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いろはにほへと  作者: 月山 未来
立冬―冬至の章
21/30

現れた影

 痛い。

 訓練中、私はそう思った。それはどこかを怪我したからとかそういう訳じゃない。

 ――視線が痛いのだ。

 今だけじゃない。廊下を歩いている時も、誰かに話しかけようと声を出した時も。みんな今までとは全然違う視線を送ってくる。

 “私は女です”

 そりゃあ、あんなこといきなり言われたら驚くだろうけどさ。でも少しくらい考えてもみてほしい。実は女子一人で不安だったりするんだよ?

「鈴」

「あっ、はい!」

 ほらまただ。私が誰かと話してると、こっちを見て何かコソコソ言ってる。

 何よ。みんなそんな人じゃないはずなのに。いつからそんな風に……

「昼飯、一緒に食うか?」

「……え?」

 そ、そんなこと? 思わず秀広さんの顔をガン見してしまう。

「なんだ」

「あ、いえ……あの、それだけですか?」

 私が言うと秀広さんは気まずそうに、

「嫌なら別にいい」

 なんて言うから、これはイエスと答えなきゃマズイのか? と考え込む。

「……それって、はいって言わなきゃ怒られるとかそういう感じですか?」

「そんなわけあるか!」

 ありゃ。逆に怒られちゃった。


「お前、最近具合でも悪いのか」

 秀広がそう聞くと鈴は案の定、

「え? いや、全然……ていうか元気ですけど」

 と答えた。まぁ、具合悪くても言わなさそうだな鈴の場合。

「なんでですか?」

「なんていうか……あからさまに落ち込んでる感じが」

 最近の鈴は少し元気がないというか、鈴らしくない。いつもならうるさいくらいに騒ぐのに、今日だって自分から誰かに話しかけている様子はなかった。

 確かに気まずいのは分かるが、いつもの鈴だったらそんなのお構いなしに過ごすはずだ。少なくとも私はそう思う。

「お、……落ち込んでるように見えましたか」

 図星か。

「なんで落ち込む? 別に気まずいのはお前のせいじゃない」

「いや、そうじゃなくて……」

「そうじゃなくて?」

「……痛いんです、視線が」

「あぁ、それか……」

 思わずうなだれる。どうやらこいつは盛大な勘違いをしているらしい。

「だ、だって……! 今まで優しかったのに急にあんな目されたら怖いじゃないですか!」

 鈴は今にも泣きそうだ。

 ――そりゃあ鈍感なお前にはそういう解釈しかできないだろうな!

「私があんなこと言ったからだけど、やっぱりいざ言っちゃうとみんなの態度が赤の他人へのものみたいだし、すれ違うたびに見られるし……」

 悪いがちょっとした罰ということで耐えてもらうしかない。どうせ説明したって面倒なことになるだけだ。

「もう私、どうしたらいいんでしょう!?」

 という鈴の叫びはもちろん流す。……お前な、少しは自分の可愛さ自覚したらどうなんだ。

「聞いてますか!?」

「あぁ、聞いてる聞いてる」

「嘘だ!」

 あいつらが鈴に痛いほどの視線を送るのは、興味があるからであって嫌いだからではない。今まで弟のような存在だった鈴が女だとなれば、当然のことながら“年下の女の子”として扱うのだ。

 普段女と関わる機会がないあいつらにとって“年下の女の子”というのは理想像にはまりすぎたらしい。鈴を褒めちぎる馬鹿みたいな会話が毎日繰り広げられている次第である。

 ――ふざけんなよ。そんな中途半端な気持ちで鈴のこと好きとか言ったらどうなるか分かってんだろうな?

