7話 いざ、森のダンジョンへ
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「それでは今日からダンジョンに行こうと思います」
このヴォルブルクを拠点に周辺にあるダンジョンは3つ、うち2つは人の出入りが多いが、1つだけ一般には放置されているダンジョンが存在する。
「ですが、最初は危険なので、ビギナーズダンジョンと呼ばれる都市迷宮から行きたいと思います」
「ユート様!」
予定通りミューが口を挟んできた。
「OK!言いたいことは分かる。 でも聞いてくれ、放置ダンジョンはその名の通り周辺にはなにもないんだ。 経験の少ない俺達的には、最初はすぐ近くに町があった方が安全だと思うんですよ。 それに現状財政的にミューに頼ってしまっていることが申し訳ない。 お金は無限じゃないんだ、なのでダンジョンの素材はすぐに売れた方がいい。 ダンジョンにもぐるとなれば何日も潜るわけだし、そのための食料や装備や消耗品も買い込まなくてはいけない。 安全だし金もいくらか稼げるし、言うことなしだとは思わないかね?」
「ユート様」
「…ん?」
あれ? おかしいな…少し予定と反応が違う。
「お言葉ですが、現状その程度でお金に困ることはありません。 私はお告げを受けた際に、先代魔王の遺産を受け継いでおりますので私が預かっていたお金も本来はすべてユート様のものです。 気に病む必要はありません。 加えて、以前ユート様がおっしゃったとおり、私どもの戦いは人目につかないことに越したことがありません。 もし人に見られながら戦い、人目を気にし力を限定した状態で戦った場合、私たちはその力の半分も引き出すことは出来ないでしょう。 むしろそのような状態の方が危険ではないのかと思われますが?」
…おっふ
「えーっと……はい、その通りですね」
「ではそのように」
ミューは輝くような笑顔をしている。
「ドンマイ」
プリムが俺の肩をポンと叩く。
一応慰めてくれているのだろうが…プリム、それは、止めを刺すというのだ。
俺ががっくりと肩を落とし、静かに地面に項垂れる。
初めてミューに口で負けた、それが一番ショックだ…
宿を1週間で借りていたので申し訳ないがキャンセルをお願いしようとしたところ、旦那さん──おばちゃんの息子さん──が帰ってきても使ってくれるならキャンセル料はいらないというので、そのまま残ったお金は預けることにした。
縁起担ぎになるし、いいだろう。
決して死亡フラグではない。
必要な物品と、大量の食料品を買い込んで町を出る。
3人なら一カ月は暮らせる量だ。
いくつかの店で手分けして購入したのだが、少し変な目で見られた。
目的のダンジョンは歩いて2日ほどかかる。
場所が町から微妙に遠い事もそうだが、人気がなく、ほぼ放置されている事にはそれなりに理由がある。
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「森の中にあるんだな」
「この辺りは元々、それなりに凶暴なモンスターが出ることで有名な危険スポットらしいですよ」
そんな中にあるダンジョンなんて、危険で周囲に拠点は作れないし、脱出後も森を抜けるための余力を残す必要がある、などが不人気の原因だ。
ただ、放置しすぎるのもモンスターの大量発生の原因になり、問題になるので、たまにギルドが高Lv冒険者を雇って雑魚を掃除させているらしい。
「あー…、これはやばい…」
洞窟に入り、【気配察知】で敵の反応を探すと、早速結構な数がヒットした。
「分かるのですか?」
「気配察知がLv2だからね。 それほどの距離は感知できないけど、周辺100メートルを探るだけで結構な数がいるようだね。 とりあえず今から戦闘準備、5匹ほど向かってきてる」
それぞれが武器を取り出して構える。
森に入る前にミューはいつもの執事服に着替えている。
実はこの服、けっこうな特注品で性能がいいらしい。
手には2本のトンファー、これは実家で執事をしていた老人に習ったそうだ、少し腰を斜めに下ろして構える突撃態勢だ、すごく様になっている。
プリムは青い水晶の杖と黒いローブだ。
黒いローブは銀色の刺繍がしてあり揺れるたびに煌めいている、銀色の髪と相まってすごく綺麗だが…すごく魔女っぽい。
おれも右手に魔剣を取り出して構える。
「前衛は俺とミュー、後衛にプリム。 プリムはサポートを優先。 取りあえずは様子見で待機ね」
一角兎Lv4×3、ホーンボアLv6×2が現れた。
魔物の姿を確認すると同時に、ミューが前に飛び、先行してきたホーンベアを正面から眉間に向かってトンファーで殴りつける。
ホーンベアの頭蓋骨がつぶれて即死する。
こわっ!
