さあ、推理の始まりだ!!
アルが勢いよく屋上の扉を押し開けると、僕達の目的の人物がいた。
「あれ? 奈央ちゃん達も来たの?」
橘が目を丸くしてこちらに視線を送ってくる。『も』と言うのは屋上の様子を示しているらしい。橘の他には、最上、小瀬、高杉が屋上にいた。
「うん、優衣ちゃんに早く話しておきたくってね! 待てずに来ちゃった!」
奈央の言葉に、僕達と一緒にやってきた田辺が楽しげに集まった面々の顔を見る。
「それにしても、上手い具合に集まったな……」
「それでは諸君、これから私の推理を披露しよう!」
いつものように、決めポーズをしながらアルが高らかに言う。
「推理? 何か分かったんですか?」
屋上の壁際にいた小瀬がおずおずと尋ねてくる。その言葉に、僕は頷いた。
「はい。これから順を追って説明していきますね。それじゃあ、まず、小瀬さん。あなたについて」
「え? おおお俺?」
小瀬がそわそわと居心地が悪そうに言うのを見て、レイが呟く。
「うん……今日、怪しい行動いっぱいだったから……」
僕はその言葉を受け、話を続けた。
「今日、僕達が訪ねた後、あなたは屋上に行こうとする僕らを止め、ここの滑車の先に取り付けられていた運送用の箱を落としに来ましたよね?」
「しかも、私達が屋上から帰ってくるのを見計らって、わざとコーヒー豆の瓶を割っただろう?」
アルの発言に、小瀬が動揺する。
「あ、あれはわざとなんかじゃ!」
「いいえ、わざとです。まず、豆の散らばり方がおかしかったのと……コーヒーミルなどの機材が出ていなかったのが不自然なんですよ」
奈央の猫のような黒い瞳が輝き、レイが気怠げに風で舞う綺麗な灰色の髪を払う。
「コーヒーミルがないと……豆は挽けない。なのに、テーブルの上には……カップのみだった」
「そんな状態では、コーヒーは飲めないという事になるな! 普段、コーヒーを飲まないのが仇となったな!」
アルがマントを翻し、まるで諦めろと言うようにニヤリと笑う。
小瀬は言葉を詰まらせ、やがて震える声で呟いた。
「う……あ、はい、わ、ざと――でした。俺、もっぱら紅茶派で、コーヒーなんて普段飲まないんです。でも、茶葉の瓶はどうしても割れなくって……」
小瀬が悲しげに笑う。
「自白します。俺が新井さんを殺しました。その罪を償わなきゃいけないのは分かっていたのですが、どうしても踏ん切りがつかず、こうしてあなた達に判断をゆだねてしまいました。気付かれたら自首しようって――」
「え? 小瀬さんが!? そそそそんな!?」
悲痛な面持ちで橘が声を上げたが、僕は構わず小瀬へと質問を投げかける。
「それじゃあ、小瀬さん、新井さんは今どこに?」
僕の言葉に、ええと、それは……と、小瀬がどもる。
(ああ、やっぱりそうなんだ……)
小瀬の態度に、僕は確信を持って言い切った。
「言えるはずないよね? だって、小瀬さんはただスケープゴートになってるだけだもん」
僕が言った内容に、高杉が質問してくる。
「スケープゴート――生け贄ってことですか?」
「まあ、そういう意味もあるけど、今回は身代わりって言う意味の方でとらえてほしいかな」
「平たく言うと、誰かを庇っているって事だね」
僕の言葉を奈央が簡潔にまとめた。
「庇ってるって……誰を?」
橘が困惑した様子で奈央に聞いてくる。
「優衣ちゃん、あなたのことを……だよ。小瀬さん、あなたは優衣ちゃんが新井さんにお金を渡しているのを見たことがあったんですね」
奈央の言葉に、小瀬は押し黙っている。
それを無言の肯定と取ったらしい奈央は、話を続けた。
「ボク達が訪ねた時、小瀬さんは優衣ちゃんを見たことを言ってしまう。そして、その後に新井さんの失踪を知った。あの時見た白い何かは、優衣ちゃんに関係が? そう思ったあなたは、ボク達が行く前に屋上に行った」
「そこで所々に紅い痕が付いている運送用の箱を発見した貴様は、橘が殺害した新井をこれに乗せていたのかもしれないと考え、罪を被ろうとしたのだな!」