 と我慢できずに言ってしまい、さらに面倒なことになったのはまた別の話だ。

「あぁ~、もう嫌われちゃってるかな……」

「馬ー鹿」

「え?」

「お前は仲間を信じられないのか?」

 そう言うと鈴は顔を上げて、

「信じます!」

 とはっきり言い切った。

「大丈夫だ」

「何がですか」

「お前は嫌われてない。安心しろ」

 余計なお世話かと思ったが、鈴は笑顔で頷いてくれた。


                  *


「これ」 

 たった一枚の紙。でも私達にとってすごく大事なことが書いてあった。

「紺氏から挑発文が届いた」

 領主様の言い方は全く感情がこもっていなくて逆に怖い。

 ――紺氏から挑発文が届いた。

 その言葉の意味を理解するのに十秒ほどかかったが、理解したらしたで何も言えない。

 もう戦いは終わったはずなのに。戦う必要なんてどこにもないのに。

 どこにも、誰にもぶつけようのない怒りがこみ上げてくる。

「少し考えた方がいいな」

 とか言いつつ全然そう思ってるように聞こえないのは気のせい!? ……まぁ、確かに考えるって言っても私達何もしてないし。それなのになんでこんなことするのかな!? 裏切られた感ハンパないんですけど!

 結局、私が心の中で一人で怒っているうちに解散となった。                   

「はぁ……なんでこうなるかな」

 ため息ついたら幸せ逃げるって言うけど、今はそんなの気にしない気にしない。

 だってさ、ひどいよ。約束したじゃん。ちゃんと約束したじゃん……

「大介さんのバカ」

 バカ、バカバカ。もう知らない。裏切る人なんて大っ嫌い。

 あの時言ったじゃんか。言う通りにするって、風花と雪継預けてくれたじゃん。なのになんでさ。

 ――おかしい。何かがおかしい。なんでかは分からないけど、変だ。

 ……って、これが女の・・勘ってヤツ?

「いやいや、今さら女を強調してどうする」

 と一人ツッコミを入れてみるが全くテンション上がらず。

 大介さん……どうして裏切ったのかな?


「なぜ黄氏のことを言わなかったんですか」

 風花は領主様のところへ思わず駆け寄った。

「別に言う必要はない」

「でも、もし急に現れて準備が遅れたら……」

「現れなかったら?」

「え?」

「……私はまだ勘の段階でみんなに心配をかけたくない」

 な、なんだその地味に優しい心配りは。らしいと言えばらしいけど。

「――勘じゃありませんよ」

 やっと情報がつかめた。

「本当か」

「やっだー、あたしを疑ってるんですかぁ?」

 疑われたことに少し怒りを覚えたので明るめに振る舞いごまかす。

「領主様、あんまりあたしを子供扱いすると後悔しますよ」

 今度は真顔で言い放った。

「悪い」

 軽く謝罪が入ったところで風花も笑顔に戻る。

「どこからの情報なんだ?」

「聞きたいですか?」

「当たり前だろ」

 一旦、深呼吸。

「なんだ。そんなに大事なのか」

「えぇ、本人からです」

「はっ?」

 うわ。領主様の顔、今すごい間抜け。

「おい、何笑ってんだ。本人って」

「あーはいはい。黄氏の人です」

「……はぁ?」

「黄氏の……そうですねぇ。紅氏で言うと、桜様」

「お前、そんな偉い奴に……!?」

 うん、そんな偉いのに“奴”とかつけちゃっていいのかな。まぁ、それは置いといて。

「あたし、夕食の買い出し頼まれて街まで行ったんです。そしたらすごく綺麗な髪の人に会ったんですよ」

 すごく綺麗だった。さらさらで金色。

「本当に綺麗だったから少し見とれちゃって、その人と目が合ったんです」

 あの時、心臓が止まるかと思った。

『……君、紅氏なの?』

『え? あ、はい』

 その人は風花のことを君と呼んだ。紅氏であることを認めない方がよかったのかどうかは、その時知ったことじゃない。

『もうすぐ迎えに行くよ。紅氏の春を奪いに行く』

 あれはどういう意味だったんだろう……?

「で、あたしが出した結論は……紅氏を潰しに来る!」

「うわ、えげつない……」

「だ、だって言ってることは同じでしょう!? 迎えに来るって、春を奪うって!」

「その春を奪うって表現がどうも気になる」

 確かに。でも春を奪うっていうのは春が来ないってことだから、

「……皆殺し?」

 ぽろっと出てしまった言葉のえげつなさに自分で驚いたので、慌てて手で口をふさいだ。

「お前……言葉の選び方、下手だな」


                  *


 私は今、頭の上にクエスチョンマークが五個くらい浮かんでいる。

 いや、だってさぁ。いきなり訳の分からないこと言われてもね?

