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終幕


「そうですよね? 凛子さん……」


 静かにそう言った奈央が、最上へと鋭い視線を送る。


「なんで私がそんなことを? それに、この流れからいくと、田辺先生にも疑いがかかるのでは?」


「そうですね。じゃあ、順を追って説明しましょう。まず、あなたは二つの嘘をついています」


 奈央の言葉に、最上の綺麗な眉根がピクリと動く。


「ああ! 花壇のすすり泣きは聞こえなかったはずだ。その時、新井は睡眠ガスで眠っていたのだからな!」


 アルの自慢気な声に続き、僕は静かに言葉を発する。


「そして、昨夜、磁気嵐があった事をあなたは知らなかった。もし本当にパソコンで作業を行っていたのなら、データは全て消えてしまっていたはずなんです」


 手をギュッと握りしめながら、僕は話を続ける。


「なぜ、あなたがそんな嘘をついたのか、どうしてあんな行動をしたのか……それらを考えた時、一つの結論に至りました」


 僕の視線を真正面から受け止める最上に、一呼吸置いて告げる。






「あなたの本当の目的は……橘さんを殺すことですね?」






 僕の言葉に、その場の空気が凍るのが分かった。


「なぜ、そうだと?」


 静寂を破るように最上の凛とした声が響く。それに答える為、僕はゆっくりと口を開く。


「あなたが新井さんの事を尊敬していたからです。そう、だからこそ……あなたは留学の話を蹴り、地元の小さな企業に就職しようとする彼のことが許せなかった」


「そして、あなたに強くそう思わせた理由は……致死性家族性不眠症。……違う?」


「ええ、確かに私の母はその病気を患っていますが?」


 レイの言葉に、それがなんだという感じの態度を示す最上。

 僕は、硬い表情のまま話を続けた。


「あなたはその病気の影に怯えるあまり、逆に不眠症になってしまった。半ば自棄もあったでしょう。この行き場のない苦しみを――」


「新井君にぶつけてやろう……私がそう思ったと?」


 僕の方へと鋭い視線を投げかけながら、最上が笑う。


「それなら、直接、新井君を殺すのが筋じゃないの?」


「いいえ、あなたの最終目的は新井さんを苦しませることなので、この方が良いんです」


 僕の言葉に納得したようにアルが頷く。


「大切な人を奪い、心にダメージを与えるという事だな! 橘は恋人ではないにせよ、大切な幼馴染であるという事に変わりはないはずだ!」


「なるほど……じゃあ、私がどんな計画だったのか教えていただけますか? 探偵さん」


 最上の挑発的な視線に促され、僕は推理を語り始める。


「先ほど言ったように、橘さんを屋上に呼び出したあなたは、橘さんを七不思議に見立てて殺そうとした。しかし、屋上で待ち構えていたあなたのもとに、予期せぬ来客が来てしまったのです」


