苦しみの果て
雪が降り積もった今日この頃。私は今、すごく足が痛いです。なんでかって? それはですね……
「素直に報告行っとけばよかったのにお前という奴は!」
「はい、すみませんでした」
あー、このセリフ何回目だろ。
「まだ口を滑らせない奴なら行かせてたがな、そんな能力ないだろお前に! 普通に連れてかれて普通に暴露して……何やってくれてんだ全く! おかげで桜様も失神だ、この馬鹿たれが!」
もちろん秀広さんからは「馬鹿」の嵐。あぁもう! 自分が馬鹿だってことくらい分かってるよぉ! とりあえず足が限界だから正座やめていいですかー!
「桜様は寝込むし風花はそれの看病だし、風花の分の仕事だって雪継が仕事終わってから疲れてんのにやってんだぞ! お前はもうちょっとどうにかなんないのか、散々人に迷惑かけておいて次の日何事もなかったかのように!」
そうだった……風花と雪継にも迷惑かけちゃってたんだ。私ホントどうにかなんないのかなこの性格……
「真面目にやってんのか真面目に!? いつになったら正義ごっこやめるんだお前は!」
……何よそれ、違うもん。私だってどうしたらみんなみたいに要領よく出来るのか分かんないわよ!
「やる気がないなら出ていけ、女とばれた以上お前はここにいるのは難しい」
しばらく沈黙が続いた。
「……おい、どうした。具合でも悪いのか?」
……なんで私が黙ったらそういう方向に限定すんだよこの野郎。
「……分かりました」
「は?」
「私、出ていきます」
「ちょ、お前……何言って」
「今までありがとうございました」
そのまま立ち上がって戸に手をかける。
「領主様にもよろしくお伝え下さい」
最後に一礼して部屋を出た。
「……あ、れ……?」
桜子が目を開けた。
「気が付きましたか?」
風花は桜子の額に当ててあった布を取りかえながら言った。
「……わたくし……」
「倒れたんですよ。鈴が慌てて運んできてくれたんです」
言ってから後悔する。……鈴の名前出すのはまずかったか?
「……あの……鈴音様って……」
「返事、どうだったんですか?」
「あ……」
途端に桜子が悲しげな表情になる。
「……だめでした」
「そうですか」
「あの……女、……なんですよね?」
「……はい」
全ては真次から聞いた。最初に聞いたときは風花も失神になりかけたが。
まぁ、今思えば鈴が女って言われても不自然ではない。
「ありがとう」
「え?」
「色々……ありがとう」
そう言って桜子は微笑んだ。
*
「……馬鹿だな」
「え?」
真次は堂々と馬鹿と言ってきた。
「鈴のことだ。真に受けたぞ、多分」
「いや……間違いなく帰って来ると思いますが」
というのもさっき鈴が出ていきやがったためだ。
「というかお前が悪い。いくらなんでも言い過ぎだろ。鈴に迷惑かけられてると感じるのは、私達がこういう組織をつくっているからであって、鈴のせいじゃない。実際、私達は何回鈴に助けられた?」
「……すみません」
「分かったら連れ戻してこい。どうせ今頃泣いてるぞ」
冬は暗くなるのが早い。それはこの時代も変わらないようだ。
「……はぁ……」
思わず出ていくって言っちゃったけど……何も考えてないのが私です、はい。
冬の空はますます暗くなっていく。空を見上げると顔に雪がついては溶ける。
私があそこにいて迷惑なら……いない方がいいに決まってる。だって私は馬鹿だし、どんくさいし、頭悪いし、何より女だから。
ふと横を見ると、凍った川に雪がくっついて大きな雪の結晶みたいになっていた。
「うわぁ……」
そういえば、この道って橋か。橋の下には川がつきものだもんね。
橋の手すりから身を乗り出して下を見つめた。
「……いいな」
まるで、私はここにいますってみんなに言ってるみたい。こんなに綺麗な川だったら、夏になっても綺麗なんだろうな。ずっとみんなに綺麗って言ってもらえて、必要としてもらえる。
私は? 私はどうなの? ……きっと、必要となんてされてない。私がいなくたって誰も悲しまない。戻ったって喜んでくれない。私は、
――私なんていない方がいいんだ。
こんなことになるんだったら未来の方がよかった。みんなから話しかけられて、遊びに誘われて、いつも側に誰かがいて、必要とされてた。たとえそれが表面上だけだったとしても私、必要とされてたんだよ……?
