幕間 シオンの冒険記録
シオンの冒険のお話、本当はこの話、本編に入るはずだったのですが、いれる場所に困ったのでとりあえず幕間にしておきます。
勇人君達と別れてから、早3か月。
私、シオンは王国全土のツアーを終えて、一時の休息を迎えた…はずだった。
「お披露目は終わりました。では次のツアーについてですが」
「ちょっとまったーーー!」
突然不穏な事を言い出すアンジェルに、ほとんど条件反射の様に声が出た。
「何ですか?シオン様」
「次のツアーって…何のことかな? もう終わりだったんじゃ、ないのかな?」
私が顔を引き攣らせたままそういうと、アンジェルがフッと笑う。
「何をご冗談を、シオン様の伝説はまだ始まったばかりですわ。では次のツアーの説明を…」
「ちょっとまったーーーー!」
私はさっきより更に大きな声で叫ぶ。
「…何ですか?シオン様」
「アンジェル、少し落ち着きなさい」
横からリンシャさんが援護してくれる。
この人は神殿に残された、数少ない良心なのだ、頼りになる!と私は思った。
「ツアーで信仰心を集めるのもいいですが、そろそろ一度本格的に戦いに赴くべきでしょう。丁度、程よい位に神殿への救援要請の案件も溜まっています。ツアーより先にこちらを一度処理するべきです」
「………ほぇ?」
呆気にとられた。
えっ、え? ちょっと待って………ふえぇーーー!!
ちょちょちょっと、リンシャさん!?なんてこと言い出すのかな、この人は
リンシャの話にアンジェルが顎に指を当てて思案しながらつぶやく。
「…確かにその通りですわね。いつシオン様が襲われるかも限らない中、シオン様の戦闘力が低いことは危険ではあります」
「えぇ、その通りです。剣と魔術の訓練はしてきましたが、それだけでは不十分です。これからは実戦での戦闘訓練を兼ねて、各地に討伐を行い、同時に武功を高めるのもいいでしょう」
なんか不穏な方向に話が進んでいく。
「あわあわあわ…」
「ってことは…ついにシオン様と肩を並べて戦えるのですね!」
私がうろたるも、ルウがうれしそうな笑顔で言ってくる
背筋がみるみる冷たくなっていく。
「楽しみです」
「ワクワクだよ!」
続いてシャオとテンも続いて頷く。
「では、全員賛成ということで」
「えーーーー!」
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・
「こ…これは……?」
今、私の目の前にはビシッと一糸乱れずに整列する20人もの騎士の姿がある。
「シオン様の安全は、完全確実にお守りします」
「いやいや、私が言うのもなんだけど過保護過ぎじゃないかなぁ…?」
「…シオン様の、肌ひとつに傷を傷つけるということは、すなわち! 国宝に傷つけると同義なのです。これくらいの護衛は当然でしょう」
アンジェルが力強く拳を握って力説する。
それはいくらなんでも、と私は思うのだが、アンジェルの眼が本気すぎて何も言えず黙っていた。
ルウが神殿騎士の前に立つ。
ルウは全身を白い鎧で固め、片手剣と楯を持っている。
一見、周囲の騎士と同じ装備に見えるが、その鎧を包む魔力が、その装備が他より遥かに上等な装備だということを告げている。
「全員聞けぇー! 今回貴様らの指揮を預かる、神殿巫女のルウである!」
ルウが良く響き渡る、澄んだ声色で叫ぶ。
「いいか、貴様ら!貴様らの命は私が預かる! ゆえに貴様らの命を、すべてシオン様に捧げよ! 我らは盾であり、壁である! 何人も、シオン様に近づける事まかりならん! もし、シオン様の身に、傷一つでもつく事あらば…全員この場で皆殺しになると心得よ! 燃やせ!その命を!シオン様の為に!! ジーク、シオン!」
『ジーク、シオン!!!』
誰が皆殺しにするの!?
っていうか何言ってるのかな、ルウさん!? 重い、重いよ!?
というか、なんでこんな歓声が上がってるの!? 私?私がおかしいのかなーー!?
