29話 非常識なマイホーム管理人
お久しぶりです。
思うところがあって、二部になって一人称の書き方を「俺」→「勇人」に変えました。
一部の修正は暇を見つけてやっていきたいと思います。
──ニーヴァ郊外 勇人宅
『お帰りなさい、マスター、プリム』
家に入るとすぐに頭上から声が聞こえてくる。
「ただいま」
「ただいま、ファミ。留守中に異常はなかったかな?」
『はい、マスター達の留守中に、未登録の個体が何体か敷地内に侵入しようとしていましたので、いつも通りに対応しておきました。他に異常はありません』
「その人達は大丈夫?」
『ラビリンス空間に2時間ほど拘束後、危険は皆無と判明しましたので、警告後に解放しました。マスター、これに何か問題はありますか?』
「OK、何も問題ないよ、ありがとうファミ。後で一応記録映像を見せてね」
『了解いたしました』
勇人が話す先に人影はない。
はたから見れば虚空に向かって話しているようにしか見えない、がそうではない。
三ヶ月前、この町に根を張ることを決めた勇人たちは、ニーヴァの郊外にある打ち捨てられた一軒の屋敷を購入した。
別に悪いことをした訳ではないが、なぜか追われる身でもある勇人は、安全を確保するためにも、そこに一つの細工を行うことにしたのだが…
──三ヶ月前の事
『お久しぶりですね。マスター』
「おぉう、なんかいきなり棘がある気がするが、気のせいか?」
勇人が魔力を流し込み、ダンジョンコアを起動すると、合成音声のような無機質な声が鳴り響く。
以前起動したのは約一カ月前、恐らく機嫌は悪くなっているだろうことは予想していたが、まさか最初から嫌味を言われるとは思わなかった。
アイテム相手に何を言っているのかとも思うかもしれない。
このダンジョンコアは、勇人が初めて攻略したダンジョンで手に入れてからというもの、勇人が常に身に着け、持ち運びしていたものだ。
しかも野営の際など、勇人が暇つぶしに会話の相手をさせているうちに、段々と妙に人間らしい反応を返すようになってしまい…
『そんなことはありません。そう思うのであれば、それはきっと、マスターの心の中に何か、やましいものがあるのではないのですか?』
今ではこの様である。
「えーっと…いやいや、それより今日はいい話があるんだぞ!」
『へぇー。今、誤魔化しましたね。それはやはり、やましいことがあるという証なのではないでか?都合が悪くなったら誤魔化すというのは、マスターの悪いところだと「それはもういいから!」』
話が長くなりそうだと危機感を感じ、少し食い気味に勇人が話を進める。
「今日からこの家に住むんだが、この家の管理を任したいが可能か?ついでに多少の改修も頼みたい、イエスかノーで頼む」
『…はい、マスター。答えはYesです。この程度であれば、特殊な施設を作らない限り、今のマスターの魔力のみで運用可能ですので、魔力消費も問題ありません。なにより、ダンジョンコアであるこの身を、家の管理人などにしようというのです、これ以上にない快適な空間をお約束しましょう』
「おおう…まだ棘があるが、よろしく頼む。んじゃどうすればいい?」
『この程度の空間であれば完全に支配可能です。私を家のどこかに触れさせてくれれば同化しますので、空間を操作する際は、壁に手を触れてくだされば、コア形態時と同様に操作可能です』
「オーケー!んじゃ頼む。っとここまで話せてしまうと名前がないと不便だな…」
『名前を頂けるのですか?私はただの物ですので、不要と判断しますが』
「これだけ話せる奴をただの物と思えってのは、かなり無理があると思うんだ。うーん、そうだなぁ…」
『付けるなら早くつけてください、マスター。あぁ、できればかわいい名前で』
「うーん」
『あと、ダンジョンコアはこの世界に存在する物質の中でも、上位の存在です。当然威厳も大事と進言します』
「…うーん」
「まさかとは思いますが…安直に、お菓子やどこかのペットの様な名前をつけるのは如何なものかと具申します」
「……」
『あと、それから「うっさいわーーー!!」』
「どんだけ自己主張激しんだよお前は!」
『自分の名前になるのですから、当然の権利だと主張します』
「もういい!お前はファミだ!」
『そんな、旧式のゲーム機の様な名前を、私が機械の様だからですか?それなら安直と言わざる負えませんよ、マスター』
勇人はダンジョンコアとの暇つぶしの会話の最中に、様々な自分の世界の知識を語って聞かせている。
