迫る危機
都は相変わらず慌ただしくなっていた。紺氏の襲撃に向けて、準備が行われていたのである。
「……あの挑発文が送られてきて三日か……」
私の隣で領主様がつぶやいた。
「何か向こうに考えがあるんでしょうか?」
「多分そうだろうな。でなければこんなことするはずが無い」
確かに。挑発文を敵に送るなんて、相手の守備・攻撃力を上げるだけなのに……本っ当、紺氏ってひねくれてるよね。何考えてるんだかさっぱりだし!
心の中で不満をこぼしていると、
「もしかしたら……何か狙いがあるのかもしれん……」
「狙い?」
「ただ襲ってくるだけならこんなこと……」
さすがの領主様も、その狙いがなんなのかまでは分からないようだ。
「この都にお宝みたいなのでもあるんでしょうか……?」
「いや、それは無い」
物じゃない。だとすると……――
コンコン。
ふと、ノックが聞こえた。
「領主様、来客が来ております」
「来客?」
その言葉に領主様が顔をしかめる。
「はい、鈴を呼んでいます」
「えっ私!?」
思わず女々しい声を上げてしまい、我に返る。
「あっ、私ですか?」
「あぁ……遠いところから来たみたいだけど……」
「分かりました。行って来ます!」
「待て!」
領主様に呼ばれて足を止める。
「来客なんて一番怪しいだろ! もし紺氏の回し者だったらどうするんだ!」
「まぁ……その時はその時?」
「馬鹿か! おい、そいつは男か!?」
「いえ……若い女でした」
「なんだって!?」
少し悩んだ領主様は、顔を上げて言った。
「……分かった。鈴、行って来い。その間念のため私達は戦いの準備をしておく」
「了解しました!」
そして私はその来客の元へ走り出した。
「……お待たせしました」
少し息を切らしてやっとそれだけ言った。
「……やっと……会えました」
その女の人は私の姿を確認すると、そう言って優しく笑った。
……この人……誰?
「あの……どこかでお会いしましたか?」
青くて長い髪。白い肌に華奢な体。桜様に負けないくらいの美少女だった。私の記憶が正しければ、の話だけど初めて会った。
「いえ……ごめんなさい。あたしの一方的なことなんです」
「は、はぁ……」
そしてその子は私の側に一歩歩み寄り、
「実は……町でお見かけした時からずっと好きでした!」
「――え?」
えーと……これはいわゆる告白というものですか。
「その時からずっとあなたのことが忘れられず……迷惑だと思ったのですが都に押しかけてしまいました!」
ちょ、まっ……待った。ストップ! 何このシチュエーション!?
「もしよろしければ……あたしを……その……」
まずい。これはいけない。最終的にどうしろって言うんですかこの状況――!
「あたしにこの都で働かせて下さい!」
……へ。
「え、ええ……と……」
「だめならいいんです。おとなしく帰ります!」
「いや! そうじゃなくて!」
~十分後~
「要するにここで働きたいと」
「はい、お役に立てることならなんでもします!」
「……まぁ、いいんじゃないのか? なぁ、鈴?」
「そ、そう……ですね……」
はい、めんどくさいことになりました。ものすごくめんどくさいことになりました。
ていうか領主様がこんなにあっさりオーケー出すと思わな……
「じゃあ、って訳で今日からお前はこの子の教育係だ」
「ええ!?」
「お前をわざわざ訪ねて来たんだ。お前が面倒見てやれ」
「は、はい……」
うれしいような……うれしくないような……
*
「本当にごめんなさい。迷惑でしたよね……」
「いえ、大丈夫です」
って大丈夫な訳ないでしょー! なんでこうなるのよぉっ!?
