味方、仲間そして覚悟
「……うっ……」
わずかに聞こえる騒音。かすかに見える視界。
「けほっけほっ……うっ……」
なんか煙たいな……咳止まんない……
やっと起こした上体は手足が縄で縛られていた。
「けほっ……うわっキッツ……」
きつく縛られているようだ。とてもとれそうにない。
……てゆーか、
「ここどこ――――――――――――――――――――っ!?」
「ごほっごほっ……まっ、たく。君も……随分ずる賢くなったんだね?」
「……少なくともお前よりかはましだと思ってる」
本当にずるいのはお前だろ、と風花は男に吐き捨てた。
「僕まで爆薬の被害に遭うなんて、想像してなかったね」
「それが一番手っ取り早い。三人で煙の中に入れば、誰も鈴に手を出せないと思ってね」
それは本当。どうせならみんなで爆薬かぶっちゃえって思った。まぁ、鈴には悪いけど。
「……君はいつから紅 鈴音のことをそんな呼び方するようになったのかな?」
「別に深い意味は無い。紅氏の都に行ってから調子狂いっぱなしよ」
そうよ、別に意味なんて――
「……あんた、紅 鈴音って言ってるけど違うわよ」
「どういうことかな?」
「あいつの名前は、紅 鈴。でも桜子だけが鈴音って呼んでる」
「そこまで気にすることでもないんじゃないですか? たかが名前で」
……それもそうか。というよりも!
「そういえばあんた! いい加減名乗りなさいよ!」
「あぁ、そうだった。僕の名前は雪継、失礼したね」
そして雪継は続けた。
「それはそうと……紅 鈴はどうする気なんだい?」
「あのまま置いておくしかないでしょう」
「そうじゃありませんよ。僕と君、どちらの手柄にするんだと言っているんですよ」
……まずい、そこまで考えてなかった。あの時はただ単に雪継に鈴を渡さないように、爆薬を爆発させた。つまり、その場しのぎだったのだ。
“それでもやるかい? 僕との、勝負”
――まだ決着はついてない。それなら、
「雪継、あたしと勝負しなさい」
「え?」
「――第二試合よ」
*
「まだ見つからないのか!?」
「はい……今できる限り大人数で捜していますが……」
真次は心底苛立っていた。
「ったく……どこ行ったんだ……!?」
――鈴が消えたのである。
幸いにも体制を整えていたため、紺氏の襲撃には耐えられた。そして今まさに戦いの真っ最中だ。
しかし風花の元へ行ったのを最後に、鈴は姿を消してしまった。もちろん、風花と共に。
「……まさか――……」
“君も馬鹿だねぇ、大馬鹿だ”
“雪継! どういうつもりだ!”
まさか、そんな訳。あれは昔のことだろう。
「……戻ってこいよ……」
真次は強く願った。
「はぁっ……」
多分これは今までで一番大きいため息だ。もうどれくらいここにいるだろう。
“あなたを誘拐させてもらう”
どうやら風花の言葉は本当だったようだ。でも、だったら。
「なんのためにこんなこと……」
カサッ。
誰かが動く気配がした。思わず鉄格子から外を見る。
「……風花っ……!?」
「なっ……お前……」
外には風花ともう一人、男の人がいた。
「風花っ、ねぇ聞きたいことが山ほどあるんだけど!」
「……もし大介様が来たら言っといて。あたしと雪継は、紅氏の都に行ったって」
「風花……どうして?」
風花は何も言わない。私はさらに言う。
「どうして行くの? 今行ったら死んじゃうよ!」
「へっ!?」
風花が目を見開いて驚いたように声を上げた。だってそうでしょ? 戦場の中に女の子が飛び込んでいったら……
「……あなた馬鹿よ」
「え?」
「大馬鹿」
ど、どういうことそれ? 何で馬鹿!?
