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いろはにほへと  作者: 月山 未来
夏至―立秋の章
5/30

最大のピンチ!

 ドン! ドンドン!

 響くのは紺氏が塀を壊そうとしている音。そして周りの悲鳴。

「秀広! 急いで守備体制を整えろ! みんなを安全なところへ!」

「はい!」

 領主様が的確な指示を出す。秀広さんも踵を返して走り出した。

「あの、領主様! 私はどうすれば……」

「戦え」

「……え」

「みんなと一緒なら行けるだろ?」

「……はい!」

 今は迷っている暇なんか無い。だって私はもう決めてる。ここを、桜様を守るって。

 私も急いで秀広さんの後を追う。

「秀広さん! 私に出来ることありますか!?」

「……お前、」

「私にだって戦う勇気くらいあります!」

 前には無かったもの。それは覚悟。ここに来たからには戦うっきゃない!

「……防御具と弓矢をそこら辺にいる奴らと手分けして持って来い!」

「はい!」

 返事するのとほぼ同時に領主様の声が聞こえてきた。

「皆の者! 防御具を身に着け弓矢を運べ!」

 私も防御具が置いてある部屋に向かって走る。

 ガコンッ。

 勢いよく戸を開けて、その勢いのまま防御具を持ち出した。――とその時、

「鈴音様!」

 聞き覚えのある声に呼ばれて振り向く。……そう、そこにいるのはただ一人だけ。

「……桜様……」

「鈴音様……本当に戦われるんですか?」

「はい」

「でも……まだここに来て訓練も十分じゃないはずです! わたくし――」

「大丈夫です」

 桜様の言葉を遮る。――だって、あなたの言いたいことは私分かるもの。

「私は絶対死にません。だから信じて下さい。……って、前にも言いましたよね?」

 私は精一杯の笑顔で言った。

「……はい。信じてます」

 桜様も優しい笑顔で返してくれた。――目に涙をためながら。

「桜様」

「はい」

 私はもう怖くない。だって、みんなが。

「いろはにほへと、です」

 ――あなたがいてくれたから。

「……はいっ……!」

 桜様に出会ったのは、偶然なんかじゃない。ここに来られたのは、偶然なんかじゃない。

 たくさんの出会いは私に勇気をくれた。だからそれを恩で返そうと思う。

「じゃあ、また後で」

 熱くなった目頭を押さえながら、その部屋を出た。


 私が戻ってきても、相変わらず騒音は続いていた。

「……まずいな……このままだと突破されるぞ……」

 領主様が怖い顔でつぶやく。きっと頭の中では解決策を探っているのだろう。

「裏から回って相手の後ろに行くしかないのでは……」

 秀広さんが領主様に提案する。

「いや、きっと裏にもあいつらはいるはずだ。見つかる可能性が高い」

 二人そろって黙り込んだ。う~ん……何か方法は……

「隠れて行くしかないんですか?」

「当たり前だろう。相手が正面から来た以上、そうするしか……」

「……卑怯です」

「え?」

「どうしてみんな卑怯なんですか? 相手はともかく、私達まで卑怯な方法ばかり考えてる」

 新人が口出ししていいことかは分からないけど、私はそう言った。

「何か案があるのか」

「……え、と。例えば! もういっそのこと私達が塀を壊しちゃって、その勢いで相手を押す! みたいな……」

 領主様と秀広さんが驚いた顔で私を見る。

「あ、やっぱダメですよね。例えば、ですよ! 別に真面目に言ったわけじゃ……」

「それだ――――――――――――――!」

「ええ!?」

 いきなり二人そろって言われたのでびっくりする。それだーって……それって……

「よし! 塀をこっちから壊す! 強行突破だ!」


「あの、本当にこれでよかったんですか?」

 もう何を言っても撤回されないと分かっていながら、何か言わないと落ち着かない。

「何を今さら……お前がいったんだろう」

 ちゃっかり防御具も着てるくせに、と横から秀広さんが余計なつっこみをいれた。

「それはそうですけどぉ……」

「ほら、行くぞ」

 領主様に制されてしぶしぶ口を閉じる。

 ……もう数秒後には戦場にいるんだ、私は。

「準備はいいか! 行くぞ!」

 領主様が声を張り上げて叫ぶ。そして――


 ドンッ……!


 塀が壊された。

 溢れんばかりの人。向かい側には紺氏の大軍がいた。一瞬何事かと目を丸くする人がいたが、すぐに態勢を立て直そうとする。

 そこに領主様が思いっきり突っ込んでいった。それを見て私も腹をくくれた。

 力の限り相手を押す。自分の気持ちが伝われとばかりに。

 押して押して押して、そして叫んだ。

「卑怯な奴は心も卑怯なんだよこんちきしょ――――――――――――――――――――ッ!」

 声を出した分だけ力になる。相手がびっくりして力が抜けたほんの一瞬を、私は見逃さなかった。その瞬間、私は目の前の人を死ぬんじゃないかというくらいの力で殴った。

「……貴っ……様……っ!」

「貴様で結構っ!」

 あんた達は卑怯な手を使ったのよ。わたしのパンチ一発くらい我慢しろ馬ー鹿っ!

