14話 帰還とその後
「嫌でござる、嫌でござる! 絶対に働きたくないで御座る!!!」
「何を言ってるんですか…。 それでもあなたは魔王なのですか!!」
「そんなんしるかー! 俺は絶対に一週間は惰眠をむさぼると、神に誓ったんだ! ってかお前今魔王って言っただろ! それやめろっつっただろーが!」
「はっ!申し訳ございま…っ!そんなことは今はどうでもいいのです! ユート様ともあろう方がこんな…こんな…こんなダメ人間!の様な生活を送るなど、恥を知るべきです! まったく、少しは格好よくなったとおもったら…。 何で町に戻った途端にこんなことになるんですか!」
「なにそれ! まるで俺は今はダメダメで格好良くないみたいな言い方しやがって! 俺頑張ったよ!頑張ったよね? じゃ-いいじゃん!少しくらい惰眠むさぼって何が悪い! 人には休息ってものが必要なんだよ!いい加減、学べ!」
「学べません!学びたくありません! 5日働いて1週間寝るとか…そんな法則で動いてたら、世界が崩壊します!」
「もーいい!とにかく俺は休みたいんだ!働くのは断固拒否するね!」
「はぁ…何でこんなことに…」
「ほらほら、ミューも、ゆっくりしなよ。 プリムを見習ってさー、見てみなよ、この2日殆どベットから降りてこないんだぜ?」
「プリムーーーー!」
「むにゃむにゃ、休み、素晴ら、しい…あぁ、やめて、ぬく、もりが、毛布、あぁぁ」
ミューがプリムの毛布をひっぺがそうとするが、プリムはしがみついて話さない。
元々の筋力が違うのだから無駄なのだが、それでも毛布にしがみついて持ち上げられている。
部屋の中は喧々囂々として、やかましくてかなわない。
まったく他の客に迷惑だろうに、静かにしてほしいのだ…むにゃむにゃ。
「だから、二度寝に入らないでください!!」
ミューの怒声を聞きながら、俺は毛布に身をうずめ、そのまま夢の中に再びダイブする。
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さて、ここで少し前の話をしようか。
俺達はダンジョン探索を終え、再びヴォルブルクに戻ってきた。
道中、タマは俺の頭の上が気に入ったようで常に乗っていた。
本来、タマは全長1メートルの大人のキツネの大きさなので、俺の頭に乗るにはでかすぎるのだが、霊獣はその身の大きさをある程度自由に変える事が出来るようだ。
加えて、頭に乗っている時には、ほとんど重量を感じない。
これも霊獣の特性なのだろうか、不思議生物なのだからと深く考えない事にした。
ちなみに、今は常に子供狐のサイズに姿を変えている。
まったく、困ったものだ、小さくてフカフカで素晴らしいじゃないか。
それを見てミラが乗りたがったのだが、既にタマが常に占拠済みで譲ってもらえなかったようだ、たまに喧嘩している。
それでも二匹は上手くやっているようなので、特に問題はない。
町に入る際には、いつも服の中にいるミラはともかくコン頭の上なので厄介事になるかな? と思っていたのだが、意外とすんなり通してもらえた。
冒険者がテイムしたモンスターを連れて歩くことは、珍しいがいないわけではないようだ。
実際、契約の紋章を見せたらそれでいいそうだ。
ただ、俺が連れてきたということを記録として残すための書類を書いたくらいだ。
要はテイムモンスターが暴れたら主人の責任ということだろう。
コンのスキルに【影化】というものがあるし、いざとなったら影の中に入ってもらおうと思ってたけど手間が省けた。
ギルドに寄った時が一番大変だった。
実際問題、大量にたまった素材をどうしようかという話になったのだ。
持っていても食料目的にしか使わないし、肉を切り分けるにも毛皮とか剥ぎ取らないといけないし、正直とでも面倒くさい。
プリムの魔法で消し炭にした分を差し引いても、俺の『持ち物』に入っているモンスターの数は、1000を軽く超える量だ。
しかも、キマイラまで入っている。
正直、どんなに考えても新人3人PTが数日で獲得できる数ではない。
目立つどころの話ではない。
もういっそ黙っていようか、とも思ったんだが、ダンジョンが消えたことは遅かれ早かれ知られるだろうし、ランクを上げておくのも悪いことではない。
依頼を受けず、ダンジョンを専門に行動するにしても、得られる情報量が変わってくるのだ。
それに、なにもダンジョンを潰すことは悪いことではない。
ダンジョンは、恩恵と共に破滅をもたらすのだ。
存在そのものがモンスターを生み出すので、モンスター大量発生の原因になるし、特に持て余され、放置されたダンジョンなんて有害以外の何物でもない。
それを踏破し、消すことは褒められはすれ、咎められるものではないはずだ。
多少…不審がられるだろうがな。
なので、もういっそ正直に素材を提出することにした。
いつかの受付のお姉さん──ラナさんというらしい──のところに行き──いやー、ダンジョン踏破しちゃいました!テヘッ!──みたいなことを言ったら、すっごい馬鹿な奴を見るような顔をされた。
俺でもちょっと傷つく目だったな…俺の言い方も悪かったけどさ。
証拠と言われたので、折れたキマイラの爪だけを袋から取り出したようにして見せると、すごく驚いて奥に消えていった。
そのまま、1時間待たされた挙句に、その後はなんかお偉いさんの部屋に連れていかれて事情聴取だ。
途中、何度かミューがキレそうになっていたので、それをなだめる方が大変だったが。