 僕の言葉に、奈央が頷く。


「それが瑠美奈ちゃん。怪談を作り始めた彼女のせいで、あなたは優衣ちゃんに逃げられてしまいます」


「でも……これは好都合だった」


 レイの言葉に、最上が「何故?」と僕の方へと視線を向けながら、妖美に質問した。


「あなたはそれで理解したはずです。新井さんと高杉さんの協力関係を。そして、こう考えた……」


 僕の言葉を引き継ぎ、アルが自信たっぷりに言う。


「利用できるとな! 貴様は橘殺しの犯人を高杉に被ってもらおうと、新たな計画を立てた」


「その計画では、花壇の声を聞いたというあなたに対し、高杉さんが接触を図ってくるという内容だったのではありませんか?」


「高杉は新井が花壇の声を担当していたことを唯一知っていたから、当然、貴様が怪しいと気付いたはずだ!」


 僕とアルを静かに見ていた最上が口を開く。


「じゃあ、消えた新井君は、今、どこに?」


 その問いかけを受け、奈央が話し出す。


「今は物置にいます。多分、ボクとあなたが運んだ冷凍室の荷物の中に、新井さんを――」


「ああ、もう分かっちゃったのね。安心して、殺してはいないから……」


 奈央の言葉を遮り、最上が柔らかく微笑む。

 その表情に、僕の前身の毛が一気に逆立った。


「じゃあ、やっぱりあなたが……」


「まあ、あなた達の推理、大体は合っているけど……ちょっと補足が必要なようね」


 僕の言葉に対し、明確な答えを言わなかったが、最上は自分を犯人と認めたようだ。にっこりとしながら、まるで、先生のように解説をし始めた。


「まず、屋上で高杉さんに会ってしまったところまでは正解。でも、私はそこで、高杉さんを殺そうと思ったの」


 最上の視線を受けた高杉は、困惑しているように見えた。その様子を見ながら、僕は考えを述べる。


「それは……高杉さん殺しを橘さんに押し付けることが出来るからですか?」


 僕の答えに、最上が満足そうに頷く。


「そう、そうすれば、優衣ちゃんは殺人犯。新井君も苦しむと思う。でも、高杉さんの立ち位置がよく分からなかったの。だから……」


「新井さんがより苦しみそうな、橘さん殺害の方を実行しようとしたんですね」


 僕は最上の言葉に続けるように言った。


「ええ。まったく……こんなことなら、あの時に高杉さんを殺すべきだったな」


 あっけらかんと最上が言った。


「思い付きで行動すると上手くいかないものね。花壇のことを話したのは、高杉さんが七不思議の話を隠し通すと思ったからよ。それに、もしもの時は、その噂の恐怖でうっかり聞き間違えたのかもって言い逃れも出来そうだったし」


 最上は、そのままゆったりと話を続ける。


「まあ、磁気嵐については知らなかったけど、それなら……。そう言えば、一休みする際に少しパソコンを消してたかも……なんていう言い逃れが出来るかな?」


 不測の事態にもすぐに対処出来る。それが、最上の強みかもしれない。彼女は、屋上全体に広がる大きなブルーシートの方にゆっくりと歩きながら語る。


「今日の計画の為には、新井君をどうにかする必要があった。そこで、急いで冷凍室に向かったんだけど、その時うっかりドアを引っ掻いてしまって焦ったわ……後は、何とか彼を運送の荷物に紛れ込ませたの」


 その言葉に反応し、奈央が最上の紅いマニュキアを見ながら頷く。


「ああ、あの紅い痕はそれで……。とにかく、新井さんの事がばれないか不安だったあなたは、それでボクの手伝いをしてくれたんですね」


「その通り。そして、優衣ちゃんに新井君を誘拐した犯人が分かったと屋上に呼び出して殺した後、高杉さんを屋上に呼び出そうとしたんだけど……優衣ちゃんのナイト君に邪魔されてしまったの」


 小瀬の方へとちらりと視線を送った後、最上は橘を優しげに見つめる。


「ところで最上さん、僕には気になる点が一つ……」


 最上がどうぞと言うので、深く息を吸ってから言う。


「あなたは僕達の推理から逃げるすべを持っていたように感じます。何故、すぐに自白を?」


「だって、醜いじゃない。私、醜くはなりたくないの。出来るなら……華々しくありたいと願っている」


 僕の言葉を受けてそう言い切った最上は、急にブルーシートを勢いよく剥がした。


「え――? あ! これ、凛子さんの所にあった紙に描かれてた紋様!」


「これって……魔法陣?」


 屋上に突如現れた奇怪な紋様を指差し驚く奈央の言葉が気になりつつも、僕は円形状に並んで描かれているそれを食い入るように見つめてしまう。


「そう、これは魔法陣。それも、悪魔を呼ぶ為の……ね。ちょっと早いけど、ハロウィンの終幕にはうってつけでしょ?」


 最上は笑顔でそう言いながら傍に立っていた高杉を引き寄せる。見ると、手には小さなナイフが握られていた。


「スケープゴート……さっきの意味は身代わりだったけど、今回は生け贄の意味で取ってほしいわ。それから、動かないでね。こういうの、慣れてないから……うっかり殺しちゃうかも」


