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いろはにほへと  作者: 月山 未来
立春―春分の章
28/30

本気と天使

「きゃ――――――――――――っ!? 雪、雪溶けてるぅ!」

「うるさい! 何だ一体この朝早くから!?」

「だって! 雪溶けてるんです! まだ雪合戦してないのにー!」

 せっかくやろうと思ってたのに! 忘れてたよもう……

「別にいいだろそれくらい」

「ええー、冬の楽しみですよ。もう冬も終わりかぁ」

 季節は確実に進んでいる。この前は雪もちゃんとあったのに今日の朝起きると地面が顔を出していた。

「まだ雪残ってるからできなくもないけどな」

「いやいや、たまに入ってる氷が相手に当たるのがいいんですよ。もう柔らかい雪しか残ってないじゃないですか」

「うわ、絶対にお前とは雪合戦したくない」

「何でですかぁ!」

 秀広さんに対戦拒否をされたところで私たちは食堂に向かった。

「あ、領主様。おはようございます」

「おう、おはよう。……さっき誰かの悲鳴が聞こえたんだが」

「え、えーと……あは! 誰でしょうね~」

「鈴ですよ」

 と秀広さんにあっさり切り捨てられて私は黙り込んだ。

「そういえば今日なんだが、全員で都の補修作業をすることになった」

「え、補修?」

「ああ。この前の戦いでだいぶ傷んでいるからな」

「全員ってすごいですね! 初めての共同作業!」

 光とかも一緒ってことか。なんか、――進歩したよねこの組織。

「二人も頼むぞ。これから虹氏が過ごす大事な都だからな」

「はい、もちろん!」

 敬礼をビシッと決めた私に対して秀広さんは無表情で「はい」と頷いた。相変わらずクールだよね、この人も。……でも、少しだけ表情優しくなったんだよな。今思えば秀広さんは結構笑うようになった。笑うとそれなりにイケメンなんだけど。いや元々か。

 そうして虹氏の都の補修作業は始まったのである。


 予想以上に都は傷んでいたらしく、かなりの時間がかかりそうだった。

「でもこんだけの人数いたら早く終わりますって!」

 私はそう意気込んで領主様を見た。

「まぁそうだな。前の三倍もいるわけだし……」

「で、私は何すればいいですか?」

「そこら辺の奴に聞け。みんなそれぞれ自分の出来ることをやってるからな」

 そこら辺って……大雑把だなぁ。まあ領主様が大雑把なのは前からですが。

 とりあえず一番話しかけやすい光を捜すことにした。……といっても金髪なので嫌でも見つけられる。

「あ、光ー」

「ん? 何?」

「いま何やってたの?」

「外壁の修理かな。でも人手足りてるから木の植え直しに行くとこ」

「あ、じゃあ私も行く」

 木の植え直しなら私にもできそうだし。重労働は男の人に任せよう、そうしよう。

「本当に大丈夫か? お前ドンくさいから……」

「うっさいわね! 一言余計よ!」

 ふーんだ、どうせドンくさいですよ私は。悪かったわね。

 いじけつつも光の後をついて行くと荒れた庭園についた。

「結構荒れてるね……」

「まずは土からだぞ、これ」

 光も少しため息をついた。

「はい」

 そう言いながら光が渡してきたのは何かの道具だ。

「何これ」

「それで土を耕すんだよ。言っとくけどかなり大変だからな」

「え、やだよ疲れる」

「しょーがないだろ。ほら、さっさとやれって」

 しぶしぶ手を動かす。うわ、重。何これ無理だわ。

「う~重い……キツイわー」

「日頃の運動不足をせいぜい後悔するんだな」

「何よ、私だって訓練してたんだから」

 こうなったらヤケクソだ! とっとと終わらせてやるもんねーだ!