「……由美……」
いつも、いつも笑ってたんだよ……――?
雪が降り積もるように私の涙も橋の下へと落ちていく。
あぁ、この涙で川が溶けてくれたらいいのに。そのまま溶けて、私も一緒に溶かしてくれたらいいのに。この川に飛び込んで未来に戻れたらいいのに。そうしたら私、他に何もいらないよ……
まるで子供みたいな泣き声で泣いた。思いっ切り泣いた。私はここにいるって誰かに、
――誰かに……?
誰かなんているの? 助けてくれる人なんているの? ……そうか、私。
このまま消えちゃえばいいんだ――
「寒っ……」
涙が乾いた後の頬は風があたると寒い。だから、泣いた方があったかい。
ここに来てからの絶望、喜び、悲しみ、楽しみ。全部、全部どっかいけばいいんだ。
手に力を込めて手すりに手をかける。
「……よいしょ……」
泣け。泣け私。こんなところ嫌だって。
どうしてこの世はいじわるなんだろう。神様なんているもんか。仏様だって二度と信じてやんない。
手を離したその時、
「――死ぬな!」
違うもん。死ぬんじゃない。生まれ変わるんだ。
って、ちょっと待ったぁ! と思わず力が抜けて手が片方、手すりから離れる。
「おいよせ、降りろ!」
誰のせいだボケィ! ……あ、あれれ?
「鈴っ!!」
*
「あ、雪継」
風花は訓練が終わった雪継に話しかけた。
「あの……えっと……」
どうしよう。なんて切り出そう?
「どうしたの?」
雪継が風花の顔を覗き込む。
本当はちゃんと聞きたい。あたしのこと、どう思ってるか。あたしが妹だって知ってるの――?
「い……いつもごめんね。あたしの仕事、雪継にやってもらってばっかりで」
やっとそれだけ言った。違う、本当はもっと違う話がしたいのに。
「そんなこと……いいよ、別に。風花も忙しかったんだろ?」
雪継はそう言って風花の頭に手を乗せる。その手はとっても優しかった。
ねぇ。あたし雪継のこともっと知りたいんだよ。雪継とたくさん話したいんだよ。
「……風花?」
大丈夫? とでも言いたげな顔で風花を見る雪継。
妹なんて嫌だ。そんなの本当は認めたくない。認めてしまったら私達はこのままじゃいられない。
――でも、確かめなきゃ。雪継のためにも。
「ねぇ、雪継」
「ん?」
「あたしのこと、どう思ってる……?」
一瞬、雪継がびっくりしたような目をする。
「どうって……」
「あたし達、兄妹なんでしょ?」
目を開けると秀広さんの顔がすぐ目の前にあった。
「……秀広、さん……?」
私が言うと秀広さんはかすかに目を開ける。
「あぁ、よかった……」
自分の体を見ると私は叫びたく……いや、実際すごい大きな声で叫んだ。
「きゃああああ! ご、ご……ごめんなさいっ!」
急いでピョンッと跳ねのける。そう、私は秀広さんの上にドカッと乗っかっていたのだ。
「ホントすみません! 重くなかったですか!?」
「お前一人くらいで重い訳ないだろ……」
そして私はもう一つ大事なことに気付いた。
「秀広さん……ここって」
「橋の下」
「ってことはつまり?」
「落ちた」
そんなあっさり答えないでよ! 現実味ないじゃん!
「えっ、……落ちたのに死ななかったんですかぁ!?」
「今の状況見て分かるだろそれくらい! 馬鹿かお前!」
うわぁ、この状況でも馬鹿って言いますか。まぁ秀広さんらしいと言えばそうだけど。
「多分、雪のおかげで助かった」
「え?」
「雪が体を受け止めてくれたんだ。もしこれがなかったら死んでたな」
……考えるだけで怖い。あぁ、雪よ! ありがとう!
