17話 初めての依頼
俺は今、冒険者ギルドに呼び出しを食らっていた。
そろそろ査定が終わる頃ではあるので、そのこともあるのかもしれないが、それだけでわざわざ宿まで呼び出しが来るとは考えずらい、恐らくは例の件だろう。
面倒な話になると予想し、一人で冒険者ギルドに向かう。
ギルドホールにつくと、待ってくれていたのか、受付のお姉さんこと、ラナさんがこちらを見つけ、そのまま支部長室まで連行される。
「はぁ、まったく…困ったことをしてくれたものだ」
支部長室に入った俺を見て開口一番、そんなことを言ってきやがった。
眉間にしわを寄せて、これ見よがしにため息を吐いた後、ギルド長が用件を話し始める。
「先日、市場で暴れたそうだが、この事実に相違ないかね?」
「ありません」
「ふむ、君たちが殴り倒した相手だが…少々厄介な相手だな」
先日のミューとのデートの際に絡んできた一団は、予想通り貴族子息を含む一団だったらしい。
本来、冒険者同士のケンカごときで、ギルドが積極的に口出しをしてくることはない。
それなのに今回俺達が呼ばれた理由、それは。
「それって、もしかしてあいつら本人が申し立てて来たってことですか?」
「…察しが良いな、その通りだ」
「でもそれって、申し立てたところで結局どうしようもないですよね?」
「まったくその通りだな。 なら今ここにいる意味も分かるか?」
「パフォーマンス…つまり形だけでいいってことですかね」
「あぁ、面倒なことこの上ない。まぁ、それはお互い様なのだがな…運が悪かったと察してくれ」
「はぁ、そもそも、衆人観衆の面前での争いですよ? 呼ばれる前に聞き込み位してるんでしょうに、それでギルドに泣きついてどうにかなると…本気で思ってるんですか?」
話の内容は既に愚痴に近い、別に処罰があるわけでも、非があるわけでもない、お互いに益がないことが分かりきっているのだ。
「…あれらは貴族と言っても、口減らしに近い…」
彼らの実家は、王都にあるそれなりに格の高い貴族で、そこの三男以下の者達らしい。
三男以下の貴族など、職につけなければごくつぶし以外の何物でもない。
それでも、大人しくしているのならまだいいが、彼らは普段からそれなりに素行も悪く、冒険者になるなんて馬鹿な事を言い出したことをきっかけに、路銀を持たせて厄介払いしたらしい。
厄介払いなので、路銀を渡す際に王都周辺に居を構えることを許さず、口車に乗せて、こんな僻地によこしたそうだが。
そりゃ、いくら実家から出したとはいえ、近くで問題起こされ、泣きつかれでもしたら更に面倒以外の何物ではないということなのだろう。
「それって、本人は分かって…ないんでしょうね」
「分かっていても、わかっていなくても変わらんだろうよ、あういう輩はいつもそうだ」
支部長も何か思うところがあるのだろうか、前回と違って嫌悪の感情を隠さず、吐き捨てる様なセリフを吐く。
「かといって、放置して警備隊のところに行かれても、それはそれで騒ぎが大きくなって面倒でな」
もし、警備隊に行ったとしたら、警備隊としてもほっとくわけには行かず、事情聴取という名目で何日か監禁されることになるだろうとの事だ。
「ギルドに登録するものが、ギルド内での事情で起こした諍いに警備隊が介入してくるなど…ギルドの面子にも関わる。…それについでといってはなんだが、用事もあったしな」
と、1枚の書類を目の前に置く。
書類には素材の査定内容が書かれている。
「調査も終わり、査定も終了した。ダンジョンを攻略できるような冒険者を、こんな馬鹿な奴らの事で無碍に扱う訳にもいかない…」
ある意味、当然なのだろう。
ダンジョンボスは最低でも災害級。
そんなモンスターを倒すことができる冒険者を無碍に扱うのなら、最低でもそれと同等の災害を覚悟しなくてはいけない。
こんな馬鹿な事件でギルドが敵対するわけがない。
これは、ある程度予想していたことなので今更驚く結果ではない。
「続いて君たちのランクだが…Cランクに上がることが確定した」
「はい」
「…不満の一つでも出るかと思ったがな。ダンジョン攻略者などAランク冒険者でもほとんどいない」
「まだギルドに登録して、1カ月もたってないですからね。当然でしょう」
大体、FからCランクなんて、3階級昇進など、かなりの異例だろう。