もう1匹のホーンベアを俺が”ファイアランス”で迎撃して、勢いが止まったところを魔剣で首を刈り取る。
ホーンベアが死んだことを確認してからミューを見ると、既に2体の一角兎を仕留めていた。
最後の1匹を譲ってもらい、魔剣で突き刺して倒す。
「ミュー…つよいな」
「お恥ずかしながら、少々ブランクがあり、お見苦しいところをお見せしました」
「へぇ…いやいや十分だよ…」
これで不十分なのか…Lvの格差社会を感じさせるな。
「すぐに調子を取り戻しますので、魔王様は少し下がって頂いても大丈夫です」
「いや、さすがにそれは悪いから、ちゃんと俺も戦うよ」
「分かりました。 魔王様は私が全力でお守りいたします!」
それからも俺達は、次々来るモンスターの群れをなぐ倒していく。
ミューは戦闘の際、すごく生き生きしているように見える。
流石は闇戦乙女の称号は伊達じゃない。
俺も自分より上のLvだというのに、殆どの魔物を一撃で倒せる。
【身体強化】によるステータスアップと、【剣術】Lv3のおかげだろう。
スライム生活で培った日々は伊達ではないのだ。
「とりあえず大丈夫そうだね、あまりに多いときは最初に魔法で牽制しつつやるから、どんどん行ってみようか」
「はい!」
──1時間後。
うん、正直…・俺は今までミューさんを舐めてたと思う。
ステータスは高いし、前衛系だろうなということは分かってた。
わかってたけど…・。
ミューが、左右から波状攻撃をしかけてくるハングリードックを、右に左に上に下に、と器用にかわしながら、すれ違いざまにトンファーで柔らかい腹をぶん殴り、壁に叩き付ける。
その姿は曲芸の域に達し、まるで舞を見ているようだ。
戦うミューの周囲には、すでに動かなくなったハングリードッグの屍が10体以上、無残に転がっている。
俺もたまーに魔法などで援護するが、まるで必要を感じない。
プリムなんか半目で眠そうにして、たまにあくびまでしている。
入口にモンスターがたまっていたこともあり、このダンジョンに他の冒険者がいないのはほぼ間違いないだろう。
すでに二人とも幻惑の腕輪の擬態を解いている。
ミューの角もまるだしだ。
「角はたまには出して干しておかないと、むずむずするんですよ」
「布団か!」
そのミューがその赤い目をギラギラに光らせ、口をわずかに吊り上げ獰猛な笑みを浮かべながら、モンスターをなぎ倒していく。
高揚していくたびにその瞳の赤がどんどん濃くなっているような気がする、普段は鮮やかな緋色の瞳は深みを増し、今では血よりも濃い真紅へと染まっている。
撲殺し、圧殺し、獄殺し蹂躙する、正にそんな感じである。
完全にリミッターが外れている。
たまに高笑いも聞こえてくる気がするんだが…さすがにそれは空耳だろう。 聞こえない聞こえない。
このダンジョンは森の中ということもあってか獣系が多い、たまに虫系も交じっているがほとんどが小型の獣系だ。
1層の敵は殆どがLv10以下、平均で6か7といったところか。
とはいえ、小型の獣型の特徴はその多くが群れを形成し、集団で連携してくるところにある。
この敵が溜まりに溜まったダンジョンでは、危険すぎて弱い冒険者ならあっという間に殺されてしまうだろう。
ある程度強い冒険者でもわからないだろう。
そんな中、ここまで無傷で戦えるミューの戦闘力が驚異的なのだろう。
…その日勇人は、密かにミューとケンカだけはしない様にしようと、心に誓った。
──3時間後。
「この層はだいぶ狩りましたね」
俺は遠い目をしていた。
軽くレイプ目という奴だ。
うん、そうだね。
8割は君が一人でやったんだけどね。
気が付いたら、俺Lv10になってるんだよ。
こんな俺だけど、最初突入した時には少しくらいはあったんだよ? ダンジョンにワクワクと摩訶不思議アドベンチャーな冒険を求める、少年の様な気持ちが…さ。
ふたを開けてびっくり、敵を探して死体を『格納』するだけの簡単なお仕事ですよ?
