告白と嘘
「あのぉー、私……提案があるんですけど」
私がそう言ったのは昼食の時。
「なんだ」
めんどくさそうに答えたのは秀広さんである。
「私が女ってこと、みんなに言った方がいいと思うんですよ」
その瞬間、秀広さんは思いっ切りお茶を吹き出した。
「え!? ちょっ……大丈夫ですか!?」
なんで吹き出すの!? そんな要素どこにもないでしょ!
「言うってお前……この都の奴だぞ? 全員にか?」
「はい。だって知ってるのは秀広さん達だけでしょ? 隠してんのもなんか嫌だし」
「却下」
「えぇっ、なんでですかぁ!」
全く何を言うかと思えば、と秀広さんはため息をついた。
「お前な、少しは自分の性別について考えてみろ! お前は女だぞ、女! 女の中に男がいるのと、男の中に女がいるのじゃ訳が違うだろ!」
「それの何がいけないんですか!」
「いけないとは言わんが……」
と、そこで言い合いが終わる。
「……だって、せっかく信用してもらってるのに裏切ってる感じするし。だったら嫌われてもいいから女だって言った方がいいかなって……」
「嫌われはしないと思うがな」
「じゃあいいじゃないですか、別に」
私が言うと秀広さんは少し考えるように腕を組み、そして言った。
「……そうだな」
「え、いいんですか?」
「あぁ、いいのかもしれない」
やったぁ! こんな簡単に説得できると思ってなかった!
「じゃあ領主様に言ってきます!」
「え? みんなの前で言うのか? 女ってことを?」
「はい!」
「う~ん、そうは言ってもな……」
あれ? やっぱ考えちゃう? 領主様でも悩むのか……
「鈴はそうしたいのか?」
「はい。だって、裏切ってるみたいだから」
「裏切ってる、か……」
頷かない領主様に畳み込む。
「ちゃんと言った方がいざって時に安心だし、嘘ついてるのはいい気しないから……」
「私も言うべきか……」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
ていうか、私が女ってことになったらどうなるんだ? 女として生活する訳だから、この服装も変わるし。何より、
――もう戦えない。
っていやいや、もう戦いは終わったんだから。てかなんで自分から戦いたがってるんだ? 最初はめっちゃ嫌だったのに。
どうして戦いなんて存在するんだろう……?
「いいんじゃないのか」
「えっ」
「言ってもいいんじゃないのか」
うれしくて飛び上がるとこなのに。なんでだろう、少しだけ寂しい気がする。
「あの、性別は女でも……男として生活するっていうのは」
「え?」
「そういうのはダメですかね……」
このままの方がいいのかな。私、どうしたらいいんだろう。
「そっちの方がお前には合ってるな」
そう言って領主様が笑う。私もつられて笑った。
「まぁ、近々……ってことにしておくか」
私はその言葉に甘えることにした。
*
「へぇ、言うんだ」
「うん……」
「で、その浮かない顔の理由は何?」
風花に指摘されて初めて気付く。
「いや、女ですって言ったら女として生活しないといけないから……」
「……まさか男として生まれたかったとか、そういう感じ?」
「違う!」
変な疑惑が浮かんできたので即座に否定する。
「だってさぁ、なんか寂しいじゃん。なんだかんだ言って半年はこの生活だったし」
「まぁね。でも男だったら訓練しなくちゃいけないよ」
「そうだけど……もう慣れたから今更キツくもないし」
一番いいのは戦いがなくなって訓練する必要がなくなることだけど。
「いーんじゃない? 鈴がいいならそれで」
その方があの人も安心でしょ、と付け足す風花。
「あの人って誰?」
「秀広」
「どういうこと?」
「だからぁ、……いや、なんでもない」
「何よ! 気になるじゃん!」
「鈴は知らない方がいいのよ!」
ギャーギャー騒いでいると、背後から低い声がした。
「……おい」
ひっ、と小さく悲鳴を上げたのは風花で、私も思わず固まる。
「じゃあ、あたしは戻るねぇ~」
「逃げるな!」
私の叫びもむなしく風花は行ってしまった。
「ったく……お前らはいない奴の話題で盛り上がりやがって」
「いや違うんですよ! あれは風花が原因で!」
「もういい」
何も知らないくせにむきになるな、と秀広さんが謎のつぶやき。
「何もじゃないもん、さっきまで風花と話してたもん」
「そういう意味じゃない」
あー、どこまでも意味分かんないわコイツ。
「はぁ……女の人になったらどうなるんだろ私」
「髪下ろして綺麗な着物きて……うわ」
「……なんですか」
「想像したら似合わなさすぎて吐き気がした」
「失礼な! 元の姿はそれですよ!」
「いやー耐えられん。直視できない」
くっそぅ、絶対に見返してやるからな。覚えてろ!