魔力でつながっているため、記憶の映像伝達も可能で、今ではミューやプリムよりも詳しく、しかもマニアックなネタが多い。
「いや、さすがに俺もそこまで適当でもマニアックじゃねぇし、むしろ良くその発想が出てきたと思ったよ…お前は俺の使い魔みたいなものなんだから、ファミリアからとったんだよ。ファミリアでファミな、これで決定!」
『ふぅ、まぁいいでしょう。割と響きはかわいいですし、マスターにしてはましな方だと判断します』
「おまえはもう…今日は本当にヒドイな…」
勇人がゲンナリと、肩を落としながら壁にダンジョンコアを触れさせると、埋め込まれる様にダンジョンコアが建物に同化していく。
『物質結合…完了、空間浸食開始…完了、問題ありません。これより空間内の整備を開始します』
二人?の会話を、ずっと何も言わずに見守っていたミューは、もはや言葉もないとばかりに呆れた顔をしている。
「まさか、ダンジョンコアに、単なる一軒家の管理をさせるなど、本当に前代未聞ですよ、ユート様…」
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「おかえりなさいませ、ユート様」
「ただいま、ミュー、そっちは問題なかった?」
「……えぇ、特に問題ありませんでした」
「うん、その間になんかイヤーな予感を感じさせるんだけど…まぁいいや。で、三人はまだかな?」
「そうですね、そろそろ夕飯の時間なので、戻ってくると思います」
「はぁ、俺も一緒にそっちで遊びたかった…」
「すみません、あれの仕上げはご主人様でないと務まりませんので…」
「そうだね、前にミューに任せたら建物全壊で大変なことになったもんね…」
珍しくライラが口元を引き攣らせて苦情を言われたのだったと、その時の事を思い出して勇人の頬が引き攣る。
『ミューは少し手加減を覚えるべきだと具申します。料理をしているときと、マスターの相手をしているときの様にすればいいのです』
「なっ!」
頭上から降り注いだ不意打ちに、ミューの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「うん、ファミ…お前はそろそろモラルを覚えた方がいいと俺は忠告しとくよ。あと寝室内での出来事は禁句令を執行する」
『……了解いたしました』
「何で不服そうなのさ?!」
はぁ、とため息を吐きつつ、最近また更に無駄に人間味が増してきたのはいいのだが、こういういじり方はどこで覚えてくるのだろうかと考える。
「…ファミ、タマに何を吹き込まれた?」
『マスター、質問の意味が分かりません。タマとは会話は非常にユニークで実りのある話です』
「どんな話だ?」
『黙示権を行使します。プライベートな内容です』
「明らかに後ろめたい内容じゃねぇか!」
勇人がファミの成長方向に頭痛を覚えたその時、
「「とぉー!」」
と言って、窓から人影が飛び込んで来る。
飛び込んで来た人影は二つ、そのまま着地と同時にでんぐり返しで転がり、勇人の前で制止すると、そのまま左手を伸ばしたまま斜めにあげて
「シュタっと呼ばれてただいま、タマ見参!」
「みにゃ…あう、ミラもただいまなの!」
あ、噛んだなと勇人は思ったが、そのまま勢いで抱き着いてきたミラを、何も言わずに抱き止める。
『お帰りなさい、ミラ、タマ。ミラ、もしかして今のは、セリフを噛んだのですか?』
「あうぅぅ」
「空気を読むこともを覚えろ!」
「アハハハ、ミラにはまだ僕の様な華麗さが足りないね!」
綺麗にポーズが決まったことが嬉しかったのだろう、腰に手を当ててご機嫌に笑うタマ。
しかしその正面にいる勇人は笑えない、その肩越しからタマの未来が透けて見えているからだ。
「あー、タマ…ご機嫌な所悪いが、まずは背中を振り向こうか」
「御主人…それは無理だよ!…だって、もう…体が恐怖で固まって…動かないんだ」
顔は笑顔のままだが、タマの全身に汗が滝のように流れている。
「……窓から飛び込むなと、私が言ったのは、一体何度目だっただろうか、なぁ…タぁマぁ?」
タマの背中から般若…間違った、ミューがタマの首襟を掴む。
「ひぃ!何で僕だけ名指しなの!」
タマはミューに背中を向けたまま、縮み上がる。
「もちろん、ミラも後で説教ですが、一度あなたには、身体で教え込む必要があると思いました。ユート様、地下室をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「え!?」
