


 ふと声の方に目をやると、青年がソファから身を起こしているところだった。彼の肩まである少し灰色がかった髪がさらりと流れ、端正な顔をぱらぱらと覆う様は、男の僕から見ても綺麗だと思う。


 彼の儚げで美しい容姿は、雪女である母親譲りらしい。ちなみに、父親は人間という特殊な存在。まあ、いわゆる半妖というやつだ。


 普通、雪女の子は女であるはずなのだが、男に産まれてしまった彼――レイモンド=アーノルド、通称レイは、男子禁制の雪女の里に居られなくなり、成人すると同時に人間界に降りてきた。ちなみに、雪女の里では周囲がデレデレに甘やかしていたようだ。今も時々雪女の誰かが覗きに来ては、彼の好きなアイスを大量に置いていく。


 …………正直、不法に侵入し、アイスを氷漬けにして居間に放置していくのは、水浸しになったテーブルと床の後処理が色々と大変だからやめてほしい。せめて……せめて、冷凍庫かクーラーボックスに入れてくれれば――。


「失敗? 失敗とは何の事だ? いつも完璧なこの私に! 失敗などありはしなあああぁぁい!!」


「ああ、はいはい」


 僕はビシッと決めポーズをしているアルを軽くかわしながら、取り皿を並べる為にテーブルへと視線を移す。その瞬間、視界の端にある雑誌を発見し、嬉しくなる。


「あ、今月の『アヤカシ通信』出たんだ!」


 僕達アヤカシ界の雑誌である『アヤカシ通信』――霊感等がない人間には、ただの白紙にしか見えない特殊な術が掛けられたその雑誌の表紙には、『悪魔界とコラボ』と、でかでかと書かれていた。


「今回……美術品コレクターの話……」


「へぇ、そうなんだ。じゃあ、後で読もうっと♪」


 僕がウキウキと食器のセッティングをしていると、うさ耳付きの白いもこもこパーカーに着替えた奈央が、料理を運んで来てくれた。


「あれ? レイ、そんな所にいたんだ」


「うん……ずっといた…………」


 そう答えたレイは、まだ眠いらしく、澄んだアメジスト色の瞳はボーッとどこかを見つめている。


「そういえば、アルはどうして寝てたの? いつもは起きてる時間だよね?」


「明日はハロウィンだろ? この時期はアヤカシの力が増すからな。今のうちに力を貯めているのだ!」


 胸を張って言い切ったアルに、奈央が首をひねる。


「ん? なんでわざわざ貯める必要が?」


「ああ、私はヴァンパイアにとっての食事――人間の生血いきちを飲まないから、生きるためにこの時期に力を蓄える必要があるんだ」


「そっか――いつも普通にご飯食べてるから忘れちゃうけど、アルの本当の食事は、レイが開発した薬だもんね……」


「まあ、私にとって食事は人間でいうところの美術鑑賞のようなものだからな。腹の足しにはならんが、味覚は普通の人間と変わらないから楽しめるぞ!」


「それ初めて聞いた時は、ヴァンパイアへの認識が色々と変わったよ。それに、前に人間の可能性を奪いたくないから食事を絶ったって言ってたけど、それもスゴイ覚悟だよね~」


「私達ヴァンパイアは人間の気力を血という形で摂取するからな。血を吸われた瞬間、人間は何に対しても無気力になる。もし、血を吸ってしまった人間が『アヤカシ戦隊カイ☆レンジャー』やアニメ制作に関わっている人物だったらどうする!? 最悪の場合、続きが見れなくなってしまうこともあるだろうし、これから生まれてくる予定だった別の作品が無気力のせいで生まれなくなってしまうかもしれない!! それは、断固として阻止しなくては!!!」


「あ、うん、人間に可能性を感じてくれてありがとう、アル」


 前のめりに力説するアルに、奈央は少々後ろにのけ反りながら苦笑していた。


(正直、暇だと煩いからってアルに『観劇が趣味なんだしテレビでも観たら』と勧めたのは僕だが、アルがここまで戦隊ものやアニメにハマるとは思ってなかったなあ。おかげで、毎回毎回買い物に行くたびに食玩を買ってとせがまれて店先で駄々をこねられたり、アニメBlu-ray全巻セットだと特典でケースが貰えるからお小遣いが前借りでほしいとか――奈央から今のバイト諸々紹介される前はお金もカツカツだったから、もう、ほんと対処に困ったなあ)


「奈央……さっきの七不思議の話……」


 レイが眠そうに眼をこすりながら、ようやく本題――いや、正直、この流れで全て忘れてなかったことにして、日常生活に戻りたかったのだが――まあ、レイは興味があったのか、本題の話を奈央へと振った。


「あ、うん! 実は……最近、七不思議が出来た薄気味悪い棟があるの」


 さっきまではアルに押され気味だった奈央が、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

 僕はその様子に眉根を寄せた。


「でも、七不思議なんて人間が勝手に作ってる怪談でしょ? 別に僕達『アヤカシ』が行かなくても……」


「そうも言ってられないんだよねー」


 取り皿に野菜を盛りつけながらも上機嫌に話す奈央。


「なんと! その問題の棟で……行方不明者が出たの――」


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