でも……こんなかよわい女の子、追い返す訳にもいかないし……
「あ、そういえば私の名前言ってませんでしたね。私は紅 鈴。よろしくお願いします」
「こちらこそ。あたしは風花と申します」
「……名字は無いんですか?」
「ええ、どこにもお仕えしていない普通の町人なので」
「あっ……そうですか」
会話が途切れ、何か話題を探す。
「あの、女性の方に聞くのは失礼かと思いますが……いくつですか?」
「あたしは十三歳です」
「なんだ……私と一緒か」
少しホッとして思わず笑顔になった。
「えっ、十三歳なんですか!?」
「あぁ、そう。君もなんだね」
危ない危ない。ため口になると女々しい口調になりやすいから注意しよう。
「よかった……あんまり同じ歳の人が周りにいなくて……」
「そうだね。私もよかった、君と一緒で」
「ほっ……本当ですかっ!?」
「あ、敬語無し。普通でいいよ、同い年なんだから」
「あっ、ごめんなさい」
「じゃあまず都の中を案内しようかな。それでいい?」
「え……えぇ、よろしくね」
「おいっ、見ろよ!」
「どうしたんだよー、落ち着けって……」
「鈴が可愛い女の子連れて歩いてるぞ!」
「えぇっ!?」
その声で周りにいたほとんどの人は目の前の光景に驚いただろう。
「嘘だろ……鈴に女がいたのか?」
「なんかよく分かんないけどそうみたいだな……」
ざわざわとする野次馬の中から秀広は抜け出し、そして言った。
「お前らあんまり騒ぐなよ。鈴にこの騒ぎばれたら怒られるだろ……」
「なんだよ! お前だって気になるくせにー!」
その一言は余計にその場を騒がしくしたのだった。
「本当なんだな? 雪継」
「えぇ、おそらく……風花は紺氏を裏切るつもりかと……」
――というのはもちろん嘘である。いくらあいつが馬鹿だとしても、そんな真似はしないだろう。これは大介様を揺さぶるための口実だ。
「……まぁ、少し様子を見ることにしよう。まだ確信は持てぬからな」
おそらくあいつの作戦なのだろう。紅氏の都に潜入し、紅 鈴音に接近する。そうすれば紅氏の情報も耳に入るし、うまくいけば紅 鈴音を連れ出すことだってできる。あいつにしてはよく考えたことだ。……しかし、ばれた時は終わりだ。おそらく帰ってこれないだろう。
――僕が勝つに決まってるじゃないか。
「……馬鹿め……」
雪継は大介に聞こえない声で、風花への不満をこぼした。
*
紺氏からの挑発文が送られてきてから、五日が経った。
「おはようございまーす」
「どうした。やけに機嫌いいな」
「そりゃあもう、怪我が完治したんです!」
ほら、と秀広さんに右腕を見せる。元気ピンピンのルンルンでーす!
「これで桜様の警護も心配ありません! 任せて下さい!」
「てか、お前自体に任せられない要素ありすぎて怪我どうこうの問題じゃ……」
「うわっ! それって軽い人種差別!?」
まぁ、これからはちゃんと頑張らないとねー!
「……お前、行かなくていいのか」
「え? どこにです?」
「あの……名は知らないが……新入り」
「……あ、風花! ……教えることは全部教えたし、もういいかなぁって……」
「一緒にいてやればいいじゃないか。冷たい奴だな……」
「えー……」
だって一緒にいたって何話せばいいか分かんないし……
「どうするつもりだ」
「え?」
「あの子……お前のこと好きなんだろ」
「な、なんでそれを!?」
さては盗み聞きしたな!? ていうかその前に私がそのこと忘れてたぁ~……
「うーん、やっぱり働きたいっていうのは断れないけど……でももし、もう一度私にその……好きって言ってきたらその時はちゃんと言おうと思って」
「言うって……お前の性別をか!?」
「いやいやいや! そんなこと言ったらかわいそうじゃないですか! だから……ごめんって言おうと……」
そうですよね。私女だから、なんて言える訳……
「まぁ……それならいいんじゃないのか、一緒にいてやっても」
「……そう、ですかね……」
うん……そうだね! きっと風花だって不安なこといっぱいあるはず!
「じゃあ私風花のとこ行って来ます!」
「……おう」
そしてそのまま駆け出した。
「……お前も成長したな」
鈴の姿が見えなくなった後、秀広はつぶやいた。
「……疲れたぁ……」
風花は思わずそうこぼした。
はっきり言って情報屋の仕事より疲れる。服だって動きにくいし、髪もおろしたまんまだし。
“受けるわ、その勝負”
あの一言がここに来る原因になったと言っても過言ではない。
「……全く……」
あの男のせいであたしはこんな雑用を! まぁ、自分がこんな作戦立てなければいい話なんだけど……
「風花!」
いきなり背後から呼ばれた名前。もちろんその声の主は――
「お疲れ。ちょっと休憩したら?」
紅 鈴だ。
「あっ……え、えぇ。ありがとう……」
そういえばこいつの名前には疑問がある。
――前に桜子とこいつが話をしていた時だ。桜子はこいつのことを「鈴音様」と呼んだ。しかしこいつは自分の名前を「紅 鈴」と言う。だったら、一体どこから“音”はきたんだ。
そのせいで大介様もあの男も風花も、こいつの名前は「紅 鈴音」と思っていたのだ。
「どうした? ぼーっとして……」
「あ、ううん。なんでもないの」
ったく、本当に意味分かんない奴……
こいつのことが好きって嘘をつくなんて、我ながらふざけるな!
