偽りの武士誕生!
「わあ! すごく似合ってますわ!」
いやぁ、そんなこと言われたって……
「あの、これって……」
「え?」
これって……
「男物、ですよね?」
そう、私の着てるこの服。どう見たって男物。
「ええ。だって昨日着てらした服じゃ動きにくいでしょう?」
「まあ、はいそうですけど……」
確かにこの時代じゃあんな格好、不審に思われるだけ。でもさぁ、武士だよねこれじゃあ。
「大丈夫です! さ、領主様のところへ行きましょう!」
「りょ、りょうしゅ?」
誰だよそれ。でも桜様が“様”ってつけるってことは、偉い人なのかな。
そんな疑問を持っていると、
「それでは行ってらっしゃいませ」
「え、一緒に行ってくれないんですか!?」
ええーそれはないよぉ。ここまで世話しておいて突き放すって、それはないよぉ……
「大丈夫ですよ、とても優しい方ですから」
「いや、でも……」
「はい、男ならきっぱり行って来て下さい!」
……桜様、今なんて?
「ぶつぶつ言うのは男らしくありませんわ」
「男……」
男? 誰が?
「桜様、それ私に言ってます?」
「鈴音様しかいないじゃないですか」
……私が男? いやいや、冗談だとしてもそれはひどい!
「桜様! 私は男じゃありません! どう見たって女じゃないですか!」
ついムカついて言ってしまう。でも本当のことだもん。
「鈴音様……熱でもおありですか?」
……何よそれ。バカにしてんの? レディーに向かって~!
「……領主様のとこ行ってきます」
そう言って戸を開き、あてもなく部屋を出た。
*
いまだにムカつく。桜様は本当は腹黒だったのか! まぁどっかの国とか治めてる人って大抵腹黒だよね! 男ってなんなのよ。もう“様”なんてつけないぞ。桜子って呼んでやる~!
トンッ。
「あっ……すいません」
下を向きながら歩いていたら誰かにぶつかってしまった。とっさに謝る。
あ、そうだ!
「あの、領……主様? って、誰だか分かりますか?」
誰かに聞けば早いはず!
「……領主は私だが」
「えっ!?」
ラッキー! 一発で見つかったぜ!
「……お前、川中鈴音か?」
「え……あ、はい。なんで分かったんですか?」
「秀広から名前は聞いた。見慣れない顔だからお前だとすぐ分かった」
びっくりした。エスパーかと思ったじゃん。
「お前、どこから来たのだ」
「え……」
……言えない。実際、私だってついさっきこの現状を受け止めたばっかり。自分は未来から来て、そして今……この時代にいるんだってことを。
「私は……遠いところから来ました」
「遠いところ?」
「はい。……すっごく遠い、遠いところです」
私って、何なんだろう。自分でも分からない。それでもいいって、ここに来てから少しずつ思えてきた。
「お前……川中鈴音といったな」
「は、はい」
「今からお前の名前は、紅 鈴だ」
「え」
「分かったら返事!」
「あ、はい!」
名字も名前も一文字って、ちょっとビミョー。まあいっか、紅ってかっこいいし。
「お前は今から武士だぞ」
「武士?」
「そうだ。紅氏に仕える武士だいいな?」
「……はい」
武士かぁ。全く実感湧かない。……ん? いや、武士ってことは……
「あの、武士って戦ったりするんですか?」
「当たり前だ。それ以外に何がある」
「ってことは、死んじゃう……ってことも?」
「場合によってはあり得る」
うっそ! いやいや、それはマズイって! 無理無理! 絶対無理!
「……どこと戦うんですか?」
「そうだな。主に紅氏と敵対関係にある、紺氏だ」
……こうのし、と、こんのし。分っかりづら! それで敵対関係って……ちょっとどうなの?
「ていうか、武士って男がなるものですよね?」
「ああ、そうだ」
「私、女ですよ?」
そう。今まで領主様は、私が武士=男ってことを前提に話をしてた……
「お前は男だ」
「いえ、女です」
「男だ」
「女です」
「男」
「女です!」
みんなで私をバカにしてるわけ? 男だなんて、冗談じゃないよ!
「お前が女だとしてもな」
領主様が少し呆れた顔で話す。
「今からお前には、男として生活してもらう」
「……え?」
「仕方がないだろう。ここにいるからには、ここのしきたりに従ってもらわねばな」
まぁ、確かに一理あるけど……でも男ってゆーのはさぁ……
「女になりたいんだったら、まずその言葉遣いを直せ」
「言葉遣い?」
「なんかお前……一応敬語だが、なんかずれてるだろ」
だって私、この時代の人じゃないし! でもそれで女になれるならちゃんとしなきゃ。
「それからな、お前が女だとしたら髪短すぎだ」
え、嘘。今この長さでも切ろうかなぁって思ってたんだけど。
すると領主様は急に私の耳元に顔を寄せて、
「私の名は、真次だ」
そう言った。領主様の名前……なんで急に?
