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いろはにほへと  作者: 月山 未来
夏至―立秋の章
6/30

それぞれの想い

「お前を今日限りで鈴の教育係からはずす」

 その言葉を理解するのに、一体どれほどの時間がかかっただろう。相変わらず真次は秀広をまっすぐ見据えていた。

「……納得できません。理由を教えて下さい」

「お前が一番分かっているだろう。誰かを想う気持ちほど、美しく恐ろしいものは無い」

「どういう意味でしょう?」

「お前の鈴に対する気持ちが紅氏全体に迷惑をかけると言っているんだ!」

 秀広は思わずびくっと肩を震わせた。真次に怒鳴られた中で一番大きい声なんじゃないかというくらいだ。そして真次はそのまま続ける。

「別に鈴を好きになったのがどうこうという問題じゃない。お前が誰を好きになろうと、嫌いになろうと構わない」

 でもな、と言葉をつなぐ。

「その感情で鈴を戦いに出すとき不自由が生じるなら……分かるな?」

「確かにそれは分かります。しかし私はそんな真似しません」

「今のお前にそれを言われても説得力に欠けるな」

 すると真次は優しい表情になった。

「お前、自分でも分かってるだろ? お前は……あの頃と比べて随分変わった」

「比べないで下さい。そりゃあ昔と今が変わって当然でしょう?」

「いや、鈴がいなかったらお前は昔のままだったよ、きっと。……なぁ、秀広」

 急に自分の名前を言われて少し驚く。いや、本当は自分のなんかじゃ。

「お前、昔のこと忘れた訳じゃないよな?」

 当たり前だ。忘れるなんてとんでもない。むしろ、あの頃の記憶は今も鮮明に覚えている。

 “真次‼”

 “……兄さん……”

 思い出したくもない記憶だ。でも、忘れてはいけない。

「……もちろん、覚えてますよ。はっきりと」

「そうか……よかった」

 よかったの意味が分からず、真次の言葉を待った。

「いや、今のお前を見てると昔の面影が消えて無くなりそうでな。たまに不安になる。秀広は昔のこと覚えているだろうか、って」

「……忘れる訳ないだろ。あんなこと、二度とやるもんか」

「私はちょっと好きだったけどな、昔のお前も」

 それは、珍しい秀広への“兄”としての言葉だった。

「さぁ、って訳で分かったな? まぁ、個人的に鈴とやり取りするのは全っ然構わないんだが」

「……余計なお世話ですよ」

「しかし、好きな人ができるなんて……お前も男になったなぁ!」

 いきなり頭を撫でられてギョッとする。

「何すんだ馬鹿兄貴!」

「ふはっ、やっぱお前変わってないかも」

 そう言って笑った兄の顔は、いつもより優しかった。


                  *


「さて、どーしよーかなぁ……」

 もちろん、私が悩んでいるのは秀広さんのことである。てゆーかさー、どうするも何も、ね。素直に言うべきだよね。秀広さんがちゃんと素直に言ってくれたんだし。うん、そうだー。

 コンコン。

 そんなことを考えていると、戸をたたく音がした。

「はっはい!」

「……鈴音様」

「あっ、桜様!」

 うわー、うれしい! 今モヤモヤしてたから……

「よかったです無事で……安心しました」

「おかげ様で……って言うべきですかねー」

「わたくしは何もしていませんよ」

「でも……桜様がいてくれなかったら、私ここまで頑張れなかったですよ?」

 これはホント。私にとって桜様の存在は、とっても大事だから。

「……うれしいです。鈴音様の力になれていると思うと」

「ふふっ、泣いてくれるほど私のこと心配してくれましたしね?」

「えっ!? ど、どうしてそれを……!?」

 あわあわと桜様は顔が真っ赤になった。

「秀広さんから聞きました。……ありがとうございます、私うれしかったです」

「……鈴音様……」

 こんなに心配してくれる人がいるんだなぁって安心したもの。

「あ、それではわたくしは失礼します」

「あっ、はい。ありがとうございました!」

 笑い返して桜様を見送ろう! ……と、ちょっと待った!

「あのっ、桜様」

「え、はっはいっ」

 再び私の側に来て不思議そうに首をかしげている。

「……あの、秀広さんに私が呼んでたって伝えてもらえますか?」

「え?」

 桜様が訊き返した。あれ、聞こえなかったのかな?