マグロ拾いのバイトかっての…。
もうね、やること他になくて、ついつい【気配察知】のLvを上げちゃったよ。
パワーレベリングされる初心者の気持ちって、きっとこう言う感じなんだな。
ネトゲで初心者相手に何度かやってあげたことあるけど、これ、結構つらいんだな…なんてか、あれだ…帰りたくなってくる。
「魔王様?」
「ん? ううん、何でもないよ!」
「はぁ…」
しかし、魔剣で止め刺さないとダメかと思っていたけど、どうやら仲魔が倒した分もBPに加算されるらしい。
敵が強くなると増えるBPも当然増えるようで、ここら辺では1匹当たり2-4Pといったところだろうか。
1層をほぼ狩り尽くし、この洞窟から増えたBPは既におよそ1000程度。
つまり何が言いたいか…わかるよね?
それだけの数を休みなく戦い、4時間程で倒しているのだよ。
「取りあえず…休憩してから次に行こうか、洞窟の中だと時間の感覚が分かりにくいしね」
「はい、さすがに少しだけ疲れましたね」
少しといえるあんたにわたしゃドン引きですよ。
なるほど、これがバトルジャンキーというやつか。
幸い、時間を計る為の魔道具は安価で販売されているし、俺の持ち込んだ腕時計もある。
像が踏んでも壊れない逸品だ。
このままミューに任せていては出番が完全になくなるので、ミューを後ろに下げて戦闘に出ることにした。
さっきのミューの戦い方を参考に【空間把握】Lv1を取得することを思い至ったので、試したくなったということもある。
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一角兎は左右から突撃してくる。
それを剣では受けず、躱すついでに上空に飛び、隙を狙って襲ってくるマウスバットを2匹、空中で剣を横薙ぎに振るい切り裂く。
着地する前に地面に”ファイヤーボール”を放ち、落ちる俺を待っていた一角兎をけん制する。
燃える火炎の中に着地して、そのままひるむ一角兎を1匹ずつ切り伏せる。
【空間把握】の取得は成功だったようだ。
【気配察知】と組み合わせることで、自分の周囲なら事細かに敵の位置と動作を知ることができるようになった。
あとミューの戦い方を見れたのも大きかった。
【剣術Lv3】を取得したことで剣を振ることはなんとなくわかるが、戦い方に関しては別だ。
まともにケンカしたこともない奴が、知識だけで動けるわけがないのだ。
なんだかんだ言ってステータスはかなり伸びているが、所詮素人が高い能力を持っても宝の持ち腐れでしかなかったのだ。
ミューの動きをイメージし、トレースする様に動きを参考にさせてもらったところ、これがうまくいったようだ。
実際ミューの動きはとてもきれいだ、舞うように躱し、獰猛に獣の様に食らいつく。
顔も獰猛で、まさに獣だったが。
あ、これミューには内緒な。
加えて溜まった魔物はほとんどミューが倒してしまったので、集団で現れてもせいぜいが5匹程度なのでとても楽だ。
ミュー様々である。
「素晴らしいです。魔王様」
「今ミューに言われると、ちょっとへこむわー」
そう言って苦笑する。
所詮とっさに試した見様見真似なので、繊細さは比べるべくもないのが分かっているのだ。
「ねぇ、ミューは小さい頃から訓練してたの?」
