19話 光神殿
「魔王様!大変です!」
宿の扉を勢いよく開いて息を荒げたミューが入ってくる。
ってかまた魔王様とか言ってるよ。
マジ、一回本気でお仕置きするべきだろうか・・・。
なんて余計な事を考えている俺に、ミューが繋げた言葉は、予想だにしなかったものだった。
「ゆ、ゆ、ゆ…勇者が攻めてきます!!」
「……は?」
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勇者が攻めてきます! そう言ってミューが飛び込んできたのだけど、はっきり言って…意味が分からない。
プリムはベッドの上で相変わらず寝転がって本を読み、ミラとタマは町の中が珍しいのか、ここ最近は日中は散歩をしているようでここにはいない。
つまりここに今、ミューにツッコミを入れられる者がいないということだ。
まぁ、普段からいないようなものだが…。
ミラもタマも自由すぎる性格してるからな…正直プリムが増えたようなものだ。
出来れば聞きたくないが、仕方ないので事情を聞くことにする。
「何言ってんの?」
「いえ、だから!勇者がこの町に来るんですよ!」
今度は何やら広告チラシの様な紙を1枚バン!とテーブルに突き出してくる。
そこに書かれた内容で俺はさらに混乱する。
”光の歌姫 勇者シオン=ティアーズ ヴォルブルクに来訪! 慰問コンサート開催が決定!!
全国ライブツアーを展開中の今最も熱い女勇者がこの街にやってくる!!
チケットの販売 問い合わせはこちらまで 光神殿ヴォルブルク支部 特設事務局 ××-×××-×××-××××”
は? マジで意味が分からない。
何で勇者がコンサート? 歌? えっ、歌っちゃうの? 勇者がぁ!?
「なに、これ?」
「何を言ってるんですか!見ての通りです!」
「これ、コンサートのチラシだよね?」
「その通りです!」
「勇者が?」
「もちろん!…今代の勇者は若い女性のようですからね。確かにこの手はなかなかの巧手…神殿もなかなかにやりますな」
ミューはしたり顔で、何かを悟っているようだ。
俺は全く理解できないんだが…
「いや、だ・か・ら! そもそも、何で勇者がコンサートツアーなんかしてるのさ!!」
「あぁ、それは多分…聖剣の特性故にでしょう」
まぁ、私も詳しくは知らないのですが、と続けて語ってくれたミューの話をまとめる。
勇者の聖剣は人の思いを束ねる剣で、使用者の威光が高まれば高まるほどその威力を増すらしい。
従来の勇者は男性の方が多く、とにかく各地で武功を重ねてその名声を高めていたらしい。
「それで、ライブって…」
どうなのよ?っておもったけど、実際やっていることから、この方法で人気を集めることでも、恐らく聖剣の力を高めることが可能なのだろう。
ふむ、魔剣は使用者そのものと配下の強さを高め、聖剣はその剣自体を強化するのか。
勇者には、成長補正が付くから、最初は弱くてもどんどん強くなっていくしな。
まぁ、よくできてることで。
俺も勇者として召喚をされていれば、さぞRPGらしく雄大な冒険が出来ていたことだろう。
もちろんやりたいかどうかとは別として。
俺が考え込むあまり、すこし放っておいたのだが、暴走娘がまたいつもの病気を始める。
「来た…ついに来た、この時が! くくく、ついに待ち望んだ魔王と勇者の対決!!」
などとほざいているので、まずこいつを正気に戻すところから始めよう。
「さて、ミューよ」
「はい!魔王様!いつでもご下命を!不肖このミュハイルいかなる命であっても遂行して見せます!」
拳を握り、力説してくる。
だから、それやめろっつってんだろうが!
その様子に少し頭を抱えたくなるが、このままでは何言っても止まらないので話を続ける。
「魔王と勇者の対決とはこんな何もない荒野で人知れずはたしていいものなのだろうか?」
「は?」
「魔王と勇者の対決とは…魔王城にて、果敢にも攻め入る勇者を堂々と待ち受け果たされるものではないのだろうか? いや、そうでなくてはならない! だからこそ、俺たちはそのために旅立とうと、そう決意したのではないかね?」
「はっ!」
「それでも、ミューは…このような尊厳も威厳も何もない場で決着が果たされてもいいとそういうのだね? 魔王の配下たるもの、それは如何なものかな?」
「…も、申し訳ございません!」
いきなり、床に座り込み土下座で謝罪してくる。
「またも、魔王様の深きお心を理解すること叶わず、このミュハイル…恥ずかしさに魔王様に顔を見せること叶いません!」
「うんうん、わかってくれたらいいのだよ。顔を上げてごらん」
「魔王様…」
感涙したかのような顔で顔を上げるミューにそっと一言、これだけは言わなければならないだろう。
「それはともかくミュー…、お前今何回魔王様っつったよ?」
「!?」
俺は極上の笑顔で見つめる。
ミューが青ざめてその身を震わせる。
プリムは最初から我関せずと、お茶を飲んでいる。
「とりあえず…お仕置きしようか?」
「ひぃぃ!」
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朝っぱらから一仕事終えた俺は、一人で街に繰り出す。
特に用事があったわけではない。
ミューは恐らく後遺症で今日1日は立って来れないだろうから、正直暇だったのだ。
途中からプリムも参加してきたので、ちょっとやりすぎたかもしれない。
階段を下りる途中で、宿屋の娘さんと一瞬目があったが、すぐに逸らされた…。
正直すごーく気まずいので、すぐに宿に戻ることは出来ない。
「そういや、光の神殿って行ったことなかったな」
別に俺本人としては思うところはなかったのだが、二人と一緒にいるときはなんとなく向かうことはなかったのだ。
これもいい機会なので一度見学してみようと、町の東側にある神殿へと向かう事にした。
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光の神殿は大騒ぎだった。
正確には神殿の横に作られたであろう、特設会場がである。
今も何人もの職人が出入りし、せわしなく手を動かしている。
屈強な男たちの怒声も聞こえてくる。
神殿が放つ厳粛な雰囲気が台無しである。
神殿は周りを柱で固め、中心をドーム状に作られた石造りの建物だ。少しアラビアンっぽいか?
