本当の真実、魔法の言葉
ポンポン。
「ん……」
トントントン。
「んー……」
ドン!
「……いったぁ!」
もう、何!? 朝からなんですかぁ!?
「早く起きろ! このねぼすけがっ!」
眠たくて目をこすっていると怒られた。この声は多分、秀広さん。
「……今何時ですかぁ?」
「もう6時だボケィ!」
「……はぁ? 6時ぃ!?」
6時ってむしろ早くない!? なんでそんなんで布団から落とされなきゃいけないのよぉ!
「ったく、朝は5時起きだって言っただろう!?」
「そんなの聞いてません!」
「お前が聞いてないだけだ! 人の話を聞けドアホ!」
朝からボケだのドアホだのなんだってのよ! 昨日と態度違いすぎだろ!
「まあまあ、そんな怒らんでもいいだろ、秀広」
戸から顔を出しているのは領主様である。
「ですよねぇ! 寝坊でこんな怒んなくたって……」
「味方が増えたからっていい気になるな!」
またぴしゃりと言われて落ち込む。ちぇ、なんだよ。なんだよぉっ!
「鈴は早く着替えて来い。待ってるから」
領主様は相変わらず優しい。それと比べて……
「……秀広さんも少し領主様を見習ったらどうなんですか」
「お前に言われる筋合いないわ!」
くっ……秀って呼べって言ったのはどこのどいつだよ。
「……あの」
「なんだ」
「ちょっ……と外出ててもらえますか?」
「なんでだ」
「いや、着替えるんで……」
男として生きる、とは言ったけどそれは性格や内側の問題。
「お前は女か!」
「はぁ!? 男だとしても着替える時出てて下さいって、あり得なくないでしょう!?」
すると、
「秀広、今日は的当ての訓練だ。準備しておいてくれないか」
「ああ、はい。分かりました」
領主様が指示を出した。……もしかして? そこまで考えてぶるんぶるんと首を振る。
そこまで気にしたわけじゃない! 断じて違う。本当に準備してほしかっただけ!
「鈴、ゆっくりでいいからな」
そう言って優しく笑い、(もちろんちゃんと戸を閉めて)領主様と秀広さんは出て行った。
「……だって私のこと男だと思ってたじゃない……」
いじけるようにつぶやいた。
*
「え――――――――――――――っ!」
思わずあり得ないくらいの大声で叫ぶ。こんなに声が出るの私って。と、内心思ったくらいだ。
「うるさぁい! 黙って撃て!」
「無理です! 人なんか撃てな……いったぁ!」
抗議していると秀広さんにげんこつでぶんなぐられた。
「黙って撃てと言ったら黙って撃て!」
「だって、人殺しみたいなこと出来ません!」
「ちゃんと防御も出来る者ばかりだ! 怪我の心配はいらん!」
「そういう問題じゃ……」
てかそれ以前になんで新入りがこんなことしなきゃいけないの!? 普通筋トレとか、基礎体力作りとかからやりません?
「……怖いのか」
「はい?」
なんですか急に。
「そうかぁー、お前失敗して恥かくのが怖いのかぁ。そうかそうかー」
ムカッ。何それ! 完っ全に子供扱い!
「そんなんじゃありません! ただ単に人を撃つことによって起こる罪悪感が嫌なだけです!」
「無理に強がんなくてもいいんだぞ。そういうことならやんなくていいんだからなぁ」
「はぁ!? だったらやりますよ! やればいいんでしょやれば!?」
何よ! めっちゃムカつく! その余裕な顔がムカつく!
