27話 第二部プロローグ1 - 世界の動向 -
本日二回目の投稿です。
プロローグは2話構成になります。
今回の世界編はちょっとゆままゆっぽくない戦記風です。
シリアスっぽいですが、ゆままゆではなく、世界の話なのでしょうがない。
人族と魔族。
この世界を大きく二分した際に分かれる勢力である。
北の山脈から大陸中央を悠然と流れ、南の海へと繋がるニルトナ川を境界線に、互いの領域は分かれている。
大陸の東、俗に人族の領域と呼ばれる地域
領域の南──大陸で最も長い歴史を持ち、勇者信仰を掲げる光の神殿を擁護する国 【王国センレイア】
領域の北──魔族の領域に最も多くの領土を接し、長い戦乱の歴史を持つ軍事国家 【帝国テミスト】
領域の中央──職人と商人によって刳られた、数多くの都市とギルドを中心に形成される連盟国 【自由都市連盟マケット】
領域のさらに南──海域を挟んだ先に佇む、独自の価値観と文化を育む島国 【士国ミナモト】
領域の東──聖堂教会を擁護し、『選定勇者』を優遇する宗教国家 【神聖皇国イルルニス】
大陸の西、俗に魔族の領域と呼ばれる地域
魔族の領域、南──10の評議員からなる魔族評議会により統制される連合国家 【魔族連邦ゼブル】
魔族の領域。北──極寒の地、大陸で最も過酷とされる土地にすむ屈強なる魔族を従え、『暴王』と呼ばれる魔族の王が作り上げた新興国家 【魔国グンニール】
──コ・ルアース歴1812年 風2の月(4月)
勇者、降臨スル。
勇者降臨の報は、瞬く間に世界中に知らせた。
新たな動乱の時代の幕明けである。
勇者と魔王と表裏一体、勇者が現れれば、また魔王も生まれる。
そして魔王誕生の際は必ずその存在と力を誇示するかのような異変が生じるのである。
時に地表は焦土と化した、時に世界に対して宣戦宣告が行われた、時に瞬時に光に包まれ、国は消え去った、時に荒れ狂う暴風が災害となり、世界を覆った。
破壊、災害、宣誓、警告、その形はいくつも違えど例外はない──少なくとも、いままでは…。
前魔王が黙してから約100年、仮初の平和を謳歌しながらもいつか来るその時のために、各国も準備を怠っていたわけではない。
世界が緊張に包まれる、すべての者がその動向を見守った。
だが勇者降臨より一ヶ月。
魔王に動きはなく、その姿形すら見えない。
──世界は………首をかしげていた。
──神聖皇国イルルニス
神聖皇国、聖都ネセにある聖堂教会本殿、いくつもの白き搭が立ち並び、周囲にはドーム状に結界が張られ、町全体を包み込んでいる。
その造形は教会、というよりも、城と言われた方が納得がいくほどに、豪華な上に優雅な彩りで造られている。
四方に立つ見張り台の頂上、縁を金で彩られた白の騎士鎧に身を包んだ女性が一人立つ。
高さゆえにかなりの風が吹き荒れているが、金色の髪を靡かせながら、その姿が揺れることはない。
鎧の胸には金色の、幾つもの繊細な装飾が施された豪華な盾を模した紋章が刻まれている。
聖堂教会直属、白光騎士団、団長レイリア=イル=ルニス。
『聖槍の戦乙女』と謳われる聖堂教会最強の騎士であり、加えて聖堂教会より『選定勇者』の認定を受けている、列強の猛者である。
レイリアは静かに虚空を見つめている。
その表情からは、一切の考えは読み取れない。
「レイリア様、こんな場所におられましたか」
静かに佇むレイリアに、白の騎士服に身を包んだ緑髪の青年が話しかける。
「カインか、どうした?」
レイリアは視線も動かさずに、青年の名を呼ぶ。
「何を見ていらっしゃるのですか?」
「うん?ふむ……なんだろうか、私にもわからん」
「…はぁ?」
レイリアの言葉が予想外だったのだろう、カインの声が少し裏返る。
「はははっ、本当によくわからんのだ。ただ…少し前から、何か引きつけられる感じがしてな。これは、なんなのだ?」
「い、いえ、私に聞かれてもしりませんよ?」
「そうか…カインなら何か知ってるとも思ったのだがなぁ。ふむ、もしかしたら、とんでもない強者が生まれているのかもしれないな」
「はぁ…、レイリア様の脅威になりそうな者が、そんな簡単に生まれたら、世の中とんでもないことになりますけどね」
「はははっ、しかし、そうだな案外、消息不明の『魔王』かもしれんぞ?」