「言うべきか……」
真次は誰に聞かせる訳でもなくつぶやいた。
鈴が女だということをみんなに言うついでに――いや、やっぱりやめておいた方がいいのか。
四年前の真実。秀広が義徳を殺した、と。言ったらみんなはどんな顔をするのだろう。失望するのだろうか。悲しむのだろうか。それとも――
受け入れてくれるのだろうか……?
*
「……ま、領主様!」
鈴の声がして我に返った。
「あ、おぉ……どうした」
「どうしたって……領主様が言ったんでしょう? みんなを集めろって」
「そうだったな、すまん」
「いえ……なんだか珍しく上の空だったので」
目の前にはざわついているみんながいた。
「鈴、いいか」
「はい」
そして声を張り上げる。
「ちょっと聞いてくれ! 今日は鈴から話がある」
一瞬にして沈黙が流れた場にひるむことなく鈴は前へ出た。
「急にごめんなさい。でも、言わなければいけないことがあります」
その姿は凛としていて、もう来たばかりの幼さは残っていない。
「今まで隠していてすみません。私は……私は、」
鈴、頑張れ。今のお前なら大丈夫だ。
「――私は女です」
時間が止まったように誰も何も言わなかった。
「騙していた訳じゃありません。ただ……騙されたと言われても仕方ないことをしたと思っています」
その言葉でどれくらいの者が納得できたのだろうか。
鈴はその空白の時間をかみしめるようにただ立ち尽くしていた。
その姿は泣きそうだったが……なぜだろうか。とても強く見えた。
鈴、お前はいつの間にかすごく成長していたんだな。
「……実は、私からも話がある」
その一言で急に騒がしくなる。そして真次は続きを言おうとしたが、
「まさか、領主様も……女!?」
という声が聞こえてきて思わず心の中で叫んだ。
――な訳ねぇだろ!
いつもより都の中が静かな気がして部屋から出た。
普段なら訓練しているみんなの姿が見えるはずなのに、今日はそれが見当たらない。
「どこへ行ったのでしょう……?」
少し歩くと何やら声が聞こえてきた。その声はこの先の会議室からのようだ。
「四年前のあの事件、覚えてるか」
あの事件。……四年前って、まさか……
「義徳が、……紺 義徳が死んだ。あの四年前の」
淡々と話す真次を戸の陰から盗み見る。
「あれは原因不明で終わらされていたが、――殺された」
殺された……?
「殺されたって……一体誰に?」
ざわつく周囲に桜子も同感だった。一体、誰に殺されたのか。
そして真次はその犯人を指さして言った。
「秀広だ」
領主様は迷う様子もなく、
「秀広だ」
とただそれだけ言った――
「どういうことだ?」
「義徳は秀広に殺されたのか……」
案の定、みんなは騒ぎ始めた。私だってびっくりしなかった訳じゃない。
だっていきなりその話を持ち出すなんて誰も想像していなかった。いや、したくなかった。
秀広さんは自分の置かれている状況に目を見開き、固まっていた。ただ立っているように見えた。でも……
私には分かってしまった。――その顔が不安と恐怖で歪んでいることに。
「義徳は紅氏の都を燃やした。それに怒った秀広が、殺したんだ」
どうしてそんなこと、みんなの前で言うの?