 どれくらい時間が経っただろうか。しばらくすると先輩が声をかけに来た。

「お、お疲れ。ここにいたのか」

「はい……どうしたんですか」

 大分くたばってんなぁと苦笑いした先輩は、

「そろそろ昼飯だから。きりのいいところで上がってこいよ」

「え! ホントですか!? ね、光! 昼ご飯!」

「分かったから……」

 光は少し呆れ顔で私を制すると、じゃあもう行くかと言って先輩の後に続いた。

「うーん、疲れた……」

「今日中に終わればいいけどな」

「終わらせるんだよ!」

 そんなどうでもいい会話をしながらみんなの元へと向かう。

「あ、ねぇ光。そういえば、ずっと気になってたんだけどさ」

「何?」

 私は少し声を小さくして続けた。

「どうやって未来に帰るの?」


                  *


 秀広は自分の持ち場の作業が終わると、昼食をとるために食堂へと向かった。

 都は外側だけが傷んでいるので部屋や食堂は無傷だ。外壁と屋根、庭園の整備。大雑把に言えば作業はそれだけだが、都全体となるとやはり時間も手間もかかる。そしてかなりの重労働だ。

 あいつはまたへたばってないだろうか、という余計な考えが頭によぎった。

 違うだろ、違う。そのことではなく。私が考えなければいけないのは鈴へどうやって告白するかであって。しかしいざ考えるとなると恥ずかしいやら何やらで混乱する。

 “鈴音が未来へ帰ると言ったらどうしますか”

 その言葉から察するに、鈴はもうすぐここを去る。時間がないのは明白だ。だとしたらあれこれ考えずに言うのが一番だろう。鈴もその方がいいに決まっている。何せ時間がないのだから。

 ……早いとこどうにかしなくては。

 色々なことを頭に巡らせ、秀広は鈴の姿を捜した。早い方がいい。なるべく早く。

 しかし見つけた鈴は光と話していた。さすがにそこの空気に割り込めるほど秀広も空気の読めない奴ではない。そうだ、私は光のことを忘れていた。別に敵というわけではないし、秀広自身もそんなことは思っていないが――いないが、ただ鈴と二人で話す機会が減ると言う部分では厄介なものである。

 しばらく鈴と光の様子を見ていた秀広だが、何か違和感を覚えてその二人から目を逸らした。

「秀広ーお疲れ」

 かなり上の空だったのだろう。隣に同期が座っていることに気がつかなかった。

「ああ、お疲れ」

 言葉を返しつつも秀広は再び鈴を見ていた。おそらく、違和感の正体は鈴があまり笑っていないことだろう。光と話す鈴はいつも楽しそうだが、今日はそれが見られない。何だ、あいつは笑わないとこんなにも似合わないのか。

 違和感の正体が分かったところで、とりあえず秀広は昼食に手をつけた。


「どうやって未来に帰るの?」

 私が光にそう聞くと、光は一気に顔が怖くなった。

「……え、何。もしかして考えてないとか……?」

「いや、そういうわけじゃない。むしろ帰り方はあるよ、ちゃんと」

「なんだぁ、びっくりさせないでよ。何でそんなに顔怖いの?」

「……あの占い師のこと思い出したら、めっちゃ腹立ってきた。いつか呪ってやるわアイツ」

「怖っ!」

 一瞬、本気で寒気が襲った。うわぁ、光って「呪ってやる」とか言うんだ。意外すぎる。

 その標的が自分に向いたらさぞかし恐ろしいだろうとよからぬ想像を膨らませていると、光は切り出した。

「戻る方法は、二つある」

 ビシッと指を二本立てて光は私を見た。

「一つは意図的に事故を起こして、その衝撃によって未来へタイムスリップする方法」

「あ、それ私のと似てる……」

 意図的ではなかったけど、あれは事故だった。トラックが新幹線並みに速く感じたのは人生初である。そんなことを思い出してまた寒気がした。

「でもそれで未来へ行ける可能性はすごく低くて、奇跡と言っても過言じゃないんだ」

「え、じゃあ私は?」

「お前の場合、全部あの占い師の仕業だ。マジ許さねえ……アイツぶっ殺してやりたい……」

「お、落ち着いて光!」

 これはマズイ! ていうか光の占い師に対しての発言がいちいち感情こもりすぎてて怖いのよ!

「……そんで、もう一つはコレ」

 そう言いながら光はゴソゴソと何かを取り出した。

「え? 何? ……石?」

 光の手のひらに乗っているのは石のようだ。

「これがどうしたの?」

「この石は……よう分からん」

「はあ!?」

 なんで今だけ関西弁だったの!? 光君、今日なんだかおかしいよ!?

