32話 レムダ都市長邸殺人事件 前篇
勢いで書いた…反省はしていない
しかし、なぜこうなった…
本日3話公開となります。
2話目は12:00 3話目は18:00で予約しました。
──18:00 ニーヴァ 東地区-富裕層居住区 都市長邸宅
「ようこそ、本日はよろしくお願いいたします。レイン=スカーレット殿、それにソロモン君」
「おう」
「どうも、お久しぶりです、レムダ都市長」
レムダ都市長は御年50を中ごろまで過ぎた老人だ。
顔には無数の皺が浮かんでいるものの、若き頃から豪商と知られた人物で、その眼光の奥は今なお鋭く光る、老獪な人だ。
「ははは、堅苦しくしなくて結構だよ。ご無沙汰ぶりだね、ソロモン君、孫は迷惑をかけていないかな?」
そして、工房『ソロモン一家』の御用商人ミナト=レムダはこの人の孫にあたる。
現在『レムダ商会』の会頭をミナトの父親が引き継いでおり、レムダ都市長は『レムダ商会』の相談役兼都市長を兼任している。
正直、商人と町の長が結託してもいいのかとも思うのだが、ニーヴァの店はその殆どが『レムダ商会』の手が回っているもので、逆に他の都市や国から妨害されることもなく、かえって安全なのだという。
「いえ、ミナトにはいつもとてもお世話になっていますよ」
「それは良かった、私が生きてるうちに、ひ孫の顔が見れるかもしれないね」
…は?何を言ってるんだこの爺
「いえ…ミナトとはそういうことは一切ありませんよ?」
「なん、だと…。ソロモン君…私の孫に何か不満でもあるのかね?」
レムダ都市長がいきなり眉を顰め、眼光鋭く睨めつけてくる。
「はぁ!?」
「えぇ!?」
勇人の声と同時に素っ頓狂な声が聞こえて来る。
驚いて振り向くと、いつの間にか入口に降りて来たミナトが立っていた。
「ミナト?」
「ふぇっ!…あ、すいませんソロモンさん、挨拶が遅れました。どうもこんばんわです」
動揺していながらも、ちょこんとお辞儀をしてくる。
こういうところで何気に教育の良さを感じさせる。
ミナトはいつも工房に来る時のズボンにジャケットといった軽装ではなく、髪をおろし、ブラウスにロングスカートといったお嬢様スタイルだ。
「って、そうじゃなくて!どういうこと、お祖父ちゃん!私そんな話聞いてない!」
「ふぉっふぉ、なんてな、冗談だ、ブァッハッハッハ!」
レムダ都市長がいたずら小僧の様に表情を崩し、豪快に笑いだす。
「悪い冗談です…」
思わずため息が出る。
「ハッハッハ………半分はな」
いきなり真顔になり、明後日の方向を向きながら、勇人に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、レムダ都市長がぼそっと呟く。
「…え?」
「よし、ではそろそろ屋敷を案内しようか」
「ちょっ!え!?やめて、マジでこういうの命に係わるですって!」
「ふぉっふぉっふぉ、おーいセバス、皆さんを案内してくれ~」
「かしこまりました。では皆様こちらへ」
「俺の話を聞けぇぇぇぇぇぇ」
案内されたのは、屋敷の丁度中央に位置する場所に作られた応接広間だ。
「レムダ都市長、それで狙われている物というのは?」
「うむ、セバス」
「はっ…こちらに御座います」
セバスがその手に持った古ぼけた木箱をテーブルの上に置く。
古ぼけた木箱は独特の装飾がなされているものの、豪華でも煌びやかでもなく、所々が朽ちて、とても値打ち物が入っているようには見えない。
セバスが木箱を開けると、中に入っていたのは一丁の古ぼけた魔導銃だった。
「これは…変わった形の魔導銃ですね。しかし…ずいぶん古ぼけていて、核にしている理石も壊れているように見えます」
見た目の形状は自動式拳銃、上部がスライドする様になっているが、持ち手の部分は通常の物より細く、弾倉がない。銃口の形状もおかしく、丸型ではなく三角形になっている。
加えて取っ手の部分にある歪み、今は錆で隠されているが、これは…可変式?
