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いろはにほへと  作者: 月山 未来
立夏―夏至の章
4/30

芽生えるいろんな気持ち

「はぁ――――――――――――――っ!?」

「年上になんて口のきき方だ、あぁ?」

 だっからぁ……秀でいいって言ったのはどこのどいつだぁ!?

「だって! しごくなんて言うから!」

「馬鹿……! 声がデカいんだお前は!」

「ていうか、いきなり訓練って言われても……」

 そう、秀広さんてば、戦いに出るならしごかないとな。……とか言っちゃって!

「そうでもしないとお前やらないだろ!?」

「……そんなぁ……」

「私が考えた素晴らしい訓練の数々が……」

「うわ! もっとやりたくない!」

「一言余計だ! そんなに訓練が嫌か!?」

「いや、秀広さんが考えたっていうのが……」

「そっちか!?」

 もう最悪! こーんな人のもとで私これから訓練するなんて! 誰が同情してくれんの、この状況(誰もしてくれません)。

 ていうか秀広さんって絶対性格悪いよね!? うわ~ん、領主様~。

「領主様いてくれたらよかったのにぃ……」

「私じゃ嫌なのか」

「はい、嫌ですね。絶対」

 即答かよ、と秀広さんは半ば呆れたかのようにつぶやいた。

「ったく、本当にお前は……好きだなぁ、領主様」

「はい!? 何言ってんですかぁっ!?」

 いきなり飛び出した言葉に私は思わずびっくり・アンビリーバボー! っていやいや、秀広さん……まじで何言ってんですか。

「いや、いい! 今のは忘れ……」

「今さらそんなの、好きに決まってるじゃないですか」

「……え――」

 何言ってるんだか、と今度は私が呆れた。

「領主様って尊敬できる先輩じゃないですか! え、秀広さん領主様のこと好きじゃないんですかぁ?」

 だとしたら秀広さん、あなたは最低です! 領主様、めっちゃいい人なのに!

「ったく……」

 秀広さんがため息をついた。え、私なんかマズイこと言ったかな?

「ていうか訓練しないんですか?」

「……私じゃ嫌なのだろう」

「あ、あれ! さっきの嘘ですよ! ちゃあーんと秀広さんのこと尊敬してます」

 まあ領主様よりは劣るけど。とか言ったらきっとすごく怒るからやめとこ。

「……お前は……!」

「ええっ!? なんで怒られるんですか私!」

 いいこと言ったと思ったのになあ。秀広さんに怒られないようにするにはどうすればいいのか、今度研究しなくては!

「おい、ちゃんとやってるかお前ら」

「あ! 領主様!」

 秀広さんと言い合っているうちに、領主様がやってきた。

「領主様! 聞いて下さいよ! 秀広さんが……」

「何かしたのか」

 ギロリと睨まれて一瞬ドキリとする。

「別に何もしてません。ただこいつが私の訓練が……」

「わ――――――!? はい、なんでもありません!」

 急いで秀広さんの言葉を阻止する。だって、それ言われたら私が悪いってことになっちゃう。

「そうか、じゃあ静かにやれ。うるさいのなしだぞ」

「はぁ~い……」

 結局やんなきゃいけないのかぁ。でも頑張らないと。

「秀広さん、訓れ……ってイテテテ!」

 いきなりほっぺたをつねられる。ちょ、マジで痛い……

「……馬鹿」

「へ?」

「真っ赤だぞ、お前」

「えッ、嘘!?」

 思わず顔を隠す。……ばれたのかな、必死に自分の発言取り消そうとしたの……

「……か」

「はい?」

「なんでもない!」

 訓練やるぞ、と秀広さんが歩き出す。何よ、なんでもないとか一番気になるじゃん。


「嫉妬ですかねえー」

 鈴の口から出てきた言葉に秀広はぎょっとした。

「な、何がだ!?」

「はぁ!? 最低! 人の話聞いてなかったんですか!?」

 これだから男って、とつぶやく鈴にお前も男だろ、と言いそうになって慌てて呑み込む。

 ――こいつは女なのだ。

 “秀広、話がある”

 “なんでしょう?”

「私、こないだ桜様と話してたんですけど……」

 “鈴を、戦いに出そうと思う”

 “……はい”

「桜様が秀広さんのこと話してくれて……」

 “それが何か問題でも?”

 “あぁ、男ならなんの問題もないがな”

 “……どういう意味です?”