「ぶっちゃけ詳しいことは分かんないけど、何か関係してるはずなんだ」

 分かんない、か……何かって何だい。さっきまで自信満々だった光君はどこへ行ったのやら。

「関係してるっていう証拠は?」

「いや、ここに来た時にポケットの中にこれが入ってたから」

「で?」

「……それだけです」

「ええ~……」

 それじゃ困るよ光君。

「って待って。ということはつまり、その石のことが分からないと私達……」

「うん、帰れない」

 そっか。しょうがないね、やっぱり未来に帰るのは大変……って、

「え――――――――――――――っ!?」


                  *


 結局みんなが頑張った甲斐もあり、都の修理は一日で終わった。……それはいいんだけど。

 もう未来に変えるにはどうすれば!? 光はあの石がどうたらこうたら言ってたけど結構怪しかったり。参ったな、こればっかりはどうしようもないね。

 そして一つ盛大なため息をつこうと息を吸った時、

「おい、鈴」

「ごほっ! え、な……なんですか?」

 あれ、秀広さんだ。これはこれは珍し……くもないですね。

「こんな時間に何の用ですか」

 私は眠いのだよ、まったく。

「ああ、ちょっと話があってな」

「……まさか説教とか」

「なぜお前は私が話するとなるとそうなるか」

 早速呆れ気味になった秀広さんはそのまま続けた。

「残念ながら真面目な話だ」

「残念ながらってなんですか、失礼な」

「いいから黙って聞け」

 その様子からして秀広さんは本気の方らしい。本気の説教とか? 一度説教じゃないと油断させてからの説教とか。うん、この人なら十分ありうる。いやでも、その前に私怒られるようなことしたっけ?

 そんなことをたらたら考える私などお構いなしに、秀広さんはやけに冷静な口調で言った。

「私はお前が好きだ」

 と、確かにそう言った。聞き間違いかと思うほど冷静だったが、やはり秀広さんの顔は真剣そのものだった。

「……あの、」

「返事は今くれ。遠慮はいらん。はっきり言ってくれて構わない」

 そして思い出した。好きだ、それは冗談でもないし仲間としてのものでもないと。

 秀広さんは本気なんだ。今さらだが理解した。しかし、その本気さが何かと重なった。

 “もういいって言ってるじゃない!”

 “友達じゃないとかなんの宣言よ、それ”

 あぁそうだ。あの日の何かと同じなんだ。

 “ねぇねぇっ、鈴!”

 “……なんだ、鈴か”

 あの安心したような顔も、

 “鈴とは元の関係みたいにできない……”

 “そっちの世界の人間じゃん”

 あの絶望が入り混じったような顔も、全部。

 私の周りにいて私に本気でぶつかってきてくれた人は、みんなそうだったのに――

 “友達なんかじゃないし”

 私はそれを、突き放した。

 ……もうホント、バカだよなぁ私って。胸が締め付けられるような、そんな感覚。息が苦しくなって、それでもあの背中を追いかけたかった。振り返ってほしいと、ずっと思っていたのに。

 それなのに、いつからそれを忘れてたの?

「お、おい。どうした」

「え? あ……すみません、何でもないです……」

 そう言ったが秀広さんは心配そうに私を見る。

「い、いやホントに大丈夫です……あの、それじゃあ言います」

 大きく深呼吸して床に手を突き、

「ごめんなさい」

 深く頭を下げた。

「私は秀広さんを尊敬してます。でも先輩としてです。尊敬だから、好きってわけじゃないんです。だから、ごめんなさい」

 一息にそう言って頭を上げると、

「……ありがとう。これでやっと清々した」

 秀広さんはすっきりした顔で言った。

「あの、でも勘違いしないでくださいね? 私、秀広さんのこと嫌いってわけじゃなくて……」

「そんなこと言われると気持ちの歯止めが利かなくなるからやめてくれ」

「すいませーん」

 てへっと舌を出すと秀広さんは仏頂面になった。

「……まったく、無自覚な奴だ」


「うーん、どうしようか……」

 光は部屋で寝っ転がりながら呟いた。まだ就寝時間までは少しあるが、起きていても暇なのだ。光の場合、真次や大介のように一人部屋なので話す相手がいない。……まあ、いても意味ないか。

 今まで黄氏にいた時も経験はある。嫌われているわけではないはずだが、みんな自分には寄ってこないのだ。

 何だ、俺の何がいけない? この態度か? 髪の色か? それとも――俺の存在すべて?

 たまにそんなことを考えてしまう。俺は嫌われてないのにどうして誰も寄ってこない?