「秀広に罪はない。悪いのはこの組織だ」
そんな顔して本当は辛いんでしょう? 言いたくないんでしょう? なのにどうして……
「今まで黙ってて、すまなかった」
領主様は頭を下げてそう言った。
私はただ見ていることしかできなかった。でもそれはみんな同じで。
この場だけ時間が止まったかのように、何も音がしなかった。
*
「どうしてみんなの前であんなことを?」
雪継は真次に言った。
「さぁ……私にも分からない」
ただ、と真次は続ける。
「鈴のせいだな」
「鈴?」
「あいつを見てると自分が卑怯な人間だって思えてくるんだ。真っすぐで純粋な心を素直にぶつけてくる強さ……まだまだ敵わないな」
雪継は黙り込んだ。それは自分にも思い当たる節があるからだ。
「……風花に、言ったのか」
風花、と名前を出されただけで胸が痛む。
「全ては……言っていません。風花に兄妹かと聞かれてそうだと言いました」
「なんで知ってるって言われたか?」
「はい」
あの時、内心すごく焦った。
「なんて答えた」
「……情報屋なら……いくらでも分かることだと」
すると真次はため息をついた。
「どうして本当のことを言わない?」
「本当のことは言いました。義徳に風花を頼まれたと」
「そうじゃない」
真次に正面から見られて目を逸らせない。
「遺書を預かったとなぜ言わなかった」
「それは……」
なぜ? なぜだ。言えばよかったのだ。領主様から、義徳の遺書を預かったと。
別に嘘なんてついてないじゃないか。義徳に風花を守れと言われたのも、義徳が風花を大切にしていたのも本当だ。
でも風花に言えなかったのは……もしかすると、
――嘘をついていたからなのか?
「風花を……傷つけたくなかったんです」
違う。自分は十分、風花を傷つけている。
真次から遺書を預かったのは最近のことだった。風花が妹だなんて訳が分からなくて、理解するまで風花とあまり話せなかった。
どうして。僕達は恋人じゃないか。せっかく気持ちが通じ合っているのに?
僕達は兄妹なんだ。その言葉を言っても言わなくても風花を傷つける。結局、風花と向き合うことから逃げていた。風花のためだと自分に言い聞かせ、本当はそんなのじゃなかった。嘘だったのだ。これはただの自己防衛――
「自尊心、でしょうか」
「え?」
「僕はただ自分を守っただけで風花を守れていない。……兄失格です」
紺氏の情報屋に女がいる。それを聞いて風花を見た時――あの時、感じたものは異性としてのものだったんだろうか。恋愛感情と錯覚しただけじゃないのか。
お前達は家族なんだと、心の中で義徳が叫んでいたのだろうか――?
「本当にそうか?」
「……え?」
「お前が風花に遺書のことを言わなかったのは、風花のためじゃないのか?」
風花の、ため……?