「兄妹っていいですよね。うらやましくなっちゃって……!」

 ――鈴は女なんだ――

 そう言われると確かにそうだ。なのになぜ気付けなかった。見た目だけで人を判断するのは、武士として一番やってはいけないことだ。

「……って、聞いてます? どこ見てるんですか?」

「あ、ああ……聞いてる」

「まぁいいや。で、訓練どうするんですか?」

「あぁ、それだが……」

 急に不安に襲われた。本当にこいつを抱えきれるのか。怪我一つさせずに戦いから帰ってこさせる自信はあるのか。

 私は――……

「秀広さぁーん、ちょっと今日どうしたんですか? 顔色悪いですよ?」

 私にはまだ無理だ。私は鈴を守れない。


                  *


「え? そーなんですか?」

「あぁ、そうだよ。だからお前すげぇよ、相当」

 お昼ご飯を食べている最中、ちょうど真ん前に座っている先輩と話していた。

「ええー……? でも、ちゃんとみんな戦いに出てますよね?」

「そりゃそうだろ。ここにいる連中、みんな小っちぇー頃から都で訓練してきたんだからよ」

「じゃあ別に私も普通じゃないですか」

「お前は例外。だってここに来てすぐ戦いに出るなんて、なぁ!」

 と、その先輩は隣にいた同期の人をバシーンと叩いた。

「痛ってぇなぁ……少しは手加減しろよ」

「まぁまぁ、でも実際そうだろ?」

「……ああ。領主様にしちゃあ、珍しいな。新人を戦いにって……」

 ふーん、そうなんだ。でもなんでだろ?

「ははっ領主様の“お気に入り”ってとこかぁ?」

「くぅ~、ずっりぃ~!」

「ちょ……そんなんじゃ……!」

 なんか、私がセコイみたいな言い方。絶対ないと思うけど、お気に入りなんて……

「あ、そういえば……! 領主様の名前知ってます?」

「……へぇ?」

 ありっ。なんか空気壊しちゃった?

「名前かぁ……知らねぇな」

「嘘だろ? 聞いたことあるけど?」

「えッ!? 教えて下さい!」

 思わず身を乗り出す。私以外に領主様の名前知ってる人いるんだ!

「確か、秀広って言ってたような……」

 ……は?

「あぁっ、思い出した! そーいや噂で聞いたことあるな!」

「噂?」

「おう、どっかから流れてきたんだよ。本当かは分かんねぇけどな」

 ……どういうことだ? 秀広って、領主様の名前だったの……?

「お前ら、こいつに変なこと教え込んでんじゃないだろな……」

 頭から降ってきた声の方を見上げると、秀広さんだった。

「なんだよ、ただの噂だろ? いいじゃねぇか、領主様と同じ名前なんて!」

「噂だろが。同じ都に二人も同じ名前の奴がいるわけないだろ!」

 ……はぁ、なーんだ。結局ただの噂かぁ~。

 ってことは……領主様の名前はやっぱり真次さん?

「あっ、いっけねぇ! 今日当番だった! ほら行くぞ!」

 二人の先輩が去った後、私は秀広さんと二人っきりになってしまった。

「秀広さん」

「……は?」

「さっきの噂って……」

「あ、あれは結構有名なんだよ」

「じゃあ領主様の名前……」

「知らない!」

「いや、そーじゃなくて……」

「私と同じわけないだろ!」

 なんでそんなに怒ってんの? 私なんか変なこと言った?

「……あ、そーだ。秀広さんも小っちゃい頃からここで訓練してきたんですか?」

 私がそう聞いたのに、秀広さんは返事をしてくれない。

「秀広さん」

「え?」

「もう、今日の秀広さんおかしいですよ。具合悪いんですか?」

「いや……」

「風邪ですか?」

 いつものように返事をしてくれないので妙な不安が襲う。

「ちょっと顔上げて下さい」

「は?」

 やっぱり熱あるんじゃないの? そう思った私は秀広さんの額に手を当てた。

「な……何してる!?」

 思い切り突き飛ばされた。ガツン、と壁に頭をぶつける。ひどいなー、人がせっかく親切にしてあげたのに!

「何って……熱あるのかなって思ったからおでこ……」

「だからってそんなことしなくてもいいだろ!? 男同士で気味悪い!」

 言われた直後、私は我に返った。

「そっか……男同士……」

 そうだよね。私、男なんだもん。女の子同士ではこういうことしてもおかしくないけど、男の人がやってたら……

 気持ち悪っ!

 今自分がしたことを思い返して寒気がした。

 すると秀広さんが頭を抱え、

「でも、やっぱり熱……」

「えッ!? 大丈夫ですか!?」

 ほら、男だからとか言ってる場合じゃないかもよ!? ほんとに熱あったらどうすんのさ!

「……嘘だよ」

 え? 嘘?

「あー、良かったぁー」

 思わずそう言うと秀広さんが笑った。

「あ、秀広さん笑った!」

「わ……笑ってない!」

 えー、今ぜったい笑ってたよ。まあいいけど……

「あれ、そういえば訓練って何時からですか?」

「あー、そういや……」

 ボ――――――――――――ン。

「……秀広さ……この鐘って……」

 この鐘って……訓練始まるよーってヤツじゃ……

「…………行くぞ!」

「え――――――ッ!?」

 まさかとは思ったけどやっぱり!? ヤバいよ。領主様に怒られる!


                  *


「馬鹿かお前!」

 これが訓練所に慌てて行った後の領主様の第一声である。

「すいませんでしたぁっ!」

 がばっと頭を下げて謝る。すると、

「いや、お前じゃない」

「……へ?」

 領主様が怒ったのは私じゃなくて……

「……すいませんでした」

 秀広さんだった。

「秀広、お前は鈴の教育係だろ。お前がしっかりしなくてどうすんだ!」

 ほえ? 教育係? いつの間にそんな……って、いやいやそうじゃなくて!