「……なんだ。あのキャンキャンうるさいのは」
真次はそこにいた秀広の同期につぶやいた。
「さぁ。なんかやけに単純って言うか……秀広のわざとらしーいひっかけにも、見事にこう、つっかかってくれるんですよ。よく言えば純粋なんですけど……」
「悪く言えば?」
「……馬鹿、ですね」
まったく突っ込みどころのない言い方に真次は少し呆れ気味で、
「使えそうか?」
「……どうでしょう。これからの頑張り次第って感じです。今の段階ではとても戦いに使えそうにありません」
「……そうか……」
少し考え込む。すると、
「でも」
まだ何かあるのか、と真次は眉をひそめた。
「あいつ、ずいぶん表情豊かになりましたよね」
あいつとは鈴ではなく秀広のことのようだ。
「……そうだな。もしかしたら……」
「はい?」
「いや、なんでもない」
否定はしたが多分そうだろう。秀広は……
「もう一回! もう一回だけやらせて下さい!」
飛んできた声の方を向く。
「ダメだ! お前全然手本見てなかっただろ!?」
秀広は間違いなく鈴のせいで変わった。……いや、鈴のおかげで変わった、と言うべきだろうか。
「もう、全然当たんなぁーいっ!」
「馬鹿! 終わりだって言っただろが!」
もう昔の秀広ではないのだろうか。今の秀広の中には、もうあの頃の秀広はいないのだろうか。
「やったぁ! 当たったっ! 当たりましたよ、ほらあそこ!」
「かすっただけだろが! どうせならど真ん中に当てろ!」
「初めてなんだから誉めてくれたっていいじゃないですか……」
本気でしょげる鈴に秀広は少し戸惑った。
「……別に誉めてもらいたいわけじゃないですけどぉ……」
「どっちだよ」
「誉めて下さい!」
あんまりストレートに言われても困る。自分でも分かっているのだ。その笑顔で何か言われると、何も言えなくなってしまうということを。
「……よくやった」
やっとそれだけ絞り出す。
「あれぇ? 声が小さくて聞こえないなぁ。なんて言ってるんだろぉ?」
「……お前は……!」
こんな気持ちになっただけ損をした。そうだ、こいつはそんなところまで考えられるわけがない。
「わー! 怒ったー怖ーい!」
訓練なんて、ロクなもんじゃない。
*
からすの鳴き声が聞こえる。この時代にもいるんだなぁ、と未来とここを繋げる物のような気がして安心する。
「鈴音様!」
「うわっ!?」
いきなり桜様が飛び出してきた。思わず持っていた防御具を落としそうになる。
「な……なんですか?」
こんな廊下で話してていいのかな。少しキョロキョロ。
「領主様から聞きましたよ! すごいです!」
……まったく状況を呑み込めない。え、何が?
「なんのことですか?」
「もーお、とぼけちゃって! 今日はお祝いですね!」
お祝い? んーと……あっ、私疲れてんのかな。ほら、訓練終わったばっかだし。
「お祝いですかぁー、なんかすごいですね」
「他人事みたいに言わないで下さい! 鈴音様のことじゃないですか!」
ほら、と腕を引っ張られて奥の大広間まで連れて行かれる。
「……はぁ?」
思わず声が出た。だって、そこには豪華な食事に綺麗な服を着た人達。……なんで?
「何事ですか、これ?」
「本当にご存じないんですか?」
「知ってるも何も……なんのことだかさっぱり」
領主様に聞いた方が早いかなぁ。
「そうですか……じゃあわたくしが申し上げてもよろしいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
お祝いってくらいだから、何かいいことなのかな。
「あのですね、領主様が鈴音様を」
うんうん。
「戦いに出すと言っていましたの」
「……えっ?」
え、何……戦いって……
「ええ――――――――ッ!?」
戦いぃ――――――!? はぁっ!? それって……それって……
「本当に領主様が?」
「ええ、おっしゃってましたよ」
……うっそ……ここに来てまさかの……
「戦い――――――――――――――――――――――――――っ!?」
戦い=◯◯の乱とか◯◯の戦いってゆーイメージがあるんですけど……でもそういうのって……
“ってことは、死んじゃう……ってことも?”
“場合によってはあり得る”
ってわけですよね!? 嫌だ! 私この若さで死にたくないー!
「ど、どうしよう……私……」
「うれしくて仕方ないですか?」
「……え」
何、これ。死にに行くのにうれしいわけないでしょお!?
……でも、なんかつっかかる。私がいるこの時代は、平安時代。平安時代って言えば一番穏やかで優雅な時代のはずなのに……
「えーっと……」
記憶の中で歴史の教科書を思い返す。うん、平安時代は武士なんか存在してるはずがない。みんな一般の人か、貴族だよ。なのにこの都には秀広さんや領主様、それにたくさん武士がいて……武士多すぎじゃない?
「とりあえず座りましょう!」
桜様はもうルンルンである。……この時代の武士って、一体なんだ?