「おい! 貴様、一体何を考えている!」


 グッと高杉の喉元にナイフを押し付けながら言う最上に、アルが声を張り上げる。


「何って……見てわからない? 私は悪魔、ナベリウスを召喚しようと思っているの」


 最上の言葉に、僕は困惑する。


「悪魔? なんで、そんな……」


「あら? そんなに不思議? そこに可能性がほんの少しでもありそうなら、試さずにはいられない。それが研究者ってもの。それに、せっかく描いたのに一回も使わないなんて、さすがに勿体無いでしょ?」


 僕の呟きに対し、最上はイタズラっ子のように言う。そして、彼女は後退りながら、徐々に魔法陣の方へと歩を進めていく。


(どうしよう、このままだと……)


 焦りばかりが募る中、とうとう最上の足が魔法陣の縁へと触れた。その瞬間、小さな爆発音と共に、高杉の首にかかっていた匂い袋が破裂した。その小さな袋から飛び散った粉末状のハーブが最上へとかかり、一瞬の隙が出来る。


(今だ!)


 そう思い、僕は飛び出そうとしたのだが、勝敗はもう既についていた。粉末が舞い散る中、最上の後ろへと移動した田辺が、彼女の手を掴み、ナイフを取り上げていたのだった。


(田辺先生!? い、いつの間にあんな所に……)


 なんとなく出遅れたことを悔やみつつ、最上の方へと駆け寄る。


「はあ、危なかった……」


 田辺が一仕事終えたようにホッとしているのをしり目に、最上の様子をうかがう。


「あーあ、また失敗か……」


 そんな言葉とは裏腹に、彼女は何やらすっきりした顔をしていた。その表情を見た僕は、思わず言葉を漏らす。


「最上さん、もしかしてあなた……誰かに止めてほしかったんですか?」


「ああ、そうかもしれないわね」


 最上の悲しげな声を受け、僕は考えを述べる。


「あなたの計画には、所々穴があった。僕にはそれが故意に作られたモノだったように感じられるんです」


 深く息を吐いた最上は、不意に空に浮かぶ綺麗な月を見上げる。


「私、疲れていたの。どんなに足掻いても変わらない日常や、どんなに手を伸ばしても届かない夢……。そう、全部嫌だった。特に、母を見ているのは……」


 苦しげに目を瞑る最上は、吐き捨てるように続けた。


「病気になった母が死にたくないと喚く姿や、一人娘の私に海外になんて行かないでと涙を零す姿。そして、そんなに弱ってしまった母を見捨てることが出来ず、全ての夢を捨てようとする私自身の惨めな姿……」


 ゆっくりと目を開けた最上が橘を見据える。


「ごめん。優衣ちゃん……全部、ただの八つ当たりなの。でも、誰かに止めてもらいたいっていう甘えもあって、こんな穴だらけの計画にしたの」


「ゆ、許せません!」


 橘が震える声でそう言うのを聞き、最上は俯く。


「うん。分かってる。謝っても許される事じゃ――」


「違います! 私は、そんな悩みを抱えているのに何も言ってくれなかった凛子さんを許せないんです! それに、そもそも私は凛子さんに危害を加えられてないので許しようがありません」


 橘の目には薄ら涙が浮かんでいるようだった。


「ああ、それには私も同感です。実際何も損害を受けてないので、謝られては困ります。それに、警察沙汰になってはいないので、大丈夫じゃないですか?」


 諦めるにはまだ早いという感じで、高杉が切り出す。

 しばらくポカンとして皆を見まわした後、不意に最上が泣きそうになりながら笑った。






「何それ……これじゃ、私が道化みたいじゃない……」






 こうして、一連の事件は幕を閉じたのだった。


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