シオンは頭を抱えるも、声は出なかった。
横のアンジェルは満足そうに、笑顔でその演説を眺めている。
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戦術はいたって単純。
まず神殿騎士を5つの部隊に分ける。
真ん中にルウを除く巫女とシオンが立ち、その周囲を4つの分隊が囲んで進む。
もう一つは斥候部隊だそうだ。
「接敵!正面、数6、レッドブルです」
斥候部隊の人から報告が上がり私の身に緊張が走る。
「第一、第二部隊正面、盾構え!」
すぐさま、周囲の騎士達が配置を組み替える。
正面に出た騎士達は、大盾を地面につけて構える。
「シオン様、間もなく来ます。前面に魔法の展開を」
「は、はひぃ」
前面から土煙が上がり現れたのは、その名の通り赤い牛の群れだ。
一見ただの牛そのものだが、舌を出したまま眼を血走らせ、一心不乱に突撃してくる様は恐怖を誘う。
十分に惹きつけてから、私とテンとシャオが同時に魔法を放つ。
アンジェルとリンシャは今回、監修に従事するため、危なくなるまでは手を出す事はない。
「ファイアランス」
「ウィンドブレッド」
「ストーンランス」
それぞれが生み出した魔法が、レッドブルの群れに向けて正面から突き刺さる。
よし、成功した!
私はグッと拳を握る。
だが、わずかに数を減らし、傷を負いつつもレッドブルは止まらず、その勢いのままに正面で構える騎士の大盾と衝突する。
『ゴン!』
「ひぃ」
轟音が鳴り、私は小さく悲鳴を上げる。
だがルウと騎士達は吹き飛ばされることなく、残ったレッドブル達に剣で止めを刺していく。
「レッドブルは一度走り出すと、体力が尽きるか、命尽きるまで止まることはないと言います。攻撃は突進のみと、脅威になる魔物ではありませんが、十分ご注意ください。頭部を潰して絶命させるか、低く狙って足を潰してしまうのが上策ですよ」
「……頑張ります」
リンシャのアドバイスはすごく合理的で的確だ。
ただ、自分の魔力制御すら十分にできていない私に、狙い撃ちとか…無理です。
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そもそも私達が今回、ここ、王都から東に広がる草原地帯に来たのは、最近被害の増えたレッドブル討伐のためだ。
ここには、近くに王国を支える穀倉地帯が広がっており、レッドブルの群れがいくつも爆走して荒らすという被害報告が最近増えているのだという。
レッドブルは確かに群れを作る魔物だ。ただしその一つ群れの数は多くても数匹程度、なので、現在この草原にはいくつもの群れがいるということである。
穀倉地帯を荒らされるのは死活問題となる為、割と緊急の案件なのだそうだ。
「シオン様?……聞いてらっしゃいますか?」
「………はい、すいません」
自己逃避していました
「いえ……ですが、流石に後ろから爆風が起こっては、盾を構える騎士達でも一溜りもありません。魔術の発動には十分ご注意ください。ただでさえ、シオン様の魔力は人並み外れているのですから。練習の通りに落ち着いてやっていただければ大丈夫ですよ」
「……はい、すいません」
また、やってしまった。
この世界に来てからというもの、妙に魔法が使いやすくなって最初は嬉しかった。
けど、ものすごく練習して頑張ってたのに、相変わらず魔力暴走で爆発が起きてしまうのだ。
それでも、頻度は物凄く少なくなった。
3回に1回は爆発していたのが、10回に1回になったのだ!すごい進歩だと思う!
ここ最近では、練習中はほとんど失敗しなかったから、油断していたようだ。
「はぁ…やっぱり私には無理だよ…」
「そんなことはありませんよ、シオン様。実際シオン様の力は素晴らしいとしか言いようがありません。少々…制御に難がありますが、あなたは稀代の魔術師に勝るとも劣らない才能をお持ちです。もっとご自分に自信を持ってください」
「うぅー…でも失敗して爆発してたら、意味ないじゃない」
「それはまぁ、修業…するしかありませんよね」
「あう」
「まぁまぁ、それにここにいるものはすべて、シオン様の力を心から信用してます。失敗しても怒ったりしませんよ。だからもっと、肩の力を抜いて、シオン様も私達を信用してください」
そう言って、リンシャが私の頭を撫でてくれる。
優しくゆっくりした撫で方、雄々しく棍を振るう、その少し硬い掌がお父さんを思い出させて、なんだかすごく気持ちよかった
「アンジェル様!リンシャさんがリオン様とイチャラブしてます、です!」
