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いろはにほへと  作者: 月山 未来
立春―春分の章
30/30

雨上がり、五月の空

「光~遅いよ、早く!」

「ああ、悪い」

 私は振り向いて光に呼びかけた。しかし光の顔はどこか不満気だ。

「あれ、もしかして怒ってる? そんなに団子屋イヤだった?」

「違ぇよ。怒ってない」

 光はそう言って「早くしねーと売り切れるな!」と急ぎ足で歩き始めた。私もそれを追いかける。

 やっぱり、ちょっと強引すぎたかな? いくら光が優しいとはいっても怒ったら怖いし。怒ってないとか言ってるけど顔が怖いし。さっきまでは普通だったんだけどな……

 そんなことを考えながら団子屋さんまで歩く。

「……ん?」

 頭上にポツリと冷たい感覚。光もそれに気づいたようで、ゲッと声を上げた。

「傘持ってきてねーじゃん。……つか、そもそもこの時代に傘ってあんの?」

「ないに決まってんでしょ。まだちょっとしか降ってないし……早く買って帰ろっ」

 二人揃って駆け出すが、その間も雨は少しずつ強くなっていく。さすがに雨が降り出すと、人通りの多かった道は段々すいてきた。

「……何か、お店閉まってきてない?」

 進むにつれて、『本日の営業は終了しました』などの表示が目立ってきた。この時代の店は雨が降ると営業中止なのか。

「食べ物屋が多いしな。しょうがないんじゃねーの」

「え、じゃあ団子屋さんも……!?」

「可能性はあるな」

 さらに急いで団子屋さんへ向かう。――閉まっているかどうかの確認だけでもせめて!

 そしてやっと団子屋さんについた。

「あーもう髪びしょびしょ」

 張り付いて気持ち悪いよぉ……でも団子のため!

「ふう、良かった……開いてた」

 幸運なことに団子屋さんだけは閉まらずに営業中だった。……って待った。団子屋さんだけって、

 急に不審に思い、周りを見渡す。すると他の店はすべて閉まっているのに、団子屋さんだけは不気味な明かりを灯しながら、雨の中営業中だった。その光景が妙に気味悪く感じ、私は思わず光の腕を掴んだ。

「……光、ごめん。帰ろう」

「え? 何だよ急に。せっかくここまで来たんだから買ってけって」

「ううん、いい……」

 光は怪訝な顔をしつつ団子屋さんを見た。そして、――光の視線が止まる。

「……嘘だろ……」

 そんな声を聞いていた私は、もう一度団子屋さんを見る。雨で見えづらい視界。しかしその中に見えたのは一人の女の人だった。女の人が、店の前に佇んでいたのだ。

 ……あれ? こんな人、いったっけ……?

 目を凝らして女の人をよくよく見ると、うっすらと笑っているように感じた。

「お前、何で……」

 光はそれ以上、言葉が続かないようだ。全身を黒で覆っている女の人は、光をまっすぐ見ている。

「……こんなところに、いましたか」

 やがて沈黙を破り、女の人はそう言った。

「どういう意味だ……」

 光の声が震える。

「その方が愛しのレディですか? 良かったですね、一緒になることができて……」

「ふざけるな!」

 久しぶりに聞いた光の怒鳴り声に、私は思わず肩が跳ねた。

「誰のせいでこんな目にあったと思ってる……? お前があの日、俺を惑わすようなことを言ったからだろ!?」

 私はその言葉で、この女の人は例の占い師だと悟った。

「しかしそのおかげで愛する人と結ばれた……あなたの願いは叶ったんです」

「叶った? これがか? 冗談も休み休み言え」

 こんなに怒った光は初めて見たかもしれない。こんなに感情を出す光を。

「あなたは未来へ戻る時が来た……願いが叶ったのなら、元いた場所へ戻るのが掟……」

「掟なんて知るかよ。そんなのお前が勝手に言ってるだけだろ」

「どちらにせよ、もう戻らなければいけないのです。戻らなければ……」

 女の人は思いつめたように顔を伏せる。表情は分からない。

「――あなたたちは消えてしまう」

 ……え? それって、つまり……?