戦いなんてないはずなのに。武士なんて存在しないはずなのに。
「鈴音様!?」
桜様がびっくりするのをよそに、私はその場から駆け出した。
――もう行くところなんて決まってる。領主様だって私にしか名前を言わなかった。秀広さんだってなんか怪しい。
なんでよ。あなた達は何かを隠してる。領主様が真次さんだってことも、秀広さんに何かあったってことも全部――……どこかできっとつながってる。
――じゃあ私は――?
思わず足が止まる。みんなここの人は何かを隠してるって言うけど、じゃあ私は?
どうしてここに来たの? なんでここの人たちと出会ったの? 私が武士になったのは何か意味があるの?
怖い。私はいつだって、誰かの真実のその先を知ろうとした。その先に何があるのかも知らずに。その真実が自分にとって必要なのか、確かめもしなかったんだ。だからこうなってしまった。
自分が情けないのは分かってる。それでも私は、今ここに、この時代にいるために知らなきゃいけない。本当の真実を受け止めなければならないのだ。
「領主様ッ!」
ほとんど叫ぶように呼ぶ。
「……鈴か」
ゆっくり振り向いたその姿は、いつもより大きく見えた。
「お前なら来ると思ってた」
ぽんっと頭に手がのる。ほら、いつだってあなたは――
「聞いたんだろ?」
はるかに私の想像を超えるんだ。それでびっくりしている私を気にもしないで。でも、それなのに。
「ごめんな」
いつもその声は優しいから――私は何も言えないんだ。
「……大丈夫です」
目から温かいものがあふれてくる。それはこらえきれずに頬を伝った。
領主様は行こうとしたけど、私の様子を見て少し困ったように笑った。
「そんな顔するな。お前は絶対に死なせない」
そーゆーので泣いたんじゃないのに。私は、ただ知りたいだけなの。
「あの、一つ聞きたいんです」
そう、私はそれを聞くために来たんだ。
「なんだ」
「……あの……」
――怖い。なんて言えばいいの。
「……なんで戦いに出るのがうれしいんですかッ!」
思わずどうでもいいことを聞いてしまう。私は、臆病で、情けなくて、とても小さい。
「……そんなことよく考えれば分かるだろうが」
「よく考えても分からないんで」
私、馬鹿だから、と付け加える。
「……戦いに出ると敵の首をはねたりする。それが手柄となって出世できるのだ」
声が出ない。どうして。どうしてそんなことが平気で出来るの――
「お前が思うほど、この世界は甘くない」
……自分の手柄? 出世? 確かにそれはいつの時代だって必要だ。でも、それでいいのか。相手を傷つけ、そして傷つけられ、それでも構わないと人を平気で。
「……なん……で……」
また涙が出てくる。くそっ、こらえきれない。
「なんでそんなことが出来るんですか……人を殺すんですよ? 殺人ですよ? それを自分の手柄にして……人を傷つけた後の自分の心の傷の重さを、あなた達なら十分知ってるはずです! それが武士じゃないんですか!? それとも武士はそんなに無神経なんですか!?」
領主様の顔が険しくなる。……構うもんか。
「失望しました。あなた達だけはそんな心を持っていないと思ってたのに!」
――パシンッ。
領主様の手は、確かに私の頬を……打った。
“私の名は、真次だ”
……分からないよ。ぶん殴っちゃう私に、どうして。どうして自分の名前なんか――……
「私だって変えたい。変えられるものならな。でも」
“お前、ちょっと変わったな”
「私の力なんかじゃな、変えられないんだ」
“表情が……優しくなった”
「――変えられないんだよ」
感情を押し殺した声。領主様の気持ちは痛いほど分かるのに。私は何も出来ない。
「……だから、お前に変えてほしい」
――え……?