幸い、本殿と思わしき建物はそこまで騒がしくないようだったので、中を見学させてもらう事にする。
光の神殿の中は天井に装飾の施されたガラスで作られ、ご神体と思わしきシンボルに光を集めるように作られている。
その名に恥じぬ立派なつくりだと感心した。
こんな物は元の世界でもそうそう見られるものではない。
「あれは…剣、か?」
シンボルは一見十字架にも見えるが、その形は剣を模している。
銀のような光沢を放つ、白い金属であしらわれている。
俺はしばらく見惚れるように立ちすくんでいた。
芸術など正直よくわからないし、興味もない。
だがこの空間はそんな俺でさえも心惹かれるほどに幻想的で…素晴らしい物だった。
しばらくの間、神殿内のホールで立ち尽くす。
「お祈りにいらっしゃったのではないのですか?」
「!」
すっかりその雰囲気に飲み込まれていた俺は、突然かけられたその声に驚き振り返る。
声の主は緑色の髪を肩下まで伸ばし、眼鏡の奥から理知的な切れ長の瞳が透けて見える、綺麗な女の人だった。
「…どうかしましたか?」
再び声を掛けられ、しばらく、その女性を観察してしまったことに気づき、若干の罪悪感を感じてしまって少し慌てる。
「あ、いえ、すいません! お祈りではなく見学なんです…もしかして不味かったですか?」
「そうですか、信者の方ではなかったのですね。 あ、いえ、見学自体は全然かまいません。 神殿はいついかなる時でも拒むことは御座いません。 ただ、妙に熱心に眺めていらっしゃいましたので、つい声を掛けてしまったのですよ」
少し笑いながら、邪魔をしてしまったようで、ごめんなさい、などと言ってくる。
「いえいえ、私の方こそ、こんな場所で立ち尽くしてしまい、すいません…あまりにもこのホールの作りが素晴らしい物だったので、雰囲気に飲まれてしまったようです」
いつもの俺の話し方ではないと自分でも思う。
場所の雰囲気にも飲まれたともいえるが、目の前の、どこか神聖で厳粛な雰囲気を持つ恐らく年上であろう女の人の前に、柄にもなく緊張してしまったのだ。
同じ年上でも、今のミューとは大違いだな…
「それはそれは、大変嬉しい事ですね。 このヴォルブルクの光の神殿は世界各地にある神殿の中でも聖地に次ぐ素晴らしい出来だと言われています。 建設に携わった職人が、その持てる限りの技術と心血を注いで作り上げた一種の芸術といも言える物です。 それを褒めてもらえるのは、神殿に仕える者としてはうれしい限りですね」
女の人も天井のドームに目を向け、漏れ出る光を眺める。
その姿は漏れる光をわずかにその身に宿し、どこか神々しささえある。
「ああ、失礼、申し遅れましたね。 私は神殿に仕える巫女のリンシャと申します」
リンシャが胸の前で両の手を合わせて握り、自己紹介をしてくる。
「あ、私はユウト=シノノメと言います」
この人が巫女? と思いながらも、少し慌ててお辞儀をして返す。
巫女といえば神殿に5人しかいない、勇者の傍に仕える特別な役職の人だと聞いている。
そんな偉い人だったのか…
「ユウトさん・・ですね。 もし信者の申し込みをするのでしたら入口近くの事務局を訪ねてみてください。 すみませんが私はこの辺で失礼いたします。 本当は私が案内をして差し上げたいのですけど…今は少し、込み入っておりまして…」
ユウトと発音してくれる人に、この世界では初めて会ったな。
リンシャさんは多分お仕事の最中だったのだろう、用事を思い出したようで少しそわそわしている。
「いえ、ありがとうございます。 信者になるかはまた今度、考えておきます、色々と参考になりました」
「ふふふ、正直なのですね」
なんか、笑われてしまった。
何か変な事でもいったのだろうか。
「では、どうぞごゆっくりして見て行ってくださいね」
白いローブをなびかせてリンシャさんが立ち去っていく。
薄らと花の様な甘い香りがする。
頭をかきながら、自分はお姉さん属性でも持っていたかなぁなどと、どうでもいいことを考えながら俺はその後姿を見つめていた。
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歩き始めたリンシャは、珍しく自分から参拝者に話しかけたことに若干の驚きがあった。
まだ年端のいかない少年と青年の間にあるような、それでいて子供の様な表情をする勇人の姿を思い出し、わずかに笑みを浮かべる。
「ユウトさん…いや、ユウト君、かな。 ふふ、なかなかに不思議な少年だったな…」
リンシャの予定では1週間ほどでこの町を去る事になる。
恐らくもう会うことはないだろう事に、一抹の寂しさを感じながら、リンシャはその場を後にした。
次回、20話 魔王と勇者出会う → 「責任取って!」「えーーー!」