「うむ、我が家は代々商家を営んでいるのだが、これはわしの祖父の代に手に入れた代物でな、その頃からこの状態なのだそうだ。当時祖父はなぜか惹かれるものをこの魔導銃に感じ、手に入れたものの、この魔導銃は壊れていてな、しかも直せるものもいなかったそうだ。なんでも職人に言わせるとこれは不良品どころか、不完全品なのだという、理石を交換し部品を交換しても魔導回路に不備があって魔力が流れないそうだ…その話を聞きながら、それでも、祖父はなぜかこの魔導銃を手放すことはなかったが、結局どうすることもできず、今まで我が家の蔵に封じられていた」
「ほぉ~」
それまで全く興味を示さず、黙っていたレインが机の上の魔導銃を見て、感心したような声を漏らす。
「……何か、わかるんですか?レインさん」
「さんはいらねぇ、レインだ。そうだな……」
レインが微かに周囲を見渡しながら、途中、何か意味ありげに勇人に視線を這わせる。
「いや…さっぱりだ!こういう古い物には少し興味があって声を上げただけだよ、気にすんな、っくく」
「…そうですか、やっぱりただの不良品なんですかね?怪盗バーンはガラクタも集めると聞きます。予告状を送ってくるような愉快犯なのですから、そういうこともあるのでしょう」
「うむ、そうかもしれないな、だがこんなものでも祖父の宝なのでな、出来れば取られたくはないのだが、まぁ私が持っていても仕方ないし、奪われ、どこかで誰かが役立ててくれるならそれでもかまわない、と思っているよ」
「意外とドライですね。俺たちの仕事は護衛のみ、と聞いてます」
「はっはっは、これを奪われるより、この屋敷が壊される方が損失が大きいからね!君たちは、私たちに被害が出ない限りは手を出さなくていい。いや、むしろ手を出さないでほしいくらいだな」
「はぁ…了解しました。レイン、そういうことだから、暴れることは出来ないぞ」
一応、となりでふんぞり返っている狂戦士に釘は差しておく。
「あぁ?別にいいぜ、今回は面を拝みたかっただけだからな。むしろ、今はお前に興味がある」
何が楽しいのか、レインはずっとご機嫌に鼻を鳴らしている。
はぁーっと深いため息を吐く。
だからこいつには会いたくなかったんだ。もう本気で嫌だ…こいつ
ミューもそんな勇人の葛藤を理解しているのか、今回は嫉妬の炎を燃やすことはなく、今もずっとレインを警戒している。
護衛というより、狂犬の監視任務をしている気分になる勇人だった。
トントン
扉をノックする音が聞こえる。
「失礼します」
「来たか、ソロモン君はもう顔見知りだろうが、一応紹介しよう。このニーヴァの警備隊長をしてもらっているラルグンドだ。ラルグンド、こちらは今日一日、私の護衛をしてくれるレイン=スカーレット殿とソロモン君だ」
「はっ、ニーヴァ都市私設警備隊隊長のラルグンド=ラートと申します。『選定勇者』殿にお会いできて至極光栄です。ソロモン君も今日はよろしく頼む」
ラルグンドは口の上に立派な髭を生やした40歳くらいのおっさんだ。
ニーヴァの警備を担当する警備隊の隊長で、ギルドの依頼で荒くれの拿捕や掃除を行っている勇人達とは顔なじみである。
「ご無沙汰していますラルグンド隊長。こっちは仲間のミルフィーユとヴァニラとタマです。今日はよろしくお願いします」
ラルグンドと握手を交わす。
レインはラルグンドを一目見ただけで興味を失ったようで、一瞥するとすぐさま視線を元に戻し、出されたお茶とお菓子を漁りだしている。
