16話 ミューとデート2
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魔王様が何かを見つけて突然走り出した。
ついていこうとしたのだが、ここで待てと強く言われてしまったので、素直に待つことにする。
しかし…と私は思う。
これほどまでに楽しい…そう、楽しい時間はいつ以来だろうか。
私は走っていく魔王様の背中を見つめながら、幸せな気持ちを味わっていた。
「なぁ、ちょっといいか?」
「はい?」
私が幸せな気分に浸っているところに、突然後ろから声を掛けられる。
その声に一気に正気へと戻される、声を掛けられるまでその気配に気づかないなど、私らしくもない失態だった。
私は、不機嫌さを隠しもせずに振り返る。
どうやら5人の男女達に囲まれているようだ。
特に、最初に声を掛けてきた男以外は皆一様に、ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべている。
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実にいい買い物だった。
ウキウキ気分でミューと合流しようと、人ごみ躱しながらを小走り気味に歩く。
すぐにミューを見つけ声を──掛けようとしたところで、何やら様子がおかしいことに気が付く。
ミューの顔がすごく不機嫌だ。
あれは…一見無表情だが、もはや切れる寸前なのが、ここ最近の付き合いで分かる。
最初、たちの悪いナンパにでも引っかかったのかとも思ったのだが、どうも少し違うらしい。
冒険者風の格好をした複数の男女に絡まれているのだ。
事情は分からないが、慌てて集まってきている見物人の人ごみをかき分けて、声をかける。
「ミュー! 待たせてごめん! …それで、僕の連れに何かご用でしょうか?」
囲んでいた5人の男女をゆっくり見渡した後、中心にいる男に向かってそう投げかける。
男は特に気にした風でもなく、言葉を受け流しているが、その眼はまるでこちらを見下しているような目をしている。
「いや、大したことではないさ。 ただ少し話を聞きたかっただけなのでね」
「話ですか? 何の話でしょう? なんなら俺が聞きますけど?」
フンッっと、鼻で笑って口を開く。
「大したことではない! 最近、登録したばかりの田舎者風情が、ダンジョンを攻略したと風潮して回っているようでな。 分を超えた功績をのたうち回って、いい気になっているのなら、少し教育してやろうと思っただけなのだよ!」
なるほど、こいつら冒険者風ではなく、冒険者なのか。
冒険者の様な軽鎧に身を包んではいるが、冒険者にしては妙に小奇麗にしてるので、冒険者風と表現していたのだが、本物だったようだ。
新人がダンジョンを攻略したなんて噂をどこからか聞いて、俺らを探してわざわざ絡んできたとそういうところだろうか。
というか…ギルド長、あのおっさん、確認が取れるまでは、誰にも言って回らないように! と自分で言っておきながらしっかり噂が出回ってんじゃねぇか!
「別に僕たちは風潮して回ったりしてはいませんがね。 ただ、そうですね、事実確認はギルド側が今してくれているはずなので、こちらに絡む前にそちらに問い合わせて頂きたいです」
「貴様、私を馬鹿にしているのか!? もちろん聞いたさ! だが、奴ら、この私が聞いているというのに、確認作業の終えていない冒険者の行動については一切お教えできません。 などとつまらんことを言いやがって。 だからわざわざ貴様らを探してやったのだ」
別に探してくれなくて結構なのだが、というか迷惑です。
わざわざ探して絡んでくるとか、暇人過ぎるだろうこいつら。
しかし、この男、言い方が偉く尊大だな。 これは…貴族というやつか? いや、ただの俺様的なDQN野郎だという可能性も否定はできないな。
どちらにしても、まともに相手にしても面倒になるだけなので、適当にいなしておこうかね。
「で、そちら様は結局、何がお望みなのでしょうか?」
「フン! 粋がるなよ、平民。 少しばかり腕が立ったとしても、貴様らが私と対等だとでも思ってはいないだろうな」
「いえいえ、そんな滅相もないでゲスよ」
「…なんだその話し方は、貴様…まさか馬鹿にしているのではあるまいな…」
おっとしまった。
あまりにも面倒くさくて、適当に対応してしまった。
「フン…まぁいい。 貴様ら、この顔をよく覚えておけよ。 道であったら必ず道を開け! 礼をすることを忘れるな! 自分たちが俺達より下だと言うことだけは決して忘れるなよ! もし忘れたら…その時はこの町では生きていけないと知れ!」
はいはいっとね
適当に受け答えしながらも、空いた手でミューを抑えることを忘れない。
まったく、なだめるの結構大変そうだな。
最後に、男がこちらに手を伸ばし、俺の体を突き飛ばしてきた。
その姿は、まるでスローモーションのようにゆっくりはっきりと見えていたが、躱しても面倒になるだけなのであえて受けた。
突き飛ばされた俺の体が、尻餅をついて地面につく。
男が倒れた俺を見て、鼻を鳴らし、愉快そうに笑う。
瞬間、ミューが駆け出し、男に拳を突きつけようとしたのを空いた腕をはっきり掴んで止める。
寸止めされた拳が、男の顔面寸前で止まるも、風圧でわずかに後ずさる。
男が小さい悲鳴を上げ、顔が青くなる。
「ひぃっ」
「ミュー、ここで諍いを起こしてもなんの得にはならないよ。 俺はいいから、ここは納めてくれ」