「初めまして、冒険者ギルドヴォルブルク支部、支部長のホーク=ミュスカだ…そこに座りなさい」
支部長さんは、40代後半くらいで白髪交じりの立派な渋髭を生やした体格のいいおっさんだ。
Lvも41とだいぶ高い。
元冒険者といったところか。
だが…ステータスは思ったより高くない…。
パッと見でもミューより低いのが分かる。
ずっと思っていたが、一般的な冒険者に比べて俺達の数値が高すぎる。
「一応、こちらでもダンジョンの消失については確認を取るが、場所が場所なのでね、数日はかかる。 今日は簡単な話だけ聞かせてもらう」
眼光鋭く見つめられて、根掘り葉掘り事情聴取をされた。
威圧されている気分だ。
向こうもそのつもりだとは思うが。
話の内容は、もう一人いた秘書さんみたいに控えている男性が取ってくれているようで、忙しそうに筆を動かしている。
正直、話す義務があるのかどうかわからないのだが、まぁいいやと当たり障りがないところで適当に答えていく。
最後に、キマイラの倒した手段について聞かれたのだが
「それって話す必要はありますか?」
「なんだと?」
支部長さんの眼光が一層鋭くなる。
「ギルドの協定に、技術の秘匿の権利というものがあったはずですが?」
「…確かに、答える義務はない。 だが、キマイラともなると話は別だ、あれは歴史上何度も都市や国家を恐怖のどん底に陥れたような災厄のモンスターだ。 特に後ろめたいことがないのなら、話してほしいのだがな」
こちらを威嚇しながらも、何かを探るような目だ。
正直何を考えているのか分からない。
苦手なんだよなぁこういう人、うちの学校の教頭と同じ話し方するし…
だから、逆に攻撃してみることにした。
この時は少しイライラしてたんだと思う。
今は少しだけ反省している。
まぁいざとなったら逃げればいいし、それくらいの力は持っていると思う。
ダンジョンに行って妙に強くなってしまったからか、力を持っていると自覚すると、人間って強気になれるんだなぁって思った。
「後ろめたい事、っていうのはどういうことでしょうか?」
「…君は素性が不透明だね。 ギルドに登録している情報も、虚偽があるのだろう?」
「そうですね…。 虚偽?ありますよ」
俺があっさりと認めると、ホーク支部長がわずかに目を見開いて動揺する。
「ですが、それって問題ありますか?」
「…問題がないと思うのかね?」
「思いますね」
これも即答で答える。
そもそも、冒険者の内情を知らないとでも思っているのだろうか? まぁこちらは18歳、3人ともが冒険者としてもかなり若い年齢だ。
しかも成り立てなのはもちろん確認済みだろう。
冒険者なんて、危険で流れ者の仕事をするものには、自分の内情を隠したがるものは結構多い。
そりゃそうだ、まともに働けるなら定職した方が断然いい。
もちろん、中には一攫千金を求めたり、英雄の冒険談に憧れたりという者はいる。
だが、そんなのは一部だ、どうしようもなくて仕方なく冒険者の道を目指したものの方が多いのだ。
中には違う国の犯罪者や、とある事情で亡命した貴族…なんてものまでいる。
そういやミューも一応貴族だな。
そんなものをすべてあぶりだしたらとんでもないことになる。
ギルドに出入りする冒険者の数は当然減るし、下手したら高度な政治的要因にすら成りえる。
だから冒険者ギルドは、冒険者の内情を詮索することはない。
だがそれは協定には書いてない。
協定には、内情の秘密を保護するとも、詮索するとも一切書いてないのだ。
これは一種の暗黙の了解で、タブーとして扱われている。
だから、特にこの国で犯罪を起こしたりしない限りは触れられることはない。
まぁ、調査くらいは入るかもしれないがね。
それでも、ダンジョンを攻略することができるほどの冒険者なんて希少だし、よほどの極悪人ではない限り、無碍に扱われることはないだろう。
ダンジョンボスは数がいれば倒せるものでもないのだし、攻略できるということは、数人で一軍に近い戦力を持っているという照明にもなる。
俺は今、支部長さんに対して、暗にそのタブーに触れるのか? と聞いているわけだな。
支部長さんがわずかに唇をかむのが見えた。
流石にこの会話の意図を正確に把握しているのだろう。
俺はその様子に、わずかにほくそ笑む。
別に隠したかったわけではない。
少し、意地悪したくなっただけなのだ。
「いえ、すいません。 正直まともに戦っても勝てないでしょう? だからちょっと卑怯な戦術を使用したので、恥ずかしかっただけなのですよ」
「卑怯な戦術?」
「えぇ…」
俺はキマイラ戦の説明をする。
大広間でふんぞり返っていたので、大広間内に大量に毒の霧を発生させて、そのまますぐに扉を閉めて土と石の魔法でふさいだと。
それ以外は秘密だ。
言う必要もない…というより、色々ばれたらやばすぎる。
プリムの合成魔法すらやばいのだから、話せるのはこんなものだろう。
まぁ、もし実際に誰かが同じように試し、失敗したとしても俺達には関係ない。
「……」
支部長さんの顔は唖然としている。
ん? なぜだ? もう少し突っ掛ってくるかと思ったんだが
「まさか…そんな手段でボスモンスターに挑む者がいるとは…」
「…外道の極みです」
あぁ…戦術の内容が、よほど思いに寄らなかったようだ。
今まで同じことをしたものはいなかったのだろうか。
というか、記録してくれてる秘書さんがぼそっと聞こえないように呟いていたが、それ聞こえてんぞコラッ!