「死ぬって……こと、ですか……?」

 私が聞くと女の人は少し驚いたように目を見開き、「はい、そうです」と返した。

「……んだよそれ……何で鈴音まで!」

「だから言っているのです。未来へ戻りましょうと」

「で、でも戻り方が……」

「私が未来までご案内します。なので……」

「断る」

 女の人の言葉を遮り、光が言った。

「え、光?」

「お前なんて信用できるか。俺たちは未来へ戻るまであと一歩なんだ。邪魔するな」

 頑なな態度が真剣さを物語る。でも、

「どうして? せっかく未来に連れてってくれるって言ってるのに……」

「俺はこいつを信用できない。ただそれだけだ」

 光はその姿勢を崩さない。そんな光に女の人は言う。

「あなたたちを未来へ連れて行くには、代償が必要です。その代償は私の命で構いません。……だから信じてください」

「じゃあ、私たちが未来へ行ったら……あなたは死んでしまう?」

「ええ、いいんです。私は空間の人間ですから……」

 空間の人間? 意味が分からずに私が聞くと、女の人は教えてくれた。

「時代の間には隙間があるんです。その隙間を移動して様々な人を送り届けるのが私の仕事……」

「で、でも……だからって死んでいい理由には、」

「私のような人間など大勢います。一人くらい……いいんです。それに私はもう生きていませんし」

「……もう、死んでいるんですか?」

「はい。だから時代の隙間を移動することが出来ます。その私が死ぬとなると、仕事を失うという意味です」

 そう言い終えた女の人は、ふうっとため息をついた。

「私が見えているということは、心を欲しがっている証拠なのですよ」

 しかしもうじき見えなくなりますね、あなたたちの場合。女の人はそう言って続けた。

「さあ、行きましょう。あなたたちの戻るべき場所へ」

 差し出された手を、私と光は振り払わなかった。


 秀広がそれを聞いたのは昼過ぎのことだった。鈴と光の帰りが遅いのはなんとなく分かっていたが、その予想をまったく裏切ることなく、である。

「……帰ってこない? あいつらが?」

 同期によると、来客担当だった者が二人の様子を見ていたらしい。二人は確かに町の方へ歩いていったが、それきり帰ってこないのだそうだ。

 ああ、またか。と秀広は頭を抱えた。また嫌な予感が当たってしまった。

「訓練までに戻ってくるって言ってたのに……訓練の前どころか昼になっても戻ってこないんだよな、あいつら」

 要するに愚痴なのだろう。しかし秀広にとってその報告は聞き捨てならないものだ。

 今まで嫌な予感などたくさんあったが、今回はどんなものか予想できない。それだけに不安があおられる。命に別状がなければいいのだが、

 ……いや、良くない、か。

「悪いが私の代役を頼む」

「いいけど……捜しに行くのか?」

「ああ。連れ戻してくる」

 そう言わないと現状を把握できない。連れ戻すんだ、あいつらはまだ――

 まだ?

 歩きながら秀広は考える。……まだ、なんだって言うんだ?

