芽生えるいろんな気持ち
「はぁ――――――――――――――っ!?」
「年上になんて口のきき方だ、あぁ?」
だっからぁ……秀でいいって言ったのはどこのどいつだぁ!?
「だって! しごくなんて言うから!」
「馬鹿……! 声がデカいんだお前は!」
「ていうか、いきなり訓練って言われても……」
そう、秀広さんてば、戦いに出るならしごかないとな。……とか言っちゃって!
「そうでもしないとお前やらないだろ!?」
「……そんなぁ……」
「私が考えた素晴らしい訓練の数々が……」
「うわ! もっとやりたくない!」
「一言余計だ! そんなに訓練が嫌か!?」
「いや、秀広さんが考えたっていうのが……」
「そっちか!?」
もう最悪! こーんな人のもとで私これから訓練するなんて! 誰が同情してくれんの、この状況(誰もしてくれません)。
ていうか秀広さんって絶対性格悪いよね!? うわ~ん、領主様~。
「領主様いてくれたらよかったのにぃ……」
「私じゃ嫌なのか」
「はい、嫌ですね。絶対」
即答かよ、と秀広さんは半ば呆れたかのようにつぶやいた。
「ったく、本当にお前は……好きだなぁ、領主様」
「はい!? 何言ってんですかぁっ!?」
いきなり飛び出した言葉に私は思わずびっくり・アンビリーバボー! っていやいや、秀広さん……まじで何言ってんですか。
「いや、いい! 今のは忘れ……」
「今さらそんなの、好きに決まってるじゃないですか」
「……え――」
何言ってるんだか、と今度は私が呆れた。
「領主様って尊敬できる先輩じゃないですか! え、秀広さん領主様のこと好きじゃないんですかぁ?」
だとしたら秀広さん、あなたは最低です! 領主様、めっちゃいい人なのに!
「ったく……」
秀広さんがため息をついた。え、私なんかマズイこと言ったかな?
「ていうか訓練しないんですか?」
「……私じゃ嫌なのだろう」
「あ、あれ! さっきの嘘ですよ! ちゃあーんと秀広さんのこと尊敬してます」
まあ領主様よりは劣るけど。とか言ったらきっとすごく怒るからやめとこ。
「……お前は……!」
「ええっ!? なんで怒られるんですか私!」
いいこと言ったと思ったのになあ。秀広さんに怒られないようにするにはどうすればいいのか、今度研究しなくては!
「おい、ちゃんとやってるかお前ら」
「あ! 領主様!」
秀広さんと言い合っているうちに、領主様がやってきた。
「領主様! 聞いて下さいよ! 秀広さんが……」
「何かしたのか」
ギロリと睨まれて一瞬ドキリとする。
「別に何もしてません。ただこいつが私の訓練が……」
「わ――――――!? はい、なんでもありません!」
急いで秀広さんの言葉を阻止する。だって、それ言われたら私が悪いってことになっちゃう。
「そうか、じゃあ静かにやれ。うるさいのなしだぞ」
「はぁ~い……」
結局やんなきゃいけないのかぁ。でも頑張らないと。
「秀広さん、訓れ……ってイテテテ!」
いきなりほっぺたをつねられる。ちょ、マジで痛い……
「……馬鹿」
「へ?」
「真っ赤だぞ、お前」
「えッ、嘘!?」
思わず顔を隠す。……ばれたのかな、必死に自分の発言取り消そうとしたの……
「……か」
「はい?」
「なんでもない!」
訓練やるぞ、と秀広さんが歩き出す。何よ、なんでもないとか一番気になるじゃん。
「嫉妬ですかねえー」
鈴の口から出てきた言葉に秀広はぎょっとした。
「な、何がだ!?」
「はぁ!? 最低! 人の話聞いてなかったんですか!?」
これだから男って、とつぶやく鈴にお前も男だろ、と言いそうになって慌てて呑み込む。
――こいつは女なのだ。
“秀広、話がある”
“なんでしょう?”
「私、こないだ桜様と話してたんですけど……」
“鈴を、戦いに出そうと思う”
“……はい”
「桜様が秀広さんのこと話してくれて……」
“それが何か問題でも?”
“あぁ、男ならなんの問題もないがな”
“……どういう意味です?”