 そんなことを思いながらも私は目の前の人を見上げた。

「すみません。意味がよく分からないんですけど……」

 恐る恐る言うと、その人は少し微笑んだ。

「いいんだよ分からなくて。今は、ね」

 ますます分かんない。この人、果てしなく謎だ。私は返す言葉に困り、その人を見つめた。

 うわ、すごい。よく見ると髪サラサラ……金髪だし。ていうか、この時代に金髪の人なんているんだねぇ。

「あ、あの……今日はどういったご用件で?」

 とりあえず仕事仕事。私は今日、外で来客の担当を任された。いつもはちゃんと係の人がいるんだけど、その人が休んでしまった。秀広さんが「じゃあ鈴。お前行け」とか言うからこんな目に。

 ぶっちゃけ気を遣うしすごく疲れる。やっぱ係の人ってすごいな……感謝です。

「用件? そうだなぁ……」

 そのまま腕を組んで考え込む金髪さん。いやいや、用事あるから来たんじゃないの!?

 この人はさっきから意味が分からなさすぎだ。ついさっきだって、

 “こんにちは”

 って言っただけなのに、

 “あぁ、春だねぇ”

 とか言われた。

 “はい……?”

 思わず怪訝な顔をすると、

 “春を見に来たよ”

 なんて言うので、

 “すみません。意味がよく分からないんですけど……”

 と答えてしまったのだ。

 だって今、冬だし? それで春を見に来たとか言われても。桜なんて咲いてませんよ、お花見とかのレベルじゃありません。

「君に会いに来た、とでも言っておこうか」

「……は?」

 あ、ヤバ。思いっ切り失礼だ今の反応!

「えっと、私に何か?」

 なんとか取り繕ったが……ちょっとまずかったかな。

「本当に何も分かってないみたいだね。まぁいいよ。いつか分かるから」

「は、はぁ……」

 分かるも何も……あなたの言っていることの意味が全く分かりません、はい。

 そして私の顔を見ると爽やかに笑って、

「それじゃあまたね」

 と言い、そのまま帰ってしまった。

「……ま、またねって何よ」

 またどこかで会うの? そんな偶然ないでしょ絶対。あ、違う……さよならの代わりか。

 なんて一人で考えてみる。それにしても。

 金色の髪に日焼けを知らないような肌。おまけにきれいな目。――いわゆるイケメンってやつ?

 あ~、由美とかに教えたら間違いなく食いつくわ。あいつメンクイだからな。……ってそうじゃない! なんでいきなり未来の話に飛ぶんだ!?

 よく分かんないけど、落ち着かなくて変な感じ。心臓が嫌な音を立てて鳴る。

 あの人、どこかで見たっけ――?

 いや、ありえない。金髪だったらバッチリ覚えているはずだ。じゃあなんで? 何かが胸につっかえているような感覚……

「おい、鈴」

「はいぃ! な、なんでしょう!?」

 びっくりして声が裏返る。

「……なんだその返事は」

 案の定、秀広さんはドン引きに近い様子で私を見ている。

「まぁいい。それより今の奴、そのまま帰したのか?」

「え? あ、はい。ご用件は? って聞いたんですけど特になかったみたいで」

「何もされなかったか」

「はい……あ、意味不明なことなら言われましたけど」

「意味不明?」

 うん、あれは訳分かんなかった。

「なんか、『春だねぇ』とか『春を見に来た』とか」

「春?」

「なんでしょうね、今って冬だけど……」

 雪ありますけどー。溶ける見込みないですけどー。

「とりあえずもう夕飯だ。入るぞ」

「はーい」

 そういえば今日はすごいお腹すいたな。気を遣うと脳も疲れるし。

「……あんまり愛想振りまいて笑わない方がいいぞ」

「え?」

「自分の性別を忘れるな。どんなに気を張っていても男には敵わない」

「あーはいはい、分かってますよ」

 この時は聞き流していた秀広さんの言葉が後に痛い程分かるのだった。


                  *


「みんな、ちょっといいか」

 夕食を食べている時、領主様は立ち上がって言った。

 私は口の中に入っていたものを慌てて飲みこむ。

「紺氏からあの手紙が届いたが……その中には、ただ戦う訳じゃないと書いてあった」

 ……どういうこと?