「まあ、あとのことは全て秀広に任せてある。行って来い」
そしてそのまま奥の部屋に消えてしまった。
*
領主様に言われた通り、私は秀広さんを捜していた。
……でも、なんでさっきは急に自分の名前言ったりしたんだろう?
「あっ」
そんなことを考えている間に秀広さん発見!
「秀広さーん!」
大声で呼んでみる。気付くかなー。
すると秀広さんは気付いたみたいで、こっちを向いた。
「なんだ」
そのまま歩いてきてぶっきらぼうに言う。
「え……いや、領主様に秀広さんのとこ行けって」
「ああ、そういうことか」
「はい、これからよろしくお願いします!」
「……お前、」
「はい」
「さん付けは止めろ」
「え?」
「私のことは秀でいい」
秀、か……う~ん。なんか違和感。
「……分かりました。……秀」
秀……
「さん……?」
沈黙に耐えられず言ってしまう。
「はぁ……お前なぁ……」
「うぅっ、ごめんなさい! でも年上の方にさん付けしないのはちょっと……」
「お前、歳は?」
「……十三です」
「十三か……」
あ、まだ子供だからって理由で武士じゃなくなる! とかないのかな?
「……辛い、だろ?」
「……へ?」
秀広さんがあまりにも唐突にそんなことを言うから、まぬけな声を出してしまった。
「私がここへ来たのもお前くらいの歳だった」
「……どういうことですか?」
「……私は本当は……」
本当は。
「秀広ー!」
しかし、その声は遠くから聞こえてきた名前で途切れてしまった。
「悪い。ちょっと行ってくる」
秀広さんはそのまま行ってしまった。
「……辛い……?」
気が付けば声に出していた。
“……辛い、だろ?”
何が? どうして?
「……秀広さん」
私は呼んでいる人がいないのにも関わらず、その名前を呼ぶ。
「秀広さん」
何も分からないことが、勘が鋭くないことが、今はとても苦しい。……何も、汲み取ることが出来ないのが。
秀広さん。あなたに何があったの?
*
気まずい。ものすごーく気まずい。なんでかって? それはね……
部屋に私と桜様しかいないから! 昼間あんなことを言ったきり、本当に何も喋ってない。まいったなぁ。
「……あの」
「え」
桜様が先に口を開いた。やっぱりこの沈黙には耐えられないよねぇ。
「鈴音様……怒ってます?」
「いや、別に……」
って怒ってるに決まってんじゃん! 男って結構傷ついたんだぞぉ。でも領主様に男で生活しろって言われちゃったし。
「……ごめんなさい」
「い、いやいや! 別に謝らなくてもいいですよ!」
だって桜様って偉い人じゃない。謝られたって困るんだよ。
「私こそすいません。これからちゃんと男として頑張ります」
すると後ろから笑い声が聞こえた。
「“男として”って……おまっ、自分が女みたいな言い方するな……」
おいコラ秀広。ツボってんじゃないわよ! ていうか私もともと女だし!
「何がそんなにおかしいんですか! ちょっと! 笑いすぎですよ!」
ふふっと桜様が笑い出す。もぉ、なんなのよ。
「鈴音様って、本当に面白いですね」
……なんか逆にからかわれてる気がするんですけど。
そうこうしてるうちに、秀広さんは部屋からそそくさと出て行った。
「あ、そうだ。桜様に聞きたいことあるんです」
「なんでしょう?」
私がマジメな顔をしているからだろう。桜様の表情も硬くなる。
「あの、領主様の名前知ってます?」
「……え?」
どうやら期待外れだったらしい。きょとんとした顔で私の言葉を待っている。
「いや、なんか急に気になったんで……」
そうごまかしてみるけど、本当はさっきのことがずっと突っかかってる。
“私の名は、真次だ”
どうして急にあんなことを言ったのか。しかも、なんで私なのか。
「……知りませんわね」
「へ?」
知らない? え、知らないの?
「ずっと一緒にいるのに知らないんですか?」
「ええ、領主様は領主様ですから」
う~ん……じゃあやっぱり私にしか言ってないのかも。……なんてそんなことないよね? ね?
ああ、今日はモヤモヤすることありすぎ。だって、領主様の名前だって急に言われるし、秀広さんの――
“私がここへ来たのもお前くらいの歳だった”
“……どういうことですか?”
“私は本当は……”
どうして。なんであの続きがないのよ。そんなのズルい。
「あーもう考えるのやーめた!」
そう言ってうーんとのびる。
「鈴音様は本当、正直ですね」
「えー? そうですかぁ?」
「……鈴音様といるとなんでも言えますの」
なんでも言える? 私といると?
「一緒にいて楽しいんです」
ああ、そういうことか。と変に感心する。
桜様に認めてもらえたってことなんだろうか――?