「仲いいよな……」
「鈴だけずりぃよなぁ~、あんな可愛い子……」
「だからお前らなぁ……」
しつこい野次馬に秀広は言葉をかける気力も失せた。……優しく見守るっていうこと出来ないのか、お前らは。
「あら、どうしたんです?」
ついに桜様まで来てしまった。
「あぁ……なんか鈴を訪ねて来た女の子がいて……」
桜様に説明をすると、
「え、あの子ですか?」
と、割と興味を持ったようだ。……まさか、桜様まで野次馬にならないよな?
「へぇ……そんな人が……」
桜様はそう言って鈴と風花の会話を聞いているようだった。
「……で、領主様に怒られちゃってさぁ……」
「あはは、それはちょっとしょうがないよねー」
二人はもう仲良く話している。ふと横を見ると桜様が思いつめたような顔をしていた。
「桜様?」
思わず声をかける。
しかし桜様は返事をすることなく去っていった。
*
「……そろそろだな……」
紅氏に挑発文を送ってから一週間。ついに大介は攻めることを決めたのだった。
「領主様ー! 私今日は疲れたんで早めに寝……あれ?」
それは夕食を食べ終わった直後だった。今日は疲れたから早く寝ます! ってゆー報告を領主様にしようと思い、部屋の戸を開けた。しかし、そこに領主様はいなかったのである。
「どこいっちゃたんだろう……」
もう、捜すのめんどくさっ。でもそうしないと寝れないしなぁ……
仕方なく、領主様捜しの旅へ。
「あ、秀広さーん!」
「……なんだ」
「領主様見ませんでした? 今捜してるんですけど……」
「……そういえばさっきあっちの方に……」
「ありがとうございます!」
秀広さんが指さした方向へ向かった。“あっち”というのは中庭のことだ。
生い茂った草に、上を見ると夕焼けの空。そんな中庭の真ん中に領主様はいた。
「あっ! 領主様っ!」
はぁっ、なんで今日に限ってこんなとこにいるんですか! 秀広さんに訊いたからすぐ見つかったけど、そうじゃなかったらかなりめんどくさいことに……
「領主様? 何してるんですか?」
領主様は上を見上げ、何かを捜しているようにも見える。
「……来る」
「はい?」
「今日は満月だ、きっと今日来る」
「え、な……何がですか?」
「馬鹿! 紺氏に決まってるだろっ!」
「……え――――――――――――――――――――!?」
「……今日ね」
風花は空を見上げながらつぶやいた。
――そう、大介が大事な決断をするのはいつも……満月の日だった。
「今日が勝負よ」
あの男との決着をつけてやる。
「風花!」
その声とともに鈴が後ろからやってきた。
「……鈴……どうしたの?」
「大変なんだ! 今日、紺氏が攻めてくる!」
息を整えて鈴が言う。
「今……体制整えてるけど、私は今から桜様の警護につくから! 風花はみんなのとこ、」
「へぇ」
随分大変ね。あたしはそんなの関係ない。
風花はせいぜい挑発するつもりで相槌を打つ。
「へぇって……! 大変なんだよ、早く!」
「その必要はないわ」
「えっ?」
鈴は訳が分からないという顔をして風花の方を見ている。
――そりゃあ分からないでしょうね。
「あなたを今から誘拐させてもらう」
「風花? ……何言って――」
その瞬間、鈴の目の前に煙が出る爆薬を投げた。――つもりだった。
「やれやれ、君も学習しない子だ」
投げたはずの爆薬は――
「紅 鈴音は僕に渡してもらおうか」
「お前、またか!」
あの男の手の中におさまっていた。
「くそっ……汚いぞ!」
「そういうものじゃありませんか。それとも僕がそんなに正統な人間だとでも?」
すると鈴が耐えかねたように口をはさむ。
「え……と、ちょっと待って下さい。全く状況呑み込めな……」
「お前は黙ってろ!」
風花は男と同時に、鈴に向かって言い放った。
「大介様に首を切られたくなければ僕に渡して下さい。さぁ!」
「……ちっ……」
さぁ、どうするあたし。ここでこの男に鈴を渡しても渡さなくても、大介様に首を切られるのは目に見えている。――だったら。
「……なっ……何をする!?」
風花は男に思いきりぶつかった。そして、
ボン!
爆薬をその場で爆発させた。