「大切なものを守るために戦うんだと、これには書いてある」

 大切なものってなんだろう。

「指定された場所と日時で戦おうと紺氏は主張している。……どう思う?」

 それって、前に私が大介さん宛に書いた手紙の内容、ちゃんと守ってるってこと?

 ……だとしたら。それはもしかしたら正しい?

 大切なものを守るために――

「……あの」

 私は立ち上がって言った。

「いいと、思います。戦うこと自体はいいことじゃないけど、正々堂々と行うっていうのは……武士として正しいんじゃないでしょうか」

 武士は戦うために生まれたようなものだ。でもそれは悪いことばかりじゃないかもしれない。大切なものを守らなきゃいけない時もある。たとえ傷ついても、譲れない時だってあるのだ。それは決してプライドとかそんなちっぽけなものなんかじゃなくて。

「戦うことに意味があるなら、私達はそれを拒否してはいけないと思います」

 それが武士の存在している意味なのだから。

 自分達が、自分達だけが幸せなのは。それは平和とは言えない。

「あ、でもむやみに攻撃するんじゃなくて……私達は守備に徹したらどうでしょう?」

 すると周りから拍手が聞こえた。顔を上げるとみんな笑顔で。

「やっぱりお前は正義の味方そのものだな。敵う訳ないか」

 と領主様が言った。

「よし、じゃあ紺氏には今の鈴が言った内容で返事を書くとする。異論はないな?」

 あ、まためんどくさいことになりそうだ。


「春かぁ……」

 夜の廊下。私は一人、そんなことをつぶやいていた。

「なーに、一人で考え事?」

「うわ、風花!」

 なんか恥ずかしいな。って今さらか?

「春って言ってたの? 今」

「うん。ちょっと今日は色々あって」

「え、何何」

 興味津々の風花。……ちょっと怖いわ。

「今日さ、来客の担当だったの。そしたら金髪の男の人が来てさ」

「金髪?」

 なぜか金髪に異常に反応してるし。

「うん、超サラサラ。綺麗だったなぁ」

「さらさら……綺麗……」

 おお、食いついてる。何? まさかそういう……

「鈴、その人なんか言ってた?」

「えっとね、意味不明なことばっかり言ってた」

「どんな?」

「今は冬でしょ? それなのに『春だね』とか『春を見に来たよ』とか……」

「間違いない……」

「え?」

 何が? え、何が?

「その人、黄氏の奴よ!」

「……おうの?」

 ん? 待って。話した本人より聞いた人の方が状況理解してるのはなんで?

「おうのし! まぁいいわ。今は鈴に説明してる場合じゃない……」

 いやいやいや。なんか地味にひどくないかそれ。

 そして風花はバビュン! という効果音がぴったりの速さでいなくなってしまった。

「……なんじゃそりゃ」

 おうのし、ってなんだろう。気になる。気になって夜も眠れない! ……なんて訳もなく。

「あ~、眠っ……もう寝よ」

 寝不足は大敵って言うもんね。今日は疲れたし。

 そして布団に入ると一気に眠くなった。

『鈴……ほらおいで』

 え? 誰……?

『君のいるべき場所はここじゃない』

 何、言って……?

 サラサラの金髪にきれいな目。あぁ、そっか。あの人だ。

『僕のところへおいで。僕なら君を苦しめない』

 やめて……やめて、違う。私の居場所はここ。


 ――本当ハ不安ナンダロウ……? ――


「違う!!」

「……は?」

 目を開けると秀広さんが怪訝な顔をしていた。

 あ……そうか。

「夢だったんだ……」

 よかった、本当じゃなかった。

「おいどうした。寝汗すごいぞ」

「あ~すみません! 悪夢にうなされて……」

「どうでもいいけどお前、報告すんの忘れただろ」

「……あ」

 やっぱりな、と呆れた秀広さんはさらに追い打ちをかける。

「罰として掃除だな」

「えぇ~……」

 最悪なのは目が覚めても変わらなかった。

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