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いろはにほへと  作者: 月山 未来
秋分―立冬の章
16/30

明かされる過去~参~

「そろそろ行くか」

 先に腰を上げたのは大介だった。

「行くってどこに」

「……秀広を捜しに行く」

 すると風花はため息をついた。

「馬鹿なの? 今行ったら見つかるわよ」

「あぁ、そうだな。でも秀広はもう見つかってるかもしれない」

「味方を助けに行って自分も捕まったらどうするのよ」

「それは仕方ない」

 風花は馬鹿じゃないの、と再び繰り返す。

「じゃあ先にあたしを送ってからにしてくれない?」

「もちろんそのつもりだ」

 大介が歩き始めたので風花もそれに続く。

「裏切られた?」

「え?」

「あなたその秀広って人に裏切られたの?」

 ……なんでこう、この子供は勘が鋭いんだか。と大介は少し恐怖を覚える。

 “君の相方もそれを望んでいる”

 一体あれはどういうことなのか。秀広を捜すのはそれを知るためでもあった。

 大介が紺氏になることによってどんなことが起こるのか。

 考えても答えが出そうもなかったので、大介は森に向かって歩き続けた。


「おい、ついてきてるか?」

「馬鹿にしないでよ。普通の子供じゃ……ないんだから」

 風花は大介の後ろからついてきている。口では色々言うが実際大変そうだ。

「疲れたなら休んでも……」

「疲れてないっ」

 ほぼ意地か、と大介は少し笑った。こうやって見ると普通の子供だ。

「ほら、乗るか」

 大介がしゃがんで言った。これは要するに、

「……おんぶ?」

「ぷっ」

 風花からそんな幼稚な言葉が出てくると思わなかったので吹き出した。

「何笑ってんのよっ! 元はと言えばあんたがっ……!」

「悪い悪い」

 風花に軽く詫びる。とその時、

「随分、騒がしいじゃないか」

「秀広!」

 大介の目の前にいたのは確かに秀広だった。

「秀広……お前っ」

「悪かったな」

 秀広からいきなり謝罪がきて驚く。

「……実は紺氏の奴らから言われた。私が紺氏になれば大介を助けると」

 そして秀広は笑う。

「でも最初から紺氏が欲しかったのはお前だ。命は助けると言ったが紺氏にしないとは言ってない、だとよ」

 やっぱりお前は敵からも好評だな、と秀広は大介に言った。

「……お前はお人好し過ぎるんだよ。敵の条件なんて、ひねくれてるに決まってるだろ」

 大介は感情を抑えて言ったつもりだったが、照れ隠しだと秀広は分かったようだった。

「よかったわね、仲直りできて」

 風花がぶっきら棒に言った。どうやら自分だけ話に置いてけぼりにされて拗ねているようだ。

 大介と秀広も風花のことを忘れて話していたので少し気まずい。

 そして秀広が言った。

「……だ……大介……その子は……?」

 あの時、秀広は大介と風花の会話の内容を理解していなかった。

「……あいつんとこの子だ」

 あいつが義徳だということは言わなくても伝わったらしい。

「あいつって……あいつに子供なんていたのか!?」

「いや、違う」

「は?」

 大介は少し迷った。――風花は自分が養子だと知っているのか。

 やがて大介は安全な方を選んだ。

「お、おい。なんだよ」

「いいから」

 風花に会話が聞こえない距離に秀広を引っ張り出す。

「なんだよ……」

「――養子だよ」

「……え?」

 大介のあまりにも唐突な養子発言に、秀広はしばらく固まって動かなかった。

「……どういう意味だ」

「そのままだよ。あの子は健介の子供だ」

「健介って……確か八年前に死んだ……」

「あぁ、そうだ。八年前の戦いの最中にな」

 風花は健介が死んでから義徳にどんな仕打ちを受けたのか。それは本人しか知らない。

 大介が風花のところへ戻ると、秀広も少し複雑な表情をしながらついてきた。

「それはそうと……お前、戻るんだろ?」

 秀広が微妙な間に耐えられなくなったのか、大介にそう聞いた。

「あぁ、まずはこの子を都に送ってくる」

 その一言で秀広は、大介が風花を預かることを悟った。

「分かった。私もついていく」

「了解」


                  *


 ズドン!