「物分かりが良すぎて怖いな。君の場合は特に…一応、Bランクには試験クエストを受けてもらえば、昇格できるように手配もするが?」
「いえ、結構です」
「…そうか、そんなに難易度は高くない。君たちはダンジョン攻略専門だという話は聞いているから、試験内容も討伐依頼になるのだが?」
「大丈夫です。Cランクでも身に余る光栄ですので」
「……そうか」
支部長は少し残念そうだ。
たしか、ギルド説明でBランクから指名依頼されると言われたのを覚えている。
待遇もかなり良くなるらしいけど、正直面倒だし、ベテラン冒険者扱いされるCランクまで上がるなら十分に満足である。
話はこれで終わりなのだが、一応馬鹿貴族の建前上、少し時間を潰さなくてはいけない。
なので、ついでに情報収集とばかりに、最近見つかったダンジョンや放置されているダンジョンと珍しい魔物や厄介な魔物の情報を仕入れておく。
すると今度は支部長からついでとばかりに、最近魔物が増えて困っている場所の話までされた。
「誰か受けてくれると助かるのだがねー」
などど白々しいことまで言われ、結局受ける形にさせられた。
…意外と食えねぇおっさんだ
はて、最初に会った時よりも、だいぶ話し方に棘がなくなったような気がする。
まぁ前回は、冒険者に登録したばかりの奴がいきなり高級素材を持ち込んで、ダンジョンを攻略しましたーなんていう、見るからに怪しい奴を相手にしていていたのだから、当然と言えば当然か。
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依頼のあった場所は、東に馬車で半日ほど行ったところにある村だ。
依頼の確認に村長さんに挨拶に行くと、
「これはまた…ずいぶん若い冒険者さんで…大丈夫かい?」
などと言われてしまう。
この村からさらに東に広がる森でキラービーが大量繁殖してしまい、村人に何人も被害が出ているそうだ。
何度か冒険者が派遣されたのだが、そのたびに数は減らすものの、殲滅には至らなかったという。
場合によっては大群の襲撃に会い、大怪我をして来たりもしたそうだ。
そこに、若い集団の冒険者|(俺達)が来たので、心配になってしまったようだ。
目撃情報のあった箇所を目指して森に踏み入ること──2時間。
「この数だと恐らくどこかに巣があるはずですが、数が異常です。 思ったよりも厄介な仕事ですね」
10体規模の編成で向かってくる蜂を既に8組、俺とミューで手分けして叩きのめした後、そんな事を話し合っていた。
なんせ通常1つの巣に住む最大数は約100体前後、これだけの数が巣を見つける以前に襲い掛かってくるなどありえない。
やっぱり厄介ごとか…
心の中でここにはいない支部長に向けて悪態をつく。
キラービーは別名ケイブビーとも呼ばれる、20センチくらいの黄色い蜂だ。
日本でいうミツバチをそのまま巨大にしたような見た目だが、普段は木ではなく岩穴などの横穴を利用して巣を作る。
そして、なにより他の巣と共存することはなく、同じ場所に複数の巣があるなど、本来ならばありえないそうだ。
大規模魔法が主力の為、森の中では出番の少ないプリムに探査魔法で広範囲を索敵してもらい、数の多そうな場所を手あたり次第当たって見ることにした。
「ヒットだな」
木屑で出来たような巨大な繭の様な丸い形状で高さ3メートル半程の、巨大な巣を見つける。
「これは、図鑑にはなかった形状の巣だな…それに、でかい」
「しかし、何度も出入りしているようですし、護衛をしている蜂もいますね。 これが巣で間違いありません」
確かにその通りだ。
まぁ、細かいことは殲滅した後に調べてみればいいか。
岩穴なら一気に焼き払ってしまおうかと思っていたのだが、この形状なら話は別だ。
上手く殲滅すれば、蜂蜜が大量に採取できそうだしな。
岩に巣を作られると回収がとても大変で、キラービーの蜂蜜はこの世界では結構な高級品なのだ。
「魔法では焼き払わずに、巣を確保する。プリム、煙だけを出して中にいる奴をいぶりだしてくれ」
「ラジャ」
「ミラ、タマ、出てきて。数が多いから、みんなで手分けして倒すよ! 巣はなるべく傷つけないように!」
風上に移動し、念のため口に布を当ててから、魔法で出した煙で中に住む蜂をあぶりだす。
俺達は煙を当てられ、中から順次出てくる蜂を次々と叩き落としていく。