「言ったろ、貸しは返せって。……お前にしか変えられないものがあるんだ」
「……そ、それは……」
「お前の答えはもう一つしか無いんだぞ」
……ほら、そういうとこがズルいんだ。
「分かってます」
それでいい、と軽く笑って領主様は行こうとした。……が、
「領主様」
――きっとここの人はみんな素直なんだ。だからわたしも、
「変えられますよ」
言いたいことが言えるんだ。だから私は。
「未来はいくらでも変えられます」
ここの人達が大好きなんだ。
「未来の主人公は自分なんです!」
ありったけの想いをこめて叫ぶ。お願い。お願いだから、伝わって――
……でも、何を伝えたいのかって……肝心なとこが私は分からないんだ。それでも、
「主人公、か――……」
領主様がつぶやく。そしてゆっくり微笑み、
「……ありがとな」
あーあ、そんなこと言わなきゃこのままでいられたのに。やっぱ、ズルいよなぁ。
「貸しは返します、絶対!」
遠ざかる背中に投げかけた。領主様は振り返らず、手だけあげたまま行ってしまった。
“……だから、お前に変えてほしい”
認めてくれたみたいでうれしかった。私にしか変えられないって。
「ごめんなさい」
何も分かってなくて。私は随分前から分かってたはずなんだ。ここの人達の、心の温かさを。
*
「ふわぁ……」
今日は疲れましたぁ。鈴、直行で布団もぐりまぁーす。……の、はずが。
「……鈴音様」
「あ! 桜様!」
「あの、何かありましたか?」
「えっ……」
あ、そっか。桜様は私と領主様のやり取り知らないもんね。
「いや、別に……ちょっとびっくりしちゃって! ほら、急に戦いとか……」
そういえば、一番聞きたかったこと聞けなかったな。
「そうですか」
「はい。……あ、私戦いにちゃんと出ますから!」
「……え……」
「この時代に生きるって決めたし、今さら変えられないし」
だから、とつなげる。
「ここの安全は私が守ります!」
――もう迷わない、絶対に。私はここで生きていくんだ。
「もちろん、桜様も私が守ります」
「……鈴音様……」
「……って、私みたいなポンコツが守んなくても……いくらでも桜様のこと、守ってくれる人いますけどね!」
あはっ、と自分の発言を取り消す。
「そんなことありません!」
「えッ?」
いきなり大声を出した桜様にびっくりする。ど、どうしたんで……
「わたくしは鈴音様をポンコツだなんて思ってません! むしろ……鈴音様に守ってもらいたいくらいです!」
……それ……それ、最大級の誉め言葉!
「……だから、自分のことあんまり悪く言わないで下さい……」
「ありがとうございます。私、一生桜様を守ります。私がついてます!」
「……す……音様……」
ほとんど聞こえない声だったけど、私の名前だってことは分かった。
「わたくしっ、鈴音様……と、逢えてっ本当に良かったですっ……!」
ポタポタと桜様の目から涙が落ちる。え、嘘!? まさか私、泣かせちゃったぁ!?
「なっ……泣かないで下さいよ! なんか私が泣かせたみたいな……」
「あ、すいません……でも」
ひっく、としゃくり上げたまま言葉を続けている。
「鈴音様がもし死んじゃったら……どう、しよっうっ、てっ……」
……やっぱり、そうなんだ。いくら武士を称えても、戦いを喜んでも。みんなそこからは逃げられない。
「……大丈夫です……」
私は桜様に抱きついてしまった。だって、そうでもしないともらい泣きしそうだったのよぉ!
「私は桜様を守りきるまで死にません!」
最後は結局、ほぼもらい泣きである。
……ふと、思いついた。
「もし私が戦いに出てるとき、不安になったら唱える呪文みたいなの、考えません?」
「……呪文?」
「呪文って言ったら聞こえが悪いですけど。なんか、魔法の言葉みたいなの」
「……いいですね……!」
う~ん、と考え込む。……あっ。
「桜様、いろは歌知ってます?」
「知ってるも何も、小さい頃みんな覚えさせられますわ。五十音は言葉の基本ですもの」
そう、私が提案したのは“いろは歌”! この時代の、今で言う「あいうえお」を歌にしたやつ。
「いろはにほへと ちりぬるを」
「わかよたれそ つねならむ」
「うゐのおくやま けふこえて」
「あさきゆめみし えひもせす」
「ん!」
いやぁ、まさか桜様といろは歌をうたう日が来るなんて……
「これでよくないですか? ……でも、全部は長いから……」
「最初だけ、ですか?」
くすっと桜様が笑う。
「そうです! 私最初の七文字好きなんですー!」
「じゃあ、“いろはにほへと”ですね!」
決定! と騒いでいたら、就寝時間の五分前を知らせる鐘が鳴った。
「わっ、早く部屋行かないと!」
「わたくしも……」
慌ただしく動き始める。
「桜様! いろはにほへと、忘れないで下さいね!」
「はい、絶対忘れません!」
本当に今は楽しいなぁ。ここに来てよかった。
――そんなことを思っていられるのも今のうちでした――