「あぁっ……」

 今までで一番大きな破壊音に、その場にいた者は打ちのめされた。

 その破壊音は紺氏が放った爆弾が原因で、あっという間に紅氏の都を焼き尽くしていく。

「おいっ! ぼーっとしてないで早く紺氏の動きを止めろ! 消火活動にも回れ!」

 素早い指示に次々と人が動き出す。

「嘘だろ……」

「――な、なんだこれは……」

 声を漏らしたのは大介と秀広である。ようやく森から抜け出したのにこの様だ。

「秀広っ、その子を頼む!」

「お……おい大介っ!」

 大介はとっさに走り出した。秀広も反射的に体が動きそうになったがなんとか堪える。

 ――ふと、秀広が気付いた。

「見るな!」

 と言いつつ風花の目を自分の手で覆う。

 しかし、風花はその手を振り払った。

「……遅いのよ馬鹿っ!」

 その瞬間、風花の目から――涙が溢れた。

 それは止まることなくただ流れ続ける。

「……くそっ……」

 私は。

「くそっ!」

 ――私はこんな小さい子の心さえも守れないのか。


「……あれは……」

 真次は目をみはった。その目に映っていたのは紅氏の都。しかし、

 ――燃えていた。

「どうして……」

 途中まで言葉にして自分で気付いた。どうしても何もあるか。紺氏の仕業に決まっているだろう。

 この森から見えるくらいの燃え方で。もしあの中に人がいたらどうするのか。そんなことを果たして紺氏は考えただろうか? あの紺氏が。

 信じられない。こんなことがなぜ平気で出来る? 何も悪くない人が山ほどいるのに、なぜその人達を犠牲にする? まるで人間が物扱いだ。

 お前らは考えたことがあるのか。普通に笑っていられる日々の大切さ、そこにいられることのありがたみ、人の温かさ。

 紅氏は正義の味方じゃないだと。少なくともお前らに言われる筋合いはない。

 ――ふざけるな。

 抑えようのない怒りがこみ上げてきて、真次は走った。向かうべきは――紺氏の都だ。


                  *


「本当によかったのですか」

 雪継は義徳に言った。

「ふん、何が言いたいお前は」

「……自分の子を……自分の子が紅氏にとられたからといって、その腹いせに敵の都を燃やしてもよかったのかと言っているんです!」

「黙れ!」

 一気にまくし立てた雪継は力が抜けたように座り込んだ。

「……お前に何が分かる」

 自分の子? 笑わせるな。あいつは――

「裏切り者の分際で何が分かる!」

「そ、それは……どういう」

「秀広を逃がしたそうだな」

「違っ……! あれは逃がした訳では!」

「だったらなんだ、同情か!」

 雪継にそんな感情があるとは信じたくなかったが。

「お前はもういらない」

「ま、待って下さい! これには理由がっ……」

「うるさい、どっちにしろもういい!」

 お前は誤解しているようだからその誤解を解いてやろう。

「私が紅氏の都を燃やせと言ったのは腹いせではない。ただ単に向こうの戦力を……」

「――嘘です。それは違う」

 義徳は眉間にしわを寄せた。雪継がいつもより真っすぐな目をしてこっちを見るからだ。

「……風花様はあなたの子ではないのでしょう?」

 一瞬、自分の耳を疑った。なぜ、――なぜ雪継がそれを知っている?

「紺 健介。かつてはあなたの同期だったその人の子供ですね?」

「……お、まっ何を言う……」

「しかし健介さんは死んでしまった。そうですね?」

 雪継は話し続ける。義徳のことなどお構いなしに。

「……ふっ……そうだ。健介は死んだ、戦いの最中に」

「えぇ、そのようですね。あなたの中では」

「……どういうことだ」

「あなただけではない。多くの人がそう思っている。何しろ真実は隠蔽されたのですから」

 こいつは一体何を言っている?

「八年前……健介さんは死んでしまいました。しかし戦死ではありません」

「健介は戦いで死んだ!」

「いいえ、健介さんは」

 お前が健介を語るな。健介は私の戦友だ。

「――殺されました」

 時が止まった。それくらい何も音がしなかった。

「健介……は、健介は」

「健介さんは殺されたんです!」

「殺された……?」

 まさか。一体誰に殺されたとでも?