「くっ!」
ミューが拳を引く。
こちらの様子を見て、安全が確保できたからだろう、男の顔がみるみる怒りで赤く染まっていく。
「貴様らぁ! 馬鹿にしおって!!」
男の手がミューへと伸び──その顔を平手で──叩く
寸前に勇人の拳が男の顔面に深く突き刺さった。
ドゴン!と音を立て、男は後ろに控えていた取り巻きもろとも吹き飛ぶ。
その顔の中心には見事な窪みが出来て、完全に意識はない。
周囲に静寂が生まれ、離れた場所から市場の活気のいい声だけが聞こえてくる。
「ミュー、行こうか」
「え? は? よろしいのですか?」
「いいんじゃない? 一発は一発だし」
ミューは少し考えたようだが、すぐに俺の手を握ってくる。
二人で人ごみを掻き分けて走り出した。
「はははっ! なんかこういうの良くない?」
「そうですね…なんか、物語の中のお姫様にでもなったようです…」
ミューの手を握り、人ごみの流れに逆らうように駆け抜ける。
昔、こんな映画見たことある気がするな。
なんかだんだん楽しくなってきて、人ごみを抜けた時には二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
あとで少し面倒なことになるかもしれないが、今はどうでもいい。
街中を駆けまわるうちに時間は夕暮れに近づき、空はかすかに茜色に染まりつつある。
兼ねてより唯一決めていた、デートの最終地点へと向かう。
「ミュ、ー最後に一つだけ、行きたい場所があるんだ」
「はい、どこでもついていきます!」
ミューも気分が乗っているんだろう。
今日はもういつもの勝気な雰囲気はない。
繋いだ手を握りなおし、町の中央の時計台に向かう。
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町を囲む城壁と見張り台はもちろん部外者立ち入り禁止なわけだが、この町で唯一、街中を見渡すことができる場所がある。
それが町の中央に置かれた時計台に作られた見晴らし台なのだ。
ここは個人で1日に2時間まで、かなり割高だが100G(=日本円で約1万円)を払えば入場が可能な場所だ。
時間を限定しているのは、多分防犯の関係だろう。
時計台の下にいる管理人さんにお金を払って中に入る、時計台の少し下にある展望台には、他に数人のカップルらしき人影があった。
そこで落ちる夕日を見つめながら、ミューに話しかける。
「ミュー、突然の思い付きで始めたデートだったけど…今日は楽しかった」
「はい、私も…年甲斐もなくはしゃいでしまい、思い出すとお恥ずかしいばかりです」
「ううん、ミューが楽しんでくれたから、俺も楽しかったんだよ。 それで、だ。 今日の記念に…プレゼントがあるんだ!受け取ってほしい」
ミューの左手を取って、綺麗な装飾の施された小さな木箱を手渡す。
驚きながらも、震える手でミューが小箱を開けると、そこには小さな真っ赤なルビーであしらった指輪が入っている。
「こ、こ、こ、これ、これ」
「ごめん、とりあえず落ち着いて」
肝心なところで決まらない、まぁこれが俺達らしいと言えばらしいんだけど
「なんだかんだ言って、俺はミューとプリムの人生を背負っちゃってるみたいだし…悪いけど、俺自体もう手放す気はないからさ。だから…これはとりあえずの、そうだな、予約の証みたいなものだと思ってくれたらいい。 度量の小さな主人で申し訳ないけど、俺の証を形で渡したかったんだ」
ミューの瞳は、まっすぐ俺の瞳を見つめている。
その瞳は俺にしか見えないが、夕日が浮かんで真っ赤に染まっている。
「はい…ありがとう、ごじゃいます」
涙目で、少し震える声で答えてくれた。
そのまま、ゆっくりとその顔を抱きしめる。
周りからは、遠慮ない拍手が湧き上がったが、ミューには余裕がないようで、俺が手を振って応えておいた。
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「お帰り、なさい」
「ただいま、プリム」
宿に帰ると、布団の中で寝そべって本を読んでいるプリムが、そのままの態勢で出迎えてくれた。
しかしすごい態勢だな、堕落の権化とでもいうべきか…これはミューが黙っちゃいないぞ! と思ってミューを見ると──目を背けてみないようにしていた。
あれぇ?
「ミュー?」
「…なんですか?」
「いや、静かだね?」
「…私はいつも通りですが?」
視線の方向に体を移動するも、ミューもまた体を回して、決して目を合わせようとしない…。
あぁ、これ、多分プリムとミューが躱した密約に関係があるんだろうなぁと思ったけど、ミューが気まずそうにしていたので一応空気を読んで、言わないでおいてあげた。
夕食の後に、プリムにも用意しておいた小箱を渡す。
プリムが開けると中に入っていたのは、琥珀で彩られた金色の指輪だ。
「綺麗…」
「プリムの綺麗な瞳の色に合わせたんだ。 本当はプリムとも個別でデートした後に、渡した方がいいかとも思ったんだけどね」
「問題ない、とても…嬉しい」
プリムが微かな笑顔を浮かべ、ジャンプして抱きついてきて、そのまま口づけを重ねてくる。
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その日はタマは一度も影から出て来ず、ミラはどこかに姿を消したままだった。
空気の読めるうちの子達には本当に感謝です。
次回、あと始末と影の薄いあの子たちが登場します。