「兄妹っていいですよね。うらやましくなっちゃって……!」
――鈴は女なんだ――
そう言われると確かにそうだ。なのになぜ気付けなかった。見た目だけで人を判断するのは、武士として一番やってはいけないことだ。
「……って、聞いてます? どこ見てるんですか?」
「あ、ああ……聞いてる」
「まぁいいや。で、訓練どうするんですか?」
「あぁ、それだが……」
急に不安に襲われた。本当にこいつを抱えきれるのか。怪我一つさせずに戦いから帰ってこさせる自信はあるのか。
私は――……
「秀広さぁーん、ちょっと今日どうしたんですか? 顔色悪いですよ?」
私にはまだ無理だ。私は鈴を守れない。
*
「え? そーなんですか?」
「あぁ、そうだよ。だからお前すげぇよ、相当」
お昼ご飯を食べている最中、ちょうど真ん前に座っている先輩と話していた。
「ええー……? でも、ちゃんとみんな戦いに出てますよね?」
「そりゃそうだろ。ここにいる連中、みんな小っちぇー頃から都で訓練してきたんだからよ」
「じゃあ別に私も普通じゃないですか」
「お前は例外。だって都に来てすぐ戦いに出るなんて、なぁ!」
と、その先輩は隣にいた同期の人をバシーンと叩いた。
「痛ってぇなぁ……少しは手加減しろよ」
「まぁまぁ、でも実際そうだろ?」
「……ああ。領主様にしちゃあ、珍しいな。新人を戦いにって……」
ふーん、そうなんだ。でもなんでだろ?
「ははっ領主様の“お気に入り”ってとこかぁ?」
「くぅ~、ずっりぃ~!」
「ちょ……そんなんじゃ……!」
なんか、私がセコイみたいな言い方。絶対ないと思うけど、お気に入りなんて……
「あ、そういえば……! 領主様の名前知ってます?」
「……へぇ?」
ありっ。なんか空気壊しちゃった?
「名前かぁ……知らねぇな」
「嘘だろ? 聞いたことあるけど?」
「えッ!? 教えて下さい!」
思わず身を乗り出す。私以外に領主様の名前知ってる人いるんだ!
「確か、秀広って言ってたような……」
……は?
「あぁっ、思い出した! そーいや噂で聞いたことあるな!」
「噂?」
「おう、どっかから流れてきたんだよ。本当かは分かんねぇけどな」
……どういうことだ? 秀広って、領主様の名前だったの……?
「お前ら、こいつに変なこと教え込んでんじゃないだろな……」
頭から降ってきた声の方を見上げると、秀広さんだった。
「なんだよ、ただの噂だろ? いいじゃねぇか、領主様と同じ名前なんて!」
「噂だろが。同じ都に二人も同じ名前の奴がいるわけないだろ!」
……はぁ、なーんだ。結局ただの噂かぁ~。
ってことは……領主様の名前はやっぱり真次さん?
「あっ、いっけねぇ! 今日当番だった! ほら行くぞ!」
二人の先輩が去った後、私は秀広さんと二人っきりになってしまった。
「秀広さん」
「……は?」
「さっきの噂って……」
「あ、あれは結構有名なんだよ」
「じゃあ領主様の名前……」
「知らない!」
「いや、そーじゃなくて……」
「私と同じわけないだろ!」
なんでそんなに怒ってんの? 私なんか変なこと言った?
「……あ、そーだ。秀広さんも小っちゃい頃からここで訓練してきたんですか?」
私がそう聞いたのに、秀広さんは返事をしてくれない。
「秀広さん」
「え?」
「もう、今日の秀広さんおかしいですよ。具合悪いんですか?」
「いや……」
「風邪ですか?」
いつものように返事をしてくれないので妙な不安が襲う。
「ちょっと顔上げて下さい」
「は?」
やっぱり熱あるんじゃないの? そう思った私は秀広さんの額に手を当てた。
「な……何してる!?」
思い切り突き飛ばされた。ガツン、と壁に頭をぶつける。ひどいなー、人がせっかく親切にしてあげたのに!
「何って……熱あるのかなって思ったからおでこ……」
「だからってそんなことしなくてもいいだろ!? 男同士で気味悪い!」
言われた直後、私は我に返った。
「そっか……男同士……」
そうだよね。私、男なんだもん。女の子同士ではこういうことしてもおかしくないけど、男の人がやってたら……
気持ち悪っ!
今自分がしたことを思い返して寒気がした。
すると秀広さんが頭を抱え、
「でも、やっぱり熱……」
「えッ!? 大丈夫ですか!?」
ほら、男だからとか言ってる場合じゃないかもよ!? ほんとに熱あったらどうすんのさ!
「……嘘だよ」
え? 嘘?
「あー、良かったぁー」
思わずそう言うと秀広さんが笑った。
「あ、秀広さん笑った!」
「わ……笑ってない!」
えー、今ぜったい笑ってたよ。まあいいけど……
「あれ、そういえば訓練って何時からですか?」
「あー、そういや……」
ボ――――――――――――ン。
「……秀広さ……この鐘って……」
この鐘って……訓練始まるよーってヤツじゃ……
「…………行くぞ!」
「え――――――ッ!?」
まさかとは思ったけどやっぱり!? ヤバいよ。領主様に怒られる!
*
「馬鹿かお前!」
これが訓練所に慌てて行った後の領主様の第一声である。
「すいませんでしたぁっ!」
がばっと頭を下げて謝る。すると、
「いや、お前じゃない」
「……へ?」
領主様が怒ったのは私じゃなくて……
「……すいませんでした」
秀広さんだった。
「秀広、お前は鈴の教育係だろ。お前がしっかりしなくてどうすんだ!」
ほえ? 教育係? いつの間にそんな……って、いやいやそうじゃなくて!