 あの時もそうだった。学校では整った顔立ちのせいで、よく女子からチヤホヤされたものだ。そう、確かに俺は嫌われてなんかなかった。だけど不思議と少し孤立していたのだ。それをごまかすために男子の数人とバカをやって先生に怒られたものだが。それさえ耐えられなくなって――

 だから期待していたのかもしれない。こっちに来れば、と。しかしそんな期待はあっさり裏切られた。誰も応えてなんてくれなかった。誰も笑ってなんてくれなかった。

 むしろ前の方が良かったのかもしれない。光様と慕われているだけ。誰も俺のことなんて見てない。興味なんてこれっぽちもなかったのだ。

 そんな絶望の中に見えた鈴音は天使のようだった。誰にでも優しく、笑顔で話しかける。いつも楽しそうで泣く時は泣く。学校にいた時よりも鈴音は明るくなっていた。

 この思いは強まるばかりで消える気配はない。だからこんなにも苦しい。こんな俺は、鈴音には釣り合わないのに――

「……くそっ」

 ガツン、と音がして壁に石が当たる。この石は未来へ戻るための最後の切符。もうどうにでもなれ。どうにでも。

「……ん? 何、今の音……」

 戸の向こうから聞こえた声はあの天使のものだった。

「あれ、ここの部屋って光だっけ……光ー? 起きてるー? あれ、光ー」

 何でまたこのタイミングで来るかな、お前は。

「光ー? 入るよ?」

「ま、待て! 入るな!」

「え……」

 鈴音は困惑したような声を出す。それもそうだろう。こんなに拒絶されるのなんて経験がないだろうから。お前は誰にでも受け入れられるもんな。

 そんなことすら考えてしまう自分が汚くて、黒くて、余計に見られたくなかった。

「何隠してんのよ、言っとくけどバレバレだから。アンタが隠し事してる時くらい分かるの……よ!」

 と言いつつ鈴音は戸を開けた。

「何? そんな絶望的な顔して……」

 鈴音はそう言うと壁の側に転がっていた石に気がつき、拾った。

「あーあ、ダメじゃん大事にしないと。これがないと帰れないんだからさ……あ、もしかしてこれで遊んでたの?」

「……悪いか」

「悪い! もし割れたりしたらどうすんの! 真面目に帰れないでしょうがっ」

 きっちり怒る鈴音を見ていると、さっきまで考えていたことがどうでもいいことのように思えてきた。ああ、まただな。まただ。お前を見てると自分の黒い部分が溶けていくようなんだ――

「ていうか思いついたの? 未来へ帰る方法」

「まさか。無理に決まってんだろ」

「だったらなおさら遊ぶなっ!」

 そう、そこに関しては何も言い返せないのだが。

「なんか分かることないの? 石のこと」

「ないから困ってんだろ」

「うーん……なんかこの石、白いね。よく見るとキレイだなー、つやつやしてるし」

「そんなこと役に立たねーよ」

「じゃあどうすんの。このまま帰れないとか、私絶対イヤだからね!」

 俺だって嫌だっつーの。心の中で反論しながら黙り込む。

「まぁ大丈夫だよ。たかが石だしさー。簡単簡単」

 その簡単ができてないんだけどな。しかし自分も何も思いついていないので文句を言える立場ではない。

「あ、もうそろそろ寝る時間だ」

 おいおい、石より睡眠大事か?

「じゃあまた明日考えよ! じゃあねー、おやすみ」

 さっさと話を終わらせ部屋を出ようと戸を開けた鈴音は、

「……え?」

 見事に固まった。

「どうした?」

 それを不審に思い、光も部屋の外を見に行く。

「……あ、」

 その二人の視線の先にあったものは――

「盗み聞きするつもりはなかったのよ」

「……風花……」

 月光を浴びて佇む、風花の姿だった。

「……ただ一つだけ、確認しておかなきゃいけないわね」

 その風花の一言にギクリと肩が縮む。

「さっきから『未来』とか『石』とか何のこと? さっぱり分かんないんだけど」

「そ、それはその……」

「とにかく」

 鈴音があたふたと何かを言おうとしている様子を気にもせず、風花は続けた。

「あなたたち、何か隠してるわね。それもかなり怪しい内容を」

 そしてさらに風花は言い放った。

「全部話してもらうわよ。包み隠さず全部、ね」

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