「わたくし、小さい頃から遊び相手も話し相手もいなかったんです。両親はもちろんいましたけど、わたくしといる時間がほとんどなくて」
だから今のほうが寂しくありません、と優しく言った。
「でもお父さんとお母さんが一緒にいないって、精神的にきません?」
私がそう言うと、桜様はぷっと吹き出した。
「鈴音様……いくら子供でもお父さんやお母さんだなんて言いませんっ!」
「えっ……!?」
はぁ? じゃあ他になんて言うのよ!
「普通は父上様、母上様ですわ」
……この時代、マジで嫌だ。こんちきしょう。
「もぉ、それぐらい見逃して下さい! 仕方ないじゃないですか、私この時代の人じゃないし! そもそも現代人が平安時代の文化に慣れろって言うほうが無理ですー!」
一気にまくしたてると、桜様はさっき領主様の名前を聞いた時よりきょとんとした顔で私を見た。
「鈴音様、今なんて?」
ダメだ。むきになればなるほど変人扱いされるだけだ……
「だから、もういいんです……」
「今、この時代の人じゃないっておっしゃいましたよね!?」
「……はい」
「それって……昔の人ってことですか!? それとも未来の人ですか!?」
桜様はもう興奮気味だ。可愛い笑顔で私に迫ってくる。
「だっから……私は未来から来たんですっ。そんでもって言葉遣いがビミョーに時代と違うんです! それくらい大目に見て下さい!」
はぁ、疲れた。一呼吸で言ったら酸素不足になんのよ、これ。
「……鈴音様……」
「はい?」
「すごいです! わたくしこんな人と今ここにいるなんて感激ですー! たまに女々しいところがあるのはそのせいだったんですね!」
グサッ。女々しいって言うより女なんですけど。まぁ少しは女な部分もあるってことか。でも今は男でいなきゃいけないわけだし。
「……未来の人はお話がお上手なのでしょうか?」
「え……?」
いきなりとんできた質問に今度は私がきょとんとする。
「まぁ……そうですねぇ。この時代の人よりかはフリートークが多いと思いますよ」
「ふりー……?」
「あー、雑談のことです」
くそ、ここではカタカナ通じねぇー! まぁ、これも言葉遣いの違いってことで。
「……うらやましいです」
「そうですか?」
桜様からしたらそうなのかもしれない。
「わたくしは鈴音様のようにお話したいです!」
……私のようにって……何よ。
“すず! 今日あいてる?”
“すずってさーウケる話めっちゃできるよねぇ”
――またいつものメンバーで遊びに行かない?
由美やみんなの声が頭に浮かんでくる。……なんでよ。あんたらなんて、どうでもよかったのに――
「わたくし、鈴音様のこと信じます」
ダメだ。視界がぼやけてきた。
「もちろん、未来から来たってことも信じます」
桜様はズルいよ。そんな言葉、今言わないで。だって私、その未来に戻りたいってちょっとでも思ったのに……あんな、あんな人達しかいない未来に。
「桜様」
「はい」
心は一つ。
「私、ここで生きていきます。一生、『紅 鈴』として、男として生きていきます!」
「よく言った!」
――へ?
後ろを振り向くと、なぜか領主様が立っていた。
「未来から来ているのにも関わらず、その精神! 私は感動したぞ!」
「……は、はぁ……」
せっかくいいムードで出てきた涙がひっこんだ。ここまできたら普通泣かせてなぐさめるモンだろが!
「しかしな、あと三分で就寝時間だ」
ニヤリ、と不敵な笑みの領主様。え、何。怖いんですけど……
「急いで皆がいる部屋に行け。まぁ、普通なら五分前にはその部屋にいるのが規則なんだがな」
「えーっ! なんですかそれ! そんな規則初めて聞いたんですけどっ!?」
「そう言うと思ったから見逃してやる。これは貸しだからな」
「……じゃあなんか返さなきゃいけないんですか」
「それはその内、だ」
またまたニヤリ、な領主様。だからその笑顔怖いです……
そんな訳で今この場を去らなければいけないんですが。
「鈴音様」
「はい?」
桜様に声をかけられた。
「ありがとうございました」
丁寧に言われるとちょっと照れくさい。でもやっぱりその声は優しくて、可愛くて。
「こっちこそ。ありがとうございました」
ペコッと頭を下げてその部屋を出た。
廊下を歩いていると、
「お前、ちょっと変わったな」
変わってるな、じゃなくて変わったな、ときたのが意外だった。
「そうですかね?」
「表情が……優しくなった」
確かに、ここに来てからなんでも言いたいこと言えてる気がする。それがもしかしたら表情に出てるのかも。
「お褒めいただき光栄です、真次さん」
ちょっとからかい口調で言ってみる。
「なっ……お前、その呼び方やめろ! 絶対やめろ!」
「え!? なんでですか!」
「いいから! 変な誤解を招くんだよ!」
ええ……? 誤解って何? ていうか名前教えたのは領主様でしょ!?
「ほら、走れ! もうとっくに時間過ぎてるぞ!」
「えぇっ!? そういうのもっと先に……」
「うるさい! そのまま寝ろっ!」
「寝ろって……ここでぇ!?」
※領主様との口論は部屋につくまで続いたのでした……