「雪継。お前の中で義徳はまだ生きてるんだろ?」
声が出なかった。
「遺書は死を想像させる。義徳は死んだと頭で理解していても感情が追いついてなかったんじゃないのか?」
「そ、そんなこと……」
「だったらなんで遺書という言葉を出さなかった」
「……風花のため、です」
無意識のうちに口が動いていた。風花のためだと。
「もしかしたら風花のなかでも義徳は生きてるんじゃないか。自分と同じように苦しんでいるんじゃないか。……そう思ったか?」
義徳は生きている、どこかでそう思っていた。認められなくて辛かった。その思いを風花も持っているんだとしたら、義徳は死んだと言い切りたくない。
「お前は自然と遺書って言葉を避けていたんじゃないのか」
「でもそれは自分への甘えです」
「いや、違う」
何が違うんだ。自分は風花を裏切ったも同然なのに。
「風花を傷つけないように守ってたんだよ、お前は」
「僕は守れてなんか……」
「お前は兄としての役目を果たしてる。ちゃんとな」
そう言って少し笑った真次は、
「風花もいつか、分かってくれるさ」
と雪継の肩をたたいた。
*
戸を開けると冷たい空気が部屋に入り込む。
「うっわ~、寒い……」
今朝もかなり雪が降った。今は真冬とまではいかないけど、未来で都会に住んでいた私にとってこの量の雪は多く感じる。
「おぉ、起きてたのか。今日は珍しく早いな」
「あ、秀広さん。おはようございます」
「おはよう」
まぁ確かに早起きは珍しいんだよね、私にしては。
「なんか今日は眠くなくて……早く起きちゃいました」
「嘘つけ……」
え、バレマシタカ。実は今すっごく眠い。
「目の下見てみろ」
「えっ!?」
急いで鏡の前まで行き確認する。
「あぁっ! クマできてる……」
ヤバいな。何があったんだってくらいクッキリできちゃってるよ。
「う~……しゃーない!」
ほっぺをパン! と叩いて気合を入れる。
「……そういえばお前、朝飯どうするんだ」
「え? いや……どうするも何も食べますけど」
まさか朝食さえ与えないつもりかこの私に! それはさすがにひどくないか。
「そうじゃなくて、場所だ。食べる場所」
「場所?」
「食堂で食べる訳いかないだろ。ここに持ってくるか?」
「……はい?」
なんでよ。食堂に決まってんじゃん、めんどくさい。
「……気まずくないのか」
「え、なぜに」
「それは逆に聞きたいな」
気まずくなる要素あったっけ? えーと、……ごめん分かんないわ。
すると秀広さんは耐えきれない、というようにため息をついた。
「昨日の今日だぞ。すんなり行けるのか?」
「あ……」
そうだ、私。昨日……いわゆる爆弾発言したんだった。
“私は女です”
あーどうしようかね。……秀広さんも気まずい、よね。
「分かりました。じゃあここで……あ!」
「どうした?」
「中庭で食べませんか!?」
「……はぁ?」
「ひょおおお……さぶっ!」
いかんいかん。寒すぎて「寒っ!」が「さぶっ!」になっちゃった。
「だからやめとけと……」
とか言いつつ結局ついて来たじゃんかよ。と寒いので秀広さんに八つ当たり。
「あぁ寒い。やっぱ無理! 戻る!」
私は中に入って座り込んだ。
「もうここでよくないですか? 中庭見えるし誰も来ないし」
「廊下で食うのか、行儀の悪い……」
でも結局、私の隣に座ってくれた。
「黄氏……?」
聞いたことのない単語に思わず顔をしかめる。
「えぇ、本当に最近できた組織のようで。北の方からこちらにやってきたんだそうです」
と丁寧な説明をしてくれているのは風花である。
「それは分かったが……まさか、何かまずいことでも?」
「……あたしの情報屋としての勘が当たれば、の話ですけど」
風花が声を小さくしたので、真次はそれを聞きとろうと少し前かがみになった。
「紅氏を狙っているのは、確かです」
突然現れた組織だ。正直どこまで勢力があるのかは分からない。
――しかし、絶対に失敗する訳には。
「風花」
「はい」
「黄氏についての情報を集めてくれ。……紅氏を、頼んだぞ」
真次は風花の目を見て言い切った。
「もちろん。あたしをなんだと思ってるんですか?」
「ははっ、頼もしいな」
「それでは失礼します」
風花が出ていき戸が閉まると、真次の顔は強張った。
自分の勘も黄氏に対して危険信号を出している。きっと紅氏を狙っているのは間違いない。――さぁ、
「勝負はこれからだ」
真次は一人の部屋でつぶやいた。