私が混乱している間に、風花と男の人は走り去っていった。
「……すごいわね……」
予想以上の大軍だった。紅氏の都の前では、激戦が繰り広げられている。
「当たり前ですよ。これでここの土地の所有者が変わるかもしれないんですから」
「えっ!? そうなの!?」
雪継の言葉に風花は大声で叫んでしまった。辺りを見回すが気付かれていないようだ。
「知らなかったんですか? もしこの戦いで紺氏が勝てば、紅氏の土地も紺氏のものになります」
「……そう……」
なんだか納得いかない。それがなんでなのかは分からないけど。
「……紺氏……勝てるのかしら……」
「何を今さら。勝つに決まっているでしょう」
「だって前に襲った時は引き返したのよ」
「それは紅 鈴のせいでしょう? こちらの予想に反した考えをもちだしてきた」
それに、と続ける。
「今はいないんですよ、そいつが」
返す言葉が見つからない。
「……なんだか、君も変ですねぇ」
「え?」
「どちらの味方なんだか、たまに分からなくなる」
……味方――……
「……あたしには大介様が何を考えているのか、分からない」
「そんなの僕にも分かりませんよ」
鈴を紺氏側の人間にしてどうするのか。ただの人質だったらこんなことしないだろう。
「あたしって……」
あたしって大介様にとってどうでもいい存在なのか。だったらどうしてあの時――
“私のところへおいで”
“嫌よ”
――私にだって誰かを助ける権利はあるだろう?
「……行きますよ」
雪継は風花の声が聞こえたのか、聞こえてないのか。聞こえたとしても知らないふりをしてくれたのか。
風花は雪継と紅氏の都に入っていった。
「領主様」
「……秀広?」
秀広は真次に声をかけた。
「……鈴は……」
「まだだ。見つからない」
「そうですか」
言いつつ戦場の様子を窺う。……まさか。
「……死んでないですよね?」
どうしても一番気になるところを言ってしまう。
「死ぬ訳ないだろ? 鈴のことだ、きっと何事もなかったような顔で帰ってくる」
確かにそう考えたい。でも、真次らしくない発言だ。前までならもっと現実的な答えを出しただろう。
「あいつが死んだら……私は誰にも合わせる顔が無い」
“お前は絶対に死なせない”
あれは約束と呼べるものだったのだろうか。
「……らしくないな」
「え?」
「前ならそんなこと言わなかっただろ」
“鈴がいなかったらお前は昔のままだったよ、きっと”
今ならその意味が分かる。
「兄貴」
「ん?」
「あんたも鈴のせいで変わったな」
しばらく秀広を見つめ、
「そうか」
やっぱり――
「らしくないな」
*
風花は裏口から紅氏の都に潜入した。
“ここからは別行動です、分かりますね?”
“ええ、勝負ですもの”
雪継とは少し前に別れ、そして勝負が始まった。
前に鈴に教えてもらったおかげで、紅氏の都の地図は頭に入っている。
――今度こそは。
「おい、秀広」
「はい?」
さっきまでの兄弟の会話は終わったらしく、真次は声が変わった。そして秀広に問うてくる。
「鈴の代わり、いるんだよな?」
「え? いる訳ないでしょう。鈴って人間は一人しか……」
「そうじゃない」
何がだ? と秀広は眉間にしわを寄せた。
「――桜様の警護」
返事するよりも先に、秀広は駆け出した。
雪継は桜子の部屋の前にいた。
こんこん、と戸をたたくと中から返事が返ってきた。
「……どちら様ですか?」
「……鈴は今行方不明です。私はその代わりに桜様の警護を――」
「必要ありません」
戸の向こうから強い声が返ってくる。
「わたくしの警護は鈴音様以外に務まりませんわ」
……面倒な奴だ。仕方がない、強行突破か。
雪継が戸に手をかけた瞬間、
「そこを動くな!」
とっさに振り返る、が――少し遅かった。
やっと相手の顔を確認できた時には、床に押し倒され頭に刀が突きつけられていた。
「……貴様……紺氏の回し者か!?」
「少なくともあなた達の味方ではありませんね」
「……ちっ……」
その男は不機嫌そうに雪継の顔を見た後、桜子を振り返った。
「桜様! ご無事ですか!?」
「はい……」
「……嘘……」
風花は思わず声をもらした。ぎりぎり見えるか見えないかの位置から風花が見ていたのは――
「お前、何が目的だ」
雪継が捕まっているところだった。
「別に目的なんてありませんよ」
「じゃあどうして入ってきたんだ」
どうしよう。まさか雪継がこんなことになるなんて。
「ちょっと迷ってしまいましてね」
「ふざけてるのか!」
このままだと大介に雪継が捕まったというのがばれる。そうなったら雪継は――
“大介様に首を切られたくなければ――”
間違いなく終わりだ。
風花は迷うことなく飛び出していた。
ボン!