「では説明を、まず、予告状には、 ”日と月が交差する時、明けの光と共に、カイト=レムダに封じられし古き剣銃をいただきに参上仕る。”とありました。この日と月が交差する時、とは水1の月から2の月に代わる本日の0時丁度をさすものと考えられます。明けの光が差すものは不明ですが、奇抜でしられた怪盗ですので、何らかの侵入手段と考えられます。暗闇と共に現れることも考え、念のため魔導ランプの燃料はチェック済みです。そして件の魔導銃を抑えた木箱はこの部屋の中央に配置し、結界の檻にて封じます。我々は、この屋敷周辺とこの部屋の内外を厳重に警備して時を待ちます。都市長の警備担当であるお二方は、都市長の傍にて、万が一の際には都市長をお守りください」
「分かりました」
「分かった」
「本当は、都市長には現場にいてもらいたくないのですが…」
「話題の怪盗を一目見ず、商品だけを取られるなど1Gの得にもならん。せっかく来るのだから、せめてこの目に焼き付けたい」
「…っとおっしゃって譲らないので、くれぐれも危険がないようお願いいたします」
「まぁ怪盗バーンはけっしてむやみに傷つける様な真似はしないと聞きますから、まず大丈夫でしょう」
「そのかわりシャレにならない、悪戯の様な事をするとも聞いてますがね」
「アハハハ…きっとテンションが上がりすぎたんだと思いますよ…えぇ」
勇人が頬を引き攣らせるように乾いた笑いをもらす。
「はぁ…そんなものですかなぁ」
──23:55
「もう間もなく時間になります」
『………』
ラングルドの声に、緊張が流れ、室内を静寂が包みこむ。
部屋の四方八方に警備隊の人員が壁を背に向き合い、ラルグンドと他に二名の警備員が中央の木箱を囲む。
勇人と都市長はその様子を壁の隅によって見物している。
レインは待ちきれないのか、ワクワクで緩んだ頬を隠そうともしていない。
ミューは怪盗よりもそんなレインを警戒しているようで、先ほどからピクリとも動かない。
プリムは…天井をぼーっと見つめてぶつぶつ言っている。
タマはここにはいない、レインをあまりにも怖がって、どうしようもなかったので場外に配置している。
まぁ戦力的には十分なので問題ない、この4人なら軍団が攻めて来てもどうにかなる。
正面からくるなら…だけど。
カチッ、カチッ、カチッ、と、応接間に設置された時計の音だけが聞こえる。
──23:59:57
カチャっと扉を開くような、微かな物音が聞こえた。
──23:59:58
全員が一斉に扉を見つめるが、そこには何の変化もない。
「違う、天井だ!」
──23:59:59
勇人の叫びと共に、天井から白い球が降って来る。
全員が振り返りも、どうすることもできずに落ちていく球を見つめる。
──00:00:00
スローモーションのように落ちていく球は地面にぶつかり、パリンと音を立てて割れる。
その中には明るく照らされている室内にあって、なお濃い光が見える。
閃光弾だ。
閃光と共に、0時を告げる鐘の音が鳴る。
勇人は即座に手で目を隠す。
まともに閃光を受けた人間が、目を抑えて身を丸める。
そして室内が先行に包まれる数瞬の中、天井から降り立つ人影。
長い黒髪をなびかせ、顔面を覆い隠す黒い仮面に黒いタキシードで身を包んだ怪盗…バーン。
既に木箱を包み込む檻はなく、バーンは魔導銃の入った木箱を抱えたまま天井へと飛ぶ。
「行かせるか!」
光の衰退を見計らって勇人が飛ぶ。
「おもしれぇ!」
目を見開き、顔を凶悪に歪めたレインも既に背中の大剣の柄を握り、飛んでいた。
レインは閃光を正面からまともに受けながらも、その動きに影響はまるでないようだ。
パン!
バーンがどこから銃を取り出し、地面を撃つ。
銃声は意外にも軽い、だがそこから生み出されたのは、渦巻きうねる様な嵐の銃弾だ。
その推力で加速し、降り立つときに切り開いたであろう穴から、一気に二階へと上がっていく。
それでもレインは構わず、空中で背中の大剣を抜いて振りかぶる。
「!?」
同時に飛んだ、勇人とレインが空中でぶつかり、絡み合う。
ドゴォン!