「違います! 秀広さん具合悪かったんです! それなのに私がふざけた話しちゃって……」

「……お前は黙ってろ」

 秀広さんが静かに言い放つ。

「本当なのか? 秀広」

「本当ですっ!」

「だからお前は……!」

「分かった」

 領主様が呆れた顔で私を見た。

「鈴、秀広をあっちの部屋に連れてけ」

「……え?」

「しばらく休ませとけ」

「あっ……はい!」

 全く、と領主様は向こうへ歩いて行った。

「秀広さん! 行きましょう!」

「は……お前真面目に……」

 強引に秀広さんを引っ張り、部屋に連れて行く。


「ふぅ……危なかったぁ~……」

 部屋に入るなり、思わずため息をつく。

「お前馬鹿か!? 私が具合悪いなんて嘘に決っ……」

「わ――――――――――――――――――――っ!」

 いきなり出した私の大声に秀広さんがびっくりする。でも、そんなのお構い無し!

「何を言うのかと思えば……そんなの大声で言ったら外に聞こえちゃうじゃないですか! せっかく私が遅刻した理由つくってあげたのに……!」

 精一杯感情を押し殺して外に聞こえないように抗議する。

「お前……嘘だって分かってこんなことしたのか!? それこそ本物の馬鹿だぞっ!」

 秀広さんも私に合わせて声を小さくする。

「馬鹿馬鹿言わないで下さい! 馬鹿って言う方が馬鹿になっちゃうんですよ!」

「なっちゃうんじゃなくて、馬鹿って言う方が馬鹿、だろ普通」

 細かっ。男のくせに細かっ! てゆーか私、秀広さんに口論で勝ったこと無いかも……

「あっ、一応布団敷いておきますね」

「なっ……なんで……」

「もし領主様が来たら大変じゃないですか!」

「あぁ……そうだな」

 布団どこかなー。あ、押し入れの中かも。

 ガサゴソやっていると秀広さんが手伝ってくれた。

 あ、そうだ。

「水汲んできます!」

「……あっ、いい!」

「え、でも具合悪い人のおでこ冷やしてないって不自然じゃ……」

「いい。そこまで再現する必要ない」

 え、何で? もし領主様が来たら大変ですけど?

「…………私のせいでお前に迷惑かけたくないんだよ!」

 秀広さんがふりしぼるように言った。

「そもそも悪いのは私だ。お前が動く必要無い」

 え……

「……ごめんな」

 切そうに眉根を寄せる秀広さんに、私は思わず、

「……どうしてですか?」

「――え……?」

「どうして秀広さんが悪いんですか? だって私が余計なこと言ってこんなことになったのに……」

 だってそうでしょ? 何で秀広さんが責任取らなきゃいけないわけ?

「……ふっ……お前、本当馬鹿だな……」

「へっ……!?」

「でも、“いい馬鹿”だ」

「“いい馬鹿”……?」

 意味分からん。まったく意味分かんないわ。

「あっ! 秀広さんって、最近笑うようになりましたよね!」

「……そ、そんなことない!」

「そんなことあります! なんで否定するんですか!?」

「ない! 絶対ない!」

「秀広さんが笑ってるとこ見るとうれしいですよ」

 そう言って笑うと、秀広さんはそっぽを向いた。あー、意地でも認めない気だコイツ。

「じゃー水汲んで……」

 パシッ。

 部屋を出ようとした私の手を掴んだのは――

「……行くな」

 秀広さん、だった。

「……え……?」

「……お前と二人でいる時間なんて、滅多に無いだろ」

「でも、バレたら……」

「そんなの私がどうにかする。どうでもいい。……お前といるためなら」

「……秀……広さん……」

 急にどうしちゃったの? ……あっ、もしかして!

「もしかして秀広さん……」

「な……なんだ」

「寂しがり屋なんですか!?」

「……は?」

 だって一人になりたくないってことはそうじゃない? 今思えば、この部屋薄暗いし!

「なるほどー、そういうことですかぁ~」

 秀広さんの弱点発見! これで私にも勝ち目が……

「ふざけるな! そんな訳無いだろ!」

「えぇ~!? そんな怒んないで下さいよぉ……!」

 いつも以上に秀広さんが怖い……なんで!? どうして!?

 ――バンッ!

「ひっ!?」

 すごい音で戸が開いた。恐る恐る振り返ると……

「鈴、秀広! ちょっと来いっ……!」

 うわっ、領主様! ヤバい……バレた!?

「うわ~んごめんなさい!」

「……なんで謝ってんだお前」

「――え?」

 え? えぇ? なんでって……

「今はそれどころじゃない! とにかく外に出ろッ!」

 訳も分からず外に出される。まさか……お仕置き?


 ドン!

 ――目を疑った。私達を待ち受けていたのは、お仕置きではなく……

「今……紺氏が都に押し寄せてる!」


 紺氏の奇襲、だった。

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