そう言ってレイリアは悪戯めいた表情でカインを見る。
カインは微かにため息を吐いて、先ほどまでレイリアが見ていた方角を見つめた。
頭の中で地図を思い浮かべる、方角は王国、恐らくレイリアが感じたのは『勇者』の何かだろうと結論づける。
それをよりによって『魔王』とは、冗談のセンスが悪すぎる、とカインは思う。
「…人の中に混じって暮らす『魔王』ですか?それこそありえませんね」
「ふふふ、カインは相変わらず硬いな。もう少しロマンというものを理解してほしいものだな」
「硬くて結構です。規格外すぎる主に仕えるにはこれくらいが丁度いいのですよ。大体それのどこがロマンなのですか、そんな魔王では物語にもなりません」
「つまらんな…」
「つまらなくて結構です」
「むぅ」
そんなレイリアとカインの下に、慌ただしい靴音を鳴らしながら、白の騎士服の青年が飛び込んできた。
「レイリア団長、カイン副団長、さがしましたよ…まもなく定例会議が始まります。あと……デモネ枢機卿がお呼びです」
その言葉にわずかにレイリアがピクリとする。
先ほどまでの和やかな雰囲気は既になく、レイリアの表情が消える。
「レイリア様…」
「わかっている…今行く」
その後、デモネ枢機卿に呼び出されたレイリア達は、新たな『選定勇者』に選ばれた人物についての話を聞くことになる。
そして新たな『選定勇者』を見定めるため、更に一か月後、3人の『選定勇者』が聖都に集結した。
──帝国テミスト 国境最前線
砦の上で二人の男が佇む。
そのうちの片方は、望遠鏡を手に、戦場の敵陣を見渡す。
「ロー!『暴王』がいるぞ!あいつ、相変わらず前線に出て来ているな…王としての自覚はないのか?あいつには…」
望遠鏡で戦場を見渡していた男が、隣に立つ男に話しかける。
「ふっ、だからこそあいつは面白いのだよ。オスト、私も出るぞ!」
名を呼ばれ、武骨ながらも豪奢な造りの鎧を着た男が、僅かに口角を上げながら答える。
「なっ!待て、ロー!!お前も今や正式な王なのだぞ!そろそろ自重しろ!」
王と呼ばれた男の姿は若い。
歳はまだ30前後といった所だろう。
だが、その身から放たれる威圧は並ではない。
彼が数多くの戦場を経験していることを、言葉に出さずとも表している。
「案ずるな、私の強さは知っているだろう?このような小競り合いで不覚は取らんよ」
「それでも、誤って流れ弾や、敵兵に引っかかることもあり得るのだぞ!」
なおも食い下がる男に、王と呼ばれた男はうんざりした様に軽くため息をする。
「ならばお前が私の道を作れ、オーノスト=ライナー! 勇猛で轟くその剣と命を、王に捧げたのだろ?頼りにしているよ、親友」
ローギアスは悪戯小僧の様な笑みを残し、戦場へと足を向ける。
「くっ…あぁー、もーこいつ、人の話なんか聞きもしねぇ…。おい、伝令、第一軍に指令、出撃準備だ!」
オーノストも短く伝令にそう告げ、ローギアスを追いかける。
「ふふふ、今度はどんな戦いを見せてくれるのかな…『暴王』アグニ」
呟くローギアスの瞳は喜びに、口元は上がりにやついているのがその横顔からでもわかる。
オーノストは軽くため息をつく。
「戦争に行くんだろ?恋人に会いに行くんじゃねぇんだ…その顔はやめろ。何も知らない兵に見られたら、事だぞ『戦王』」
二人、帝国の若き王にして帝国軍軍事総長『戦王』ローギアス=ビィ=テミストと、帝国軍第一軍団軍団長『戦場を駆け抜ける若き獅子』オーノスト=ライナーは並び、戦場へと消える。
戦場を突き進む一つの影。
赤い髪に額に一本角を生やした、2Mを超える大柄の魔族。
手には、黒い黒鋼製の偃月刀を持ち、戦場で縦横無尽に猛威を振るう。
その一撃は一振りすれば風を切り裂き、敵陣を突き抜け、一薙ぎすれば暴風が荒れ狂い、数十の兵士が吹き飛ぶ。
「もっと歯ごたえのある奴はいないのかぁぁぁ!!大将首はここだぞ!この首が欲しければ、いくらでもかかってこぉい!」
叫ぶアグニの放つ凄まじい闘気に威圧され、周囲の帝国兵士は竦みあがる。
タタタタタタタタタッ
だが、そんな中一つの影が戦場を風の様に走り抜け、アグニに迫る。
その手に握られた両手剣は、黒い中に血脈のような赤い線が刻まれ、まるで脈動する様に赤く点滅している。
ガキン!!
