20話 魔王と勇者、出会う?
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リンシャさんがいなくなり、その後もう少しだけ、その雰囲気を味わってから神殿を後にした。
神殿の外は、今だ騒がしく人が動いている。
職人もいれば、ローブに身を包んだ神官、鎧に身を包んだ騎士っぽい人まで動き回っている。
ずいぶん慌ただしいものだと、むしろ感心するほどである。
神殿の中でも聞こえてはいたのだが、騒音が気にならなくなるほど見惚れていたようだ。
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気を取り直して街の散策に戻る事にした。
まだ昼というところか、たまには静かに過ごそうと、露店でパンではさんだサンドイッチとホットドックの様なものを買い込み、町の中にある人気の薄い公園まで繰り出すことにした…のだが。
「……」
今俺の目の前には女が、いや少女が寝ている。
ベンチに腰を掛けたまま横になり、風と日差しに包まれて、静かな寝息を立てている。
日光浴といっても、結構日差しも強いし、日傘もなしに寝てたら危ないだろうに…。
ヴォルブルクの治安は悪くない、と言っても元いた日本に比べれば、その犯罪率は雲泥の差と言えるだろう。
流石に少女をこのまま放っておくのは、自分の精神衛生上に悪いだろう。
そう考え、起こそうと軽く肩を揺らす。
「もしもーし」
日本にいたときの自分なら、見知らぬ異性に声を掛ける事や、ましてその身に触れることなど、絶対になかったのだが、この世界に来てからというもの、なし崩し的に二人の美女に囲まれて暮らすうちに大分耐性が生まれてしまったようだ。
割と自然な感じで行動を起こせている自分に、少し驚く。
「ん・・・むにゃ、あと5分…」
しかし、起きない。
わずかに寝言の様な声がこぼれているが、その瞳が開かれることはない。
俺は思い切って少し力を入れて、揺らしてみる。
「もしもーし! こんなとこで寝てると危ないぞ!!」
「…にゃ、はい!?」
強く揺らしたことが功を奏したのだろうか、わずかにその眼が見開かれ、反応が返ってきた。
そのまま、寝そべっていた上半身をゆっくりと起こす。
混乱してるのだろうか、今だ半目ではあるが、少し周囲を見渡した後、その眼が目の前に立つ俺を捕らえたようで、じっと見つめてくる。
二人の瞳が重なるが。
赤い…瞳?
少女も同様に俺の顔を見て少しばかり驚いているようだ。
しばらくじっと無言で見つめあっていたのだが、しびれを切らした俺が頭をかきながら話しかける。
「起きたか? いくらこの町が治安が良いと言っても、こんな何もない場所でかわいい女の子が一人寝ていたら危ないだろう…」
そう言われて、ハッと息をのんで少女は再び周囲を見渡す。
今度はしっかりと目を開いている。
それから、傍に置いていたハットとサングラスを慌てて身に着けてから口を開いた。
「あの…えっと、その、あ…ありがとう?」
「どういたしまして…なのかな? まぁ眠りを邪魔してしまったのは謝るけどね」
「ううん! 散歩してて、ちょっと休むつもりで座ってたら、寝てしまったの…ごめんなさい」
激しく首を振った後、そう言って、ぺこりとお辞儀をしてくる。
育ちの良さが窺える様な綺麗なお辞儀だ。
身なりも綺麗だし、どこかのお嬢様なのだろうか? と思い、改めてその様子を観察してみる。
可愛らしいリボンをあしらったハットとサングラスを身に着け、白いワンピースの上にガーディガンを着こんでいる、その服装は僅かに日に焼けたような薄い褐色の肌によく似合っている。
健康的な体型だが、それでも出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでる感じでスタイルも割といい。
サングラスをはずした時の顔は、美人というよりはかわいらしいと言った感じの、不思議と初対面から好感を持たせる愛嬌を併せ持つ。
日中でまだ暖かいとはいえ、その格好は外で昼寝をするには余りにも似つかわしくない。
本当に、うっかり寝てしまったのだろう。
しかし…
「…縞々か」
「え…、えーーー!?」
半身起こしたときに上手く引っかかったのだろう。
スカートの裾がめくれて、太ももの端からわずかにかわいらしい下着が見え、思わず口ずさんでしまった。
少女が俺の視線を追ってその先に、自分の下着が見えてしまっている事をみつけ、一瞬時を止めるも、すぐに悲鳴の様な声を上げ、慌てて裾を元に戻してしまった。
そのまま、しばらく下を向いたまま唸っていたが、顔を上げると目端に微かに涙を浮かべ、真っ赤な顔で俺をすこし恨めしそうに睨んでくる。
俺は、僅かに残念に思いながら苦笑して目を逸らす。
「ま! 元気そうで何より、だな! んじゃ俺はもう行くけど、もうこんなとこで無防備に寝たりなんかするなよ!」
そう言って、背を向け、後ろ手に手を振りながら足早に立ち去ることにする。
演出イメージは、爽やかに立ち去る親切なお兄さん、といったところだな。
正直、少し前に面倒を起こしたばかりなので、かわいいとはいえ、一見いいところのお嬢様っぽい女の子と関わるのは危険しか感じない。
これでも一応、自重しようとは心がけてはいるのだ。
まぁ、いいものも見れたし、眼福眼福で満足である。