「秀広さんに私が呼んでた、って言っといてもらえますか?」

 桜様の袖をぐいっと引っ張ってもう一度言う。

「えっ……あ、はい!」

 すると桜様は顔を赤くしてあわあわと返事をし、

「し、失礼しましたっ!」

 そのまま部屋を出た。

「……どうしちゃったんだろうー……?」

 私に残った疑問はもちろんその一つだった。


「……紅……鈴音――……」

 風花ふうかがつぶやいた言葉は風に乗ってすぐに消えてしまった。

 紅 鈴音。紺氏を追い返す、ただ一人の実力の持ち主。そんな奴とこの都を治めている桜子の会話を聞くのがあたしの役目。いや、はっきり言って人物などどうでもいい。

 “向こうの情報を拾ってこい”

 それがあたしの役目なのだから。

 愛想なんてあの人には無い。それでもあたしがあの人に従ってしまうのはなぜだろうか。紺氏の頂点に君臨し、相手に有無を言わせない指示をだす。それがあの人。

「……そうよ……」

 あの人の側にいるだけで十分じゃない。自分にそう言い聞かせ、風花は木から飛び降り、そのまま紺氏の都へ向かった。


                  *


「……という訳で異論は無いな?」

 部屋に響き渡る領主様の声。この部屋では作戦会議の真っ最中だ。

「はい! 異議あり!」

「それでは会議を終……」

「って聞いて下さいちゃんと!」

 普通にスルーされそうになって慌てて食いつく。

「……なんだ」

「どうして私が桜様の警護なんて大役任されなきゃいけないんですか――――――!」

「お前、相手とまともに戦ったら今度こそ即死だぞ」

「だからって……!」

 そんな大事な役目は他の人にやってもらえばいいのに。内心不安でしょうがない。

「決まったもんはくつがえすな。いちいち世話が焼ける……」

 ため息混じりの声に少し反省する。そうだよね……せっかく任せてもらったし……

「とりあえず解散だ、解散」

 そう言った領主様は私に視線を戻した。

「鈴、話がある」

「え、はっはい」


「……なんですか、話って……」

「うむ。お前、本気でやりたくないって思ってんのか?」

 部屋の外に連行され、そのまま立ち話だ。

「え、それは……」

 別に桜様のこと嫌いじゃないし。戦うよりかは体力温存できる。

「お前にしかできないと思うんだが」

「なっ……なんでですか! 私である必要ありますか!?」

「女の方がいいんじゃないのか?」

 不意打ちだった。

「……それは……」

 どうして領主様はそのことを確信したのだろうか。

「……お前が女だってことは、すぐ分かった」

 私の気持ちが分かってか、領主様がゆっくり言った。

「まぁ、経験上すぐに分からないと領主失格だな。ただそれだけだ」

 ってことは、と領主様は続ける。

「あんまり素で行動してると、その内相手にもばれるぞ。紺氏だって今まで我々と散々戦ってきたんだしな」

 確かに。……もし私が女ってことがバレたら、多分タダでは済まない。

「言いたいこと分かるな?」

「……はい、これからは行動と発言に気を付けます」

 あっ。

「あの、桜様の警護のこと……」

「ん、頼んだ」

 ……ですよね。


                  *


「それはまた随分と無茶な……」

「ですよねー! 領主様ってば……」

「いや、そんなこと引き受けたお前がな」

「そんなに心配してくれなくてもー」

「いや、お前にそんな才能ないだろ」

 ニ連発できましたか。よくも好きな人に向かってそんなこと言えますね!?

「で、お前の話ってこのことなのか?」

「あぁー! 違います! これはまぁ雑談ですよ!」

 そうだったー。本題ありましたぁ!

「……返事……か?」

「あっ……はっはいっ。そうです!」

 はっきり“返事”って言わないでぇー! てゆーか私の出した結論って、返事と言えるものじゃないと思いますよ……

「……で?」

「えぇ~と……その、あのぉ……ですね……」

「まずいいのか悪いのかを先に言ってもらいたいんだがな」

 え!? いいか悪いかって……どっちでもない場合どうしたら……!

「あ、あの。私っ、今まで秀広さんのこと恋愛対象として見てなかったです!」

 あぁー言っちゃったー。どうしましょー!

「……そうか、分かった」

 そのまま背を向けて歩き出しそうになった秀広さんを、慌てて止めた。

「いや! あの、つまり! 私今まで男として生活してたので! 恋愛って男女がするものじゃないですか! だから秀広さんがどうこうとかそーゆー問題では……!」

 だから、と言葉をつなぐ。

「恋愛する余裕無かったし……てゆーかその前にする気も無かったし……なので秀広さんのことちゃんと知ってからじゃないと……」

「分かった! 分かったから!」

 今度は逆に秀広さんに止められる。

「まっ……待って下さい! だからそのっ……今はとりあえずごめんなさい!」

 一気に言い切り、秀広さんを見る。あぁ~……もう戻れません……

「……やっぱりお前はお前、だな」

 私は私? なんですかそれはー!