一瞬秘書さんを睨んだら、青い顔して目を逸らされた。
あれ、もしかして俺のイメージが極悪人みたいになってね?
「それで、もうお話はいいでしょうか?」
もうさすがに疲れてきたので、いい加減、話を切り上げたかった。
「あぁ…そうだな確認が取れた後で、もう一度話を聞くことになるかもしれないが、今日はこれで結構だ」
今日は…ね
「あぁそうそう、それで素材はどうしたらよろしいでしょうか?」
「そちらはギルドの素材管理の担当の者に聞いてみてくれ、一応、私からも話は通して置こう。 先に言うが、数が数なので引き取れないものもあるかもしれない、ということだけ覚えておいてくれ」
「ええ、構いません」
「それから…・キマイラの素材はできれば納品してほしい、あるだけ引き取ろう。 査定はすぐに出せないので後日になるが…」
キマイラは災厄級のモンスターだが、その素材はドラゴンと同等で超高級素材がそろっている。
ギルドの買取りは即金の代わりに、かなりの手数料が取られる、キマイラの素材ともなれば結構な値段だ。
金が欲しいだけならどっかの商会と契約して卸すこともできる。
だが、その場合はギルドへの貢献にならないためポイントがたまらない。
だから基本的に冒険者に登録しているものは、ギルドに卸す。
「…考えておきます。 それでは失礼します」
だから、あえて今日は納品しないようにした。
そのまま振り返らずに支部長室を後にする。
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「あの者…いかように致しましょうか? …殺りますか?」
部屋から出た途端、ミューがそんなことを言いやがった。
ミューはだいぶお冠だったようで、その日、なだめるのにとても苦労したんだよ。
素材はほとんどが引き取ってもらえた。
剥ぎ取りもしていないのでだいぶ叩かれたが、それはしょうがない。
事前に担当の人にも言われたしね。
しかしすごい金額になったな…
特にクイーンアントの殻が高かった。
逆にミノタウロスはそれほどではない。
数が多すぎるので大まかな査定額の半額をもらって、あとは剥ぎ取り業者に見てもらってから査定額を修正するので後日ということになった。
ランクアップも査定後だそうだ。
前例はほとんどないが、少なくとも2ランクアップは間違いないだろうと言われた。
ここでもキマイラ素材の話をされたが、爪を何本かだけ渡し、貴重な素材なので少し持っておきたいんですよと、濁しておく。
別にあげてもいいんだけどね、単なる当てつけだし
あぁ、そうそう、俺達は基本的に『持ち物』に保存しているけど、この世界には魔法の袋という者が存在する。
大量の荷物を持つ際には、魔法の袋か次元魔法で収納空間を作り出して保存するそうだ。
ちなみに、魔法の袋は空間拡張しただけで、状態保存がきかないので時間が経過すると腐るが、次元魔法は空間保存でそのままの状態で保存できる。
ただし、次元魔法の使い手は結構少ないそうなので、基本的にはみんな魔法の袋を使っている。
俺とプリムは次元魔法が使えるので、事前にその中に素材を移しておいたので不審がられることはなかった。
まぁ素材の数が多すぎて目立たないことは無理だったが。
そんな事があって、非常に疲れ果て、宿に戻ってからはダンジョン内で決意していた通り、惰眠をむさぼることを決め、ミューにも休暇にすると、そう伝えていたのだが…・。
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「ユート様!早く毛布から剥がれてください!!」
「あと5分!あと5分だけだから!」
「子供か、あなたは!」
結局、俺の惰眠生活は3日目にしてミューがキレてしまい、終わりを迎える。