この屋敷の地下には地下室が存在しており、使用には勇人の許可は必要となる。
地下室というと何やら怪しい雰囲気を感じてしまうが、何ということはない。
地下は強固な隔離空間で造られた広大な実験場だ。
主に気軽に外で使えないような、自然災害や環境破壊になりかねない程の魔法や武器の実験を行うために作った。
ミューのストレス発散の為の演習場にもなっており、この中であれば、勇人やミューやプリムが多少暴れたとしても、外に影響が出ることはない。
許可制にしたのも、ここを使うような事をするなら一言言えよ、と考えた勇人がつけたに過ぎないの…だが
「えーっと…」
「お借りしますね」
「うん…ほどほどに、ね」
今では、シロやファミなどは地下室を【愛の説教部屋】などと呼んでいる。
勇人は一瞬ためらったが、笑顔で迫るミューの圧力に押され、了承した。
背中から般若の鬼が顕現している時は、さわらぬミューにたたりなし、君子ミューに近寄らずなのである。
「プリム、下ごしらえは終わっていますので、あとはよろしくお願いします。さて…では逝きましょうか、タマ」
「いや!なんかニュアンスが違う気がするんだけど!」
「了解、二人ともごゆっくり」
素直に仕事を請け負うプリムが、タマの首襟を掴んで引き摺っていくミューに軽やかに手を振る。
いや、ごゆっくりしてたらタマ死ぬんじゃないかなぁ…と思ったが、言葉には出さない。
そのまま腰に抱き着いたまま、涙目でカタカタと小さく震えるミラの頭をそっと撫でる。
少し遅れて、シロが扉から普通に帰って来た。
「おかえり、シロ」
「ただいまです、ご主人様…えーっと、タマ姉、は?」
帰ってきて早々、周囲を見渡した後に顔を引き攣らせてシロが聞いてくる。
「まぁ、察しの通りだろうな。今はミューと…地下だな」
「えっ!?」
シロが、青い顔で後ずさる。
元々白い肌のシロが青くなると、不健康児に見える。
「あぁ…だから言ったのに。タマ姉もミラ姉も、人の話聞かないんだから」
シロが肩を落として、ため息をつく。
そんなシロを横目に、勇人は虚空に話しかける。
「ところでファミ」
『はい、マスター』
「窓からの侵入、気づいてたよな?」
『もちろんです。事前に窓から入ってこれるように空間を調節し、更に窓が割れない様に消したのは私の配慮と言えます』
聞こえてくるファミの声色は、気のせいか微かに誇らしげだ。
「ファミ、取りあえず何より、まずは常識から覚えようか…」
二時間ほどして、少し遅れた夕食を食べ始める。
「明日は、完了報告をしにギルドに行くけど、ミューも来るか?」
「完了報告にユート様は必要ありません。私が行って参ります」
「ん?でも、完了報告なんだし、作業した俺が行かないとダメじゃないか?」
「必要ありません。ライラにもそう伝えてあります」
「でも、しばらくギルドにも顔出してないし、久しぶりにライラさんに顔を出した方がいいんじゃないかと思ったんだが」
「必要ありませんね。それとも何か…仕事の他に何か目的でもあるのですか?ふふふ」
ミューが不気味に笑う。
手に握っていたスプーンが不可思議に曲がる。
さっきの一件のテンションをまだ引きずっているのか、その背中にはまだ微かに般若が透けて見えて、背筋が寒くなる。
「いや、ハハ、ハハハ…はぁ、なら明日は一日工房に行こうかな。一週間も顔出してないしなぁ」
「工房、ですか…」
ミューが微かに眉を顰める。
「えっ!?そっちもなにかあるの?」
「いえ…そんなことは…まぁレビィならライラよりはまし…でしょうね」
ミューは何やら考え込む様にぶつぶつと独り言を呟き始めた。
「えっ、なに?」
「え?!いえ…なにもありません!」
「はぁ…」
まぁミューの考えることだしと、あえて気にしないことにした。
勇人のスルー能力は格段に上がっている。
「モグモグ、モグモグ…、良く煮込まれたシチューがマイウ~」
「ガクガク、プルプル」
「ミラ姉、スプーンが震えて零れてるよ!」
「ダイジョウブナノ、ミラハヨイコナノ」
「いや、全然大丈夫そうじゃないよ、それ!」
余談だが、タマはその日姿を見せなかった。
この場にその事にツッコむ人間は一人もいない。
少し落ち着いてきたので、文章荒くなるかもしれませんが、スピード上げたいと思います。
次回→工房『東雲一家』→ 「親方、例の奴の進捗はどうなってる?」