いつの間にかダンジョンで一緒にレベルが上がっていたミラは、その素早い動きで撹乱しつつ時に体当たりをする、ヒットアンドウェイのスタイルだ。
特技にある様に、自分の大きさを変えられるようになったようだが、基本的にはいつもの20センチサイズを維持している。
今はちょっとだけ大きくした30センチサイズだ。
今回初出陣のタマだが、闇狐の特技は妨害系に向いているようだ。
次々出てくる蜂に対し、時に影で縛り上げて動きを止め、時に重力操作をピンポイントで当て、地面にたたき落す。
30分ほど巣に煙をあて、出てくる蜂を次々と倒していると、中から少し赤みがかったひときわ大きな鉢が飛び出す。
”インクリスクイーンビー Lv17 種族:昆虫族-変異蜂 HP1970/2040 MP1360/1360”
通常のクイーンビーではないな。
繁殖に特化した変種といったところなのか。
女王蜂は数匹の護衛を伴っている。
だが、戦闘力自体は大したことはないようだ。
護衛を手早く倒した後、女王蜂の羽をすべて切り裂き、地面に落としてから、止めを刺す。
念のためその日はそこに陣を張り、巣に帰ってくる蜂を待ち受け、散発的に戻ってくる蜂を倒してから、巣を丸ごと回収して村に戻る。
村に戻り、討伐の証拠として強大な繭の巣を見せると、酷く驚いていた。
「1日、巣を見張って殲滅しましたが、念のためしばらくは様子を見てください」
「本当に、有難うございました」
村長さんが深くお辞儀をしてお礼を言ってくる。
そういえばちゃんとした依頼を受けるのはこれが初めてだ、正面からお礼を言われると何かこそばゆい感じがする。
村の人に蜂の巣の解体を手伝ってもらい、お礼にと蜂蜜を半分渡そうとしたのだが、断られてしまった。
「こんな量の蜂蜜もらってしまったら、依頼料の支払いの何十倍にも達します。 さすがにそれは…」
なら、村の復興にでも使ってくれたらいいと、半ば押し付ける様にして渡す。
村は荒れていた、長らく森に入ることが出来ず、また蜂の被害もあったのだろう。
依頼料も、かなり無理してなけなしの金を集めたであろうことは、見ててすぐわかった。
また、涙を流してまたお礼を言われてしまい、代わりにと村で栽培している特産物を大量にもらって村を後にした。
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「魔王様、今日は大変いい仕事をしましたね!」
「村の、人、喜んでた」
二人とも、ご機嫌だった。
というか、魔族的に人間に感謝されるのはいいのだろうか?
「別に多少の種族間抗争はありますが、大戦のあった大昔はともかく、今はすべての人が互いに殺しあいたいと思うほどではないのですよ。むしろ魔族同士の小競り合いも多いですし、人間でも魔族でもいい人もいれば悪い人もいるものです」
前回の聖魔大戦から100年、世代も変わり、戦争を知るものがほとんどいない今では、一部の人々を除いては、そこまで深く憎しみ合っているわけではないようだ。
少数派でありながら、一部商人同士はつながっており、流通も行われている街もあるそうだ。
なるほど、しかしそのセリフには、一つ納得のいかないことがあるんだが。
「っていうか、ミューさんや、あんた今まで散々人に対して、村を襲えだの、国を襲えだの言ってましたがあれは何だったのかね?」
「え? だって、魔王ってそういう者じゃないですか!?」
平然とそんなことを言ってきやがった。
散々過激なセリフを繰り返してきたミューだが、略奪はともかく、どうやら別に人々を殺せとか、そういう意味ではなかったらしい。
過去の魔王も一部を除いてはそこまでの事はしていないようで、一見人畜無害な俺がそこまでするとは思ってもいなかったので、魔王のイメージそのままに好き放題ノリで言っていたらしい。
ノリかよ!! しかも、途中からは完全に悪ノリしてただろお前!
思わずジト目で見ていると、目を逸らされる。
この女…
区切りが悪かったので、次回予告:仲魔進化
「…し、しかし、相当数倒しましたね。 魔王様のBPもかなりの量たまっているのではないですか」
これ見よがしに話題を変えてくる。
「そうだな…そろそろ、一度ミラ達の進化を試してみたかったんだよね」
「魔物の進化、ですか…」