「違います! 秀広さん具合悪かったんです! それなのに私がふざけた話しちゃって……」
「……お前は黙ってろ」
秀広さんが静かに言い放つ。
「本当なのか? 秀広」
「本当ですっ!」
「だからお前は……!」
「分かった」
領主様が呆れた顔で私を見た。
「鈴、秀広をあっちの部屋に連れてけ」
「……え?」
「しばらく休ませとけ」
「あっ……はい!」
全く、と領主様は向こうへ歩いて行った。
「秀広さん! 行きましょう!」
「は……お前真面目に……」
強引に秀広さんを引っ張り、部屋に連れて行く。
「ふぅ……危なかったぁ~……」
部屋に入るなり、思わずため息をつく。
「お前馬鹿か!? 私が具合悪いなんて嘘に決っ……」
「わ――――――――――――――――――――っ!」
いきなり出した私の大声に秀広さんがびっくりする。でも、そんなのお構い無し!
「何を言うのかと思えば……そんなの大声で言ったら外に聞こえちゃうじゃないですか! せっかく私が遅刻した理由つくってあげたのに……!」
精一杯感情を押し殺して外に聞こえないように抗議する。
「お前……嘘だって分かってこんなことしたのか!? それこそ本物の馬鹿だぞっ!」
秀広さんも私に合わせて声を小さくする。
「馬鹿馬鹿言わないで下さい! 馬鹿って言う方が馬鹿になっちゃうんですよ!」
「なっちゃうんじゃなくて、馬鹿って言う方が馬鹿、だろ普通」
細かっ。男のくせに細かっ! てゆーか私、秀広さんに口論で勝ったこと無いかも……
「あっ、一応布団敷いておきますね」
「なっ……なんで……」
「もし領主様が来たら大変じゃないですか!」
「あぁ……そうだな」
布団どこかなー。あ、押し入れの中かも。
ガサゴソやっていると秀広さんが手伝ってくれた。
あ、そうだ。
「水汲んできます!」
「……あっ、いい!」
「え、でも具合悪い人のおでこ冷やしてないって不自然じゃ……」
「いい。そこまで再現する必要ない」
え、何で? もし領主様が来たら大変ですけど?
「…………私のせいでお前に迷惑かけたくないんだよ!」
秀広さんがふりしぼるように言った。
「そもそも悪いのは私だ。お前が動く必要無い」
え……
「……ごめんな」
切そうに眉根を寄せる秀広さんに、私は思わず、
「……どうしてですか?」
「――え……?」
「どうして秀広さんが悪いんですか? だって私が余計なこと言ってこんなことになったのに……」
だってそうでしょ? 何で秀広さんが責任取らなきゃいけないわけ?
「……ふっ……お前、本当馬鹿だな……」
「へっ……!?」
「でも、“いい馬鹿”だ」
「“いい馬鹿”……?」
意味分からん。まったく意味分かんないわ。
「あっ! 秀広さんって、最近笑うようになりましたよね!」
「……そ、そんなことない!」
「そんなことあります! なんで否定するんですか!?」
「ない! 絶対ない!」
「秀広さんが笑ってるとこ見るとうれしいですよ」
そう言って笑うと、秀広さんはそっぽを向いた。あー、意地でも認めない気だコイツ。
「じゃー水汲んで……」
パシッ。
部屋を出ようとした私の手を掴んだのは――
「……行くな」
秀広さん、だった。
「……え……?」
「……お前と二人でいる時間なんて、滅多に無いだろ」
「でも、バレたら……」
「そんなの私がどうにかする。どうでもいい。……お前といるためなら」
「……秀……広さん……」
急にどうしちゃったの? ……あっ、もしかして!
「もしかして秀広さん……」
「な……なんだ」
「寂しがり屋なんですか!?」
「……は?」
だって一人になりたくないってことはそうじゃない? 今思えば、この部屋薄暗いし!
「なるほどー、そういうことですかぁ~」
秀広さんの弱点発見! これで私にも勝ち目が……
「ふざけるな! そんな訳無いだろ!」
「えぇ~!? そんな怒んないで下さいよぉ……!」
いつも以上に秀広さんが怖い……なんで!? どうして!?
――バンッ!
「ひっ!?」
すごい音で戸が開いた。恐る恐る振り返ると……
「鈴、秀広! ちょっと来いっ……!」
うわっ、領主様! ヤバい……バレた!?
「うわ~んごめんなさい!」
「……なんで謝ってんだお前」
「――え?」
え? えぇ? なんでって……
「今はそれどころじゃない! とにかく外に出ろッ!」
訳も分からず外に出される。まさか……お仕置き?
ドン!
――目を疑った。私達を待ち受けていたのは、お仕置きではなく……
「今……紺氏が都に押し寄せてる!」
紺氏の奇襲、だった。