「そうですね。 女なのであまりいい顔はされませんでしたが、一応うちは貴族なので稽古相手には不足しませんでしたね」
魔族での貴族は例外なく武家の様なものだという、基本的に強さが重視されるので、上に立つ者にはそれ相応の力が求められるそうだ。
なのでミューも貴族の嗜みとして、幼少のころから稽古をつけてもらっていたようだ。
「貴族でも女が稽古するのはダメなの?」
「ダメと言う訳では…実際小さい頃は親に言われてやっていたのですが、私の場合は少々のめり込み過ぎまして、その…強すぎるというのも、あまりいい顔されませんので…」
「…なるほど」
貴族で武術は嗜むといっても、さすがに嫁ぐ際に旦那より強い嫁は嫌な人も多いということだろうか。
いいとこのお嬢様で、相手も貴族ならなおさらかもしれない。
さぞプライドも高い事だろうしな。
そのまましばらくの間は俺が戦っていたのだが、途中からミューすごく物欲しそうな顔をしてくるので交代で戦うことにした。
──2時間後
とうとう気配感知でも探せなくなったので、その日はそのまま1層で交代で見張りを立て、寝ることにする。
結局プリムからは一切苦情は来なかったのだが。
「プリムは戦わなくて良かったの?」
「問題ない、楽が一番」
【公開ステータス】
ユウト=シノノメ 18歳 ♂ Lv4→11 種族:異世界人 職業:魔王
HP 152/186 MP 64/245
STR 201 VIT 167 AGI 271
MA 162 MD 143
基本スキル
身体操作Lv1 魔力操作Lv1
空間把握Lv1
武技スキル
剣術Lv3 体術Lv1
感知スキル
危険感知Lv2 気配感知Lv3
強化スキル
身体強化Lv1 魔力強化Lv1
魔法スキル
火魔法Lv2 土魔法Lv1
次元魔法Lv2
特殊スキル
鑑定眼Lv3
魔剣サブジュゲイド 1段階 Lv3
ATK:100+100 耐久力:- 属性:-
称号:異世界の来訪者 勇者の卵 魔族を従える者 ヘタレ 魔物の主
ミュハイル=フィルツ 20歳 ♀ Lv18→19 種族:魔族-アズラ族 職業:執事
HP 307/325 MP 119/190
STR 300 VIT 230 AGI 338
MA 174 MD 221
【スキル】
基本スキル
身体操作Lv4 魔力操作Lv1
技術スキル
剣術Lv5 槍術Lv3 体術Lv3
感知スキル
危険感知Lv1
強化スキル
腕力強化Lv1 身体強化Lv2 魔力強化Lv1
魔法スキル
暗黒魔法Lv2
固有スキル
魔覚醒
称号:純魔の血族 闇戦乙女 ツンデレ お転婆姫 魔王の執事 暴走娘 魔王の嫁
主人:ユウト=シノノメ
プリム 16歳 ♀ Lv20 種族:魔族-バラキ族 職業:メイド
HP 184/184 MP 510/510
STR 163 VIT 189 AGI 194
MA 589 MD 310
【スキル】
基本スキル
魔力操作Lv5
武技スキル
杖術Lv1 結界術Lv2
強化スキル
魔力強化Lv3
魔法スキル
火魔法Lv2 風魔法Lv1 水魔法Lv3 土魔法Lv1 無魔法Lv3
氷魔法Lv1 雷魔法Lv3 次元魔法Lv1 暗黒魔法Lv4
固有スキル
吸魔の魔眼
称号:魔眼の魔女 魔王のメイド 恋する乙女 魔王の嫁
主人:ユウト=シノノメ