「でも……それはただの勘違い」
アルが得意げにそう言うのを横目に、レイが呟く。
「え? 勘違い?」
今まで下を向いていた小瀬が困惑気味に顔を上げる。
その様子を見ながら、アルが紅い目を楽しげに細めた。
「ああ! それも、盛大な!!! 橘が新井にお金を渡していたのは、新井家から託された小遣いだったのだ!」
「小遣い? でも、いつも橘さんは困ったように……」
小瀬が戸惑ったように橘の方へと視線を向ける。
「うん。毎回前借りを頼まれて、渋々……」
橘の言葉に小瀬がへなへなとその場にしゃがみ込んだ。
「じゃあ、橘さんは……」
「犯人じゃ……ない」
レイの言葉に、小瀬が自らの腕に顔をうずめなら、良かった……本当に……と小さく呟く。
「さて、色々話したいことはありそうだけど、事件はまだ解決した訳じゃないから、さくさく進めていくよ!」
橘が小瀬に話しかける前に、奈央が先手を打つ。
「まずは滑車に付着していた紅い痕についてだね! これには七不思議が出来た訳を掘り下げる必要がある」
「七不思議が出来た理由……それは、花壇や卒業生達が植えた木々を――守るため」
奈央の視線を受け取り、レイが淡々と語る。
「そうでしょ……高杉さん?」
レイの眼差しがゆっくりと高杉へと向く。
「昨晩、橘が見たと言う女は、『屋上の飛び降りの霊』の扮装をした高杉だったのだろう! 高杉は滑車を使い、いつものように七不思議を作っていたのだな!」
「ウィッグや白いドレス、笑い声が入ったICレコーダーは……そこの中?」
アルの言葉に続き、レイが高杉へと問いかける。その視線は、屋上の扉の横に向いていた。そこにはブルーシートで覆われた大きな物が置いてある。高杉は、鋭い光を放つ瞳でレイをしばし見つめた後、諦めたように呟いた。
「はい……その、中です。滑車に紅い痕を付けたのも私です。絵の具を使ってそれらしく見立てようかと……」
その言葉を聞き、レイが頷く。
「そして、七不思議を作ったもう一人が……新井さん」
「もう、そこまで分かっていたんですね」
「え? 慎ちゃんが?」
レイと高杉の静かなやり取りを見守っていた橘が声を上げる。それに応えるように、高杉の視線が橘へと向く。
「新井さんは私が七不思議を作っているところを見てしまったんです。そして、私がこんなことをし始めた理由を聞いた彼は、私の手伝いを申し出てくれたんです」
「冷凍室にあった木箱は、新井さんと高杉さんの両方が利用していたんですよね」
少し遠い目をしながら語る高杉に、僕は確認する。
「はい。そこにICレコーダーを入れていて、いつでも怪談を作れるようにしていました」
「そう! そして、木箱に睡眠ガスを仕組んだのは貴様だな! それで新井を――」
「ちょっと待って下さい。催眠、ガスって……?」
アルの言葉に、高杉が眉をひそめる。
「アル、だから最後まで話を聞いてって言ったじゃん」
僕はアルの見当はずれな言葉に呆れながらもツッコミを入れる。
そう、僕達は知りえた情報を全て伝えようとしたのだが、アルが途中で「もう分かったぞ!」などと言い、屋上に飛び込んでしまった為、うやむやなまま推理に突入してしまっていたのだった。
僕達のやり取りを見ていた高杉が、淡々と話し出す。
「最近は新井さんが花壇と実験動物の七不思議を担当していたので、冷凍室には近づいていないんです。だから、その……睡眠ガスというのはいったい……?」
その言葉を受け、奈央が口を開いた。
「その仕掛けを施した人は他にいます。その人は新井さんが一人で七不思議を作っていると勘違いして、ある計画を実行したんです」
「ある計画?」
高杉の言葉に頷きながら、奈央が続ける。
「その人物は睡眠ガスを使い、新井さんを眠らせ、優衣ちゃんに電話をかけたんです。そして、何とか優衣ちゃんを屋上に誘い出し――」
「ちょっと待って! それって――」
奈央の言葉を遮り、橘が震える声を上げる。