 外は雨が降り続く。それが容赦なく秀広を濡らした。まだ、いてほしいだけなんだろうか。失うのが怖いだけなんだろうか。今までは当たり前だった存在を、失うのが――

 秀広は水分を含んで柔らかくなった地面を、蹴るようにしながら走り始めた。


「雨か。桜が散ってしまうな」

 真次がそう言って外の桜の木を見る。

「ええ、せっかく咲いたのに……もったいないですわね」

 桜子は答えつつ落ち込んでもいた。鈴音様が来てから初めての春なのに。綺麗な桜を見せてさしあげたかったのに。

 雨は止む気配がない。桜の花びらを落としていく。しかし、雨の中の桜というのも悪くない気がした。どこか趣がある。

「わたくし、鈴音様を呼んできますわ。三人でお花見しましょうか」

 そう言って部屋を後にした。

 お花見と言えるものかどうかはさておき、この空間を共有したかったのだ、多分。しばらく歩いて鈴音の部屋に着くと、桜子は戸を開けて顔を出す。

「鈴音様、よろしければ一緒に……あら?」

 しかしそこに鈴音の姿はなかった。それどころか部屋の中が妙に寂しい。こんなに殺風景な部屋だったかしら。桜子はそう思いつつ部屋の中に入る。

 そして、気づいてしまった。あるべき荷物が片付いていることに。

「まさか……?」

 そんなわけ、あるのだろうか。こんなに早く行ってしまうの。

 桜子はしばらくそこに立ち尽くしていた。   


                  *


 気がつくと地面が視界に映っていた。茶色くざらざらとした砂は、体に食い込んで少し痛む。

 自分が地面に横たわっていることを理解した私は、起き上がって周りを見渡した。そこには見覚えのある白っぽい校舎や、規則正しく並んだ木々が日差しを跳ね返すように存在している。

 ……とうとう、戻ってきちゃったんだ。

 考えなくても分かる。目の前に広がる光景は間違いなく自分があるべき場所のもので、それをはっきりと目に焼き付ける。そうでもしないと、自分がここにいるのを実感できないのだ。

「……光、起きて」

 隣に倒れこんでいる光を軽くたたきながら、私は自分がここの人間なんだと思う。私、こんなとこにいたのか――

「う……ん? え? 何……」

 光はそんなことを言いつつ頭を押さえる。そして上半身を起こして、私がしたのと同じように周りを見渡した。

「……きちゃったか、ついに」

「うん」

 そしてどちらともなく立ち上がる。

「……何か、すごいよね。あっけなかったって言うか……」

 私はそう言って空を見上げた。あの日――五月の、まだ自分を探していた時のような青い空。もう五月かと、まだ自分は色んなものから逃げているのかと。そう思った、あの日の。

「そういうもんだろ、時なんて」

 そうは言いながら光もどこか寂しそうだ。

「……って、え!?」

 私は思わず声を上げて光を見る。

「何だよ?」

「光、髪の色が……戻ってる!」

 あの時は金髪だったはずの光の髪は、すっかり黒く染まっていた。

「え、ウソ。マジで?」

 光は毛先をつまんで見ようとしているが、思うように見られないようだ。

「何でだろな。時を超えたら、色々と不思議なことが起こるのかもしれねーな」

 そして私と光は校舎へと歩き出した。


 土が雨と混じって跳ね上がる。しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 秀広は雨が降りしきる中、町の方へと急ぐ。

 “鈴音が団子屋に行きたいってうるさいから”

 光のその一言を信じてそこへ向かう。

 いなくなってはほしくないが、伝えるべきことは伝えた。もう後悔などない。それなのになぜ、私は――

 こんなに追いかけようとしているのだろうか。

 せめて見届けたい。そんな気持ちがあったからかもしれなかった。

 目的のそこに着くと人影はなく、石が一つ落ちているだけだった。

「これは……」

 あの時、光が持っていたものだ。ここに落ちているということは――行ってしまったのか。

「……くそっ」

 石を遠くまで蹴り飛ばす。それは空中で回転しながら水たまりに落ちた。

 雨はただ降り続く。冷たく、何かを侵食していくように。ふと空を見上げると、うっすらと虹が架かっていた。まるであいつらがあんな遠い場所にいて、消えつつあるような。それでも、

 永遠になくなってしまうことはないんだろう――

 また、いつか。そんな気さえするのだから。


「これは……」

 桜子は一枚の紙を手に取った。それは棚の隙間に挟んであり、見てはいけないものなのではという罪悪感が襲う。

 鈴音の部屋で見つけたそれは、どうやら手紙のようだった。でも仕方ないわよね、こげ茶色の棚に隠したって白いから目立つんだもの。そう考えて罪悪感から逃れた桜子は、その紙を広げる。