戦場に一回り大きな金属音が鳴った。
剣圧が衝撃となり、周囲の人間を弾き飛ばす。
激しい鍔迫り合い、だが交える両者の顔はその場に不釣り合いに明るい。
「おぉぉぉぉい!ローギアス!!てめぇ、王様になったらしいじゃねぇか!なのに、何戦場に出て来てんだよ!」
「お前にだけは言われたくないな『暴王』」
「俺はいいんだよ!」
「どんなわがままだ!」
「うるせぇ!! 大体、俺は一度も王になることを宣言したことはねぇ!つまり、王じゃねぇ!」
「酷い理屈だな…」
軽口を叩きあいながらも、ローギアスとアグニは激しい剣戟を繰り返す。
二人の巻き起こす衝撃はその場にいる誰も手を出すことは出来ない、二人の周囲には自然と輪が生まれていた。
ローギアスに遅れて到着したオーノストは、その光景にまず、頭を抱えた。
「一人で先に行きやがって、無事かロー!なっ…アグニだと!? くっこの馬鹿王、何をしているんだ…前に出過ぎだろ」
「おぉ!久しぶりだなオーノスト=ライナー!俺と、戦えぇぇ!」
鍔迫り合いをしていたローギアスの剣を力任せに弾き返しながらアグニが叫ぶ。
しかし、吹き飛ばされたはずのローギアスは空中で態勢を整え、軽い足取りで着地すると共に、すぐに獰猛な笑みを浮かべながらアグニに向かって剣を振り下ろす。
「浮気とは感心しないな、アグニ。オスト、手を出すなよ」
「だから、自重しろと言ってるだろうがぁぁぁぁぁ!」
戦場にオーノストの絶叫が響き渡った。
──魔族連邦ゼブル
「新たな魔王の所在は、まだ掴めんのか!」
円卓の机と10の椅子が並ぶ広間に、バンッと大きな音が室内を轟く。
「『勇者』が現れて、一ヶ月!もう一ヶ月になるのだぞ?なぜ何の音沙汰もないのだ!」
魔族連邦ゼブルは勇者が現れる以前から、各国に向けて魔王捜索を行っていた。
だが、その足取りはおろか、姿形すらいまだ明らかとされていないのだ。
「落ち着け…ファウル卿、ここは公式の議会の場だぞ」
「フンッ!なぜ落ち着いてられるというのだ!これは魔族の存亡の危機にも繋がりかねないのだぞ!」
ファウル卿と呼ばれた、額に一本角を生やした大柄のオウガ族の男は再び声を荒げる。
「……フィルツ卿、貴殿の娘が魔王の従者に選ばれ、旅だったと噂に聞こえてきております。まさかとは思いますが、実は密かに囲い込んでいる…なんてことはありますまいな?」
痩せ形の眼鏡をかけた男がフィルツ卿へそっと目を這わせる。
「なに!?」
その言葉にいち早く反応したのはファウル卿だ。
怒気を漂わせ、フィルツ卿を貫かんばかりに睨む。
「…下らん」
腕を組んだ姿勢を乱すことなく、目を細めながら、フィルツ卿は言葉を返す。
その顔に一切の動揺は見えない。
その姿に逆に話を持ち出したゾウラ卿は、わずかに眉を顰める。
「もし隠していたとするなら、陰謀の疑いあり…と見られてもおかしくないのですぞ?」
「ふぅ…娘は半年以上前に家出したきりで、その後何の音沙汰もない。あれは既にわが家を出たものと考えている。下らぬ噂に踊らされ、根も葉もない噂をこの場に持ち出すとは、それは私に喧嘩を売っている、と解釈してもよろしいのか?…ゾウラ卿」
フィルツ卿はわずかにその身から闘気を放つ。
小さく凝縮されたその洗練された闘気からは、彼が生粋の武人であり、相当の実力者であることが窺える。
「ひっ!い、いえいえ、決してそんなことは御座いません。…失礼、確かに失言でありましたな、いやしかし、事が事なだけに、焦る私の心情を理解していただきたく思います」
思わず小さく悲鳴を漏らし、勢いよく身を引いたため、ゾウラ卿が椅子を鳴らす。
なんとか必死に取り繕うも、その顔は血の気が引いて青ざめている。
「チッ!それにもしこのまま手を拱いていては、北の小童にも虚仮にされてしまう、近頃では奴を魔王、と呼ぶものまで出始めているというのに!」
「『暴王』アグニ、か…。たしかに、北での帝国とのいざこざにも常に最前線に立ち、敵に猛威を振るうその姿には、惹かれる若い魔族や獣人も出始めていると聞くな」
赤狼の獣人が、うんうんと頷きながら話す。
「それは今は関係なかろう…」
「しかしだな!」
パンッ!