 運よくみぞおちに当たったらしく、その人はちょっと痛そーにしてたけど……

「ぐはっ……!」

 ……今度は私がみぞおちに当たったらしい。

「てめぇ何しやがる……!」

 完全にブチ切れモードに入って起き上がろうとした瞬間、どこからか弓矢が飛んできた。

 ――嘘。

 そんなものをよけられるはずもなく。弓矢は私の右腕に見事にヒット……

 上を見ると、さっきまで殴りあっていた人がにやりと私の方に刀を振り上げ――

 その瞬間、私の意識は無くなった。


                  *


「ひっ……くっ……うっうっ……」

 誰かのすすり泣く声が聞こえた。

「そんなに泣かないで下さい、桜様……」

「泣かないでなんて言う方が無理ですわっ!どうしてお兄様はいつもっ……」

「もういい。今は鈴が起きるのを待つしかない」

 桜様……あぁ、そうか。

「……いろはにほへと」

「え?」

「不安になった時に言う魔法の言葉です。……鈴音様と約束したんです」

 ちゃんと覚えててくれてたんだ。……よかった。


「――って言ってんだろ早く目ぇ覚ませこの野郎――――――――っ!」

「わ――――――――――――ッ!」

 勢いよく怒鳴られて反射的に飛び起きる。……つもりだった。

「……痛っ……たぁ――――――!」


                  *


「確かにそれは鈴らしいな」

 そう言って領主様は笑った。

「……でも、お前もお前だ」

「え?」

「鈴が起きないからって怒鳴るか、普通?」

「……そ……それは……」

「分かってる。……寂しかったんだよなぁ?」

 最後の一言はさすがに余計だ。しかし図星だ。実際、私は領主様に何も言い返せなかった。

「行って来いよ。鈴も誰もいないんじゃつまんないだろ」

「……はい」

 ここは素直に従うとする。私だって鈴と話したいのだ。

 

 コンコン。

「……はーいっ」

 けがをして布団に入っていた私は、ノックの音で返事をした。誰だろう、と思っていると扉があく。

「あっ、秀広さん!」

「……よ」

「よいしょ……」

「無理に起きなくていいぞ」

 そう言われたってもう起きちゃったもんねーだ。正直、ちょっと……いや、すごい痛いけど……

「どうだ体調?」

「う~ん……大丈夫だと思いますか?」

「見る限りでは割と元気そうだけどな」

「この状態を見て“元気”って言うんですか!? これでも結構……」

「はいはい」

 もう十分、というように秀広さんが制した。てゆーか、誰のせいで昨日飛び起きようとしたと思ってるんですか……

「昨日は悪かったな」

「はい、反省してほしいですね」

 本当のこと言ったのよ私? だって昨日、秀広さんに

“早く目ぇ覚ませこの野郎――――――――っ!”

 ってゆー暴言を吐かれたわけ。怪我人にその言い方、ないよねぇ?

「秀広さんのあの声で目、覚めたんですよ」

「その後反射的に起きようとした馬鹿がいたみたいだけどな」

「それはあれですよ! いつも怒られて反射的にいろんな行動しちゃうんで! まぁ、訓練の成果?」

 精一杯とぼけて言ってみる。

「てゆーか、その勢いで腰を思いっきりバキッと……」

「あぁー……あれは想像するだけでかわいそうな痛さだな」

「だからー、その責任あなたにあるんですけどー?」

「ま……ぁ……よく殴られて弓矢刺さって、その上刀でやられたのに死ななかったな」

 ……うまく話逸らしたな? ちぇっ、責任取らんつもりか。そのおかげで包帯ぐるぐる巻きじゃ。

「みんな心配してたんだよ。桜様なんか、お前が起きるまでの間ずっと泣いてて……」

 ――え。やっぱりあの泣き声、気のせいじゃなかった!

「私が起きるまで何日くらいかかったんですか?」

「確か……五日」

「はぁ!? 五日ぁ――――――!?」

 なんか損した気分……その五日間、私ずっと寝てたのか……

「……そういえば……」

「なんだ」

「あの後、紺氏どうなったんですか?」

「……引き返した」

「へ?」

 ん? 引き返した? それってつまり、追い返したってことでしょうか?

「引き返したって……?」

「何を考えているのかよく分からないが、相手が勝手にな。でもそのおかげで、今はとりあえず冷戦状態だ。またいつ攻めてくるかは分からないが……」

 そうかぁ、なんでだろうねぇ?

 私がそのことを考えていると、

「……お前、私がお前のこと好きだって言ったらどうする?」

 ……はい?