 それは、鈴音が書いたものだった。


『みんなへ 

 皆さん元気ですか。私は元気です。

 もう分かってると思いますが、私は未来へ帰りました。というか、帰ってると思います。分かんないけど。

 でも、私がいなくなってからこの手紙を読んでくれていたらと思います。そうすれば、少しは私のことを思い出してもらえるので。

 私がみんなのところに来た時、正直いやだなぁと思いました。秀広さんの第一印象とか、もう最悪。でも、そんなの最初だけで、慣れると楽しかったです。戦いとかあったし、私このまま死ぬのかなって思う時もあったけど、やっぱりここに来て良かったなぁって、そう思えました。そう思わせてくれたのは、みんなです。本当に感謝してます。一緒にいる時はなかなか言えなかったけど、心の底から思います。ありがとう。

 優しい桜様、厳しいけど頼れる秀広さん、いつも冷静な領主様、元気な風花、かっこいい雪継、人思いの大介さん。みんな大好きです。

 私は馬鹿なのでみんなにたくさん迷惑をかけました。ごめんなさい。

 でも、これからも平和にやっていってください。未来から応援しています。

 追伸 庭園に立派な桜が咲いていました。お花見にはちょうどいいと思います。

川中鈴音』


 しばらく手紙を見つめ、桜子は目頭が熱くなった。

 庭園に立派な桜が咲いていました。

 伝わったのかな、と思う。あの日、見せようとした桜を鈴音もちゃんと見てくれていたのだ。そのことが純粋にうれしかった。

 部屋を出て外に向かう。先ほどまで降っていた雨は止み、空には虹が架かっていた。よく晴れた、青空だった。

「……行ってしまったのですね……」

 一人つぶやいた桜子の頭に桜の花びらが風に乗ってやってきた。それにつられるかのように、前を見ると秀広が戻ってくるところだった。

「桜様? どうかされましたか」

 手紙のことを言おうと思ったがやめておく。

「……いえ。何でもありませんわ」

 不思議そうに桜子を見る秀広に、

「今度、みんなでお花見しましょうか」

 と提案してみる。秀広はまだ不思議そうに桜子をみていたが、やがて「そうですね」と返し、少しだけ笑った。手紙はお花見の時にでも、みんなの前で読めばいい。

 もう少しだけ、自分だけの秘密にしておこう。

 桜子はそう思いつつ、手紙に添えた手に力を込めた。


                  *


「誰もいないのかな?」

 私はそう言って周りを見る。

「じゃねーの? だとしたら今日は休みの日か、平日の放課後?」

 光も言いながらキョロキョロと首を動かす。

 校舎の中はシンと静まり返り、人の気配はない。

「あ、でも待って。何か物音聞こえない?」

 ちょうど職員室の前まで来たので、ドアに耳を近づける。人の声は聞こえないが、パソコンを操作する音やプリントを印刷する音が聞こえた。

「教室行ってみようよ。日付とか分かるかも」

 私の意見に光も「そうだな」と頷き、自分たちの教室に向かう。光とは違うクラスなので途中で別れ、それぞれの教室のドアを開けた。

 二年三組と書かれた黒板には欠席者・遅刻者・早退者な名前が書いてある。その黒板の隣には五月の予定表が貼ってあった。

「え? ……五月?」

 そしてさらに隣は担任の佐藤さとう先生が毎日作って貼ってある学級通信。その日付は五月七日で止まっている。つまり今日の日付は五月七日ということだ。

「ちょ、ちょっと待って……」

 五月七日って……タイムスリップしたあの日だよね!? つまり、ということは。

「鈴音!」

 そのタイミングで光が入ってきた。

「日付見たか? あの日から……」

「うん、あの日から一日も経ってない……」

「どういうことなんだ……」

 念のため横目で学級通信をもう一度確認したところ、今年の五月七日だったため一年前とか一年後という可能性はない。