途中まで振りぬかれていたレインの剣閃が勇人とぶつかった衝撃でずれ、虚空をさまよい、大きな衝撃を鳴らしてなにもない壁に衝突する。
「「邪魔だぁ!!」」
二人の怒声が重なる。
その声で正気に戻ったのか、まだ開き切っていない目元を抑えながらも、ラルグンドが声を上げ
「バーンだ!上だ、上に逃げた!全員、今すぐ追えぇーー!!」
慌ただしく警備隊が動き怪盗バーンを追う。
「はなせぇ!」
レインもすぐに立ち上がってその後を追おうとするが、その肩を勇人が掴んで止める。
壁にあいた穴を見ればわかる通り、これ以上レインに暴れられると、屋敷に甚大な被害が出るのだ。
「ソロモン君、怪盗は?」
遅れて復活した都市長が聞いてくる。
都市長は閃光の折、ミューにかばわれたため、閃光の影響はあまり受けていなかったようだが、光と騒動に驚いて動けなかったようだ。
「いえ、すいません。すでに逃げました。今は警備隊が追っています」
「そうか、残念だ…まぁ一目見れただけでも良しとするか。ふむ、しかし、あの魔導銃は…」
「えぇ、魔術刻印を併用した銃弾ですね。しかし威力が桁違いに高い」
「うむ、あれは素晴らしい物だった。あんなものが実用化できるのなら、魔導銃の歴史が変わるぞ」
都市長は少し興奮気味だ。
商人の血が騒いだのだろうか。
「いえ、無理でしょう。あれほどの銃弾、作製にどれほどのコストがかかるか…バーンが膨大な魔力の持ち主で、自身の魔力で作り出しているとしても、少なくとも量産は無理なものでしょう」
「ふむ…『ソロモン一家』の工房の主である君がいうのなら、そうなのだろうな…だが、あれほどの物なら、たとえ量産が難しくても手に入れてみたいものだ」
「そうですね…。家の工房でも魔導銃の研究を行っています。そのうち、お見せできる日が来るかもしれませんよ」
「ふぉふぉふぉ、それは楽しみだね。その折には是非とも『レムダ商会』を利用してくれたまえ」
「えぇ、その時にはよろしくお願いします」
「御主人様…今にこやかに商談をしている場合なのでしょうか?」
「ん?かまわないだろ、俺達の仕事は都市長の護衛のみで、捕らえる事じゃないんだからさ」
「ふぉふぉふぉ、その通りだ」
「ほら、雇い主がこう言ってるんだから問題はない」
「大有りだーー!不完全燃焼だ、俺は!」
うがーっと立ち上がって再びレインが駆けだそうとするが、その体を雁字搦めにして勇人が押さえつける。
…意外とやわらかい
「お前の仕事も護衛だろうが…静かにここで見守ってろ」
「じゃあ、てめぇが相手をしろ!」
「だから、お前が暴れたら屋敷が壊れるって言ってんだろうがぁぁぁ!この脳筋馬鹿!」
レインに追いかけられたら色んな意味で危ないし、これ以上暴れられたら本気で屋敷が崩壊するのだ。
頼むから大人しくしてもらいたいと思う勇人だった。
(御主人!怪盗姉ちゃんは無事に逃げたみたいだよ)
耳につけたインカムから、タマの声が聞こえてくる。
このインカム、もちろん工房『ソロモン一家』製である。
形状は変哲のないイヤリングで、現在はまだ試作品で、盗聴防止とばかりに、使用者の魔力波長を事前登録し、登録されたインカム内でしか、送信も受信が出来ないようになっているため、大量生産には向いていないし、正式な外注も行っていない。
ついでにいえば、通信可能距離は頑張っても半径十キロ程度までで、遠距離には向かない。
ちなみに、別口で遠隔通信機も作っているのだが、この世界に電波塔なんて言う仲介してくれる施設はないため、送信には距離に応じた大量の魔力が必要となり、長距離での会話を可能にするためにも、こちらは完全に特定座標への完全設置型にしてある。
昔懐かしの黒電話の作りにしているのだが、耐久性やいろいろと問題が多く、こちらはまだ研究中で実用できていない。
他にも、完全に対となる通信機器専用となるトランシーバーも作成したが、座標固定ではないため、最大出力で放っても国一つ分ほどである。
最終目標はもちろん携帯電話なのだが…まだまだ道のりは遠い。
(了解、タマはそのまま後を追ってくれ)
(オーケー!)
タマとの通信を終えると同時
『キャーーーー!』
屋敷中に響き渡る悲鳴が上がる。
「ミュー、プリム、ここは任せる!」
「あ、ご主人様!?」
勇人が悲鳴が聞こえた方向へと脇目も振らずに駆ける。
応接室を抜けて入り口のホールから階段を上がって二階に上がり中央通路を抜け、扉の前で座り込んでいるメイド服を来た熟年の女性を越えて部屋に入る。
「…セバスさん」
部屋の中、恐らく客室の一つと思われるその場所で、首から血を流して倒れる老人。
この屋敷の執事、セバスが──死んでいた。