議会が一層騒がしくなりかけたその時、円卓の一番奥の席に座る青年が手を叩き、注目を集める。
「はい、皆さん、少し落ち着きましょうか」
「バァル議長…」
議長と呼ばれた男の姿は若い、長い銀髪、淀みのない緋色の瞳、肌は少し白い、その姿は20代と少し、成人したばかりと言っても疑う者はいないほどに若々しい。
その容姿も、身に纏う明るい雰囲気も、おおよそこの場に集まる人員としては、違和感を感じ得ない。
「まず、魔王の捜索は継続します。ですが基本方針として、人族側に魔王が消息不明な事は、絶対に悟られないようにしなければいけませんね」
バァル卿はにっこりと笑顔を作り、人差し指を立て、円卓に座る全員の顔を見渡すように話す。
「…どうなされるので?このまま魔王も我らも動き出さないままでは、そのうち魔王の存在が消息不明な事がばれかねません。そうなれば、既に勇者を獲得している人族共が、こちらに攻め込んでくる可能性もある…」
「今のうちにこちらも軍備を整えるべきではないか?」
「そうだな…どちらにせよ、防御は固めておくべきだろう」
再び、騒がしくなりかけた議会を、バァル卿がパンッパンッと手を二度叩いて止める。
「いえいえ、皆さん、逆ですよ。今は動いてはいけません、決してね」
「馬鹿な!何の対策もせずに、手をこまねいて見ていろというのか!」
「…むしろ、ただ何知らぬ顔で過ごす事で、人族側は最も警戒しますよ。彼らはこう思うでしょう、奴らは油断を誘っているのだ、魔王を秘匿して何かを企てているかもしれない…とね。そしてこちらの動向を窺い、疑心暗鬼に陥って、可能性だけを視座してしまえば、国家や軍というものは動けませんよ。今は、表立って騒ぎ立てる事だけは避けるべきでしょう」
円卓は沈黙し、一様に考え込む様に俯く。
「たしかに、一理ありますな」
「くっ…し、しかし!人族の奴らがいつ攻めてくるかもわからんのだぞ?こちらも準備するべきだ!蹂躙される時を何もせずに待つつもりか?貴殿らは!」
「…では、採決を採りましょう。私の案に賛成の方はそのままに、異議のある方は起立を願います」
ファウル卿が勢いよく立ち上がるが、他の全員が座したまま動く様子を見せない。
「…くっ」
「賛成者多数、ですね。ではこれにて対策についての議論を終えます。他に、何か報告があれば今のうちにどうぞ。なければこれにて今回の議会は解散とします」
「くそっ、若造がぁ!!」
ファウル卿は一人部屋で憤慨していた。
部屋の壁にはいくらかの損傷が見られ、置物の類は激しく破損している。
魔王の存在はなくとも、今こそ魔族をまとめ上げ人族を滅ぼすべきだ、とファウル卿は思っている。
今回は満を持しての議会の開催だった、魔族は勇者を有する人族の動向に不安を感じている、時期も理想的だったのだ。少し背を押すだけで容易く開戦に持ち込めると、そう思っていた。
だが結局最後まで議長であるバァル卿に場を支配され、誰一人としてファウル卿に賛成するものがいない始末だったのだ。
あの様子では、個別に説得に回ったとしても、決して賛同は得られないであろう。
地面に転がり既に半壊していた机を力任せに蹴り飛ばす。
机は壁にぶつかり、跡形もなく砕け散った。
「いや、はや、まったく、あの若者は何もわかっておりません。真に魔族の未来を憂うのはファウル卿ばかり、ですか」
いつの間にか、部屋にはもう一人いた。
その顔はフードに深く包まれ、除くことは出来ない。
突然部屋に現れた不審な人物に対して、ファウル卿には全く驚く様子はない。
「ウーヌスか。フンッ!大体あの小僧は、普段から何かと気に食わん。穏健派を気取りおって必要以上の接触は避けるべきだのと、人族など有害以外の何物でもない、特に勇者など、今のうちに一思いに狩ってしまえばいい!」
「ふふ、わが主も同意見です。真に魔族を束ねるべき王ファウル様…なんでしたら、この私に一つ、良い案が御座います」
ウーヌスは胸に手を当て、優雅に腰を折る。
「……ほう?」
耳を傾け始めたファウル卿に、ウーヌスはその顔を隠したまま、小さく怪しく笑った。
時は過ぎ去る──だが、今だ世界に『魔王』の姿はない。