「ありがとう」

 最後にそれだけ言って、秀広さんはこの場を去った。


                  *


 風花が紺氏の都に戻った頃、戦いの準備が着々と進んでいた。

「ただいま戻りました」

「おう、どうだ。向こうの情報は?」

「はい。紅氏は戦いの準備には取り掛かっていないようです。おそらく紅 鈴音という人物が重傷だからだと……」

「……お前、ふざけてるのか?」

「え……?」

 急に変わった口調に硬くなった顔。それが何を意味するのか分からなかった。

「そんな嘘が通用すると思ってるのか!」

 怒鳴り声と共に強い衝撃が頬を襲った。

「……どういう、ことですか……あたしは、」

「うるさい黙れ! お前が持ってきた情報は嘘だと言っているんだ!」

 え――? ……それは一体、どういうことか。

「あたしは紅氏の都に行って……見て聞いたことをそのまま――」

「だからそれが“偽り”なんだ!」

「……“偽り”……? 意味が分かりません! ご説明を……」

「分からないのか?」

 今度ははっきりとした声に変わる。

「まぁ分からないだろうな。お前のような無能の人間には」

 そして大介だいすけは言った。

「――お前に一度だけ機会を与えよう」

「……機会……?」

「これから紅氏との戦いが始まる。その時に紅 鈴音を連れて来い。どんな手を使ってもいい。必ずだ!」

 そのまま肩を突き飛ばされ、部屋から出るように命じられた。


 ――分からない。どうしてだ、どうして大介様はあんなことを――

「くっくっくっ……」

「だっ……誰だ!?」

 笑い声が聞こえ、風花はとっさに腰の刀に手をかけた。

「……みじめだねぇ、君も」

 声がする方を向くと、それは木の近くだった。

「誰だ貴様!?」

「そんなに威嚇しなくても。まぁ、仲良くしましょう」

 その男は口元で軽く笑った。――誰だこいつは。

「僕は大介様に仕えているのです。君と同じですよ」

「そんな訳無いだろう! あたしがお前と一緒だなんてふざけるな!」

「……そうですね。君と一緒というのは少し冗談がすぎました。君と同類だなんて、僕の自尊心が許さない」

 なんだこいつは。急に出てきておまけに人を見下して!

「でも情報屋というのは同じです。そして大介様にお仕えするのは、優秀な情報屋……一人で十分じゃありませんか?」

「……何が言いたい?」

「――僕と勝負しましょう」

 何を言い出すんだこの男は。

「あたしにそんな暇など無い」

「……そうですか、残念です。まだ条件も言っていないのに」

 そう言って男は風花にお構いなく続ける。

「簡単ですよ、どちらが早く紅 鈴音を連れ出せるか。……どうです?」

「それはあたしの役目だ。お前に関係ない」

「……くっくっくっ……」

 男はまた不気味な笑いを浮かべた。

「何がおかしい」

「馬鹿だなぁ! 君、大馬鹿だ」

「どういうことだ」

「大介様が君だけにその役割を与えているとでも思ってるのかい?」

 ――それは、つまり。

「大介様は試しているんだよ。僕と君、どちらがこの紺氏の情報屋としてふさわしいか、をね」

 ……ああ、そういうことか。あたしは――

「君が“偽り”の情報を流していると言われるように仕組んだのも全部、この僕さ。分かるね? 君よりも僕の方が信頼されているんだよ」

 ――あたしは必要となんてされていなかった。

「それでもやるかい? 僕との、勝負」

 男は優越感でいっぱいの顔をあたしに向けてくる。

「――覚えてなさい」

 あたしだって。

「その言葉を言ったこと、後悔させてあげる」

 あたしだって試したい。自分が、

「受けるわ、その勝負」

 自分がどれほどのものか。


                  *


「そこが女々しいんだそこが! 語尾が一番大事なんだぞ!」

「すいません! ごめんなさい!」

 私は今、完璧に男になるための練習中。次の戦いに向けて、領主様に言葉遣いを直されてます……

「そのすぐ謝るのも止めろ! 謝るんだったらせめて一回で! 男らしくない!」

「はい!」

 そして再び練習用の会話が書かれた紙に目を落とす。――と、その時。

「領主様! いらっしゃいますか!?」

「どうした!?」

 勢いよく飛び出してきたその人は、血相を変えて領主様に自分の持っていたものを差し出した。

「これ……紺氏からの挑発文です!」

「なんだって!?」

「日付は書かれていませんが近いうちに攻めてくると……」

「……分かった。すぐに体制を整えてくれ」

「はい」

 慌ただしく動き出した様子を見て、私はようやく大変なことになったと実感した。

「……面倒なことになりそうだな……」

 ぽつりと領主様が言った一言は、後に現実となるのだった。

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