――あの時と同じ、爆薬。本当は桜子を連れ去る時に使うつもりだった。
「雪継!」
風花は雪継の腕を引っ張り、全速力で走り出した。
「けほっ……けほっけほっ……」
風花は安全なところに駆け込むと同時に転がり込んだ。
「はぁ……雪継、大丈夫!?」
「ごほっ……ん、なんとかね……」
「……よかった……」
急に安心して力が抜けた。すごく疲れた気がする。
「……君、どうして僕のことを……」
「どうしてって……仲間が困ってたら助けるのは当たり前でしょう!?」
「ふっ……仲間? 僕がですか?」
「そうよ、あなただって紺氏の一人でしょ?」
「……そうだね。でも君は馬鹿だ」
大馬鹿だ、と雪継が吐き捨てる。あんたに馬鹿呼ばわりされる覚えないわよ、と返すと雪継は苦々しげに口を開いた。
「僕のことを助けずに逃げればよかったものを」
「そんなことしたら最低じゃない」
「僕は君にひどいことをしてきたんですよ?」
「それはそれ、これはこれ。今は関係ないわ」
はっきりそう言って立ち上がる。そして雪継に手を差し出した。
「ほら、早く行かないと置いていくわよ」
「……どうせそんなこと出来ないくせに」
余計なお世話、とふくれる風花の手を取り雪継は立ち上がった。
「……馬鹿者が……」
「私もそう思います」
大介、と名乗った人の意見に私は賛成した。
「あんな戦場に飛び込んでいくなんて、いくらなんでも無茶です」
「そういう意味ではないよ」
大介さんは私を見据える。
「私に従わず、勝手な行動をとるのが馬鹿だと言っているんだ」
「……命の方が大事だと思いますが?」
私は精一杯大介さんをにらんだ。どうやらこの人が紺氏の中で、一番偉いらしい。
「そんな奴らの命の心配までしてたら、こっちの身がもたない」
……そして物凄く私と相性が合わないようだ。なんて奴!
「……一つ聞きたいことがあります」
「なんだ」
「風花はどうして私を誘拐したんですか?」
「私が命令したからだ」
「……風花はそんな人じゃありません!」
「うるさい!」
怒鳴り声が狭い空間に響く。
「風花は紅氏の人間です!」
「……あっはっはっはっ!」
今度は急に笑い出した。
「ふん……そんな訳無いだろう? 風花は紺氏の人間だ!」
「――え……?」
……嘘だ。だって風花は――
「紅氏の都に行ったのも全て、作戦の内。当たり前だろう!?」
……違う。そんなことある訳――……
「大介様!」
「どうした」
「戦場にいる者からです。風花と雪継が紅氏に捕まったと――」
「……ちっ……やっぱりか。放っておけ、殺しても構わん」
「なっ……何言ってるの……!」
思わず大介に言った。――もう許せない。
「さっきから聞いてれば、自分の仲間を大切に思ってない! どうしてそんな無神経なことが言えるの!?」
「黙れ!」
肩を思いきり蹴り飛ばされる。
「黙っていれば使えるものを……喋れば言いたい放題だ。お前は犬か!」
――何よこいつ。マジあり得ない!
「せっかくお前を紺氏の一人にさせてやろうとしたというのに」
「……はぁ?」
「お前には並外れた才能があるようだな。どうだ、私に仕えさせてやってもいいんだぞ?」
……目的はそれか。そのために風花を使ったのか。許せない。
――風花は私が守る!
「……いいけど、一つ条件がある」
「条件?」
「風花達を生きたままここに連れて来て」
「何を――」
「正反対の路線変更をするんですよ? それくらいの条件が無いと、私は動かない」
「……ちっ……」
大介は少し迷ってから、家来に命令を出した。
「おい、風花達を連れて来い! 殺すなよ!」
*
「雪継、大丈夫……?」
「……君こそ……」
あれから風花と雪継は結局紅氏に見つかり、そのまま捕まってしまった。
「……悪かったね……僕のせいで……」
「あんたが謝るなんて珍しいわね」
――あぁ、もうこれで。
「……あたし達も終わりね」
「そうみたいだね」
ガラッ。
「風花、雪継! いるか!?」
――え。
「お前たちを迎えに来た。大介様のご命令だ!」
……そうきたか。ここでは殺さないって訳ね。
「行きますか」
「えぇ」
風花と雪継は立ち上がり、覚悟を決めたのだった。