 そう言う前に雪継は口を開いた。

「健介さんは……味方に殺されたんです。その事実を紺氏はずっと隠し続けてきた。八年間、ずっと」

「そんな訳があるか! 私は健介の戦友だった!」

「そうです、あなたは知りません!」

 雪継は義徳の言葉を遮った。

「でも健介さんは味方を裏切った! 正義と言って裏切ったんです! ……だからあの森で殺された。そして戦死ということにしたんです」

「裏切っただと……」

 雪継から次々と出てくる言葉に義徳はただ呆然としていた。

「……紅氏の者があの森で迷って死にかけていたところを助けたんです。それで済めばよかったものを、紺氏の食料や武器などを全て敵に渡した」

「それは人助けだろう!」

「その人助けが紺氏にとって痛手だった! だから殺された、それだけです!」

「それだけだと! ふざけるな!」

「僕だって怒りたい!」

 その声は義徳の声よりも感情が抑えてあるのにも関わらず真剣だった。

「僕もそれを知った時は許せなかった。あなたよりも怒った」

「私の方が今怒っているぞ。健介は私の戦友だ!」

「……健介は僕の父です」

 義徳は息を呑んだ。

「あの人は……僕の、僕の父です……!」

 雪継の目から涙がこぼれる。

「僕はあの人の全てを知っている。今の隠蔽された真実も、――風花が僕の妹だということも」

 あぁ、そうか。風花はきっとこの真実を知らない。いや、知らせたくなかったのだろう。

「僕は当時五歳でした。風花は二歳です。父の遺書にはあなたに子供を預けると書いてありました」

「……五歳だったらまだ十分子供だろう」

「えぇ、そう思います。でも僕はその時、五歳という数字を『まだ』ではなく『もう』と捉えました。だから風花はだけ預けたのです、あなたに」

 五歳の少年にとってそれはどんな選択だったか。

「あなたは風花に厳しくあたりました、暴力も振るって。その事実は消えない。でもあなたはその厳しさと同じくらいの愛を持っていたのではありませんか」

「……愛?」

「そうでしょう? でなければ敵に我が子を奪われて都に火をつけたりしないと思います」

「……何を馬鹿な」

「あなたはちゃんと愛していた。風花を愛していた」

 ――認めざるを得ない、とはこういうことか。

 我が子同然に愛情を注いでいたのは否定できない。しかし、風花の親である前に私は紺氏の頂点に立つ者だ。愛情など――

「……大介に伝えてくれないか」


                  *


「真次?」

「あぁそうだ。さっき飛び出したっきり帰ってこない……」

「あいつ森で迷ってんじゃないのか」

 大介と同期が話していると、

「おい大介! お前宛に手紙!」

「え? 手紙?」

 一人が駆け寄ってきて手紙を差し出す。

「……義徳……」

「え!? 大介、お前なんか喧嘩売ったんじゃ……」

「……さぁな」

 別に思い当たる節がない訳でもないのだ。それなりの覚悟はある。

 手紙を開いて中に目を通す。そこには義徳の字で書かれた文面があった。

“紅 大介殿

 風花を預かったそうだな。迷惑をかけて申し訳ない。

 しかし風花がそれを望んでいるのなら、私はそれが風花の歩むべき道だと解釈した。

 本当は手元に置いておきたいところだが、風花は私のことが嫌いなようだ。

 君には迷惑をかけるが、どうか風花の親としてこの頼みを聞いて欲しい。

 私の後を継いでくれないか?”

 ここまで読んだところで一旦手紙を閉じた。

 風花を預かったことに後悔はしていない。親として風花を育てるつもりでもいた。そこまではいい。ただ、どうしてそこから義徳の後を継ぐ必要がある? 後を継ぐ、つまり紺氏になることを意味している。

 ――あいつの狙いはなんだ?