「あ、いま何時?」

「五時だけど」

「まじか……」

 五時って部活の人しかいない時間だしな。今から家に帰ったら間違いなく、「あんた今までどこで何してたの!」とかお母さんに怒られそうだ。

「……お前ら、そこで何してる」

「ひいっ!」

 背後から声が聞こえて思わず飛び上がった。

「さ、佐藤先生……」

 そこには『学級通信生みの親』の佐藤先生が仁王立ちしていた。

「あ、あの聞いてください! 私たちタイムスリップしてっ……!」

 気が動転してそんなことを口走った私に、光が口をはさむ。

「バカ、何言ってんだお前!」

「……タイムスリップ?」

 佐藤先生はポカーンと口を開けたまま私と光を見る。その様子がリスみたいで笑いがこみ上げるが、それを押し殺している間に落ち着いてきた。

「あ、いや何でもないです。そういう遊びが流行ってるんですよ、今」

 というのはもちろん嘘だ。タイムスリップごっこなんて何が楽しいんだと我ながら内心激しく謎。

「そうか。最近の中学生はよく分からんな」

 って信じたの先生!? 意外と純粋。

「あの……先生に聞きたいことあるんですけど」

 佐藤先生は社会科担当だ。それに感謝しつつ、さらに言葉を重ねる。

「平安時代に、武士っていたと思いますか?」

 その質問が虚を突いたらしく、先生は少し考え込んだ。

「……もしかしたら、いたのかもしれないな」

 まさかそんな答えが返ってくると思わなかったので、私も驚いた。……大人って、現実味のある考え方しかしないと思ってたんだけど。

「歴史で勉強するのは、あくまで人間の推測でしかない。いくら研究が進んでも、その場にいた人が証言してるわけじゃないからな。絶対こうだというものは存在しないんだ」

 そう語った先生は顔を上げ、

「だからいたのかもしれない。平安時代にも、武士ってもんは」

 清々しい笑顔で先生は言い切った。

 なんだか、その一言に救われた気がする。いたのかも、しれない――

「じゃあ、お前らも早く帰れよ。タイムスリップごっこだか何だか知らないけど」

 違うんだよなぁ、ごっこじゃないんだけど。とは思ったものの、自分が言ったことなのだから仕方ない。

 そして私と光は学校を出て歩き出した。

「……あのさ」

 光がそう言って立ち止まる。

「お前って……好きなヤツいんの?」

「は?」

「いや、いないんなら……俺が付き合ってやっても、いいけど?」

 何じゃそりゃ。随分と上から目線だな、おい。

「好きな人はいないけど光はちょっとな~」

「ちょい待て。地味に傷つくんだけどそれ」

「知るかっ」

 そしてまた歩き出す。

「じゃあ、どんなのがタイプなわけ?」

 少し不満そうな顔をして光が聞いてくる。イケメンってどんな顔もかっこいいから羨ましい。

「えっと、優しくて、弱そうに見えて強くて、友達思いの人」

「理想高いな」

「あともう一つ」

「え、何」

 興味深々と言った様子で見てくる光に私は返す。

「光には教えなーい」

「何だよそれ」

 あと一つ。いろは歌が歌える人がいいな。

「だって光、いろは歌ムリじゃん。歌えないでしょ」

「意味わかんねぇし」

「いろはにほへと、ちりぬるを。……はいっ続き!」

「は? 知らねぇよ」

「ほーらやっぱり」

「いいから教えろって」

「ヤダ」

 今日はよく晴れていた。あの日と今日は同じ日だけど、あの日の私と今日の私は違う。

「何だよ、気になるじゃんか」

「いろは歌だっつーの」

「だから意味わかんねぇって」

 明日も晴れると思う。だって今日は、綺麗な夕焼けだったから。

「いろはにほへと! これだけでも覚えなさいよね」

 五月の風が私たちの間を通り抜ける。夕日はもう少しで沈みそうだった。

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