「ふぇぇぇー!?」
「なんですって!リンシャ、あなたという人は、まさか私の信頼を裏切るとは…」
「はぁ!? テン、お前は何を言って…アンジェル!杖を人に向けるな!」
「リオン様ーー!御無事ですかぁー!!」
「ルウ、お前はわざわざ前線から戻ってくるな!」
テンの声に、すぐそばにいるアンジェルのみならず、前線にいたルウまで戻ってきて大騒ぎになる。
話題の中心人物になってしまったせいで、リンシャがそれを止めることは出来ない。
ここには周囲に、いつもの痴情の光景など知らない神殿騎士達もいるのだが。
周囲の神殿騎士には、その突然始まった初めて見る光景に、唖然とするものが多い。
だが一部、何故か頬を染めて上気させるものもいる。
「だが…いいな…」
「あぁ…そうだな」
そんなつぶやきがどこからともなく聞こえた気がした。
・
・
それから数日かけて、草原全域を回り、魔物を駆逐する。
途中何度か、前衛の人員を入れ替えながら戦闘を行ったが、ルウは一度も下がることはない。
「頑丈が取り柄ですから」
「でも、心配だよぉ……」
「大丈夫です、傷は騎士の誇りですから!」
ルウは鎧の胸をたたいて金属音鳴らし、笑顔で微笑む。
「でも……その傷、私の魔法が原因なんだよぉーー!!」
「いえいえ、シオン様に傷つけられるなど、むしろ最上の誉れですね、ふぇへへ」
傷を見つめるルウの笑顔は、すこし悦が入っている。
「なんかちょっと怖いよ、ルウさん…」
何時もと全く変わらないルウの様子に、おもわずため息をつく。
「それよりシオン様、せっかく剣も練習したんだから、一度くらい使ってみたらどうですか?」
「ふぇ?」
聖剣は腰に差したままだ。
というか、私は召喚された日以降、一度もこの剣を抜いたことがない。
それはその効力について、散々脅されたためでもあるが、元々剣をまともに使えるとは思っていなかった。
「うーん、でも…何が起こるかわからないし、危ないじゃないかな…?」
「大丈夫ですよ、ここは広いですし、私が隣で守っておりますので前で一度だけ振るってみるのもいいんじゃないですか?」
ルウは目を輝かせて推してくる。
「そうですね、一度くらいはその聖剣の効力を確かめて見ておいた方がいいかもしれませんね。私たちも伝承でしか知りませんし、念のため、私も一緒に前線に出ましょう」
リンシャも同意見のようで、後押ししてくる。
ふと横目にアンジェルを見ると、その顔は微笑むばかりで分からないが、少なくとも反対はしていないようだ。
「じゃぁ…ちょっとだけ…」
「はい!」
笑顔のルウとリンシャと共に前線に出る。
後ろからはアンジェルが無言で付いてくる。
そして聖剣を抜き、前方に構える。
使う前に一度、素振り位はした方がいいだろう。
「よいしょっと」
実は重さをほとんど感じないのだが、何となく口に出た。
私は聖剣を振り上げる。
その時、
「前方!アーマードベア! 数1」
斥候の悲鳴のような叫びが聞こえる。
「ふぇ?」
「なんだと…ありえん、こんな辺境に!? …まずい!シオン様、一度お下がりください」
初めて聞くようなリンシャの焦ったような声が響く。
その報告に、神殿騎士達も僅かに動揺しているのがわかる。
「…シオン様、そのままありったけの魔力を聖剣に注いで…そうそう、そのまま思いっきり振り下ろしましょう。あぁ、角度はもう少し右に」
「ふぇ? あ、は、はい!」
周囲の様子についていけず、振り上げたままの姿勢で止まっていた私の耳元にアンジェルの声が聞こえる。
言われるがままに、魔力を込め、振り上げた聖剣を思いっきり振り下ろす。
「キィーーーン」
振り下ろされた聖剣は、剣筋に白い残光を残す。
同時にどこからともなく甲高い音が響き渡った。
一瞬、剣筋に沿って、僅かに風景がずれた気がした。
遅れて、残光は白き閃光となり、目に見える遠くまでを一直線に切り裂く。
「ほぇ?」
シオンの思考は再び止まる。
「ふふふふふ」
耳元でアンジェルが微かに笑う。
「黒鋼の硬度すら超える、アーマードベアが、真っ二つに…?」
微かに怯えたような声が聞こえる。
「(パクパク)」
ルウは開いた口が塞がらない。
「これは、凄まじい……な」
一見、平静に見えるリンシャの声も、微かに震えている。
「ふえぇぇぇぇぇーーーーー!?」
──シオンの冒険記録
編成:騎士20名 巫女5名 勇者1名
成果:レッドブル88匹、ワイルドウルフ34匹、アーマードベア1匹
被害:負傷者18名 内訳:魔物被害3名 魔力暴走被害15名