 大介は再び手紙を開いた。

“紺氏の子供を預かるということはそれくらいの覚悟が必要だと自覚しろ。

 もしそれが無理だと言うのなら、風花を取り戻しに行く。

 お前には責任が必要だ。親になるとはそういうことだ。

 今、使いの者を向かわせた。そいつに返事をくれ。

 紺 義徳”

 これは面倒なことになった。短時間で決めろと言うのか。

 ――紅氏を取るか、風花を取るか。

 大介は迷わずに歩き出していた。その先は、

「秀広、聞きたいことがある」

「……どうしたいきなり」

 秀広が大介を見て目を丸くする。構わず続けた。

「お前だったら、死んでも紅氏でいたいか?」

「…………は?」

「紺氏になる覚悟はあるか?」

 秀広の中で一つの言葉が蘇る。

 “自分の自尊心を守りますか?”

「秀広、答えてくれ」

「……紅氏と紺氏は同じだ」

「え?」

 今度は大介が目を丸くした。

「紅氏にいることで自分は優越感を持っていたがそれは違った。紅氏も紺氏も同じように誰かを傷つけるし裏切る。それを知らないふりしてきたんだ、ずっと」

「……秀広?」

「紺氏の方がむしろ潔いと思わないか。堂々と人を傷つけ裏切る。でも私達はどうだ? 隠れて人を傷つけていた。その事実はいくら隠しても意味がないだろう?」

 もう、何も言えなかった。

「紺氏になるのに覚悟なんかいらない。どちらも変わらず愚かで汚い組織だ。違うか」

「……義徳に言われた。風花を預かるのなら紺氏になれと」

「お前はどうしたいんだ」

 私は――どうしたい? 分からない。今の秀広の言葉を聞いてさらに分からなくなった。

「私はお前だったら変えられると思う」

「……え?」

「紺氏になってもお前はお前だろ。この組織を変えないか、私と一緒に」

「……秀広……」

「紅氏は私が変える。だからお前は紺氏を変えてくれないか」

 秀広の真っすぐで揺るがない想いに大介はびっくりさせられた。

 そうか。お前は――

「秀広」

 そんなことを考えていたんだな。

「……ありがとう」

「なんだ急に。礼を言われるようなことしたか」

 秀広と笑い合い、少し気持ちが軽くなる。

 と、その時だった。

「おいっ! 紅 大介はいるか!」

「私だが」

 大介は義徳の使いであろう男に歩み寄った。

「義徳様からのご命令で伺った」

「あぁ、そうだろうな」

「返事は?」

 心が決まっているはずなのに口が言うことをためらっている。

 今、今ここで紺氏になると言ったら。

 ――もう二度と帰ってこられないかもしれない。

「早くしろ!」

 急かす男に大介はやっと口を開いた。

「風花は私が預かる」

 あえて紺氏になると言わなかったのは、まだどこかで受け止められていない証拠だ。

「了解した。明日には迎えの者が来る。それまでに準備をしておけ」

 そう言って男は去って行った。

「……風花」

「何?」

「いいのか。結局、紺氏に戻ることになるぞ」

「……馬鹿ね。あたしが決めたんだからいいでしょ」

 風花はそう強がったが大介には不安しか残らない。

「なんだって!?」

 その声に大介と秀広、そして風花も振り返った。

「どうかしたのか?」

「それが……真次が一人で紺氏の都へ乗り込んだらしい……」

「何っ!?」

 人一倍驚いたのは秀広だった。

「おいっ、秀広!」

 走り出した秀広を大介が慌てて止めた。

「……待てって!」

「なんで止めるんだよ!」

「一人で助けに行ったって無理に決まってるだろ!?」

「分かんないだろ行ってみないと!」

「とりあえず何人か集めてくるから待ってろ! 風花を頼む!」

 無理矢理だったが秀広を止めた大介は踵を返して人員確保に向かった。


「……くそっ……」

 大介が去った後、秀広はそうもらした。そして風花に向かって言う。

「おい、大介には言うなよ」

「え? 何が」

「真次のとこに向かったこと」

 そう言って走り出しそうになった秀広に風花が言った。

「じゃあ、あたしもついてくわ」

「馬鹿か! お前はここにいろ!」

「どうして!? 黙って待ってろって言うの!?」

「お前は大介のためにここにいるべきなんだ!」

 秀広の言葉に風花は思わず口を閉じた。

「今……大介に自信を持たせられるのはお前しかいない。だから」

 あたししか……?

「お前はここにいろ」

 気が付くと自然に頷いていた。

 それを確認した秀広は、

「あいつを頼んだぞ」

 とだけ言って駆け出した。

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