そのまま歩き出すが、不意に後ろから追いかける気配がして、腕を掴まれ、思わず振り返る。
「責任…」
「…は?」
なんだろう…危険察知は反応していないのに、自分の直感が、その手を振り払って今すぐ全力でここを立ち去れと告げてくる。
「責任取って!」
「えーーー!」
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「だから責任取って、今日一日、私の護衛をして! 私の…(ごにょごにょ)見たんだから、それくらいの事はしてくれてもいいんじゃないかな!?」
「あぁ、そう意味か…紛らわしい。 しかし、護衛、ねぇー…」
どうやら、この少女はまだこの町に来たばかりらしく、散策をしていたのだが、迷ってしまい、空き疲れて少し休んでいたところで眠ってしまったらしい。
せっかくなので、町を案内してほしいって事だった。
「いや、迷ったんならもう帰れよ! 場所教えてやっから!」
「むー!そんなこと言っていいのかな! 君には責任取ってもらう、義務があるんだけど!」
下着ぐらいで…とは言わない。
俺も、世界人口の半分を敵に回して死にたくはないのでな。
しかし、よくもまぁこんな初対面の男性に案内なんて頼もうと思うよな…。
その無防備さも世間知らずなお嬢様らしい、といえばそれで終いなのだが、一応警告くらいはしてやってもいいだろう。
「護衛も何も、そもそも俺が暴漢かもしれねぇだろうが。 初対面の男にそんなもん頼むな、危なっかしい!」
「うーん、暴漢する様なの人は、そういうこと言わないんじゃないかな?」
「…確かに」
なんか説得されてしまった…。
「いやいや、そもそも、お前俺の事なんも知らないじゃん! 見ず知らずの男にいきなり一緒に町を回ってとか、年頃の女としてそれはどうなのよ? 襲われても文句言えねぇよ?」
「なんとなく、大丈夫だと思うの。 こう見えても私、人を見る目には自信あるんだよ?」
エッヘンと胸を張って反論してくる。
どうやら譲る気はないようだ。
ってか、本当に危なっかしいな、こいつ。
人を見る目には自信がある、と言う奴ほど信用できないやつはいないというのに。
さてどうするか、実は今だ嫌な予感は消えていないのだ。
思えば、この世界に来てから、妙に厄介ごとに巻き込まれているような気がする。
いきなり、お前魔王だから!とか言われて召喚されたのに、勇者の力持ってたり。
スライムを狩れにいけば、変異スライムが現れ。
ダンジョンに行けば、危険な放置ダンジョンに行くことになって、何度も死にかける。
極めつけに安全なはずの町を歩けば、DQNに当たる。
支部長のおっさんに厄介事押し付けられる。
と、思い出していると軽く泣きそうなってきたぞ…。
その殆どは間違いなく自業自得なのはわかってるんだけどさ…、そう思っても納得はいかないんだよ。
改めて、少女を見る。
顔を真っ赤にして、口をへの字にして睨んでいる。
掴む腕はがっちり掴んでいるんだろうが、その力はか弱く、昔の俺でも、すぐに吹き飛ばせそうなほどで、逆に弱すぎて振り払えるのに躊躇してしまう。
なにより、この距離から見るとサングラスから透けて見える瞳から、弱々しい小動物の様な視線を送ってくるのだ。
少し潤んで、まるでチワワのような…正直、すごく断わりずらい。
俺は頭を抱える。
「…おまえ、名前は?」
「え?」
「護衛対象なら、名前くらいは聞いてもいいだろ?」
少し面倒になってきたせいか、美少女が相手だというのに、初対面の少女に対して俺の言葉使いが雑になってくる。
「えっと、シオ…は、まずいかな、どうしよう…えーっと……シ、シア! シアよ!」
すごくわかりやすい…間違いなく、偽名だ。
と、思ったが言わないことにした。
まだ出会ったばかりで信用も何もないし、いいとこのお嬢さんなら家が知られて面倒なこともあるのだろうと、そう思ったのだ。
「そうか、俺はユウト=シノノメだ。 んじゃ、今日一日よろしくな、シアお嬢様」
そう、若干の皮肉を込めて言ったのだが、少女は全く意に介した様子はない。
むしろ承諾してもらったことがうれしかったのか、今はえへへと笑っている。
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勇人はこの時、少女の余りの人畜無害っぷりに【鑑定眼】を使う事を忘れていた。
後で、この事を深く後悔することになる。
そう、少女の名は──シオン=ティアーズ。
勇人と同じく、立場を変えて召喚された、神殿の勇者にして、今この国で最も愛されし歌姫。
神殿での踊りと歌のレッスンに疲れ果て、ストレス発散に遊びたくなった、なんて言うありがちな理由で警備の隙をついて抜け出してきたのだ。
勇人が先ほど神殿を見学に行った際、職人だけでなく、神官と神官騎士までもが忙しく動き回っていたのはこの為だったりする。
この時すでに、確実に面倒事に巻き込まれる運命にあったことに、まだ勇人は気づかない。
果たして、それは『勇者』としての宿命なのか、『魔王』としての運命なのか、それとも元々持っていた素質なのか。
今、現代の魔王と勇者は出会う──お互いの素性を知らぬまま
『ぐーーー』
「「……」」
「まずは飯屋からだな、お嬢様。とりあえずこれ、やるから食えよ」
「ありがとう…」
次回 ヴォルブルクの休日 → 「私はまだ遊びたいのー!」