「……もう一回言ってもらえます?」

「私がお前のこと好きだって言ったらどうする?」

 ……ん? え、それ本気で言ってる? てゆーか、あまりにも唐突すぎじゃないだろうか。

「……秀広さん」

「ん?」

「……頭、大丈夫ですか?」

「お前に言われたくないわ!」

 はっきり言われるとグサッときます……私ってそんなに変人でしょうか。

「……話、逸れたな。……で?」

「……で?」

「いや、お前に言ってんだよ。どうするかって」

 まずその前に二つ確認したいことがありますが、よろしいですか。

「秀広さん、それ本気で言ってますか?」

「当たり前だろ」

 即答。え、即答ぉ!? しかも本気だって! ちょっと待ったー。

「秀広さん、それは同じ武士……仲間として、という意味ですか?」

「それもあるがちょっと違う」

 違う? 何が違うんだ。てゆーかそれ以外に何があるんだ?

「……恋愛感情って言った方が適切だな」

「…………はへ?」

 おぉ、秀広さんの口から恋愛なんてロマンチックな言葉が! これは激レアー……って、いやいやそんなことよりも!

「……え――――――――――――――――――――――――!?」

 恋愛、それってあれですよね。高校生が学校の屋上とかで、「好きです、もしよかったら僕と付き合って下さい」とか、なんか色々あって知り合った男女が、「結婚しようか」とかそんな感じのやつですよね。そうですよね? 誰か答えを下さい。

「そんなに驚くことか? お前らしいけど」

 はい、そんなに驚くことです。だってそうなってくると、秀広さんって……

「そういう趣味ですかっ!?」

「そういうってどういうだ!? なんかその言い方だと悪趣味みたいな感じになってるだろ!」

 だって今までそんなんじゃないって思ってたんだもん!

「ど……」

「ど?」

「同……」

「同?」

 うわー言いずらっ。一番言いたくないワードなんだけど。でもこの人自分のしていることに気付いてないみたいなんでもう言います! 先輩とかこの際無視します! それでもいいですか!

「同性愛者だったんですかぁ――――――――――――――っ!?」


 ――しばらくお待ち下さい――


「先輩としてあり得ないんじゃないですか」

「お前が変なこと大声で言うからだろ!」

 だからって、思いっきりぶん殴りますか!? しかも怪我人に!

「あぁー腫れるかもー……」

「……ちょっと手加減するの忘れてた、悪い」

 とりあえずそこら辺は置いといて。

「どうして……私が女だってこと知ってたんですか?」

 問題はそこ。秀広さんが私のこと好きって件は、この際放置します。

「……前に領主様から聞いた」

「え……?」

 ……領主様……でも領主様はずっと私のこと男って思ってた。……はず。

「だから、私はお前を女として好きだ」

 ここでまたそっちに戻りますか。いいですよ、私もう心折れそうですけど!

「……てゆーか……」

「え?」

「え――――――――――――――――――――――ッ!?」

 え!? 私今まで深く考えてなかったけど、よく考えると。秀広さんが私のこと好きってことはつまり、秀広さんが私のこと好きってこと!?

 あぁ、ヤバい。頭おかしくなってきた。……どうしよう。どうしようどうしよう……どうするこの状況!?

「……っはい!」

「え?」

「分かりました」

 しばしの沈黙。だって秀広さん何も言わないんだもん。

「……で?」

「はい?」

 なんで聞き返されなきゃいけないんですか私は。何かしましたか。

「だから、その続きは?」

「続き?」

 続き? ……って?

「まさか無いのか!?」

「はい、無いですよ。だって秀広さん言ったじゃないですか。『私がお前のこと好きって言ったらどうする?』って」

「あぁ、言った」

「だからこうしました。好きです、あぁそうですか分かりました。って」

 どうする? って、理解しましたよ? あなたが私のこと好きってこと、ちゃんと理解しましたけど何か?

「じゃあ付け足し。返事は?」

 おっとそうくるか。

「……えっと……」

 そういえば全く分からない。私って秀広さんのことなんて思ってたんだろう? 今となると全然思い出せない。でも、つまりそれって興味無いって言えるよね? いや、ちょっと待った。そもそも私ってここに来てから男として生活してきたわけだから。秀広さんのこと恋愛対象として見てなかったです。……さぁ、どうしよう。

「ちょっと考えておきます。保留でいいですか」

「……分かった」

 はい、ちゃんと考えます。ここぞとばかりに考えます。

 そして秀広さんは部屋から出て行った。


                  *


「領主様……」

 部屋から出てくるなり、秀広は真次の姿を見つけた。

「……悪い。立ち聞きするつもりは無かった」

 真次はとっさに謝る。言葉を探すが出てこない。頭の整理が出来ていないからだろうか。

 ……いや、整理なんて。本当はうすうす気付いていたくせに。それでも真次は秀広に何も言えなかった。きっと、仕方の無いことだと思ったからだろう。

 そして、やっと言葉を見つけ出した。

「……秀広」

「はい」

 秀広がまっすぐな目で見てくる。その目で見られたら、今見つけた言葉を一瞬口にしようか迷ってしまうが。でも言わなければいけない。ここの領主として、一人の人間として。そして……秀広の兄として。

 真次は心の中で秀広に謝りつつ、その言葉を言った。

「お前を今日限りで鈴の教育係からはずす」

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