「……お前、なんでこんなことしたんだ」
「こんなこと?」
「死のうとしたのか?」
「え……」
そうか。私のしてたことってそういうことになるのか! でも死のうとかは思わなかったし……
「悪かった」
秀広さんがいきなり言った。
「ど、どうしたんですか。秀広さんが謝るなんて明日は嵐ですか?」
「人が謝ってんのに嵐はないだろが!」
秀広さんは言い返してきたけど、また急に反対のことを言いだした。
「……お前にならいいかと思って言い過ぎた。実際、お前には助けてもらってばっかりだったのにすまん」
「なんか、いいこと言ってるのに秀広さんが言うと効果半減なんですけど」
「すまん」
おりょりょ? いつもならここら辺で言い返してくるのに。
「秀広さん……頭でも打ちました?」
「お前は私達の都に必要な人間だ。立派な武士だ。お前が必要なんだ」
……嘘だ。絶対、嘘。
「頼む、戻ってきてくれ」
秀広さんは私の肩を掴んで言った。
「……無理です」
「頼むから!」
「――いい加減にしてよ」
無意識のうちに冷淡な声でそう言っていた。秀広さんは驚いたように私を見て、一瞬だけ私の肩を離したけどまたすぐに掴んだ。でも私は、
「……鈴……」
――その手を振りほどいた。
「ねぇ、そうなんでしょ?」
風花は何も言わない雪継に繰り返した。
「……どうしてそれを……」
「答えてよ。あたし達、兄妹なんだよね?」
ちょっと前から違うと思っていた。何かが違う。でもその何かがなんなのかは分からなくて。
「……そう、だよ……」
すごく苦しそうな顔をして雪継が言った。
今やっと分かったよ。あたし達、兄妹だから……家族だから何かが違ったんだね。その何かって、
「風花……どうしてそれを……」
「領主様から聞いたの。雪継はどうして知ってたの?」
「……情報屋として働いていれば……いくらでも分かることだ」
――恋愛感情じゃなかったって、こと。
「あたしが妹だって知っててあんなこと言ったの?」
「いつかは言わなきゃいけないと思ってた。でも風花が紺氏に戻るって言った時……正直、余裕がなくて……」
「それで仕方なく? あたしを引きとめるために嘘ついたの?」
「そんな言い方……」
あたしに嘘ついたんだ? あんな卑怯なやり方で。
「そんな言い方するわよ。どうして……ちゃんと言ってくれなかったの」
「風花を混乱させると思って……」
いつもそう。義徳だってそうだった。あたしの周りにいる人はみんな……そうやってごまかして。
「それであたしのためだと思ってるんだ?」
どうしても皮肉っぽい言い方になる。
「違うよ。そうじゃない……」
「じゃあ何? あたしは雪継のことが好きだった! それなのにひどいよ。どうしてあたしの気持ちをもてあそぶようなこと……」
「――義徳に言われたんだ!」
あまりにも突然に義徳の名前が出てきて、なんのことか分からなかった。
でも雪継の目は真剣で、――いや、違う。
「風花には言わないでくれって。お前が唯一の家族なんだから風花を近くで守ってやれって……」
まるで何かを必死にこらえているような、隠しているような。そんな目。どうして……そんな目するの。
「義徳は風花を……お前を、愛してたんだ!」
「違うっ……」
「そうなんだよ。愛してたっ……!」
「違うっ!」
あの人はあたしのことなんか……これっぽっちも好きじゃない。
「風花」
ほら、その目。あたしに何を信じて欲しいの? 分からないよ。それだけじゃ分からないよ……
もし、愛されてたのなら。
“あたしは養子なんでしょ!?”
“それでも親のつもりかっ!”
「お前は、愛されてた」
あたしは最悪な言葉をかけてしまった――
“裏切り者!”
“……鈴……”
秀広さんがそんな声で呼ぶから、どうしても罪悪感が襲う。
「本当に悪かった。だから……」
「聞こえなかったんですか? じゃあ、もう一回だけ言います」
「鈴」
ふざけんな……どいつもこいつも私にどうしろって言うのよ。
「もう無理なんです。……もう、限界なんですっ……!」
だって……あなた言ったじゃない。私はもう、いらないって。
「どんなに頑張ったって全然報われない。私が必死になればなるほど……どんどんダメな方になるし」
秀広さんが何も言わないから心の声が溢れる。
「私が頑張っても変わらない。そうですよ、“正義ごっこ”だったんです。正義を振りかざしても悪がなくならなきゃ意味がない。でも正義がなくなったらそれこそどうするんですか? そんなの考えたことありますか?」
自分の目から何かがこぼれ落ちる。
「誰かが変えなきゃいけないんです。それなのに誰も何もしようとしない。ただ流れる運命に身を任せるだけ? 従うだけ? 私はそんなの嫌です。何もしようとしないのに組織がどうのとか世界はおかしいとか。そんなの傷つくのが怖いだけだよ何様だっつーの!」
言うだけ言って私はようやく自分が泣いていることに気付いた。
「……私はっ……私は……!」
「もう分かったから」
「違う! だって私のこと……いらないって言ったじゃないですかっ……!」
やっと分かった。私、誰かに認めてもらいたかったんだ。
「あんなの……本気な訳ないだろ」
――この人に必要とされたかったんだ。
ふわりと温もりが私を包む。その人は言った。
「私はお前が必要だ」
どうしてそういうの早く言わないかな。もしかしたら死んでたかもしれないのに。
「……色んな意味で、な」
「え?」
急に付け足すから意味が分からなくて、こっちが焦る。
「いや、なんでもない」
「……は、はぁ……」
あ、そういえば。
「秀広さん、離して下さい」
「あぁ……悪い」
私……って、さ。今さぁ……
「いやあ――――――!」
「うわっ! なんだ急に心臓に悪い!」
秀広さんに、秀広さんに!
「抱きしめられたぁ――――――――――っ!?」
*
「鈴音様……大丈夫ですか?」
なんで私が逆に心配されてんだか。
「は、はい大丈夫……痛っ! いっ……たぁ!」
「いちいちうるさい、黙ってろ! 消毒もできん!」
「なっ……! 元はと言えば秀広さんが抱き……ぎゃあああ!」
秀広さんに思いっ切り傷口を叩かれて本気の悲鳴が出た。
「い、痛い……ひどい! これは先輩としてありえない!」
「お前が大声で叫ぼうとするからだろうが!」
はい、消毒終わった! これで私の勝ちだ! 痛みに耐えた私の勝利だぁっ!
「鈴……さっきからすごい声だけど大丈夫?」
ひょこっと顔を出したのは風花だ。
「あ~うん、大丈夫だよ」
と、ちょうど領主様が通りかかったので声をかける。
「あの! 私の教育係が秀広さんだということに納得いきません! 誰か優し~い人に取りかえて下さいっ」
優しい人、を強調して願い出る。
「却下。人手不足」
「えぇぇ!」
こんな人の元でこれからもやってけってか!? それはひどいよ!
「あ、そーだ。桜様、体調どうですか?」
「えぇ、もうよろしいですわ。迷惑かけてしまって……」
「いやいやいや! 私が悪いので全くもってお気になさらず!」
と自分で言って自分で落ち込む。……うっかり口を滑らせたのは事実ですよね。
ていうか……私が女って分かってるのに普通に接してくれるなんて、本当に優しい。やっぱ比べちゃうのはさ……
「秀広さんも、もっと優しくなって下さい」
そう言うと黙りこくる秀広さん。あれ? 何も言い返さない。まさか、超~怒ってる?
「努力する」
「え!」
秀広さんが「努力」だって!
「秀広さん、やっぱり頭打ったんじゃ……」
「ちょっとだけでいい、黙れ!」
ゴツン! とゲンコツが落ちる。うっわ、やっぱ秀広さんだ。よし、これはもう裁判所をつくろう。そして有罪になりやがれ。えー、みなさん。裁判所の建設に応援よろしくお願いしまーす!
「……そういえば……あと少ししたら今年も終わりだな」
ぽつりと領主様がつぶやいた。確かに……お正月も遠くはないですよね。早かったなぁ。ここに来たのは夏の始めだったのに。
「あ、お正月はみんなで過ごしましょうね!」
手をあげて提案する。
「あと……ご馳走もいっぱい作って、ゆっくりして……あ、雪合戦します?」
「欲張りだな」
「だって年に一回なんだもん! 楽しまないと損です!」
ここに来て初めての年越し。どうなるんだろう?
私達は日が暮れてもそのまま話し続けた。




